Go! トラブルメーカー! 〜雑草は花園で咲く〜 作:ナッパー
熱い。
全身の血管に、鉛を流し込まれたみてぇに重くて、熱い。
「ぐ、ぅ……あう……」
変なうめき声といっしょにに重たいまぶたをこじ開けた。
視界がぼやける。
消毒液のくっせぇ匂い。
白い天井。
……保健室か?
体を起こそうとした瞬間、全身に激痛が走る。
まるでトラックに撥ねられた直後みてぇだ。
指一本動かすのもだりぃ。
俺は……どうなったんだっけ?
ズキズキする頭で、記憶を必死に掘り起こす
確か校舎裏でタバコ吸おうとしたら、ロックとかいうクソガキに襲われて……あぁそうだ、思い出した。
俺の胸から出てきた泥みてぇなバケモノ。
そして、あいつら……プリキュアとかいってたフリフリのコスプレ女たち。
「夢、じゃねぇよな……」
震える手で、自分の右手を見た。
あの化け物を鷲掴みにして、無理やり飲み込んだ掌だ。
見た目は何ともねぇ。
傷一つねぇ。
だが、わかる。
俺の中に、とんでもねぇ異物が混ざり込んでやがる。
ドクンと心臓の横でもう一つの何かが不気味に脈打った。
ゾワリと悪寒が走る。
自分の体なのに、自分じゃねぇみたいだ。
ふと、ベッドの横の床を見た。
窓から差し込む光で、俺の影が伸びている。
その影がゆらりと……勝手に動いた。
「……は?」
俺は目をこすった。見間違いじゃねぇ。
俺の影が、まるで意思を持った生き物みたいに、ドロドロと蠢いてやがった。
一瞬、あの化け物の顔――鍵穴みてぇな模様が見えた気がして、俺は息を呑んだ。
恐怖で心臓が早鐘を打つ。
なんだよこれ……! 俺、一体全体どうなっちまったんだ!?
制御なんてできねぇ。そもそも、これがなんなのかもわからねぇ。
ただ、ヤバいもんを抱えちまってるってことだけは、本能が理解していた。
その時。
静かな保健室に、乱暴な開閉音が響きわたる。
「春山くん! 気がついた!?」
飛び込んできたのは、制服姿の春野はるかだった。
さらにその後ろからは、初めて会ったノーブル学園の生徒で生徒会長の海藤みなみ、鉄球見てぇなドーナツのデザインを絵に書いてた天の川きらら、そして見覚えのない赤髪の少女が続いて入ってくる。
足元には、あの変な動物たちもいる。
「うおぉ! びっくりしたぁ!」
俺はとっさに右手で布団を握りしめ、蠢く影を隠すように身を縮めた。
はるか達は、俺の様子に気づいていないのか、心配そうな顔でベッドを取り囲む。
「よかった……! ずっと目が覚めないから、すごく心配したんだよ!」
はるかが泣きそうな顔で覗き込んでくる。
その顔。その声。
その真っ直ぐすぎる瞳。
似てやがる
俺の脳裏に、さっき見た光景がフラッシュバックする。
――春海君! 下がってて!
俺を庇ったピンク色の背中。
――お覚悟はよろしくて?
啖呵を切った青い少女。
――キラキラ! 流れ星よ!
軽口を叩きながら戦っていた黄色い少女。
目の前のこいつらと、あのプリキュアとかいう連中の姿が、パズルのピースみたいにカチリと重なる。
まさかこいつらが? いや、まだ確証がねぇ。
ちょいとカマかけてみるか。
「なぁ、俺……なんで保健室にいんだ?」
あえて大袈裟に困惑してみせて、掠れた声で尋ねる。
その問いかけに、はるかの顔がビクッと固まった。
「えっ? あ、えっと、それは……」
はるかの目が右へ左へギュルギュル泳いでやがる。
口をパクパクさせて、まるで授業の時に答えを忘れた俺みてぇだった。
いやわかりやすぅ……。
何か隠してるのは間違いねぇ。
「それはね、春山くん……その、アレだよ! アレ!」
「アレって……なんだ?」
「ほら、えっと……お散歩! そう、お散歩してたらね!」
「お散歩?」
俺がジト目で睨むと、はるかはあわわ……と頭を抱えてしまった。
苦しすぎんだろ。
こいつは嘘つく才能ゼロだな。
その時、後ろから凛とした声が響いた。
「私たちが、あなたを見つけたのよ」
生徒会長こと海藤みなみだ。
彼女は一歩前に出ると、まっすぐに俺の目を見て言う。
「私たちが中庭の掃除を終えて校舎裏を通った時、あなたがそこで倒れていたの。……どうやら、貧血を起こしたようね」
「貧血……?」
「ええ。昨夜、あまり寝ていないと言っていたでしょう? 慣れない環境での疲れが出たのかもしれないわね」
完璧だな。
声のトーン、表情、理由の説得力。どこにも隙がねぇ。
さすがは生徒会長、場数が違うってか。
「そうそう! アンタが道端でひっくり返ってるから、運ぶの大変だったんだからね」
すると、天の川きららががわざとらしく肩を回しながら口を挟んだ。
「全く、ヒョロいかと思ったら意外と重いし。私達か弱い乙女なんだから、もっとダイエットしなさいよ」
「うっせぇな、筋肉だよ筋肉」
そう言い返しながらもこいつらの連携プレーに驚いていた。
はるかのボロを、みなみがカバーし、きららが軽口で煙に巻く。
だからこそ怪しい。
もう春野はるかのボロでだいたい分かってるけどよ、ここまで完璧にボロをカバーするってことは完全になんか隠してやがるな。
「ふーん……そっかよ」
俺はわざと納得したフリをして、ベッドに背中を預けた。
だが、視線だけは鋭く全員を観察する。
はるかがホッと胸をなでおろしている。
みなみは平静を装っているが、少し肩の力が抜けたように見える。
きららは髪をいじりながら、俺の様子を窺っている。
そして……誰か知らねぇ赤髪の女、こいつは警戒心むき出しのまま俺を観察するみてぇにじっと見すえてる。
うん、こりゃクロだな、完璧に。
確証なんざねぇ。
だが、俺の野生の勘が告げている。
こいつらと、あのプリキュアとかいうコスプレ連中は無関係じゃねぇ。
そして何より――。
俺は布団の中で、自分の影が勝手にうごめいているのを感じた。
俺の中に巣食った、あの化け物の残滓。
こいつが、目の前の少女たちに反応して、ざわついている気がするんだ。
「まぁ、助けてくれたことには礼を言うわ。サンキュな」
ベッドに仰向けになりながらベッドまで運んでくれた4人に感謝を伝えた。
「ううん! ぜーんぜん大丈夫だよ! それじゃ私たち、用事があるからこれで……ごきげんよう!」
春野はるかが元気いっぱいの笑顔でそう言い放つと、勢いよく踵を返して保健室から出て行こうとする。
逃げるき満々……よし、ここしかねぇな。
ぶっ込むとしますか。
「あ、ちょっと待てよ、そういえば一つ、すげぇ気になった事があんだけどよ」
俺の言葉に、ドアノブに手をかけていたはるかが、ギギギ……と油切れのロボットみたいに振り返った。
「な、ななな何かな!?」
「そこの足元にいる二匹だよ」
顎で、はるかの足元にいるピンクの犬と紫の鳥をしゃくった。
「俺がぶっ倒れる前によ、そいつらが日本語で喋ってるのを聞いた気がすんだよなぁ……たしか、早く隠れるロマ〜とか待ってパフゥ〜だったっけかな?」
その瞬間、部屋の空気が凍りついた。
俺含めた全員の視線が、足元の二匹に集中する。
「わ、ワン! ワワン!(ち、違うパフ! 犬パフ!)」
「チュン! チュンチュン!(ただのインコだロマ!)」
二匹は慌てて可愛らしい鳴き声を上げて誤魔化そうとする。
だけど、演技があまりにも大根だ。
特に鳥の方。
「ふーん……。空耳か? まぁ、犬の方はともかく、そっちの紫の鳥は見るからにマヌケ面だしな。喋る知能なんてあるわけねぇか」
俺は鼻で笑いいながらわざとらしく挑発する。
「色も毒々しいしよぉ、目つきも悪い。きっとペットショップの売れ残りで、頭の中身も空っぽなんだろうぜあーあ、可哀想に」
ピキッ。
紫の鳥の額に、青筋が浮かんだ気がした。
やばいオモロすぎるだろこれ、もっと遊んでやろ。
腹の中の笑いを必死に堪えながらも、さらに紫の鳥を煽り倒す。
「おまけになんだその間抜けヅラは? 頭も悪けりゃ顔も悪い……まさに駄鳥(ダチョウ)だな、なんちってギャハハは!」
「――誰がマヌケ面だロマ!!」
「あ……」
はるかが口元を押さえる。
紫の鳥アロマは、翼をバサバサと羽ばたかせて俺に食って掛かってきた。
「失礼な奴ロマ! 僕はプリンセス・トワにお仕えする由緒正しきロイヤルフェアリー、アロマだロマ! 売れ残りとは何事ロマ!」
「お兄ちゃん! ダメパフ!」
ピンクの犬、パフが止めようとするが、もう遅せぇ。
俺はニヤリと笑い、指を鳴らした。
「へぇ……やっぱ喋れるんじゃねぇの」
「ハッ!?」
鳥と犬がハッとしてくちばしを羽で前足で口を押さえるが、後の祭りだ。
勝ったな……よし、クライマックスと行くか!
ゆっくりと体を起こすと、意地悪いにやけ面で凍りついている4人の少女たちを見回した
「さーてと、答え合わせといきましょか」
指を一本ずつ立てていく。
「まず一つめ、あの化け物と戦ってたプリキュアとかいう連中は4人組だった。そして今、俺の目の前にいるのも4人」
「ぐっ……」
みなみの顔が曇る。
「二つ目。あの時、俺の耳にはハッキリ聞こえてたぜ。お前らの声がな」
俺ははるかを指差しながら言い放った。
「春海君下がってて!とかなんとか叫んでだピンクの声……まんまお前の声とそっくりだったぞ、春野はるかちゃん」
「そ、それは……他人の空似だよ!」
「声に空似があってたまるか。それに、他の奴らもだぜ」
俺はみなみ、きらら、そして赤髪の女へと視線を移す。
「冷静な口調の青い奴、軽口叩いてた黄色い奴、赤い奴はまぁ、よく分かんねぇけど、ほとんどの奴がお前らの声とドンピシャだ」
きららがチッ、と舌打ちをして視線を逸らす。
みなみは表情を崩さないが、その拳は強く握られている。
「んでもってトドメ、あの現場には、喋る不思議な動物が二匹いた。……で? 今ここにも、喋る不思議な動物が二匹いる」
アロマとパフを見下ろして、意地悪く笑った。
「これだけの偶然が重なりまくって、ただの散歩中でしただぁ? そりゃちょいと苦しすぎませんかぁ? ねぇ? 生徒会長さんよぉ」
よっしゃ、完全勝利!
俺の追求に、もはや言い逃れはできまい!
沈黙が場を支配する。
誰も反論できない。それが何よりの肯定だった。
悪いなぁ皆さん……俺は口が達者なんだよ昔からな!
「……はぁ」
最初間に深いため息をついたのは、天ノ川きららだった。
彼女は髪をかき上げ、諦めたように肩をすくめた。
「もういいんじゃない? バレバレだし」
「きららちゃん!?」
「だって無理でしょ。アロマが喋っちゃった時点で詰んでるし」
きららの言葉に、みなみも観念したように目を閉じる。
いや、ぶっちゃけはるかの反応だけで大方わかってたぞ俺は。
「そうね。これ以上隠し立てするのは、逆に不誠実だわ」
「みなみさんまで……」
はるかがオロオロとする中、俺は勝ち誇った気分でベッドに座り直した。
「へッ、どうよ? 名探偵春海君の名推理はよ! こうなる前に最初から言ってろってんだ!」
俺がドヤ顔で言い放つと、それまで黙って成り行きを見守っていた赤髪の少女――トワが、静かに一歩前に出た。
その目は、俺を警戒しているというより、何かを見定めるような深い光を宿していた。
「……お見事ですわ、春海」
「あ?」
「あなたの洞察力、そして何者にも怯まぬその気迫……認めましょう。わたくしたちがプリンセスプリキュアですわ」
トワは制服のスカートの裾をつまみ、優雅にお辞儀をした。
なんつうか……まるで中世の貴族みてぇな所作だ。
「ごきげんよう、わたくしは紅城トワ。……かつては、そこのアロマやパフと同じ、ホープキングダムという国の王女でした」
「……王女?」
「ええ。わたくしたちの故郷、ホープキングダムは、絶望の魔女ディスピア率いるディスダークによって侵略され、闇に閉ざされてしまいました。わたくしたちの使命は、奪われた夢を取り戻し、ホープキングダムを救うことなのです」
トワは淡々と、しかし重みのある言葉で語り続ける。
魔女だの侵略だの、王国だの……。
「……おいおい、待てよ」
頭を抑えながら項垂れる。
「えっと、なんだそのファイナルファンタジーみてぇな設定はよ……ここは現実だぞ? ゲームの世界じゃねぇんだからよ」
「ふぁいなる……? 存じ上げませんが、これは紛れもない事実ですわ」
トワって奴の顔は真剣そのものだ。
周りを見渡せば、はるかもみなみもきららも、誰も笑ってねぇ。
おいおいマジかよ……この学園は変な奴らの集まりだとは思ってたが、まさか異世界からの亡命者が紛れ込んでるとはな。
「ま……まぁ百歩譲ってそのファンタジー設定を信じるとしてだ」
ゆっくり深呼吸し息を整える。
今の話もなかなか衝撃的だったが、一番聞きたいのはそこじゃねぇ。
「あのドロドロした化け物……ゼツボーグっつったか? ありゃ一体なんなんだよ? 俺の中から出てきたって言ってたが……」
俺の問いかけに、みなみが神妙な顔で答えた。
「ゼツボーグは、人々の夢を鍵で閉じ込めることで生まれる怪物よ。通常は、その人の夢に関連した姿になるのだけれど……」
みなみは言葉を濁し、俺の影をチラリと見た。
「あなたの場合は、違った」
「春山くんには、夢が……なかったから」
はるかが悲しそうに言葉を紡ぐ。
またその話かよ……。
まだこの学園に来て2日だってのに、夢って言葉をこいつらの口から何回も聞いてる。
胸焼けするくらいにはな。
そんな
「夢がない人間からは、ゼツボーグは生まれないはずなの、ロックも言ってたでしょ? 実験だって」
「そう。普通なら夢がない人間はターゲットにされない。だけどあなたは……」
トワが俺を指差した。
「これはわたくしの推測になりますが、夢の代わりに、底知れぬ『絶望』と『虚無』を抱えていた。それを無理やり具現化させた結果があの姿……そして、それをあろうことか自らの意志で取り込み、支配してしまった」
トワの言葉に、全員がゴクリと喉を鳴らした。
「春海。あなたは、わたくしたちプリキュアの歴史の中でも、前代未聞の存在なのですわ」
深刻そうに話すトワを横目に、自分の掌を見つめる。
さっきから情報量が多すぎて頭がパンクしそうだ。
「ごめん……さっきからお前らが何言ってんのか全然わかんねぇんだけど」
俺は頭をわしゃわしゃと掻きむしった。
大前提、こいつらの世界観がよく分からねぇ。
ホープキングダムだのゼツボーグだの、こいつらの話は現実離れしすぎてる。
「一旦……整理させてくれ」
俺は片手で顔を覆い、深くため息をついた。
「つまり、お前らは普段はごく普通の中学生やってるが、裏ではその……ホープキングダムとかいうお伽話を救うために、フリフリのドレス着て戦ってる戦士、ってことで合ってるか?」
「うん! その通りです!」
はるかが元気よく肯定しやがる。
頭痛てぇ……声でかいから余計に響きやがる。
「で、俺を襲ったあのクソガキ……確かロックとかいう奴は、その敵対組織の幹部で、人様の夢を奪って絶望に変える……と」
「ええ。ディスダークは、夢を閉ざすことで世界を絶望で満たそうとしているの」
みなみが補足する。
言ってる日本語はあらかた理解できる。
だが、内容が俺の脳みその許容量をオーバーしてんだよ。
「漫画の話かよ……俺はただ、この学園に放り込まれただけの善良な一般市民だぜ? なんでそんな世界の命運かけた戦いにこの俺が巻き込まれなきゃなんねぇんだ」
「本当に、申し訳ないと思ってるわ。」
俺のボヤきに対し、みなみが深く頭を下げる。
生徒会長としての威厳はそのままに、その声には痛いくらいの誠実さが滲んでいやがった。
「一般の生徒を……ましてや、この学園に来たばかりのあなたを、私たちの戦いに巻き込むつもりはなかったの私の監督不行きとどきだわ。」
「監督不行きって……別にアンタが謝ることじゃねぇだろ。襲ってきたのはあのクソガキだしな」
バツが悪くなって視線を逸らした。
真正面から謝られると、なんかに調子が狂うなおい。
「でも、こんなケースは前代未聞ロマ」
アロマがパタパタと飛び回りながら、困惑したように声を上げる。
「人間がゼツボーグを取り込むなんて、ホープキングダムの歴史書にも載ってないロマ!」
「これ……そんなにやべぇ事なんか?」
「やばいもなにもないロマ! こんな事したら普通なら心が壊れてもおかしくないロマ!」
俺の頭の前でクルクル飛びながら、事の重大さを説明してくるアロマ。
「パフもびっくりパフ! 春海のお腹、大丈夫パフ?」
パフが心配そうに俺の腹のあたりをクンクンと嗅いでくる。
「大丈夫じゃねぇよ……」
おもむろに自分の胸に手を当てる。
ドクンと、心臓のすぐ隣で、重くて冷たい何かが、ゆっくりと脈打っている。
痛みはねぇ。だが、確実になんかがいる。
俺の腹の底、一番暗い場所に、あのドロドロした絶望がとぐろを巻いて居座ってやがる。
俺の空っぽだった場所に、異物がぴたりと収まっちまったみてぇな……最悪のフィット感だ。
気持ち悪ぃ。
自分の体なのに、中身だけ別の生き物に乗っ取られたような不気味さ。
背筋がゾワゾワしやがる。
俺が顔をしかめて黙り込んでいると、ふいにあったけぇ手が俺の手に重ねられた。
「大丈夫だよ、春山くん!」
顔を上げると、はるかがニカッと笑っている。
太陽みてぇな、屈託のない笑顔だ。
「今はちょっと変な感じかもしれないけど、春山くんは春山くんだよ! 私たちがついてるから、絶対に悪いようにはさせないもん!」
「お前なぁ、根拠はあのかよ?」
「ないけど……でも、絶対だよ! だって春山くんは、自分の力で絶望に勝ったんだから!」
根拠ゼロの自信。呆れるほどのお人好し。
こいつら、本当にバカなんじゃねぇのか。
でもまあ、そのバカ明るさに、少しだけ救われた気がする。
あんま認めたくはねぇけどな。
ふぅと大きく息を吐き出し、天井を見上げた。
村瀬のおっちゃんにどやされながら無理やり放り込まれたこの学園。
ただの更生施設代わりだと思ってたが、どうやら俺の想像よりも遥かに面倒くさい場所に足を踏み入れちまったらしい。
「ふぅ……」
俺は一つ大きなため息をつくと、ギシッとベッドを鳴らして上半身を起こした。
まだ体は鉛みたいに重いが、寝たきりでいるよりはマシだぜ。
それに何より、腹減った。
さっきの極上サンドイッチは、絶望の化け物と一緒に消化されちまったらしい。
「よっしゃ、行くか」
「えっ、春山くん? もう平気なの?」
制服の上着を掴んで立ち上がる俺を見て、はるかが驚いて声をかけてくる。
「おう、こんなもん唾つけときゃ治る……それより腹減ったわ、牛丼でも食ってくる。」
「ええっ!? まだ安静にしてなきゃダメだよ!」
「うるせぇな。俺の体は俺が一番わかってんだよ」
はるかの制止を振り切り、保健室のドアへと向かった。
このまま街へ出て、ゲーセンで時間潰して、牛丼でも食って……そうやっていつもの日常に戻れば、この胸のモヤモヤも晴れるはずだ。
そう思ってドアノブに手をかけた、その時。
「待ちなさい、春山さん」
背後から有無を言わせぬ凛とした声が響いた。
振り返ると、海藤みなみが背筋をピンと伸ばして、険しい表情で俺の顔をまじまじと見つめている。
その目は、喧嘩の後に逃げてる俺をとっ捕まえる警察と同じ目だ。
「なんだよ、生徒会長。まだなんか用か?」
「用ならあるわ。……忘れたとは言わせないわよ?」
「あ?」
みなみはフッと口角を上げ、優雅に言った。
「学校案内の続きよ。……初日に言ったでしょう? 続きはまた明日と」
「あ……!」
そういえばそんなこと言われた気がする。
あの時は藍原とか言うやつむさ苦しい奴と同じ部屋に放り込まれてそれどころじゃなかったが……まさか、まだ有効だったのかよ。
「いや、あのなぁ、今はそれどころじゃ……」
「放課後の時間はまだたっぷりあるわ。それに、今のあなたは要観察対象よ。一人で街をふらつかせるわけにはいきませんもの」
みなみは一歩近づき、俺の逃げ道を塞いだ。
「約束は守っていただくわ。……お覚悟は、よろしくて?」
うわ、何この人怖い。
俺がたじろいでいると、後ろから他の連中もワラワラと寄ってきた。
「あ、そっか! 案内まだだったね! じゃあ私も行く!」
はるかが満面の笑みで乗っかる。
「ま、私も暇だし? 付き合ってあげなくもないけど」
きららが髪を払いながらウィンクする。
「わたくしも、この学園のことはまだ詳しく知りませんの。ぜひご一緒させてくださいな」
トワまで興味津々だ。
「パフも行くパフー!」
「案内なら執事であるこの僕に任せるロマ!」
動物たちまで騒ぎ出しやがった。
「ちょ……ちょ待てよ! なんで全員参加なんだよ! ゾロゾロついてくんな!」
「まぁそう言わずにさ! 賑やかな方がきっと楽しいよ?!」
次の瞬間、はるかが悪びれもせずに俺の腕をガシッと掴んだ。
細腕に見えて、万力みてぇな力だ……ゴリラかよ。
「さあ、行きますよ春山さん。まずはこの学園で一番大きいパーティーホール、その次は乗馬クラブ、そして最後は……」
「おいやめろ馬鹿! 離せ! 俺は……俺は牛丼が食いてぇんだよぉぉぉ!」
俺の抵抗も虚しく、最強の美少女軍団と珍獣に引きずられるようにして、保健室を後にした。
そっからの時間は、まさに連行と呼ぶにふさわしいもんだった。
「見て見て春山くん! ここが私が手入れしてる花壇! お花が満開だよ!」
「へぇ……」
「ここは私のランウェイの練習場所ね、ドーナツ食べながらポージングの練習するの」
「食いながらやんなよ……」
「わたくしのバイオリンの練習場所ですわ。どうかしら、一曲?」
「いや遠慮しとく……」
学園中の施設を連れ回され、そのたびにこいつらの夢だの好きだのを聞かされる。
普通ならウザくて逃げ出すところだが、不思議と退屈はしなかった。
こいつらが本当に楽しそうに話すもんだから、聞いてるこっちも楽しくなってくるんだよな。
一通り校内を回ったあと、最後に行き着いたのは、学園近くの噴水公園だった。
「ふぅ……、よく歩いたぜ」
ベンチにドカッと座り込んで、息を思いっきり吐き切る。
あの4人に学園をずっと案内されてる間に外はすっかりオレンジ色に染まっていた。
結局、街には行けずじまいだったな……そんな事を思いふけていると、腹の虫がグゥと鳴きやがった。
「お疲れ様、はい、これどうぞ」
きららが、袋から何かを取り出してそれを差し出してきた、それは甘い匂いのするまん丸いドーナツ。
「なんだこれ?」
「私のオススメ。『マーブル・ドーナツ』の新作よ。今日一日私達に……付き合ってくれたお礼」
きららはそっぽを向いて言ったが、耳が少し赤い。
ツンデレかよ。
「サンキュ、ゴチになりますわ」
そうお礼を言うと、
ドーナツを一口かじる。
甘い。
疲れた体に染み渡るような、バカみたいに甘ったるい味だ。
でも、悪くねぇ。
「どう? ノーブル学園も、捨てたもんじゃないでしょう?」
みなみが隣に座り、優しく微笑みながら問いかけてきた。
「まぁ、お前らといると退屈はしなさそうだな」
苦笑いして、ドーナツをもう一口頬張った。
やっぱ甘ったるいぜ……でも悪くねぇ。
「それによ、ここに来たのも実は俺の意志じゃねぇしな」
ふと、口をついて本音が漏れた。
普段なら誰にも言わねぇようなことだ。
ドーナツの甘さで頭がやられたか、それとも夕暮れのせいか。
「えっ?」
はるかが目を丸くする。
俺は飲み干したペットボトルをゴミ箱に投げ入れ、視線を遠くへやった。
「生徒会長さんなら全部知ってるとは思うが、ここに来る前は地元じゃ札付きのワルだったんだよ俺、喧嘩に万引き、警察沙汰なんて日常茶飯事。……ま、いわゆるどうしようもないクソガキってやつだ」
「そ、そんなこと……」
はるかが口元を抑える。
トワも驚いたように俺を見つめている。
ま、予想通りの反応だな。
「んでな、俺の担当だった少年課の刑事で村瀬のおっちゃんってのがいるんだけどよ、そいつが俺の首根っこ掴んでこう言ったんだ。このまま腐るか、それともノーブル学園で性根を叩き直してくるか選べー! てな」
「なるほどねぇ……どうりで初めて会った時から雰囲気とか他の子達とは全然違うと思ってた」
腕を頭の後ろに組みながら、全部に合点がいったって表情を浮かべるきらら。
「確かもちつき学園長だったっけ? それとおっちゃんが……なんか昔からの知り合いらしい。まぁ、だからって俺みたいなロクデナシをこんな名門学校に入れるのはすげぇ物好きなおばちゃんだとは思うけどな」
笑いながら軽口を叩いて、残ったドーナツを一気に口に放り込む。
「だからよ、夢だの希望だの言われても、俺にゃピンとこねぇんだよ。俺はただ、今が楽しけりゃそれでいい。そうやって毎日誤魔化しながら生きてければ最高にハッピーなんだよ……嫌なこと考えて苦しまねぇで済むしな」
――あんたにはもう何も期待しない。
また嫌な記憶が脳内でフラッシュバックする。
そうだよ、先の事なんて考えるから苦しくなる。
俺はこの先どうなりたいかなんて考えたくもねぇ。
この先夢を持つことはねぇし、持とうと思う事もねぇ。
あるのはただ、心の中にぽっかり空いた虚無みてぇな空間と、そこに流れ込むどうしようもない絶望……。
「悪ぃ悪ぃ、変に重い空気にしちまったみてぇだな! まぁ、どうせなる様にしかならねぇってことだよ、俺の人生はな!」
俺は冗談めかした笑いで、重っ苦しい会話を打ち切ろうとする。
この後の展開もだいたい予想できてる。
どうせ、そんなのダメだよ、だの将来のこと考えなきゃみてぇな説教が飛んでくるぜ。
「うん、それでもいいと思うよ!」
「……あ?」
返ってきたのは、予想外の言葉だった。
顔を上げると、はるかがニカッと笑っていた。
同情でも、説教でもない。太陽みてぇな全肯定の笑顔だ。
「それでもいいのかよ? その……自分で言うのもなんだけどよ、はたから見たら完全に逃げてるだけって思われるだけかも知んねぇぞ?」
「いいんだよ! だって、今が楽しいってことは、今この瞬間、春山くんの心が輝いてるってことでしょ? それってすごく素敵なことだもん!」
「は、はぁ……?」
「先のことがわからなくても、今笑っていられるのなら、それはもう立派な力だよ! だから……無理して先のことを考えなくても春山くんが今幸せなら、私、それで十分だと思う!」
――あんたには何も期待しない。
――あんたは何も考えなくていい。
脳内で、クソッタレな母ちゃんの冷たい言葉がフラッシュバックする。
同じ考えなくていいって言葉なのに、どうしてこうも響きが違うんだよ。
母ちゃんの言葉は俺をゴミみてぇに切りつける刃物だったが、はるかの言葉は……なんて言うかあったけぇ毛布みたいだ。
「やっぱお前変だよ、朝ドラヒロイン見てぇなこと言いやがって」
少しだけ胸から熱いものが込み上げてきやがるのを誤魔化すようにはるかを茶化す。
だが、俺の減らず口も、こいつらの波状攻撃の前には無力だった。
「変でもいいじゃない。それがハルハルのいいとこなんだから」
きららが、さらっと口を挟む。
彼女は腕を組み、まっすぐに俺を見据えていた。
「それにね……はるみん、アンタが過去に何をしたとか、どういう経緯でここに来たかなんて、正直どうでもいいの」
「おう、どうでもい……あ?」
俺は反射的に頷きかけて、ピタリと止まった。
今、こいつ何て言った?
「おい待て、誰だそれ」
「アンタよ。春山春海だからはるみん、可愛いでしょ?」
きららは悪びれもせずニカっと笑った。
「はぁ!? なんじゃそのファンシーなあだ名は! 俺はヤンキーぞ?! そんな女子中学生の交換日記みてぇな名前で呼ばれてみろ、地元の奴に合わせる顔がねぇわ!」
「えー? だって『ハルハル』だとハルハルと被るし、ややこしいじゃない」
「だったら名字で呼べよ! 春山でいいだろ!」
「長いし可愛くない。却下」
「てめぇの好みなんか知るか!」
必死に抗議しても、この派手な女にはのれんに腕押しだ。
きららははいはいと聞き流し、さらに畳み掛けてくる。
「それに、大事なのは名前より中身でしょ? ……アンタは、自分の意志で私たちを守ろうとした。ゼツボーグに立ち向かった。それは紛れもない今の事実じゃない」
「う……」
急に真面目なトーンに戻されて、言葉に詰まった。
あだ名の件は納得いかねぇが、言ってることは妙に突き刺さりやがる。
「ふふ。私も同感よ」
みなみが、ドーナツを食いながら静かに微笑んだ。
「春海……いいえ、はるみん……あなたが過去に何を背負っていようと、今のあなたは私たちの仲間よ」
「あんたまで乗っかるなよ! 威厳はどうした威厳は!」
「ええ。あなたは私たちの秘密を知り、共に戦った。……それに、この学園の生徒であることに変わりはないわ。困ったときは頼りなさい。生徒会長として、そして友人として、力になるわ」
友人、か。
その言葉が、妙にこそばゆかった。
村瀬のおっちゃんに言われて嫌々来たこの場所で、まさかこんな連中と関わることになるなんてな。
「わたくしも、皆様に同意しますわ」
最後に、トワが一歩前に進み出る。
その瞳には、どこか俺と同じような、深い影を知る者特有の色が宿っていた。
「過去の過ちや、心の闇……それは誰にでもあるものです。わたくしだって、かつては闇に染まり、多くの人を傷つけました。……けれど」
トワは胸に手を当て、優しく微笑んだ。
「やり直すことはできます。夢を持てぬ絶望を知っているあなただからこそ、見える光もあるはずですわ。……よろしく頼みますわね、はるみん」
「お前もかよ……」
ガシガシと頭を掻きむしりながらため息を吐く。
まじに調子狂うぜ。
夢も希望もねぇ俺の、空っぽだったはずの場所にこいつらは勝手に土足で踏み込んで居座ろうとしてやがる。
それなのに、不思議と嫌な気はしねぇ。
むしろ、胸の奥のモヤモヤが、少しずつ晴れていくような……。
「……へッ。お人好しどもが」
照れ隠しに悪態をつき、ベンチから立ち上がった。
これ以上ここにいたら、変な汗が出そうだ。
「じゃあな、俺はもう帰って寝る。さすがに疲れたわ」
俺は手をひらひらと振って、夕陽に向かって歩き出した。
「あ! また明日ねー! 春海くーん!」
「バイバイパフー!」
「また遊びに行こうロマー!」
背後からはるかの元気な声と、動物たちの鳴き声が聞こえる。
また明日。
はるみん。
チッ。調子狂うぜ、マジで。
特にきらら、あいつが一番俺の調子を狂わせてやがる。
俺はふと、きららの顔を思い出した。
派手な見た目に、物怖じしない態度。
そして学校案内の時に言ってたポージングの練習とか何とか……。
なんかあいつの姿どっかで見たことあんだよなぁ。
どっかであった事がある訳じゃなくてよ……コンビニの雑誌コーナーとかそこら辺で。
まぁ、そんな事どうでもいいか! 兎にも角にも、俺の監獄生活は予想外の連続のおかげで、少しだけ騒がしく、楽しくなりそうだぜ。
ふと、夕日に映る自分の影を確認する。
そこにはもう、不気味な化け物の気配はなく、ただ俺の影法師が長く伸びているだけだった。
今はまだ……な。