Go! トラブルメーカー!  〜雑草は花園で咲く〜   作:ナッパー

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第四話 脅威再来! 覚醒する絶望の力

第四話

 

 ノーブル学園の休日ってのは、やけに静かだ。

 普段はそこら中から聞こえてくるごきげんようの合唱も、今日はなりを潜めている。

 

 多くの生徒はどっか遊びに行くか、街へ買い物に出かけているらしい。

 

 「……暇だ」

 

 大きく欠伸をしながら、人気のない廊下をペタペタと歩いていく。

 今日は休日だからよ、家から適当に持ってきた真っ黒いジャージで学園内をうろついていた。

 制服を着ないで学校を歩けるっていうのは新鮮な気持ちがすんな。

 そこだけはこの学園に入って得したことかもしんねぇ。

 ところで、あの出来事から数日は時間が経ったが、あの時取り込んだゼツボーグとかいう化け物は相変わらず大人しく眠ってる。

 最初は腹壊すかと思ったけど、意外と馴染んでやがった。

 まぁたまに腹の奥でドス黒い力が渦巻く感覚があるが、俺が大人しくしてろって念じればスッと引いていく。

 俺の一部になったんだ、せいぜい便利なエネルギー源として使わせてもらうさ。

 使い方わかんねぇけど。

 

「さてと……どっかで昼寝でもするか」

 

 大きく欠伸をしながら昼寝スポットを探しに行こうかと思ったその時だった。

 

 「パフ……パフ……パフ」

 

 「ロマ! 走ったら危ないロマ!!」

 

 曲がり角の向こうから、聞き覚えのある奇妙な声と、パタパタという足音が聞こえてきた。

 次の瞬間。

 

 「パフっ!?」

 

 ピンク色のモップ……じゃねぇ、犬のぬいぐるみが飛び出してきて、俺の足に激突した。

 

 「おっとっとい……」

 

 俺がつま先で軽く受け止めると、その毛玉は目を回してひっくり返る。

 

 

 「パ……パフゥ……世界が回ってるパフ……」

 

 「回ってんのはお前の目ん玉だけだっつの」

 

 やれやれ、相変わらず変な生き物だぜ。

 俺が呆れて見下ろしていると、曲がり角の向こうから慌てた様子の足音が近づいてきた。

 

「あ、パフちゃん! ダメだよ勝手に走って行っちゃ……!」

 

 「まったく世話の焼ける妹ロマ! 廊下は走っちゃダメって言ってるロマ!」

 

 そこに現れたのは、息を切らした地味な丸メガネの女子生徒と、生意気そうなインコみてぇな鳥だった。

 あー、確かこいつらは……。

 

「あ……」

 

 メガネの女子は、俺の姿を見るなり急ブレーキをかけて立ち止まった。

 途端にその表情が強張り、さっと青ざめていくのがわかる。

 

 「は、はる……春山、さん……」

 

 まるで山道で熊にでも遭遇した小動物みてぇな反応だ。

 おいおいまだビビってんのかよこいつ。

 俺は立ち上がりながら、ポケットに手を突っ込んで首を少し傾けた。

 

 「よう。……えっと、確かあんたは……」

 

 記憶の引き出しを漁る。

 中庭で美味いサンドイッチ食った時の……あの挙動不審な……。

 やべぇ、誰だっけ?

 

 「えっとあれだよ……七味……ゆいだっけ?」

 

「……な、七瀬です。七瀬、ゆい……」

 

 彼女は眼鏡の奥の瞳を泳がせながら、蚊の鳴くような声で訂正した。

 肩がピクッと跳ねて、一歩後ずさりしてやがる。

 

 「あー、そうそう、七瀬な七瀬、七味と七瀬、結構似てるからわかんなかったぜ」

 

 「全然違う! 七味は調味料です……」

 

 ツッコミを入れつつも、困り果てたように眉を下げたゆい。

 

 ま、俺にとっちゃ他人の名前なんて記号みたいなもんだからな。

 喧嘩で負けた相手くらいしか覚える気もねぇよ。

 

「チッチッチ! 失礼なやつロマ! レディの名前を間違えるなんて言語道断ロマ!」

 

 足元で、あの生意気な鳥アロマがギャーギャー喚き出した。

 保健室の時からから思ってたけどこいつなんでこんなに声デケェんだ。

 

「チッチチッチうるせぇぞ鳥公。あんま騒ぐと焼き鳥にすんぞコラ」

 

 こいつの声にイライラして思わず言い返しちまった。

 だってしょうがねぇだろ? まじにうるせぇんだもん。

 

「……誰が焼き鳥だロマ!!」

 

 すると次の瞬間、保健室の時みてぇに額に青筋を立ててアロマが翼をバサバサと広げ俺の顔面に突っ込んできやがった。

 おーおー小さいくせに随分と威勢がいいこって。

 

 「おーそうかい! 焼き鳥が嫌なら唐揚げにしてやろうか? ん? まぁどっちにしろ美味そうには見えねぇけどな」

 

 鼻で笑いながら、突っ込んでくるアロマを片手でひょいとあしらう。

 だがその態度がさらに火に油を注いじまったらしい。

 

 「ムキーッ! ロイヤルフェアリーを愚弄するとは許せないロマ! その目ん玉をつっついてやるロマ!」

 

「あぁん? いいぜこいよ! てめぇなんざ2秒で伸ばしてやるぜ、この駄鳥(ダチョウ)が」

 

 右手でデコピンの構えを見せて、左手でちょいちょいと鳥野郎を挑発する。

 

 「お兄ちゃんをいじめるなパフー!!」

 

 すると次の瞬間、ゆいの足元からパフが叫びながらこっちに突っ込んできやがった。

 

 「おぉ?! ワン公てめぇもやる気か? モップにして掃除用具箱に放り込むぞコラ!」

 

 「パフはモップじゃないパフ!  春海はいじわるパフ!」

 

 

 そのままパフは可愛らしい声を上げて挑発してる俺の左手を噛み付いてきた。

 まぁ噛み付くっつっても、甘噛みもいいとこだ。

 ただくすぐってぇだけでノーダメだけど普通に鬱陶しいぜ。

 

「何こらタコこらぁ!」

 

「何ロマタコロマ!」

 

「パフゥ! パフパフ!」

 

 そんな俺と二匹が、廊下の真ん中で、はたから見たらクソほど低レベルな争いをしばらく繰り広げていると、さっきからおろおろしながらこの光景を眺めていたゆいが、意を決したように割って入ってきた。

 

「も、もう! やめてよみんな!」

 

 ゆいは俺とアロマの間に体を入れて、両手を広げる。

 その剣幕に、俺たちはピタリと動きが止まる。

 

「春山さんも! アロマも! 廊下で喧嘩しないで! パフちゃんも、噛み付いちゃメッ!」

 

 「パフゥ……ごめんなさいパフ……」

 

「ふんっ。春海が先に仕掛けてきたのが悪いロマ」

 

  アロマがそっぽを向く。

 肝心の俺はと言うと頭を掻きながら、少しバツが悪そうに視線を逸らした。

 やっちまった……犬と鳥ごときに本気になっちまった。

 それによ、こんな小動物みてぇな奴に本気で怒られるとか、調子狂うぜ。

 

「……へいへい、悪かったよ。この鳥うるさすぎてついからかいたくなっちまってな」

 

 俺が謝ると、ゆいはホッと息を吐いて、眼鏡の位置を直した。

 

「はぁ……。びっくりしたよ春山さん、意外と子供っぽいところがあるんだね」

 

 「うっせ。……で? 結局お前らは何しに行くんだよ」

 

 話題を変えると、ゆいは少しはにかんで、俺の顔をまっすぐに見つめてきた。

 

 「あのね、春山君。……私、みんなから聞いてたの。あなたのこと」

 

「あ? 聞いたってのは……何を?」

 

 「はるかちゃんやみなみさんから。……あなたが、口は悪いけど本当は優しくて、自分の力で絶望に立ち向かった、すごい人だって」

 

 ゆいの言葉に、俺は思わず顔をしかめた。

 あのお節介ども、余計なことをベラベラと……。

 

「買いかぶりすぎだろ。俺はただのヤンキーだぞ?」

 

 「ううん。私にはわかるよ。……だって、パフちゃんたちがこんなに懐いてるもん」

 

 ゆいは足元で俺の靴にじゃれついているパフを指差して笑った。

 さっきまで噛み付いてたくせに、今はもう尻尾振ってやがる。

 チョロい犬っころだぜ。

 

 「ん? ちょい待てや……今、さらっと流しそうになったが」

 

 ふと、ゆいの言葉の違和感に気づいた。

 絶望に立ち向かった……あの時の詳しい状況を知ってるってことは、つまり――。

 

「お前……あいつらと、その……プリンセスプリキュアとかいう連中と、繋がってんのか?」

 

  俺が探るように聞くと、ゆいは隠す様子もなく、しっかりと頷いた。

 

 「うん、まぁ私は変身できないけどね……プリキュアのみんなを一番近くで応援する、協力者だから」

 

 「協力者、なぁ……」

 

 なるほどな。

 ただの大人しい文学少女かと思ってたが、こいつもあっち側の住人ってわけか。

 どうりで、喋る犬や鳥を見ても動じねぇわけだ。

 

「あ、それでね春海くん。もしよかったら……これから私と、買い物付き合ってくれないかな?」

 

「……はい?」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げる。

 買い物? 俺とこいつが?

 

 「いや、さっきまであんなビビってたのになんでそんだよ。プリキュアの連中はどうしたんだ? あいつらと行ってこいや」

 

 そう言いながらしっしと手で追い払うジェスチャーをする。

 買い物の付き合いなんざめんどくせぇ……それに会って間もないやつと何話したらいいか分かんねぇしよ。

 だが、そんな俺のジェスチャーには応じずに、ゆいは少し俯いて呟いた。

 

「みんな、今日は忙しいんだ。……はるかちゃんはレッスンの追試、みなみさんは生徒会、きららちゃんは撮影、トワちゃんは……その応援」

 

「あー……なるほどな」

 

 絶妙に気まずい雰囲気が流れる。要するに、暇なのは戦えない一般人枠の俺たちだけってわけか。

 ……ん? ちょ待てよ? 

 

「……撮影?」

 

 多分彼女からしたら何気なかったろう単語が耳に引っかかった。

 撮影って言ったか今? 部活の活動記録とか、そんなチャチな響きじゃなかったぞ。

 俺の脳味噌の奥底で、埃を被ってた記憶の断片がパチリと繋がりやがった。

 派手な見た目。物怖じしねぇ態度。

 学校案内の時に言ってたランウェイだのポージングだのっていう専門用語。

 そして、コンビニの雑誌コーナーで平積みされてるファッション誌の表紙。

 プリキュアの時についていた星のマークと、あの生意気そうな笑顔。

 

 「おいおい、まさかとは思うが」

 

 俺は眉間を指で押さえながら、確認するように聞いた。

 

 「あの天ノ川って女……モデルの天ノ川きららか?」

 

  俺の問いに、ゆいはキョトンとして、さも当たり前のように頷いた。

 

 「うん、そうだよ。……あれ? もしかして春海くん、知らなかったの?」

 

 「マジかよ……」

 

 知らねぇも何も、気づかねぇ方がおかしいレベルだろ。

 あいつ、人気モデルだったのかよ。

 どうりで、初対面の俺にもあんなに堂々としてやがったわけだ。

 

 

 「なんか見たことある顔だと思ったぜ。コンビニの雑誌コーナーでまさかこっち見て笑ってる奴と同一人物だったとはな」

 

 「ふふ、きららちゃんは学園でも有名人だからね。でも、普段はすごく気さくでしょ?」

 

 「気さくっていうか、図々しいっていうか……」

 

 俺は頭をガシガシとかいた。

 プリンセス志望に、生徒会長に、自称王女に、人気モデル。

 おまけに、それを裏で支えるのが絵本作家志望の一般人。

 改めて考えるととんでもねぇメンバーの中に放り込まれちまったもんだ。

 俺みたいなただのヤンキーが混ざっていいメンツじゃねぇだろ、これ。

 まぁこの学園自体俺みてぇな奴が混ざっちゃダメな気はすんだけどよ。

 

 「はぁ……ったくどいつもこいつも、肩書きがキラキラしてて目が潰れそうなんですけど」

 

 深いため息をつくと、目の前で不安そうに俺の返事を待っているゆいを見下ろした。

 

 「……で? 買い物だっけか」

 

 「あ、うん! ……ダメ、かな?」

 ゆいが上目遣いで聞いてくる。

 

 足元では、パフとアロマもピーピー騒いでやがる。

 まぁここで断って一人になったところで、どうせ寮で暇を持て余すだけだしな。

 それに、こいつらといると……退屈はしなさそうだしよ。

 

 「……わーったよ。暇つぶしくらいなら付き合ってやる」

 

 「えっ、本当!?」

 ゆいの顔がパァッと明るくなる。

 

 「おう。その代わり、俺の行きたいとこにも付き合ってもらうぜ。あぁ……あと、昼飯は奢れよ?」

 

 「おっけー! 任せてください! 行こう、パフちゃん、アロマ!」

 

 「ガッテン承知ロマ!」

 

「みんなとお出かけ楽しみパフ!」

 

 

 ゆいと二匹は嬉しそうに笑うと、ウキウキした様子で廊下を歩いていくのだった。

 

 「やれやれ……」

 

 軽くため息をつくと、俺もポケットに手を突っ込んで彼女らの後をついて行く。

 こうして、俺とメガネ、そして珍獣二匹という、奇妙な組み合わせの休日が始まったのだった。

 退屈しなさそうだな。

 

 休日で賑わう夢ヶ浜の街。

 俺たちは、駅前のショッピングモールにある文房具屋に来ていた。

 

 「うーん……やっぱり水彩紙はこっちの紙質の方がいいかなぁ……」

 画材コーナーで、ゆいは真剣な眼差しでスケッチブックを吟味している。

 

 眼鏡をクイッと上げながら、棚の上の商品を手に取っては戻し、また手に取る。

 普段の大人しそうな様子とは違い、その横顔はまさに職人の顔って感じだ。

 

 「すごい色がいっぱいあるパフ〜! 綺麗パフ〜!」

 足元で、パフが絵の具の棚を見上げて尻尾を振っている。

 周りの客からは可愛いワンちゃん程度にしか思われてねぇみたいだが、普通に喋ってるからヒヤヒヤするぜ。

 

 「シッ! 声が大きいロマ。他の人間に聞かれたら騒ぎになるロマ」

 

 俺の肩に止まったアロマが、耳元で小声で注意する。

 こいつはこいつで、ぬいぐるみのフリをして俺の肩を特等席にしてやがる……重いから飛んでろや。

 

 「……へぇ。お前、結構本格的なもん使うんだな」

 

 俺はアロマを指で小突きながら、ゆいの手元を覗き込んだ。

 選んるもんはよく分かんねぇけど素人の俺から見ても高そうな専門的な画材ばっかだ。

 

 「うん。絵本を描くには、やっぱりアナログの質感が大事だから。最近は……デジタルも勉強中だけど、まずは手描きの温かみを表現したくて」

 

 ゆいは俺に振り返り、少し照れくさそうに笑った。

 

 「絵本作家、だったっけ? お前の夢」

 

 ふとあの時の事を思い出して、ゆいに尋ねた。

 ちょっとこの学園に慣れたからか、それとも夢って言葉を聞きすぎたからか、こういう話をするのに抵抗が無くなってきた気がすんな俺。

 

 「覚えててくれたんだ……」

 

 すると、ゆいは少しだけ意外そうに目を丸くする。

 

 「まぁな、この前はるかがうるせぇくらい自慢してたからな。ゆいちゃんの絵本はすごいのなんのってよ」

 

 「はるかちゃん……」

 

 ゆいの表情が柔らかく緩む。

 やっぱりこいつ、春野のこととなるとガードが下がるな。

 

 「……私は、物語を作るのが好きなの。自分で考えたお話で、誰かが笑顔になってくれたらいいなって」

 

 ゆいは愛おしそうに新しいスケッチブックを抱きしめた。

 

 「プリキュアのみんなみたいに戦えないけど……私には私の夢があるから。みんなの頑張ってる姿を見てると、私まで頑張らなきゃって勇気がもらえるんだよね」

 

 「ゆいは頑張り屋さんロマ! 僕たちもいつも勇気をもらってるロマ!」

 

 「ゆいの絵、パフも大好きパフ!」

 

 ゆいの夢に賛同するようにアロマとパフが、称えるような声を上げる。

 ゆいは嬉しそうに、パフの頭を撫でた。

 

 「ふーん」

 

 適当に相槌を打ってたが、内心少し驚いていた。

 こいつはただ守られてるだけの一般人じゃねぇ。こいつらも、自分の足で立ってやがる。

 戦えなくたって、自分の役割を見つけて、胸張って生きてやがる。

 どいつもこいつも、眩しいこって

 俺は無意識に自分の胸元――見えない影が眠る場所をさすった。

 夢を持たねぇ俺と、夢を持つこいつら。

 住む世界が違うってのを、まざまざと見せつけられてる気分だ。

 胸の奥で、黒い何かがザワリと騒いた気がした。

 

 「……荷物、貸せよ。持ってやる」

 

 ゆいの手から、ずっしりと重そうな買い物かごを強引に奪う。

 「え? いいよ! 自分で持てるし」

 

 「遠慮すんなって、その代わり俺の行きてぇとこにも付き合って貰うぜ」

 

 「おっ! 春海にしては気が利くロマ! やっと紳士としての自覚が芽生えてきたロマ?」

 

 俺の肩の上でアロマが偉そうに胸を張りやがる。

 

 「やかましい耳元で騒ぐなや、振り落とすぞ」

 

 憎まれ口を叩いてやると、ゆいはクスリと笑って、少し嬉しそうに言った。

 

「ありがとう、春海くん」

 

「……おう」

 

 少しだけ空気が柔らかくなった、その時だった。

 ゾワリと背筋につららをを突っ込まれたような寒気が走った。

 モールの喧騒が一瞬にして遠ざかり、周りの景色が色あせていくような錯覚。

 この感覚……知ってる。

 

「……ッ!?」

 

 俺は足を止めた。

 肩に乗っていたアロマがビクッと羽を逆立てる。

 足元のパフも震え出した。

 

 「こ、この嫌な気配は……ロマ……!」

 

 「怖いパフ……! 何か来るパフ……!」

 

 ゆいも異変に気づいたのか、表情を強張らせる。

 

 「春海くん……?」

 

 「……おい七味。下がってろ」

 

 俺は声を低くして、奪ったばかりの買い物かごをゆいに押し付け、前に出た。

 

「え? どうしたの?」

 

 「いいから逃げろ! なんかやべぇ!」

 

 俺が叫んだ直後、吹き抜けの上の階から、聞き覚えのある気の抜けた声が降ってくる。

 

「やぁ。奇遇なんだねぇ、絶望くん」

 

 見上げると、手すりに腰掛けて生意気そうに俺を見下してやがるフードを目深に被った小柄な少年がいた。

 背中には、小悪魔のような黒い翼。

 

 「てめぇ……ロック」

 

 よーく見覚えがある俺の因縁の相手がそこにはいた。

 手すりに腰掛けたまま人を小馬鹿にしたような気持ちわりぃ薄ら笑いが張り付いている。

 

「君、ゼツボーグを体に取り込んでおいてまだ生きてたんだね、案外しぶといんだね。」

 

「そりゃどうも……テメェこそ、よく俺の前にツラ出せたな? この前言ったよな? 次会ったらフードひっぺがして泣かすって」

 

 ゆいを背中に庇いながら、ロックを睨みつけた。

 膝が震えそうになるのを、奥歯を噛み締めて無理やり抑え込む。

 こいつはヤバいぜ、本能が警鐘を鳴らしまくってやがる。

 

「ふーん……強がってるけど、膝が震えてるんだね もしかして怖いの?」

 

「ッ?! てめぇ……!」

 

 どうやらこいつには俺の本心はお見通しらしい。

 

 「無理しなくていいよ。君は『絶望』なんだからさ、大人しくプルプル震えてればいいんだね」

 

 「……誰が震えてるだこの野郎……これはあれだ、武者震いって奴だ」

 

 無理やり笑っては見せたが、やべぇ、冷や汗が止まらねぇぜ。

 こいつの纏う空気が、前よりも濃くなってる気がする。

 「へぇ、言うねぇ。……あ、そうだ」

 

 ロックはふと思いついたように、ポンと手を打った。

 

 「君の絶望はもう味わったからさ、今日は別の味見をしようと思って来たんだ」

 

 「あ? 何言ってんだてめぇ?」

 

 「ほら、あそこ」

 

 

 ロックが指差した先、モールの広場では、一人の大道芸人がジャグリングを披露していた。

 観客の拍手を浴びて、芸人は満面の笑みで帽子を取っている。

 

 

 「楽しそうだよねぇ。夢がいっぱいで、キラキラしてて……」

 

 ロックの目が、スッと細められる。

 おいおいこいつ何しでかす気だ?

 

「目障りなんだよ」

 

「おい待てやコラ!」

 

 俺が止めようとした時にはもう遅かった。

 ロックが指をパチンと鳴らすと、胸元の南京錠が弾け飛び、不気味な光を放ちながら大道芸人へと向かっていく。

 

 「お前の夢、見せるんだね……ロックユアドリーム!」

 

 ロックが嘲笑うように叫ぶ。

 

 その瞬間、大道芸人の胸からキラキラした夢が具現化されて、光みてぇな映像として俺の頭の中にも入ってきやがった。

 

 『いつか、世界中の人を笑顔にするトップパフォーマーになるんだ!』

 

 その中に浮かんでやがったのは、世界中の人々を笑顔にするっていう眩しい夢……。

 

「行くんだね、ゼツボーグ!」

 

 

 ロックが高らかに宣言する。

 その瞬間、南京錠から溢れ出た闇が、大道芸人の体を包み込んだ。

 ガシャァンという重苦しい金属音と共に現れたのは、鳥かごみてぇな巨大な何か……ありゃ檻か?

 その檻に閉じ込められている大道芸人は、抵抗することもしねぇで眠り続けピクリとも動かねぇ。

 そして、その檻の扉に、あの南京錠がガチリと噛み合い、固く閉ざされる。

 いつか、世界中の人を笑顔にするトップパフォーマーに……こいつが持っていた熱い夢が、檻の中で色あせ、ドス黒い絶望へと変わっていくのが感覚でわかった。

 夢を信じられなくなった心の隙間を、絶望が満たしていく。

 

 『ゼツボォォォグ……!!』

 

 檻から噴き出した絶望のエネルギーが、芸人の持っていたジャグリングのクラブを核にして実体化しやがった。

 巨大なジャグリングクラブには手足が生え、顔には機械みてぇな錠前……そしてその中で輝く赤い目ん玉はギロリと周りを睨んでやがった。

 こいつ大切にしている夢そのものが、人々を傷つける怪物に変わり果てる。

 これがデフォルトのゼツボーグって奴か。

 

「うわああああっ!!」

 

 「きゃあああ!!」

 

 ショーを楽しんでいた客、そして買い物を楽しんでた奴らが悲鳴を上げて逃げ惑う。

 平和なショッピングモールが、一瞬で地獄絵図じゃねぇか。

 

「あはは! いいねぇ、その絶望の顔。……さあ、存分に暴れるんだね!」

 

 ケラケラと生意気な笑い声を上げながらロックがこの化け物に指示を出す。

 ゼツボーグが巨大な腕を振り上げた。

 ブォンと、風を切る音が俺たちのすぐ近くで響く。

 その振り上げた腕の風圧で、俺らの周りの看板やらガラスやらがあっという間に吹き飛ばされた。

 おいおい……こんなの戦車でも持って来ねぇと勝てねぇぞ!

 

 「春山くん! 逃げて!!」

 

 俺が身構えたその瞬間、腕を強く引かれた。

 隣にいた七瀬ゆいだ。

 さっきまであんなにビビってた癖に、今は必死な形相で俺の手首を掴んで引っ張ろうとしてやがる。

 

 「離せバカ!! お前の方こそ逃げろ!」

 

 「ダメだよ! 春山くんはプリキュアじゃない! 生身で戦うなんて無理だよ!」

 

 ゆいの声は震えていたが、その手は万力みてぇに固く握られていて離れねぇ。

 こいつ、俺を置いて逃げる気なんてさらさらねぇんだな。

 

「そうロマ! 相手はゼツボーグロマ! 丸腰じゃ勝てないロマ! 早く逃げるロマ!」

 

 「危ないパフ〜! 春海食べられちゃうパフ〜!」

 

 アロマとパフも、俺の足元と眼前で必死に逃亡を促してくる。

 どいつもこいつも……俺をただの守られるべき一般人扱いしやがって。

 

 「うっせぇな! ボケが!」

 

 俺はゆいの手を強引に振りほどこうとした。

 だが、それより一瞬早く、ゼツボーグの赤い目ん玉ががギロリと俺たちを捉えやがった。

 『ゼツボォォッ!!』

 

 化け物が、手に持っていた巨大なジャグリングクラブを振りかぶる。

 それはまるで、風を切り裂く巨大な杭のみたいに、俺たちめがけて投擲された。

 

 「ッ!? 危ねぇ!」

 

 思考するより先に体が動いた。

 咄嗟にゆいの肩を抱き寄せると、そのまま地面に向かって全力でダイブする。

 ズドンッ!! という凄まじい轟音と共に、俺たちがさっきまで立っていた場所の床が粉砕されてた。

 コンクリートの破片が散弾銃みてぇに飛び散り、頬を掠める。

 

 「ぐはっ……!」

 

 俺たちはもつれ合うようにして床を転がった。

 こいつを庇って背中から落ちたせいで、肺の中の空気が強制的に吐き出される。

 

「はぁ、はぁ……! おい、生きてるか七味!」

 

 「う、うん……春海くんは!?」

 

 ゆいが顔を上げる。

 危ねぇ、はなんとか直撃は避けたようだ、あんなもん当たってたら一溜りもありゃ……。

 

 「あ……」

 

 突然、ゆいの視線が、俺たちの足元に釘付けになった。

 そこには、無惨な姿になった買い物袋が転がっている。

 衝撃で袋が破れ、中身が散乱している。

 さっきゆいが真剣な顔で選んでいた高級な絵の具のチューブが破裂し、鮮やかな色が床を汚く塗りたくっている。

 スケッチブックも、ひしゃげた鉄骨の下敷きになって泥まみれだ。

 

「私の……画材が……」

 

 ゆいの声が震える。

 こいつが絵本を描くために、目を輝かせて選んだ道具だ。

 それが、わけのわからねぇうちに……一瞬にしてゴミに変えられちまった。

 

 「あらら、壊れちゃったんだねぇ」

 

 上から、ロックの嘲笑が降ってきた。

 

 「ま、どうせ叶わない夢を描くための道具なんて、ゴミと同じだし? ちょうどよかったんじゃないかな?」

 

「……」

 

 人を舐め腐ったようクソガキの声を聞いた瞬間……プツンと俺の中で何かが切れた。

 

 ゴミ? ゴミっつったか今?

 あいつは知らねぇ。

 こいつが……ゆいがどんな顔してそれを選んでたか、知らねぇ。

 こいつの好きを、テメェの勝手な理屈で踏みにじった事をあいつは知らねぇ。

 

「……退がってろ」

 

 俺はゆいを背中に隠すようにして、ゆらりと立ち上がった。

 

 「え? 春海くん!?」

 

 「春海! 無茶ロマ! 相手はゼツボーグロマよ!?」

 

 足元のアロマが必死に止めるが、俺の耳には届かねぇ。

 俺はひしゃげた鉄パイプ……いや、壊れた看板の支柱を拾い上げ、握りしめた。

 恐怖で足がすくむ? 関係ねぇな。

 それ以上に俺は……ムカついて仕方ねぇんだよ。

 看板の支柱をゼツボーグに向け、ギリリと奥歯を噛み締めた。

 俺は……人に舐められる事が嫌いだ。

 喧嘩で負けて見下される時、母ちゃんからのヒステリック。

 周りからの冷たい目……それを感じる度に、俺はなんべんそいつらをぶっ殺してやろうって思った事か。

 そして今目の前には、そんな奴らを煮詰めたような人じゃねぇ化け物が俺を上で見下してる。

 いいじゃねぇか……条件ピッタリだぜ。

 

「てめぇら……死んだぞ」

 

 俺の怒りに呼応するように、胸の奥の「影」がドクリと脈打った気がした。

 俺は低く唸り、ゼツボーグを見上げた。

 腹の底から、煮えたぎるような怒りがこみ上げてくる。

 恐怖なんて感情は、とうに怒りの炎って奴に焼かれて消え失せていた。

 

 「はぁ? 何言ってるんだね? 絶望したただの人間がそんなもの持って一体どうするつもり?」

 

 ロックが心底呆れたように肩をすくめる。

 

「行くんだね! ゼツボーグ! あんなゴミ、片付けちゃえ!」

 

 『ゼツボォォォォッグ!!』

 

 化け物が咆哮と共に、巨大なクラブを振り上げる。

 それはさっきと同じ、コンクリートすら砕く一撃だ。

 普通の人間なら、見ただけで腰を抜かすだろうな。

 だが、今の俺には、それがただの的にしか見えなかった。

 ドクン。

 心臓の横で、異物が激しく脈打つ。

 出せ……暴れさせろ、俺の中の何かが叫んでやがる。

 

 「……あぁ、いいぜ」

 

 俺はその衝動に身を委ねた。

 

 「来いや!!」

 

 俺がそう叫んだ瞬間。

 ドロリと俺の足元の影が、爆発的に膨れ上がった。

 黒い泥が噴水のように吹き出し、俺の背後に立ち上る。

 不定形だった泥が、俺の怒りの形に合わせて、明確な輪郭を帯びていく。

 筋骨隆々の肉体。ねじれた二本の角。

 口から覗く凶悪な牙。

 そして……あの化け物と同じ、顔についてる錠前とその中で蠢く無機質な赤い目ん玉。

 俺がガキの頃から最強にかっけぇと思ってた、鬼の姿だ。

 

 「な……なにあれ!?」

 

 「春海の影が……ゼツボーグになったロマ!?」

 

 「パフゥ……怖いパフ……」

 

 後ろでゆい達が悲鳴を上げる。

 ロックも目を丸くして絶句している。

 

 「なんなんだね? それは……? 君、ただの人間じゃないの……かな?」

 

 「人間だよ。……いや、てめぇの実験のせいで半分化け物になっちまったかもな」

 

 俺の影から伸びた腕が、俺の手に握りしめられている鉄骨をガシッと掴み取った。

 その瞬間、黒い泥が鉄骨を飲み込み、見る見るうちに形を変えていく。

 細長かった棒がドス黒く膨れ上がり、先端には無数の鋭いトゲがニョキニョキと生え揃う。

 絵本に出てくるような……いや、それ以上に禍々しくて凶悪な、巨大な金棒へと変貌しやがった。

 

「な?! 一体なんだねそれ……」

 

 ロックが驚いたように目を見開く。

 

 「へッ。鬼に金棒……ってな」

 

 ニヤリと笑い、素手でファイティングポーズを取った。

 背後の鬼も、俺の動きに合わせて巨大な金棒を振りかぶる。

 

 『グルゥゥゥゥゥ……!!』

 

 「行くぞこの野郎がぁ!!」

 

 俺は地面を蹴って、ゼツボーグの懐に飛び込んだ。

 振り下ろされる巨大なジャグリングクラブ。

 避ける? バカ言え。

 そんな暇があったら一発でも多く殴るんだよ!

 

 「オラァッ!!」

 

 俺は何も無い空間に向かって拳をフルスイングした。

 同時に、背後の鬼が金棒を横薙ぎに振るう。

 その瞬間凄まじい轟音と共に鬼の金棒と、ゼツボーグのクラブが激突した。

 金属がひしゃげるような轟音が響き、衝撃波が周囲の

ガラスをビリビリと震わせる。

 

 『ゼ……ゼツ?!』

 

 ゼツボーグの巨大な体が、衝撃でぐらりと揺らいだ。

 こっちは一歩も引かねぇ。

 俺の怒りが……そのまま腕力に変換されてやがる見てぇだ

 

 「まだまだぁ! テメェの武器なんざ、爪楊枝みてぇなもんだぜ!」

 

 俺は踏み込み、さらに一撃。

 鬼が金棒を振り下ろす。

 

 バギィッ!! という轟音を立ててゼツボーグの持っていたクラブが、飴細工みてぇに粉砕された。

 

 「なに?! ゼツボーグが力負けした? なんなんだね……この力は」

 

 ロックがポカンと口を開けてやがった。

 初めてだな……そんなに焦ってんの。

 ざまぁみろ。

 俺は鼻を鳴らし、全身から湯気のような黒いオーラを立ち昇らせながら、化け物を見上げ……いや、見下した。

 

 「……へッ。見たかよクソガキ、人を舐めてっからこうなんだよ!」

 

 俺は背後の鬼と共に、ロックをギロリと睨みつけた。

 

 「これが俺の……新しい力だ」

 

 自分の影から生まれた、化け物の相棒。

 名前はまだねぇ。だが、こいつがいれば、もう誰にも見下されねぇ。

 俺は拳を握りしめ、ニヤリと笑った。

 

「す、すごい……」

 

 後ろの方で、ゆいがボソッと呟く。

 

「へへっ、どうよ……俺の力は」

 

 俺は鼻を鳴らし、意気揚々と構えを解こうとした。

 あのクソガキの驚いた顔を見たら、胸のすくような気分だったからだ。

 スッキリしたぜ、これでもう十分だ。

 あとはこの化け物を引っ込めて……。

 

 「……おい。もういいぞ、戻れ」

 

 俺は背後の影に向かって念じた。

 だが――。

 またもやドクンと心臓が破裂しそうなほど激しく跳ねた。

 それと同時に、全身の血管に焼けるような熱さが駆け巡る。

 

 『グルゥゥゥ……ガァァァァァッ!!』

 

 「な、んだ……!?」

 

 俺の意志とは裏腹に、背後の鬼がさらに巨大化し、咆哮を上げやがった。

 戻らねぇし消えない。

 それどころか、俺の体から際限なく溢れ出る黒い泥を吸って、勝手に暴れだそうとしてやがる。

 

 「おい! 待て! 何勝手にしてやがる!」

 

 俺は慌てて止めようとしたが、影は俺の命令を無視する。

 こいつ……ダメだ、制御が効かねぇ!!

 鬼が金棒を振り回す。

 ガシャァァン!!

 近くにあったショーウィンドウが粉々に砕け散った。

 ガラスの雨が降り注ぐ。

 

 「キャ?!」

 

 「春海?!  ど、どうしちゃったパフ!?」

 

 ゆいの悲鳴とパフの悲痛の声が聞こえる。

 俺は必死に右腕を抑え込んだが、震えが止まらねぇ。

 

 「春海! しっかりするロマ! 飲まれちゃダメロマ!」

 

 「春海が……春海じゃ無くなっちゃうパフ〜! 怖いパフ〜!」

 

  アロマとパフも、俺の異変に気づいて叫んでいる。

 

「うるせぇわかってる! 分かってるけどよぉ……止まんねぇんだよこいつ!」

 

 「あーあ、やっぱそうなっちゃったか」

 

 ロックがニヤニヤと笑いながら、空中に浮かんで焦る俺の姿を高みの見物してやがる。

 

 「やっぱり君の器じゃ、その巨大な絶望は御しきれないみたいなんだね……そうだ、いっそ楽になりなよ。その力に身を任せて、全部壊しちゃえばいいじゃん」

 

 さっきまで焦ってた顔が見る見る内に、舐め腐ったクソガキの顔に戻ってきやがる。

 

 

 「やかましい! クソが……止まれ! 止まれっつってんだろこのボケナス!」

 

 俺は声を張り上げた。

 だが、こいつは止まらねぇ。俺の意識ははっきりあるのに、体が、影が、勝手に破壊を求めて動き回る。

 まるでブレーキがぶっ壊れたダンプカーに乗せられてる気分だ。

 

 「春海くん! お願い、戻ってきて!」

 

 ゆいが危険を顧みず、俺の方へ駆け寄ろうとする。

 

 「ダメロマ! 近づいたら危ないロマ!」

 

 「ゆい! 離れるパフ!」

 

 妖精たちが必死にゆいを止める。

 そうだ、来るんじゃねぇ。

 今の俺は爆弾だ。

 近づいたら、お前らまで……!

 

 『コワス……ゼンブ……コワス……』

 

 錠前の赤い目が、ギョロリと動いた。

 その視線の先にいたのは……やべぇぞ、逃げ遅れてへたり込んでいた、小さな女の子だ。

 親とはぐれたのか、恐怖で動けなくなって泣いている。

 やめろ。

 そいつは関係ねぇ。

 俺がぶっ飛ばしてぇのは、あのクソガキとゼツボーグとかいう化け物だけだ!

 

 『ウガアアアアアッ!!』

 

  俺の叫びも虚しく、鬼が金棒を振り上げた。

 女の子の頭上へ、凶悪なトゲのついた鉄塊が振り下ろされる。

 

 「やめろォォォォォッ!!」

 

 ダメだ! 間に合わねぇ!

 俺の手で、無関係なガキを殺しちまう――!

 だが、そんな俺の祈りは届かなかった……鈍い金属音が響き、火花が散る。

 

  「……あ?」

 

 金棒が……女の子の寸前で止まってやがる。

 いや、止められたんだ。

 

 金棒の影には、小さな背中があった。

 フワリと広がるピンク色のスカート。舞い散る花びら。

 華奢な腕一本で、俺の暴走を受け止めた少女が、こちらを振り返り凛と言い放った!

 

 「咲き誇る花のプリンセス! キュアフローラ!」

 

 あいつ、春野はるかが俺と、俺の背後の化け物を真っ直ぐに見据える。

 おいおいまじか冗談だろ……?

 あんな細っこい腕のどこにそんな力があるんだよ。

 俺の生み出した影の鬼は、ダンプカーだってひっくり返せそうな馬鹿力だぞ。

 それを、真正面から受け止めたってのか?

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 気合の声と共に、フローラが俺の鬼に蹴りを入れる。する。

 その瞬間凄まじい衝撃波と花弁が巻き起こり、俺の影の鬼が数メートル後ろへと弾き飛ばされた。

 

 『グ、ガァァァァッ!?』

 

 「うおっ!?」

 

 繋がっている俺の体まで、見えない鎖で引っ張られるみたいに持っていかれる。

 足を踏ん張ってなんとか耐えたが、心臓のバクつきが止まらねぇ。

 

 「大丈夫? 怪我はない?」

 

 キュアフローラは、背後の女の子に優しく声をかけると、ふわりと微笑んだ。

 さっきまでの鬼気迫る表情とは別人のような、春の陽だまりみてぇな優しい顔だ。

 女の子はコクコクと頷くと、涙を拭いながら走り去っていく。

 

「ちっ……邪魔が入ったか」

 

 上空でロックが忌々しそうに舌打ちをするのが聞こえた。

 だが、今の俺にそっちを構ってる余裕はねぇ。

 弾き飛ばされた影の鬼が、フローラに敵意を向けて、今まで以上に荒れ狂い始めてやがるからだ。

 『ギシャァァァァッ!!』

 

 「やめろ! はるか! いやフローラ? あーもう! とにかくそいつに近づくんじゃねぇ! 今の俺は……!」

 

 制御が効かねぇんだよ!

 叫ぶ俺の言葉を遮るように、影の鬼が再び金棒を振りかぶる。

 だが、フローラは逃げなかった。

 花びらが舞うように軽やかに跳躍し、金棒を避けると思い切り懐へ飛び込んでくる。

 

「春海くん! 目を覚まして!」

 

 「っ!? 馬鹿野郎! 俺は起きてるっつーの!!」

 

 至近距離で、凛とした瞳がこっちを見抜いた。

 その目には、恐怖も軽蔑もねぇ。

 あるのは、ただ真っ直ぐな意志だけだ。

 くそ、眩しいぜ。

 ドロドロとした黒い泥にまみれた今の俺には、その輝きが痛いほどに眩しかった。

 

「分かってるよ! これは春海くんの力じゃない……春海くんは、女の子を傷つけるような人じゃないもん!」

 

「え……? はるか……お前」

 

「春海くんを……離して!!」

 

 彼女は腰に提げていたなんかキラキラした杖のようなものを素早く抜き放つと、迷いない手つきで小さな鍵をセットした。

 こりゃ……この前学園で使ってたやつと同じか?

 次の瞬間ら杖の先端が光を帯び、大輪の赤い薔薇が咲き誇る。

 なんだありゃ! 学園の時から思ってたけど手品かよ?!

 

「舞え、バラよ! プリキュア! ローズ・トルビヨン!」

 

 必殺技を叫びながらフローラがその杖を突き出すと、先端の薔薇から無数の花びらがマシンガンのごとき勢いで連射された。

 それはただの美しさだけの技じゃない。

 一枚一枚が鋭い弾丸みたいになって、俺にまとわりつく影の鬼を正確に撃ち抜いていく。

 凄まじい連撃だった。

 

 『イデデデデデ?!』

 

 俺の鬼が悲鳴を上げてやがる。

 そして、俺自身もちょっと痛え!

 だが、そのバラの花びらは俺の体には傷一つつけないで暴走する影だけを狙い撃ち、物理的な圧力で押し返していやがる。

 影の鬼がたまらず仰け反り、俺の体から少しだけ距離が空いた。

 

「今だよ!」

 

 よっしゃチャンスだ!

 フローラが俺のとこに駆け寄ろうとした、その瞬間だった。

 「あーあ、せっかくの見せ場だけどさぁ……これ以上、ボクの玩具を壊さないでくれる?」

 

 空から冷ややかな声が降ってきた。

 ロックだ。

 そうだった……あいつのこと忘れてたぜ。

 パーカーのフードを目深にかぶり直し、彼はニヤリと笑う。

 

「出番だよ、ゼツボーグ」

 

 ロックの指差した先……さっき俺がぶっ飛ばしたはずのどデカいジャグリングクラブが、再び不気味に融合し始めた。

 おいおい、再生してやがるのかよ!

 

 『ゼツボォォォグ!!』

 

 勢いよく立ち上がったゼツボーグがさっきよりでかい雄叫びを上げて手に持っているクラブをぶん投げる。

 ビュンという鋭い風切り音と共に、フローラの背後へ鉄球のような重い一撃が迫ってきた

 

「春野! 後ろだ!!」

 

 俺が咄嗟に叫ぶが、フローラは俺の影を抑え込むのに集中していて、回避の体勢が取れない。

 「しまっ……!?」

 彼女が気づいた時にはもう遅い……直撃しちまう! そう思った時だった。

 

「キラキラ! 流れ星よ! プリキュア・ミーティア・ハミング!」

 

 聞き覚えのある生意気な声と共に、夜空から降り注ぐ無数の星屑が、ゼツボーグに直撃した。

 煌めく星の嵐が、ゼツボーグまた吹き飛ばす。

 「高鳴れ、氷よ! プリキュア・フローズン・リップル!」

 間髪入れずに、聞き覚えのある厳しそうな声と一緒に今度は地面を這う冷気がゼツボーグの足元を強襲した。

 氷の波紋が広がって、巨大な化け物の足を地面に凍りつかせて動きを封じる。

 

 「滾れ、炎よ! プリキュア・スカーレット・フレイム!」

 そして最後に上品な声と一緒にどデカい炎が螺旋を描いて倒れたゼツボーグの顔面を薙ぎ払った。

 

 『ゼツボー?!!』

 

 炎の爆発に包まれ、巨体が大きくよろめく。

 

 「大丈夫? フローラ」

 

 「まったく、危なっかしいんだから」

 

 「わたくしたちもいますわ。一人で背負い込まないで」

 

 真っ赤な炎が晴れると、フローラを囲むように三つの影が舞い降りていた。

 青、黄、そして赤。

 キュアマーメイド、キュアトゥインクル、そして深紅のドレスを纏ったキュアスカーレット。

 この感じ……見た事あるぜ

 ノーブル学園のプリキュア4人が……あのコスプレ女共がついに勢揃いしやがった。

 

 「みんな……!」

 

  フローラがパァッと顔を輝かせる。

 一方の俺はといえば、あまりの光景に開いた口が塞がらなかった。

 

 「マジかよ、全員集合しちゃってんじゃん」

 

 俺の絶望が生んだ泥沼の戦場に、場違いなくらい鮮やかな四色の花が咲き誇る。

 なんだよこの安心感は。

 さっきまで俺、一人ぼっちで戦ってたってのに、こいつらが来ただけで空気がガラリと変わりやがった。

「チッ、ぞろぞろと……鬱陶しい連中が集まってきたんだね」

 

 ロックが不機嫌そうに舌打ちをする。

 だが、こいつらははひるまない。

 四人は呼吸を合わせるように一列に並ぶと、ビシッと敵を見据えた。

 

 「咲き誇る花のプリンセス! キュアフローラ!」

 

 ピンクのスカートをひらりと翻し、はるかが名乗りを上げる。

 「澄み渡る海のプリンセス! キュアマーメイド!」

 

 次に、みなみが波のような優雅な動きでポーズを決める。

 

 「きらめく星のプリンセス! キュアトゥインクル!」

 

 きららがウィンクと共に、星を散りばめるような仕草を見せる。

 

 「深紅の炎のプリンセス! キュアスカーレット!」

 

 最後にトワが、燃え上がるような気迫と共にドレスをなびかせた。

 四人の声が、力強く重なる。

 

 「「「「強く、優しく、美しく!」」」」

 彼女たちは一斉にスカートの裾をつまむと優雅に、圧倒的な覇気を持って言い放った。

 

「「「「Go! プリンセスプリキュア!」」」」

 

 

 

 「冷たい檻に閉ざされた夢、返していただきますわ!お覚悟は、よろしくて!?」

 

 冷酷な、だけど優しい声ではるかがロックを指さして言い放つ。

 すげぇ、まるで戦隊ヒーロー全員集合みてぇな絵面じゃねぇか。

 ズガン! と背景に爆発でも背負ってんじゃねぇかってくらいの迫力だ。

 

 「……ははっ、すげぇな」

 

 暴れる右腕を必死に抑えながら、ちょっと感動しちまってた。

 こんな切羽詰まった状況だってのに、あいつら……本気でプリンセスやってやがる。

 特にフローラ……春野はるかは自分で夢はプリンセスになりたいとか言ってたが、冗談じゃねぇ、もうとっくになってんじゃねぇか。

 バカみてぇに真っ直ぐで、眩しくてよ……。

 ドロドロして、捻くれた俺とは大違いだ。

 でも、だからこそ頼もしいと思っちまう自分がいた。

 が、その輝きは、今の俺にとっては刺激が強すぎたらしい。

 背中から生えた鬼が……俺のゼツボーグが、彼女たちの放つ光を嫌がるように身をよじって今まで以上の力で暴れ始めたからだ。

 

 「ぐ、うぅ……っ!!」

 

  右腕が勝手に持ち上がる。

 血管がブチ切れるくらいの熱と、ぶっ壊してぇって衝動が脳みそを直接揺さぶってくる。

 俺の意志なんてお構いなしに、影は目の前の光……プリキュアたちを塗りつぶそうと殺気を膨れ上がらせていた。

 

 「あはは、苦しそうだねぇ絶望くん」

 

 またロックが愉悦に浸った声を上げる。

 

「見なよ、彼女たちはキラキラ輝くプリンセス。対して君は、泥にまみれた薄汚い化け物なんだね。……住む世界が違うって、その力が教えてくれてるんじゃない?」

 

 「黙れや……クソガキ……!」

 

 クソッタレが……否定してぇのに、言葉が出てこねぇ。

 実際、俺の今の姿は醜悪そのものだ。

 光り輝くこいつらの隣に立つには、俺はあまりにもドス黒い。

 

 「ゼツボーグ! 彼に引導を渡してあげるんだね!」

 

 ロックの号令で、巨大なジャグリング・ゼツボーグが動き出す。

 瓦礫を握りつぶしながら、戦車のみたいな勢いで俺たちに突っ込んできた。

 

 「させないわ!」

 

 「ここは通しません!」

 

 だけど、即座に反応したのはマーメイドとスカーレットだ。

 二人は流れるような動きで左右に展開すると、水流と炎の渦を作り出し、迫りくる巨体を正面から押し留める。

 激しい衝撃が広場を揺らすが、二人は全然動かねぇわ

 

 「フローラ! トゥインクル! 春海をお願い!」

 

 「今のうちに、彼を!」

 

 二人の言葉に、フローラとトゥインクルが目配せすると、同時に俺の方へ駆け出した。

 

 「来んじゃねぇッ!!」

 

 俺は喉が裂けんばかりに叫んだ。

 

「悪いけどよ……今の俺はこいつを制御できねぇ! 近づいたら、お前らまでぶっ殺しちまう!」

 

 俺の叫びを裏付けるように、背後の影が咆哮を上げ、無差別な攻撃を繰り出そうとする。

 巨大な金棒が、助けに来たはずのこいつらを薙ぎ払おうと振り上げられた。

 

 「しまっ……!」

 

 限界だ。

 もう止められねぇ。

 俺の手で……こいつらを!

 絶望が俺の思考を塗りつぶそうとした、その時だ。

 

「プリキュア・フルムーン・ハミング!」

 

 トゥインクルが叫んでステッキをかざすと金棒の軌道上に満月のバリアが展開された。

 

 振り下ろされた俺の凶器が弾かれ、虚しく空を切る。

 その隙に、キュアトゥインクルが俺の懐へと滑り込んできやがった。

 

「バカ野郎! 何してんだお前ら!」

 

 至近距離。

 もし今、俺の影が暴れたら、そのほっそい体なんて一瞬で吹き飛ぶ距離だぞ。

 だけど、キュアトゥインクル……天ノ川きららは全く悪びれる様子もなく、暴れ回る俺の右腕を、その両手でパシッと握りしめてきた。

 そして、反対側からはフローラが、俺の肩を強く掴む。

 

「……ッ?!」

 

 「そんな怖い顔しないの、はるみん」

 

  きららは上目遣いで俺を見上げ、呆れたようにため息をつく。

 はるみん……そのあだ名まだ続いてたんかい。

 

 「しっかりしなよ、せっかくのイケメンが台無しじゃん」

 

 「はぁ? おいお前ら状況わかってんのかよ!? こいつは俺の意志じゃどうにも……」

 

 「わかってるよ。アンタが不器用なのは知ってるし」

 

 きららの手から、あったけぇ、きららの手から今まで感じたこともねぇ温もり伝わってくる。

 そして、俺の肩を掴むキュアフローラ……春野はるかが真っ直ぐな瞳で俺を覗き込んできた。

 

 「そうだよ……春山くんは化け物なんかじゃない」

 

 うるせぇ……こんな時にも彼女の声は、相変わらず鼓膜が震えるほどデカくて、真っ直ぐだ。

 

 「春山くんは、ゆいちゃんを必死に守ってくれてたんだよね?  私分かったの、確かに口はちょっと悪いけど……あなたの心が誰よりも温かいこと!」

 

「はるか……お前……」

 

 「だから負けないで! お願い、戻ってきて!」

 

 きららが、チラリと後ろで心配そうに俺を見ているゆいとパフとアロマの方へ視線をやった。

 

「みんなと、楽しくお買い物してたんでしょ? せっかくの休日をこんな奴なんかに台無しにされたまま終わるつもり?」

 

 二人の言葉が、泥の中に沈みかけていた俺の意識を強烈に引き戻す。

 

 「アンタは、こんな黒いモヤモヤに振り回されるようなヤワな男じゃないでしょ。……ほら、みんな待ってるよ」

 

「ははっ……まじかよ」

 

 思わず、乾いた笑いが漏れちまった

 こんな状況でよ……買い物の話かよ。

 世界の危機だの絶望だのって時に、こいつらは日常を持ち出しやがった。

 でも、それが妙に心地いい。

 特別扱いも、哀れみも、俺の嫌いな見下しもねぇ。

 ただ、ゆいとの約束を守れってそう言われている気がした。

 

 「ほんとに……ねぇわ」

 

  俺は奥歯を噛み締めて、暴れようとする右腕に全神経を集中させた。

 さっき半分化け物って俺は言った……だが間違ってたよ。

 俺は化け物なんかじゃねぇ

 俺は俺だ……春山春海だ!

 ゆいの買い物付き合う代わりに昼飯奢って貰うって約束した、ただの一般人だ馬鹿野郎が!

 「こんな得体の知れねぇ影に、俺の主導権を渡してやるつもりなんざさらさらねぇよ!」

 

 人生に一度もない勢いで大きく息を吸い込んだ。

 喧嘩の時、俺はいっつも息を吸い込んで相手のパンチを耐える。

 気合いだ、結局最後に腹括った奴が……勝つんだよ!

 

 「いい加減に……静まれやぁぁッ!!」

 

 俺の怒鳴り声に呼応して、きららの手から溢れた星の光と、はるかが放つ花の香りが、俺の気合いを増幅させる。

 

 『グルゥゥゥ……』

 

 不満げな唸り声を上げながら、背後の巨大な鬼が縮んでいく。

 暴れていた右腕の熱が引き、ドロドロとした泥が俺の皮膚の下へと大人しく戻っていった。

 

 「だっはぁ! あぶねぇとこだった」

 

 全身からどっさり汗が噴き出てきた。

 肩で息をしながら顔を上げると、トゥインクルがニシシと勝ち気に笑ってやがった。

 

 「ほらね。やればできるじゃん」

 

 「ったくお前なぁ。もし制御できなかったらどうするつもりだったんだよ」

 

 「その時はその時! 先の事考えてる暇なんてなかったんだから」

 

 軽口を叩きながら、トゥインクルがポンと俺の背中を叩く。

 その横で、フローラもふにゃっと表情を浮かべた。

 

 「よかったぁ……! 本当によかった!」

 

 目元を拭いながら、満面の笑みで俺を見る。

 

 「おかえり、春山くん!」

 

 「……おう。ただいま」

 

 乱れたジャージの襟を正し、首をコキコキと鳴らしながら立ち上がる。

 目の前では、マーメイドとスカーレットがゼツボーグを抑え込んではいるが、さすがにどデカい敵を相手に拮抗状態が続いている。

 

 「おっしゃ待たせたな……借りは返すぜクソガキが」

 

 ボッキボキに拳をならしながら、大きく深呼吸をする。

 影の力は引っ込めた。

 つっても腹の奥で燻ってる影は、さっきよりも鮮明に俺の命令を待っている。

 攻撃を気合いで耐えたんなら、あとは気合いで敵をぶん殴るだけだ。

 

 「あっちのデカブツ、さっさと片付けて昼飯行こうぜ。……腹減って死にそうだ」

 

 「ふふっ、そうだね!」

 

 フローラが力強く頷き、俺の隣に並び立つ。

 

 「行こう春山くん! 全力で!」

 

 「おうよ! あいつはぶっ殺す!」

 

 「ちょっと物騒すぎ!」

 

 軽口を叩き合いながら俺ら3人は横並びにゼツボーグを見上げた。

 正直、やっとの思いで引っ込めたこいつをまた表に出すのは気が引ける。

 だけど……今の俺にはこれしかねぇ。

 やるしかねぇんだよ……。

 

「行くぜてめぇら! 遅れんじゃねぇぞ!」

 

 俺は地面を蹴り、真正面からゼツボーグに突っ込んだ。

 

「ちょ?! 春海君?」

 

 いきなりり突っ走る俺を見て、フローラは狼狽の声を上げやがった。

 

 「あはは、バカじゃないの? せっかく正気に戻ったのに、また自分から突っ込んでくるなんてね」

 

 そんな俺の様子を見て、ロックが呆れたように手を振る。

 

 「潰しちゃいなよ、ゼツボーグ!」

 

 『ゼツボォォォォグ!!』

 

 「きゃあ?!」

 

 「あああ!!」

 

 マーメイドとスカーレットを弾き飛ばし、フリーになったゼツボーグが俺に向かって極太のクラブを振り下ろしてきた。

 真正面からの押しつぶし。

 まともに食らえばミンチコース、晴れてお陀仏だ。

 だけど、今の俺には見えるぜ。

 ギリギリのゾーンって奴なのか……俺の影が危険を察知してざわめき立ってるからな。

 「おい、出番だ。暴れんじゃねぇぞ、一瞬だけだ!」

 

 俺は走りながら、腹の奥の影に向かって念じた。

 チャンスは持って一発……。

 主導権は渡さねぇ。

 だが、力だけは貸せ!

 

 「今だぁッ!!」

 

 ゼツボーグのクラブが俺を捉える刹那、俺はカウンター気味に右腕を突き出した。

 瞬間、俺の腕から真っ黒い泥が爆発的に噴出し、一瞬にして巨大な「鬼の腕」を形成する。

 その腕は、ゼツボーグの振り下ろされたクラブに重重なるように放たれ重い衝撃と衝撃がぶつかり合う。

 『ゼ、ゼツ?!』

 

 「おらぁぁぁぁ!!」

 

 ミシミシと音を立てて拮抗するクラブと拳…?

 くそ重い! だけどこんくらいなら耐えられる!

 俺の怒りと、こいつの破壊衝動が一点に集中して、爆発的な馬力を産んでるみてぇだ。

 俺は踏ん張り、さらに泥の腕を膨張させてゼツボーグの巨体を強引に押し返す。

 

 「うおおおおッ……るぁぁぁぁ!!!」

 

 そしてついに、その時は訪れる……ジャグリングのクラブが形も残らねえくらいに粉々に破壊され、鬼の剛腕がアッパーカットみてぇに炸裂して、ゼツボーグの顎を捉えていた。

 

『ゼ……ゼツ?!』

 

 人を殴った時とは違う違うドロドロの何かを殴った感触が俺の拳に伝わっきやがる

 気持ちわりぃ……だが手応えありだ!

 ゼツボーグの胴体は完全に無防備になってる。

 ここしかねぇ!

 

 「今だ! 決めろぉぉッ!!」

 

 俺が叫ぶと同時、背後で空気が変わった。

 振り返らなくてもわかる。

 圧倒的な光と、高貴な気配が膨れ上がっている。

 

 「ええ! 行くわよみんな!」

 

 「エクスチェンジ! モードエレガント!」

 

 光の渦の中で、四人のドレスが変化する。

 衣装のミニスカート部分からロングドレスがふわりと広がり、より華やかで力強い、まじのお姫様みてぇな姿へと昇華される。

 

 「ローズ!」

 「アイス!」

 「ルナ!」

 

 フローラ、マーメイド、トゥインクルの三人が、ステッキを掲げた。

 次の瞬間、三つの輝きが螺旋を描き、一つに収束していく。

 

 「輝け! 三つの力!」

 

 「プリキュア・トリニティ・リュミエール!!」

 

 次の瞬間、三色の光のリボンからどデカいビームが放出された。

 そのビームは仰け反ったゼツボーグを逃さず捉え、光の紋章を描いてその動きを完全に封じ込める。

 

 『ゼ、ゼツ……ボ……!?』

 

 「トドメですわ! エクスチェンジ! モードエレガント!」

 動きを封じられた敵に対し、今度はスカーレットの衣装がお姫様のドレスに変わった。

 

 「フェニックス!」

 綺麗な音色を響かせながらバイオリンを引くと、背後に巨大な火の鳥が翼を広げた。

 これだけははっきり覚えてる……あの時の必殺技かよ!

 「羽ばたけ! 炎の翼!」

 

 「プリキュア・フェニックス・ブレイズ!!」

 

 甲高い鳴き声と共に、不死鳥がゼツボーグへと突撃した。

 俺が作った渾身の隙に……三人の光が縛り、真っ赤な炎が焼き尽くす。

 完璧な連携だぜ。

 

 『ドリーミングゥゥゥゥゥ」

 

 炎と光に包まれ、ゼツボーグの絶叫が聞こえてきた。

 悲鳴ってよりも、開放されたような心地いい声に聞こえたのは俺だけか?

 その後巨大な化け物は光の粒子となって浄化され、消滅していった。

 

 「ごきげんよう」

 

 四人のお姫様が、静かに決め台詞を口にする。

 その凛とした背中を見ながら、俺は右腕の影をスッと体の中に戻した。

 

  「……へへっクソ強ぇな」

 

 俺は汗を拭いながら、小さく息を吐いた。

 腹の虫が、今度は安心したように鳴り出しやがった。

 

 

 「ちぇ……つまんないや……」

 

 いつの間にか捨て台詞もなしにスッと消えちまってた。

 ま、あいつなりにビビったのか、飽きたのか。

 あいつの顔面にも一発ぶん殴ってやりたかったけど、あいにくもうその力は残ってねぇ。

 俺はその場に大の字になって寝転んでいた。

 

 「開け、夢への扉!」

 

 ふと、フローラが鳥かごみてぇな檻に捕まった大道芸人の所で何かをやってるのが見えた。

 ゼツボーグにされちまった奴の救出もプリキュアの仕事って奴なのか……まぁ今はどうでもいいわ。

 

 

 

「ふぃ~……終わった終わった」

 

 俺はへなへなと地面に座り込んだ。

 一気に力が抜けて、全身が鉛みてぇに重てぇ。

 慣れねぇよく分かんねぇ力を使った反動か、それともただの腹ペコか。

 まぁたぶん、どっちもだろ、知らんけど。

 ゼツボーグが消えたあと、ショッピングモールには変な静けさが戻ってきた。

 この戦いでバラバラに割れたガラスも、吹き飛んだ建物も綺麗さっぱり元に戻っている。

 

 「春海くん!」

 

 向こうから、ゆいがドタバタと走ってくるのが見えた。

 その足元には、パフとアロマも必死についてきてる。

 

 「大丈夫!? 怪我ない!?」

 

 ゆいは俺の目の前で膝をつくと、心配そうに顔を覗き込んできた。

 目元がちょっと赤くなってんのは、泣いてたのか?

 

 「おうよ、元気ピンピンしてるぜ。……ま、ちょっと腹の皮が背中にくっつきそうだけどな」

 

 「もう! 心配したんだから!」

 

 ゆいは怒ったように頬を膨らませたけど、すぐにふにゃけた顔で笑った。

 「でも、よかった……本当によかった……」

 

 「春海! カッコよかったロマ! あのパンチしびれたロマ!」

 

 アロマが俺の肩に止まって、パタパタと翼を叩いてくる。

 

 「春海すごかったパフ〜! パフもあんなふうに強くなりたいパフ!」

 

 パフも俺の膝に飛び乗って、しっぽをブンブン振ってやがる。

 こいつら、さっきまでビビり倒してたくせに調子いいな。

 まぁいいや……特にアロマのやつは俺を見直したろ……今度からお供にでもしてやろうかな。

 

「まぁ今度喧嘩の仕方教えてやるよ」

 

 俺はパフの頭をわしゃわしゃと撫でながら、変身を解いた四人の方を見た。

 はるか、みなみ、きらら、トワ。

 全員、いつもの私服に戻って、こっちに歩いてくる。

 さっきまでの凛々しいお姫様モードとは違って、今はただの女子中学生だ。

 でも、その顔はどいつもこいつも晴れやかで、見てるこっちまでなんか照れくさくなる。

 

 「お疲れ、はるみん。ナイスファイト」

 

 きららがウィンクしながら、俺に手を差し出してきやがった。

 

 「……おう。お前らもお疲れさん」

 俺はその手を取って、グイッと立ち上がる。

 

 「それにしても、あの連携は凄かったですわ。まさかわたくしたちの動きに合わせて、あんな隙を作ってくれるなんて」

 

 トワが感心したように言う。

 

 「ほんとほんと! 春山くん、やっぱりすごいよ! プリキュアじゃないのに、ゼツボーグと戦えるなんて!」

 

 はるかが目をキラキラさせて身を乗り出してくる。

 

 「いや、あれはたまたまだって。火事場のクソ力ってやつよ」

 

  俺は頭をかきながらごまかした。

 実際、あんな無茶苦茶な芸当、二度とできる気がしねぇ。

 体の中の影も、今は満足したのか大人しく寝てやがる。

 結局こいつの正体もこの力もなんなのか分からずじまいだしな。

 

 「さーてと、そんな事より腹減ったぜ!」

 

 俺は豪快に背伸びをして、ゆっくりと歩き出す……やばい身体中がバッキバキだ。

 俺の胃袋の方もストライキを起こす寸前だぜ。

 

 「そうね、みんなで何か食べに行きましょうか」

 

 みなみが提案すると、全員が賛成! とばかりに頷いた。

 

 「じゃあ、あそこのフードコートに行かない? マーブルドーナツの新作、まだ残ってるかも!」

 

 きららが指差した先には、さっきまで戦場だった広場の向こうにあるフードコート。

 

 「ほんと甘ったるいの好きだなお前……俺もっとしょっぱいもん食いてぇんだけど……ラーメンとか牛丼とか」

 

 「えーっ、せっかくみんなでご飯なのに牛丼? ロマンがないなぁ」

 

「ロマンで腹は膨れねぇんだよ!」

 

  小馬鹿にしたような笑いで俺の肩をつついてくるきららをとっ捕まえようとするが、身軽な動きであっさり交わされる。

 こいつさっきまでめっちゃいい事行ってたのに……やっぱ生意気だわ。

 

 「まぁまぁ、二人とも落ち着いて……好きなもの頼めばいいのではなくって?」

 

「そうだよ! フードコートなら何でもあるし!」

 

 はるかトワが笑いながら間に入ってきた。

 こいつらはずっと平常運転……って奴か。

 

 「それじゃあ、レッツゴー!」

 「おー!」

 はるかの号令で、俺たちはゾロゾロと歩き出した。

 前を行く四人の背中を見ながら、俺はふと、隣を歩くゆいに声をかけた。

 

 「なぁ、七味」

 

 「七瀬だよ……」

 

 「冗談だよ、七瀬。……今日は付き合ってくれてサンキュな。あと、画材……ご愁傷さまだったな」

 

  俺は視線を逸らしながら、ボソッと言った。

 不可抗力とは言え、あの大事にしてた道具が壊れちまったのは、俺の責任大っきいしな

 

 「ううん、いいの。道具はまた買えるし……それに」

 

 ゆいは眼鏡の奥の瞳を細めて、優しく微笑んだ。

 

 「春海くんが無事で、本当によかったから」

 

 おいおいなんだよ、その聖母みたいな笑顔は。

 調子狂うぜ、まったく。

 

 「……ま、飯食ったらまた買いに行こうや。今度は俺が荷物持ちしてやるよ」

 「本当? ありがとう!」

 

 「おう。……その代わり、飯は奢れよ?」

 

 「ええっ!? まぁいいけど約束してたし」

 

 「悪いけどめっちゃ食うからな俺? まず牛丼特盛にラーメン大盛りだろ?」

 

 「も〜! 春海くんってば!」

 

 ゆいが呆れたように笑う。

 パフとアロマも、呆れ顔でヤレヤレって感じで顔を見合わせてる。

 ま、こんな騒がしい休日も、悪くねぇか。

 俺は大きく伸びをして、みんなの後を追った。

 腹の虫は、相変わらず盛大に鳴り響いてやがったとさ。

 

 

 

 

 

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