Go! トラブルメーカー! 〜雑草は花園で咲く〜 作:ナッパー
第6話
「……あー、くっそ疲れた……もう限界」
平日の放課後。
西日が差し込む渡り廊下のベンチで、魂の抜け殻みたいになった俺は、ぐったりと背もたれに体を預けていた。
なんでこんな風になってるかって? この学園スパルタすぎんだよ! まず、勉強だ。
あらかた分かっちゃいたが、ノーブル学園の授業スピードは早すぎる! たノートを取る手が追いつかねぇし、先生が何を言ってるのか理解する前に次のページへ進んでやがる。
ただでさえ勉強なんて真面目にやってこなかった俺はもう何が何だか訳わかめだ。もう授業の最後辺りには、力尽きて机に突っ伏して寝たフリしてたよ。
大抵怒声かチョークが飛んでくるけどな。
そしてそれだけじゃねぇ、放課後はにゃんこ先生ことミス・シャムールのプリンス・レッスンだ。
今ん所修行の内容はアフタヌーンティーって奴だけだけどよ、これがまぁきつい! 背筋の伸ばし方とか、笑顔だとかカップの持ち方とか、なんでお茶飲むだけであんなギャーギャー騒がれなきゃ行けねぇんだよ……新手のマナー講師だろあれ。
英語と日本語が混ざったクソ猫の甲高い声が、今も幻聴として頭の中でガンガン響いてやがる。
ただ歩くだけ、ただ座るだけ、ただ笑うだけ。
そんな人間として当たり前の動作一つ一つに、まさかこんなにも神経をすり減らさなきゃならねぇとは思ってもみなかった。
「まじどうしよ……来週の定期考査もどんどん近づいてんのに……このままじゃ補修まっしぐらだぞ」
天井のシミを虚ろな目で見上げながらブツブツと呟いていると、廊下の向こうから、コツコツ上品な足音が近づいてきた。
俺の引きずる足音とは違う、リズムの整った音だ。
「ごきげんよう春海さん、随分疲れてるようね」
「春海? こんなところで何をしているのです?」
「……あ?」
頭を上にあげたまま目線だけを横にやると、そこには光が差してる見たいにキラキラした奴が二人立っていた。
生徒会長の海藤みなみと、紅城トワだ。
相変わらず上品な雰囲気してやがるぜ。
もう制服のシワとかヨレとかが全然ねぇ……この時点で人としての格が違いすぎる。
「……なんだ、生徒会長とトワちゃんかよ。ごきげん良さそうに見えるか? 今の俺が」
俺が力なく手を振ると、トワが心配そうに綺麗な顔を近づけてきた。
「顔色が優れませんわね。まるで幽霊のようですわ」
「やはり、慣れない勉強とレッスンの詰め込みすぎかしら」
みなみも眉をひそめて、俺の様子を観察してくる。
多分普通に心配してくれてるんだろうけどよ、大半はみなみさん……あんたが厳しすぎんだよ。
「誰のせいだと思ってんだ、誰の……」
いや、文句を言う元気もねぇわ。
俺は深く、重たい溜息を吐き出だした。
このまま寮に帰って眠るか?
いや、それじゃ腹の虫が収まんねぇな。
今の俺に必要なのは、安らかな休息じゃねぇ……ストレス発散だ。
それも、この窮屈でお上品な息が詰まるような世界とは真逆の空気が必要なんだ。
泥臭くて、騒がしくて、俺みたいなのが一番心地いい場所……あそこしかねぇな。
軋む体を無理やり起こすと、目の前の完璧超人たちを見据えた。
「なぁ、お前ら。この後、暇か?」
「ええ、生徒会の仕事も片付いたところだけれど……」
「わたくしも、特に予定はありませんわ」
二人が顔を見合わせる。
よっしゃ……いつもの俺に戻るとすっか。
「だったらよ、ちょっと付き合ってくれねぇか」
「付き合う? どこへ?」
不思議そうに首を傾げるみなみに向かってニヤリと笑みを浮かべる。
「俺の遊びにだよ。……たまにはお前らのその優雅なペースじゃなくてよ、俺のフィールドで息抜きさせろって言ってんだ」
「貴方の……遊び?」
「ああ。どうせ暇なんだろ? だったら、俺のガス抜きに付き合えよ。……拒否権はねぇぞ?」
毎回、みなみに無理やり連行された時に言われるセリフをそのまま返してやる。
さあ、お嬢様たちはどんな反応すっかな?
俺が挑発的な視線を向けると、みなみは少し驚いたように目を丸くした後、フッと優雅に微笑んだ。
「……ふふ。言うようになったわね、春海さん」
「おん?」
「いいでしょう。そこまで言うのなら、お付き合いするわ。あなたと遊んだ事……全く無かったものね」
「わたくしも是非! 春海のフィールド……興味深いですわ!」
「おっしゃ来た!」
さすがは好奇心旺盛なお姫様だ、未知の世界への警戒心がまるでねぇなぁ。
少しテンション上がってきたぜ。
「ほんじゃ行きまっか!」
俺は二人を引き連れて歩き出した。
さーて、こいつらは……これから連れて行く場所を見ても、その涼しい顔を保っていられるかな。
学校を出てしばらく歩いて、俺たちが着いたのは夢ヶ浜の繁華街にあるデカいゲーセンだ。
自動ドアをくぐった瞬間、凄まじい爆音が俺たちを包み込んだ。
耳がおかしくなりそうな電子音。
チカチカと目が痛くなるようなネオンの光。
それに、機械の熱気とタバコの匂いが混じった独特の空気。
これこれ! やっぱゲーセンはこうじゃねぇとな! 学園の静かで優雅な雰囲気とは真逆の、ごちゃごちゃしてて騒がしい場所だ。
「……っ」
隣で、みなみが思わず眉をひそめて立ち止まる。
トワも目をパチクリさせて、キョロキョロと辺りを見回していた。
「ここが……春海さんの行きたかった場所?」
「す、凄まじい音ですわね……。お祭り……でしょうか?」
二人の反応は予想通りだ。
制服こそ着崩しちゃいねぇが、この場の空気から浮きまくってやがる。
俺は深く息を吸い込んだ。
この空気感……俺には一番落ち着くんだよなぁ。
地元に帰ってきた感じがするぜ!
「なんだよ生徒会長、音がデカくてビビったか? お上品な学園とは勝手が違うだろ」
俺がニヤリと笑って言うと、みなみはコホンと一つ咳払いをして、背筋をピンと伸ばした。
「……まさか。ただ、あまり馴染みのない場所だから少し驚いただけよ。それに……春海さん、今は校外なのですから生徒会長はやめてちょうだい」
みなみはそう言って、少しだけ拗ねたように唇を尖らせる。
なんだよ……意外と可愛いとこあるんだな。
ずっと前から思ってんだけどよ、滲み出る気品といい、どこからどう見ても人の上に立つ人間オーラがダダ漏れなんだよなぁ。
高嶺の花子さんっていうかなんて言うか、絶妙に距離感があるんだよなぁ。
「わぁーったよ。んじゃあ……みなみパイセン、トワちゃん……ぜってぇにはぐれんなよ? 迷子になっても放送で呼び出しなんざしてやんねぇからな」
「迷子?! 子供扱いは心外ですわ!」
トワがぷんすかと頬を膨らませる。
その横で、みなみは騒がしい店内を興味深そうに見渡しながら、トワに優しく声をかけた。
「まぁまぁトワ、こういう場所に来るのも勉強の一つよ。……これも、いい経験だわ」
「経験……ですの?」
「ええ。学園の中だけでは学べない空気が、ここにはあるもの。……少し刺激が強すぎる気もするけれど」
みなみは苦笑いしながらも、どこか楽しそうだ。
なるほどね、さすが優等生。遊びに来ても勉強とか経験とか言っちゃうあたりが真面目すぎんだよなぁ。
ま、ビビって帰るとか言われねぇで良かったよ。
「よし、んじゃあ早速遊ぶとするか。……こっちだ」
俺は二人を手招きして、ズカズカ前に進んでいく。
色んなゲーム機が並ぶ中俺が最初に足を止めたのは、入り口近くにあるクレーンゲームのコーナーだ。
「まずは手始めにこれだな。」
俺が指差したのは、ガラスケースの中に大量のぬいぐるみが積まれたUFOキャッチャーだ。
「これは……ガラスケースの中に可愛い動物たちが閉じ込められていますわ!」
トワがガラスにへばりつくようにして中を覗き込む。
中に入っているのは、最近流行りのブサカワ系の猫のぬいぐるみだ。
「春海さん、その、これはどういう遊びなのかしら? 欲しいものを店員さんに言って開けてもらうの?」
「ぶっ……!」
ちょ、まじかこいつ……みなみのド天然な発言に、俺は思わず吹き出しそうになった。
店員に言って開けてもらうってお前、デパートの買い物じゃねぇんだぞ。
まさかここまでとは。
「ちげぇよ。これは実力で奪い取るもんだ。……見てな、このボタンとレバーで、あのアームを操作するんだよ」
ポケットから財布をを取り出し、100円玉を投入口に入れた。
軽快な音楽が流れ始める。
「一回目で横、二回目で奥。狙いを定めて……ボタンを離せばアームが降りる。単純だろ?」
「なるほど……。あの鉄の爪でぬいぐるみを捕まえるのですわね。狩りと同じですわ。」
トワが妙な納得の仕方をして目を輝かせる。
狩り……まだ半信半疑だけど女王様ってのは本当なのかな……。
「まぁ、何はともあれやってみなトワちゃん。最初の一プレイは俺が奢ってやんよ。」
「いいんですの? それじゃあ、失礼いたしますわ」
トワは少しばかし戸惑いながらも、軽い足取りで台へと近づいた。
そして適当な位置でボタンを押し、アームを降ろす。
動いたアームは、ぬいぐるみの頭を撫でるように滑って、何も掴まずに戻ってきた。
「あら? 掴めませんでしたわ」
「ま、こんなもんだ。アームの力が弱かったり、重心がズレてたりすると取れねぇようになってんだよ」
「なるほど……なかなか難しい遊びですわね」
顔をしょんぼりさせて、ゆっくりと台から離れる。
すると今度は、横から見ていたみなみが顎に手を当てて、真剣な目で機械を観察し始めた。
その目はまるで生徒会の書類を眺めてる時と同じくらい鋭い。
「ふむ……物理的に計算が必要ということね。アームの爪の角度、素材の摩擦、そして重心の位置……。春海さん、私にもやらせていただけるかしら?」
「お? やる気だな。いいぜ、やってみな」
みなみは財布から100円玉を取り出し、優雅な手つきで投入した。
そして、まるでピアノでも弾くかのような指使いでボタンに手をかける。
「……ここよ!」
迷いのない操作。
アームはぬいぐるみのド真ん中、重心の真上へと移動した。
完璧な位置だ。
寸分違わねぇ場所にアームが降りて、ガッチリとぬいぐるみを掴んだ……かに見えたが……。
ぬいぐるみが持ち上がった瞬間、重さに耐えきれずアームからズルっと滑り落ちた。
「なっ……!?」
みなみが目を見開いて固まる。
「そんな……計算通りだったはずよ……! 完璧な位置にアームを下ろしたのに、なぜ落ちるの!?」
「くっくっく……甘ぇな、みなみパイセン」
悔しそうにガラスを睨む完璧超人の姿に、俺は笑いがこみ上げてくるのを止められなかった。
「ゲームに計算もクソもあるかよ。こいつはな、真正面から挑んでもダメなんだ」
「真正面からではダメ……?」
「ああ。こういうのはな、テクニックで取るもんだよ」
今度は俺がもう一度100円を投入して、ぬいぐるみを観察する。
さっきみなみが動かしたおかげで、ぬいぐるみのタグの輪っかが、ちょうどいい角度でこっちを向いてやがる。
「よく見てろ。……こうやるんだよ!」
俺は自信満々にレバーを弾く。
狙うのは胴体じゃねぇ、あの小さなタグの穴だ。
ギリギリの位置に爪を落とす。
「おっしゃいただきぃ!」
アームの爪が、狙い通りタグの近くに降りていく。
俺の脳内では、既に取ったどー!ってファンファーレが鳴り響いていた。
だが……
「あ?」
爪はタグの穴をミリ単位で通り過ぎ、虚しく空を切った。
「……あら?」
みなみが不思議そうな声を上げる。
「い、いや待て! 今のはちょっと手元が狂っただけだ! 次はマジで取るから!」
俺は慌てて財布から追加の100円を取り出した。
おかしいな、昔はこれで百発百中だったはずなんだがけど……。
「見てろよ……今度こそ……!」
二回目、アームはタグに引っかかった――が、持ち上げる瞬間にポロリと落ちた。
「ああっ!?」
三回目、今度は全然違うところを掴んで失敗。
「だぁー! クソッ! なんでだよ! アーム弱すぎんだろこの店!」
気づけば俺は、500円玉を両替機に突っ込んでいた。
額に脂汗が滲む。
背後から、みなみとトワの視線が突き刺さる。
「春海さん……あの、もうその辺にしておいては……?」
「だめだだめだ! ここで引けるかってんだよ! 俺のプライドがかかってんの!」
「プライド……ですの?」
結局、俺がムキになって1000円近く溶かした頃には、財布の中身は軽くなり、手元には何も残っちゃいなかった。
「……はぁ、はぁ」
ガラスケースの中のブサ猫が、心なしか俺をあざ笑っているように見えた。
「……プッ」
「あ?」
横を見ると、みなみが口元を手で押さえて肩を震わせてやがる。
「ふふ……ごめんなさい。春海さんでも、そんなにムキになって熱くなることがあるのね」
「うっせ! 今日は調子が悪かっただけだ!」
俺は顔を真っ赤にして叫んだ。
……くそ、カッコつけるはずが、ただの無駄遣い野郎になっちまったじゃねぇか。
顔を真っ赤にして叫ぶ俺を見て、みなみはまだ口元を押さえて笑ってやがる。
ちくしょう、クールな生徒会長のイメージが台無しだぞ。
それにトワまでみなみと同じく、口元抑えて上品に笑ってやがった。
穴があったら入りてぇ気分だ。いや、むしろ俺がアームで吊り上げられてどっかへ運ばれてぇよ。
「……くそ、次だ次! こんなんで俺の実力が測れると思うなよ」
俺は敗北感と空っぽになった小銭入れを握りしめて、リベンジを誓った。
このままじゃ終われねぇ。
俺のホームグラウンドで、お嬢様たちにデカい顔されたままじゃあ俺の面子台無しよ。
「次はこれだ!」
俺が自信満々に連れてきたのは、ドンドコと和風な音楽が鳴り響く一角。
デカい太鼓が二つ並んだ、あの有名なリズムゲームだ。
「太鼓……ですの?」
トワが珍しそうに筐体を見上げる。
画面には、可愛らしい顔のついた太鼓のキャラクターがぴょんぴょん跳ねている。
「おうよ。音楽に合わせて流れてくるマークの通りに太鼓を叩く。赤なら面、青ならフチだ。単純明快だけど、奥が深いリズムゲームだぜ」
「なるほど。リズム感と反射神経が問われるということね」
みなみが納得したように頷く。
さっきのクレーンゲームとは違って、こっちは完全に実力勝負だ。
そして何より、俺は昔から連コインして筐体を独り占めしてたからなぁ。
ぜってぇに負けらんねぇぞ。
「春海さん、お手本を見せてくださるのかしら?」
「任せとけ。俺の桴捌き見せてやるよ」
俺はバチを握りしめ、コインを投入した。
選曲は、アップテンポで激しいアニソン……もちろん難易度は、鬼だぜ。
「いくぜぇぇぇッ!!」
曲が始まった瞬間、俺は一心不乱に太鼓を叩き始めた。
流れてくる高速の音符に合わせて、バチを振るう。
腕の筋肉が唸り、汗が飛び散る。
どうだ、このスピード! このパワー!
レッスンのストレスも、クレーンゲームの悔しさも、全部叩き込んでやるぜ!
「おおぉ……!」
背後から、二人の感嘆の声が聞こえる……気がする。
一通り曲が終わった後、フルコンボの文字こそ出なかったが、なかなかのハイスコアが叩き出された。
「ふぅ……! ま、こんなもんだな」
俺はバチを置き、ドヤ顔で振り返る。
「すごいですわ春海! 雷みたいなバチさばきでしたわ!」
トワが目を丸くして拍手してくれた。
へへっ、悪い気はしねぇな。
「次は私がやってみてもいいかしら?」
後ろで俺のプレイを観察していたみなみが前に出てきた。
制服の袖を少し捲り上げ、バチを手に取る。
「おう、やってみな。最初はかんたんモードにしとけよ? 怪我すんなよ」
「ええ、ありがとう」
みなみは涼しい顔で頷くと、このゲームで定番の曲、『夏祭り』を選んだ。
結構テンポが早い曲だけど、まぁ『かんたん』なら大丈夫か。
だがみなみは、おもむろに画面を操作して……なぜか難易度『むずかしい』を選びやがった。
「お、おい! いきなりそりゃ無謀だろ!」
「大丈夫よ。バレエとピアノをやっているから、リズム感には少し自信があるの」
曲が始まる。
確かこの曲は、静かなイントロから急激にテンポが速くなる曲だ。
曲自体の難易度も結構高いはずだけど。
「ウェッ!?」
みなみのバチさばきを見て、俺は度肝を抜かれた。
速い。
そして何より、正確だ。
俺みたいに力任せに叩くんじゃなく、手首のスナップを効かせて、最小限の動きで的確に面とフチを打ち分けてやがる。
背筋はピンと伸びたまま、表情一つ変えずに連打を処理していくその姿はまるで、モノホンの和太鼓奏者見てぇだぜ。
画面には『良』文字が連続で表示され、コンボ数が途切れることなく増えていきやがる。
『フルコンボだドン!』
最後の一音を叩き終えた時、テンション高めの音声と一緒に画面にはの『フルコンボ!!』と金色の文字が輝いていた。
「ふぅ……。いい運動になったわ」
みなみは少しだけ乱れた前髪を払いながら、爽やかに微笑んだ。
汗一つかいてねぇ。
「……完敗だ。あんた何者だよ」
「あら、ただの生徒会長よ」
くっそ、このセリフ一度言ってみたかった、見たいな顔してドヤってやがる。
俺がポカンとしていると、今度はトワがバチを握った。
「次はわたくしの番ですわね! みなみに負けていられませんわ!」
「お、おう。トワちゃんもやるのか」
トワが選んだのは、これまた難しそうなクラシックのアレンジ曲だ。
大丈夫か? この王女様、さっきのクレーンゲームみたいに空振りすんじゃ……。
ドンッ!!
「うおっとぉ!?」
一打目から、凄まじい音が響いた。
トワの細腕からは想像もできないような、重く鋭い一撃だ。
「えい! やぁ! とうっ!」
トワは掛け声と共に、全身を使って太鼓を叩く。
その姿は優雅な演奏っていうより、戦いって感じだ、
一打一打に魂がこもってやがる。
だけどよぉ……叩く力が強すぎんじゃねぇのか?!
「ちょ、トワちゃん?! 壊れる! 太鼓が壊れる!」
俺の心配をよそに、トワは楽しそうに叩き続けてた、んで結局終わってみればこれまた高得点。
難易度はみなみと同じ『難しい』とは言え、俺のスコアをはるかに上回ってやがった。
「楽しかったですわ! リズムに乗って叩くというのは、心が躍りますわね!」
満面の笑みでバチを置くトワ。
俺は完全に白旗を上げた。
「お前ら強すぎだろ。ほんとにゲーセン初めてか?」
がっくりと肩を落とす俺を見て、二人は顔を見合わせてクスクスと笑った。
「春海さんのおかげで、コツが掴めましたもの」
「ええ、春海の見事なお手本があったからですわ!」
「へいへい……相変わらずフォローがお上手なこった」
俺はため息をつきながらも、こいつらの楽しそうな顔を見て、そんな悪い気はしなかった。
めちゃくちゃ悔しいけど。
「おっしゃ、んじゃ次行くぞ、次!」
気を取り直して、今度はパンチングマシンの筐体の前に立つ。
これなら力自慢の俺が負けるわけねぇ。
「見てろよ! 日頃の鬱憤、全部ぶつけてやる!」
俺はグローブをはめ、目をつぶって深呼吸をした。
頭の仲にに浮かぶのは、にゃんこ先生の説教、難解な教科書、そしてさっきのUFOキャッチャーのアームだ。
「だりゃあぁぁぁッ!!」
全ての怒りを拳にこめ、渾身の右ストレートで思いっきり的をぶん殴った。
マシンの衝撃音が響き渡り、スコアボードの数字が回転する。
『250kg』
「おっしゃあ! どうよこのパワー!」
俺は汗を拭いながらドヤ顔を見せた。
この数字はなかなかのモンだ。多分一般人の平均は軽く超えてんだろ!
「すごいですわ春海! 的が壊れるかと思いましたわ!」
トワが目を輝かせて拍手してくれた。
「次はわたくしですわね。」
そして今度はトワがグローブをつけ、拙いファイティングポーズを取る。
構えからして、的を殴るのに少し抵抗がある感じがした。
「おうよ! バゴンって行けバゴンって! 日頃のストレス発散させるつもりでな!」
「日頃のストレス発散……わかりましたわ! 思いっきりバゴンって参ります!」
的がゆっくりと上がって来た瞬間、トワの目付きが変わりやがった……おいおいまさか。
「はぁっ!」
気合い一閃パンチングマシーンをぶん殴るトワ。
爽快な音が辺りに響き渡る。
結構強く入った気がする……けど。
『80kg』
「あら、こんなものですの?」
「お、おう……うーん、いや、女子にしちゃ十分強いぞ?」
確かに普通の女子の平均はせいぜい50から70くらいだ……だが、微妙に上回ってるから反応に困るぜ。
まぁでも、みなみと同様にバレエとか色々細腕に見えてインナーマッスルが鍛えられてんのかね。
「次は私ね」
みなみが前に出る。
さっきの太鼓の達人のバチさばきを見る限り、こいつもとんでもねぇ数字を出すんじゃねぇか?
「せいっ!」
ポスっと軽い音が辺りに響く。
結果は……。
『42kg』
「…………あら」
みなみがスコアを見て、少し気まずそうに目を泳がせた。
「……ま、まぁ、女の子ならそんなもんだよな! 平均的でいいんじゃねぇか? うん!」
俺は慌ててフォローした。
いや、なんか安心したわ。
こいつにも普通な部分ってあったんだな。
生徒会長としての立ち振る舞いや勉強は完璧でも、単純な腕力は人並みってのが可愛げがあるじゃねぇか。
「ふふ、お手柔らかにお願いするわ」
みなみも苦笑いしてグローブを外した。
よし、ここは俺の圧勝ってことでいいよな!
「さーてと、どんどん行くぜ!」
次はレースゲームだ。
今度こそテクニック勝負だ。
「みなみパイセン! 今度こそ勝負だ!」
「えぇ……望むところよ!」
結構は……みなみは最初のコーナーこそ壁に激突してたが、すぐにコツを掴み、完璧なライン取りで俺を追い抜いて行きやがった。
「な、なんでだ!? 初めてなんだろ!?」
「ふふ。バイオリンと同じよ。マシンの呼吸を読めば自然と一体になれるわ」
「バイオリンと車は別物だろ!! 普通に!」
ちきしょう、また完敗だ。
その後、気晴らしにメダルゲームコーナーへ移動した。
ジャラジャラとメダルが落ちるスロットマシーンだ。
「これは運の要素が強いからなぁ、さすがに実力差は出ねぇだろ」
そう思ってた時期が俺にもありました。
「あら? また『777』が揃いましたわ」
「私もよ。それに、『GOGOchance』というランプ光ったけれど……これはいいことなのかしら?」
トワとみなみの台だけ、フィーバーが止まんねぇ。
メダルが滝のように溢れ出し、受け皿からこぼれ落ちていやがる。
「春海の台は……どうなっていますの?」
「見んな……殺すぞ」
隣で興味津々に俺の台を覗き込むトワを右手で静止しながらガックリ頭から台に崩れ落ちた。
「……お前らさぁ、強すぎだろ。最初に言ったよな?ここ俺のフィールドだって……完全にアウェーになってんじゃねぇか!」
俺ががっくりと肩を落とすと、また二人は顔を見合わせてクスクスと笑った。
こいつら、運まで味方につけてやがるのかよ。
結局俺が勝てたゲームって、圧倒的に男有利なパンチングマシンだけだったんだけど。
「まぁいいや、うっし! 結構いい時間だし、そろそろ次でラストにすっか」
二人を手招きして、あるコーナーへと向かった。
俺のストレス解消の最後の砦。
薄暗いブースの中に設置された、いかにも禍々しい装飾の大型筐体――ガンシューティングゲームだ。
「やっぱ最後はこれだろ。銃ぶっ放して敵をなぎ倒す!」
意気揚々と100円玉2枚を投入し、備え付けのモデルガンを構えた。
「お前らどっちかやるか? もう片方の銃は空いてるぞ」
脇に備え付けられたもう一つのモデルガンを手に取り2人に差し出す。
「わたくしは少々疲れてしまいましたので……今回はみなみに譲りますわ」
トワは申し訳なさそうに微笑んだ後、後ろに1歩下がる。
さすがの王女様も、初ゲームセンターの光には慣れねぇか。
トワに軽く頷いた後、俺は今度はみなみの方にモデルガンを差し出した。
「ええ、それじゃあ、やってみようかしら。……でもこれ、何のゲームなのかしら?」
モデルガンを受け取りながらみなみが不思議そうに近づいてきて、画面を覗き込む。
ちょうどデモ画面が切り替わってタイトルロゴと共に、腐った肉が剥がれ落ちたゾンビのドアップが大画面に映し出された。
『THE HOUSE OF THE DEAD...』
『ウガァァァ……』
画面から飛び出すゾンビの演出。
それを見た瞬間、みなみの顔色がサァーッと真っ白になって……。
「ひっ……!?」
「ほへ?」
「お、お化け……!? いやぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ぐえっ!?」
突然の悲鳴と共に、俺の腕にものすごい力が食い込んだ。
見ると、みなみが涙目で俺の右腕にガッチリとしがみついてる。
その爪が、俺の二の腕に深々と突き刺さってやがった。
「い、痛ぇ痛ぇ!! みなみパイセン?! 爪! 爪食い込んでる!」
「いやっ! 来ないで! あっち行って!」
「だ、誰に言ってんだよ! 俺か!? ゾンビか!?」
みなみはガタガタと震えながら、赤ん坊みてぇに俺の腕にしがみついて離れない。
「……お、おい。まさかお前……」
痛みをこらえながら、震えるみなみの顔を覗き込んだ。
勉強もスポーツも完璧、バレエとかピアノも嗜むこの最強生徒会長様が……。
「ダメなの? お化け!」
「あ、当たり前でしょう……! こんな……こんな恐ろしいもの……!」
みなみは涙目で首をブンブンと横に振る。
マ……マジかよ。
今の今まで知らなかったぜ……まさかあの海藤みなみに、こんな分かりやすい弱点があったなんてよ。
「お、落ち着いて! みなみ。ただの絵ですわよ!?」
トワが冷静に落ち着かせようとするが、パニクってるのみなみには届いてねぇ。
「春海さん……場所を変えましょう……今すぐに……!」
涙目で懇願するみなみ。
その顔は、前にタバコを握りつぶした時とは別の意味で必死だった。
ていうか、爪めっちゃ食いこんでんですけど!
「わ、わーったから! 一旦離れろ! 腕が……腕が千切れる!」
「はぁ……はぁ……し、死ぬかと思ったわ…」
みなみにくっつかれながらゲーセンの外へ脱出した俺たちは、近くの公園のベンチでへたり込んでいた。
まぁ正確には、へたり込んでいるのはみなみだけだけだけどな。
さっきまでの楽しそうな生徒会長の姿は見る影もなく、肩で息をしながらそれこそ幽霊見たいに真っ青になってやがる。
そして俺の腕には、未だにくっきりと爪の跡が残っていた。
「……たくよぉ、マジで勘弁してくれよ。俺の腕あとちょっとでミートソースになるとこだったぞ」
「ご、ごめんなさい……。でも、あれは不可抗力よ……あんな、あんな恐ろしいものがこの世に存在するなんて……」
みなみは涙目でガタガタ震えてる。
俺は赤くなった腕をさすりながら、そんなのこいつの様子をまじまじと見下ろした。
まさかあの完璧超人の海藤みなみが、たかがゲームのゾンビ如きでここまで取り乱すとはなぁ。
勉強よし、運動よし、芸術よしのスーパーウーマンにも、まさかこんなベタな弱点があったなんて思わなかったぜ。
でもよ……こりゃあいい弱みを握ったぜ。
そうだ! 今度、こいつが油断してる時に癒やしの猫動画見つけましたよなんて言って画面を見せてやるのはどうよ? 再生した瞬間に恐ろしい画像と絶叫が飛び出すビックリ系動画をな。
ノーブル学園じゃルールでスマホ持ち込み禁止だけどよ、俺は入寮時の荷物検査をすり抜けてこっそりサブのスマホを隠し持ってんだ。
まぁ規則破りのスマホを見せるリスクはあるが……それ以上に、腰を抜かして涙目になるみなみの顔が見れるなら安いもんだ。
いっつも済ました顔で説教してきやがってこの野郎……想像しただけで笑いが止まんねぇや!
「……春海? なぜか凄く悪い顔をして笑っていますわよ?」
「へっ!? い、いや、なんでもねぇよ! さ、そろそろ帰んぞ!」
トワにジト目で見られて、俺は慌てて真顔に戻った。
まあ、企むだけならタダだからな。
実行するかは別として、楽しみが一つ増えたぜ。
ようやく落ち着きを取り戻したみなみを連れて、俺たちは公園を去ろうとした。
もうすっかり夕暮れだよ。
優雅な生徒会長と世間知らずの自称王女様、そして俺。
奇妙な取り合わせだが、まぁ悪くない放課後だった……あとはなんも起きねぇといいんだけどな。
「お、すげぇ美人はっけーん! レベル高くね?」
「モデルか何かじゃね? おい、声かけようぜ」
そうは問屋がなんとやら……。
前方から、チャラついた笑い声が近づいてきた。
腰パンにジャラジャラしたアクセサリー、髪を茶髪や金髪に染めた他校の制服。
まぁ、俺と同じ人種だなこりゃ。
嫌な予感がした瞬間、男の一人が軽い調子で二人の前に立ちはだかった。
鼻をつくのは、安っぽい甘ったるい香水の匂いだ。
「よぉ、お姉さんたち! 今帰り? 俺らこれからカラオケ行くんだけどさ、一緒にどう?」
「チッ……なんで今なんだよ」
典型的なナンパだこりゃ。
ため息をついて、二人の前に割って入ろうとした。
さっきまでゾンビにビビり散らかしていたみなみと、世間知らずのトワだ。
こういう手合いには慣れてねぇだろうし、俺が追い払ってやるしか……。
「そこを退いて頂けるかしら」
俺が一歩踏み出すよりも早く、冷徹な声が響いた。
みなみだ。
さっきまで青白い顔で震えていたのが嘘みてぇに、今は真っ直ぐな瞳で男を見据えている。
背筋はピンと伸び、その全身から人を寄せ付けない圧倒的なオーラが放たれていた。
こりゃあ……生徒会長の時と同じ雰囲気だな。
「あ? なんだよ、ツレねぇなぁ。ちょっと遊ぶだけじゃん。奢るって」
「貴方達と遊ぶ時間は持ち合わせていないわ。……急いでいるの。道を開けて」
みなみの言葉は氷みてぇにナンパ男二人に突き刺さる。
怯えるどころかむしろ相手を気圧すくらいの目力だ。
さすが生徒会長、生身の人間相手なら最強かよ。
俺も何回もあの眼力にやられたわ……。
男はみなみの剣幕に一瞬たじろいだが、すぐにニヤついた視線を隣のトワに向けた。
「おっかねぇなぁ……もう一人の子は? お人形さんみたいで可愛いじゃん。ねぇ、お兄さんたちと遊ぼうよ?」
馴れ馴れしく手を伸ばしてくる男に対し、トワは表情一つ変えずに、ただ冷ややかにその顔を見上げた。
「……お断りしますわ」
「えー、なんでぇ? 楽しいこと教えてやるって」
「興味がありません。それだけですわ」
トワの返答は、みなみとはまた違った冷たさがあった。
相手を見下しているわけでも、怖がっているわけでもねぇ。
ただただ、アウトオブ眼中って感じがする。
道端の石ころを見るような、あるいは言葉の通じない異物を見るような、ひどく淡白で素っ気ない目……。
「……邪魔ですわ。通してくださる?」
トワはキッパリ言い放つと、男の横を通り過ぎようとする。
「はぁ!?」
二人のあまりにも毅然とした態度に、男たちの顔色がみるみる変わっていった。
ただ可愛いだけの女子中学生だと思って声かけたら、取り付く島もない鉄壁の二人だったわけだ。
こりゃあ、相手が悪すぎたな。
だが……こんな事で引くならこいつらもヤンキーやってねぇだろ。
「ちょ、待てよ! 無視すんなって!」
案の定、男の一人がイラッとした顔でトワの前に立ちはだかりやがった。
おいおい、断られたからって逆ギレかよ。だせぇな。
中学生相手に何ムキになってんだか。
「せっかく俺らが誘ってやってんのにさぁ、その態度はねぇんじゃねぇの?」
「興味ねぇとか言ってんじゃねぇよ。ちょっと面貸せって」
一人が声を荒げながら、ジリジリと距離を詰め始めた。
あっという間に、みなみとトワは二人の男に詰め寄られて、逃げ場を失っちまったようだ。
うわ、うぜぇ……。
完全に自分たちが強いって勘違いしてる奴らの空気だ。
「しつこいわね……警察を呼びますよ」
「おー怖い怖い、勘弁してよぉ」
みなみが毅然と言い放つが男達は茶化すだけで、退く気配がまるでねぇ。
むしろ、その強気な態度が気に食わねぇのかリーダー格の男がさらに一歩踏み込んで、みなみの顔を覗き込みやがった。
「警察ぅ? 呼べるもんなら呼んでみろよ。……その前に痛い目見ることになるかもしれねぇけど?」
脅し文句と共に、男の手がみなみの肩に伸びる。
トワの方にも、別の男がヘラヘラしながら近づいていくのが見えた。
言葉が通じねぇなら力ずく、ってか。
サルでももうちょいマシなコミュニケーション取るぞ……。
「……はぁ」
黙って様子を見ていた俺は盛大にため息をついた。
せっかくの放課後が台無しだぜ。
どっかの誰かさんが言ってた清らかな場所とは程遠い展開になっちまったな。
二人は一歩も引いてねぇし、ビビってもねぇ。
気合が入ってんのは認めるけどよ、さすがに体格差がある相手に囲まれたら分が悪いんじゃねぇの?
「しゃあねぇーなぁーもう……」
俺はポケットに手を突っ込んだまま、ガラの悪い壁に向かって歩き出した。
「おい、汚ねぇ手で触んねぇでくださる?」
俺はみなみの肩に伸びていた男の手首をガシッと掴むと、そのまま横へ乱暴に振り払った。
「あぁん? なんだテメェ……中坊か?」
邪魔された男がギロリとこっちを睨みつけてきやがる。
やっぱ高校生だけあってデカいな。
俺よりも頭一個分くらい背が高いせいで、見上げなきゃなんねぇのが最高にムカつく。
「誰も行かねぇって言ってんだよ、日本語わかんねぇのかタコ」
「あぁ!? ガキが調子こいてんじゃねぇぞオラァ!」
俺の挑発に、男の顔が一瞬で真っ赤になった。
沸点低すぎて草。
一触即発の空気に、後ろにいた二人が息を呑むのがわかった。
「は、春海さん待って! 相手は高校生よ!? 体格が違いすぎるわ!」
「そうですわ春海! 無茶です! 貴方が怪我をしてしまいますわ!」
みなみとトワが慌てて止めようとしてくる。
まぁそりゃそうだ、普通に見りゃチビの中学生がデカい高校生に喧嘩売ってる自殺行為にしか見えねぇもんな。
だけどよぉ……お前ら忘れてねぇか? 俺は元々、こいつらと同じ人種だって事によ。
「テメェ……俺らのこと舐めてんのか?」
ドスの効いた声で凄んでくる。
俺は鼻で笑って、相手の顔を真っ直ぐ見上げてやった。
「あぁ、舐めてるよ。……だったらどうする?」
「ぶっ殺す!!」
ブチ切れた男が、右の拳を大きく振りかぶってきやがった。
狙いは俺の顔面だ。速いっちゃ速いが、動きが大振りすぎてバレバレなんだよ。
避けるのもめんどくせぇ。
俺は逃げるどころか、一歩前に踏み出して自分からおでこを突き出した。
ゴツッ!! という鈍い音が響く。
俺の石頭と、男の拳が激突した音だ。
「いったぁぁぁぁ!!? な、なんだコイツ!?」
男が拳を抑えて悲鳴を上げる。
バーカ、人間のの頭蓋骨ってのは結構硬てぇんだよ。
ましてや俺の頭は石より硬ぇ。
拳なんぞで殴ったら指の骨がイカれるのはそっちだぜ。
「おらよっと!」
痛みに顔を歪めて動きが止まった男の股間へ、俺は容赦なく靴のつま先でズドンと蹴り上げた。
「ぐっ……ほぉぉぉ……ッ!?」
男の目が飛び出しそうになる。
声にならない悲鳴を上げて、その場にカエルの死骸みてぇに崩れ落ちた。
俺は喧嘩じゃキンタマしか狙わねぇんだよ!
「て、テメェ! よくもやりやがったな!」
相方がやられたのを見て、後ろにいたもう一人が怒鳴りながら殴りかかってきやがった。
卑怯だなぁ、こいつ……だけどやっぱ大振りだな。
「おせぇ!」
俺は振り返りながら右拳を突き出して、大振りの拳に合わせてもう一人の顎をぶん殴った。
「がはっ!?」
カウンターをもろに食らったこいつは、カッコ悪く地面に転がる。
脳みそ揺れたのか、目を回してフラフラと身体を起こそうとしてやがった。
まだやる気か? そんじゃきっちりトドメ刺してやるよ!
「オラァ!」
俺は起き上がろうとした男の顔面めがけて、容赦ない前蹴りを入れた。
バキッという鈍い音を立てて、男は白目を剥いて仰向けに倒れピクリとも動かなくなった。
あーあ、鼻血出てんじゃん。
死んだか? まぁいいや。
「言っとっけど、先に手ぇ出して来たのはお前らだからな」
俺は白目を剥いて伸びている二人の横にしゃがみ込むと、躊そいつらのズボンのポケットに手を突っ込んだ。
喧嘩に勝ったあと、俺の唯一の楽しみなんだよなこれ。
ゴソゴソとポケットを探ると、すぐに感触があった。
「お、あったあった」
引っ張り出したのは、ちょっと高そうなブランド物の革財布だ。
もう一人の奴からも同じように財布を抜き取る。
俺は鼻歌交じりに中身を確認した。
「お、結構入ってんじゃん……ラッキー」
札束……とまではいかねぇが、諭吉と野口が数枚ずつか。
ゲーセンで散財した分を取り返すには十分すぎる額だ。
俺はニヤリと笑うと、財布から札だけを抜き取って、自分の懐に入れようとした。
喧嘩の戦利品だ。
これくらい貰って当然だろ。慰謝料だよ慰謝料。
ふと視線を感じて顔を上げると、みなみとトワが石像みてぇに固まってやがった。
二人とも目をこれ以上ないくらい見開いて、口をポカンと開けている。
さっきの俺の瞬殺劇にも驚いてたみてぇだが、倒した相手のポケットを漁る俺の姿を見て、完全に思考回路がショートしたみたいだな。
まぁお嬢様のこいつらには刺激が強すぎたか?
「……なんだよ。お前らの分もジュースくらい奢ってやるって」
俺がヒラヒラと札を見せびらかすと、みなみの顔がさっと変わった。
そしてすごい勢いでこっちに近づいてくると、俺の手首をガシッと掴んで強い力で締め上げてきやがった。
「いってぇ! 離せよ! こいつらが先に喧嘩売ってきたんだぞ? 負けた奴が身ぐるみ剥がされるのは世の常だろ」
「……春海さん。貴方が私たちを守るために身体を張ってくれたこと……助けてもらったことには感謝しているわ」
みなみは俺の目を真っ直ぐに見つめ、真剣な声でそう言った。
なんだよ……怒鳴られるかって思ったんだけど。
予想外の言葉に少し毒気を抜かれる。
「お、おう……わかってんじゃん。なら別にこれくらい……」
「けれど! それはそれ、これは別問題よ!」
「はぁ?!」
みなみの瞳が鋭く光る。
こりゃ……学園の中で説教食らってる時と同じ目で だ。
「百歩譲って自分を守るための喧嘩は見逃すとしても……金品を奪うのはただの強盗よ! そんな真似、私は許しません!」
「そうですわ春海! いけません!」
さらに、トワまで慌てて俺のもう片方の腕を掴んで止めに入ってきた。
「わたくしたちを助ける為に、貴方が罪を犯す必要はありませんわ! 誇り高き勝利を汚してはなりません!」
「はぁ? いや、別に誇りとかどうでもいいんだけど……」
「とにかく返しなさい! 今すぐに! さもないと……私が望月先生に報告します!」
「わたくしもです! 友達が間違いを犯すというのなら、それを止めるのも友達の役目ですわ!」
左右からギャーギャーとお嬢様の説教タイムが始まった。
またかよ……。
こいつらの目には一点の曇りもなく、俺が間違っているって信じて疑ってねぇ。
喧嘩に勝ったら、相手の持ち物を巻き上げる。
俺がの地元じゃ、それが当たり前のルールだった。
もちろん喧嘩に負けたとき、俺も金を取られたこともある。
だから俺もやっていいって思ってた。
それに……楽しいからやってた。スカッとするからやってた。
弱肉強食。
負けた奴には拒否権なんてねぇ。それが俺の日常で、俺の楽しいことだったんだ。
けど……こいつらの普通は違う。
真っ直ぐで、綺麗で、眩しいくらいに正しい正論をぶちかましてくる。
ここまで真っ向から否定されると、自分がひどくダセェ奴に思っちまうじゃねぇかよ。
それに、友達なんて言葉まで出されちゃあな……。
少しだけ、胸の中にあった黒いモヤモヤみたいなもんが、ゆっくり消えていく感じがしたを
こいつらに毒気抜かれちまったよ。
「だぁー! もう! わーったよ! 返しゃいいんだろ返しゃ!」
俺は渋々抜き取った札を財布に戻し、それをキンタマを蹴られて悶絶してる男の背中ににポイッと投げ捨てた。
ちくしょう、せっかくの臨時収入がパーだ。
「ほらよ! 運が良かったなてめぇら」
俺が乱暴に吐き捨てると、二人はホッとしたように、んでもって嬉しそうに微笑んだ。
まったく、とんだ優等生たちに捕まっちまったもんだぜ。
「フン。ロックの言っていた通り……実に野蛮な男だ」
突然、背筋がぴっきり凍るみてぇなキザな声が降ってきた。
この場の空気とはまるで違う、ドロドロした嫌な空気……この感じ知ってるぜ。
俺たちがハッとして振り返ると、公園の入り口にある街灯の上に、奇妙な格好をした男が立っていた。
白いシルクハットに、ゴテゴテしたゴシックみてぇな衣装。
そして顔にはピエロみてぇな厚化粧。
どっからどう見ても不審者だが……俺はその纏っている空気に覚えがあった。
「ロック……だぁ?」
俺は眉をひそめてそいつを睨む。
次の瞬間、変な化粧の男はヒラリと音もなく地面に降り立った。
その手には一輪の黒いバラが握られている。
「あぁ、なるほどな。あのクソガキの連れってわけね。」
俺が納得したように言うと、男は心底不愉快そうに鼻を鳴らした。
この気持ちわりぃ独特な気配。
間違いねぇな、あいつと同類だ。
「他人の金品を奪おうなどと、嘆かわしい。そこに在るのは美しさの欠片もない、醜さのみ!!」
男は芝居がかった仕草で俺を指差し、吐き捨てるように言いやがった。
なんだこいつ気持ち悪ぃ……もちろん顔の化粧もそうだけど……なんて言うか、動き全体がキモイ!
みなみとトワが、俺を庇うように前に出る。
「貴方は……シャット!!」
「また現れましたのね……!」
二人の表情が一瞬で戦う者のそれへと変わる。
シャット、と呼ばれた男は、俺への興味など最初からなかったかのように、ギラついた視線をトワ一人に固定した。
「フハハハハ! 会いたかったよプリンセス・プリキュア。そして……トワイライト!」
シャットの瞳には、憎さと愛が入り混じったドス黒いなにかが宿っていた。
その目は血走っていて、どこか狂気じみてやがる。
「よくも……よくも私の美しきトワイライト様を消し去ってくれたな。あの高貴で冷酷な美しさはどこへ行った? 今の貴様は、ただの薄汚れた抜け殻のみ!」
「……っ」
トワが唇を噛む。
シャットはバラを握りしめ、さもミュージカルみてぇに自分の世界に入り込んでやがる。
なんだこいつ気持ちわりぃ……。
俺は隣に立つトワの顔をを覗き込んだ。
「なぁトワちゃんさっきからこいつ、トイレット様だかなんだかって喚いてるけどよ……誰の話してんだ?」
俺が聞くと、トワの肩がビクリと跳ねた。
顔色が少し悪くなってる。
「それは……」
トワは言い淀んで、視線を落としちまった。
なんか触れちゃマズい話題だったか?
ま、今は詳しいことはどうでもいい。
要するに、あのピエロは昔のトワのことが好きすぎて、今のトワが気に入らねぇってことだろ。
「おいピエロ」
俺は一歩前に出て、呆れたようにため息をついてやった。
シャットの視線が、ギロリと俺に向く。
おいおい、あからさまに嫌な顔されちまったぜ。
まるでよ……ゴミでも見てるみてぇな、一番俺の嫌いな目だ。
「今大事な話をしているのだ、野蛮人はとっとと黙るのみ!」
「やかましいぜストーカー野郎、なんでてめぇのトイレット話にトワちゃんが付き合わねぇと行けねぇんだよ」
俺はポケットに手を突っ込んだまま、首を傾げた。
「それにテメェ、さっきからのみのみうっせぇんだよ。飲み会か?」
「なっ……!?」
俺のツッコミに、シャットの白塗りの顔が真っ赤になる。
「き、貴様ぁ……! 私の美しい言葉遣いをバカにするか! これだから美意識のない男は嫌いなのだ!!」
キーキーヒスりながら、顔が真っ赤になっちゃったシャット。
まるで茹で上がったタコみてぇだ。
そんな姿を俺は鼻で笑って、さらに煽ってやる。
「美意識高いだぁ? テメェ鏡見たことあんの? その白塗りメイクマジでキモいぞ。バカ殿みてぇだ……いや、小梅太夫か?」
半分くらいは煽ってるけどよ、なんかこいつの化粧お笑い芸人みたいなんだよな……。
俺が思った通りの事を言い放った瞬間、背後からと吹き出すような音が聞こえた。
「き、キモい……?」
みなみが目を丸くして、信じられないものを見るような顔をしている。
普段なら言葉が汚いとか注意してきそうだけど、あまりのド直球な悪口に虚を突かれたらしい。口元が少し引きつってやがる。
「あ、あら……春海……そこまではっきり仰るとは……」
今さっき俯いていたトワも手で口元を隠しながら、目をパチクリさせていた。
どうやらこいつらには、俺のストレートな罵倒が新鮮だったみてぇだな。
「き、キモい……だと!?」
一方のシャットは絶句して固まりやがった。
どうやらキモいって言葉は、こいつの一番踏んじゃ行けねぇ地雷だったみたいだな。
プルプルと震え出したかと思うと、次の瞬間、鼓膜が破れそうな絶叫を上げやがった。
「き、貴様……! 私のこの高貴な美しさが理解できないとは……! 我が主、ディスピア様の元に勧誘する事も考えていたが……こんな下品な輩は救いようがない! ならば、プリキュア諸共ここで潰すのみ!」
怒りのままに手に持っていた黒いバラを握りつぶすシャット
バラの花びらがパラパラと舞い散る。
その目は、完全に殺す気満々って感じで血走ってやがった。
って待て……こいつ俺を勧誘しようとしてたのか? 予想外の事に呆気に取られていた次の瞬間、シャットが指をパチンと鳴らした。
「あなたの夢を見せなさい! シャット・ユア・ドリーム!」
シャットがそう叫んだと同時に、舞い散った黒い花びらがさっき俺がのして気絶してるヤンキー二人組の方へフワフワ飛んでいく。
その花びらがヤンキー立ちの背中にヒラヒラと落ちていったかと思えば、次の瞬間そいつらの胸元にボウッと光る鍵穴が浮かび上がった。
そこから漏れ出した光が空中に投影され、あいつらの夢が映し出される。
こりゃ……あのクソガキの時と同じじゃねぇか。
だけどこいつら……夢なんてあんのか? どう見ても俺と同じ人種だと思うんだが……。
「……あ?」
だけどそこに見えたのは、スポットライトを浴びて、エレキギターをかき鳴らす二人の姿。
観客の歓声を浴びて、超絶テクニックでソロパートを弾いてやがる。
「マジかよあいつら……ギタリストになりたかったのか」
見た目はチャラチャラした奴らだったけどよ、意外と熱いもん持ってやがったんだな。
そんじゃナンパなんかしてねぇで練習しろよって話だけどな。
だが、そんな他人の夢も、こいつにかかればただの餌だ。
そしてどこからともなく手足の生えた不気味な錠前が現れて、二人の夢にガチャン! ととりつきやがった。
「行きなさい! ゼツボーグ!」
シャットが叫ぶと、地面からイバラみてぇな檻が出現して、ヤンキーたちを閉じ込める。
ガシャン! と重い音を立てて錠前が施錠され、夢が黒く塗りつぶされていく。
『ゼツボォォォォグ……!!』
檻の隙間からドス黒い闇が溢れ出し、ヤンキーたちが持っていたスマホや、近くにあった看板なんかを巻き込んで実体化し始めた。
そして現れたのは、全身がアンプとスピーカーで出来た、巨大な人型の化け物だ。
両手には、先っちょが鋭く尖った凶悪なデザインのエレキギターが握られている。
顔にはお決まりの錠前と、ギロリと光る赤い一つ目……。
「さあ、奏でるのです! 絶望の旋律を! そしてあの美しくない男をこの世界から排除するのみ!!」
シャットが指揮棒を振るように俺を指差す。
『ゼツボォォッ!!』
ゼツボーグが咆哮と共にギターを掻き鳴らした。
「うぎゃ?! うっせぇ!!」
「何……この音?!」
「耳がキーンとしますわ!」
鼓膜をつんざくような不協和音が、衝撃波となって俺たちに襲いかかってきやがった。
みなみとトワも両手で思いっきり塞いでしゃがみこんでやがる。
「ぐ、ぬぅ……! 春海さん、下がっていて!」
鼓膜が破れそうな爆音の中、みなみが叫ぶ声が聞こえた。
顔を上げると、さっきまで耳を塞いでいた二人が、強風に煽られそうながらもスッと優雅に立ってやがる。
その背中は、もうただの女子中学生のもんじゃねぇ。
戦士の背中だ。
「行きますわよ、みなみ!」
「ええ! これ以上、好き勝手はさせないわ!」
二人は懐から、香水瓶みてぇな変身アイテム、『プリンセスパフューム』と、鍵の形をしたもうひとつの変身アイテム、『ドレスアップキー』を取り出した。
こりゃあ、来るぜ……優雅なお姫様の時間がな!
俺は片目をつむりながら、その光景を目に焼き付ける。
「プリキュア! プリンセスエンゲージ!」
二人が声を合わせて叫び、キーをパフュームに差し込んで回した。
その瞬間、眩しい柱が立ち昇り、夕暮れの公園を鮮やかに塗り替えた。
水流が螺旋を描いてみなみを包み込んで、制服姿を青と白のドレスへと変えていく。
んでもって、激しい炎がトワを彩り、真っ赤やのドレスとティアラを形作る。
一瞬の早着替え……いや、変身だ。
そういえば俺、プリキュアの変身シーン初めて見たわ……。
そして次の瞬間、水と炎の輝きが弾け飛び、二人のお姫様が舞い降りた。
「澄み渡る海のプリンセス! キュアマーメイド!」
みなみ……いや、マーメイドが髪をかき上げ、優雅にポーズを決める。
「深紅の炎のプリンセス! キュアスカーレット!」
そして今度はトワ……スカーレットがスカートを、ファサっと翻して、凛とした表情で前を見据える。
「強く、優しく、美しく!」
二人の声が重なり、圧倒的な気迫が放たれた。
「Go! プリンセスプリキュア!」
「冷たい檻に閉ざされた夢、返していただきますわ!」
「お覚悟は、よろしくて!?」
ビシッ! と決め台詞を放つ二人。
完璧に決まってんな。
背景に爆発でも背負ってんのかってくらい、凄まじい迫力だ。
へっ、相変わらず戦隊ヒーローみてぇな事してやがる。
「フン! 出たな忌々しいプリキュアめ……だが、今の私は機嫌が最悪なのだ! 貴様らごときに構っている暇はない、この騒音と共に速やかに排除するのみ!!」
シャットが街灯の上から忌々しげに吐き捨てる。
「ゼツボーグ! まずはその目障りなプリキュアからやっつけるのです!」
『ゼツボォォッ!!』
ゼツボーグが再びギターを振り上げ、さっきよりも強烈なノイズを撒き散らそうと構えた。
『ゼツボォォッ!!』
ゼツボーグがバカでかいギターを振りかぶって、必殺の音波攻撃を放とうとした、その瞬間だ。
「……ちょっと待てや」
俺はポケットから手を出して、ドカドカと二人の前に割り込んだ。
「えっ? 春海さん!?」
「危ないですわ! 下がって!」
マーメイドとスカーレットが驚いて声を上げるが、知ったこっちゃねぇ。
俺は首をコキコキと鳴らしながら、目の前のデカブツを睨み上げた。
「おいクソピエロてめぇ……さっき俺のこと邪魔だとか消えろか言ったよなコラ?」
俺の声に、シャットが不快そうに眉をひそめる。
「フン! 貴様ごときに何ができると言うのだ! 私の美しいショーの邪魔をするな! さっさと消え失せるのみ!」
「邪魔してんのはどっちだよ。……あーあ、せっかくの楽しい楽しい放課後だってのによぉ」
俺は盛大にため息をついて、腹の底に意識を集中させた。
今日一日、俺には溜まりに溜まったもんがあるんだよ。
クレーンゲームでスッカラカンになった財布。
こいつらにほとんどのゲームで負けた敗北感。
変な奴に絡まれてシラケた雰囲気……そして何より、この白塗り厚化粧野郎に醜いだの野蛮……だの好き勝手言われたイラつきだ。
なんでストレス発散に来て、またストレスためねぇと行けねぇんだよこのボケが!
「ちょうどいい、てめぇらぶん殴ってストレス発散させてもらうぜ!」
ドクンと心臓が早鐘を打つ。
俺の怒りに反応して、足元の影がドロリと膨れ上がった。
この感覚……間違いねぇ、いいぜ! やってやろうじゃねぇか!
「来やがれ……ゼツボーグ、いや……俺の影!」
俺が叫ぶと同時に、影が噴水みたいに吹き出して、俺の背後に立ち昇る。
真っ黒な泥が固まって、二本の角が生えた凶悪な鬼の姿になった。
よっしゃ……前みたいに暴走はしてねぇみてぇだな。
めんどくせぇけどにゃんこ先生のレッスンのおかげか、今の俺は冷静だ。
ただ、多分そんなに長くは出しちゃいられねぇかもな。
「な、なんだそれは……!?」
シャットが目玉をひん剥いて驚きやがった。
指さす指先がプルプルと震えてやがる。
「そのドス黒い気配……まさか貴様、ロックが言っていたことは本当だったのか!? 人間ごときが、ゼツボーグを体に取り込んでいるとでも言うのか!?」
「あぁ? 今更かよ。俺はいつだって特大の爆弾抱えて生きてんだよ!」
「グルァァァァァ!!」
俺がそう言い放つと背後の鬼も雄叫びを上げた。
その禍々しさに、シャットの野郎が顔を引きつらせて後ずさりする。
「う、美しい……くない! 断じて美しくないぞ! なんて汚らわしい闇なのだ……!」
「汚らわしいだぁ? てめぇが言うなや馬鹿野郎!」
俺は目の前に佇んでいるゼツボーグを指さしキッパリと言い放った。
闇に汚らわしいもクソもあるか、扱ってんのは同じバケモンだ、俺も……あいつもな!
「ダメよ! 春海さん!!」
後ろから、マーメイドの悲鳴みてぇな声が聞こえた。
「その力を使うのは危険よ! シャムールも言っていたでしょう!? もし制御できなくなったら……!」
「そうですわ春海! 貴方が闇に飲まれてしまいます! ここはわたくしたちに任せて、下がっていてください!」
スカーレットも必死な形相で俺を止めようとする。
あーあ、どいつもこいつも、心配性なこって。
俺はニヤリと笑って、肩越しに二人を振り返った。
「バーカ。水臭ぇこと言ってんじゃねぇよ」
「えっ……?」
「友達が喧嘩売られてんだぞ? それに加勢すんのが友達ってもんだろ」
俺の言葉に、二人がハッとして目を見開く。
俺は視線を前へ戻し、目の前のゼツボーグと、その上にいるピエロを睨み据えた。
全身の血が熱くたぎる。
恐怖だぁ? 不安だぁ? もうそんなもんはねぇな。
あるのは、目の前の敵をぶっ飛ばしたいっていっていう俺のお楽しみだけだ!
俺は拳をバキバキ鳴らして、いかつく笑ってみせた。
「それによぉ……俺は大好きなんだよ! 売られた喧嘩を買うのわなぁ!」
「……ふふ。そうでしたわね」
俺の啖呵を聞いて、スカーレットが口元を隠してクスクスと笑いやがった。
なんだよ、人が真面目にキメてんのに。
「ショッピングモールの時もそうでした。貴方はゆいを守るために……そしてわたくしたちのために、傷だらけになって必死に戦ってくれましたわ」
「確かにそうだったわね、それに……今日は貴方と遊んでほんの少しだけ貴方のことが分かった気がするわ」
するとマーメイドも、フッと口元を緩めて、俺の方を見た。
その目は、いつもの生徒会長としての厳しい目じゃねぇ。
ゲーセンで一緒に笑ってた時と同じ、ただの友達としての目だ。
「クレーンゲームで見せた執念も、何事にも熱くなれるその真っ直ぐな心も……。今の貴方になら、背中を預けられるわ」
「……おいおい、買いかぶりすぎだっての」
俺は鼻をこすって視線を逸らした。
あの完璧超人の生徒会長サマにそこまで言われちゃあ、悪い気はしねぇな。
ていうか、正直ちょっと嬉しいぜ。
「ただし、春海さん」
「あ?」
と、思ったらいきなり声のトーンが下がった。
マーメイドの目がジトッて俺を睨む。
「喧嘩が好きというのは感心しませんね。暴力は決して褒められたものではありませんよ?」
「うげ……こんな時まで説教かよ」
マジかよこの人。
目の前に敵がいるってのに、生徒会長モード全開かよ。ブレねぇなぁ全く。
「当然よ。学園の生徒会長として、その歪んだ認識は後でたっぷりと矯正させてもらうわ。」
「へいへい、お手柔らかに頼むぜ!」
俺は苦笑いしながら、視線を前に戻した。
説教はあとでいくらでも聞いてやる。
今はとにかく、あのお姫様たちの期待に応えて、目の前のデカブツをぶっ飛ばすのが先だ!
「ええい! 忌々しい奴らめ……!」
シャットが街灯の上で、悔しそうに地団駄を踏みやがった。
顔を真っ赤にして、またヒステリックに叫び散らす。
「私の目の前で馴れ合うな! その暑苦しい友情ごっこ……反吐が出るほど美しくないぞ! ゼツボーグ! 今すぐこいつらを黙らせるのみ!!」
『ゼツボォォォッ!!』
シャットの号令で、アンプの化け物がギターを構え直す。
やる気満々ってか。
上等だよ。
「へッ、吠えんのはタダだもんなぁ」
俺はニヤリと口の端を吊り上げると、右手をスッと前に突き出した。
背後の影の鬼も、俺の動きにピタリと合わせて、その太い腕を突き出す。
そして、俺と鬼は同時に、拳を握って中指だけをピンと立ててやった。
俺の中で……いや、多分世界各国で最大級の侮辱のサインだ。
「お覚悟決めろや! クソ野郎共!」
ビシッと決まった。
俺の完璧な挑発に、シャットが顔を真っ赤にしてやがる。
ざまぁみろ! と、思ったその時だ。
「……はぁ」
隣で、深ーい溜息が聞こえた。
「春海さん。そんな下品なポーズをこれほど堂々と決めるなんて……ある意味感心するわ」
マーメイドが呆れ果てた顔でこっちを見てやがった。
「寮に戻ったらお話があります、お覚悟はよろしくて?」
「げっ……ははっマジすか」
俺の顔が引きつる。
敵より味方の方が怖ぇってどういうことだよ。
全然締まんねぇ……。
お話が長くなってしまい申し訳ありません! みなみとトワの絡みが少なかったので、つい書きすぎてしまいました! 戦闘シーンは次のお話で執筆しますので、お待ちください!