私がまだハンガリーにいた頃、ちょっとだけ聞いた話がある。たしか、その人は南アフリカとか色んなとこに飛ぶ外交官。もちろん、砂だらけで空港に帰ってきて、他の乗客の顰蹙を買ったことも無いことはないと言ってた。まあ、それだけそこに馴染みがあるということ。そしてその人は、やたらと砂漠の民を嫌っているらしい。以下、その人のお話である。
私が世界で見てきたものは、それはもう多くて。しかしその中でも、少し危険で最も興味深いのが「砂漠の民はハシシを使わない」というものだ。
ハシシというのは、早い話麻薬。そんなの禁止されるのは砂漠に限った話じゃない。でも、その昔薬が合法だった頃からそうだったと言う。私の頭の中には疑問符が浮かんでくる。でもその訳は、友人というものをもってしてようやく知ることになった。それも、まるで堕天使ルシフェルのように重たいその残酷な命運で。
ところでこの友人は、実は結構悪い奴だ。とりあえず少し紹介することにする。この男は、先述の砂漠の民の掟を破って、ハシシを蒸してる人間だった。無論、正義感に駆られ私は警察に突き出そうと思ったし提案したこともある。でも、やはり友人を突き出すのはどこか疚しい。他方では良心も痛む。だからこそ、親だったり知り合いだったりにも呼びかけて、その罪悪感をちょっと紛らわそうとしていたのだ。でも、その知り合いだのは皆んな口を揃えて言う。
「ハシシをやった?ならいいさ。無視すればいい。警察なんて行くまでもないよ。」
どう言うことだ。此処には、何か断罪狩人の様な不可思議な警備員がいて、ハシシをやったのを捕まえて食うのか?いや、そんなことは今は門の外である。とにかくこいつのいわばハシシ癖をどうにかしようと考えて、キャンプに行ったりもした。やつは、言わば家に湧く蜚蠊が如きしつこく厄介な薬だ。一度使うとやめられないらしい。ならば、いきなりガツンというんじゃダメだ。とにかく、意識外に持っていく。ちょっとでも、ハシシから離れさせる。それだけがあった。今思えば、私は相当に躍起になって居たのかもしれない。まるで、戦争か何かで生に執着する負傷兵のように。というか、このキャンプのせいで私は友人を失い、砂漠の民に失望するに至った。だから、知らなくていい真実はあったのだなあと今更ながら。つまるところ、キャンプは婉曲的に私の友人に、ぐわっと爪を立ててくれおったのだ。
さて、そういう訳で一通りいろいろやった後、やっぱり彼はコッソリと砂の中ハシシを決めている。だからやめろよ、と注意するが意にも介さない。まるで、今でいうスマホ依存症に陥った若者を相手している気分だ。話が通じる分幾分かましではあるが。彼がにっこり笑ってすすめるが勿論結構だ。そして、ランタンのボヤけた灯りが照らす中、彼といくつか世間話をする。そこから、奴は戻ってこなかった。ちょっと、立ち小便をすると言って行ったきり。どうして。彼に、自殺を考える動機なんてあったか。俺のせいなのか。朝起きて、こんなに悩んだのは初めて、いや、何年ぶりだろう。砂漠の民たちに問いかけるが、誰もが何も言わない。どころか、そんな人間居なかったように扱うのだ。これが、砂漠の民の掟なのか?私の予測通り、断罪狩人が攫っていった。もしくは私は特異点か何かであり、自分だけが彼の存在を認識している?そういうアニメの様な展開はいい。いらない。冗談じゃないよ。
「おい。」
腑に落ちない私を見かねたのか、彼の父親が自分を呼んだ。部屋には、彼の私物がやはり散らかっている。私は無論父親にこの謎の現象への、種明かしを頼んだ。推論ではもう限界であるので、答え合わせを頼んだのである。私は外交官だけど、スパイや探偵じゃあるまい。まあ、外交官はスパイの入り口とも言うが。それはまた別の話である。
「あのな。これはお前の頭の中での予想だと思うが。俺たちが集団催眠に陥るか、自分だけがあいつを知っているとか、化け物に食われたとかそう言うのを想像すると思う。でも、そうじゃない。」
彼の父親曰く、どうやらこれは極めて自然に行われたことであり、別に不思議じゃない。そして、これこそがこの砂漠の民がハシシをやらない訳でもあり、言わば金色のビッグアンサーということだ。私は固唾を飲んで見守る。彼の父親が目元を緩めた。慌てて私は肩の力を抜く。ふっとため息をつく彼の父親は、ようやっと話し始めた。まるで、手術の準備が整った医師のように。
「知っての通り、この砂漠でハシシを使ってはいけない。でもそれは、幽霊でも怪異でも特異点でもないんだ。理由は、明確単純。」
ハシシは身も蓋もない言い方をすれば、骨の髄までシャブられるような薬。そして、それを使った人間は大抵の場合正気が保てない。幻覚と、幻聴、そして何かこう、いたたまれない気持ちに襲われるそうだ。私は背中に薄寒い気がする。此処から、大体分かった気がするのだ。勘がいいのを、今初めて呪った。
「ハシシを砂漠でやるとな、頭が狂っているうちにどっかへ行ってしまう。この砂漠は広い。一度行ったらどこはどうなってるのかなんて誰1人しらない。」
ああ、もうやめてくれ。やめてください。信じたくない。いくら、ハシシをやったとはいえ、友人を何もそんな目に合わせる必要ないじゃないか。この、処刑というもののなんと無惨なものか。
「気づいたら、砂漠の真ん中に1人ぽっちだ。それが、この場所でのハシシの代償さ。だから、二度と戻ってこない。そのまま干からびて死ぬ。」
止める気力もなく気力もない。ただ、この極めて自然な自動処刑装置に対し、嘆きの感を少しでも抱くのが私には限界だった。加えて此処には、ハシシをやめられなかった人やら宗教なんかでどうしてもやりたくない人が集まって来る。これが、この街。これが、『砂漠の民』の真実にして真相。崇高な理念などありはしない。砂漠の民は、辞められないから。この自然極まる断罪狩人に裁かれるか止めるかの、言うなれば究極の試練に直面しているのだ。
「分かったかい?軽蔑するといい。ここは、犯罪者の集まりだ。」
いや、違う。私が、彼らを侮蔑する理由はそこではない。そうならばどうして、ハシシをやっている人間をどうにかお天道さんの元に戻そうとするのか。私は好きな食い物さえ同じならきっと誰であろうと仲良くなれる気がする。だからそんなのは些細な問題である。友人を失った事も別に彼らのせいとは思って居ない。しかし、その一方で私の中にどうしても引っ掛かるものがあった。それが、私が『砂漠の民』を嫌厭する真の理由である。何故ならば目的と手段が逆転しているからだ。
この手法、何が問題ってハシシをやると自動で処刑される。それを、自動で受け入れて、社会的な処置として受け入れていることが本当恐ろしい。勿論それを受け入れるのもゾッとするけど、これこそ目的と手段の逆転だ。本来戒めのルールであり、先人の知恵であったはずのこれが、自動処刑装置にして断罪狩人として目的化している。死者を出さないはずのシステムが、処刑用に転用されているのだ。絶大なる勘違いも甚だしい。私はこういう目的と手段の逆転を『砂漠の民』と比喩する。我ながら素晴らしい皮肉だ。友人を以てして知ったのは砂漠でハシシをやるべきでない理由じゃなくて、この愚かしいジンクスだったのだ。馬鹿馬鹿しい限りである。
と、此処で話は終わって居た。まあ、あの時のケツの青い僕には何が何だかさっぱり分からなかった。しかし、今となってもやっぱり分からない。だがとりあえずどういうことが言いたいのか何となく見えては来て居た。とにかく、これが大した訳ではないけど、砂漠でハシシを使ってはいけない理由らしい。でも、この話を聞いてからどうも妙に胸騒ぎがするんだ。まるで、その『友人』の亡霊にかけられたみたいに、ね。
その亡霊は案外まだ彼に付いているのかも。でも、彼は忘れてくれているようで幸いだ。だって、友人を婉曲的に殺した事じゃなくて、砂漠の民を侮蔑する方に向かい合ったのだから。全く、性格の悪い奴だな。本当の話。
完