ある日、僕の客にとても変な奴がやってきた。そいつは宅地建物取引士とかいう職業で、僕の不動産の瑕疵をずばずば見つけてはあれはいかんこれはいかんと押しのける。厄介な客だが、不思議と厭な気はしない。なぜだろうか。
暇つぶしがてら、押しのけられた紙に目を通す。僕はその押しのけた不動産について、一筋の法則が見えた。だいたいが、空きテナントの近くにあるものだ。
どうして。これだけいい物件もなかなかない。宅建ならなおさら分かることもあるはずだ。というか、そもそも今の家でも十分だ。素晴らしい物件なので、わざわざこんな近距離引っ越す必要もなさそうだが、どうしてだろう。
「不思議そうな顔だね。でも私はこういう空テナントが苦手極まるんだ。」
彼はひとりでに、話を始めて行った。
話せば長くなる。ある日、こんなことが起きたんだ。
私はいつものゲーム狙いで、デパートメントへ足を運ぶ。私は昔アーケードゲームというので遊んだ記憶がほぼなく、付録についていたのを右手に遊べる身分のブルジョアを指を咥えながら見るにとどまった。反動か、財力にある程度のお許しが出た今遊び呆けているわけだ。とにかく、そういうわけなので私は真っ先にゲーム機へと走る。今日は調子が良い。レベルもそこそこ上がった。私は自身の写しのようにポーズを決めるライダーを尻目に、そそくさと撤収の準備を始める。しまった。少し使いすぎたと思いながらも、次の台へと走る。次の台もそこそこ好調で、最高記録を取ったから6枚の課金を許された。私はもちろんここで六百円を突っ込むような人間だが。後ろに並ぶ女児に申し訳ない。故に「当たりが出たらやめる。」という「闇のアイプリおじさん」にありがちなプレーはやめてやった。このために、私はさらに四百円をドブに捨てたのである。
私はそのゲームを特に熱量なく、「ゲームとドレスと美女と投資とギャンブルが連立しているなんて、まるで俺だけのための数え役満だ。」という気持ちでやっていた。だから、プレイ後に何かゲージが貯まるらしいが、それがどう変化するかは知らない。所謂「闇のアイプリおじさん」を通り越して「にわか」に近い状態とも言えた。どうあれ、そのゲージはクオーターから、ハーフまで。クオーターからハーフまで確かに、絶対進んだ。カードもちゃんと出た。推しの星川みつきを私が忘れてたまるか。ライダーも同じだ。レベルが上がったし、プレーデータを見れば真実は明らかだ。これが、後々の不気味さを増やす材料になろうとは、この時の私には分かりはしなかった。
私が帰ろうとして台を立つと、突然後ろの女児が泣き始めた。それを宥める母の姿が目に痛い。これだから私は結婚したくないのだ。一方に、こんな不条理を押し付けるなど私にはできない。その位なら1人と、他何人かに助けてもらうのがましだ。などと、どうでもいい自論の根拠としてコネクトしつつ、この状況の解決へと進む。とりあえずたまたま2枚あったカードのうち1枚を渡すと、彼女は泣き止んだ。現金なやつめ。だが覚えておけ。私は君たちに紳士な振る舞いをする「光のアイプリおじさん」なんだ。と、カード1枚でくだらない意地を表現して見せたりもした。おそらく伝わってはいない。やがてどっと私を疲れが襲う。リズムゲームの消費といい。先の事件と言い、私の足を重くする要素は十分。この時、近道と思っていつもと違うところを通ったのも何かの縁かもしれない。
私がふと足を止めたのは暗い骨董屋だった。何を隠そうと、私は古いのが大好きだ。どうして今まで気づかなかったんだ。そう言い聞かせる。疲れは、この興味の前に一瞬忘れてしまった。そして、冷やかしに入ったのである。
「ああ、お客さん。あなたは大丈夫です。」最初にかけられた言葉はそれだった。だから私はずっと頭に「?」が浮かんでいたが、それ以上にとてつもない品揃えに目を奪われ、圧倒される。
「短剣じゃないか。SSの仕様だ。」
私はガラスケースの中の短剣を見ながら言う。私は実を言うと枢軸に親近の感が強い。私が中道右派というのもあるだろうが、行く国に住む国の殆どが枢軸だったので、おそらく洗脳されたのだろう。とりあえず、そういう背景もあるのでSSの短刀は希少だ。思想が1割、希少性9割の興味であることは分かると思う。
「ああ、お目が高い。まだ若者なのによく知ってるね。」
さっきとは打って変わり、骨董商のよそよそしさが失せた。なんとなく不気味に感じ、私は距離を取るためハーケンクロイツの短剣を置いてけぼりにして、ドレスの前へと歩いた。ルネサンス、ロココ、モダン。そこには、ドレス史の全てが滲み出ていたのである。
「近代のドレスは大戦の産物だなあと改めて。」
骨董商の女が言った。私はこくりと頷く。その後は特に興味のない布だとか何とかの続いたので、軽い返事をしつつ受け流す。こいつは天ぷらでも食ってきたのか。話が本当に長い。
「おや、人形がお好きで?」
私の目先と脳のうちをようやく知ったようだ。骨董商はようやく話を変える。
「あ、まあ。あれは球体関節ですか。」
「ええ、ええ。お好きならぜひとも。」
私は半ば強引に奥へと押し込まれた。ガラスの中には、美しい人形が深く鎮座している。私はガラス越しにその頬をなぞった。私の胸は一瞬にしてこの人形に囚われてしまったのである。元来、造形には興味があったし、人形は好きだ。球体関節は特に詳しくはなかったが、例えばローゼンメイデンや「死印」のメリイなんかが大好物なので、心引かれるものは0ではない。骨董商はそこまで見ていたか知らんが、「だいたい好き」ということだと解釈したようだ。
私がそうしていると骨董商はガラスケースのカギを持ってくると言い、消えてしまう。こうして、この空間の中には私と彼女だけが取り残されたのであった。そうだな、例えるならば、これは。「死印」のメリイのさらりと美しい金糸のロングヘアーに、水銀燈のような透き通るほど白の顔。どこかその2人の掴みどころのなさ。チャッキーやティファニーのそこはかとなく心地よい恐怖が、全て居たのである。
「はい、持って参りました。」
骨董商おかげで、せっかくのファーストコンタクトは台無しだが、悪くはない。この人形は手に入れよう。そう決めた。見る限り、19世紀の中頃のものだろう。百から二百万は覚悟しておく。
「どうです。傷ひとつなく、関節もするりと動きます。十万でどうでしょう。」
私は転倒しそうになった。これは何だ。だとすると中華かどこかの劣化コピー品か?それを今まさに買わされようとしているか?だとするとこの商人はとんでもないペテン師だ。しかし、やはりどう見てもそれはビニルか何かの安物じゃない。しっかりと、木でできた漆の人形。おのれ中共め私をまた騙したか(中共は何も悪くない)。だがしかし、大事なのは素材なぞではないのだ。私のこの人形へのオブセッションは、そんな所からじゃない。私の心を一瞬にして射抜いた、この気配と姿なのだ。金もないのに私に「ぜひとも」と言わしめる、サキュバス的な力が、こいつにはあった。やれやれ、こんなことに今更気付かされるとは、本物のペテン師は人形師かもしれないな。
「おう?」
ところが私の財布には、無いはずの諭吉が10人、耳を揃えて並んでいたのである。おかしい。さっき使ったろ。そのはずだ。まずそもそも現金を十万など持ち歩くのはどこにも居ないし、居たとしてそいつの財布の中身も湧いて出たものではないはずだ。
「どうなさいます?」
骨董商がさらに押いつめてきた。どうしてだろう。何か、とてつもない外的営力に導かれている気がする。そして、本能がそれを断っているのだ。そのとき、私の携帯が鳴った。空気が空気なのでどきりとするが、落ち着いて取る。母親からだ。
「もしもし、あんたいまどこにいるの」
「どこでもいいだろう。それより、そろそろ帰る。帰りに少しでかい買いものをしようと思うのだが。置く場所はあるかい?」
「何だよ」
「十万の人形だよ。余裕でアンティーク。」
しかし電話先は冷たい。
「あんたバカなもん買ってねえで服とか買えや。あんてぃーくとか知らねーよ。お人形とか幼稚園児か。んなもんに十万も使うなボケナス。」
電話は切れた。この時の骨董商の絶望したような顔が、記憶に鮮明に残っている。
「そういうわけです。この人形は買えません。」
一間空けて、青ざめた骨董商が口を開いた。
「あ、ああ。分かりました。またのご来店をお待ちしております。」
その時の私は、どこか変ながら少しだけ残念の感が残った。名前も考えていたのに。そう思っていた。何とかいったか、ああそうだ。「コリンヌ」だ。その人形を私は勝手に「コリンヌ」と名付けたのだ。そんな私のフィーバーはすでに終わりへと向かう。同時に、私の心に恐怖だけを残して。
コリンヌとの決別から2週間。私は久々デパートでゲームをやる事にした。その時、ふとコリンヌが気になって様子を見に行く。するとどうだろう。そこは空のテナントで、なにも入ってなかったらしい。私は目をぱちくりとさせた。ありがちな怪異というのは、実際会うとこんなにも奇怪なのか。私はその時始めて知ったのである。急いで母に電話をした。誰でもいい。あれは何だ。この状況を否定してくれ。そう考えるうちに、電話は繋がる。
「おい、2週間ほど前ここで十万の人形を買うとかほざいたのを覚えているか」
きっと大丈夫、という私の期待はいとも簡単に崩れ去る事になった。
「あ?知らねえよんなもん。夢じゃない?」
そういえばそうだ。夢だ。夢ならこんな意味不明なことも受け入れられる。私は筐体へと駆け出した。子供を押しのける勢いで、とにかく走る。やがて私は狂ったように自分のIDコードをスキャンした。レベルが16のはずだ。これが夢ならば。レベルは17だった。私はあの日確かにあの場所に来た。もう一つもどうだと思ったが、やはりゲージは半分まで溜まっている。どういうことだ。あの日のことは、イリュージョンじゃないのか。まやかしではないのか。夢と現実の区別がつかないことの恐ろしさを、私はこの時知る。不思議だった。呪いを私は舐めていたのだと、痛感させられた。同時に、何処からか何かに睨まれたような気もした。
私にはそれがどうしても、コリンヌのうちに潜む、「メリイ」や「チャッキー」の部分が生み出した、計算づくめにバッドエンドに見えてならないのだった。
あれから何年かが経った。私はだいたい3ヶ月に一度、私はコリンヌの夢を見る。コリンヌは私をここまでまんまと引き入れたのだ。まるで、私の右足を掴んで泥沼に誘う如く。私に、チョウチンアンコウの光よろしく、美しさと包み隠した恐怖を小出しにし、結果私をはめた。ペテン師は、こいつの作者なんかじゃない。こいつ自身だったのだ。私は当時そう断定した。実際それはあながち間違いではないだろう。
あのテナントは実を言うと、ガラクタ屋にはもったいないほど広い。故に、今は体操教室が入っている。その中にはいつだかの泣き虫も居た。私はカードを取り出す。星4の星川みつき、レベル17の仮面ライダー雷、そして元気に舞う泣き虫。この広い空間。その全てが私にとってコリンヌの鏡合わせに見えてならないのだ。そうそう、あいつの値札、少しずつ安くなってるぜ。それが0になった時どうなるかなんて知りたくもない。
コリンヌはそれだけじゃないだろう。多分。だってあいつは、「メリイ」と「チャッキー」と「水銀燈」のディスペクターなんだぜ。俺が「闇のアイプリおじさん」なんていう小悪魔を、冗談まじりに演じている中、あいつは本当に本当に「ペテン師」になっちまったんだ。次は何してくるか、わからない。それから私はあの教室の前を通らないようにした。私にとってあの場所は嫌うべき場所だ。霊障の地だ。頼むから通らせないで欲しい。
思えば、この話のペテン師は誰だったのだろう。私の心を恐怖の底に突き落としたのは、だましたのは真にコリンヌだけだろうか。私によく分からない泣き顔で迫り、カードを取った挙句この体験をさせる婉曲的原因を作った泣き虫か、私にコリンヌを勧めた骨董商か、私にそもそもの欺き、という推論の線を与えた中共か、それともロマンチズムに溺れさせ、正常な判断を無くした人形師か。甘美な力で私を騙したコリンヌか。それともいや、ペテン師はあるいは私自身なのかもしれない。
その日から、私は一度もあの場所へ行ってない。そうそう、多分もうお気づきかと思うけど、私が引っ越すのは今の家の半径100m以内に、骨董屋と空きテナントができたからさ。
完