短編集 赤い帝国   作:デブレツェン

6 / 7
赤い帝国 〜第一話 瑕疵〜

 

私がこの国に入国したのは、真っ赤な陽光が輝かしい日だった。

入国管理局員が出迎える。私はこの国の噂とは裏腹に、そこそこの歓迎を受けているようだ。

「エブリン・ベイカーさんですね、ようこそ!赤い帝国に!」

作り物の顔だとわかっていても、悪い気はしない。私はぎゅっと鞄の革紐を掴むと、すたすたと歩き出した。

外の世界はこの国の噂でもちきりである。いや、もっと言えば、意見が極端に二極化しているのだ。あの国はダメだ、本当にまずい、というやつも居れば、生活と金に困らない素晴らしい国だと言う者もいる。少なくとも、私は今この瞬間後者を信じることに決めた。

だって前者には具体的に何がどういけないのかが書いていない。それを知りたいのに書いてくれないから、自分で確かめにきてしまったではないか。だがどうやらそうではなかったようである。

まず私を出迎えたのは、都会の煌びやかさに満ち満ちた銀色の摩天楼たちだった。人だかりの中、私の髪の毛を舞いあげて高速で列車が通り過ぎる。これが、赤い帝国。私は一瞬にしてそれを圧巻させられた。

聞く所この高速鉄道の全ては自動で、しかも無料らしい。労働時間も多くて8時間、短ければ午前中。休日も多い。その上で、安い食品は無料配布という一見聞くと天国であった。が、そんなこともない。この国にはいろいろ罠や裏があるのではと推論するもの(実際この国は独裁)も多く、しかも祖国はこの国に喧嘩を吹っ掛ける気でいるのだ。だから、私の目標はこの国の国力を図ることと、戦争目標の正当化に使えそうなネタを見つけることだった。目の前をもう一度電車が通り過ぎる。それでも私は人の波が波浪する中動けないでいた。赤い帝国に喧嘩を売る理由がなく、唖然としていたからだ。そうだ、ぼうっとしている暇はない。この不思議の国をどうにかして分析しなくては。白黒のタイルだけが一面寸分の狂いもなく単調に進められた床を歩くと、それが終わる改札が見えてきた。

「おや。観光客でしょうか」

急に、私に話しかける男があった。ぱっと振り返ると、男は朱色の派手な服と金色のサーベルを携えている。隣には似た身なりの少女がいた。

「貴方は…?」

「督戦隊の者です。」

私はそれを聞いて一瞬心の中では居竦まった。この督戦隊というのは、私たちの天敵だ。表情に少しでも臭い場所を晒せばすぐに見抜かれるだろう。

「ほら、挨拶したらどうだい?」

「督戦隊修習生の者です。よろしく。」

「野暮なことですが、お名前は?」

「……レイ」

そうか、できる限り自分の名前を韜晦しろという練習か。だが詰めには弱いらしい。そう考えればレイとやらはすこぶる督戦隊向きの人間といえよう。

「私はエブリン。よろしくね?」

「………」

だがレイは私の手をぱしっと払い除けると、小さな手で私の人差し指を開いた。そこには、紛れもなく小道具が仕掛けられていたのだ。

「へえ、さすが督戦隊だね。」

うすら暗い顔を向けるレイに構わず続けた。私はそれでも笑顔を崩さない。私がいつも使う常套手段だ。だいたい、これに反応できる人間は相当フィジカルが化け物か、そういう訓練を受けたか、だ。私の手の平には丸め込んだ薔薇の花があった。いつもこれを仕掛けてビックリさせる、仕掛けというかマジックなのだが。

「ベイカー様。貴女は赤い帝国についてあまり知らないと見えます。どうでしょう。ここはひとつ、私の修習生レイに案内してもらうと言うのは。」

私のさっきの動きを彼はそう解釈したらしい。いや、それは建前で私への監視だろう。油断はしたくないが監視がガキ一人ならば、案外簡単に切り抜けられるやもしれない、と思ってしまう自分がまたどこかにいた。そして、気づけば私は彼女の印鑑付き名刺を受け取っていたのである。

 

私にとって全てが刺激の強い者だった。噂と現実のギャップが凄すぎる。故に、高速列車もまた鬼が出るか蛇が出るかという、緊張の場でしかないのだ。加えて目の前にいるのが督戦隊のガキ。しかも、余計な保護者が何人かついているようだ。

(まあ、流石にな。)

しかしよく見るとやっぱりこの少女は勿体無い。うちの国ならば、きっとそこそこの子役にはなれたと思う。なんだろうか、私の小さなソースで言うならば。「レイチェル・ガードナー」という印象がぴたりと合うし、1番似てる。名前と通称も同じだし、そうだな。私の中ではこの子を小さなレイチェルと思うようにしよう。警戒する存在を、擬人化しておけば、仕事と娯楽の両立ができる。

とりあえず、腹が減っては戦はできぬと言うので、乗務員に頼んで私はこの国の売りでもある配布食料を貰うことにもした。だがレイはその手をまた払い除けると乗務員に札を突き出す。

「どうもありがとう。お気持ちだけ受け取っておく。でも、年下に奢ってもらうわけにもいかないわ。レイちゃんの分もおばさんが買ってあげる。」

だが彼女は首を横に振るばかりだ。わけを問いただすと、こっそりと耳に囁いた。

「だってそれが私の仕事だから。それにまずいんだよ、配布食料は。」

ああ、と思った。まあ大体の予測はついていたが、そんなもんだろう。流石にそれで味良しならば非の打ち所がない。非の打ち所がないシステムというのは、往々にしてそう見えているだけで、何処かしらに瑕疵がある。この場合、国への負担と味だろうな。

腹ごしらえを終えると、私はまた列車に揺られて次の駅へと向かった。駅では、またけたたましい人並みが跋扈している。私はそんなミステリアスな前哨基地を乗り越え、外へと出る。外からは、列車の風ではない、木枯らしとビル風の支配する世界だった。

「へえ、なかなかいいじゃん。また来よう。」

そうだ、私はあくまでも観光客なのだ。何か目星をつけた場所を指定せねば。

「……何処に行くか決まってないのか?」

「まさか」

とは言え、それも強ち間違いではない。どうすべきか。私は首都の中心部に鎮座する駅を振り返ると、音のない横断歩道を渡ってみた。ポケットに手を突っ込んで、とりあえず近場の公園へと向かう。ここは彼らが「革命を成し遂げた」場所らしい。ここは、処刑場の役割と同時に工場なんかもあった、いわばこの街の中心部だ。

しかし私は急に妙な胸騒ぎを感じて奥へと向かった。観光客を押しのける勢いで、日本晴れの公園を走り続ける。緑を踏み、足元の蟷螂を平気で潰すほど全ての神経はそこへと向いたのだ。森の奥、涼しい日陰の世界の向こうに、ありえない人工物を捉えてしまったのだ。それも、ものすごく怪しい。

「おい。」

引きとどめるレイをも知れず、私はその方角へと走り出した。そこには、小さくした石油タンカーのような城砦がずらり。白いフェンスと有刺鉄線で囲われている。間違いなく何か都合の悪い場所だ。

「ここは?」

しかしレイは私を乱暴に引き寄せると、顔を膨れさせて言った。

「早く離れろ。ここは、そうだな。原子力発電所のようなものだ。とても危険で、居てはいけない場所でもある。とりあえず立ち入り禁止区域ではあるから入らないでほしい。」

へえ。督戦隊ちゃんは嘘が下手くそだ。都市のど真ん中に原子炉が作れるものならば作ってみろ。なるほどわかった。ここはおそらく何某か都合の悪い場所だ。司令部なり、この国の裏なり、何か未曾有の宝が眠っている。さあ、行ってみようじゃないか。このガキをどうにか振り払って。

 

ホテルはそこそこ快適ではあった。だが、やはり普通のビジネスホテルだ。そういうわけで、奴を引き剥がすために行動しようと思ったが、どうやらこの国の短時間労働が裏目に出たらしい。人の気配は全くない。フロントぐらい警戒しておけばどうにでもなるだろう。

フロントには少し散歩をと言っておいた。さほど怪しまれはしない。だって、さっきの広場のすぐ近くのホテルだ。こうして私は性懲りも無くこの音のない横断歩道を渡り再びさっきの所と逢瀬を果たしたのである。

私はこっそりとインカメラにしておいてカメラを使い、例の施設の写真をこっそり撮る。そこは幸い、広場のオブジェを背にしたような配置だったので、さほど怪しまれていないだろう。

ここは夜でも人通りが多い公園だ。だが、こんな気味の悪い森の奥までくる物好きは少ないらしい。その時誰かの声がした。すかさず隠れると、どうやら彼らは何かを搬送しているようだった。それは、おそらく肉。外箱のイラストで、それはよくわかった。会話の内容は聞こえない。だがここが街中であり、食品を扱い、内陸部である以上絶対に原子力という線はないとわかった。私はその隙をついてフェンスを飛び越える。

「でさ、あのバカはな、あうあ、きいって馬鹿の一つ覚えみたいにっ…!」

なるべく静かにそいつらを始末すると、その箱の文言を読み解く。G級肉。この国で言う所謂無料配布食料だ。ここはそれを生産しているのか。そして、それの何が後ろめたいのか。まさかと思うが不味い肉が湧き続ける無限の泉でも持っているのかも知れない。これは、奴らにとって痛手になる情報のはずだ。奴らが死んだせいで開けっ放しになっているドアから、彼らの服を奪い事前に作った偽造の証明書とともに、私は堂々入り口から侵入したのである。

(なるべく怪しまれないようにしなくては。生体認証にはどう対応しよう。)

そんなことを考えていたが、杞憂だったようである。まあ、いくら多少の気密があるとはいえ食品工場にここまで力を入れる方が稀有だろう。銃を持った警備員も居たが、誰一人として止めない。こいつらダメだ。アホだ。まあありがたいのでいいが。

「最下層には承認が必要です。」

私はここにきて初めて引き止められた。だが、私にはこれがある。

「承認が必要かい?私は督戦隊から許可を得た。」

そうして、いつしか貰った印鑑付きのレイの身分証明書を提示する。そうすると、警邏の顔はみるみるうちに青ざめていったのである。

「これは失礼いたしました。督戦隊のお知り合いでしたか。誠に申し訳ございません。」

やっぱりアホだここの警備員。なぜ、共有していないんだ督戦隊の情報を。こんなガキの督戦隊の身分証明書が通用するとは。この国ではなくこの場所の無力さよ。とにかく、特に苦はなく地下に入ったのである。

 

地下には誰も居なかった。例外として、ロボットが居た。いや、居ないように見えたのだ。ただ、声だけが聞こえる。

「ひどい臭い……」

なんだこの異臭は。腐敗臭と、汗の臭いが混じったような吐き気を催す最悪な臭いだ。心なしか唸り声も何段か大きくなった気がする。その時彼女の足に何かがしがみついた。

「きゃあっ!」

つい声を荒げるが、特に何かに察知されることはない。それ以上に唸り声が大きいからだ。その手は、痩せ細ったか弱い手だった。真っ白に変色している。顔を見るまでは、シャイガイか何かと言われても疑わなかったろう。

「うう…ああ…」

「え、なに?貴方は誰?」

「うう…う…」

まともに話ができる精神状態じゃないのか?それとも。意図的にそう言うふうに作られたのか。

「ぎゃあ!」

その時、ロボットがそれに向かって鞭を振るった。よく見ると、私の左側は完全に牢獄だ。その奥では、延々とよくわからない単純作業や肉体労働が繰り広げられている。ホロコーストというものを、私は聞いたことがあるが、どうしてだろう。何故だかそれよりも残酷な運命を彼らが待ち受けているような気がするのだ。奥の方では死んだであろう人物を回収しているのも居る。そうだ、死後どうなるんだ。

「だあ!うああ!」

そして相変わらず話さない。情報を聞き出すには厳しいが、写真だけでも収めればどうにかなる。私はカメラを取り出すと、その写真を何枚か撮った。やることはやった。早くずらかろう。

しかし、また牢獄の手が私を引きとどめるのだ。どうして。私は急いでいるのに。

「ごめんなさい、後で助けるから」

だがそのシャイガイのような者は一向に唸り声を止ませないのだ。痺れを切らした私は叫ぶ。

「じゃあどうしたいのかどう思ってるのか、全部言ってよ!」

一瞬唸り声が全て止まった気がした。この世界には私とそれだけで、そこに意思疎通をできない大きすぎる壁がある気すらした。その時、私のカメラを銃弾が貫く。

「無駄だよ。そいつらに言葉が通じる訳がない。だってそいつらビョーキだもん。」

そこに居たのは金髪とブルーアイに、赤い督戦隊の服をきたレイチェル・ガードナー似の少女−レイに他ならない。彼女はトカレフを投げ捨てると、私に向き合った。

「レイ……?」

「あーあ。赤い帝国の秘密、見ちゃったかあ。」

目と、手折られたサーベルの柄に彼女の本気が映っている。生かして帰らないという断固な意思が。

「でもね。エブリンお姉さん。私はね、本当に本当に貴女のこと好きだったんだよ。だからこそこうやって殺らなくちゃいけないの残念。最後に、貴方が国家連合の諜報員『ファロ・レディ』だっていう証拠を残してくれてありがとう。」

まさか。あの食肉処理員というのは囮か?となると警備が甘いのもあんな証明書程度で開いたのも全部罠か?私は舐めてた。赤い帝国という国を。

「ああ、すべてわかったって顔だね。そうだよぜーんぶ私の指示!やったよ!エブリンお姉さんを騙せた!これで立派な督戦隊になれる!」

きゃぴきゃぴとしどけない笑顔を浮かべる一方、私は絶望へと顔を落としていった。彼女にとって国家連合のものを罠に嵌めるのは快感だったらしい。だが、私にだって策はある。

「ビョーキってどういうこと?教えてほしいな督戦隊のレイちゃん。」

「えーやだ」

「やだなんて言わせねえよ。」

そう言い、私は後ろに纏めておいた髪の毛からデザートイーグルを出す。彼女の顔色が変わった。彼女のトカレフにはおそらく弾が入っていない。トカレフは構造に欠陥がある。あんな強い衝撃を加え、暴発しない訳がなかった。仮に取りに走っても大丈夫。

「サーベルで私に抵抗する?」

「……どうだろうね。」

引き金を弾くときゅうん、と金属の軋轢音が響いた。そして私は徐に続ける。

「ひとおおおおつ!」

レイはどうやら意味を理解したようだ。慌ててエレベーターに戻ろうと走り出した所でもう一発。

「ふたああああつ!」

私は容赦がない。こういうガキにも等しくだ。

「待ってお姉さん、話をしよう…撃たないでお願い…!」

目には涙を浮かべ、青ざめた顔をこちらに向けると少しずつ近づく。

「それ以上近づくな。」

「……わかった話すよ。ここはね、ビョーキのやつらと、政治犯とを閉じ込めて労働させる場所。お前みたいなっ!」

卒爾のことだったので私は一瞬反応が遅れた。直撃は免れたが、あんなにリーチがあるなんて。かわいそうなので致命傷回避にしてやろうか。バンバン、と二発撃つと、彼女の腹と腕に大穴が空いた。元々赤い服が、さらに赤黒く滲み出す。ああ、そうだ。これが美しいのだ。

「かわいいレイ。そしてなんて哀れ。」

痛みと失血のあまり気を失い、ハイライトのないレイの頬をなぞると、それをエレベーターのドアに放る。上からレイの体にかけてベッタリと血糊が付いた。そしてそれを指で救って少し舐めると、物言わぬレイに言い放った。

「みっつ。」

 

私はレイの動かない体を放置すると、そのままカメラの破片へと向かった。

「しめた、SDカードは無事。」

今度こそ帰ろうとしたその時。ようやっと警報が鳴り始める。その時とんでもないことに気づいた。

「エレベーターが、開かない…」

血糊のせいか、システムか。エレベーターが動かないのである。

「こんな時に…」

だが、その時誰かが奥で手を拱いているのが見えた。デザートイーグルを向けながらそいつに近づく。彼は好青年だった。

「やあエブリン・ベイカーさん。私は、レジスタンスの学生。ジョーカーとでも名乗っておきます。」

ジョーカーは私に近づくと、向こうを指差していった。

「あっちに脱出口があります。早く。」

「待って。」

私は一旦引き止めた。そして、証拠の提示を求める。

「ああ、これは私の作ったマップと、通う学校の学生証、レジスタンスの紋章です。」

ああ、そうか安心した。こいつは本当に素人丸出しのレジスタンスだろうな。

「ねえ、ここはどう言う所なの?全貌が掴めない。」

彼は鉄筋の階段を駆け上がりながら答えた。

「ここはいわば強制労働場です。この国ではほとんど働く必要がありません。何故ならば彼らがやってくれるから。」

「ここに閉じ込められている人の特徴は、政治犯と、あとビョーキって……」

彼はこちらを見据えると、中々にいたい一撃を放ってくれたのである。

「あんたスパイなら気づいてたと思ったよ。」

「いいから続けなさいよ。」

私の口調に、多少苛々のニュアンスが含まれたからか、ジョーカーは話を逸らすように続けた。

「知恵遅れって知ってますか。古い言い方ですが。あと、ADHDやアスペルガー、自閉症もそうです。」

「ビョーキってそれのこと?まさか。」

「そのまさかですよ。そう言った先天的な障害を持つ方は、まず口封じに両親を殺されるか金で黙らされるかする。そして、ここで働かされる。動かなければ鞭で殴られ、飯は殆どなし。」

「ひどい…」

とても、障がい者への理解が進みきった現代とは思えない。合理的なのか、非効率的なのか。いずれにせよ非道極まる行動なのは確かだ。

「あ、そうそう。お気づきかもしれませんがビョーキには他も含まれますよ。」

私はそう言われて、今日の出来事をもう一度総合して見てみたら。そうだ。あるはずのものがない。

「白黒のタイルだけが一面寸分の狂いもなく単調に進められた床、音のない横断歩道……っていうのは……」

そうだ。よく考えるとこの国の中枢部にも関わらず、駅にも広場にもどこにも点字ブロックがないではないか。横断歩道も、音が鳴らない。目が見えないなら如何に渡れようか。

「ああ、やはり鋭い。そうです。盲目、聴覚障害に四肢の欠損それらすべてが彼らの鏖殺の対象という訳でございます。所であなた、配布食料食べました?」

「いいえ。」

「それは幸運だ。こんな劣悪な環境で耐えれるはずはない。死んだものから処分されます。その際、リサイクルする訳です。おめでとう。配布肉の正体は、彼らの成れの果てでございます。」

ああ。なんてことだ。神よ、こんなことが許されていいのか。思えばレイは私に懐いていたが、それは本当かもしれない。だって、わざわざ自分の金を出してまで、私にこの肉を食わせることを回避していたのだ。かこかこと五月蝿い鉄の階段をまだまだ登る。しかし私は嗚咽と悲しみの涙を我慢できなかった。下から響く呻き声が、自らの運命を嘆くゴスペルに聞こえてならないのだ。

「……」

私が見つけたのは、運命ではない。システムでもない。ただ、この国の化けの皮を剥ぐ道具。いつだか言ったはずだ、何と言ったか。そうそう「非の打ち所がないシステムというのは、往々にしてそう見えているだけで、何処かしらに瑕疵がある」というものだ。この仕事は、私に託されているのだ。この瑕疵を伝えられるのは私だけだ。

私は涙に顔を濡らしながら、いつまでも続くような長い長い階段を、もっと早く駆け上っていった。

 

 

 

 

続く

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。