一夜が明けた。満点の星空は消え去り、太陽が輝く青空となった。
姫島家の玄関では、クラマとオーフィスが姫島家と別れを告げようとしていた。見送りには朱璃と朱乃が出てきている。バラキエルは既に家を出て行ってしまったようだ。
朱乃はうつむきながらクラマに言う。
「クラマくん行っちゃうの?」
「うん。いつまでもここにいるわけにもいかないし」
そう、クラマはいつまでも普通の食性の者と一緒にいるわけにはいかない。
前にも説明したが、クラマ―――
そろそろ限界なのだ。すでに起きてから数時間が経っているの。腹が減っているのだ。早くオーフィスを食わなければ、目の前にいる姫島親子を襲って喰ってしまう―――そればかりがクラマの頭をうめつくしていた。
「じゃあ、ね………朱乃ちゃん」
「………また会えるよね?」
「お互い生きていれば必ず会えるよ」
「うん………バイバイ、クラマくん」
「バイバイ、朱乃ちゃん」
視線を朱乃から朱璃に移すクラマ。
「じゃあね、朱璃お姉さん」
「またいらっしゃい。いつでも待ってるからね」
「うん………」
朱璃の言葉を聞いたクラマはオーフィスの手を引いて歩き出した。一度も朱璃と朱乃の方を振り返らず、そのまま境内を歩んでいった。
「母さま、またクラマくんに会えるかな………?」
二人を見送った朱乃が、不安そうに朱璃に訊く。
「会えるわよきっと。それまでに花嫁修業を終わらせないとね」
「か、母さまっ!!」
「ふふっ♪」
姫島親子がこのような会話をしているのはクラマは知らないし、知る由もなかった。
†††
クラマとオーフィスは神社の近くの森に来ていた。辺りは静まり返っており、クラマとオーフィス以外には誰もいないようだ。
「ごめん………もう我慢できない!!」
「ん………」
オーフィスは腕を差し出す。差し出された腕をクラマは一心不乱に喰らい始めた。もともと限界だったのだから、仕方のない事だろう。
まずは指を、それから手首。そして最後に程よく肉の乗った腕を喰らう。オーフィスがクラマが自らの腕を食っているのを無表情で見続けていた。
腕を喰らい終えたクラマは、まだ新しい血の匂いを察知した。近辺で戦闘かなにかあったのだろう。
クラマがオーフィスに訊く。
「近いね………オーフィス、行ってもいい?」
「ん」
同意を得たクラマは、オーフィスの腕を引いて血の匂いがする方へ走り出した。無造作に生い茂る木々を右に左に走り回って避ける。偶にある岩は跳躍、もしくは迂回して避ける。その速度は常人の目には映らない程の速さだ。
走り出して数秒で目的地に到着した。そこには、血だらけで倒れている白髪の少女をかばうようにして立つ黒髪の少女がいた。
二人から少し離れたところには、豚みたいに太った男とその取り巻きが数名いた。どうやら少女二人を襲っているようだ。
「オーフィス、あれは?」
「悪魔」
「おー………あれが悪魔なんだ。なんていうか………ブサイク?」
クラマは首を傾げながら言った。
そう言うのも無理はないだろう。太った男が引き連れいている悪魔も、醜悪という表現が似合う面構えなのだから。体系もデブとガリの二択。普通がどこにもない。
「あれ? なんであの女の子は猫の耳が生えてるの?」
「二人、猫又。妖怪」
「妖怪………おぉ………」
そう呟くクラマの視線は、少女二人に生えている猫耳と猫尻尾に釘づけだ。どうしても猫耳と猫尻尾が気になるようだ。
猫耳がピクピク動くたびに目を輝かせ、猫尻尾がふりふりと左右に振られるたびに顔を頭ごと動かして目で追っている。
「いいなぁ………モフモフしたいなぁ………」
「捕まえればいい」
「なるほど」
良いことを聞いた、とばかりに目を輝かせるクラマ。どこか二人の感性はずれているようだ。
二人は先程以上の速度で駆け出し、少女二人の前に躍り出た。そしてクラマは黒髪の少女に向かって言い放つ。
「その耳と尻尾をモフモフさせて!!」
「え………?」
黒髪の少女は目をパチクリさせている。何を言っているか理解ができなかったのだろう。まさか悪魔に襲われているこの状況で、耳と尻尾をモフモフさせてくれなどと言われるとは思わなかったのだろう。
「なんだ貴様?」
「話しかけないでブサイク。今忙しいんだから」
「ぶ、ぶさ………が、餓鬼が!!」
ブサイクと言われた悪魔は激昂し、魔力の塊をクラマに向かって撃ち込む。その瞬間オーフィスがクラマの前に移動し、手を横なぎに振るった。
ただ手を横なぎに振るっただけ。それだけで悪魔が放った魔力の塊が消えた。
「クラマ、無事?」
「うん。ありがとう」
そんな二人のやり取りを見る黒髪の少女は顔を盛大に引き攣らせていた。悪魔が放った魔力の塊は、黒髪の少女からしてみれば凄まじいものだったのだろう。
「クラマ、傷つける。我、許さない」
オーフィスはそう言うと、漆黒の魔力を手から放った。放たれた魔力は周囲の木々をなぎ倒しながら悪魔たちに迫っていく。
悪魔たちは防御術式のようなものを形成するが、まるで意味をなしていない。形成された防御術式ごと漆黒の魔力は消しとばしていったのだ。
この光景を見た黒髪の少女は気絶をしてしまった。さすがに脳内で処理できなくなったのだろう。いや、もともと消耗していたのが原因なのかもしれない。どちらにせよ、気でしたのには変わりがない。
「あー………食べたかったなぁ………」
先程まで興味深々だった黒髪の少女から目を離し、悪魔がいた方を見ながらつぶやくクラマ。相変らず未知なる食糧を探求するのが好きだ。
「ごめん」
「でもオーフィスは僕のことを思ってやってくれたんでしょ?」
「ん」
「それならいいよ」
「ん」
心なしか嬉しそうなオーフィス。クラマに許されたのが嬉しかったのだろう。もともと怒っていなったので「許す」という表現もおかしいかもしれないが。
「それにしても………どうしようこの二人。耳と尻尾は触りたいけど………」
「連れて行けばいい」
「なるほど」
名案だ―――と言わんばかりに目を輝かせるクラマ。やはり先ほどの猫耳と猫尻尾は気になっているようだ。
クラマが白髪の幼女、オーフィスが大人の姿に変化して黒髪の少女を背負った。だがそこでクラマは重大なことに気づいた。
「でも家がないんだよね………」
「ある。―――ほら」
オーフィスがそう言った瞬間、木の上に小さな小屋が現れた。オーフィスが魔力で創造したのだろう。さすが龍神様だ。
「おぉ!! 早速行こう!!」
「ん」
クラマは木をひょい、と登って行った。
普通の少年ならいくら幼女とはいえ、人を一人背負って木を上るのは不可能だろう。だが忘れてはいけない。クラマは
小屋はワンルームだった。一切の家具が存在せず、立方体の空間が存在しているだけ。ただ玄関らしきものはあるので、二人はそこで靴を脱いだ。
黒髪の少女と白髪の幼女を床に寝かせた二人は、そのとなりに座り込んだ。
「はぁ………疲れた」
「お疲れ」
「うん。オーフィスもさっきはお疲れ様」
「えっへん」
そう返事をして胸を張るオーフィス。そしてそれを少し驚きながら見るクラマ。
今まであまり感情豊かではなかったオーフィスが、胸を張るというモーションを起こしたのだ。クラマからしてみれば驚愕ものだ。
始めこそ驚いていたクラマだが、すぐに笑顔になった。オーフィスが少し自分に心を開いてくれたと思ったのだ。
一息ついて白い髪の子を改めて見たクラマが言う。
「お、オーフィス………白い髪の子が死んじゃいそうだよ!!」
「治す?」
オーフィスはなんともないように答える。
「治せるの?」
「ん」
オーフィスは白髪の幼女の胸元に手を添えた。そして手から漆黒の魔力を放出する。放出された魔力は徐々に蛇の形を形成していき、蛇の形になると白髪の幼女の口から身体に入り込んでいった。
するとどうだろうか。幼女の身体についていた膨大な量の傷が消えていくではないか。
「ん、んん………にゃん?」
「起きたの?」
「にゃにゃっ!? さ、さっきの!!」
ちょうど白髪の幼女の傷が全て治ったタイミングで黒髪の少女が目を覚ました。そして自分を覗き見てくるクラマを指さしながら叫んだ。
「怪我は無いの?」
「う、うん………」
よし、とうなずいたクラマは爆弾を放った。
「早速だけど、さっきの耳と尻尾を触らせて!!」
「え………?」
「だから、さっき出してた猫の耳と尻尾だよ」
「え………? ―――ってそんなことより白音は!? 白音はどこ!!」
「そ、そんなことって………白い髪の女の子ならそこで寝てるよ」
少女二人を助けた一番の理由をそんなことで片付けられてしょげるクラマ。
「白音!! よかったぁ………よかったよぉ………」
しょげているクラマを無視して白髪の少女―――白音を抱きしめる黒髪の少女。無視されたクラマはオーフィスによしよし、と頭を撫でられて慰められていた。
ひとしきり白音に抱きついた黒髪の少女は、クラマとオーフィスに向き直った。ちなみに、白音は床に寝かせられている。
「取り乱したにゃん。あらためて礼を言うわ。ありがとう」
「う、うん………」
「どうかしたの?」
「なんでもないよ………」
まさか猫耳と猫尻尾をモフモフしたいが為に助けたとは言えない。故にクラマは少しどもってしまった。
「それでお姉ちゃんの名前は?」
「黒歌よ。よろしくね、えーっと………」
「喰喇嘛だよ。クラマって呼んでね」
「よろしくにゃん、クラマ」
「よろしくね、黒歌お姉ちゃん」
「―――ッ!?」
クラマに「黒歌お姉ちゃん」と呼ばれた黒髪の少女―――黒歌は息を呑んだ。そしてそのままクラマに抱きついた。
「かわいい!! もうっ、かわいすぎぃ!!」
「わわっ!! や、やめてよぉ」
「いーや♪」
ここで幸いしたのが、クラマが既にオーフィスの腕を食っていたことだ。腕を食っていなかったら、黒歌はクラマに食われていただろう。
傍から見ればクラマと黒歌のやり取りは仲の良い兄妹のそれである。そしてそれを眺めているオーフィスが混じりたさそうにしているのは気のせいではないだろう。
しばらくして落ち着いたのか、黒歌はクラマを抱きしめるのをやめた。だが自分の膝の上に座らせて後ろから抱きかかえている。うらやましい事この上ない。
黒歌が落ち着いたので、クラマは黒歌からどうして悪魔に襲われていたか訊いた。黒歌の返事は、クラマからすれば放っておけるものではなく、絶対に許せないものだった。
黒歌は猫又という妖怪で、その猫又の中でも珍しい
最初は仙術を使い悪魔を押していたが、黒歌には致命的な弱点があった。それは妹である白音の存在だ。その白音を悪魔に人質に取られた。どうにかして白音を奪還したが、黒歌は満身創痍だった。
そしてこのタイミングでクラマが登場したのだ。そこからは先ほどあった通りだ。クラマが悪魔共を喰らい、戦いは終わりを告げた。
「まぁ助かったってこと。あらためて―――ありがとう」
「うん、黒歌お姉ちゃん」
「あーもうっ!! かわいいんだから」
「わっぷ!? 苦しいよぉ………」
「ごめんごめん」
どうやら黒歌はクラマのことが気に入ったようだ。クラマはクラマで黒歌のが気に入っているので相思相愛―――なのだろうか?
黒歌に上目遣いでおねだりをするクラマ。
「黒歌お姉ちゃん………耳と尻尾………触らせてよぉ………」
「うっ………わかったにゃん。―――ほら」
ついに黒歌が折れて、猫耳と猫尻尾を生やした。猫耳と猫尻尾を出してクラマが触りやすいようにクラマを一層強く抱きしめる黒歌。
「わー!! ふわふわだぁ………」
「ん………んんっ!!」
クラマに尻尾を触られて嬌声を上げる黒歌。尻尾を触っているだけなのにこのありさまだ。もし―――これ以上言うのはやめておこう。
撫でたり、握ったり、頬ずりをしたり―――様々なことを耳と尻尾にする。そのたびに黒歌から嬌声が上がるが、クラマは喜んでると勘違いをしている。いや、勘違いではないのかもしれない………
オーフィスに関しては白音の頬を人差し指でツンツンとつついている。プニプニとした感触が気に入ったようだ。
「ふぁぁぁ………なんだか眠くなってきちゃったよ………」
「はぁ………はぁ………寝てもいいよ? にゃはは」
「うん。おやすみぃ………」
黒歌の膝を枕にして眠りに入るクラマ。それを確認して少しいやらしい笑みを浮かべる黒歌。少しクラマの貞操が心配だ………
「つんつん。やわらかい」
オーフィスはいまだに白音の頬を人差し指でつついていた。
文章表現の変な場所があったら教えてください。
2015/02/06 誤字修正。