喰種は無限龍神に寄り添う 【凍結】   作:-Msk-

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八喰目 淑女

 クラマの前に現れた男は、冷や汗を流しながら悪態をついた。変態でも本能で察したのだ。下手なことをすれば殺されると。

 

 クラマは察した。こいつは生かしておくと面倒なことになる変態だと。

 

 そんな考えをもつ二人が対峙し、何が起きるかというと―――

 

 

「ばいばいきーん☆」

「逃がすか」

 

 

 ―――リアル鬼ごっこが始まる。鬼はもちろんクラマで、逃げるのは男。

 

 捕まったら即捕食の命懸けの戦い(ゲーム)が、今ここに開始された。

 

 先行するのは男。後ろを一切振り向かずに走り出す。それを追うのはクラマ。一切無駄のない綺麗なフォームで走っている。

 

 だが考えてもらいたい。まともにやりあって、人間が喰種(グール)から逃げられるだろうか? 答えは否。断じて否だ。

 

 クラマに男にすぐに追いつき、右腕を腹に目がけて突き出す。

 

 

「うげぇっ!? ま、ジか………」

 

 

 腹をクラマの右腕に貫かれた男は、痛みから足をもつれさせて転んだ。

 

 クラマはそれを見ながら手についた男の血を舐める。―――が、すぐに唾と一緒に吐き出した。

 

 

「不味い………こんなに不味いのは初めてだ」

 

 

 今まで食べたどんな(もの)よりも不味かったのだ。理由はわからないがとにかく不味い。

 

 唾を大量に掃き出し、どうにか口内に纏わりついた気持ち悪さをなくした。

 

 尾赫(びかく)を一本生やし、いざ男を捕食しようとしたクラマだったが―――すでに男は逃げ出していた。いや、()()()()()。何者かが転移させたのだ。

 

 逃げたならわざわざ追う必要はないか―――そう考え、教会から離れようとした時だった。

 

 

「クラマくん………ですよね?」

 

 

 先ほどまで紅髪の少女の隣にいた黒髪の少女がクラマに声をかけた。

 

 クラマはゆっくりと声がした方に振り向く。そして驚愕した。

 

 

「朱、乃………?」

「やっぱりクラマくんなのね………!!」

 

 

 黒髪の少女―――朱乃は、クラマに駆け寄り、抱き付いた。それを黙って受け入れるクラマ。いや、受け入れたというよりも動けなかったのだ。

 

 困惑―――そればかりがクラマの頭の中を埋め尽くしていた。この数年、一切出会うことのなかった朱乃とこの歳に、しかもこのような形で再開するとは思わなかったのだ。

 

 クラマは感情を抑えて、いつも通りの声音を心掛けて言う。

 

 

「どうしてここに?」

「………私、悪魔になったの」

「自分の意思なのか?」

「うん………」

「そうか」

 

 

 平然と返事をするクラマ。朱乃と会話することによって、落ち着きを取り戻し始めた。

 

 クラマは、やんわりと抱き付いている朱乃を離しながら言う。

 

 

「じゃあな」

「待って!!」

 

 

 クラマの別れの言葉を聞くと、すぐに手を握って止める朱乃。そして上目遣いで続ける。

 

 

「また置いていくの?」

「また? それは違うだろ」

「………さ、行きましょう」

「待て、なぜ目を逸らす。おい、引っ張るんじゃない!!」

 

 

 クラマに指摘され、目を逸らした朱乃はぐいぐいとクラマの腕を引っ張って歩き出す。そしてスマートフォンを取り出して、二言三言話すと満面の笑みをクラマに見せて言う。

 

 

「家に帰りましょうか」

「………そうだな。家に帰るからこの手を放せ」

「あらあら、目的地は一緒でしょう?」

「まさか………」

「お邪魔しますわ」

 

 

 そう言って、とてもイイ笑顔をクラマに見せる朱乃。そんな朱乃を見て顔を引きつらせるクラマ。

 

 朱乃はクラマの手から手を離し、今度は腕を組んだ。そして組んだ腕を抱きしめるように引き寄せた。

 

 腕が朱乃の豊満な胸に包まれるが、クラマは一切表情を崩さない。この程度は黒歌にほぼ毎日やられているので慣れてしまったのだ。

 

 後ろから抱き付いてくるのは当たり前。そのまま胸を押し付けるのも当たり前。風呂に突入されるのも日常。浴槽に無理やり入ってきて抱き付いてくる時だってある。そんなアダルティで素晴らしくて羨ましい体験をしているのだ。今更腕を胸に包まれてた程度では動じない。

 

 腕を組みながら朱乃がうふふ、と笑っているのを横目にクラマは深くため息を吐いた。

 

 

 

†††

 

 

 

 自宅に帰った―――というよりも連行されたクラマは、現在の状況に頭を抱えていた。

 

 コの字に並べられたソファの真ん中にはクラマが座っている。さらに、その膝の上にはオーフィスが、隣には白音が座っている。そして対面するように黒歌と朱乃がそれぞれ一人ずつ座っている。

 

 修羅場―――現在の状況を例えた最も当てはまる言葉だ。

 

 黒歌の背後にはドス黒いオーラを纏った虎が、朱乃の背後にはドス黒いオーラを纏った龍がいるかのように錯覚するほど、空気が張りつめている。

 

 どうしてこうなった? ―――と、問われればクラマが原因としか言いようがない。

 

 睨み合いの状態を壊したのは朱乃だった。

 

 

「先にクラマくんと知り合ったのは私ですわ!!」

「それがどうしたの? 私はクラマが小さいときからずーっと一緒に暮らしてたにゃん!!」

「それが何か? 私は一緒にお風呂に入りましたけど?」

「私だって一緒に入ったにゃん!!」

「「むぅぅぅ!! クラマ(くん)、どっちを選ぶの!?」」

 

 

 鬼気迫る表情でクラマに詰め寄る二人。

 

 

「一先ず落ち着け。まずはそれからだ」

「「いたっ!!」」

 

 

 詰め寄ってきた二人の頭に手刀落とすクラマ。もちろん軽くだ。力を入れたらそのまま頭がパカーンとなりかねない。

 

 黒歌と朱乃がもめている理由は、どちらがクラマのことをよく知っているか、深い関係にあるかだ。

 

 普通に考えれば、ここ数年間を共に過ごしてきた黒歌だ。というよりも朱乃に介入の余地はほぼないだろう。

 

 クラマからしてみれば、朱乃は『不思議な雰囲気をしていた人間に襲われていた少女』程度の認識だ。幼いときに自分と同じ経験をさせたくない一心で助けただけであって、別に他意があったわけではない。

 

 朱乃がどうしてもその座を譲れないのは、クラマにぞっこんだからだ。

 

 今まさに自分と自分の母親が殺されかけているところにさっそうと現れ、返り討ちにして自分と自分の母親を助けてくれた。そんな相手を他人と見れるだろうか? 

 

 朱乃が出した答えは否だった。そう―――惚れたのだ。

 

 クラマと再開するまでのここ数年間は必死に花嫁修業をした。料理、洗濯、掃除、マナー、そして夜伽。妻としてクラマに寄り添うために、ありとあらゆることを母であり、先輩(ひとづま)である朱璃から学んだのだ。

 

 それは無駄ではなかった。朱乃は大和撫子を連想させるほど、可憐な少女になった。

 

 黒歌は黒歌で、クラマにぞっこんだからだ。

 

 黒歌も朱乃と同じで、これまた命―――人生を救われた。

 

 姉妹そろって無理やり上級悪魔の眷属にされかけているところをクラマが助けた。さらに助けてから今の今まで一緒に一つ屋根の下で暮らしてきた。朱乃に比べてアドバンテージがあるのは当然だろう。

 

 だが忘れてはいけない。二人よりさらに昔から、なおかつ自らの身体を食糧として喰らわせている者がいることを。

 

 オーフィスだ。オーフィスこそクラマのことを最も知り、深い関係にある。

 

 オーフィスがクラマを求め、クラマはオーフィスを求めた。ただそれだけだ。それだけ故に深い。単純明快―――だからこそ深いのだ。

 

 だがそんな単純なことが黒歌と朱乃の頭には入っていない。目の前にいる泥棒猫のことしか考えられていないのだ。

 

 クラマがはぁ、と息を吐いて言う。

 

 

「どっちを選ぶと言われてもどういう趣旨なのかがわからなければ答えようがない」

「「どっちがクラマ(くん)のことを知ってるか!!」」

 

 

 黒歌と朱乃が声をそろえて即答する。それを聞いてクラマは頭を抱える。

 

 

「そんなもの俺が知るか。お前たちで決めろ」

 

 

 クラマはそう言い、オーフィスを抱え、白音と一緒にリビングを後にした。

 

 黒歌と朱乃だけになったリビングからは、しばらく騒がしい声が聞こえてきた。

 

 

 

†††

 

 

 

 朱乃がクラマの家に襲来してから一夜が明けた。

 

 結局、黒歌と朱乃の戦いは和解という形で収まった。

 

 朱乃は朝一番で自宅に帰った。朱乃はクラマたちと違って学校に通っている。登校の準備をするために帰ったのだ。………それだけではない可能性の方が高いが。

 

 朝食を食べ終えたクラマは、一人で喫茶店へ向かっていた。ちなみにオーフィスは黒歌と白音と修行をしている。

 

 久しぶりに一人になったクラマは、ゆっくりとコーヒーでも飲もうと、いつも白音と一緒に行っている喫茶店へ向かった。

 

 喫茶店に入ったら、カウンター席に座ってコーヒーをブラックで頼み、コーヒーが来るまでじっと手を組んで待つ。

 

 コーヒーがきたら、ミルクやガムシロップなどを一切入れずにそのまま一口。ミルクやガムシロップなどの雑味を入れてしまうと、喰種(グール)であるクラマには飲めなくなってしまうからだ。

 

 ふぅ、と息を吐いてカップを置く。ふと外を見ると、金髪をツインドリルにしている少女と目が合った。その少女は、どこかのお嬢さまを連想させるような雰囲気を纏っていた。

 

 だがクラマはそうとは思えなかった。なぜなら―――目があった瞬間、顔をほんのりと赤く染めて獣じみた目をしたからだ。

 

 クラマが目を逸らすと、少女はここぞとばかりに喫茶店へ入る。店員と二言三言かわし、そのままクラマの横の席に座った。

 

 少女が恐る恐るクラマに声をかける。

 

 

「あ、あの………」

「どうした?」

「ここに来るのは初めてなのですが………何かオススメはございますか?」

 

 

 少女の受け答えはお嬢さまのそのもの。だが、どこか怪しい。というよりも人間ではない―――悪魔なのだ。

 

 クラマは何度も悪魔を捕食しているので、悪魔特有の気配というものを知っている。その気配が隣にいる少女からするのだ。

 

 

「そうだな………季節のケーキなんてどうだ? 紅茶と合うはずだ」

「ではそれにしますわ」

「…………………………」

「…………………………」

 

 

 二人の間に微妙な空気が流れる。少女は微笑を浮かべたままクラマを見るばかりで、店員を呼ぼうとしない。

 

 数秒後、やっとクラマが察したようで、少女へ言う。

 

 

「店員はそこのボタンを押せばくる」

「まぁ!! そのような仕組みでしたのね。では………」

 

 

 ピーンポーン、というチャイム音が店内に鳴り響いてから数十秒後、店員がオーダーをとりに来る。

 

 少女はクラマに進められた通り、季節のケーキと紅茶を頼んだ。

 

 クラマはそんな少女を見ながらコーヒーを飲む。ただ、少女をみる目が鋭いのは警戒しているからだろう。

 

 そんな鋭い目で見られても全く気にしていない少女。いや―――ほんのり顔が赤くなっている。

 

 クラマは鋭い目のまま言う。

 

 

「お前みたいな悪魔は見たことがない。なぜ駒王にいる?」

「ぁんっ!! ―――失礼しましたわ。兄が近々こちらへ来るのですが、その下見として参りましたの」

 

 

 少女の返事を聞き、クラマは警戒の色を濃くする。

 

 頬に嫌な汗がツーと、流れる。確信したのだ。少女は、こいつは―――変態だと。そして、また変態かと。

 

 表情に出てはいないが、クラマは結構焦っていた。隣に座って自分と会話している少女と、自分の幼かった頃の黒歌と雰囲気が似ているからだ。

 

 コト、と音を立てて少女の手からカップがテーブルに置かれる。そしてその流れで口を開いた。

 

 

「自己紹介をしていませんでしたわね。私の名はレイヴェル・フェニックスですわ。以後、お見知りおきを」

「あ、あぁ………喰喇嘛だ。クラマと呼んでくれ」

「クラマさまですね。覚えましたわ」

 

 

 クラマさま、だと………? ―――そう思いながら、顔が引き攣りそうになるのをクラマ。

 

 無表情をつくりながらコーヒーを飲もうとカップを掴むが、大分軽くなってしまっている。どうやら飲み干してしまったようだ。

 

 カップを掴んだ手を引っ込め、そのまま頬杖をついた。考えていることはただ一つ。―――どうすれば被害が来ないか。ただそれだけ。

 

 

「あ、あの………」

「―――ッ!? なんだ………?」

 

 

 レイヴェルの声に過剰に反応するクラマ。その一言一言を集中して聞き、自分に被害が及ばないように本気で警戒しているのだ。

 

 

「私のご主人さまになってくれませんか?」

「………は?」

 

 

 レイヴェルの提案に一瞬目が点になり、反応が遅れたクラマ。そんなクラマを放って、一人目をキラキラと輝かせて、なおかつ頬を赤く染めながらレイヴェルが言う。

 

 

「一目見た時から確信しましたわ。あなたは―――クラマさまは私のご主人さまにふさわしいお方だと。目があった瞬間に股のあたりが、じゅん!! ってなりましたの。それからもずっとウズウズして………先ほど睨まれたときなんてもう!! どうにかなりそうでしたわ!! ですので、私のご主人さまになって毎日私のことをいじめてください。睨むだけではなく、ムチやロウソクなどもどんどん使ってください。あぁ、ギロチンなんかもかなりの刺激が………」

「………ギロチン?」

「そこに目をつけるとはお目が高いですわ!! 私はフェニックスの一族の者ですので、四肢を切断されても再生するので問題ないのです。むしろその時の痛みが………!!」

 

 

 四肢を切断しても再生するということは、俺が喰らっても問題ないのでは? ―――そんな考えがクラマの頭に浮かぶ。

 

 もちろん、オーフィスに飽きたわけではない。―――が、オーフィスには普通の人間と違うところがある。それは血が出ないことだ。

 

 血は調味料だ。素材である肉を引き立てる塩コショウだ。だが調味料であるのと同時に飲み物にもなる。水やコーヒーとは違う、言うなれば酒のようなものだ。自分の気分を高ぶらせたりするのだ。

 

 悩み、悩んで、悩む。

 

 自らの欲望のために変態の主人をやって良いのか。ご主人ということはレイヴェルと一緒に住まなければならないのでは? そうだとしたらオーフィスたちを説得しなければならない―――そんな考えがグルグルとクラマの頭を駆け巡る。

 

 そしてクラマが出した結論は―――

 

 

「とりあえず親の承諾を得ろ。まずはそれからだ」

「わかりましたわ!! 絶対に承諾を得ますの。待っててくださいね、クラマさま!!」

 

 

 レイヴェルはそう返事をして喫茶店を出ていった。もちろん、代金は払っていった。

 

 うまく誤魔化せたな―――そう思うクラマだった。




この金髪ツインドリルさん、変態なんですぅ!!
でもその血筋とは相性がイイんですぅ!!

新たなヒロイン候補なのかなぁ………?

2015/03/03 文章追加。

ちなみにしばらくはレイヴェル出てきません
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