宝像〈那暈〉   作:尚も、友

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第4話 那暈破砕

 「またァ——上にするか?」

 ロケーションが以前と全く同じというのもリベンジ・マッチらしくていいと思ったが、今度は……。

 「いや、路地裏(ここ)でだ。」

 

 高所じゃ気持ちが強張る、〈那暈(なうん)〉もその程度のことは、私の様子を見たからわかるだろう。

 何より、この路地裏こそ〈那暈〉を破る方法を見極めるのが大分(だいぶ)楽になる恰好の場所なのだ。

 

 「ふゥ——ん。ならば——」

 この、じりじりと形を成していく〈那暈〉の構え。この、何回だって瞬きが許される時間。

 完璧な回避をするための準備時間ではない。どうせ身を躱して懐に打ち込んでも効果はないだろうし、そのつもりはない。

 

 

 

 来い。

 打ち込む(まと)は、動かない方が良いだろう。両の脚を地に突き立てて居てやる。

 打ち込む的は、大きい方がいいだろう。両の腕を空に広げて居てやる。

 打ち込む的は、思い切り殴れる方がいいだろう。〈那暈(そっち)〉の方を見開いて居てやる。

 

 「ヌゥゥゥウウウウウオオオオオ————ッ」

 

 来た。

 〈那暈〉が繰り出したのは、最初に繰り出したのと全く同じ、一つの拳打。

 肝心なことを見定めるため、これを誘導したのだ。まして羽虫一人殺せぬ拳、直面してもたじろぐことは、在ってはならない。

 

 

 

 バキッ。

 

 「ォ——おぉ?」

 立てていた予想(というより妄想だが)は二つ、その二つともが的中した。

 

 

 

 一つは攻撃の受け方。

 前に受けたのは、「不意を突かれたとき」か「逃げ腰のとき」、この二つだった。

 起動した〈那暈〉が試すのは、純粋な|膂力()()()()()()のはず。岩の塊を一撃で粉砕できる拳など、人間のものじゃないはずだからだ。

 

 「ほォ——う、立っているな。」

 〈那暈〉が身を引くが、恐怖によるものではない。感心した様子でこちらを眺めている。

 

 きっと、より攻撃を受けることが不意であるほど、もしくはより無力化しようとすればするほど、より強力に突き飛ばしにかかる仕組みなのだろう。

 ならば抵抗せず受け入れようとすれば、そいつは働かない。

 

 この拳打に真っ向に立ち向かえば、逆に……。そして、そのような「技さえ使わず、傷つくのを(いと)わずにかかって来る」行動をとる人間を探すために、このような不思議な攻撃の仕組み、()()になっているのだ。

 

 

 

 一つは、この()()そのものの仕組み。

 ずっと不思議だった。不可解で、奇妙で。でも、これも〈那暈〉の試しているものを考えれば予想が付く。

 

 「ゥ——ムゥ……」

 〈那暈〉が懐に引き戻した拳。ほんの少し影が差しているが、見えるのはヒビ割れだ。

 深く刻まれている様子はなく、まるで元から彫られていた模様のように、私の眼には慎ましく映るのみ。

 

 逃げの一手でいては気づくはずもあるまい。これが、アレの打擲(ちょうちゃく)に一切の威力が無い、()()の秘訣。

 

 パキッ、パキャキャッ。

 ドミノの倒れるような小気味のいい音と共に、ヒビが、それ自体の作る軌跡をたどって遡っていく。自己修復。

 

 これで本当の確信に変わった。

 〈那暈〉は攻撃のインパクトの瞬間、自分の攻撃部位──拳や脚を構成する岩石を自ら破砕させ、そこに威力を逃がしていたんだ。

 砕けた時点でも、残骸は残る。それが、着撃した私の体を押し出し、吹っ飛ばしていたのだ。

 

 パキャ……キッ。

 拳が、完璧に修復する。

 このように元通りにして、また次の拳打を繰り出すのだ。

 

 

 

 〈那暈〉と向き合って、私は今こうして立っている。

 そしてこれ以上ない勝算を得た。

 

 「降参するか?」

 「そいつはァ——オレの主義と違うな。ど——ォうせ()るならこの身砕けても、よ。」

 

 秘訣——(いや)カラクリはもう明らかになった。

 実際、そのカラクリさえ解明できなければ攻略に一生を費やすことになるのだろうが、こうして解き明かされした今、打ち壊されて死にゆくだけだというのに。

 

 威勢がいいことだ。この殊勝さばかりは見習わなければならないだろう。

 

 

 

 「ィィイ()()()アアァァァ————ッ」

この狭い路地。パターンとしてこれまで繰り出したことのない、打ち下ろされる拳が、ビルの外壁と擦れて(れき)をまき散らす。

 

 ボギャン!

 破砕。真上に伸ばした私の拳と衝突し、〈那暈〉の方だけが一方的に砕ける。

 さっきまで拳を成していた破片が宙へ舞い、一部はビルのガラスやら壁材やらを突き抜けていった。

 

 もう、やるべきことは決まっている。

 正拳や前蹴りには似たような手を繰り出す。打ち下ろされる拳や踵には、逆方向の打ち上げる手を繰り出す。

 

 

 

 「ウウゥゥゥ————ッッッ()()()()()()アァァァァッ」

 拳が砕けてもそれに構いはせず、その断面を突きつけるように寸勁を繰り出す。

 こんな飛び道具でも、全く同じに返せばいいのだ。身体に染みついた反射反応を抑え、同じく私も、掌で押し出すような寸勁で返す。

 

 ボギッ——ボギボギッ!

 亀裂は手首から腕をなぞり、遂に胸の日輪の彫刻に到達しようというところで止まった。

 あの赤熱し続ける日輪にほど近いヒビからも、光と熱気が漏れだす。

 

 「()——()()——()()()()ガアァァ————ッ」

 あくまでも押し込む。「何ならこのまま日輪で焼いてくれよう」という意気である。

 

 避けるな、退くな、たじろぐな。どこまで行っても同じことなのだ。同じ手で迎える、それのみ。

 ここも、〈那暈〉がするのと同じに押し込まなければならないのだ。あの輪型の彫刻だけは真正(ホントウ)に恐ろしいが、ここは——!

 

 「ぐ——ぬぅっ!」

 

 

 

 ほんの一瞬、熱かった。ただそれも、空調の利いた部屋から日射の強い屋外へ出たときの、ちょっと怯む程度の熱さだった。

 

 耐えてよかった。

 ヒビがさらに押し広げられ、周りを石材に覆われていた日輪が露わになったとき、滲むような赤い輝きは直ちに失われた。

 

 ドシャドシャ、ドシャドシャ……。砕ききれていないもう片側の腕や、胴から脚にかけての部分も、コントロールを失ったのか次々に地面に落ちていく。

 

 

 

 本当にあっさり終わった。

 自分の掌を見ても、やはりちょっとした火傷跡もない。

 

 強がりではないが、この〈那暈〉、真の意味で手強いというわけじゃなかった。

 勘所さえつかめばこの通り。この——この残骸、さっきまで勇ましく攻め立てていた戦士の像がこの様だ。

 

 その勘所、()()。無謀にも「立ち向かう」こと。そいつを試すための〈那暈〉の()()なのだから、要件(それ)を満たした私が勝った。それだけのことなのだ。

 

 

 

 いや、私は本当に〈那暈〉の試したものを満たせたのか?

 一つ目、「戦闘への重い観念」。これは、まあいいだろう。大いに自覚がある。

 二つ目、「無謀なまでの攻めの姿勢」。これは、どうだったか?たあたま適当な推測が当たって、ラッキーパンチでブッ壊れただけだろう。

 

 〈那暈〉を破ることはできた。そこに関して疑いようはない。

 そこに転がる〈那暈〉の残骸。拳にヒビが入ったときのように自己修復しようとする、そんな様子はない。

 破ったんだ。確かだ。

 

 

 

 私が気になっているのは、〈那暈〉が課した試練の方だ。

 今になって、〈那暈〉が(もし居たとしたら、その制作者が)試練を設計したその意図に思いが巡り始めた。

 

 〈那暈〉の欲しがった者。「戦闘に確かな覚悟を持って」いて、「相手に小細工なしで立ち向かう」者。

 その食指からハブれた者。「戦闘に確かな覚悟を持たず」、「小細工ばかり仕掛ける卑怯な」者。

 

 

 

 「『小細工ばかり仕掛ける卑怯な』者」?作意、思想が透けて見える気がする。

 

 那暈は、あの異様なスピードと「小細工なしで立ち向かう」という攻略方法で以て、「こちらは隙を作らず相手の隙を突いて殺す」という武術の絶対原則(メソッド)を否定しようとしていた、そう思えてならない。

 

 それを除けようとするってことは、そういう武術の工夫を「小細工」と唾棄するような思想だったということではないのか?

 

 

 

 許せない。

 私は達人と比べれば未熟もいい所だが、こういった武術の探究が、コソコソしたものであると捉えられることには我慢ならない。

 

 武術は、少しでも勝率を上げるために重ねられる()()だ。

 攻撃は、最小の手数と労力で破るためのものだ。防御や回避は、より長い間耐え抜くためのものだ。

 

 それを、小細工、正道からかけ離れた者だと思っていそうなことが嫌だ。

 武術を身に着けていないころの、私のする攻防の非合理さといったら()()のだが、知らないだろうにな。 

 

 

 

 最悪なのは試し方、試練の形式だ。

 こんな、ちょっと時間をかければ達成できるような模索作業で、簡単に突破されるような試練だ。

 私は、〈那暈〉が言うような「相手に小細工なしで立ち向かう者」という要件を満たしていないのに突破できてしまったんだ。結果論、そんなものでは試せなかったようだ。

 

 

 

 ややこしいだけの仕掛け、武術への勘違いの甚だしさ、試練形式の破綻具合。

 「ガラクタが」

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