「必ず全国で優勝しよう!」
トンボがけを終えて凹凸の無いグラウンドを背に、ボクたちは誓い合った。あの日ボクたちは確かに同じ高さで立っていた。全員心の底から本気だったんだ。
「夢……かぁ」
雀のさえずりで目が覚めた。チュンチュンと表現するにはやかましくて……キッツ♡ 窓を開けると木の上で群れをなしていた。暖をとるために体を寄せ合っているのだろうか。
「元気でやってるかな」
空を見上げると飛行機雲が長く遠くへ伸びていた。皆は一年間本場の野球を学びにアメリカに留学していった。今日は一月九日。帰ってくるまでちょうど三ヶ月だ。
「……どうしてボクは一緒に行かなかったんだろ」
行かなかったこと自体は後悔していない。おかげで恋太郎たちと出会うことができたんだから。それでもふと、過ることがある。今野球部はボク一人だ。皆が帰ってくるまで野球部を守ると、あの日に誓ったから。でもやっぱり野球は一人より、誰かとやる方が楽しい。だから理由を探してしまうんだ。
外に出ると刺すような冷気が突き刺さった……♡ 筋肉痛と連鎖して響く心地良さに身を委ねながら、ボクは考え事の続きをする。きっと理由は一つじゃないんだ。たとえばホームランの打球が観客の女の子に当たったトラウマ。打席に立つ度に過って笑えなくなった。でもそんなボクを身を挺して救ってくれた人がいた。
「おはよう育。……上着は?」
「恋太郎! おはよっ。ないよ。その代わりにほら、スパッツ!」
「ソーセージみたいになってるよ……!?」
沢山重ねたから締め付けがキッツ♡すぎて肌にスパッツが食い込んでいた。どうしてか分からないけど、恋太郎は慌てて外させる。
「そんな……無理せず着たい服を着てくれって言ってくれたのに」
「何事にも例外はあるし、無理してるからだよ……! ほら」
「あ……」
代わりに上着を被せてくれた。……恋太郎の温もり……。
「でもそれじゃ恋太郎が……」
「大丈夫。俺は育と一緒にいるだけで暖かいから」
キュン!! と心臓が高鳴った。ドキドキしすぎて、おかしくなっちゃいそう。
「そうだ。育、放課後は空いてる?」
「うん。空いてるよ」
そう……空いてるんだ。本気なら体が引きちぎれるくらい練習をしないといけないのに。最近では素振りもノルマの一日一万本に達したらやめてしまっている。ボクは今、野球部の皆と同じ高さに立っていないんじゃないだろうか。
「いつもの二人でできるメニューじゃなくてさ。今日は皆と一緒に野球をやろうと思うんだ」
「え……ボクは嬉しいけど、でもそれは……」
チーム練習ができないのは野球部の問題だ。前に廃部を避けるために協力してもらったけど、毎回毎回ファミリーに甘えちゃさすがに迷惑だ。
「じゃ、決まりだね」
断ろうとするボクを遮って、恋太郎はちょっと強引に決定した。こういう時恋太郎は意外と譲らない。でもそれが迷惑だったことは一度としてなかった。
廊下で恋太郎と別れて教室に入る。席に着くと山女と蓮葉が話しかけてきた。もしかしたらこれがボクの探している理由なのかもしれないと思った。ボクまでいなくなると、部員のいない野球部は休部じゃなく廃部になってしまう。居場所を守りたかったんだ。けどボクには恋太郎ファミリーという大きな居場所ができた。果たして野球にどれだけの情熱が残っているんだろう。
放課後になり、皆がグラウンドに集まってくれた。今日みたいな寒い日はしっかり準備運動をしないと怪我をしやすい。キャッチボールの前に念入りにストレッチとケツバットをした。
「バイオレンすわ〜!!♡」
「キッツ……ッ♡」
凛はもちろん、今日は凪乃や芽衣さんも多めに叩いてくれた。おかげで体がすごい温まった。
「それじゃあ始めようか」
「うんっ!」
恋太郎が率先して準備してくれたのはファミリーで楽しむ紅白戦だった。前は九人ギリギリだったけど、今なら運動が苦手な人が応援に回っても十分すぎるくらいの人数がいた。
「頑張れーっ!」
グラウンドを包む声援は熱気を帯びていた。一球の行方に全員で息を呑み、残念がったり喜んだり。グラウンドに立つ者も、見守る者も、野球を楽しんでいたんだ。ボクが好きな野球の空気を皆で味わえることが最高に嬉しかった。
「
「満月大根切りだーッッ!」
芽衣さんの投げたボールが縦にジグザグに曲がる。それに対してボクは大根切りの要領で軌道に対して線になるようにバットを振り下ろした。ボールは綺麗な放物線を描くと、柵を越えたところで構えてくれていた恋太郎がキャッチしてくれた。
「はい。ホームランボール」
ボクたちらしい無茶苦茶で、それでいて充実したひとときだった。祭李の言葉を借りるならお祭り騒ぎ、かな。でもどうしてこんな嬉しいことしてくれたんだろう。そんな疑問を見抜いたかのように、恋太郎は伝えてくれた。
「誕生日おめでとう! 育!」
「えっ……!? ……あっ。そうか」
皆も続くようにお祝いの言葉を投げかけてくれた。考え事ばかりして、すっかり忘れちゃってたよ。
「ありがとう! 皆!」
なんて幸せ者なんだろう。ボクにとってこれ以上の居場所なんてあるんだろうか。そんな風に思ってしまうほどだった。
「物をプレゼントすることも考えたんだけど、前にサインバットより育の応援のおかげで打てたホームランの方が嬉しかったって言ってくれたからさ。ならこっちの方が喜んでくれるかなって」
「最高の誕生日プレゼントだよ! ……ねえ。恋太郎」
「ん?」
少しして落ち着いた時だった。恋太郎と二人きりになれたから、つい安心して聞いてしまった。
「ボクさ。お花高に残ったのは、ここ……野球部の居場所を守りたかったからなんだ。でもボクは今でも野球部の一員なのかなって」
「当たり前じゃないか!」
ああ……なんて卑怯なんだろう。恋太郎ならこんな聞き方をしたら、傷つけないようにそう言うに決まってるじゃないか。
「俺はいつも練習に付き合ってるから保証できる。育は今でも野球に真剣だ」
「ボクたちは全国で優勝するのが目的なんだ。真剣なだけじゃ、足りないんだ」
「そうかもしれない。でも育は今でも彼女たちと同じ志を持っているはずだ。甲子園に行く夢を」
「え……」
思わず体が硬直した。女子は甲子園に出場することはできない。そんな常識を打ち破ってやろうというボクたちだけの誓いだったからだ。
「どうして恋太郎がそれを?」
「ラッコ鍋大会の時に言っていたじゃないか」
ああ……あの時はラッコ肉を食べて普通じゃなかったから、つい言っちゃったっけ。でも逆に言えばその時しか覚えはない。
「あんな滅茶苦茶な状況でしか言ってないのに……」
「俺は皆の言った言葉なら一言一句覚えてるよ」
再びキュン!! の衝動が襲ってくる。恋太郎の誠実さにはずっとドキドキしちゃうな……。
「中学まではね。普通に男子とできてたんだ。でも……高校に入ってからはできなくなって、やめる子も多かったんだ」
「……。だから育は野球部の居場所を守りたかったのかもしれないね」
「あ……」
不思議だな恋太郎って……。自分でいくら考えても出てこなかったのに、あっさりボクから本音を引き出してくれた。
「育が恋太郎ファミリーに愛情を注いでくれてるのは伝わってるよ。でも、愛は一つだけじゃなくていいと思うんだ」
「恋太郎……」
近づけた唇を恋太郎は優しく受け止めてくれた。思えばボクは恋太郎が羨ましかったのかもしれない。皆の居場所になっていることが、眩しすぎて目を逸らしていたのかな。それを認めたら、ボクも恋太郎のようになりたい。なれるって思えたんだ。
「ありがとう。死ぬ気で頑張るよ! 努力すればできないことなんか世の中なにもないからね!」
「育ならできるさ! ……ただ無茶して体壊すのはやめよう。そのためのノルマだからね」
「もっとキツくならなきゃ! 最近キツさが足りなくて」
「もしかしてそのせいで不安になったとか……?」
肩のアイシングを外して素振りをしようとしたら止められちゃった。代わりに皆にトンボのかけ方を教えた。ちょっと時間はかかったけど、綺麗にグラウンドが整っていった。それがなんだか、焦らなくていいと言ってくれてるようでくすぐったかった。
その日の夜のことだった。ホームランボールを片手に思い出に耽っていると、電話がかかってきた。
「おはよー!」
「わっ! ビックリした」
野球部の皆からの電話だった。時差で、向こうはまだ起きたばかりみたい。
「せーのっ。誕生日おめでとう!」
「皆……! ありがとう!」
こうしてボクはこの日二回目の最高の誕生日プレゼントを貰ったんだ。