今日は四月十八日。楠莉のお誕生日なのだ! パーティーを開くってことにして、予定や都合の合う恋太郎ファミリーをお家に呼んだのだ。
「くすりくすり。よく来たのだ。楠莉の名は謎のゲームマスターKなのだ」
「もはや隠す気ないだろ」
「むむむっ。モニター越しだから匂いが……。正体を突き止めるには時間がかかりそうです!」
「マジかお前」
「あとついでに私達の真上からお薬の匂いがしますが、これは関係なさそうですね」
「先にそれを言えって! 絶対ロクなことに……6!? どこにいるの!?」
「あの上の容器です!」
「いた! おーい! あなたはどんな6なの?」
「ポチっとな」
「わぁ。こっちの方に向いて挨拶してくれたんだね……って、ぎゃー!?」
予定通り薬が皆に降りかかったのだ。効果が現れるまで一分。その頃には成分も霧散して、楠莉も部屋に入れるようになるのだ。……ん?
「……やはりか。そんなことだろうと思ったぞ」
「騎士華……!? なぜここに……!」
「悪役のセリフすぎるだろう。……はぁ。それで今度はなにを企む?」
「失敬な! 『楠莉に関する印象深い記憶を再現する薬』をぶちまけただけなのだ!」
「またどういう原理でそんなピンポイントな操作を……。第一前に『私達の恋に関する記憶を消す薬』で痛い目にあっただろう!」
「なーに言ってんのだ。今回のは再現する薬なのだ。うっかり『楠莉に関する印象深い記憶を再現しないと記憶が消えちゃう薬』と取り違えてない限り……あっ」
「まさかとは思うが……」
「「ばぶー!」」
「取り違えちゃったのだ……」
「なぜ過去から学ばないんだ」
皆が記憶を思い出せなくて幼児化しちゃったのだ。やべーのだ……。冷や汗が止まらないのだ……。
「ど、どうしよ騎士華……」
「どうしたもこうしたもないだろう! さっさと『打ち消しの薬』を用意してこい!」
「ダメなのだ。打ち消すと"再現して記憶を思い出す"効果が消されちゃって、永遠に思い出せなくなっちゃうのだ!」
「事実上の
「これはサンプルとして取っておいただけだから……」
「ならちゃんと管理しておけ! ……まったく、まだ記憶は消えてはいないのだな?」
「うん……。一時間経つと消えちゃうけど……」
「なら急ぐぞ! 説教は皆を助けた後だ!」
「騎士華……! ありがとうなのだっ!」
頭を抱えた楠莉の腕を引っ張っていってくれたのだ。……思えば楠莉は恋太郎と会うまでずっと一人だったのだ。こんな風にいつも人を巻き込んできたから。それでも恋太郎も騎士華もずっと一緒にいてくれて……この一年間は、かけがえのないものだったのだ。
「しかし精神だけ幼児化するというのは異様だな……」
「それはそうだけどいつも赤ちゃんになってるやつに言われても……」
「貴様本当に感謝してるのか!? ま、まあいい! まずは恋太郎から記憶を引き出すぞ!」
「あや……!? ちゅき……!」
「「キュン!!」」
恋太郎がどこからともなくブーケを取り出してプロポーズしてくれたのだ。恋太郎……お前ってやつは記憶を封じられているっていうのに……!
「——って、やってる場合じゃねーのだ! まじーのだ。再現して欲しい記憶だけは残るようになってるのに、これじゃ聞き出せねーのだ!」
「どういう精神状態だそれは。さっきの再現する方の薬を使うのはダメなのか?」
「飲み合わせが悪くて死んじゃうのだ。ちくしょー! 思い出してくれよ恋太郎ー! キスゾンビの時、楠莉の薬でどんな重大な問題が起きても、一緒に解決してくれるって言ったじゃんかよー!」
「お、おい楠莉!?」
恋太郎との思い出は楽しいことも悲しいこともいっぱいあるけど、大好きに一直線な楠莉のことが大好きだから、たとえ迷惑をかけても絶対に解決するから薬開発をやめなくていいって言ってくれたことが、楠莉にとっての印象深い思い出なのだ……。あの時のように無我夢中で唇を重ねたのだ。
「……楠莉先輩っ……!? ……そうだ。俺は愛城恋太郎……!」
「うわあ!? 急に正気に戻るななのだ」
なんか戻ったのだ。ラッキーなのだ。
「かくかくしかじかなのだ」
「なるほど……分かりました! 騎士華先輩! 協力をお願いします!」
「何をやる気だ?」
「今は皆赤ん坊状態で意思の疎通が取れません。だから騎士華先輩には赤ちゃんになってもらいたいんです!」
「なっ……! どういう理屈でそうなる!?」
「騎士華先輩は赤ちゃん化しても意思疎通が取れて、かつ元に戻ってもその時の記憶を覚えていられるからです……!」
「そうか! いつもは騎士華が恥ずかしいだけだけど、今回はその特技が役に立つのだ!」
「特技ではない! ……やむを得ない、が。恋太郎。こんな異様な状況で私がそう簡単に屈すると思っているのか?」
「ええと……」
恋太郎が騎士華の頭を撫でたのだ。
「ばぶー!」
「つまんねーオチ」
「後で怒られますよ」
騎士華が話を聞くうちに恋太郎が皆のパパになって暴れ回る皆を落ち着かせていったのだ。度重なる赤ちゃん回も無駄じゃなかったのだ。
「騎士華先輩そろそろ……!」
「くっ、殺せ……じゃない。楠莉! あとはお前の仕事だ!」
「任されたのだ!」
早速再現を始めるのだ。時間は残り三十分……! 一人にあまり時間はかけていられないのだ。一気に行くのだ!
「『ツンデレじゃなくなる薬』でツンデレ喪失したことか……。ほいっと。それでツンデレ因子が散る前に『ツンデレになる』薬も飲ませてやるのだ」
「べ、別にツンデレじゃないんだからねっ!」
「ああ……『
「あれって楠莉先輩も一枚噛んでたんですね」
「あへへへへ」
「正常な意識を保っていられなかったか……」
「こいつの場合これが正常だけどな」
「『温めた人の味になる薬』を練り込むパンを作ってた時、パンの柔らかさを子供楠莉と大人楠莉どちらの胸の感触と同じにするか悩んでたこと!? だからやたら揉んできたのか……ほら」
「どちらも捨て難いですが、楠莉さんはやはりこのぷりぷりお胸なのです」
「『3分の2の確率でお腹の調子良くなるけど3分の1の確率でお腹痛くなる薬』で負けたけど、次こそいける? そりゃ構わんけど……ほい」
「また負けたーッ!!」
「『感情が髪に現れる薬』で恋太郎がハート髪になって、一週間そのまま過ごしてくれたことなのだ? ……恋太郎。『毛生え薬』なら一週間でできるから」
「普段の髪ももちろん似合ってるけど、あの時の髪型も銀河一可愛かったッッ!」
「ボクという吟遊詩人が罪深すぎる——とも言えるね。……ありがとう」
「『心が少女漫画のイケメンとヒロインみたいになる薬』でお姉様にキスしてもらえたこと……? さっきから楠莉の記憶じゃねーのだ」
「貴様に関する記憶とくればそうもなるだろう。それよりどうするんだ。今日芽衣は遅くなると言っていたぞ」
「ああッ。芽衣のバカ!!」
「ナチュラルにトトロのセリフ」
「しゃーねーなーもう。あの時の再現さえできればいいから……そうだなー。百八、『打ち消しの薬』やるから妹にキスしてやるのだ」
「ありがてえー!!」
「倫理教師が生徒に物で釣られて有り難がるな」
「……妹。いつもお世話してくれてありがとうな」
「……!! あなたって人は……ッ!」
こんな感じで他にも薬を欲しがってる奴らに片っ端から飲ませたりぶっかけたり爆発させたりしたのだ。
「楠莉先輩! 先にこっちのグループを!」
「任せろなのだ!」
残り十五分。ファミリーの数が尋常じゃないから時間を食ってるのだ。あと二グループ。ま、間に合うのだ……?
「騎士華の尾行を忘れるくらい遊園地を楽しんだことかー。あれは楽しかったなー。ほれ、今もあの時の星形サングラスを変装に使ってるのだ」
「『スターの称号は貴殿にこそ相応しい』」
「後で話を聞かせてもらうからな」
「一緒にパンツマンになったことかー。恋太郎パンツ脱いでなのだ」
「……さ、さすがに別のもので代用させてください!」
「お待たせいたしました。クリーニングに出していた恋太郎様の水泳パンツ様をお届けに参りました」
「ええッ! 芽衣天才なのだ!」
「逆トトロ」
「あれ? 戻らねーのだ。ああ、先に楠莉が被らないとか」
「はすはすはす……はぁあ〜! 大好きな恋太郎さんと楠莉さんの匂い〜!!♡」
「ファミリー初記念ケツバット!? もうちょっと他にあんだろ!」
「キッチュ……!!♡」
「数字ごっこ!? あれ楠莉意味分かんねーのだ!」
「誕生日おめでとう9。今日は特別に59……してもいいよ」
こっちのグループは普段よく遊ぶ面子が多くて、相撲やお友達装備したりと楽しかったけど、時間も取られたのだ。あと一グループ残ってるのに残り三分弱……。どうすれば間に合うのだ!?
「よしこれで……! 今です楠莉先輩! 『打ち消しの薬』を飲んでください!」
「えっ……!? わ、分かったのだ!」
え? なんでなのだ? 別に楠莉は記憶操作されてないし、そもそも今回の薬に『打ち消しの薬』は逆効果だし。……ふぅ。とりあえずいつもの姿に戻ったのだよ。
「おお……。久しぶりに見たのう。『不老不死の薬』を作ってくれた日のことを思い出すよ」
「お美しい顔をもっとお見せあそばせ……!」
「……お母さん……」
「なんという
「奇人ね……!」
「きゃーッ! 変身は魔法だから物理じゃ倒せない」
「服がギチギチだね♡」
「こ、溢れそうじゃない。そんなのダメよ……ダメ……なんだからっ」
「こっちが本来の姿なのだよ?」
なんのグループ分けかと思ったら大人楠莉が印象に残ってるやつらだったのだ。いや、そんな珍しいものを見るような目で……。ちくしょー。これも原作が大人楠莉を出さないからなのだよ。今度直談判しにいくのだよ。……何はともあれ。
「なんとか間に合いましたね……!」
「これも二人のおかげなのだよ」
「まったくとんだデスゲームだったな」
「う……怒ってるのだね?」
「当然だ。手違いとはいえ、ゲーム感覚で記憶をいじられたらたまったものではないからな」
「……すまないのだよ。いつも二人には迷惑をかけてしまって」
「そんな! 迷惑だなんて……」
「待て恋太郎。……確かに貴様の行動は浅はかで時に迷惑なことはある。だがそれは根底にファミリーへの誇りがあるからこそだ」
「騎士華……」
「私にとっての印象深い思い出は、実情を知らない人間にたとえ誇りを汚されることになろうと堂々と主張した、貴様の騎士道だ。ならそんな迷惑も受け入れようじゃないか」
前に誇りだから守ろうとする騎士華と、自慢だからさらけ出す楠莉で喧嘩になったのだよ。でもお互いファミリーのことが大好きだから……今回みたいに巻き込んでもずっと一緒にいてくれたのだね。
「……ありがとう。楠莉は騎士華のこともだーい好きなのだよ♪」
「お、おい待て! その姿で抱きつかれると……。……ママ……?」
「記憶でも失ったのかね?」
よく考えれば騎士華も隙あらば赤ちゃんになろうとしてこっちがフォローすることもあるし、お互い様なのだよ。
「恋太郎も……よく戻ってきてくれたのだよ」
「俺は楠莉先輩のためなら、たとえブラックホールからでも戻ってきますよ」
「もうそんなとこ行くななのだよ。ただでさえ魂が霧散したこともあったのに……思えば、印象深い思い出があの時のことじゃなくて良かったのだよ」
「ああ、いえ。もちろんその時のことも印象に深く残っていますよ」
「……? ならどうして……。……!」
『感情が髪に現れる薬』の効果で恋太郎のハート髪に
「俺にとっては二度と起きて欲しくない辛いことも、何百回と重ねたキスもどれもが印象深い記憶だからです!」
自分でも顔が熱を持ったのが分かったのだよ。もはや数も忘れるほど伝えられた大好きなのに、一つ一つが今でも胸の奥底に残っていて。そのどれもが伝えられる度に柔らかい炎を灯しているのかもしれないね。
「ようやく分かったのだよ。楠莉はどうやら"一"に囚われていたようなのだよ」
「1!? どこにいるの?」
「……数ほどじゃないけどな」
「ふふっ。さ、行きましょう楠莉先輩。パーティの主役を皆待ってますよ」
「うん!」
恋太郎に手を引かれ、皆のもとへと駆けていく。薬のことで文句を言われつつも、温かく迎えいれてくれたのだよ。
こうして楠莉はかけがえのない最高の誕生日プレゼントを得ていたのだよ。