ようやく二十歳になることができました。本当は羽々里様のためにも、すぐに一年分を生きたかったのですが、怖いのでやめてほしいと言われては致し方ありません。これにてようやくご命令を果たすことができます。
「お酒選びを手伝って欲しい?」
「はい。ちょうど百八様が加入される直前の焼肉デートにて——」
当時はやみつきキャベツによる症状でうやむやになってしまいましたが、羽々里様が私と酌を共にしたいと言われた旨は片時も忘れたことはございません。
「——なるほど。そういうことなら羽々里さんと選ぶのもいいんじゃない?」
「本日羽々里様は恋太郎様と外出のご予定がございます」
「ほーん? じゃあたし達もデートするか〜」
「かしこまりました」
「かしこまられちゃった」
こういった経緯にて本日は百八様とのデートでございます。
「ただいまー」
デート先は盆能寺酒店。百八様のご実家でございます。中は溢れんばかりの人混みで、目を閉じたまま一見しても人数の把握ができないほどでした。
「また親孝行しにきたのか……!?」
「お前の人生を大事にしろとあれほど……!」
「ち、違うって! 今日は友達の付き添い!」
こちらが百八様のご両親なのですね。あまりに親孝行しすぎるあまり、独り立ちを促されることになったとか。親は子を思い、子は親を思う。そんな思いやりの精神が百八様の人徳の形成の一助となられたことは想像に難くありませんでした。
「ほら前に話した芽衣だよ。……芽衣?」
「……! 銘戸芽衣と申します。僭越ながらご友人として、日々百八様から学ばせていただいております」
「君みたいな礼儀正しい子がうちの娘と……ッ!?」
「なんてこと言うんだ実の親が」
「いえ、ゆくゆくは百八様のようになれたらと——」
「やめておきなさい……!」
「そうだ! あたしみたいにだけはなるなっ!」
なぜでしょう。百八様のご謙遜はいつものことですが、ご両親までもが否定なさるとは。おツンデレ様なのでしょうか。それとも親と子の関係であれば、この程度の軽口は普通のことなのでしょうか。
「試飲してみるかい?」
「初めては羽々里様と共にと決めておりますゆえ……」
「えっちの話?」
「この馬鹿娘が……ッ」
普通、当たり前……そんな言葉が胸に重くのしかかりました。今だからこそ断言できることがあります。私を捨てた両親は普通ではなかったと。重ねた月日が思い出したくない記憶を奥底に沈めてくださいました。その代償として、普通を知らないで過ごした私は大人としてふさわしくないのでは……そんな疑念が心の染みとなって広がっていくようです。
「まあまあ。芽衣はあたしが案内するから、心配しないで」
「心配なのはお前の方だよ……」
「迷惑かけないようにね」
すると百八様は手をひらひらと振ってご両親を退散させ、不意に私の顔を覗きこまれました。
「どうした?」
「申し訳ございません……デート中ですのに」
「デートだからこそ二人で楽しもうぜ。嫌じゃなきゃ話してみな」
不思議な感覚でした。覗かれたのは顔でしたのに、まるで心を見抜かれているようでした。
「——そっか。急に大人になりましたって言われても不安だよな」
「いえ……ずっと考えてはいたのです。救っていただいた命を私も繋いでゆきたいと。まだ方法は存じ上げませんが、大人になったらと言われましたので……」
「あたしでよければ教えたいけど、恋太郎が学生のうちはなー」
「ですが羽々里様が仰ったような価値が果たしてあるのか……怖くなったのです。命が繋がってゆくのは素晴らしいことです。しかし私の場合良くないものまで繋げてしまうのではないかと……」
「なるほどね……。確かに子供が受ける影響は大きいよ。あたしだってそう。今みたいな生き方なのは、親がそうしてくれたからだし」
「やはり……そうなのですね。それなら——」
「——でもさ。親がプラスだから子もプラス、マイナスだからマイナスになるとは限らないんだな」
「え……そうなのでございますか?」
「芽衣はその両親を見て、同じようになろうと思ったか?」
「いえ、そのようなことは……決して」
「人の振り見て我が振り直せってやつだな。この言葉の意味、分かるか?」
「……たとえ誰かに影響を受けようとも、最終的な決断をするのは自分自身ということでしょうか」
返答を聞いた百八様は目を見張りました。期待していた返答とは異なっていたのでしょうか。しかしすぐに喜色で彩られてゆきました。
「だな。その結論に至ったのも、誰かの影響を受けながら、芽衣自身の気持ちを考えてきたからこそだよ」
「私自身の気持ちを……」
以前百八様に教えていただいたことがございます。倫理とは“正しい答え”のない問題について短絡的に答えを出さず、他者の視点になってみたり、気持ちを想像してみたりして、“よく考える事”であると。
「正しい答えがあるわけではない……ということですね」
「そーいうこと。だからさ。不安になるってのは、よく考えてるってことなんだよ」
「あ……」
脳裏に過ったのはエイラちゃんとのサウナでの一件でした。物理で倒せない未来に対し、ちゃんと迷って決断できる方が勇気があるとお伝えしたことを……。
「ならば悩んでいる今に意味があるのですね」
「そうあたしは思うな」
「ありがとうございます。やはり私めは百八様のようになれたら……そう思います」
「いいや! あたしの生き方だけは完璧な間違いだっ!」
「……ふふ。それをどう受け取るかは、私め次第でございます」
「あははっ! 言うようになったじゃん!」
背中を押され、私達はお酒選びを始めました。
「こちらのお酒は……?」
「『米津』はまろやかな甘みと香りが特徴だな。『麦津』は飲みやすくてキレのある味わいで初心者にもオススメだ。『芋津』は芳醇でフルーティーな感じで——」
百八様の豊富な知識に圧倒されながらも、一つ一つを学ばせていただきました。思えば同じようなことなのかもしれません。何も知らないことは、自分の中で考えても答えは出ません。ですが誰かを頼り、知らないことを知る努力をしたのであれば、その知識をもとに考え決断することができる。それもまた命の繋がりであるのだと。
「決まりました。『芋津』様をいただきたく存じます」
「へー。どうしてだ?」
「羽々里様がお好きな桜もなかをあてにする予定ですので、香り高いお酒がよろしいのではないかと……」
「いいじゃん! これなら羽々里さんも絶対喜んでくれ……!?」
「『芋津』にするんですね」
「ええ。芽衣ったら私が好きだからって、桜もなかを好きになっちゃって……芽衣!?」
「羽々里様!? それに恋太郎様も……」
思わず久しぶりに目を見開きました。するとお二人の姿をようやく捉えることができました。
「人混みがすごくて全然気付かなかったわ」
「仕える主が近くにいて感知できないのはメイド失格でございます。自害いたします」
「ごめん。それは間違った答えかも」
三人がかりで制止されてしまいました。やむを得ません。生きることにいたします。
「しかしお二人はどうして……?」
「恋太郎ちゃんはね。芽衣と私の誕生日の記念になるお酒を探すのを手伝ってくれたのよ」
「俺が来たくてついて来ただけですよ」
「考えることは皆同じだったってわけだな」
「本当にね。それがまさか芽衣と同じお酒を選ぶなんて」
「二人が一生懸命悩んだから、同じ答えに辿り着いたんだと思いますよ」
昔恋太郎様から伺ったことがございます。誰かのために一生懸命贈り物を選んだ——その気持ちこそが何よりのプレゼントなのだと。今こそその言葉の意味を理解できた気がいたします。
「芽衣も……そう思う?」
自分のことも主のことも自分で……それが私にとっての普通でした。妹が
「当然でございます。大切な——家族でございますので」
認められなかった自分の価値を、認められるようになった証ではないかと思うのです。
「あばばばばっ」
「羽々里様!?」
ものすごいスピードで抜けていく魂を三人がかりで取り押さえました。
「はあはあ……。危うく衝動でちゅーするところだったわ」
「また胃が裂けちゃうんでやめてあげてください」
「でも——良かったわ。その言葉が聞きたかったの。誕生日おめでとう。これからも家族としてよろしくね」
「滅相もございません……。こちらこそよろしくお願いいたします」
勿体無いお言葉をいただき、顔が熱くなっていくのが分かりました。それでもお二人に見守られながら言葉を受け取ると、心の染みの代わりに暖かい何かが広がっていくようでした。
こうして私は最高の誕生日を、最高の家族と共に過ごさせていただきました。