『長い旅行に必要なのは大きなカバンじゃなく、口ずさめる一つの歌さ』
これはボクの敬愛する吟遊詩人の言葉さ。人生の本質を説く名言として扱われることが多いけど、人生というのは人それぞれだ。ボクの場合は吟遊詩人。だからそれに沿って話そう。
まず吟遊詩人といっても一口には言えない。歴史を紐解けば、王宮に仕えて貴婦人に恋愛詩を贈ったトゥルバドゥール。彼らに影響を受けてより物語性を強めた叙事詩——アーサー王物語などの騎士華が好みそうな騎士道——へと発展させたトゥルヴェール。フランスからドイツへの普及により色が変わって、道徳的で真面目な愛を語るミンネジンガー。
これらがクリエイターであるならば、さしずめエンターテイナーかな。各地を旅し、歌う以外にも多彩なパフォーマンスで娯楽を提供するジョングルール。オカリナと共に詩を届けるボクはこれに属しているとも言えるね。社会的な身分は低かったそうだけど、同時に情報を広めるメディアとして欠かせないという不思議な存在だったようだよ。面白いね。
……前置きが長いかい? すまないね。でもそれはボクが吟遊詩人である証——とも言えるね。しかしお客さんを飽きさせてはよくないね。そろそろ本題に入ろうか。現代においての吟遊詩人とはなんだろう? ……ふふ。答えを書くには余白が狭すぎるかな。
自伝を書き終え、ボクは皆に呼び出された場所へと向かった。すると誕生日のお祝いと共に姫歌が目を輝かせて告げてくれる。
「今日は詩人のために吟遊詩人クエストを用意したわ!」
現代においての吟遊詩人とは、どうやらRPGのジョブらしい。
「それもまた吟遊詩人——だね」
「でも私は奇人だから、剣や魔法じゃなくて言葉で戦うゲームなのよ!」
「姫歌がゲームマスターとして監修したのかい?」
「そうよ!」
「受けて立つよ。長い旅行に必要なのは大きなカバンじゃなく、口ずさめる一つの歌だからね」
「あっ、スナフキンの台詞だね! 私もスナフキン好きなんだ〜! 一緒一緒」
「…………。名言の引用であれば著作権上は問題ない——とも言えるね」
「それを自分の言葉として発した場合はその限りじゃないけどな」
さあ、気を取り直してゲームを始めようか。どうやらファミリーの皆がNPCを務めてくれるみたいだね。用意にかかったであろう手間に感謝しつつ、楽しませてもらうとしようか。
「大変だ! 姫歌が魔王に攫われた!」
「なるほど。それがRPGのお姫様の役割なのかもしれないね」
「頼む……! 姫歌を助けてくれ!」
「構わないよ」
「本当か……!?」
「でもそれでいいのかい? 君はゲームの世界だから彼氏じゃなくなるのかい? そうじゃないだろう。それなのにボクに全て任せてしまうのかい?」
「確かに! 彼女が攫われたら無事に助け出すのが彼氏の役目……! 行ってくる!」
よし。ゲームクリアだ。早速恋太郎が姫歌をお姫様抱っこで連れてきた。
「ちょっと待って! 恋太郎禁止!」
「分かったよ」
ついRTAをしてしまったとも言えるね。仕切り直して、ボクは身一つで旅に出たよ。すると四天王の間と書かれた掛け軸が目に入った。
「"がるると唸った"」
最初の番人は静だ。本人は恐らく凶暴な獣をイメージしてポーズを取っているのだろうけど、愛らしい序盤の敵といった装いだね。
「『舐めてると痛い目見るぜベイベー』。『ここを通りたきゃ、キャンと鳴かせてみな!』」
「ふふ、おかしなことだ。ボクがここを通るとして、キミに止められるのかい?」
「『できらぁ!』」
「ならボクは通ってもいいんだね」
「『……何を言ってるんだ?』」
「君は
「『フフフ……。奴は四天王の中でも最弱……』」
目を見開いた静がにこやかに送り出してくれた。お次は誰かな。
「おでは怪力だどー。今から詩人サンが通ろうとしても押し返すんだどー」
次なる四天王は山女か。こちらもにこやかだけど、パワーの差は天と地ほどあるね。ただそれは剣や魔法で戦う場合の話とも言えるね。
「ならボクは今来た道を通ろうかな」
「だどー?」
「どうしたんだい? 君はボクが通る道を押し返すと宣言しただろう?」
「こ、これは……!」
「おや参ったね。入り口を通るつもりが、出口へ押し出されてしまったよ」
「さすが詩人サンだど……!」
目を輝かせた山女に見送られて次に進んだ。残るは二人。最弱、怪力と来てお次は……。
「ファンシーの間へようこそぉー。でも一人じゃ通れないしぃー」
三人目はあー子だね。笑顔で戦う強敵のイメージかな。しかし困ったね。先ほどの二人を呼びに入り口を通ろうとすると、山女に押し返されてしまうわけか。
「一人も悪くないよ。誰に気兼ねするでもなく、自分自身に正直で居られる時間だからね」
「でもあーしは苦手だなー。誰かと一緒にいて同じ気持ちになんのが好きだからかなぁー」
「誰かと、もまた同じように贅沢でありがたい時間だからね。キミもそう思うだろう?」
「もちろん思うしぃ〜」
「つまりキミとボクは同じ気持ちになれたわけだ。ボクらは一緒にいる——とも言えるね」
「マジ友達だしぃー」
「ひゃっ!?」
急に抱きつかれるのはビックリするとも言えるね。何はともあれあー子と一緒に進んで、最後の四天王だ。
「ここは絶対に通さないんだからねっ!」
「あーしもぉー?」
「う……そ、そうよっ! 誰も通さないんだから!」
四人目に最強の相手を配置か。姫歌らしいね。しかし最強より最愛を謳うのが吟遊詩人さ。
「それは本当かい?」
「嘘なんかついてどうすんのよ」
「けどこの奥には姫歌がいるはずだよ。誰かは通ったということさ」
「あっ……! ま、まだよ! 奥に姫歌がいるとは限らないでしょ!」
「キミはそれを断言できるかい?」
「あ、あ、当たり前でしょ!」
「けれどキミは誰も通さないんだろう? ということは自分自身も通ることはできない。だからそれを観測することはできないのさ」
「唐音っちある意味マジクソ素直だしぃー」
「余計なお世話よっ!」
打ちひしがれる唐音をあー子に任せて、魔王が待つ最後の間へとやって来た。
「さすが詩人ね! でも最後は一味違うわよ!」
ドヤ顔でラスボスの手に抱かれている姫歌が期待の眼差しを向けてくる。
「まさかキミが魔王とはね」
「彼氏として国を敵に回しても彼女を大事にする所存だからね……!」
「愛ゆえの英雄譚か。トゥルヴェールの詩のようだね」
「さあ詩人……! 俺は絶対に姫歌を離しはしないぞ!」
恋太郎から彼女を奪うなんて無理難題もいいところだね。少なくとも現実では。
「ちなみに彼女であるボクの願いでもかい?」
「ぐう……ッ! それは……!」
「ちょっと恋太郎! ゲームの中だからルールに従ってって言ったでしょ!」
「そうだ! 俺は今魔王なんだ! ゲームのやり方でしか俺は突破できない!」
「……ふふ。それならゲームクリア——だね」
「ど、どういうことっ!?」
「なぜならゲームマスターである姫歌が宣言したからさ。『恋太郎禁止』とね」
「あっ……」
「二人への愛だけは永遠に不滅だーっ!」
「吹き飛んだ!? 奇人ね!」
恋太郎が姫歌を優しく地面に置いてから謎の集中線と共に飛んでいったよ。
「困ったお姫様だ。存在しない魔王に攫われるなんてね」
「……ふふっ」
「……?」
「いい顔になったじゃない」
「え……」
「最近吟遊詩人がどうだとか……現代においてはどうだとか悩んでたじゃない。折角の誕生日にそんなのもったいないわ」
「姫歌……」
現代においての吟遊詩人が現実的な存在じゃないのは、言うまでもなく廃れたからだ。識字率の向上で専門的な詩人や作家の本が読まれるようになり、メディアとしても新聞に取って代わられ、存在意義を失ってしまった……。中世の終わりでそうなんだ。現代でどんな意義があるのか……誕生日が近づくにつれて、分からなくなってしまったんだ。
「これまでの問いかけで分かったでしょ。"それが詩人だから"——とも言えるのよ」
「弱ったな。吟遊詩人が一本取られるとはね。……ありがとう」
「どういたしまして」
どうやらボクは長い旅行に大きなカバンを持っていこうとしていたみたいだ。オカリナを取り出してボクは姫歌に感謝の詩を贈った。外れた音程と、ボクらしい遠回しな言い回しだ。それもいいんじゃないかな。だってこれはボクがゲームをクリアしたエンディングなんだから。
こうしてボクは一つの歌を口ずさんで、最高の誕生日を飾ったのさ。