今日は6月の22日。記念すべきお誕生日を迎えました。花園家の令嬢として、お上品で清楚な一日を過ごしたかったのですが……
「どうしてこんなことに……」
「それはこっちのセリフなのよ」
私と唐音さんは今部屋に閉じ込められています。部屋には鍵が掛けられていて、助けを呼ぼうにも部屋の中は電波が入らないようにしていますし、お母様の所有するホテルなので物理突破はできません。完璧な計画だったはずなのに……
「折角の誕生日にこのような憂き目にあってしまうなんて……よよよ」
「自業自得でしょっ」
誕生日というのは大人の階段を登る日です。なので恋太郎君と一緒に閉じ込められて、〇〇しないと出られない部屋で一足早く登っておこうとしたのに……
「まさか唐音さんが迎えにくるなんて……よっぽど私の誕生日を祝いたかったんですか〜?」
「は、はあ!? べ、別にそんなんじゃないわよっ! ……で、どーすんのよ」
唐音さんをからかうのは楽しいですが、現実から目を逸らしていることに気づかれてしまいました。なんで分かっちゃうんですかね。
「中からは恋太郎君対策で〇〇を次々にこなしていく以外の方法じゃ出られないんですよ……」
「はぁ……馬鹿」
「うぅ。すみません」
さすがに呆れられても仕方ありません。既に一つ目の要求も見えてますし。
「『閉じ込められて不安になっている彼女を落ち着くまで抱きしめてあげよう!』じゃないのよ」
「なんて辱めですかこれは……」
思わず目を覆ってしまいます。こんな自作自演をよりにもよって唐音さんに見られるなんて……。えっ。
「か、唐音さん?」
「……勘違いしないでよね」
それ以上は何も言わずに抱きしめ続けてくれました。唐音さんはぺったんだからドキドキがやけに伝わってきます。こんな状況になって唐音さん自身も相当恥ずかしいのに、折角の誕生日にやらかした私のために……。な、なんだか私も変にドキドキしてきちゃったじゃないですか。
「『気分が盛り上がってきたところで、壁ドンから顎クイで迫ってみよう!』。……アンタ、そういうの好きなんだ」
「声に出さない方向でお願いします……」
唐音さんが慎重に両腕を壁について、私の逃げ場を無くしました。顎を持つというよりは手を添えるようにしてから、ゆでだこのように真っ赤になった顔を見せてくれます。ああ……
「次は……って! ば、バッカじゃないの!?」
「ちょ!? 痛い痛い!」
「あ、ごめん」
次の指示……『そのままゆっくりキスをしてあげよう! 初めのうちは短いキスを重ねて、段々と長くしていってね!』を見た唐音さんは耐えきれずにそっぽを向いてしまいました。
「何も聞かずに始めるからですよ」
「アンタが言いたくなさそうだったから、やれるとこまでやってみたのよ! 一体どこまでするつもりだったのよ」
「ああ。これが最後の指示ですよ」
「へっ? そ、そうなんだ。〇〇しないと出られない部屋って、普通は……」
「え〜? 何を想像しちゃったんですか? 院田・エロエロ・むっつりすけべ・唐音さん♪」
「べ、べ、別にエッチなことなんて考えてないわよ!」
うーん。ツンデレ因子を持つと隠し事ができなくて大変ですね。だからこそからかい甲斐があるんですけど。
「アンタがこんな部屋まで用意して、それだけってのも考えづらいし……」
「……本当は私もしたいですよ」
「含めるな私を」
「覚えてますよね。凪乃さんと一緒に三人で大人な映画を観に行ったときに、揃って発情期になったことを」
「だ、だから私を含めないでよっ!」
いや、あの時に関してはなってましたよ。
「恋太郎君は『全ての感情を失う薬』を飲んででも、ムラムラ解消に付き合ってくれました。そんな誠実な真似をされちゃったら……無理やりなんてしてもらえませんよ」
「ふ、ふーん……アンタにも理性ってものがあったのね」
「そんな人を欲望に支配された生物みたいに」
「でもそれならなんでそれっぽい部屋まで用意して、ギリギリまでやらせるのよ」
「折角の誕生日ですから、あの時みたいな捗るおかずが欲しかったというか……〇〇しないと出られない部屋であんなことやこんなことをしたという経験が、いつか大きな財産になるというか……」
「欲望を捨てたら試合終了じゃねーのよ」
恋太郎先生……エッチが、したいです。
「……あーもう。今日だけだからね。とっととすませるわよっ!」
「はっ? しょ、正気ですか!? 『感情を失う薬』でも飲みました!?」
「そんな人をツンデレで支配された生物みたいに」
「言ってない言ってない」
「皆祝う準備してるんだし、こんなところで一日過ごしてもらっても困るのよ。……それにアンタには借りがあるから」
「借りって……ツンデレ喪失のことですか?」
「そうよ」
「そんなの私をお母様の手から奪還しにきてくれたのが先ですし……気にしなくていいんですよ」
まったく……唐音さんは本当に律儀なんですから。
「今回はそっちじゃないわよ」
「え?」
「よくもあの時は無垢な私に胸を触らせたり、お風呂場で好き勝手してくれたわね……!」
「げっ。覚えてたんですか?」
まずいですねこれは。この体勢じゃ逃げられないですし、そもそも鍵がまだかかってますし。これはアレですね。虎と一緒に檻の中に閉じ込められたような——あっ、ちょっと待って——!?
「覚悟しなさいよっ!」
「んむっ!?」
唐音さんに唇を重ねられました。威勢良く覆い被さった割にはプルプル震えてて可愛いらしいです。どうですか私のふわふわの唇は……って。いやいや、シラフで何してるんですか。そりゃ唐音さんとキスは何回かしましたけど、事故というかなんというか。何一回一回味わうようにしてるんですか。私達はあくまで彼女同士であって、普通そんな関係でキスはしないというか、いや一般的な彼女同士なんて聞いたこともありませんけど、こういう場合って恋太郎君からしたらNTRにあたるんでしょうか。ああ、もう唐音さんが間近にいるせいで良い匂いするから私までおかしくなってきたじゃないですか。いつものパッチリお目目はどうしたんですか。とろんとした目で見つめないでくださいよ。私までそんな風になっちゃったらどうするんですか。いや、まさかもうなってる? 幸せすぎてぼんやりして頭が回らなくなってきて——
「羽香里……」
「はあっ……はあっ……。か、唐音さん……。ま、待って——」
息が整うより早く、長いキスに入ってしまいました。こっちは唐音さんと違って体力お化けじゃないんですよ。か弱い乙女になんてことするんですか。本当……頼り甲斐があって、困ったことがあったらすぐ助けてくれて。今回だってそう。私のことを何でも分かってくれて。こんな見る人によっては茶番と笑われても仕方ないお部屋でも、恋太郎君のことばかり考えちゃって我慢できない悩みをすぐ見抜いてくれて。ああ……もっとぼんやりしてきて……そう、これは息が持たないせいなんですからね。……好き……。好きですよ唐音さん——。
——ガチャン、とロックが外れた音がしました。どれくらい時間が経ったんでしょう。少なくとも息は乱れに乱れてます。本当に危なかったんですけど、どうしてくれるんですかまったく。いつからか二人して目を閉じていて、唇を離すと糸が引いて、思わず同時に拭いました。
「……顔、真っ赤よ」
「唐音さんに言われたくないですよ……」
「ふ、ふん! どう? 思い知った? アタシもツンデレ復活した後、これくらい恥ずかしかったんだからね!」
「こ、こんなに……ですか」
「な、なによ。いつもみたいに言い返してきなさいよ」
軽口が途絶えて、沈黙に支配されました。少し落ち着いてきて、お互いとんでもないことをやってしまった事実を遅れて理解して。でも、それが満更でもないと感じているのは多分私だけじゃなくて。お互いにそのことが分かってしまうから、気まずい。もしこれ以上の指示を用意していたら、どうしていたのか——。
「羽香里ー! 唐音ー! 大丈夫かーっ!」
「あっ」
「えっ」
両手を絡めてるタイミングで恋太郎君が救出に現れて、さらに気まずい展開に——
「二人とも仲良いなあ……!」
なりませんでした。恋太郎君は友情とそこら辺を混同している節がありますよね。そういうところも可愛らしいんですけど。
「ど、どうして分かったのよ」
「唐音と連絡が取れないから何かあったんじゃないかって。羽々里さんに電話したら、慌てた様子でここに行くように伝えられて……」
「ああ……だから鍵を持ってるんですね」
「……!? じゃ、じゃあ待ってれば出れたってこと!?」
「そりゃ外からは開けられますよ。お母様が用意したホテルなんですから」
「先に言いなさいよ!」
「いや、だって唐音さんが先走って……。それに私への仕返しって無理やり……」
「う……。あ、アンタも早く助けに来なさいよねーっ!」
「わぁ。唐音のパンチ嬉しいなー!!」
今年一番のパンチがクリーンヒットしましたが、私の誕生日を祝うために恋太郎君は一瞬で再生してくれました。こうしてあの部屋で一日過ごす羽目にならず、ファミリーの皆に祝ってもらって私は最高の誕生日を——
「あへあへ……。恋太郎君のASMR音声……♡」
終える前に恋太郎君の誕生日プレゼントを使おうとしましたが、手が止まりました。そしてその手をスマホに伸ばして、唐音さんに電話をかけました。
「あの。唐音さんのせいで、しようとすると今日のことが過るんですが」
「知らないわよっ!」
おかげさまで発情期は過ぎ去り、私達は軽口を叩き合いました。そしてあの部屋にいた時間よりずいぶん長くお話をして……
「……唐音さん。いつもありがとうございます」
「ん……別に。お互い様でしょっ!」
「ふふっ」
あんなことがあっても愛想をつかさないで一緒にいてくれる友達なんて、さすがに唐音さんしかいないかもしれませんね。こうして私は最高の誕生日が終わる瞬間を、結局唐音さんとの長電話で過ごしました。