「背中は任せたぞ!」
「しっかりね騎士華ちゃん!」
あたしたちは挟み撃ちにあっていた。じりじりと間合いを詰めてくるゾンビは作り物とは思えないほど不気味だった。けれど——
「ゾンビは——物理で倒せるっ!」
「はああああっ!」
ホラー展開でも物理で倒せるのなら怖くはなかった。地についた両手を軸に回転して放った蹴りは脆い体を切り裂いた。凛ちゃんが喜びそうなくらいに。騎士華ちゃんの方もどこでもバットの要領で取り出した竹刀の一閃で次々と打ち倒していくのが聞こえた。お互いが眼前の敵を各個撃破して、ようやく息を整えた。
「さすがだなエイラ」
「騎士華ちゃんこそ!」
ここに留まっていては追っ手がやってくる。あたし達は蝋燭の火で灯された心許ない道を進んでいく。
「うぅ〜。暗闇は物理じゃ倒せない……」
「しっかりしろ。なんのために肝試しに来たと思っている」
「う、うん。そうだね……!」
そう言われ、行くきっかけになった出来事が頭に過った。大学も夏休みに入って、皆で課題を進めていた時のこと——
「スペシウム光線かってくらい日差し強いですね」
「あちーのだ……」
「きゃーッ! 猛暑は物理じゃ倒せない」
「まったく……情けない奴らだ。心頭滅却すれば火もまた涼しというだろう」
「そ……その通り! こんなもんアタイの先輩力なら我慢しきれ……うぅ」
「異議ありだよ! それは誤用で、本来は目の前に立ち塞がる困難に雑念を捨てて取り組む集中力の話だから!」
「そうだ。だから目の前の課題に集中していれば、暑さなど忘れられるだろう」
「ダメなのだエイラ! 騎士華は脳筋なのだ!」
「失敬な! だが……そうだな。そんなに暑いのなら肝試しにでも行くか?」
「大学生にもなって? 騎士華子供みてーなのだ」
「子供の姿の貴様に言われたくはないがな。それに昔の肝試しは娯楽ではなく、その名の通り度胸を試すものでな。暗闇や妖怪の類いが現実的な恐怖である中、人々を導く器があるのかの判断材料とした話も残っているくらいだ」
「ああ……『大鏡』の『肝だめし』とかだね。昔古文のレポート書いたことあるよ」
「へ、へー。楠莉は……理系だから」
「あ、アタイは……ビジュアル系だから」
「寝言は寝て言え」
「どういう意味だい!?」
「あたし、行ってみようかな。恋太郎君に守られてばかりじゃ、いつまでも度胸がつかないままだもんね」
「……ほう?」
誕生日を迎えて、また一つ大人に近づいた。元々大学に進まずにお父さんの道場を継ぐつもりだったあたしにとって、今は将来何をしたいのかを探している道すがら。その答えを出すために一つ知っておかなくちゃいけないことがあった。物理じゃ倒せない不安を乗り越えて、答えを出せる器があるのかどうか。
「それならアタイも先輩として——ちょ、ちょっと待った! これって本気グループ主催じゃないかい!?」
「えっ!? あの本気サウナの……」
「あの本気やみつきキャベツの……!?」
「あの本気温泉の……!」
「あの本気足ツボの……!」
各々が遭わされた目を思い起こして、顔が青ざめたっけ。先ちゃんと楠莉ちゃんが息のあった連携で今夜二人で遊ぶ約束を交わしていると——
「面白い。私も行こう」
「本当に!?」
「ああ。雪辱を晴らす絶好のチャンスだ。それに奴らとは今後とも戦う羽目になるだろう。退くわけにはいかない……恋太郎ファミリーの前衛として!」
「100カノはバトル漫画じゃないよ……!?」
こうしてあたし達は本気肝試しを申し込んだんだ。失敗条件はゴールまでに鍵を奪われること。だから色んな敵が襲いかかってきたんだけど……
「ヴァンパイアも——物理で倒せるっ!」
暗くて怖いけど、出てくる怪異はどれも作り物で物理で倒せた。そりゃそっか。
「様々な敵と戦ってきたからな。強くなりすぎたのかもしれん」
「ちょっと残念だけど……ホッとしたかも」
弛緩した空気があたし達の間に流れた。そのことにいち早く気付いたのは、本気グループのスタッフだった。
「お客様の肝が冷えていない……!? これでは本気のサービスとは言えない! 召喚師をお呼びしろ!」
「えっ? 何か聞こえた?」
「召喚師だと……? バカな。100カノはバトル要素を含むが、あくまでラブコメだ。作者がプライドを捨てない限りそんなものを出してはこないだろう」
そんなあたし達を嘲るかのように、光が差し込んだ。漫画やアニメに出てくる魔法陣のような見た目に嫌な予感が沸き起こる。やがてそれはすぐに現実のものとして現れた。
「嘘……でしょ……」
足がすくんで動けない……。かつてお父さんに恋太郎君との恋愛を認めてもらうために、廃墟を探索した時、本物の心霊現象に襲われた。だから知ってはいたんだ。それでも何の根拠もなくあんなこと二度とないだろうって縋っていた。
「誰だ! 名を名乗れ!」
騎士華ちゃんが剣先を向けた。立ち上がった煙には明らかに人間のような表情が浮かび上がっていた。その口がおもむろに開かれる。まるでこちらの不安を募らせるように。
「
「ひっ……!」
「エイラ!?」
煙は物理じゃ倒せない……! なすすべもなく煙に包まれて、息が詰まった。段々と意識が薄れゆく中、あたしは情けなくて涙がこぼれていた。あの時恋太郎君はいち早く本物って気付いて、怯えさせないように守ってくれたのに。あたしは……一人じゃ何も……。
「そっちがそのつもりなら容赦は無しだ……! ラブコメの垣根など超えてやる!」
「なぬ!?」
突如として息が楽になった。朦朧とする意識の中で、あたしは目撃した。騎士華ちゃんがトンボを捕まえるかのように回した竹刀は、まるでブラックホールのような吸引力で煙を吸い込んでいった。
「はっ……はっ……ふぅー……。あ、ありがとう騎士華ちゃん」
「いや、すまない。私としたことが非常識な展開に反応が遅れた」
「……ううん。謝るのはあたしの方。お姉さんなのに、守ってもらってばかりで。迷惑をかけないように、度胸をつけるために来たのに……」
「……やはりな。そんなことだろうと思ったぞ」
「え?」
そうこぼした騎士華ちゃんの声色はなんだか寂しげだった。
「エイラ。貴様にとってファミリーとはなんだ?」
「ファミリー……とても大切な繋がりだと思ってるよ。あたしのビビリを気にしないで、むしろ長所だなんて言ってくれて」
「そうだ。貴様は迷惑と言ったが、私たちは頼られることを迷惑だなどと思いはしない。度胸をつけるのはいい。だが……なぜ一人で成し遂げねばならん?」
「あ……」
魔法陣からは未だに不気味な光が漏れ出ていた。すると腰砕けになって立ち上がれないあたしに騎士華ちゃんが手を伸ばしてくれた。掴んだその手から何かを分けてもらうようにあたしは立ち上がった。
「ありがとう……。私にとってファミリーは大切な繋がりで……全てを受け入れてくれて、だからこそ遠慮なんてせずに頼れる存在だよ!」
「……その言葉を待っていた。さあ、やるぞ!」
「うん!」
「煙々羅を倒したくらいで良い気になるなよ……」
どこからか声がする。実体がない……? 物理じゃ倒せない……怖い……でも……!
「どこだ!? どこにいる……!」
「魔法陣の光が揺れてる……! まさかあそこに……?」
「邪魔をするというのなら斬り捨てるまで! ……なっ!」
騎士華ちゃんが今度は竹刀を振るうと、まるでかまいたちのように風の刃が襲いかかった。けれど向こうからも同様の風が飛んできて相殺されてしまった。
「無駄だ。俺はあらゆる物理攻撃をコピーできる。その攻撃も竹刀を力強く振るって風を起こしているに過ぎん」
「なんだそのあからさまに私達を対策した特殊能力は……!」
「お客様に本気の肝試しを体験してもらうべく、物理特化であると分析し、本気対策をさせていただきました!」
ううっ。さすが本気グループ。ここまでの戦いであたし達の強みは研究され尽くしてる……!
「……だとさ。ま、帰ってお家でママのおっぱいでも飲むんだな」
「ママ……? ぱいぱい……」
「なんだこいつは」
「騎士華ちゃん!? ほら、しっかりして!」
「はっ! ……くっ、卑劣な真似を……!」
「え? 俺が悪いのか?」
幼児化しかけた騎士華ちゃんを慌てて揺すって起こした。あっちからも困惑した声色が伝わってくる。……声? 会話が成立するということは、実体が見えなくても音の振動は伝わっているということ……!
「騎士華ちゃん! 合わせて!」
「はあっ!」
「はっはっは! 同士討ちとは血迷ったか!」
あたし達一人一人じゃ物理攻撃しかできない。けど二人の力を合わせれば! キックと竹刀がぶつかり合うと、痛烈な音が響き渡った。
「音だと!? しまっ……!」
「そう……音は物理じゃ倒せない!」
物理で倒せないものは苦手だから、弱点もすぐに思い浮かんだ。ビビリであることが悪いこととは限らない……か。断末魔と共に気配が消えると、魔法陣も消滅していった。
「やったな」
「ありがとう騎士華ちゃん! おかげで初めて特殊攻撃ができたよ……!」
「ふ……お互い様だろう」
「ふふっ。うん!」
心地よい達成感に包まれながらあたし達はゴールへと辿り着いた。これ見よがしな宝箱を開けると、中にはお守りが入っていた。
「本気除霊お守り?」
「ふむ……どうやらあらゆる怪異を排除してくれるようだな。どうする?」
騎士華ちゃんからの問いかけに少し悩んだけど、顔を見ていたらスッと答えが出ていた。
「折角だけど、遠慮しておこうかな。あたしは……あたし達は恋太郎ファミリーの前衛だもんね!」
「そうだな。これからもよろしく頼む」
「こちらこそ!」
あたしにはお守りより頼れる沢山の仲間がいるから。不安に向き合って、一人じゃ探せない答えを見つけていくんだ。
こうしてあたしは最高の誕生日を過ごして、形のない誕生日プレゼントを手にしていたんだ。