「ヤクさんは誕生日に欲しいものってありますかぁ〜?」
「ん〜? 特に欲しいものはないのう……。皆と過ごせる時間が何よりの宝じゃよ」
誕生日を迎えるちょうど一週間前のことじゃった。わしの返事を聞いた千優が小気味良く手を合わせたのじゃ。
「それなら誕生日を気兼ねなく楽しめるように、お身体の調子を良くしましょう〜」
「おお。それはいいのう。最近腰の調子が悪くてねぇ」
「紅葉の出番とお見受けしました」
「ふひゃああぁ〜。腰がとろけるのじゃあぁ〜」
「腰回りの筋肉が硬いのです……。前々から疑問だったのですが、ヤクさんは不老不死の薬で八歳の体になっているのですよね?」
「そうじゃよおおぉ〜」
「同じく八歳になっている楠莉さんはどこも凝っていないのに、なぜヤクさんだけ年相応の症状が出ているのですか?」
「それはですねぇ〜。脳さんの過剰反応だと思いますよぉ〜」
「と言いますと?」
「たとえばぎっくり腰になってしまうと、脳さんが腰を曲げると危険だ〜って学習してしまうんです〜。その記憶があると実際に組織が傷ついていなくても、危険信号が出てしまって痛いと認識してしまうことがあるんですねぇ〜」
「ほほう。そうなのですか」
「確かに最近は紅葉がいてくれないと不安になるくらい、腰痛が再発してしまっているのじゃ……」
「それは良くない状態ですねぇ〜」
千優の顔にびきびき? が入っていったのじゃ。昔は自分で薬を調合したりもしたもんじゃが、最近は楠莉に任せっきりじゃからのう。それに不老不死の薬のことで心配をかけてしまったし、できれば薬を使わずに治したいのじゃ。
「千優……すまんがこのおいぼれに知恵を貸してはくれんかのう?」
わしは横文字と機械がてんで駄目じゃから、薬方面での対処に知識が偏っておるのじゃ。じゃが知らなければ知る努力をすれば良い。
「私の知識がお役に立てれば嬉しいです〜」
「ありがとねぇ」
「もちろん俺も協力しますよ」
恋太郎を筆頭に皆が次々と協力を申し出てくれたのじゃ。ありがたいのう。誰かが困っていれば皆でそのことに向き合ってくれる。いつ人生の終わりを迎えるか分からぬ身で、恋太郎はみりーの温かさに触れて過ごせる時間がどれほどかけがえのないものか。皆のためにも、わし自身のためにも健康でいなくてはのう。
「それで腰痛が発生しないようにするにはどうすれば……?」
「慢性的な腰痛の治療ですと、推奨されるのは認知行動療法ですねぇ〜」
千優がわしらにも分かりやすいように丁寧に説明してくれたのじゃ。認知とは主観的な恐怖心を客観的な事実に基づいて修正していくこと。行動とは痛みを恐れて活動を避けるのをやめて、少しずつ活動範囲を広げて脳に動いても大丈夫という成功体験を積ませることのようじゃな。
「分かります! 筋肉痛がキツい時も動かした方がいいって言いますよね!」
「育さんは動かしすぎです〜」
「そうですよ。これは見逃せません」
「ぐああああ! 折角キツかったのに……」
「俺も分かります。皆と過ごすようになってから、成功体験でどんな怪我を負っても大丈夫になりましたから」
「恋太郎君も客観的に認知できるようになってくださ〜い」
まずは状況を鮮明にするための記録が始まったのじゃ。痛みに向き合うというのは一人じゃと億劫なものではあったが……。
「ヤク! 腰の痛みは何点なんだ?」
「ん〜? 十点中四点かのう……」
「4! 今朝は9でお昼が7! 数字がたくさん……♡」
書き込むような作業を数が肩代わりしてくれて、嬉しそうに聞きに来てくれるからこちらも釣られるように楽しい気分になったのじゃ。それに朝調子が悪い日はずっと駄目じゃと思っておったが、そうとも限らないようじゃのう。
「うーむ。今日は動かすと痛める気がするのう」
「紅葉のセルフスカウターでは腰回りの筋肉に異常はありませんね」
「せるふ……?」
「悟空が見ただけで敵の戦闘力が分かるのと同じ原理で、紅葉も服の上から見ただけで分かるのです」
「そういうことなら動かしてみるかのう」
病院のような気が重い施設で検査せずとも異常がないことを伝えてくれたおかげで、動かしたら痛めるかもしれないという不安が徐々に薄れていき……
「実は寝る時にも急に痛くならないか不安でねえ」
「ヤクさんは……仰向けで寝てましたから……。膝の下に座布団を入れて……腰を軽く曲げると……反りが緩んで楽になりますよ……」
「なるほどのう。助かるよ」
「いえ……っ。寝るのは人生で一番……幸せな時間ですから……」
寧夢の助言通りにしてみると確かに楽な体勢で、寝るたびに緊張が走る恐怖と戦わなくて良くなったのじゃ。
「今日はかぼちゃが採れたどー」
「私もお豆腐を持ってきましたわ! 筋肉をほぐすマグネシウムが含まれていて、他にも美容にいい成分がドバドバと——」
色々と腰を支える骨や筋肉によい食べ物を持ってきてくれてのう。芽衣や知与が料理をしてくれたのじゃ。おかげで睡眠や食事を通して気が楽になってきたのじゃ。
「今日は腰を丸めたり反らしたりするキャット&カウで脳さんにこの動きは安全だ〜って学習させましょう〜」
「楽な姿勢ならタマに任せるにゃん……」
「こうかい? おお……曲がるもんじゃのう」
極端に怖がることが減ってきたところで、今度は行動をしていく段階に入ってきたのじゃ。
「鉄の馬が走っておるのじゃ……!」
「大丈夫ですよ。車は物理で倒せますから」
「そ、そうなのかい?」
一日二十分程度の散歩をするにあたって、必ず誰かが付き添ってくれてのう。順調に腰の調子も良くなってきたのじゃ。
「のう……恋太郎?」
「なんですか?」
「皆が協力してくれるのは嬉しいが……一つ疑問があってのう」
はみりーは皆いい子たちじゃ。誰かが困っておれば、そのために協力を辞さない。それは分かっていたつもりじゃったのじゃが……
「言うなれば年寄り特有の悩みを……"介護"しているようなものじゃろう? あまり気分が上がるようなものではなかろうに、何故皆は嬉しいことのように付き合ってくれるのじゃ?」
「ああ……確かに介護と聞くと、億劫な印象を抱く人はいると思います」
「じゃろう?」
「でも皆もそう認知してはいないと思いますよ。ヤクさんが一人で戦っていた恐怖を、一人一人がちょっとずつ頑張るだけでなくすことができますから」
目から鱗とはこのことじゃった。わし自身気が重いことじゃったから、皆に背負わせることに申し訳なさもあった。じゃがそういった過剰な不安を抱くことなく、行動してくれていたのじゃな。
「……なるほどのう。この歳になって学ぶことが残っていようとは。人生勉強じゃのう」
「俺達もヤクさんから色んなことを学ばせてもらっていますから。お互い様ですよ」
「ふふっ。もしかしたら皆がそうなのも、お主のようになりたいからかもしれんの」
「えっ? それはどういう……?」
「なに。年寄りの戯言じゃよ」
こうしてわしが腰の痛みに億劫にならずにいられるのも、一人じゃなく皆で向き合っておるからかもしれんのう。一対一の恋も素敵じゃったが、こんな形の恋がこの世にあろうとは。
「ヤクさん……!? ど、どうして急に……」
「ふふっ。さて、どうしてかのう?」
口付けをかわすと、相変わらず
「ほっ。まだまだ見えるものじゃのう」
「そんな!? 開発したばかりの連携技が避けられた……!」
「ふっ。騎士道に終わりはないということか」
そうして誕生日を迎えたのじゃ。腰の状態の確認を兼ねて開催してくれた催しでは、足枷が外れたように縦横無尽に動き回れたのじゃ。
「健康力一万……十万……百万……いや! ラブインフィニティなのです……!」
「そういう状態を客観的に認知しようって話だっただろ」
「千優もありがとのう。おかげで色々なことを知ることができたよ」
「いえいえ〜。お誕生日おめでとうございま〜す。これからも学ばせていただきます〜」
この歳になると誕生日は祝うというより祝われるものじゃ。そう思っておったが、修正しなくてはいかんのう。生きた