湧き上がるバイオレンスの衝動をずっと抑え続けてきました。お家でもバイオレンスな映画を見る時はいつもイヤホンをして、家族にも打ち明けられず一人でこっそりと楽しんでいましたわ。私は変な子なんだってずっと苦しかった。ですが恋太郎先輩と出会ってからというものの——
「誕生日おめでとう凛! とりあえず一発やっとく?」
「あ……! それでしたら久しぶりに凪乃先輩のケツバットを見たいです」
「了解した」
「キッツ〜♡」
「刺激的で……いいですね……! おかげで目が覚めました……」
こうして抑え込むことなく皆でバイオレンスを共有することができて、胸のつかえが取れたような解放感で満たされていますわ。それにしても凪乃先輩の容赦ないケツバットと冷たい表情はいつ見てもすごくバイオレンすわ……!
「それで灰尾凛。アミューズメント施設で待ち合わせたのはいいとして、目的地は決まっているの?」
「実は最近『血ゾンビ』のバーチャル体験施設ができまして……!」
「あ……私も気になってました……。今やってるのが確か……去年凛さんのお誕生日に一緒に観に行った……」
「はい! 『復活の血ゾンビR! 〜再生のリバースゾンビリターンズ〜』の内容が元になっていますわ」
「なんて無意義なタイトル……」
「あれはキツかったね! 一人で観てたから膝が震えまくって良い修行になったよ!」
「……私は閲覧していない。共に体験するにはそぐわないかもしれない」
「知らなくても楽しめるようになっていますし、何より初見の方の反応も知りたいですわ……!」
「私たちは繰り返し観ているので……新鮮な反応にはならないかもです……」
「そう? そういうことなら」
こうして私達は体験の申し込みをすませ、それぞれのアバターとジョブを設定しましたわ。
「……? ゾンビ映画なのに魔法使い?」
「そうなんです! 『血ゾンビR』のRはRPGのことなんです!」
「そうなの……?」
「寧夢! VRゴーグルつけるよ。眠気は平気そう?」
「はい……! さっきからドキドキが止まらなくて……」
ゴーグルをつけて待っていると、やがて視界が開けていきましたわ。私は勇者の装いをしていました。期待通り手元には映画で彼がぶん回していた武器がありましたわ。
「見てください育先輩! 釘バットすわ……!」
「よーし! 来い!」
「バイオレンすわ〜!!♡」
「キッツ……ッ!!♡」
ふうっ……!! ふうっ……!! ゲームは始まったばかりだというのに息が上がってしまいましたわ。人生で一度でいいから釘バットを振るってみたかったんですの……! さすがに現実では育先輩もただではすまないでしょうから。おかげで夢が一つ叶いましたわ……!
「根向井寧夢。どうしてあなたまでお尻を向けているの?」
「はっ……! い、いえ……なんでもないです……」
「……?」
ヒーラーの寧夢さんにひんしの育先輩を回復していただいてからストーリーを進めていきました。お話の流れは王道のRPGで、魔王が世界を支配するために人間を次々と血ゾンビにしているので、国から選ばれた精鋭が討伐に向かうお話ですわ。早速血ゾンビ軍との交戦になりました。
「敵はボクが引きつけるよ!」
大量のゾンビ軍団にタンクの育先輩が嬉々として向かわれると、素手で突撃を受け止めましたわ。
「装備を外している……? 理解不能」
「あ……早速かまれましたね……。わ……すごい……」
こんな至近距離で人がゾンビに噛まれている様を見れるなんて……! 画面越しでは伝わらない生々しさに寧夢さんの目も見開いていましたわ。
「ぐっ……♡ いまだ凛! ボクの理性が残ってるうちに!」
「すわ〜!!♡」
育先輩に意識が向いて無防備なゾンビに向かってフルスイングでバットを振るいましたわ。生首が吹き飛んで、返り血がシャワーのように降り注ぎます。一度ゾンビになった人間はもう元には戻らない。作中では被害を増やさぬ為とはいえ、倒すことに心を痛める罪悪感と存分に力を振るえる興奮の板挟みにあう葛藤が描かれていましたが……
「こ、こちらの理性の方が吹き飛んでしまいそうですわ〜!」
「あっ、まずいよ凛! 後ろに抜けられた!」
「えっ!?」
許された暴力を貪るあまり、無抵抗なゾンビばかりに気がいきすぎてしまいましたわ。こちらに向かわなかったゾンビが後衛のお二人の方に……!
「下がっていて」
するとウィッチの凪乃先輩が寧夢さんを庇うように前に出ましたわ。思わず生唾を飲み込んでしまいます。ああ……あのさすまたのようなロッドから一体どのようなバイオレンスな魔法を……!
「ゾンビ撃退には目潰しが効率的」
「すわ〜!?♡」
「そこから水を流し込めばさらに効率的」
「すわわ〜!!♡」
「わ……これは絶対地上波じゃ流せないですね……」
「厳しくなる表現規制に私は断固として屈しない」
やっぱり凪乃先輩にはバイオレンスの才能がありますわ……! こうして第一陣を退けると、育先輩の身体に異変が起こりました。
「しまった! 操作が効かなくなった……。自分の意思とは関係なく動かされて……キッツ♡」
「そんな育先輩……! ああ……♡」
育先輩が血ゾンビの姿になってしまいましたわ……! そのまま近くにいた私に噛みつこうとしてきます。思わずそれを受け入れようとしたところ……。
「り、『リバース』……っ」
「ぐああああ! 折角キツかったのに……」
「それは……先程も使用した回復魔法? けれど血ゾンビは二度と人間に戻れないはず」
「これは禁忌の魔法でして……ダメージを受ける前の状態まで、育先輩の身体だけ時間を巻き戻したんです……」
「理解した。あなたが私達の生命線。必ず攻撃は届かないようにする」
「お願いします……」
熱中するあまり体感ではそう長くはありませんでしたが、作中時間では何年もの月日を経てようやく諸悪の根源である魔王のもとへと辿りつきました。
「もしわしの味方になれば世界の半分をやろう」
「半分の定義とは? 面積? それとも経済指標?」
「な、凪乃先輩……っ」
「冗談。このような口約束では契約不履行の恐れがある」
「血の契約を結んでも構わんぞ?」
「そんな誘いに乗るもんか! ボク達にあるもの! それは友情、努力……そして勝利だ!」
「さらに
魔王の問いかけを紆余曲折を経て突っぱねると、高らかに笑い出しましたわ。
「やはり人間とは恐ろしき生き物よ。まるで選択肢がそちらにあるかのようだ」
「私の計算ではあなたを倒すのに必要な経験値は大幅に超えている」
「道中……ゾンビとたくさん戦いましたもんね……楽しすぎて……」
「そうだろうな。よくぞわしのために強くなったものよ」
「お前のためじゃない! ボクらがキツくなるため……じゃなくて! 皆を助けるためだ!」
「道理の分からぬことよ。選択肢などはなから無いと言うのに……!」
「……!」
操作不可になってしまいましたわ。これはつまり……血ゾンビになってしまったということ。
「皆さん……っ」
私だけじゃありません。育先輩と凪乃先輩も血ゾンビになってしまいました。そして肌におどろおどろしい量の血の染みが浮かび上がってきて……。
「わしは血ゾンビの体液を浴びた者を操ることができるのよ。呪い……人間界では魔法と言うのだったか。呼び方など瑣末なことよ」
「なぜこのタイミングで? もっと早くに操っていれば被害を抑えられた。……いや、まさか……!」
「繰り返してやろう。よくぞわしのために強くなったものよ……!」
「寧夢さん……! 逃げてくださ——!?」
操作だけでなく音声も届かなく……! 最後に残っていた理性さえ支配され、完全なる血ゾンビになってしまったのですね。
「……なるほどな。ヒーラー故に血を浴びなかったか。そうだな。お前には選択肢をやろう」
「わ、私に……ですか?」
「人間を裏切りわしにつくか。それとも今ここで無惨な最期を迎えるか……だ」
魔王が高らかに笑って歩みを進めると、私達の身体もゆっくりと寧夢さんに向かっていってしまいます。まさに映画のラストシーン……。思わず胸が高鳴りました。
「私は……どちらも選びません」
「慈悲の分からぬやつよ。人間にある選択肢など敗北の仕方のみだというのに……!」
寧夢さんの体めがけて釘バットが振り下ろされていく……。その刹那。
「『リバース』……っ」
「くくっ。何かと思えば。無駄なことよ。こやつらは数多の血を浴びておる。戻ったところで再びわしの呪いに落ちる……!?」
走馬灯。人が危機に陥った時にこれまでの記憶が次々とフラッシュバックすることがあるそうです。まさに私の前に流れたのはこれまでの旅の記憶……。しかしこれは走馬灯ではありませんでした。
「こいつはボクが押さえる!」
「私もロッドで取り押えるのが効率的」
血を浴びていない旅の始まりまで時間を戻してくれたことで私達も動けるようになりました。
「これが——最後の一撃ですわ!」
二人に取り押さえられた魔王に釘バットを一閃——。最後の一撃は思ったより呆気なく、それでいて軽いものでしたわ。
「皆さん……良かった……」
「寧夢……身体が!」
「隠しててごめんなさい……。『リバース』は戻す時間が長ければ長いほど……私の時間が進んでしまうんです……」
「そんな……っ。ごめんなさい。そうと知らずにあなたにケツロッドを……!」
「あ、いえ……。戻す時間が短ければそこまで問題は……。それに嬉しかったです……。私も刺激が欲しいことに気づいてもらえて……」
「どうして……言ってくれなかったんですかっ……!」
「ごめんなさい……。でも私の時間は凛さんに会うまで……止まったままだったんです……」
「え……?」
「寝てしまうような退屈な日々を……刺激的な血で染めてくれた……そんな目が覚めるような時間が私にとっては……何より大切だったんです……」
「私もそうです……! 誰もが苦手な暴力を受け止めてくれたから、思う存分力を振るって、隠すことなく興奮できたんすわ……!」
「だから最後にもう一度……振るってください……」
「何を言ってるんですか……! そんなこと……」
「これから老化が進み、やがて……だから禁忌の魔法なんです……。それでも私は選びました……。人を裏切らずに……無惨ではない最期を迎える選択肢を……。私を……あなた達と共に過ごした根向井寧夢として……覚えていて欲しいから……」
時間がありませんでした。余力を振り絞って話す寧夢さんは既に魔法の反動が顕れていました。私は葛藤の末——もう一度、最後の一撃を振るいました。
「バイオレン……すわっ……!」
「ふふっ……」
最後の
「凛さんったら……すごい表情でしたよ……」
「寧夢さんこそ……目が興奮で充血していましたわ」
「根向井寧夢っ……!? 起きてっ……!」
「な、凪乃先輩……!?」
「お、落ち着いて! 映画の再現だから!」
「え……?」
バーチャル体験が終わり寧夢さんと興奮気味に話していると、凪乃先輩が涙ぐんで寧夢さんに抱きつきましたわ。
「ラストシーンが近づいてきたら、できるだけ元の会話を再現しようと話してたんです……。多少私達流の脚色が……入っていましたが……」
「その方が絶対興奮するかと思って……!」
「………。……先に言って」
「ね、ネタバレになると思ったんだよね!」
凪乃先輩が本気にしてしまい、さすがに罪悪感が湧きましたわ。けれど全てが嘘というわけではありませんでした。バイオレンスを包み隠すことなく友人と楽しめる時間に、どれほど救われていることか——。
「その……どうでしたかっ? 『血ゾンビR』は……」
「興味深い体験だった。……ただ私達の個性で本来あるべきシナリオから乖離した部分があって、内容が掴みきれていない」
「まあ映画にケツバットは出てこないからね……」
「それでしたら……! ちょうど今放映中なんです! 一緒に観ませんか? 『復活の血ゾンビR! 〜再生のリバースゾンビリターンズリバイバル〜』を!」
「まさか再放映の度にタイトルを追加している……?」
興奮そのままに四人で映画を鑑賞しました。私達の体験に負けず劣らず血飛沫が飛び散る映像に顔が紅潮し、イヒヒと笑って八重歯がのぞいてしまっているのが自分でも分かりました。すると目を輝かせている寧夢さんと目が合って、思わずお互いが吹いてしまいました。
こうして私は、かけがえのないご友人と共に最高の誕生日を過ごしましたわ。