「胡桃さん……お誕生日おめでとうございます……」
「ん……ありがと。寧夢もおめでとう」
今日は九月の三日。あたしと寧夢の誕生日だ。揃ってパーティ会場という名の花園家に向かうと、皆があたし達のことを祝ってくれた。聞いた話だと40人いるクラスで同じ誕生日の人がいる確率は約90%らしい。大所帯のファミリーだけに珍しくないってことになるけど、それでも不思議な感覚だ。
「それでは二人が揃ったので始めますよ! 題して——『〇〇の秋王者決定戦』を!」
当日をお楽しみにってことで教えてくれなかったけど、妹が企画してくれたのはどの秋が一番か皆で決める催しだったんだな。
「遠慮はしないよ。食欲の秋だけは譲れないから」
「わ、私も……睡眠の秋は譲れな……すぅ……。……ぐー。ぐーぐー!」
「開幕デモンストレーション」
「秋は過ごしやすくて寝るのにぴったりにゃん……」
「夏のテントは地獄だったからな……!」
寧夢がスリープモードに入って親指を突き立てた。ぐーぐーとしか言わないけど、もうあたし達にはそれだけで言葉は伝わっていた。気持ちの良い眠りっぷりに自堕落寄りなファミリーがやんややんやと盛り上がる。けどあたしも負けじとお腹がぐーぐーとなっていた。
「待った! 寝るより先にまず食べ物だろ! 秋といえば秋刀魚にサツマイモに栗に柿に……!? 誰だよ今食べ物を列挙したやつ!? 食べたくなるだろ!?」
「何一人ボケツッコミしてるんですか」
「そんなこともあるかと思って——」
あたしがくるくるし出してから恋太郎先輩が秒速で動き出す0.5秒前——芽衣さんがフルコースを持って現れた。
「そんなこともあるかと思いお作りさせていただきました」
「腕を上げましたね芽衣さん……!」
「結婚して!!♡」
「私めでよろしければ」
「ならママとも結婚する?」
「しない♡」
おいっし〜!!♡♡ 本当芽衣さんの手料理はいつ食べても最高……! 秋食べても春でも夏でも冬でも美味しいよ。あれ? あたしどの四季もオールで食欲あるじゃん。
あたしがパーティー料理を堪能している間、山女先輩が話を繋いでくれでいた。昔は秋が収穫のピークで美味しいうちに食べる習慣があったみたいだけど、今はビニールハウスでの栽培でいつでも美味しいものが採れるようになったという話にあたしがうんうんと頷いたせいで食欲の秋は劣勢に立たされてしまった。
「『おっとここで』『ちょっと待った!』"コールがかかった"」
「静先輩……!?」
機を見計らって第三の刺客がやってきてしまった。ご飯食べてるタイミングで良かったぜ……。目を輝かせてウキウキと手をピーンと上げる姿が愛らしすぎて、撫でちまうところだった。
「『本の虫としてここは』"読書"『を推薦させていただく』」
「私も同意します」
「妹も同じくですが司会なのでここは中立で……それではアピールポイントをどうぞ!」
「秋の気候は何も睡眠だけの専売特許ではありません。そもそも読書の秋の由来は中国の詩人
「『
「さすが国語教師と言いたかったですが、フレンドリーファイアはさすがに怒られますよ」
「その句ってどういう意味ぃー?」
「吟遊詩人のボクには分かるよ。蛍を集めてその光で読書をするというわけだね」
「いいえ。『
「そうとも言えるし、そうでないとも言えるね」
漫画や詩を読むのも読書ということで、一気呵成に読書の秋が勢力を築き上げてしまった。睡眠の秋の勢いを超えていてこのまま何もせずにいたら決してしまいそうだ。けれど寧夢はタマと一緒にヤクさんの膝で眠っているし、あたしも料理が尽きない限り食べ終わることなんてないし。ここまでか——そう思った時だった。
「よろしいでしょうか」
「もちろんです。どうぞ!」
「"夢留さん"。『アニキがいりゃあ百人力だぁ!』」
まさかの追撃の一手——! 静先輩も勝ちを確信したように微笑みを湛える。可愛い。抱きしめたい。しかしビクーッという効果音が聞こえるくらい目が見開かれた。何かと思い夢留先輩の方に視線を戻すと……
「私は芸術の秋を推薦させていただきます」
室内ということで脱いでいたベレー帽を被り直して、スケッチ用具一式を取り出していた。
「『しまった! 裏手からの奇襲か……!』」
「すみません。読書も素晴らしいのですが、絵本作家としては秋にデッサンを取る楽しみも知っていただきたいのです」
「『それがおめぇさんの仁義ってなら構いやしねぇよ』」
「ありがとうございます。先ほど山女さんもおっしゃっていましたが、秋は野菜や果物が実る季節でもあります。また植物が紅葉を始める季節でもあり、それらが合わさって美しい
「だどー」
「確かに秋ならではの楽しみ方ってありますよね。うちも春とはまた違った庭になっていて、写生してみるのもいいかもしれません。写生してみるのも」
「なんで二回言った?」
「強調したかったからですが何か?」
羽香里先輩と唐音先輩がいつものように睨み合っていると、愛々先輩がおずおずと手を挙げた。
「わ、私も……。秋はやっぱり過ごしやすいので……あみぐるみを作るのも捗ります」
「身体に負担なく作れるのは美容にもよろしくてよ!」
「べ、別にまた教えてもらいたいなんて思ってないんだからねっ!」
「……アタシも……一緒に作りたいな……」
「どうせなら一斉に教わった方が効率的」
なんてこった……。あれだけ一方的な雰囲気ががらりと変わってしまった。愛々先輩の応援演説も相まって、芸術の秋も負けないくらいの人気っぷりだ。け、けどまだだ。まだあたしは食べるのが終わっていない——!
「それに秋は美術展がよく開催されるから、触れるだけでも楽しいわよね。私も去年胡桃と一緒にゴッホのひまわりを観に行ったわ。奇人だから!」
「ぐあああっ——!?」
去年の誕生日にまさかの奇姫と二人で行くことになり、ずっとドキドキしっぱなしだった記憶が蘇って概念ダメージを受けたあたしは吹き飛ばされてしまった。
「なんでよ!? 奇人ね!」
「ぐーっ!?」
「あ、ありがとう寧夢」
すると寧夢が寝た体勢から飛び上がってキャッチするものすごいフィジカルを見せて、あたしを助けてくれた。
「なら次はボクの番だね!」
「ダメです。明らかにケツバットをする気なので」
「即答キッツ……♡」
「で、でも秋に身体を動かすのもいいものだよ! ね、騎士華ちゃん。あれっ? 騎士華ちゃん?」
第五勢力のスポーツの秋が現れたものの時すでに遅し。ぐだぐだな雰囲気が漂っていると、騎士華先輩が近くにやってきていた。方向は……さっきまで寧夢が寝ていた場所?
「その……私も……よいだろうか?」
「もちろんいいよぉ。よしよし」
「ばぁば……♡」
ああ……多分ずっとしてもらいたくて機を窺ってたんだな。騎士華先輩が幼児退行すると、二人に向かって大勢がなだれ込んで来た。
「楠莉のおばあちゃんなのだーっ!」
「ヤクさんはお話いつも聞いてくれるし、私のおばあちゃんだよ!」
「ううん。皆私の赤ちゃんよーっ!」
「自認家族が複数いるの普通に怖いって」
ツッコんでいると寧夢があたしのことを降ろしてくれた。すると目がパチリと開かれた。そりゃこんだけ近くで騒がれたらな。逆にこの状況で寝てるタマのマイペースぶりに驚くよ。
「あ……すいません……。私皆さんでディスカッションしていたら……胡桃さんが吹き飛んでしまう夢を見ました……」
「夢だけど夢じゃなかったんだよ」
相変わらず寝ながらでも状況を全部把握してるな。目ぇ閉じてるのに……。あ、芽衣さんが目を閉じながら次の料理持ってきてくれた。そういうもんなのか?
「とにかく今は読書の秋と芸術の秋が優勢だったところに、睡眠の秋が盛り返してきていて……このままなら優勝できるかもよ」
「あ、ありがとうございます……。ただ……」
「……?」
議論が進んでいる中でも芽衣さんは料理を提供してくれて、あたしも永遠に食べ進めていると、寧夢が隣の椅子に腰掛けた。
「ずっと美味しそうに食べているので……私もお腹が空いてしまって……」
そんな寧夢の一言を皮切りに誰かのお腹の音が鳴ったかと思うと、皆で料理を楽しむ運びになった。
「私……食べるのも好きですよ……。いっぱい食べると幸せな気分になって……」
「……あたしも。満足するまで食べてから寝るのって、幸せだよな」
「ふふっ……。はい……!」
「……皆さんもいいですね? 優勝は——食欲の秋&睡眠の秋です!」
正直なところ結果に関しては、誕生日ってことで忖度が入ったような気がしなくもない。でも大事なのはそこじゃなくて——
「わ……美味しい……」
「そうなんだ!! どれもこれも美味しくて! 一番なんて決められない……!」
皆それぞれに譲れないものがあって、それでも自分にとっての一番を誰かと共有して楽しめるのもファミリーならではで。しかもその一番がファミリーの数だけあるから、それだけ色んなものを味わえるってことだよな。
こうしてあたしは最高の誕生日を味わった。そしてお腹いっぱいになった寧夢に合わせてごちそうさましたあたしは、ちょっとペコデレが発動しそうになったけど、手を引かれて一緒に恋太郎先輩の膝枕で寝たんだ。