「恋太郎さんは将来の夢ってありますか? その……やりたいこととか」
屋上での誕生日のお祝いも一段落して、恋太郎さんと二人きり。折角の機会だからずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「多重結婚を実現するために法を改正させること、かな」
「恋太郎さんらしいですね」
本気で全員を幸せにしようとしてくれているのが伝わって嬉しい反面、将来の夢としては参考にできそうになかった。
「何かやってみたいことができたんだね」
「はい。実は——」
どう切り出したらいいか迷う私に恋太郎さんは優しく問いかけてくれた。初めて会った日からずっとそう。この人はいつも欲しい言葉を投げかけてくれる。横目でナディー先生を見つめてから、恋太郎さんに視線を戻した。
「——教師に興味があって」
「知与ちゃんらしいね」
「そう……でしょうか」
自信の無さを押し隠すように膝を抱える腕に力を込める。そんな私の肩に置かれた手がそっと抱き寄せてくれた。
「恋太郎さんのご両親は教師でしたよね。そんな恋太郎さんから見て、私は教師に向いているように見えますか?」
委員長と違って、先生は生徒に教えて導く責務がある。でも私は間違いを正そうとすぐゔーってなってしまう。そんな私が果たして教養を身に付けさせることができるんだろうか。
「俺は知与ちゃんに向いている教師像があると思うよ」
「教師像……? どんな教師になりたいかってことですか」
「うん。知与ちゃんがナディー先生の影響を受けていても、全部が全部ナディー先生のようになれるわけじゃないと思うんだ」
「それは確かに」
ファミリーのふしだらインフレも極まって最近では蘭那先輩も突っ込まなくなったけど、よくよく思い返すとナディー先生の格好は際どすぎて……
「ゔー」
「オー。知与ロリータのゔーなハートがハッピバースデーデース」
それにナディー語も本人がようやく見つけた自分の在り方だから、先生の思うままに話して欲しいけど、自分がその話し方をしたいというわけじゃない。
「でもゼロじゃない。たとえばナディー先生のように自分の気持ちを大切にしたい。他にも色んな要素が当てはまる分だけ、知与ちゃんの中にあると思うんだ」
「どれか一つじゃなく、少しずつ……」
私一人じゃ辿りつかない考え方だった。同時に気付かされてもいた。何か一つの答えに自分を当て嵌めようとしていたんだって。
「そっか……そうですよね。なりたい自分の姿はこれから築き上げていくものなんですね」
「うん。これまでと同じようにゆっくりと、ね」
これまでもそうだったんだ。最初は乱れている何かを見るたびに正さなきゃいけないって。お母さんの代わりにしっかりしなくちゃいけないって思い込んでいた。恋太郎さんと出会ってから私の価値観は徐々に変わっていたんだ。
「知らないものを知る努力をすること——ファミリーに入ってから最初に教わったことです。いきなり答えを出そうとせずに、まずは知っていこうと思います」
「俺もできることがあったらなんでも協力するからね」
「ありがとうございます。恋太郎さん……。今の教え方、すごく教師らしかったです」
「えっ」
私の方からも引き寄せて思わず唇を重ねてしまった。急なことに目を丸くする恋太郎さんの顔が新鮮で愛おしい。学校でのキスを乱れていると決めつけていた時期もあったな……そんなことを考えながら、自分の中にまた一つの要素が加わっていくのを感じていた。そしてなりたい教師像を見つけるために、まずは一番シンパシーを感じられる先生のもとへ一歩を踏み出した。
お友達との誕生日会。私には一生縁がないものだと思って諦めていたのに、今ではこんなに沢山のファミリーにお祝いしてもらえるなんて。……楽しい……。
「……えへ」
「季鞠先生かわいー!」
「かーいー」
「なっ! や、やめなさい。かわいくなんてありませんっ」
お祝いしてくれた皆が揃って可愛い可愛いと言い出して、顔が熱くなってしまいました。火照りを冷ますようにその場から逃れます。学校という公の場で、それも生徒の前であんな表情を晒してしまうなんて……。
「ダメよ季鞠……っ。ダメなんだから……っ」
「ゔー」
「えっ。知与さん?」
恥ずかしさとは別の火照りに襲われていると、知与さんがやって来ていました。
「ご、ごめんなさい。つい……表情が色っぽすぎて」
「そんなになのね……。いいのよ。知与さんの指摘が正しいのだから」
「でも今はファミリーしかいませんから……。羽目を外すのは間違ったことではないと思います」
一瞬知与さんに恋太郎君が重なりました。彼と初めて会った時に言われたことを思い出して、思わず笑みが溢れてしまいます。不思議そうな顔をする知与さんに事情を説明しました。
「そうだったんですね。恋太郎さんに……」
「はい。規則や決まりは破りたいからといって破ってはいけない。それは正しいことですし、生徒にはそう指導するべきです。教育とは子供に分別をつけさせるためのものですから」
その上で分別のつく大人として人に迷惑をかけない範囲でなら、
すると知与さんがここに来た理由を説明しました。教師像についてですか……。
「私は今でも規則や決まりは遵守するべきものだと思っています。恐らくこのことは一生譲らないでしょう」
「それは私もです。ルールを守るということ自体は、前提として保ちたいです」
眼鏡越しでも真っ直ぐ見つめ返され、私は予感しました。きっとこの子は私と同じような道を通るのだろうと。
「なのでこれからも生徒に、時に心を鬼にして間違いを伝えるでしょう。たとえ厳しさのあまり嫌われてしまうとしても」
「……それは、辛い道じゃありませんか?」
「……かもしれません。ですが私は教師です。規則を破っても怒られない、大丈夫なんだという気持ちを抱かせるのは、教職に就くものとして譲ってはいけないラインだと思うんです」
「教師だから……正しいやり方で、ですか」
「……どうでしょう。やり方に関しては譲ることもあるかもしれません」
「えっ?」
不安そうに俯く知与さんの頭に手を置くと、キョトンとした表情で見上げられました。小さな体でこんなに大きな悩みを抱えているんですね。教師としてやるべきことは決まっています。
「知与さん。正しさってなんだと思いますか?」
「正しい……。間違いをルールに沿って改めること、でしょうか」
「実はそのルールというのは規則や決まりとは違うんです。間違いを正すやり方に誰が正解を設定したわけでもありませんから」
「あ……」
「たとえば複数股交際はおおよそ正しくないとされるでしょう。けれど彼や私達にとっては正しいものです」
「そう……ですね。実際私も最初は乱れていると思いました」
「私もです。それでもこうして受け入れている。これからもそうなのでしょう。誰かに触れ、影響を受けて、全てじゃなくても受け入れたい。それが私の抱く教師像です」
言葉にして自分でも少し驚きがありました。そして思ったのです。生徒に教えられたのは恥ずべきことではないと。たとえ教師であろうと学ぶべきことはある。大切なのは、可能な限り知ろうとすることなんだと。
「季鞠先生の中には生徒の……とりわけ恋太郎さんの要素が大きく含まれているんですね」
「……みたいですね」
顔を見合わせて同時に吹き出してしまいました。なんだかすごく友達っぽい……♪
「言葉では言えても実際には大変だと思います。それでも向き合ってみようと思います。自分の中で譲れないものと、柔軟に変えていけるものを」
「確かに……大変なこともあります。一人では抱えきれないことも。でも今はファミリーが……沢山のお友達がいます。私のことを受け入れてくれる皆がいてくれるから、変わることを恐れずに頑張れるんです」
「皆が……」
知与さんに釣られて周りを見渡しました。誕生日の主役が揃って話しているのをそれとなく気にしていて、でも邪魔しないように尊重してくれている。これほど温かい居場所もありません。
「ありがとうございます。どうなるか分からなくて、少し……怖いですが。本気で目指してみようと思います。私なりに」
「応援しています」
知与さんはようやく年相応の笑みを見せてくれました。すると急に手を握られてしまい、思わずドキッとしてしまいました。
「ありがとうございます。とても参考になりました。それと——」
そのまま手を引かれて、皆の前に連れてこられてしまいました。すると知与さんがクラッカーを手に取って……
「——誕生日おめでとうございます。先生と同じ誕生日で、なんだか嬉しいです」
「……えへ」
今の今まで引っ張りだこで、誕生日のことで話せていなかったから。無邪気に伝える知与さんに当てられて、つい油断した表情を見せてしまいました。
「私もです。誕生日おめでとうございます」
そんな私のことをファミリーは茶化さずに見守ってくれると、クラッカーを手に取って知与さんの誕生日をお祝いしました。こうして私は最高の誕生日を教え子と一緒に羽目を外して楽しみました。