明日は十月十日。私の……そして騎士華先輩の誕生日。同じ日に生まれた私達は毎年この日を一緒に迎えることになります。だからこそ——
「何を贈ろうかな……」
どんなものを贈ったら喜んでもらえるのか、頭を悩ませていました。率先して危険から守ってくれて、お世話にはなっているけど、二人きりで過ごす時間が多いとはお世辞にも言えなかったから。でも今日こそは決めないと……!
「騎士華先輩らしい格好良いものがいいのかな。それとも……」
ファミリーの外で見かける先輩はいつも堂々としていて、それでいて困っている人がいれば放っておけなくて。私もあんなふうになれたらなって……。
「誰かに相談しようかな」
恋太郎君に楠莉先輩……私よりプライベートの付き合いも多いはず。そう思って伸ばした手が不意に止まりました。
「折角同じ誕生日……だもんね」
誰かに相談して選ぶのも悪くない気はしました。でも先輩はいつも後輩のことをよく見てくれているから……。私がしてもらったことを、お返ししたいなって。
「先輩がして欲しいことといえば……」
一つ確実に喜んでもらえることは思いついていました。いつも誰かを守ってばかりの騎士華先輩が甘えられる存在に私がなれたら。でもそれは……
「ひゃあああ——」
以前騎士華先輩に「いたいのいたいのとんでけ」をした時のことを思い出すだけでミスディレしてしまいました。あれだけ恥ずかしい行為を喜んでやってあげる羽々里さんはすごいなあ……。
「どうしよう恋太郎君……」
私は恋太郎君に抱きついて顔を埋めました。もちろん本人じゃなくて等身大あみぐるみの方でしたが。騎士華先輩の赤ん坊化……初めはもちろんビックリしましたが、気持ちはよく分かります。私も恥ずかしくなければこうやって恋太郎君に甘えたい……。
「恋太郎君は騎士華先輩のこと甘やかしてあげてて、偉いね……」
あみぐるみを撫でながら、思いを馳せました。私達が見ている前ではこうして頭を撫でたりくらいだけど、恋太郎君なら二人きりの時に存分に甘やかしてあげているはず。時にはあんなことやこんなことまで——
「はわわわわ!」
何をしているの愛々!! 今はファミリー間の妄想をする時間じゃないでしょ! ああ……恋太郎君あみぐるみもしわくちゃに……。
「あ……」
そっか。私が恥ずかしくてもあみぐるみなら……こうして甘やかしてあげられるんだ。プライベートな部分が見えてないからって悩んでいたけど、見えてないところで甘えられるものをプレゼントしたらいいんだ。
「よしっ。そうと決まったら……」
ご自身の兄弟に、恋太郎ファミリー。騎士華先輩はいつも大切な人を守るために凛々しく振る舞ってくれています。その大切な人の中に私も含めてくれているんです。私にとって騎士華先輩がそうであるように。いつも守ってくれて、ありがとうございます。感謝の思いを形にするべく、私は懸命に手を動かしていきました。
明鏡止水という言葉がある。剣道において雑念に惑わされることなく、鏡が映し出すがごとく相手のありのままを捉える精神状態だ。心技体と言われるように鍛え上げた体や卓越した技術を持つ者でも、平常心を失えばそれを生かすことは叶わない。
「だからこそ残心まであって初めて一本が成立するんだ。打った後でも雑念が混じることは許されない」
中高大揃っての合同合宿で、後輩にそう説く私の心は全く平常心ではなかった。ようやく忙しい日々が終わり、しかも明日は誕生日。ファミリーのもとで存分に甘えられる期待に浮かれていた。だが後輩の前でそんな様を見せるわけにはいかない。凛々しい先輩の仮面を被り、内心を悟られないか冷や冷やしながらどうにかして乗り切った。
「おー、騎士華。合宿終わったのだ?」
「ああ……楠莉か。もうお前でもいい。ママになってくれないか」
「頭を強く打たれたのだ?」
人目が途切れてからというものの自制心の糸が切れるのは早かった。あろうことか十歳に満たぬ体の楠莉に甘えてしまうとは。不覚……ッ。
「くっ、殺せ……!」
「究極の二択すぎんのだ。……ふぅ。まったく騎士華は頑張りすぎなのだよ」
「ママぁ……」
打ち消しの薬を飲んで大人の姿になってくれたからこれは仕方ない。仕方ないんだ。
「……その、なんだ。助かった」
「誕生日プレゼントとして受け取っておいてくれなのだよ」
プレゼント……そうか、しまったな。そのことがすっかり頭から抜け落ちていた。
「どうしたのだよ?」
「愛々へのプレゼントを合宿前に用意するのを忘れていてな」
「んなもん帰りに買えばいいのだよ」
「それはそうなのだが……。間に合わせで済ませるのは礼を逸するのではと思ってな。よく考えて選ばねば」
「……騎士華はしっかりしようとしすぎなのだよ」
「なんだと?」
「楠莉達は他人じゃなくてファミリーなのだから、そこまで気を張らなくていいのだよ」
「ファミリー……」
その問いかけは以前エイラの誕生日に共に肝試しへと挑んだ時のことを思い出させた。大切な繋がりだからこそ、遠慮などしなくていいと伝えたことを。
「ふ……」
思わず自嘲するように笑みがこぼれた。人のことを言えないではないか。大切にすることと、他人行儀に振る舞うことは全く逆の意味を持つというのに。
「そうだったな。特に愛々は思わず守りたくなってしまうからこそ、想いが過剰になったのかもしれん」
「騎士華に母性が芽生えたらすげーややこしいのだよ」
「失敬な。しかし……そうだな。可愛い妹のようなものだ。家族へのプレゼントと思い、選ぶとしよう。……なあ楠莉」
「どうしたのかね?」
つくづく不思議なものだ。愛々とは部活も学年も違う。たとえ誕生日が同じであろうと、ファミリーという繋がりがなければ、恐らく関わることはなかっただろう。それがこうしてプレゼントで悩むことになるのだから、分からないものだ。
「共にプレゼントを選んではくれないか?」
「お安い御用なのだよ」
今でも話す機会が多い方ではない。だが会話だけが関係を築くことの全てではないのだろう。前髪に隠された彼女の優しさがファミリーを繋ぐ様を見てきた。そしてそれを知っているのは私だけではないんだ。だから私は楠莉と共にプレゼントを選んだ。
「き、騎士華先輩っ。誕生日おめでとうございます……!」
「ああ。愛々もおめでとう。少し見ない間に大人っぽくなったな」
「そ、そんなっ……!」
誕生日当日。出会って早々、つい思ったままのことを言ってしまった。だがミスディレせずに頬をほんのり赤らめるのみに留まっていた。愛々もまた少しずつ変わっているのだな。
「つまらないものだが受け取ってくれないか」
「わ……! ありがとうございます。開けてもいいですか……?」
「もちろんだ」
「これって……かぎ針編みのヘッドバンド……!?」
「あ、ああ。クロシェとはかぎ針のことだったのだな」
「はい。ファッションではクロシェ編みの方が聞きますね」
「どうもそういった事情には疎くてな。手作りでなくて申し訳ないが、私なりに選んだものだ」
「い、いえっ! 私は好きで作ってるだけなので……! でもどうしてヘッドバンドを?」
「なに。家で過ごしている時も前髪はそのままなのだろう?」
「はい……。ちょっと邪魔なんですけど、いつもこうなので」
「そう聞いてな。そんな時くらい前髪を上げられたら楽かと思ったんだ」
「わ……ありがとうございます……! すごく嬉しいです……」
珍しく口角を上げて、大事そうにプレゼントを抱きしめる愛々に釣られて笑ってしまう。
「私からも受け取ってもらえますか……?」
「ああ。いただくよ」
おずおずと差し出されたのは手作りの騎士のあみぐるみだった。私の名前からイメージしたのだろう。それ自体は意外ではなかったが、モチーフになった人物は意外なものだった。
「愛々が……騎士なのか?」
「は、はい。いつも騎士華先輩には守ってもらっているので……。お守りといいますか。あみぐるみでもいいから、私が騎士華先輩を守って甘えさせられたら……なんて……」
「そんなことを考えてくれていたのか」
「お、おこがましいですよね! でも……」
思わずビックリした私に愛々は萎縮してしまったが、堪えるように顔が上げられた。前髪で覆われて見えないはずの瞳が大きく見開かれているような気がした。
「騎士華先輩がずっと気を張っていないように、支えられたらって……思ったんです」
「……それが愛々の騎士道なのだな」
私はあみぐるみを持ち上げて細部まで観察した。力強い一本を打ち込んだ彼女は、相手のありのままを捉えるがごとく、残心を決めていた。
「その気持ちがなにより嬉しいよ」
「ほ、本当ですかっ!」
「ああ」
こうして形にしてくれて、より鮮明になった。かつて甘えを見せまいと一人で抱え続けていた。それが今や恋太郎だけでもない、愛々だけでもない。沢山のファミリーに支えられているのだと。
「良ければ今度、編み物を教えてくれないか?」
「……! はい! 是非どうぞ……!」
人と関わればそれだけ色んな世界が見えてくる。薬に編み物、それに恋……か。どれも私一人では見えない世界だ。そんな触れることなく終わっていたかもしれない世界を、誕生日を経て私はもっと知りたくなった。
こうして私達は想いを贈り合う最高の誕生日を過ごしたのだった。