100カノ誕生日エピソード集   作:ゾネサー

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好本静の誕生日——幸せを贈る歌

『でもそのアプリを使えば"相手の目を見て"会話ができる』

 

 以前、思ったことがある。どうして恋太郎君はあそこまで私のことを見てくれたんだろうって。あの時の私にとっては、私は他の家の子のように普通に話せない変な子だった。今でこそ彼の無償の愛はよく知っているつもりだ。そしてもう一つ、彼は私たちを守るためなら優しい嘘をつく。あの時だって王冠恋物語(サークレットラブストーリー)を一冊丸々手打ちした苦労をおくびにも出さなかった。恋太郎君のそんなところが大好きだけど、時に一人で無理をしすぎるきらいもある。

 

「つつつたえたい……」

 

 明日の誕生日に向けて、恋太郎君はまた当然のように何かを準備してくれているのだろう。それをただ受け取るんじゃなくて、返したかった。してくれたことへの感謝を込めて。手段も今日までいろいろと考えた。たとえば文字に起こして手紙に綴る、あるいは一冊の本にする。それもきっと彼は喜んでくれる。けれど私の心はやがて与えてくれたものに行き着いた。音声アプリというきっかけを与えてくれた彼に、私自身の声をプレゼントしたかったんだ。

 

「遅れたのだーっ!」

 

「すいません。楠莉先輩を連れてくるのに時間がかかってしまって」

 

「"楠莉先輩""知与さん"。『待ちくたびれたぜ野郎ども』」

 

 彼は今の私が苦しまないようにしてくれた。だから普通に話せない状態の会話で心配させるのは、本意じゃなかった。私が無理せず声を出せて、彼が心から喜んでくれるもの。それが歌だった。

 

「しかし静にカラオケに誘われるとは思わなかったのだ」

 

「姫歌先輩のお祝いも兼ねてですけどね。あ、先輩は収録が終わった後一度家に帰るみたいなので、その連絡を受けてから皆さんに集まってもらう算段になっています」

 

「『かたじけない』。『我は一人で』"空(カラ)桶(オケ)""に挑戦する度胸は持ち合わせていなかった"」

 

「皆で歌った方が楽しいのだ。でも先に集まってどうすんのだ?」

 

「どの曲が恋太郎先輩に感謝を伝えられるか相談したいそうです」

 

「んなもん『ずっと、ぎゅっと』で一発なのだ」

 

「『かもしれないが……』『彼ってば』"鬼"『のように聞いてるって噂だぜ』」

 

「アニメ化の影響がこんなところに……」

 

 一緒に部屋に入って、私は曲名の一覧が載った歌本を広げて候補を探した。すると知与さんも楠莉先輩に覗き込まれながら、タッチパネルで探してくれていた。

 

「そうですね……。『贈る言葉』はどうですか?」

 

「卒業式みてーなのだ」

 

「う……まあ、卒業ソングのイメージは強いですが」

 

「『あいや待たれよ』。『そいつぁ良いことを聞いたぜ。ありがとな嬢ちゃん』」

 

 定番の曲だとしても、知与さんが私の背景を鑑みて考えてくれたのは明らかだった。それに彼に感謝を伝えるにはこれ以上ない選曲のように思えた。

 

「あ、歌いますか? じゃあセットしますね」

 

「おー、随分立派なカメラだな」

 

「お父さんが持たせてくれて……」

 

 今日を迎えるまで知与さんだけでなく、他のファミリーのみんなにも意見をもらっていて。歌にするならいろいろ撮って、一番出来のいいやつを送ればいいのではとひとまず結論づけていた。

 

「じゃあ楠莉からはー……じゃーん! 『かわいさに過敏になる薬』なのだー!」

 

「『あいや待たれよ。被害を被るのは我が軍だけではないか』」

 

 楠莉先輩からはお気持ちだけをもらって、私は早速歌い出した。人前で歌うのは恥ずかしくもあるけれど、お互い年相応に笑い合えるお二人だけにハードルも高いものではなかった。厳密に言うと中一の知与さんと心も体も八歳になっている楠莉先輩と、高一の私が同じ無邪気さなのは恥ずかしさもあるけれど。

 

「……ふぅ……。『いかがだったかな?』」

 

 足でリズムを取って『贈る言葉』を歌い終えると、二人は拍手を送ってくれたものの、それでいてスッキリしない表情だった。

 

「思ったより失恋ソングだったのだ」

 

「た、確かにお別れの曲ですねこれは。ごめんなさい!」

 

「『いやいや。我一人では知識が足りぬ故、ご助力感謝する』」

 

「そうだなー。恋太郎も言葉を贈ってくれたことに感謝してるのは知ってるだろうしー。してくれたことで、静が今どう感じてるのかってのを伝えるのはどうなのだ?」

 

「『発想の逆転……!』」

 

「おお……。楠莉先輩が珍しく大人なことを」

 

「こらこら。お母さんになんてこと言うのだ」

 

「だ、誰がお母さんですかっ」

 

 くすりくすりと笑って知与さんをからかう光景に、こちらも胸が温かくなった。それと同時にお母さんのことが頭に浮かんでいた。あの時お母さんは音声アプリで話す社会人を見たことがないことを根拠に、恋太郎君が与えたものを否定した。けれど私は彼のおかげで、大好きな友達がいることも、大好きな恋太郎君がいることも、私が私に生まれられて幸せだということもお母さんに伝えることができた。

 

「『いつもそうだった』。"手にした幸せは決して偶然の産物ではなかった"」

 

「じゃー『幸せなら手をたたこう』にするのだ」

 

「タイトルが同調圧力ゔーっ!」

 

 楠莉先輩が入れてくれた曲を歌い出すと、今度は二人が実際に手を叩いてリズムを取ってくれた。そんな二人と目が合った。思わず高らかに笑った。あの時、恋太郎君はお母さんと話すきっかけを作ってくれた。でも彼はきっかけをずっと与えてくれていたんだ。目を見て話す手段と、こうしてたくさんのファミリーと接する機会で。

 

「思ったより態度で示させてくる内容ゔー……」

 

「でも楽しかったのだ!」

 

「ま、まあ友人同士なら気にしすぎかもしれませんね」

 

「ちょっとお遊戯会っぽかったけどなー」

 

「『わりぃ。疲れちまった』。『一休み一休み』」

 

「そろそろ楠莉も歌いたいのだ! じゃあえーと……『ペン太郎の大冒険』!」

 

「いよいよ本格的なお遊戯会じゃないですか。……って、楠莉先輩!?」

 

「デュエットするのだ!」

 

「ええっ!? でも私歌詞あまり知らなくて……」

 

「なんとなくでいいのだ! 一緒に歌った方が楽しいのだ!」

 

「わ、分かりました。やってみます」

 

 楠莉先輩が知与さんの手を引いてマイクを渡すとデュエットが始まった。先程のお返しのようにリズムを取って、タンバリンを鳴らす。同じ空間で同じ幸せを共有できることが、心地良かった。

 

「——ひとまずここまでにしておきましょうか。そろそろ皆さんとの合流の時間です」

 

「『今日の主役はあくまで』"奇人歌姫"『じゃからのう』」

 

「でも静が誘ってくれたおかげで楽しかったのだ!」

 

「そうですね。誘ってくれてありがとうございます!」

 

 屈託のないその言葉に、思わず目を見張った。ファミリーと一緒に過ごしていても、しばらくは皆の前で歌うことが恥ずかしかった。それが今や自分から誘うまでになったのだと、実感が湧いてきた。

 

「『あたぼうよ』」

 

 並んで歩き出しながら、私は疑問を思い返していた。どうして恋太郎君はあそこまで私を見てくれたんだろうって。あの時の恋太郎君は初めて彼女がいる状態で、私と出会った。それなのに私のために動いてくれた。

 

「お待たせ!」

 

「すげーボロボロなのだ!?」

 

「なぜか三人が着いてからカラオケを囲むように工事が始まりまして……」

 

「また終わらせてきたんですか!?」

 

「せっかくの誕生日パーティーに皆の悲しむ顔なんて見たくないからね」

 

「「「キュン!」」」

 

 まるで物語の王子様のよう。でも彼はちょっとだけ嘘つきだ。今日に限らずいついかなる時も私たちが悲しまないように無理をする。その理由も今なら分かる気がした。

 

 ——翌日。私は恋太郎君の肩に乗って、幻想的な花畑へとやってきていた。

 

「『ここが本の』『もとになった舞台というわけかい』」

 

「うん。絶対に見せたかったんだ」

 

「『……ありがとう。そなたはいつも私のことを見てくれているのだな』」

 

「彼氏だからね」

 

 行きたいと伝えずとも、一緒に本を読んだ時の私の動作や表情だけで察してしまうのだから、困ったものだ。同じくらいの愛情を返せる自信が持てなくなってしまう。でも私は彼の目の前に下ろしてもらって、お返しのサプライズプレゼントを手渡した。

 

「ホームビデオ……!?」

 

「"ファミリー"『だけに言い得て妙だな』」

 

 結局私はあの日カラオケで撮った全ての映像を手渡した。でもそれは選ばなかったんじゃない。あの日の恋太郎君もそう。羽香里さんと唐音さんがいた上で、さらに私も選んでくれた。誰か一人じゃなきゃいけないって運命を跳ね除けてくれたんだ。

 

「ありがとう! 擦り切れるほど見るよ!」

 

「『まあ落ち着きたまえよ』。『睡眠不足は乙女の敵なのよ』」

 

「えっ」

 

 本のモデルになった場所は公開されていなくて、彼が寝る間も惜しんで探してくれたことくらいは私にも分かった。ベンチに腰を下ろして膝をポンポンと叩く。その意味を察した恋太郎君は遠慮がちに頭を乗せてくれた。

 

「キュン!!」

 

「『こらこら。寝ないか』」

 

 恋太郎君はなかなか苦労を素直に見せてくれない。でも時に素直に見せてほしくなった。それはどうしてなのか? その答えはきっと呆れるほど単純なものなのだろう。目の前の愛しい人を、幸せにしたいから。

 

「——ねんねんころりよ〜♪」

 

 ずっとキュン顔を浮かべる恋太郎君を寝かせるのはちょっと苦労した。でも私はそんな苦労も誇らしかった。大好きな恋太郎君やファミリーがいてくれるから、ちょっとずつ変わっていける——そう思えるようになった自分のことも好きになれそうだった。

 こうして私は最高の誕生日を最愛の彼氏と共に過ごし、無防備な寝顔にドキドキしながら、いたずらっ子のようにほっぺにキスをしたのだった。

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