私は猫である。猫としての名前はまだ無い。かの大先輩を真似てみたものの、人間としての名を持つタマには恐れ多い真似だったにゃん。
「それにしても寒いにゃん」
部屋の中とは思えない冷気に震えて、こたつで丸くなる。これぞ猫としての誉れ……幸せにゃん……。今日は二月二十二日、タマの誕生日。でもそれは人間として生まれた日。叶うことなら猫として生まれ落ちたかったにゃん。"吾輩"と呼ばせていただいているこの小説の主人公のように。……もっとも酔っ払って水瓶に落ちるなんてオチはごめんだけどにゃん。
「眠くなってきたにゃん……」
本棚に戻すのも億劫で適当に天板の上に放り投げる。かつて人として生きるのを辞めて、
「——タマちゃーん! 開けてー!」
いつの間にかこたつが心地良すぎて寝ていたにゃん……。羽々里の声で目が覚めると、寒さを堪えて辛うじてドアを開けられたにゃん。
「……! みんにゃも……」
「はい〜。お祝いにきました〜」
「さみー! 早く入れてくれー!」
「このままだと
「人工冬眠ですか……?」
羽々里だけじゃなく、千優、百八、ニャディー、季鞠とファミリーの大人組が勢揃いしてビックリしたにゃん。部屋に戻るとスマホに連絡が入っていた。買い出しをしてくれたみたいで、誕生日だから何もしなくていいと準備を進めてくれる。
「あら、本を読んでいたの?」
「タマはまだまだ猫としては半猫前だからにゃん……」
「そうかしら……?」
羽々里の膝でされるがままにしていると、不意に羽々里がこたつの上に置いた本に気付いて懐かしそうにめくっていく。
「読んだことあるにゃん……?」
「ブッチもこんな風に私のこと見てるのかな、なんて思いを巡らせながらね」
「人間は滑稽な生き物だにゃん……」
「そうだ! 特にあたしみたいにだけはなるな……ッ!」
「ノー!
「落ち着いて百八ちゃん。確かに人間は見栄や世間体を気にしていて、猫から見れば滑稽そのものだけど、そんなところも含めて魅力的だって作品なのよ」
「タマも滑稽で面白い人間にこそ甘やかされたいにゃん……」
「よーしよしよし!」
「
寝転がって体をわしゃわしゃされ、頭をにゃでにゃでされ、これ以上猫としての幸せがあるだろうか? いや、
「誕生日おめでとーっ!」
「ありがとにゃん……」
響き渡るクラッカーの音と、皆のお祝いの言葉が耳の奥まで届いて、タマなりに頑張ってきて良かったと思えたにゃん。
「本当は誕生日ならではの特別なものにしようと思っていたんですが〜」
「あまりの寒さに満場一致で鍋にしようということになってしまって……」
「嬉しいにゃん。美味しそうにゃん」
千優と季鞠が作ってくれたつみれ
「ささっ。そこにこいつをグイッといくと〜?」
「……ぷはぁ。タマの口に合うにゃん」
「だろー!?」
「いつも飲んでる桃のお酒じゃにゃいにゃん。百八が選んでくれたにゃん……?」
「まーな!」
「私が誕生日会するって言い出したんだから、代金は全て持つって言ったのに、自分が渡したいだけだからって聞かなくてね……」
「ちょっ!? 内緒って約束したじゃないですかー!」
「でも今月……というかいつも給料ピンチだって」
「あー。どーせあたしが持っててもギャンブルに使っちゃうからさ。それならタマの為に使えば、必然的な我慢だから耐えられるじゃん?」
「百八……。ありがとにゃん。大好きにゃん」
「おっ?」
肩に手を乗せて鼻同士を合わせたにゃん。いわゆる鼻キス……猫からの信頼の証だにゃん。
「あびゃびゃーっ!」
「急にどうしたにゃん?」
鼻血を噴いて倒れた羽々里をよそにタマ達は飲み会を始めたにゃん。
「百八先生と違ってお言葉に甘えてしまった自分に腹が立ちますねぇ〜」
「
皆にお酒が回った頃。いつも通り千優が怒り上戸、ニャディーが泣き上戸になってメソメソし出したから、体を擦りつけて慰めていると、これまたいつものように季鞠がポエム上戸になって語りかけてきたにゃん。
「甘えないのも立派だけど、甘えてもいいの。百八先生から桃の香りがするように、羽々里さんからもほら素敵なさくらんぼの甘い匂い」
「季鞠さん……!」
シラフの時はやってくれにゃいけど、酔うとポエムで励ましてくれるから季鞠はいつも人気者にゃん。すると気絶した羽々里の側にさっきの本が落ちていることに気づいたにゃん。
「タマは……吾輩さんのような純血の猫じゃにゃく、かといって皆のようにちゃんと働く人間でもにゃい……。中途半端だにゃん……」
不意に口から溢れていた。酔いに任せて口走ってしまい、自分の浅はかさが嫌になる。季鞠に励ましてもらえるから、言ったんだ。本当は今言ったことは、誤魔化しようがない事実だって分かっているのに。
「そんなことないわ。だって——!?」
「……待ってください……」
「ニャディー……?」
するとニャディーが季鞠のポエムに割って入ってきて、普段からは考えられない儚げな表情で話しかけてきたにゃん。
「中途半端だからダメ……お気持ちはよく分かります。私もアメリカを掲げる身でありながら、気付けば左利きなのにこうして右手でお食事をいただいてしまっています」
「躾けられたにゃん……?」
「ええ。家を捨ててきた身でありながら、結局捨てきれない……。中途半端な生き方だと私も思っていました。でもこんな私が好きだと言ってくれる人がいました。それも一人じゃなく、沢山」
「恋太郎……それにファミリー……」
「こんな生き方が正しいのかは分かりません。しかし私はこれからもそうしていくでしょう。何故なら……私がやりたいからです。タマさんはどうですか?」
ニャディーの優しい問いかけの意味、タマにも伝わったにゃん。中途半端な生き方をしてるのは一人じゃにゃいから、甘えてもいいんだって言ってくれてるって。
「タマも、なりたいにゃん。皆が好きでいてくれるように、自分も好きでいられるような……猫であり、人間に」
「……ふふ。なれるって信じてますよ〜」
タマが決意表明をすると、皆が頷いてくれたにゃん。千優が伝えてくれたことは、一人だけの言葉じゃにゃいって感じられたにゃん。
「タマさん……!」
「ありがとにゃん……。……!?」
ニャディーに感謝の鼻キスをしようと立ち上がった時だったにゃん。思ったより酒が回っていたのか、足元がふらついて——
「あ、危ないっ!?」
——倒れ込んだ先にはぐつぐつに煮込まれた鍋があった。
「——大丈夫っ!?」
「は、羽々里……!?」
思わずつぶってしまった目を開けると、気絶していたはずの羽々里が支えてくれていた。
「平気にゃん……。助かったにゃん」
「良かった……!」
「でも……どうして」
「どうしてって……もちろんそれは私があなたの母親だからよ」
「タマは羽香里じゃにゃいにゃん……?」
「羽香里と同じくらいちゅっちゅしたい……じゃなくて。あなたの頑張りはよく知っているから。本当にピンチな時は支えてあげたいって思うのが、親心ってものなのよ」
微妙に何言ってるのか分からにゃいけど、タマのことを本当の子供のように思っているから、身体が動いてくれたってことみたいにゃん。
「ありがとにゃん。皆大好きにゃん……っ」
「あびゃびゃべべぶぶぶぶ」
タマはやっぱり猫としては半猫前にゃん。けどこうして甘えさせてくれる滑稽で面白い人間が沢山いてくれる。だからタマも猫であるために、人間としても頑張れるんだって分かったにゃん。
こうしてタマは最高の誕生日プレゼントをもらったんだにゃん。