今日は三月三日。言わずもがな
「おぅ美々美! 今日はひな祭りでい!」
「うぐぅですわ」
やはり今年も立ちはだかってきますのね。ひな祭り……! 私の終生のライバルとでも呼ぶべき存在。確かに三月三日はひな祭りの当日でもあります。しかし! ひな飾りは一ヶ月前から飾られ、あくまで最終日としての目安! 私の誕生日は今日しか無いのです。譲るわけにはいきませんわ!
「なんでい。折角の祭りにそんな顔して」
「お祭りならなんでもいいんですの……?」
「あたりめぃよ。祭りには歴史や伝統ってもんがあんでい! ひな祭りもそいつぁ変わらねぃよ!」
「……! 歴史や伝統……ですか」
思わぬ言葉に目を見張りました。なるほど。言われてみれば私はひな人形に美しさでは勝っていますが、積み重ねてきた歴史においては引けを取っている。長年愛される理由を知ることができれば、私の美しさが愛され続けるためのヒントになるかもしれませんわ。
「……良ければ本日ご一緒にひな祭りを巡っていただけませんか?」
「おっ。構わねぃよ。もとよりそのつもりでい!」
こうして約束をかわし、放課後。お着物に身を包んで待っていると、道行く人々の視線を吸い寄せてしまうのが分かりました。ふふーんですわ!
「おぅ。待たせたかぃ」
「いえ、私も今来たところですわ。……! お着物似合っていますわね」
「そうかぃ? へへっ、照れるねぃ」
今は幼さが先に来ますから、可愛らしいという印象ですが……。19歳になる薬を飲んだ時の話からして、将来は金髪高身長となり、美しいに印象を変えることでしょう。そうなってしまえばキャラ被りですわ……!
「負けませんわよ……!」
「なんでい。やぶからぼうに」
自分磨きの時間を増やすことを心に固く決め、商店街へと繰り出しました。すると私達を出迎えてくれたのは、人形が飾り付けられたひな壇の数々でした。
「圧巻だねぃ」
「ぐっ……。どの人形も美意識が高いですわね……!」
「それは飾った人の手入れやセンスだろぃ。……ん? さっき見たやつと上の二人の位置が違うねぃ」
「お殿様とおひな様ですわね。ちょうど案内板がございますわよ」
なるほど。昔は向かって右側が上座、現代では左側がそうなのですね。つまり伝統を重んじるか、今風の配置を好むかという話になってくるでしょうか。
「ま! 私から言わせれば美的センスによる個人差ですわね!」
「確かにどっちの並びでも綺麗でい。それにどんな場合でも二人が並んでるってのは気分が良いねぃ!」
「……! ふふっ、そうですわね。ひな人形は夫婦の象徴ですから」
言われてみて初めて気付きましたわ。時を経て左右の上位が入れ替わろうとも、ずっと二人は並んでいるということに。それはどんな時代であっても変わらぬ関係を映す鏡として愛されてきたとも言えますわね。
「あら、こちらはひな祭りの起源ですか」
「へぇ。川に紙の人形を流して厄を払ってたんだねぃ」
中国で行われていた流しびなが、日本のひいな遊びという人形遊びと結びついて現代の形になったんですのね。それでも女の子を災いから守り、健やかな成長を願うという行事の本質は受け継がれた。
私はひな人形の人気に嫉妬するあまりライバル視していましたが……むしろ味方だったのかもしれませんね。いずれ私も歳を取り姿を変えることでしょう。老いた姿を美しくないと捉える者もいるかもしれません。しかしひな人形はずっと伝え続けてくれるのです。形を変えても、変わらない美しさがあるのだと。
するとスピーカーからマイクのスイッチが入ったような微かな音が漏れました。見上げる私たちに合わせるように、アナウンスが響き渡っていきましたわ。
「ひな人形コスプレコンテスト締切間近です!」
「
「いいねぃ。コンテストってのは祭りでい!」
「祭りの一環ではあるんでしょうけど、イコールではないのでは……」
「駆け込み大歓迎! 優勝されたグループにはプロのカメラマンによる記念撮影と、ひな祭り限定デザインのフォトフレームをプレゼントします!」
「二人以上なら参加できるみてぃよ。行ってみんでい!」
「当然! 私の美しさを皆さんに気付かせるチャンスですわ!」
コンテストのルールは一発勝負で、それぞれが持ち時間でアピールする形式。参加人数が多い分、時間も短い。その中で観客にアピールして票をいただく必要があるのですね。
「第一印象が大きく響くのであれば、日頃の研鑽がものを言いますわ! 貰ったも同然ですわね!」
「研鑽……あていは彗流に女の子の自覚を持てって言われっけど、んなもんしゃらくせぃよ」
「同意見ですわ! ただでさえそんなに美しいんですのに!」
「それよりいいのかぃ? 二人だからって美々美がお殿様で」
「構いませんわ。私の美しさは男役でも発揮できますのよ!」
駆け込み参加だった分、既に何グループかアピールが終わっていましたが、程なくして私達の番がやってきましたわ。
「ミュージックスタートですわ!」
「おーっとこれは! 『競技ダンスのひな人形』だ!」
「お嬢さん。お手を拝借ですわ!」
「へへっ。こそばゆぃねぃ」
ランウェイを踊りながら渡っていくと、会場がざわつき始めます。人形だからといって静のアピールでは近くにいる者にしか伝わりません。しかし流れるような動きというのは遠くからでも分かるものです。
「ととっ……!」
「ふっ……!」
私はお嬢様属性を身に付けるための修行で社交ダンスは嗜みましたが、祭李さんはさすがに不慣れな様子。幸いにも体格差がありますから、私が支えになって彼女を導いていきましたわ。
「きゃー! カッコいい……!」
「ブロンドペアてえてえ……!」
「なんて二人ともカッコ可愛いんだ! 結婚してくれーッッ!」
こうして大盛況のもとアピールが成功し、あとは結果発表を待つのみとなりましたわ。
「いやー良い汗かいたねぃ」
「すぐに袖を捲りましたわね」
お着物の袖を捲るのなんて一苦労でしょうに、紐を使ってまで元に戻すのは彼女なりの美意識なのかもしれませんわね。
「結果発表! 第三位! 三人官女のやるやる三姉妹!」
「やるやる〜!」
同じ学校に通っているはずなのに、何故か久しぶりにお見かけしたような気がしますわ。
「第二位! お内裏様の美々美・祭李ペア!」
「なっ……!?」
今回の勝負は美しさが大きく勝敗を分けるものでした。それでトップを取れなかった……合わす顔がありませんわね。
「申し訳ございません。私の力が足りませんでしたわ」
「いやいやどれだけ参加したと思ってんでい。すげぃよ二位なんて!」
「しかし……」
「そりゃあトップ取れればもっと嬉しぃよ。でもあていはそれこそ研鑽なんてしてねぃし。それでも皆の前で美々美と踊れて楽しかったでい!」
「ふふっ……楽しかった、ですか」
以前のギャルコンテストでもあー子さんに同じことを言われましたわね。私には研鑽の自負がある。楽しみつつも、それだけに順位に囚われてしまうのは、悪癖なのでしょうか。
「ま、もちろん悔しいねぃ。でもまあ良いんでないかぃ? 上がいるってことはもっと美しくなれるってことでい!」
「……! 私はもっと……美しくなれる?」
思わぬ言葉に再び目を見張りました。そして私は思ったのです。負けたくないのは当然。それでも終わりではないのだと。一つの勝負で美しさが決まっても、それは変えていける。時代が変わっても、変わらぬ向上心を持つことこそ、真の美しさなのかもしれないと。
「ありがとうございます。ようやく分かりましたわ。コンテストは……お祭りだったんですのね」
「だろぃ!」
「そして映えある第一位は同じくお内裏様の恋太郎・凪乃ペア!」
「恋太郎!?」
「凪乃さん!?」
スポットライトが当たり、映し出されたのはまさかの人物でした。そういえばダンスに夢中で振り向けませんでしたが、アピール中に恋太郎君らしき声援が聞こえたような……。
「二人とも綺麗すぎて吹き飛ばされちゃったよ」
「そして私がキャッチした」
人混みが落ち着いて、ようやく恋太郎君達と合流できましたわ。
「凪乃さん。また負けてしまいましたわね」
「美杉美々美……」
「いいや皆一位だったっ!」
「それじゃコンテストの意味がないだろぃ」
「男女の格好通りにいった私達に票を集める形式が合っていた可能性が高い。また次の機会がある」
「ふふ……ですわね。次は負けませんわよ」
「いや、私は出ない」
「そうぃや珍しいねぃ。凪乃がコンテストなんて」
「コンテスト自体に興味はなかった」
「優勝特典で、一緒に撮ってもらいたいって話になってね」
「あー、確かにそいつぁ誕生日の記念になったかもしんねぃな」
「十分に頂きましたわ。お祭りの思い出をね」
「そいつぁなによりでい!」
二人で顔を見合わせて笑うと、恋太郎君も釣られるように笑いながら懐から出した紙を手渡してきましたわ。
「俺からはこれを」
「これは……認定証?」
「世界美しさ協会に行って、三月三日を美々美先輩の日に認定してもらったんです」
「一二三数に今日が日本三大協会が制定した三の日だと聞いて、即実行していた」
「過去形でい!?」
「そんなさらっと……」
「美々美先輩に喜んでもらえるかなと思ったら、気付いたらやっていて……」
赤くなった頬をかきながら告げる恋太郎君に思わずキュン!! の衝動が走りましたわ。本当に心が美しい人ですわね。
「嬉しいですわ。ありがとう恋太郎君」
「女神が降臨したッッ」
「一々吹き飛ぶのは非効率的」
微笑みかけると、凪乃さんが飛ばされ始める段階で恋太郎君を受け止めましたわ。そして効率良くプレゼントを差し出しましたの。
「あなたにはいつも感謝している。受け取って欲しい」
「桃の花束……」
何故今日が桃の節句と呼ばれているのか——桃は旧暦の三月三日に咲き、長寿をもたらす神聖な木とされた。だから女の子の健やかな成長と厄除けを願うために、ひな人形と共に飾られているとありましたわね。
「ふふ……こちらこそいつもありがとうございます」
思えばあの手を払われたコンテストの日から、随分と時が流れたような気がします。私は感謝と共に彼女の手から、ブーケを受け取りました。胸の奥がじーんとして、それでいて心地良い温かさで満たされていきます。
「悪くありませんわね。ひな祭りと同じ日の誕生日というのも」
「なんもいっても祭りだからねぃ!」
「ふふっ! そうなのかもしれませんわね」
ひな祭りと、誕生日。二つを同時に味わえる私は幸せなのかもしれません。重なり合ったからこそ起きた奇跡に酔いしれながら、私達は今日という日を心ゆくまで楽しみました。こうして私は最高の誕生日プレゼントをいただいたのですわ。