『それは栄逢さんが何かを持っている事の、何よりの証なんじゃないかな』
今でもあの日のことはよく憶えている。時が流れてやがて遠い過去となろうとも、決して忘れはしない。
「もしあの時、愛城恋太郎が思い出せなかったら——」
たらればほど無意義なことはない。そう理解しつつも端に焦げ目のついた写真に触れながら、気付けば思案していた。失うことを恐れて残った思い出、失うことを望んでも完全には消えなかった思い出。対照的なようで、どちらも大切な記憶。
「——きっと私は立ち直れなかった」
消えても記憶に残ったのなら、写真は無意義? いや、そうは思わない。消えた写真を無かったことにしないために、あなたは思い出そうとしてくれた。結論として、写真の意義とは記憶を引き出すためのきっかけ。
おかげで私もいつでも思い出すことができる。だから未来で成すべきことに目を向けられる。
「もしもし、愛城恋太郎。今話せる?」
「たとえ試験中でも話すよ」
「試験中なら私語は慎んで」
幸い試験中では無かったため、デートの約束を取り付けることができた。
「誕生日おめでとう!」
着いて早々に愛城恋太郎が手を挙げて、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「ありがとう。けれど誕生への感謝なら両親にすべき」
「確かに……! 行こうか。ご両親に挨拶しに」
「それはまた別の機会に」
結婚の報告は早めに済ませた方が効率的。次のスケジュールを頭の中で纏めながら、私達は待ち合わせ場所に選んだ家電量販店へと足を踏み入れた。
「本当にいいの? ネガが残らないインスタントカメラで」
「少し悩んだ。ただ私はネガを残すより、記憶に残したいと思った。それに……」
「……?」
言い淀んでしまい、愛城恋太郎が振り向いた。まっすぐな眼差しに思わず目を逸らして告げてしまう。
「……前にあなたが好きだと言っていたから」
「キュン!!」
ああ、しまった。目を逸らしたせいで、吹き飛ぶ愛城恋太郎を受け止められなかった。
復帰した愛城恋太郎が誕生日プレゼントとして代わりに買うことを提案してくれたけど、それは断った。主な理由は二つある。一つ目はプレゼントは既に決めてあるから。二つ目は……これを理由として挙げるのは論理的ではないかもしれないけど、他でもない私の手で買いたかったから。
用を済ませた私達はデート先へと赴いた。
「二度あることは三度ある……なにを非効率的な、と思っていたけれど。認識を改めなくてはならない」
「あはは……確かに二人で同じ遊園地に三回も来ることになるとは思わなかったね」
「……嫌だった?」
「そんなわけじゃないか! 凪乃となら百回だって来たいよ!」
「ありがとう」
あなたがそう答えることは分かっていた。二回目が再現される様な特殊な状況だったことを加味しても、効率的とはいえない繰り返し。ただ今日は同じことをしに来たわけじゃない。
「はいチーズ」
「ふふっ。うん」
ピースサインをする愛城恋太郎に向けてシャッターボタンを押すとカシャ、と電子的な音が響く。少ししてモーター音と共にフィルムが射出される。それらの音は遊園地の喧騒の中でも印象的に響いていた。
「凪乃も変わったね。初めて来た時はチーズが何……? って困ってたのに」
「もうあの時とは違う。これは被写体がチーズと答えることで口角を上げることを促す効果がある」
「ちゃんと疑問に答えを見つけてる」
「だからちゃんとチーズと答えて」
「笑えてなかった!?」
驚いた瞬間を逃さずに撮影する。私はこうして笑顔だけじゃない他の表情も切り取っていった。あなたとの時間は楽しすぎて、変わらないはずの時間の流れを早めてしまう。一瞬一瞬が写真として積み重なっていくのは、思い出を体現しているようだった。
「最後にこれに乗りたい」
「観覧車? でも高いところは……」
「怖い。だから絶対に手を離さないで」
「わ、分かった!」
ゴンドラが動き出し、上昇しながら揺れていく。呼応するように私の体も恐怖で揺れていく。そのことに気付いた愛城恋太郎が握る手を強めてくれる。彼がそばにいてくれるだけで、どんな場所にいても安心できた。
「あの時はごめんなさい。手をほどいてしまって」
「そんな……! 俺の方こそ……!」
「いいの。おかげで分かったことがある。あなたは自分のために幸せを望んでくれ、と言った。けどあれは私のために言ってくれてもいた」
「凪乃……」
叶うなら私はあなたのように人の幸せを願いたい。過去の生き方で傷つけてしまった人を、その分より多く幸福にできる道を探したい。ずっとそのことを考えていた。人を幸せにするためには、何が必要なのか。
「本日も誠にありがとうございました。閉園三十分前と——」
観覧車を堪能した私達は、座りながらテーブルに広げた写真を閲覧していた。
「ありがとう。とても有意義な誕生日だった」
「こちらこそ! 同じ場所でも、凪乃のことを知ってから来るとまた違った発見があったよ」
「私も。それにこうして沢山の誕生日プレゼントができた」
「プレゼント……って、写真のこと?」
「そう。意外?」
「少し意外かな。この写真にはほとんど俺しか映ってないからさ」
「以前あなたが撮ってくれた写真には私が中心に映っていた。少なくとも、あなただけが映っているものは一枚もなかった」
「……そっか。凪乃から見た景色を残しておきたかったんだね」
「そういうこと。あの写真はあなたが私のために撮ってくれたもの。だから今回は私があなたのために撮りたかった」
「……!」
写真を愛城恋太郎に手渡し、すかさずキスを交わした。見開かれたあなたの目が、段々と目尻を下げていくのが印象に残った。
「あなたが幸せなら、私も幸せ」
「俺も!!!」
かつて自分の過去の過ちを責めることで、あなたを無用に苦しめてしまった。そして自分のために幸せを願い、私を救ってくれたあなたの姿勢から学んだことがある。人と人の幸せは切っても切り離せない。それどころか同じことなのだと。だから私は、私のために幸せを望む。
こうして私は最高の誕生日プレゼントを共有した。