体育祭当日、B組生徒の控室で古瀬はぼうっとしていた。椅子の背に凭れ掛かって、始まるまでの時間を潰している。
顔を上げて上を見ると、小大唯の顔があった。
小大唯、個性はサイズ。触れた物の大きさを変えることができる。『ん』だけで意思疎通する。どうしろというのだ。
「ん」
古瀬は小大からペットボトルを渡される。
「あ、ありがとう」
満足したのかその場から去っていく。何がしたかったんだ、と古瀬は首を傾げる。
「そろそろ入場だって」
その言葉に従い、全員が入場の準備をする。ゲート付近に行った所で、プレゼントマイクの声が響く。
『我こそはとシノギを削る、年に一度の大バトル! どうせてめーらアレだろ、こいつらだろ!!? ヴィラン襲撃を受けたにも拘わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星! ヒーロー科! 一年! A組だろぉぉ!?』
ひっどい煽りだ、と古瀬は思った。彼としてはA組と仲良くしたかったが、自分を含めて周りが不快に思うのも分かる。
「これはプレゼントマイクが悪い」
『B組に続いて普通科CDE組……』
「おかしいよねえ。僕らには全く注目が無いってわけだ」
扱いの差に、B組は静かに闘志を燃やす。
「俺らって完全に引き立て役だよなぁ」
普通科の生徒がそんな事を言っている。そしてB組は普通科とほぼ同じ扱いである。
「なるほど。僕らは引き立て役ってわけだ。完全に調子に乗ってるよねえ」
「早く並べ」
後ろから拳藤に殴られる。しばらくして、爆豪による選手宣誓が行われる。
「せんせー、俺が一位になる」
周りからブーイングが起こる。鉄哲はその宣誓にキレていた。
「これはひどい」
「ああまで言われたら、叩き潰さざるを得ませんな」
アニメはA組視点だから特に何とも思わなかったが、周り視点だとこんな風に見えるのかと古瀬は驚愕する。
そうこう話していると、最初の種目が発表される。
最初の種目は障害物競走、次が騎馬戦、最後が個人戦であると古瀬は知っている。ただ、誰が勝っても緑谷はグラントリノの所に行くし、轟はエンデヴァーの所へ行くし、飯田はステインの出現場所付近へ行く。
つまり何をした所で、ここから先の展開は変えられないのだ。インターンもほぼ関係が無いし、古瀬としてはあまりやる気が起きなかった。
「さあさあ位置につきまくりなさい」
選手たちが障害物競走のゲート前に並ぶ。古瀬は、前には出ずに、後ろに並んだ。
最初に巨大ロボットが出て、それを轟が凍らせる展開までは憶えている。それから何やかんやあって、最後は緑谷が地雷を集めて爆発させて、前に出てゴールする展開である。
前にいると危ないため、最初は後ろで様子を見ようかと思った。
「スタート!」
狭いゲートへと、選手が一斉にスタートする。少し出た所で、轟が地面を凍らせる。
多くの生徒がそれを突破するが、後ろから見ていると、その中の心操が周りの生徒に自分を担がせていて古瀬は引いた。
ゲートから出た所に、多数の巨大ロボットが現れる。轟はそれを凍らせて、真っ先に突破していった。
切島と鉄哲がその下敷きになるが、体を硬化させて下から突き抜けて出てくる。
「だから何なんだ、このハリボテロボット」
一体何の素材でできているんだと思いながら、古瀬はA組がその場を突破した後に、倒れたロボットの上に乗る。
「誰かこれをハッキングして動かせたりしないの?」
周りを見回すが、答える声は無かった。
「駄目か。乗って行けたら楽だと思ったのにな」
古瀬は気で身体能力を向上させて、突破して行った生徒の後を追う。やる気は無いが、あまりに悪すぎる順位を取ると、本当に除籍されかねないと思った。
先に進むと、底の見えない足場があり、そこから突き出た足場の上を紐が繋いでいる。
「あれっ、みんな遅くない!?」
その場にはまだA組の面々がいる。先頭は緑谷、爆豪、轟に譲るつもりだったため、古瀬はあまり前に出るつもりが無かった。
「これ下に落ちて真っ直ぐ進んでから登っちゃ駄目なのかな?」
下がどうなっているか不明なため無理です。
手を抜くのも楽じゃないな、と思いながらA組に先を譲る。足場から足場に跳べるため、立ち止まっている言い訳をどうしようかと思った。
息を吐きながら、体を動かして準備運動を始める。誰かが最終関門に到達したというアナウンスを聞いてから、紐を使わずに足場から足場へと跳んでいく。
最終関門は地雷原、木の杭と鉄条網に囲まれた場所に地雷が敷き詰められている。丁度横に安全そうな木の杭があるため、古瀬はその上に乗って飛び移りながら進むことにした。
気楽そうに進んでいると、横から刃物が飛んできて足場を切られる。体勢を崩しながらも立て直し、そのまま進んでいった。
前に轟と爆豪が見えたと思ったら、後ろで大きな爆発が起こる。緑谷が前に跳んできたと思ったら、再度爆発して飛んでいく。
「おお」
威力は大したことない設定のはずなのに、ちょっと人力で掘り返して集めた数で、どうしてあんなに人が飛んでいくんだろう。この世界の人間はすごく頑丈で、人一人が飛んでいく威力くらい大したことないってことなのだろうか。
後ろを見ると、爆豪たちと後続との距離が殆ど無い。何位になるか、選ぶならもたついている暇はなさそうだった。
ここは無難に、四位を目指すことにした。塩崎茨を抜いてゴールする。
塩崎茨、個性はツル。髪が茨。
続々と後続がゴールしてくる。古瀬は一番早かった塩崎に声を掛ける。
「おつかれ」
「お疲れ様です。四位通過、おめでとうございます」
「あ、ありがとう?」
塩崎と話していると、後続が続々とゴールしてくる。しばらく待った後、結果発表が行われる。
「予選通過は上位四十二名。そして次からいよいよ本選よ!」
ポイントが与えられるのが四十二名で、それ以外の生徒も戦うと思っていたため、上位四十二名だけで戦うと聞いて古瀬は驚いた。
騎馬戦が次の競技であると表示される。ミッドナイトによって、詳しいルール説明が行われる。
古瀬にとって重要だったのは二点、騎馬が崩れてもアウトではないという点、そして悪質な崩し目的の攻撃は禁止であるという点。騎馬を攻撃して崩して退場させればいいと思っていたため、考えていた方法が使えなくなった。
騎馬戦の細かなルールに関しては記憶の中に無かった。そういうルールだったのかと、色々と困惑することが多かった。
周りは続々とチームを組んでいく。古瀬も誰かと組もうと声を掛ける。
「悪いな。今回は本気で勝ちを目指してんだ」
「申し訳ないけど」
「組みたい? 個性は? 無個性!? 他を当たってくれ」
誰も組んでくれなかった。古瀬が組んでくれない理由は、無個性である事と、持ち込みができないのに、二週間くらい剣を振って、体育祭に全く関係の無い技の練習をしていたためである。
心操チームになら入れるかもしれないが、できれば洗脳はされたくなかった。そこまでプライドを捨ててまで個人戦に行きたいかと言うと、迷う所であった。
やばい。二人から四人組作ってで一人余りはやばい。どうしようと困っていると、肩を叩かれる。振り返るとそこには小大がいた。
「ん」
「古瀬くん、一緒に組もう」
それともう一人、凡戸固次郎がいた。凡戸固次郎、個性はセメダイン。顔の穴から接着剤のような液体を噴出する。
「えっ、いいの? ありがとう。本当に助かる」
三人の点数は合計で235。それからどのように騎馬を組むか話し合い、凡戸が前、古瀬が後ろ、小大が騎手と決まった。
「この位置だと、今回僕って本当に役立たずだな」
手を動かせないから何もできない。脚は妨害にしか使えないが、禁止されている。
すぐに、騎馬戦開始のカウントダウンが始まる。
『いくぜ! 残虐バトルロワイヤルカウントダウン!』
「そういえば、作戦は?」
「ん」
「とりあえずねぇ、どうしようか」
『3、2、1、スタート!』
開始後しばらくは混戦が続いたが、七分が過ぎた頃に鉢巻を取られる。
「流石にあれは無理だ」
「ん」
「あっちに行こうって言ってるみたい」
小大たちは物間を狙うが逃げられる。そのまま、鉢巻きを取れないまま時間が過ぎる。
「ん」
「ええー、どうしよう。一位を狙ってみる?」
「あの激戦地に行くの? 止めはしないけど。……おや、あれは」
古瀬は心操の姿を発見する。そういえば、終了直前に物間が鉢巻を取られるんだったっけ、と思いだす。
「ちょっと、あの騎馬の後ろに付けてくれないかな。あの騎馬はたぶん試合終了間近に物間の所に突撃すると思うから、彼らが奪った鉢巻を狙おう」
小大と凡戸は、古瀬の提案を了承する。静かに移動して、騎馬を心操の後ろに付ける。
騎馬戦終了のカウントダウンが始まる。心操が動くが、その行き先は物間ではなく鉄哲だった。
「物間くんの方じゃないよ」
「あ、あれ? とにかくあの騎馬の行き先に向かってくれ」
『10』
勝利を確信した心操の手には鉢巻が握られている。その後ろから、小大が鉢巻を掴む。
「このっ! おい!」
お互いが鉢巻を握ったまま奪い合いになる。しかし心操は個性を使うことに意識を向け、小大は奪い合いに集中したことで競り勝つ。
「普通科の鉢巻を奪って恥ずかしくないのか! おい、なんとか言え!」
小大は心操の服に触れて、サイズを縮める。それにより身動きが取れなくなった所に、凡戸に接着剤をかけられる。
『TIME UP! 早速上位四チーム見てみようか! 一位、轟チーム! 二位、爆豪チーム! 三位、鉄て……アレェ? 小大チーム!』
小大が騎馬に乗ったままガッツポーズをしている。四位は緑谷チームだった。
一時間の昼休憩が挟まれる。古瀬は昼食を食べに行くことにした。
途中、鉄哲チームを見ると完全にお通夜ムードだった。声を掛けに行っても煽りにしかならないため、止めておくことにした。
「悪かった!」
食堂に行くと、突然泡瀬に頭を下げられる。
「騎馬戦の時、チームを組むの断って」
「別にいいよ。勝つためには正しい選択だったと思うし、それに遊んでた僕も悪いし」
物憂げな顔で、古瀬はそう言う。実際、今回自分は何の役にも立っていなかった。それに半分は自業自得である。
「でもお前は勝って、俺は負けた」
「勝ったのは偶然だよ。本当に全然、僕は何もしていないから。それより何か食べよう。まだレクリエーションがあるんだから」
そう言って、古瀬は泡瀬の襟首を掴んで引きずっていく。そこには落ち込んでいるB組の面々がいた。
暗い。あまりの暗さに古瀬は別の場所に行きたくなった。
「隣、いいかな?」
「あ、本選出場おめでとう」
「もういいから。今は何も言わなくていいから。食べよう!」
食事をして、全員の気力が回復する。
「昼からはレクリエーションかあ」
「出場競技何だっけ?」
「そういえばさっきそこで、エンデヴァーを見かけたぞ」
「そりゃあ息子が出場してんだから、見に来てても不思議はないだろ」
しばらくその場でだべって時間を潰す。昼休憩終了間近になったため、競技場に戻ることにした。
競技場に戻ると、A組女子がチアガールの衣装を着ている。こんなのがあったような、無かったような、古瀬ははっきりと思い出せなかった。
「あれってこっちは着ないの? いや、そんな目で見られても困るんだけど。ただ、着るつもりはないのかなと思って」
「着ないから。そもそも衣装が無いし」
古瀬はB組男子に視線を向ける。
「君たちはどう思う?」
「幅広く意見を求めるのは止めろ!」
「そんな。ただ僕は、君たちが見たいのかどうか聞きたかっただけなのに」
「止めてくだされ。見たいと言っても、見たくないと言っても角が立つ奴ですぞ」
「と言いつつ本音は?」
「はいはい、そこまで。ミッドナイト先生の説明が始まるからね」
拳藤が古瀬の首を掴んで引っ張る。分かった分かった、と古瀬は両手を上げて笑顔を見せる。
レクリエーションに関しては、個人戦進出者は出ても出なくてもいい。組み合わせはくじ引きで決める。
参加枠は十六人だが、小大チームが三人だったため一人足りていない。その一人は五位チームの中から選ばれる予定だったが、鉄哲チームに譲られた。参加するのは鉄哲に決まる。
くじを引いて、組み合わせが決まる。古瀬の試合は第五試合だった。
「えーっと、僕の相手は、爆豪か」
記憶の中の大会の優勝者。しかし別に、彼が優勝するかどうかは今後の展開を左右しない。一回くらいは勝っておきたいし、頑張って倒すかと古瀬は思った。
『それじゃあトーナメントは一先ず置いといて、楽しく遊ぶぞレクリエーション!』
レクリエーションが始まる。進出者はあまり参加しなかった。
「古瀬は出るのか?」
「もちろん出るよ。楽しそうだしね」
二回戦で負けるつもりのため、そのための言い訳が欲しかった。最も、爆豪に勝てたらの話だが。
レクリエーションが終わり、個人戦が始まる。古瀬は観客席からそれを見ていた。
「これって、ここから飛び降りて行っちゃ駄目なのかな。一旦控室に行かないとやっぱり駄目なのかな?」
「いいんじゃね? その辺りは自由で」
「いや駄目だろ。しかもその登場の仕方で負けたらクッソダサいぞ」
最もだと思ったため、古瀬は控室へと向かう。その途中で、野生のエンデヴァーに遭遇する。
怖い。何やってんのこの人。軽く会釈をして、古瀬は控室へと向かう。
「あれ、飯田君。ここって共用の控室なんだ」
「君は確か……」
「忘れたなら憶え直さなくていいよ。どうせ僕なんて大した存在じゃないからね」
「いやすまない。古瀬君だな、古瀬。よし憶えたぞ」
古瀬の半分冗談に、飯田は真顔になって対応する。
「飯田君の試合はもう終わったんだっけ?」
「ああ。してやられたよ。騙されてサポートアイテムを身に付けることになるとは」
記憶の中にも似たような内容があった気がする。そこの対戦カードは同じだったのかと古瀬は考える。
そんな風に話していると、麗日が部屋に入ってくる。
「あれ、えっと……」
「古瀬くんだ、古瀬くんだよ麗日くん」
それを聞いて古瀬は笑う。気にしなくていいと飯田に言った。
「飯田君が第二試合で、僕が第五試合、麗日さんがその次だっけ? って事は、勝ったら次は麗日さんに当たるわけだ」
「気が早いぞ。今は目の前の試合に集中した方がいい」
「古瀬くんの対戦相手って確か……」
爆豪勝己。気楽に、頑張ってね、とは言えない相手であった。その相手を想像して二人は視線を逸らす。
「が、頑張ってね!!」
「麗日くん!?」
爆豪が勝つよりも自分に勝ち目がありそうだと思い、麗日は応援する。それを見て古瀬は軽く笑う。
「確かに僕じゃ、君たちに勝つのは難しいからね」
「あまり自分を卑下するものじゃない。もっと自分の力を信じたまえ」
「言ってなかったっけ、僕は無個性なんだよ」
それを聞いて二人は驚いた顔をする。と同時に、ドアが開いて緑谷が入ってくる。それを見て古瀬の表情は固まった。
「麗日さん」
「デクくん! 皆の試合見なくていいの?」
気配を消すように、古瀬は表情を笑顔で固めたまま何も言わない。
「今、切島君とB組の人が終わった所だよ」
「じゃあ僕は行ってくるよ」
「あ、うん。頑張って」
「健闘を祈る」
古瀬は部屋から出て、会場に向かう。その場には三人が残った。
「僕は麗日さんにたくさん助けられた。だから、少しでも助けになればと思って」
麗日の個性で戦う方法を考えて来たと、緑谷はノートを出す。
「ありがとう、デクくん。でも、いい」
麗日は騎馬戦の時に緑谷に頼ろうとしていたことを恥じ、自分の力で戦うと宣言する。
「麗日さん……」
「決勝で会おうぜ!」
といっても試合はまだなので、三人はまだこの部屋にいる。
「そういえば緑谷くん、次の試合をどう思う?」
「対戦相手の事はよく知らないけど、個性にもよるけど使い方と、かっちゃん相手にどんな戦い方をするか次第じゃないかな」
「古瀬くんは無個性だそうだ。さっきこの部屋にいた生徒だが憶えていないか?」
「ああ、さっき初めて会った」
無個性と聞いて、緑谷は驚く。個性無しに、ここにいる人がいるとは思わなかった。
「無個性で爆豪くんと戦うのは厳しいのではないだろうか?」
人は生まれながらに平等じゃない。嘗て学んだ現実が、言葉として思い浮かぶ。
「かっちゃんは本当に凄い奴なんだ。目標も、自信も、体力も、個性も。無個性の人がかっちゃんに勝つのは無理だよ」
やはり現実は厳しいだろうな、と飯田も思った。
爆豪は個性無しでも50m走を五秒台、ボール投げ67mという化け物レベルの運動神経の持ち主である。例え個性を使わなかったとしても、古瀬が爆豪に勝てるとは思わなかった。
「まあ本人がそう言っているだけで、本当に無個性か分からんし。そういえばデクくん、古瀬くんが無個性だった場合、そのノートには書くの?」
「たぶん、書かないかな。だってほら、これは個性の対抗策を纏めたものだから」
緑谷は古瀬に対して、一切の関心が無かった。
会場の方から歓声が上がる。次の試合が始まったようだった。
『続いての試合、まさかの無個性! 勝ち残ったのは運か実力か、古瀬井梨!! バーサス、中学からちょっとした有名人!! 堅気の顔じぇねえ。ヒーロー科、爆豪勝己!!』
プレゼントマイクの実況音声が響く。
「よろしく」
「無個性の雑魚が俺の前に立ってんじゃねぇ」
「そうだね。僕なんかが君の相手をしようだなんて烏滸がましいかもしれないけど、できるだけ見栄えが良くなるように頑張るよ」
古瀬は笑顔を爆豪に向ける。それを見て爆豪は忌々しそうに舌打ちをする。
『スタート!』
プレゼントマイクによって開始が宣言される。
古瀬は、まずは相手の出方を窺おうと思った。気で身体能力のみを上げて、棒立ちのまま相手の様子を見る。
爆豪は相手が動かないとみると、即座に攻撃へと切り替える。接近し、古瀬に向けて爆発を放つが、距離を取って避けられる。
古瀬は数度の爆発を避けた後、爆豪の方を不思議そうに見ていた。
「空は飛ばないのかい? あれをやられると、結構面倒だと思ったんだけどな」
「テメェこそどういうつもりだ。やる気が無いなら、さっさとくたばりやがれ!」
全く攻撃してこない古瀬に、爆豪は何かあるのではと警戒する。それに対する古瀬の答えはあっさりしたものだった。
「……そうだね。それじゃあ」
古瀬は後ろを向いて歩き出す。無防備に背中を晒して、一歩二歩と外へと向かう。
『おいおい、どうした。試合放棄か!?』
場外一歩手前、ラインギリギリに立って古瀬は足を止める。
「押し出してみなよ。これなら簡単に外に出せるだろう? よーく狙いなよ。ここを狙うんだ」
古瀬は自分の胴を指さす。安い挑発に対して、爆豪は思いっきり乗った。
「そんなに死にたきゃ、殺してやるよ!!」
「えぇ……」
古瀬としては、普通に攻撃してくれればそれでよかったのだが、警戒も何もなく全力で突っ込んできて驚く。
「誰もそこまで本気で来いとは言ってないんだけど」
爆豪は右腕を大きく振り上げる。
「死、ね!?」
古瀬は爆豪に近づき、肘と手首を折り曲げて、爆豪の掌を爆豪自身へと向けさせる。
相手が一瞬で視界から消えて、まるで相手が起爆するかのようだった。爆豪は自分の腕が曲げられたと、気付く事さえできなかった。
「ちょっと威力出しすぎだと思うよ」
爆発が爆豪の鳩尾に入る。古瀬はそのまま相手の体を掴み、体を入れ替える形で場外へと突き飛ばす。
爆豪は場外に出る前に、爆発を起こして場内に戻ろうとする。しかし古瀬に顎を蹴り上げられ、そのまま胴を蹴られて外へと叩きつけられる。
「爆豪くん、場外! 古瀬くん、二回戦進出!」
古瀬は爆豪の方へと近づく。
「大丈夫? ああ、駄目だな。完全に気を失っている」
爆豪は担架に乗せられて、ロボットに運ばれていく。
古瀬は攻撃してくるかと思い近付いたが、そんなことはなかった。期待していたわけではないが、それで怪我をしたら、それを理由に二回戦を辞退しようかと考えていた。
会場の席に戻ると、麗日と常闇の試合が行われていた。
その後、一回戦が全て終わり、二回戦が始まる。古瀬の二回戦の相手は常闇だった。
「常闇君だっけ。よろしく」
「こちらこそ」
麗日が相手であれば、違和感なく負けるのは簡単であった。無重力状態にされれば、手も足も出ないように見せることができたためである。
実際、古瀬に無重力状態で打てる手は少ない。せいぜい、舞空術はあまり使わないため慣れていないし、あとは気弾を撃ってその反動で動く程度である。
試合を見ていて常闇が勝ちそうだと思った古瀬は、どのように負けるかを考える。しばらく粘った後に、攻撃を受けて場外に出るのが一番自然だろうなと思った。
『スタート!』
常闇踏陰、個性はダークシャドウ。影のようなモンスターを身に宿し、自在に操作することができる。
明るい光に弱いと知ってはいるが、せっかくなので古瀬はそれ以外の対処手段を探ることにした。今後、別の機会に敵対しないとも限らない。
打撃はあまり効果が無い。どこを殴ってもほぼ同じ。首に腕を回して締め上げようとすると、そのまま体を持ち上げられる。
「ダークシャドウ! そのまま場外まで持っていけ!」
古瀬はダークシャドウに乗ったまま、場外へと連れていかれる。そのまま振り落とされ、怪我が無いように着地する。
「古瀬くん、場外!」
古瀬の敗北が決定する。負けることを優先して、弱点を見つけ出せないまま終わったため、彼としては不完全燃焼だった。
「完敗だよ、常闇くん」
「いや、あのまま続けていればこちらも危うかった」
試合の最中に、こうすれば効果があるんじゃないか、と思いつくことはあった。しかし成功して勝っても困るため、それらの行動は行わなかった。
とはいえ、最初は十分くらい粘ってから場外になろうと思っていたのに、それができなかったため古瀬は落ち込んでいた。
B組がいるところに戻った後は、全くそんな事が無いように取り繕う。
個人戦は、順当に轟が優勝した。
どの道、今回のルールだと緑谷と轟には勝てなかっただろうな、と古瀬は思った。
ワン・フォー・オールの超パワーに対抗する手段を持っていないし、武器無しに轟と戦うのは厳しい。氷しか使わないならワンチャンあるかどうかくらいの勝率だっただろう。
最後にオールマイトがメダルを授与して、体育祭は終了した。