次のイベントは、ステイン戦。しかしこの戦い、関わるのがものすごく難しい。
飯田が兄の敵討ちに走ることで始まるイベントだが、まず参加者が少ない。生徒の参加者は飯田、緑谷、轟の三名しかおらず、戦闘に参加するためには偶々その近くに居なければならない。
飯田はステインの出現場所近くを職場体験場所に選んだため、同じ場所を選べば同行することは難しくない。しかしこの職場体験先が、指名制で同じ場所を選べない事が多い。運よく同じ場所から来ていればいいが、そうでなければ同行することは不可能である。
指名が無かった生徒は、雄英がオファーしたいくつかの事務所の中から選ぶ。しかしステイン戦参加者は全員事務所から指名されている。
緑谷はグラントリノ、轟はエンデヴァー、古瀬の場合はどちらからも指名を受けることは無いだろう。
加えて、時間が夜の数時間と短い。この少し前にステインは死柄木と接触しているため、彼らが遭遇する前に接触できるかも怪しい。
それに、このイベントに関わることで得られるメリットもほぼ無い。ステインと戦ったからといって何かを得られるわけではない。
なんか色々とその後に影響を与えた気がするが、具体的な内容が記憶の中に無い。ヴィラン連合の結成とか、思想的にどうこうとか、そういった事があった気がするが、朧げな知識を基にして計画を立てるのは危険である。
メリットが無いどころか、デメリットが存在する。個性を使ったためか、別の何かがあったのかは不明だが、ステイン戦の後、緑谷たちは警察に色々と注意されることになる。
なぜ自分も一緒に怒られなければならないんだ、という思いが古瀬にはあった。そんなデメリットを超える意味が、この戦いにあるわけでもない。
できれば難易度を上げてやりたいが、それも難しい。思いつく方法は相手の戦力を増やすか、緑谷たちの戦力を減らすかだが、今回はそのどちらもが難しい。
という事で、古瀬はこのイベントは放置しようかと思っていた。何か別の、理由なりメリットなりが生まれない限りは。
体育祭終了後、古瀬はよくその辺りのチンピラに絡まれるようになった。お前みたいな無個性なら俺でも倒せるぜ、みたいな感じでよく襲われるようになった。
「で、何か言う事は?」
「ごべんなざい」
適度に締め上げて解放する。二人組は走って逃げて行った。
「放しやがれ! 殺す、テメーだけは殺してやる!」
揶揄い半分のチンピラならまだいいが、凶暴なチンピラは普通に警察案件のため、鎮圧した後が色々と面倒だった。
絡まれる頻度は時間と共に減っていくが、そのような事など分かりようが無い。周りは称賛や激励されているのに、自分はこんなのばっかりだなと古瀬は気が滅入った。
体育祭の二日後、古瀬は雄英のB組教室へと向かう。
「インゲニウムがヒーロー殺しに襲われたんだって」
「おはよう」
「おはよう。ってお前、その目どうしたんだ!?」
「ああ、これ? 昨日店に売ってあったから買ったんだ」
古瀬はドラゴンの刺繍が入った黒い眼帯を付けている。目を怪我したわけではない。
「どう、恰好よくない?」
「お前もそちら側の存在か」
黒色支配、個性は黒。黒色に溶け込むことができる。やったこと無いけど、スプラトゥーンらしい。
「偶々見つけただけで、いつもこういうのばかり買っているわけじゃないけどね。あ、左目もあるよ」
「おはよー」
小森が教室に入ってくる。古瀬もおはよう、と挨拶をする。
「見てこれ。どう思う?」
「わっ、おお。いいと思うよ」
イェーイ、と古瀬と小森はハイタッチする。
「やはり、俺とお前は相容れぬ存在」
「まあまあ、そう言わずに。それで何の話だっけ。インゲニウムがヒーロー殺しに襲われたんだっけ?」
その話を聞いて、飯田の兄者が襲われたか、と古瀬は考える。その容体を聞いて、死んではいない事を確認する。
そうこう話していると、ブラドキングがやってきたため全員席に着く。
「うお、お前その目どうしたんだ」
「ただのファッションですので、お気になさらないでください」
ブラドキングから、ヒーロー名の考案と、職場体験に関する説明が行われる。これから職場体験が始まるので、自分のヒーロー名を考えろという事である。
各々がヒーロー名を発表していく。古瀬も考えて、壇の上に立って発表する。
「スケアクロウ。名前の由来は昔のアニメに出てくるカード、くず鉄のかかし、から」
ただのカカシですな、というセリフが洋画にある。原文を直訳すると、『あんたの兵士は無価値だ』である。
くず鉄のかかし、は最初期から主人公が使うカードである。終盤まで使用され、役に立たないカードではない。
無価値な道化ともいえるし、そうでないともいえる。そんな滑稽さが、自分には似合っていると思った。
次に、職場体験に関する説明が行われる。プロヒーローから指名が来ている人はその中から、それ以外は学校が用意したリストの中から選べとの事だった。
「それで、このクラスに指名ってきたんですか?」
体育祭で結果を残せた人間がほぼいない。しかも二回戦まで唯一行った古瀬は無個性のため、指名が来ていない可能性が高い。
「このクラスに来た指名数はこれだ」
鉄哲54、古瀬30、小大14、凡戸8、その他数名。それを見てクラス内に歓声が上がる。
「そしてこっちがA組」
「ファッ!? 轟、五千!?」
「桁が違う。二桁違う」
「一人だけなんかおかしくないか」
「いや、他も数百だから桁が違うぞ」
「そりゃ二回戦以降、殆どA組だったからなあ」
やべーよ、やべーよ、と彼らは自分たちとA組との差を痛感する。
「落ち着け!」
ブラドキングの一喝で教室は静かになる。
「これはあくまで体育祭を見ての結果にすぎん。プロヒーローになるまでの道筋が全て決まるわけではない。体育祭を経て、お前たちはA組の実力、己に不足しているもの、各々の長所を知ったはずだ。劣っていると思うなら、底から這いあがって乗り越えて見せろ! プラスウルトラだ!」
「「「はい!」」」
その後、授業が終わり休み時間になる。
「といっても、どうしたもんかな」
「大体の奴が学校側が選んだ事務所に行くわけだからな」
「A組も半数以上は指名がありませんでしたな」
「拳藤さんは指名が来てたんだっけ? スネークヒーローウワバミ、あまり詳しく知らないけど、受けるの?」
「せっかく指名してくれたわけだしね。ここに行くつもり」
古瀬も指名された事務所のリストを見るが、正直ここに行きたいと思う場所は無い。取り敢えず、飯田がどこに行くかだけ確認してこようかと思った。
「ちょっと行ってくる」
そう言って古瀬はA組へと向かい、目立つようにドアを開ける。
「失礼します」
「うおっ、何だ!?」
「ちょっと職場体験の行き先に困っているんだけど、どこに行くのか参考のために話を聞かせてもらえないかな?」
困っている、と言えば、話くらいは聞いてくれるのではないかと古瀬は思った。普通なら隣のクラスからいきなり来た奴なんて相手にされないが、ここはヒーロー科である。特にそんなことはなかった。
「おう、いいぜ。俺はフォースカインドの事務所だ」
「君は切島君だっけ。フォースカインドってことは、鉄哲と同じか」
B組の生徒がどこに行くかは、すでに全員から聞いている。
切島鋭児郎、個性は硬化。文字通り硬くなる。
「ちなみに選んだ理由は?」
切島から話を聞いたのち、他のA組生徒からも話を聞いていく。
「芦戸さんだっけ。職場体験はどこに行くか聞いてもいい?」
古瀬は芦戸から話を聞く。
「あれ、芦戸さんって指名来てないんだ。個人戦で結構戦ってたと思ったけど」
「そうなんだよ。そっちは指名あった?」
「いくつかはあったよ。と言っても、本当に少しだけどね」
次に峰田から話を聞く。峰田、個性はもぎもぎ。粘着性の高いボールを無限に生み出す。効力が切れるまで本人にも剥がせない。
「オイラはMt.レディ!」
「あれ、Mt.レディって誰でも選べるんだ。というか新人なんだ。何かもっと、ベテランのイメージがあったんだけど」
原作開始と同時にデビューのため、たぶん独立して二年目である。
割とよく見た気がするが、記憶の中にその詳細は無い。割とよく本筋に関わるキャラなら、知り合っておいて損は無いかと思った。
本編に関わるつもりは無いが、避けるためにも情報は重要だから。
「それもありかなあ」
「顔と体で選んでない?」
「別に嫌いではないけど」
それから、と古瀬は辺りを見回す。透明な少女がいることに気付いた。
「えっと、君は確か……」
「葉隠だよ! 何で私だけ名前知らないの!」
「そうそう、葉隠、葉隠透! ごめん、ちょっと忘れてた」
葉隠透、個性は透明化。透明人間。影が薄いとかではなく、体育祭などで名前を聞くことが無かったため忘れていた。
ある程度の人に話を聞いてから、古瀬は飯田に声を掛ける。
「飯田君は、職場体験はどこにした?」
「いや、僕はそう大した所じゃ」
「別に無理に見せなくていいよ。指名された所?」
飯田は肯定する。それなら同じ場所に行くのは無理だな、と古瀬は思った。
「飯田ちゃんが心配で見に来たのね」
蛙吹梅雨、個性は蛙。蛙っぽい事なら大体できる。
「別にそういうわけじゃないよ。いや、全く心配してないってわけじゃないよ?」
「気を遣わなくていい。心配なら無用だ」
飯田は平気そうな顔でそう言う。
「それならいいけど。でも戦うつもりなら気を付けた方がいい。ヒーロー殺しは一人で勝てるような相手じゃないから」
「古瀬ちゃん、個性を使っての戦闘は法律違反よ」
「そうだよね。飯田君がルールを破ってまで戦闘を行うわけなんて無いよね。ごめん、唆すようなことを言って」
「いや、こちらこそ……」
飯田は目を背ける。
「でも何かするつもりなら本当に気を付けた方がいい。聞いた話じゃヒーロー殺しの個性は……まあ、飯田君には関係の無い話か」
「知っているのか! ヒーロー殺しの個性を!!」
古瀬は飯田に両肩を掴まれる。ちょっと仄めかすだけのつもりで、ここまで反応を示すとは思わなかった。
どこで知ったのか、情報源についてまでは考えていなかったため、言っていいのかどうか古瀬は迷った。
「そういえば、麗日さんは職場体験どこに行くの?」
横に視線を逸らして、麗日に尋ねる。飯田には、蛙吹が落ち着くように言っている。
「え、わ、私はガンヘッドの事務所」
隣の騒ぎを聞いていた麗日は、突然話を振られて驚く。
ガンヘッドはゴリゴリの武闘派で、独自の格闘技、ガンヘッド・マシャル・アーツを操る。
「そういえば、僕にもガンヘッド事務所からの指名が来ていたな」
「格闘技系なら、古瀬くんとも相性がいいんじゃないかな」
客観的に見ると、無個性の古瀬と格闘技であるGMAは相性がいいように見える。しかし近接戦でかなりの上位者である古瀬が、今更近接戦で伸びしろを見出せるか疑問であった。
「うーん……」
古瀬はあまり乗り気ではない様子を見せる。
こういうのは本来、自分の個性に合った場所か、自分が行きたい場所を選ぶことが多い。どうせ自分に合った場所なんて無いんだから、どこに行っても同じだなと思った。
「あとは……」
古瀬は爆豪へと視線を向ける。特に気にすることなく近づいて行った。
「おはよう」
「ああ!?」
今の爆豪は危険物である。周りは止めようとするが、躊躇なく近付いて行ったことに驚愕する。
「職場体験をどこにするか聞いてもいい? いや、本当にどこにするの?」
原作ではベストジーニストの所に行っていた。古瀬はそこまでは憶えていないが、かなり上位のプロヒーローの所に行っていた事は憶えている。
「話しかけてきてんじゃねえ!!」
「ひょっとして、体育祭の時のこと怒ってる?」
「怒ってねぇわ!! 舐めんじゃねえ!!」
「そっか。それならよかった。それでどこにするの?」
周りは、爆豪と古瀬が割と普通に会話していることに驚く。軽くあしらっているというか、仲が良さそうにすら見えるため不思議だった。
「ベストジーニスト、おお、すごい。指名貰ったんだ」
「勝手に見んじゃねぇ!!」
「ごめんごめん。それじゃあ僕はこれで。勝手に見てごめんね」
「待て!」
古瀬が振り返ると、爆豪に胸倉を掴まれる。それに少し驚いて体勢を崩す。
周りは爆豪の行動に驚いてざわつく。
「テメェ、俺との試合で手を抜いてやがったな!」
「まさか、そんな事していないよ」
「爆豪、おいよせって」
切島が遠くから呼びかける。それを聞いて、爆豪は胸倉から手を放す。自分の席に、不貞腐れるように座り込んだ。
ほぼ全員から話を聞き終えた古瀬はお礼を言う。
「ありがとう。色々と参考になったよ」
そう言って、古瀬は教室から出ていく。それを見て麗日は首を傾げる。
「あれ、デクくんって話聞かれた?」
「集中しているからな。邪魔になると思ったんじゃないか?」
この時、緑谷はどのヒーロー事務所に行くか、ぶつぶつと呟きながら真剣に考え込んでいた。だが爆豪に話しかけた古瀬が、緑谷に遠慮して話しかけないというのは些か不自然であった。
「ああ、そうだ。一つ言い忘れていたことがあった」
古瀬が戻って来て、外から顔を覗き込ませて飯田に呼びかける。
「ヒーロー殺しは血を舌で舐めて何かするらしいよ」
それじゃあ頑張って、と言って教室へと戻った。
古瀬は少し考えて、ガンヘッドの事務所へと行くことにした。麗日が行くため、それ狙いであった。
この先に起きるイベントとして、古瀬が知っているのは林間学校、インターン、文化祭の三つ。
その内、林間学校は危険そうなので、部屋に引き籠っていようかと古瀬は考えていた。丁度、期末試験に落ちた生徒は補修を受けていたため、そこにいようかと思った。
林間学校はかなりの負傷者が出て、爆豪が攫われる。スーツも無いため、場所によってはガスで即詰む可能性がある。
最初からガス対策をしておくこともできるが、そんなものを用意していたら怪しいことこの上ない。ただでさえ内通者がいて、その存在が疑われているのに。
補修部屋には先生がいたし、補修組から負傷者は出なかった気がするため、安全なのではないかと古瀬は思った。実際は襲撃される。
インターンに関しては、できれば死穢八斎會の動向を知りたかった。あの後どうなったのか、壊理を連れ戻したのか、家宅捜索は行われるのかどうか。
前世の記憶には穴が多く、死穢八斎會に突入する際の戦闘参加メンバーが古瀬には分からなかった。
確実に戦闘に参加していたと憶えているのは緑谷と麗日の二人。切島はその前に少し戦っていたのは知っているが、突入時にいたかどうかまでは分からない。
つまり古瀬としては、インターンは緑谷か麗日、次点で切島が行く事務所に行きたかった。
この内、緑谷が行くのはサー・ナイトアイの事務所。古瀬は緑谷が嫌いだし、サー・ナイトアイには経歴、過去を調べられそうで行きたくなかった。
なので、古瀬はインターンで麗日と同じ事務所に行けないかなあ、と思った。そのために、同行できる程度に親しくなれないかと思いガンヘッドの事務所を選んだ。
なお、古瀬は知らないが麗日が行くのはリューキュウの事務所。メンバーは蛙吹、麗日、波動、リューキュウと女性ばかりのためおそらく無理。
そのような理由から、古瀬はどうにか麗日の好感度を上げられないかと思った。
麗日は原作のメインヒロインのため、おそらく最後は緑谷と付き合うのだろうなあ、と古瀬は思っている。そのため恋愛対象とは見ていない。
「女性の好感度を上げるにはどうしたらいいのかな?」
「なに、好きな人でもできたの?」
取蔭切奈、個性はトカゲのしっぽ切り、自身を細かく分割し、自在に動かすことができる。
「恋愛対象としてではなく、友人としてなんだけど」
「告白すればいいんじゃない?」
「だから、そういう意味じゃないって」
休み時間に、古瀬と取蔭は向かい合って座っている。
「男女の友情は面倒くさいよ。直ぐ惚れた腫れたって話になるから」
「その人好きな人いるから、そういった話にはならないよ」
過去を思い出してか、取蔭は黄昏るような表情をしている。
「例えば取蔭さんはさ、されて何か嬉しい事ってある?」
「今ここにジュースがあれば嬉しいかな」
「それは買って来いって言ってる?」
古瀬がそれを聞いて少し呆れた様子でいると、それを見て取蔭は歯をむき出しにして笑う。
「相手を褒めてみたらいいのかな。取蔭さんって笑顔が素敵だよね。スタイルもいいし、気配りもできる」
「何それ。私で試そうとしてる?」
「綺麗だし、光り輝いている。何て言うか、後光が差している」
それを聞いて取蔭は笑う。半分くらいはふざけて言っていると思った。
コミュ、取蔭と話をした。
家庭科室に砂藤がいるのを見かけて、古瀬は勝手に入って話しかける。
「何してるの?」
砂藤力道、個性はシュガードープ。糖分を摂取することで、通常時の五倍の身体能力を三分間だけ発揮する。
「ケーキを作ってんだ。個性の訓練用のやつをよ」
ふーん、と古瀬は相手を見ながら相槌を打つ。
「君の個性は確か、糖分を摂取して力を上げる、だったかな?」
「ああ。俺の個性には砂糖の摂取が不可欠なんだ」
なるほどなあ、と机の上で胡坐を掻いて相槌を打つ。
「僕も偶に自分でお菓子を作ろうとは思うんだけど、どうしても量が中途半端になっちゃうんだよね。少量を何度も作ると手間がかかるし、かといって大量に作ると同じ物を何日も食べることに飽きちゃうし。砂藤君は作り過ぎたりはしないの?」
「作りすぎた場合は人にあげればいいんじゃないか?」
「それができるくらいの出来栄えがあればいいんだけどね。それにあまり頻繁だと、相手にとって迷惑かもしれないし」
「女子だとダイエットしている場合とかあるからな」
「具体的だね。そういった経験があるの?」
古瀬は身を乗り出して砂藤に尋ねる。
「昔、菓子を作った相手に、ダイエットしているからって断られたことがあるんだ」
それは本当にダイエットをしていたのだろうか、と古瀬は首を傾げる。実は好きな相手に告白して、振られたとかではないかと思った。
「へえ、どんな相手? 好きだったの?」
「そういうわけじゃないけどよ。そういう古瀬は好きだった相手とかいないのか?」
「好きな相手? この学校だと芦戸さんかな」
「おお、意外だな」
「そう? 明るいし、スタイルいいし、かわいくない? まあ、接点全く無いんだけどね」
そうこう話していると、ケーキが焼き上がる。オーブンから取り出して、机の上に置かれる。
「一つどうだ?」
「えっ、いいの? そういうつもりで来たわけじゃないんだけど」
それじゃあありがたく、と言ってラップで包んで鞄に入れる。
「今はお腹が空いていないから、後でいただくことにするよ」
コミュ、砂藤力道と会話をした。
古瀬は武道場に、いくつかの機械を運び込む。学校側に頼んでいた訓練用の機材で、それらを部屋の周りに配置する。
その場に居た尾白は、何やら運んできたことに困惑する。
「それは?」
「訓練用の機械だよ。これを射出するんだ」
そう言って古瀬はピンポン玉を見せる。
古瀬は全身で放つ二重の極み、総身を習得しようと思った。どんなものかは説明が難しいが、簡単に言えば飛んできたものを粉砕する技である。
「全方向からこれを撃って、粉砕するんだ。そういう技があるんだよ」
技と聞いて、個性を伸ばすのに対して、やっぱりそういった技術を習得しているんだな、と尾白は思った。
「よく分からないけど、そんな事ができるんだね」
「難しいだろうけどね。使い所も多くはないだろうけど、割と好きな技なんだ」
そうして、古瀬は総身の習得を開始する。これまで様々な漫画の技を覚えてきたのだから、これだってそのうち習得できるだろうと彼は甘く見ていた。
しかし、どれだけ練習を積み重ねようと、習得どころか感覚すらも掴めない。何ならやり方すらも分からなかった。
「無理だってこれは。何だよ全身で打つって。意味が分からない」
ピンポン玉の海に溺れながら、何の感覚も掴めないまま古瀬は不貞腐れる。
しばらく練習を続けていたが、あまりにも何の進展も得られなかったため、古瀬は別の訓練を始めることにした。
「尾白君、ちょっと握手しない?」
尾白は少し不思議に思いながらも、古瀬の手を掴む。すると体から力が抜け、何かを吸われるような感覚に襲われる。
古瀬が手を離すとその疲労感は消え、次第に元気が戻ってくる。
「何、今のは?」
「相手の気を奪う技を作ったんだ。最も、時間が掛かりすぎるから、実戦では使えない技だけどね」
この技は相手に直接触れる必要があるが、完全に奪うには時間が掛かりすぎる。それを実戦で行うのはあまり現実的ではなかった。
「元気玉みたいに、周りから気を集められればいいんだけどね」
「周りからは集められないのかい?」
「集められないというか、やり方が分からないんだよね。草木から気を分けてって頼む技なんだけど、どうやってそれを伝えればいいのか。草木や動物と意思疎通なんてできないからなあ」
古瀬は少し悩む。尾白の方には心当たりがあった。
「口田君なら生き物との意思疎通はできるんじゃないかな?」
口田甲司、個性は生き物ボイス。動物と意思疎通をして命令することができる。
あー、とそれを聞いて古瀬は、そんな生徒がいたことを思い出す。影が濃くないため忘れていた。
ちょっと行ってくると言って、古瀬はその場所を出て口田を探しに行く。ちょっと話を聞いてみることにした。
口田は外の花壇付近にいた。
「口田君、ちょっといいかな?」
古瀬が話しかけると、少し怯えたような様子で、躊躇いがちに頷く。
「ちょっと君の個性について聞きたいんだけどさ、動物と意思疎通をするってどんな感じなの?」
「え、えっと……」
口田は自分の声を通して動物たちに命令するのだと伝える。
「命令するだけで素直に聞いてくれるのかい? 対価とかは必要じゃないの?」
命令した動物に対して食べ物を与えるとか、何かしらの報酬を支払う必要は無いのか古瀬は尋ねる。
「そういった物は特に必要無い、かな」
口田の個性は意思疎通を図るというよりは、命令して従わせる、心操の洗脳に近い個性である。
「なるほど。相手の意志に関係なく行わせる、そういうのもあるなのか」
古瀬は尾白と訓練した。口田と話をした。