無個性のヒーローアカデミア   作:明灯月陽

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六月上旬

「林間学校八月!? 遠いな」

 

 職場体験は五月、そして次のイベントである林間学校は七月と八月の境目辺り。ほぼ二カ月、何もないのである。

 

 一応期末試験があるが、演習試験は一日で終わる。筆記もあるが、特に語ることは無い。

 

 古瀬の成績は二十人中十位なので、一応勉強はしないとまずい。

 

 演習試験の内容は、生徒と教師が二体一で戦うというもの。どの教師、その生徒と当たるか分からないため、対策は立てにくい。

 

 というわけで、ここから林間学校までの方針は、ひたすら修行して強くなって、演習試験に落ちるというものであった。

 

 古瀬としては、ヴィランが襲撃してくる林間学校は安全な場所にいたい。そして身を守るために強さが必要。でも試験には落ちなくちゃいけない。

 

 筆記で赤点を取るという方法もあるが、サポートアイテムライセンス取得ができなくなりそうなので止めておきたかった。

 

 試験の相方についてはおおよそ想像がつく。無個性の自分と組んでも全く力が発揮できない生徒、おそらく物間だろうと古瀬は思った。

 

 一方で教師側が誰なのかは、全く想像がつかない。そもそも古瀬と物間を足した場合の戦力評価が分からなかった。

 

 強いと判断されればオールマイトが来るかもしれないが、流石にそれは無い。オールマイトと戦える機会なんてそうそう無いため、古瀬としてはそれ自体は歓迎だったが、物間と足し合わせてその戦力評価は無い。

 

 その組み合わせだと、物間が個性をコピーできる人間がいない。古瀬はワン・フォー・オールをコピーできるか知らないが、主人公が持つ特別な力だから、できないのではないかと予想した。

 

 いずれにせよ、今はまだ推測に過ぎない。具体的な作戦は、試験内容と組み合わせが発表されてから考えることにした。

 

 

 

 授業前、更衣室での事。古瀬は剥がれかけたカレンダー近くに、穴が空いているのを発見する。覗き込むと、隣にある女子更衣室が見える。

 

「あれ、女子更衣室が見える。泡瀬くん、ここ塞いどいて」

 

「あいよー」

 

 泡瀬は更衣室に空いた穴を塞ぐ。軽くさらっと流されたが、その場に居る人間は、ある疑問が頭に浮かんだ。

 

 あれ、こいつ今女子更衣室見なかったか? 

 

 故意ではない。それは分かるのだが、その事実が気になって仕方がなかった。

 

 その日の授業は救助訓練レース、オールマイトの授業だった。

 

「なあ。さっき、女子更衣室を見なかったか?」

 

「えっ、うーん。わざと見たわけじゃないんだけど。まあ、見たのは事実か」

 

 なおこの事は、B組女子も知っている。古瀬は彼女たちに頭を下げる。

 

「ごめん、着替えている所を見て」

 

「わざとじゃなかったんでしょ。だったらまあ」

 

「もう穴を塞いだんだったら、別にいいよ」

 

 そう言って許してもらった。話が一区切りついた所で、オールマイトが訓練の説明を行う。

 

「私が救難信号を出したら一斉にスタート! 誰が一番に私を助けに来てくれるかの競争だ! 建物の被害は最小限に抑えるように!」

 

「うちのクラスで速いやつって誰だ?」

 

「黒色か宍田か角取か。推薦ってレースだったらしいけど、取蔭はともかく骨抜ってどうやって勝ったんだ?」

 

 骨抜柔造、個性は柔化。触れた物を柔らかくできる。生物には効かない。

 

「では最初の組は位置について!」

 

「あ、バラバラにやるのか」

 

「そこまで大して変わらない気もするけど」

 

「見るのも勉強ってことじゃない?」

 

 古瀬は最初のレースに参加する。使うのは身体能力の強化のみだが、角取がいるため本気でやろうかと思った。

 

「このルールだと、空飛べる人が強すぎない?」

 

「障害物を壊しながら、真っ直ぐ行った方が速ぇ!」

 

 オールマイトによってスタートの合図が出される。

 

 最速を目指すなら落下時間はロスになる。古瀬は不安定な足場を選択肢から除外して、同じ高さ且つ最短のルートを考える。

 

 周りの様子を確認しつつ、一位にはならないように調整する。誰かがゴールした後に、目的地へと飛び込んだ。

 

 力の使い方がまだまだ甘い。摩擦や足場の強度を認識できていない。力を完全に発揮するための技量が、まだ足りていないと実感するレースだった。

 

 その後も問題なくレースは行われ、授業は終わった。

 

 

 

 休日、円場は古い特撮ものを見るのが好きで、たくさん持っているというので、古瀬は円場のアパートに見せてもらいに行くことにした。

 

「円場くん、来たよ。入っていい?」

 

「おお、入ってくれ」

 

 ドアをノックすると、中から声が聞こえてくる。古瀬と蛙吹はドアを開けて中に入る。

 

「おはよう」

 

「お邪魔するわ」

 

 古瀬の後ろにいる蛙吹の姿を見て円場は驚く。

 

「ファッ!? 誰、いや何でここに?」

 

 円場は蛙吹がA組の生徒であることは知っているが、名前までは憶えていなかった。

 

「あれ、さっきもう一人連れて行ってもいいかって聞かなかったっけ?」

 

「見たけど、いや見たけどさ!」

 

 円場は来るのは男子だろうと、まさか女子が来るとは思っていなかった。

 

「お邪魔だったかしら」

 

「いや、そんなこと無いよ。そんなことないけどさ。どういった経緯で来ることになったんだ?」

 

「円場くんの家に昔の特撮を見に行くけど、誰か一緒に行かないかって聞いたんだ」

 

「昔の特撮って見た事が無いのよね。だから一緒に行ってもいいかってお願いしたの」

 

 そうなんだ、と言いつつ円場はグッジョブと古瀬に親指を立てる。

 

「それで特撮ってどんなのがあるの?」

 

 古瀬たちは円場が持っている特撮ものを確認する。

 

「ああ、怪獣ものも特撮か」

 

「ヒーロー系も多いわね」

 

 円場は自らの趣味をじっくりと見られて、羞恥心で悶える。

 

 その後しばらく、古瀬たちは特撮作品を視聴する。

 

「やっぱり今の時代と比べると、ヒーローに対する価値観がだいぶん違うね」

 

「でもカッコよくないか? 人知れず悪と戦うヒーローって」

 

「今の時代にやったら違法よね」

 

「僕は好きだよ、そういうの。誰かの笑顔のために戦うのって素敵だと思う」

 

「ヒーローっていうよりヴィジランテみたいね」

 

「単にヒーロー活動が違法じゃなかった時代の作品なんじゃない?」

 

「法整備される前は、ヴィジランテとヒーローの区別が曖昧だったらしいからな」

 

 何か飲むかと、古瀬は買ってきた飲み物を取り出す。

 

「悪人だから殺してもいいって考え方はどうかと思うわ」

 

「まあそれやったら、今の社会じゃとんでもないことになるからな」

 

 個性社会は全員が強力な重火器を持っているようなものである。全員が自衛のために力を振るえば収拾がつかなくなる。

 

「今のヒーローは英雄というより職種だからね。ルールを守るという前提がどうしても付随するんじゃない?」

 

「名前は同じでも、全くの別物という事かしら」

 

 コミュ、古瀬は円場と蛙吹と特撮を見た。

 

 

 

 古瀬は食堂で飯田と遭遇する。

 

「おや、飯田くん。ヒーロー殺しと戦ったんだって? どうだった?」

 

「古瀬くん。君は、俺の暴走に気付いていたのか?」

 

「まさか。相手の目を見ただけで憎しみが見えるほど、僕の洞察力は高くないよ。ただ何となく、そうなんじゃないかって思っただけさ」

 

 本音を隠すように笑顔を顔に張り付けて古瀬は言う。飯田はどことなく胡散臭いとは思うものの、その言葉を信じることにした。

 

「それにしても、誰も死ななくて良かったよ。もしかしたら誰か死ぬんじゃないかって、心配していたからね」

 

「本当に、周りには迷惑をかけてしまった」

 

 古瀬は飯田から詳しい話を聞く。

 

「なるほど。君たちの違反は握り潰されて功罪共に無くなったけど、事務所側には監督不行届でお咎めがあったんだ。どういった処理なんだろう?」

 

 誤差でモブが一人くらいは死ぬかもと思っていたが、特にそんなことはなかったとのことだった。これは記憶通りの結末なのだろうかと首を傾げる。

 

「体の調子はどう? もう体調は元に戻った?」

 

「ああ、もう心配はいらない」

 

「それはよかった。それじゃあちょっと競走でもしてみない?」

 

「競走?」

 

 飯田は怪訝そうな顔をする。飯田の個性はエンジン、走るのは最も得意とするところである。そのままの意味で捉えるなら、挑まれる理由がよく分からなかった。

 

「飯田くんって足が速いだろ? だったらそれに、どれくらい追いつけるか、試してみたいんだ」

 

「しかし僕と君では……」

 

「そうかな? これでも足には自信があるんだ。それに飯田くんの実力がどのようなものか見てみたいしね」

 

 飯田はステイン戦で左手に後遺症を負った。治せる可能性もあるが意図的に残している。その事を古瀬は知らなかった。

 

 後遺症があってなお、飯田は、自分と古瀬には圧倒的な開きがあると持っていた。個性持ちには敵わない、そんな現実を突きつけることになるのではないかと、一抹の不安を覚える。

 

「それは、僕の個性を知った上での挑戦かな?」

 

「もちろん。僕なんかじゃ君の足には追い付けないかもしれないけど、常に有利を押し付けられるわけじゃない。相手が得意な場所に挑んでみたいんだ」

 

 まあ要は、テメェの得意分野でテメェの鼻っ柱へし折ってやるぜ、という意味である。

 

「分かった、やろう!」

 

 その提案を受け入れたのは、ステイン戦前に情報をくれた恩があったのと、古瀬ならばそれを乗り越えると信じたためであった。

 

 古瀬は体操服に着替えて運動場へと移動する。横を見ると、飯田はヒーローコスチュームを着ていた。

 

 ヒーロースーツが単なる動きやすい服でしかない古瀬にとって、飯田の装備は単なる重りにしか見えなかった。ハンデという事だろうかと首を傾げる。

 

「飯田くんは確か、短距離だと速度が出せないんだっけ?」

 

「ああ。最速を出すためにはギアを上げる必要がある」

 

「それじゃあレースは長距離にしようか」

 

「いいだろう」

 

 取り敢えず、その辺にいた鱗にスタートの合図を出してもらう。

 

 鱗飛竜、個性は鱗。体に鱗を生成して鎧のように纏ったり、飛ばすことができる。

 

「よーい、スタート!」

 

 古瀬は速く走るために、脚部に気を集中させる。意識を集中させて、自身の体の動きと、周辺の状況を把握する。

 

 最初は飯田が先行するが、直ぐにそれを抜き去る。舞空術を使用してさらに速度を上げたことで、衝撃波が発生する。圧倒的な速度の差によって飯田との距離が大きく開いていくが、古瀬はすぐに速度を落とす。

 

「熱つつつつつつうううううう。待って、ちょっと待って!?」

 

 古瀬は足を止めてレースを中断する。飯田も近くに来て足を止める。

 

「大丈夫か!?」

 

「ちょっと想定外の事態だった。なるほど、移動速度が速すぎるとこうなるのか」

 

 物体が高速で移動すると、空気の圧縮によって温度が上昇する。古瀬は自身が出せる最高速で動いたことが無かったため、気が付かなかった。

 

「素の状態だと、僕の場合は最高速で動けないのか。気を纏えば何とかなるのかな」

 

 今回は脚部重視で、全身を気で覆ってはいなかった。

 

「雄英初負傷がこれかあ……一度も怪我したことないのが自慢だったんだけどな」

 

「コスチュームを耐熱素材へと変えた方がいいのではないか?」

 

「僕は近接戦重視だから、速度よりも動きやすさの方が欲しいんだよなあ」

 

 古瀬はリカバリーガールの所へと向かう。リカバリーガール、個性は癒し。対象者の治癒力を活性化させる。

 

 保健室で、古瀬はリカバリーガールの治療を受ける。

 

「軽い火傷だね」

 

 その後、古瀬は教室へと戻った。

 

 

 

「明鏡止水を覚えたい」

 

 尾白との訓練中に、古瀬はそんな事を言い出す。

 

「明鏡止水?」

 

「明鏡止水の境地に達した時、その人は圧倒的な戦闘能力を得るんだ」

 

 これまでの経験から、何となく何の話か尾白は察する。

 

「ひょっとして漫画かアニメ?」

 

「そう。アニメじゃなくても、明鏡止水は静の気の到達点とも言われる。会得できるならやりたい」

 

 なるほど、と納得したように尾白は頷く。特に何も分かっていない。

 

「それで何をするつもりなんだい?」

 

「明鏡止水が正確に何なのかは分からないけど、周りの状況をより正確に把握する能力みたいなものじゃないかと思う。だから気の探知をより極めることによって会得できるんじゃないかとは思うんだけど、同じ事ばかりを繰り返していても時間が掛かると思うんだ」

 

「つまり別の場所か、別の誰かと戦いたいって事かい?」

 

「そうだね。一つの道を極めることで到達点へと至りはするんだろうけど、できれば短い時間でそれを行いたい。そのためには様々な経験や、理解が必要だと思うんだ。それで、この学校って部活があるだろ?」

 

 尾白は何となく言いたいことを察する。部活を行っている生徒と戦ってその経験を積もうというのだろうと。

 

「普通科の生徒は、ヒーロー科への編入を目指しているって聞くけどどうなんだろう」

 

「そういった制度があるだけで、多くの人は諦めているんじゃないかな。体育祭を見る限り、殆どの人はやる気が無さそうだったし」

 

 取り敢えず、行って見てから考えようと古瀬は思い移動する。向かった先には、トレーニングを積む普通科の生徒が大勢いた。

 

「すみません、ちょっといいですか。暇な人がいたら、訓練の相手をお願いできませんか?」

 

 ヒーロー科であることを伝えると、その場の生徒は動揺する。中には、何しに来やがった、と喧嘩腰になる生徒もいる。

 

「訓練か? 我々と一緒に行いたいという事か?」

 

「できれば手合わせをお願いできませんか? 今行っている訓練は、できるだけ多くの人と戦えた方が都合がいいんです」

 

 上等だ、と何人かが襲い掛かろうとするように前に出る。彼らとしても自分たちの実力と、ヒーロー科の実力を知りたいという気持ちがあった。

 

 古瀬が無個性であることを知ってはいるが、それでもなおヒーロー科であるという事実の方が勝った。

 

「俺がやる」

 

「俺が先だ!」

 

「誰からでもどうぞ」

 

「止めんか!」

 

 この集団のリーダーらしき男が一喝する。

 

「仮にもヒーローを目指す者、全員で一人に襲い掛かるなどという、恥ずべき行為をするな。一人ずつだ!」

 

 最初の挑戦者が前に出る。

 

「へっ、障害物競走で勝ったくらいで……」

 

 挑戦者は一撃で伸される。

 

「次!」

 

 二人、三人と倒していくと、その場の生徒たちは古瀬がかなりの強さであると理解する。しかしならばむしろ挑戦しがいがあると、自らを奮い立たせて前に出る。

 

「次!」

 

 最終的に、古瀬はその場にいる全員を二度か三度倒すことになった。多少やり過ぎたと感じ、リカバリーガールを呼んでくるか迷った。

 

「これからしばらくよろしくお願いしますね」

 

 古瀬は訓練を行った。

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