無個性のヒーローアカデミア   作:明灯月陽

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溜まり場

「黒瀬綾っていうのは君かい?」

 

 そう声を掛けられて、少女は威嚇するように顔を上げる。ここは体育館の裏で、この場所には二人しか人がいない。

 

 少女はどことなくやさぐれており、野良犬のように相手を睨みつける。飾り気のない風貌で、顔や腕に絆創膏やガーゼを貼っている。

 

 人気のない所で、菓子パンを食べている時にその人物はやってきた。邪魔をされて苛立たしげに相手を見る。

 

「だったら何だ」

 

「君は無個性なんだってね」

 

「ああ!? 喧嘩売ってんのか!」

 

「そうじゃないさ。俺も無個性なんだ」

 

 古瀬は少女の恫喝には怯まず、そんなつもりは無いと挑発するように両手を上げる。余裕そうな表情で黒瀬を見て笑う。

 

「今俺たちは無個性でも使える力の研究をやっているんだ。よかったら君も参加してみないか?」

 

 古瀬の話を聞いて、黒瀬は呆れたような顔をする。この超人社会で、とんだ無個性の妄想を垂れ流していると思った。

 

「はっ、そいつはいい。もし力があったら、僕もヒーローになれるかもしれない、ってか? 馬鹿馬鹿しい」

 

 黒瀬は笑いながらそう吐き捨てる。古瀬はそれを聞いても、特に怒った様子などは無かった。

 

「なら君は一生今のまま負け犬でいるつもりかい?」

 

「ああ?」

 

 黒瀬は苛立った声を上げるが、古瀬は全く動じていない。

 

「無個性だからって無能扱い。生まれた時から選べない選択肢があって、他の人より劣った存在として扱われる。職を得るにも、何をするにも不利で、このまま進んだって、きっと陸な未来は待っていないだろうね」

 

 黒瀬はその言葉に対して何も言わない。間違っているとは思わなかったし、そのような不安は彼女の心の奥底にもあった。

 

「俺はそれを変えるためには、団結が必要だと思うんだ。弱い力だからこそ、集まって、協力して、支え合うべきだと思うんだ」

 

 古瀬の言葉はどこか胡散臭かった。三文芝居じみた言動を、黒瀬は鼻で笑う。

 

「馬鹿馬鹿しい」

 

「そうかな? 確かに嘗てはそうだったかもしれない。でも今は個性の広がりと技術の進展によって、個性から様々なエネルギーやメカニズムが見つかっている。その中に俺たち無個性が使える力があっても、おかしくはないんじゃないかな」

 

 それを聞いて黒瀬は再度笑う。その言葉はただの妄想の類でしかない、狂人の言葉でしかないと思った。

 

「見つかっていないなら、ただの願望じゃねえか」

 

「そうかもね」

 

 古瀬はノートの端を切り取った物を黒瀬に渡す。それには住所が書かれていた。

 

「もし興味があるなら来てみてくれ。俺たちはそこで活動しているから」

 

 そう言い残して、古瀬はその場から立ち去る。黒瀬は行くわけないだろうと、心の中で古瀬に対して悪態をついた。

 

 

 

 その日の午後、黒瀬は渡されたメモの住所へと向かっていた。本当はあんな胡散臭い奴の言う所になんて行きたくはないが、見に行くだけだと言い訳をして、どのような事をしているのか少しだけ様子を見に行く。

 

 ちなみに黒瀬が行くのは嫌だ、と思っているのは割と本音である。しかし古瀬の発言には一定の説得力があったのと、このまま進んだ所で陸な未来はない、変わりたいというのは彼女にとって割と切実な願いだった。

 

 メモに書かれた場所は、住宅地にある、廃工場のような場所だった。それなりに大きい建物だが、外観はボロボロで、言われなければ廃墟と思ったかもしれない。

 

 入り口前に立つと、中に人がいるのが分かる。少なくとも複数人が、掛け声を出して何かをやっている。

 

 呼び鈴は無く、叩くか開けるかの二択だった。黒瀬は勢いに任せて引き戸を開ける。

 

 中には八人の少年少女がいた。その殆どが道場着を着ており、一人はまだ私服だった。

 

 建物の中は広く、床には畳が敷かれている。一目でそこが道場だと分かった。

 

 戸を開けたことで、何人かの視線が黒瀬へと向く。その内の一人が彼女に声を掛ける。

 

「ひょっとして入門希望者? 古瀬、人が来たよ」

 

 返事をしながら古瀬が奥からやって来る。その手にはクリップボードを持っており、何かを書き記している。

 

「黒瀬さん。さっそく来てくれたんだ」

 

「帰る」

 

 古瀬の顔を見て、黒瀬は恥ずかしさから踵を返す。彼女はあんな風に言っていたのに、めっちゃ早よ来たってことはノリノリなんやな、と思われるのが嫌だった。

 

「ちょっと黒瀬さん? 引き止めて。確保!」

 

 古瀬は帰ろうとする黒瀬を止めるよう、周りに指示を出す。彼女は素早く確保され、建物の奥へと引きずり込まれる。

 

 その後、黒瀬の目の前にお茶と煎餅が出される。その場の人間に取り囲まれており、逃げることはできそうになかった。

 

「取り囲んでたら可哀そうだろ。ほら、散った散った」

 

 その中の一人、楽田辰見が周りの人間を追い払う。彼は目元が髪で隠れており、背が低く大人しそうな印象を受ける。

 

 その場には、楽田と古瀬の二人が残った。

 

「何かごめんね。騒がしくて」

 

「別に。私には関係ないし」

 

 不貞腐れるような黒瀬に、古瀬は苦笑する。楽田はさほど興味が無さそうに、それを見ていた。

 

「今日はどうしたの。何か別の用事?」

 

 別に、と黒瀬は口籠る。素直に見に来た、とは言いだせなかった。

 

 その様子を見て何となく察した古瀬は、それじゃあと言って提案する。

 

「それじゃあ、ちょっと体験入門してみる?」

 

 それを聞いて、黒瀬は顔を顰める。見た所ここは道場のようで、体験入門という事は囲んで殴られるのではないかと思った。

 

 入門者の鼻っ柱をへし折って、上下関係を叩きこむつもりではないか。過去の経験から、そんな偏見が黒瀬にはあった。

 

「嫌なら無理にとは言わなけど。と言っても、今日は外回りだけどね」

 

「外回り?」

 

「一緒に来てみる?」

 

 黒瀬はしばしの無言の後に小さく頷く。どのような事をするつもりなのか、しばらく様子を見ることにした。

 

「全員集合。今日の活動について確認をするよ!」

 

 わらわらと人が集まってくる。その多くが私服に着替えていた。

 

「簡単に説明すると、今俺たちは色んな個性持った人たちに、その力やエネルギーを調べさせてほしいって頼んでいるんだ」

 

「そんなに上手くはいっていないけどな」

 

 古瀬の説明に、楽田が不穏な補足をする。それを聞いて、古瀬は特に表情を変えることなく笑っていた。

 

「今日はどこに行くんだ?」

 

「今日は大学の准教授の所に行ってみようと思う。大学に行く予定だけど、あまり大勢で行っても迷惑だから何人かに絞って話を聞きに行くよ」

 

 古瀬たちは二手に分かれて行動することにした。そのメンバーを決めていき、最後に黒瀬の方へと視線を向ける。

 

「黒瀬さんは、せっかくだから大学側に入ってもらおうか。巡回するよりは、たぶんましだろう」

 

「大学に行かない人はどうするんだ?」

 

「俺たちにとって有用そうな個性を持つ人がいないか調べてくれ。特に気とか、元来人が持つ力を利用する個性なんかを特に」

 

 その話を聞いていて、黒瀬は少し不思議に思った。

 

「別に行くのはいいけど、教授なんかが私たちの話なんて聞いてくれんの?」

 

「まあ、一応普段は学校新聞の取材という名目で行っているから」

 

 この時、古瀬の年齢は十二才。楽田が同じ学年で、黒瀬はその一つ下である。

 

「その辺りも難しいよね。協力して欲しいって言ったら、『最初からそう言え』って怒られるし、かといって最初からそう言ったら、話すら聞いてもらえないし」

 

「取材に来た人間と、研究に協力して欲しい人間が、偶々一緒に来たって状況設定にすればいいんじゃない?」

 

「その辺りはまた別の機会に話し合うとして、取り敢えず今日は出発するよ」

 

 古瀬は中にいる人間を外に追い出す。戻らないように圧を掛ける。

 

「忘れ物は無い? 鍵無いから大事な物は置いて行かないでね」

 

 黒瀬は外から建物を眺める。人が居なくなってから長く時間が経ったような外観で、どう見ても人が管理しているようには見えない。

 

「この場所って何? 住んでいるわけじゃないよね」

 

「ああ、ここは偶々使えそうな建物を見つけたから、勝手に改装して使っているんだ」

 

「要は不良のたまり場だな」

 

「見つかったら追い出されるから、あまり言わないようにしてね」

 

 この場にいる人間はみな、不良のようには見えない。どちらかと言えば、比較的真面目そうな集団に見える。

 

 こいつらどこにでもいる一般生徒みたいな見た目して、思ったよりも陸でもない集団だな、と黒瀬は思った。

 

「それじゃあ大学チームはこっち。そっちは任せたよ」

 

 古瀬たちは二手に分かれる。大学に行くのは古瀬、黒瀬、楽田に加えてもう一人の四人であった。

 

 しばらく移動して、古瀬たちは大学に到着する。協力をお願いした准教授がいる研究室へと彼らは向かう。

 

 ドアを三回ノックすると、中から入るように言われる。古瀬がドアを開けると、中には神経質そうな四十代くらいの男性がいた。

 

 准教授の刃世は、四人を別の部屋へと案内する。その部屋には、いくつかの机と椅子があった。

 

 彼らは向かい合って座りあう。先に口を開いたのは刃世であった。

 

「それで、私に研究の手伝いをお願いしたいという事だったかね?」

 

「はい。刃世助教授の『新エネルギーに関する人体への影響』を読ませていただき、感銘を受けました。俺たちの研究に、協力していただけるなら幸いです」

 

 古瀬は顔に笑顔を貼りつかせてそう言った、刃世は一笑するように鼻を鳴らす。

 

「悪いが断らせていただく。何だったかな。『無個性が超人的な力を得る研究』だったか。はっきり言って、無駄な研究と言わざるを得ないな」

 

 周りの雰囲気が剣呑な物へと変わる中、古瀬だけは表情を変えなかった。

 

「この個性社会、無個性の数はこの先さらに減っていくことだろう。そのような少数のための研究は無駄だと言わざるを得ない」

 

 刃世は向かい合う四人へと視線を向ける。

 

「それに何だね。そういった研究をするという事は、君たちは無個性なのかね? だとしたら猶更、君たちへの協力は無駄だと言わざるを得ない」

 

「無個性が行う研究は無駄という事ですか?」

 

「研究はそれぞれの分野に合った個性を持つ人間が行えばいいのだ。無個性では研究を促進させる個性を持った人間には敵わない」

 

「優れた個性を持つ人間のみが、優れた研究者になるわけではないでしょう。例えばデヴィット・シールド博士とか」

 

「それはただの一例に過ぎない。全体的に見て、その分野に見合った個性を持った人間が、優れた成果を出しやすいのは事実だ」

 

「個性の使用ってヒーローにだけ許可されるものじゃないんですか?」

 

 楽田が疑問に思って口を開く。それを聞いて、刃世は呆れるような表情をした。古瀬が小声で楽田に教える。

 

「研究者は申請すれば、研究のためであれば個性の使用が許可されるんだよ」

 

「必ずしも許可されるわけではないがね。もう少し教養を身に着けてからここに来たまえ」

 

 楽田は顔を歪めるが、何も言い返すことができなかった。

 

「それとそこの君、先程から私を睨むのは止めたまえ」

 

 刃世は黒瀬を指さす。事実だし自覚もあったが、彼女はそれを否定する。

 

「はあ? 私は生まれつきこの顔ですが?」

 

「全く君たちは、私が温厚だからいいものの、話を聞くときはそれに相応しい態度を取りたまえ」

 

「話を戻しますが、協力してはいただけない、という事でよろしいでしょうか」

 

 話が進まないと、古瀬は強引に話を戻す。

 

「君たちに協力した所で、私にメリットがあるとは思えない。それが事実だ」

 

「分かりました。本日はお時間を作っていただき、ありがとうございました」

 

 古瀬は立ち上がって、深く一礼する。それを見て各々が軽く会釈をする中、黒瀬は完全にそっぽを向いていた。

 

 帰ろうとする四人に対して、刃世は古瀬を呼び止める。

 

「待ちたまえ。君だけは見所がありそうだ。君だけなら、進学先を推薦してやってもいいがどうする?」

 

「ありがとうございます。ですが俺は、全員で進むことに意味があると思っていますので」

 

 刃世は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。ならいい、とそれならさっさと帰れと言うように追い払った。

 

 その帰り道、大学に来たメンバーの顔は明るいものではなかった。古瀬は周りを励ますように明るく振舞う。

 

「まあまあ、今日はちょっと上手くいかなかっただけだよ。明日はきっと上手くいくさ」

 

「毎回こんな感じなのか?」

 

「今回はちょっと酷かったけど、あの人の対応が特別酷いってわけじゃない。大体こんな感じだよ。寧ろ協力してくれる人の方が稀だ」

 

「今回みたいなのばかりじゃないけど、俺たちの活動なんてこんなものさ」

 

 黒瀬は睨むように古瀬たちを見ていた。こんな調子では上手くいくことなんて無いから、早々に見切りをつけた方がいいなと彼女は思った。

 

 道場に戻って成果を報告し合った後、彼らはそれぞれ帰路についた。調査組には一定の成果があり、今度武闘家の家を訪ねることになった。

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