無個性のヒーローアカデミア   作:明灯月陽

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林間合宿

「え? A組補習いるの? つまり赤点取った人がいるって事? ええ? おかしくない? おかしくない? A組はB組よりずっと優秀なはずなのに!? あれれれれえ!?」

 

「ちなみにこっちの補習は物間くんと僕だよ」

 

 お前も補習なのかよ、という反応をよそに、A組とB組はそれぞれにバスに分かれて移動を開始する。

 

 古瀬は宍田の隣に座り、周りと雑談をして時間を潰した。

 

 バスに乗ってから一時間後、目的地へと到着する。アマゾンの奥地のような場所で、周りには何もない。

 

「え、何ここ? 何?」

 

 気が付くとバスはB組を置いて消えている。

 

 そこに虎とラグドールが現れる。宿泊施設の山の麓まで辿り着けと言い残して、その場から去っていく。

 

「えぇ?」

 

 仕方がないので、B組生徒は言われた通り宿泊施設へと向かう事にする。

 

「あれ、バスに荷物置いてなかったっけ?」

 

「俺のゲーム!」

 

「私の枕!」

 

「私の肝試しグッズ!」

 

「いや、帰ったら返還されるだろ」

 

 彼らは一列に並んで歩いて行く。少し進むと、魔獣のような存在が現れる。

 

「マジュウだ!!」

 

「落ち着きなよ。ただの異形型の人かもしれないだろ」

 

 古瀬は呆れた様子で驚く数名を見ながら、魔獣のような存在へと近づく。

 

「すみません、ちょっといいですか?」

 

 ピクシーボブが作った土魔獣は、腕を上げて振り下ろす。古瀬はその攻撃を後ろに下がって躱す。

 

「ダメみたいですね」

 

 土魔獣は宍田が獣になって破壊した。その後、何人かが魔獣だったものを調べる。

 

「ただの土だな」

 

「個性で動かしていたのかな?」

 

「そういえば、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ? には土を操る個性を持った人がいるって見た気がするな」

 

 古瀬は今になって思いだす。最初に遭遇したのがピクシーボブなら、おそらくすぐに思い出していた。

 

「つまり妨害ありで辿り着けってことね」

 

「そんな楽な合宿じゃないってことか」

 

 彼らは陣形を構築し、周囲を警戒しながら先に進む。

 

「これってA組も同じ状況なのかな?」

 

「そうなのではありませぬか?」

 

「だったらあっちは楽そうだよね。大きな箱か何かを作って、それを反重力で浮かせて、後は推進力があれば全員で簡単に辿り着けそうじゃない?」

 

「つまりあっちはもう到着してるってこと?」

 

「どうだろう。でもそうすれば簡単に着けそうじゃない?」

 

「なら僕らも急ごう!」

 

 それを聞いた物間が足を速めようとする。他の生徒もその後を追った。あくまで可能性を言っただけなのだが、と古瀬もその後ろについていく。

 

 彼らが宿泊施設に着いたのは午後五時ごろであった。殆どの生徒がボロボロ且つ疲弊している。

 

 古瀬は見た目こそ無傷だが、昼食を抜いているため普通に疲れていた。この行程も昼食を抜くことも、完全に想定外だった。

 

「え、A組はもう到着しているのかな?」

 

「いや、お前たちの方が先だ」

 

 虎の言葉を聞いて、物間は相手を嘲るように喜ぶ。

 

「すげぇ、嬉しそう」

 

「よっぽど嬉しかったんだな」

 

 到着したB組生徒たちを見て、虎とラグドールは少し意外そうな顔をする。

 

「意外と早かったな。特にお前、土魔獣に対しては馬鹿みたいな対応だと思ったが、全く傷付いていないな。一人だけ余裕がある」

 

「あ、そういうのいいんで。普通に疲れているので、休ませてもらっていいですか?」

 

 彼らはバスから荷物を下ろして食堂へと向かう。そこにはプッシーキャッツが用意した料理が並んでいた。

 

「五臓六腑に染み渡る」

 

「お腹が空いてるとなんでも美味い」

 

 少しするとA組がやって来る。

 

「おやあ? 遅い到着だね? A組はB組よりずっと優秀なはずなのに? あれれれれえ? おかしくない? おかしくない?」

 

 物間が煽るが、拳藤によって黙らされた。

 

 その後は入浴、古瀬たちは先に到着したため、A組よりも少しだけ早く入る。

 

 疲れを取るためにぐったりと体を伸ばしていると、上に何かが飛んでいることに気が付く。見ると、それは取蔭の目と口であった。

 

「うおっ、何だ!」

 

「へっへっへ、いい体してんじゃん」

 

「キャー、覗きですぞ!」

 

「そっちが覗くのかよ!」

 

「投げ返せ、投げ返せ!」

 

「お前ふざけんなよ! 覗く奴は覗かれても文句言えねぇぞ!」

 

 わちゃわちゃしつつも入浴が終了する。入れ替わりでA組が入った。

 

 それから少しして、子供がオフィスへと運ばれていく。マンダレイ、それに緑谷もその部屋へと入っていく。

 

 古瀬は何となく、その近くにいた。部屋の中の声が耳に入ってくる。

 

「洸汰くんはヒーローに否定的なんですね」

 

「ん?」

 

「僕の周りは昔からヒーローになりたいって人ばかりで、この年の子がそんな風なの珍しいなって思って」

 

 少年、洸汰の両親は今から二年前、マスキュラーとの戦闘によって殉職した。

 

「その辺りはちょっと複雑でね、この子の両親は今から二年前、ヴィランとの戦闘で殉職したんだ」

 

「え……」

 

「二年前、ヴィランから市民を守ってね。ヒーローとしてはこれ以上ないほど立派な最後だし、名誉ある死だった。でも物心ついたばかりの子供にはそんなこと分からない。『僕を置いて行ってしまった』のに、世間はそれを良い事・素晴らしい事と褒め称え続けたのさ。それでヒーローに対する反発が生まれちゃってね」

 

「そんな……」

 

「ところが一年前、両親を殺したヴィランが捕まったんだ。そのヒーローとちょっと会う機会があったんだけど、そのヒーローが洸汰に言ったんだ。『楽な戦いではなかった。だが君たちの声援が私に力を与えてくれたんだ!』って」

 

 演技派だなあ。両親を殺された悲劇の少年と、その敵を討ったヒーロー、その遭遇も意図的な物なのではないかと古瀬は思った。

 

「それでそのヒーローに対して憧れを抱いちゃったみたいでね。洸汰にとってヒーローは、嫌いであると同時に憧れもあるんだよ」

 

 本当の事は言えないな。記憶通りに進めば緑谷が倒して終わるだけだったのに、何というか余計な事をしてしまったなと思った。

 

 多少の罪悪感は覚えつつもそれ以上は無く、古瀬はその場から立ち去った。

 

 

 

 翌日、早朝から個性を伸ばす訓練が始まる。個性は鍛え続けるほど強くなるため、使い続けて伸ばすというものであった。

 

 個性持ちはそれでいいが、古瀬の場合は伸ばすための個性が無い。そのため彼らとは別に、独自の訓練をすることにした。

 

「ここでいいか?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 他の人とは少し離れた場所で訓練を行う。監視のためか、何か助力をしようと思っているのか、虎が古瀬の後ろで怪訝そうに見ている。

 

 古瀬はここでどのような訓練をするか事前に決めていた。気の性質変換をもっと使いやすくするために、それぞれの指に気を流す。

 

「フィンガーフレアボムズ!」

 

 訓練時間が終わる頃、その場には無数の破壊の痕跡が辺り一面に残っている。焦げ跡だけではなく、複数の物を乱れ撃ったかのような跡であった。

 

 その場所は、朝とは景観が変わっている。訓練場のようだった場所が、災害が通った後ように、穴だらけの荒野へと変わっている。

 

 古瀬は平然とした顔でその場に立っている。疲れなどあまり無さそうで、指の調子を確かめている。

 

 途中で別の場所に行った虎は、その場所を見て引いたような顔になる。規模で言えば轟に劣るのだが、予想していない光景だった。

 

 四時、訓練を終えた生徒たちは夕食を作るために集合する。古瀬が見た所、全員が疲れている様子だった。

 

 夕食のカレーを作るためには火が必要なのだが、B組には火を熾せそうな個性持ちがいない。古瀬は火を出せるが、秘匿できるなら秘匿したままにしておこうと思い、しばらくは周りの様子を見ることにした。

 

「やべーよ、やべーよ。これ俺らどうやって火を熾すんだ?」

 

「頑張れば火くらい作れるけど、時間が掛かるんだよなあ」

 

「A組から貰ってくれば?」

 

「おいおい、B組がA組に劣っているっていうのかい? まあ僕に任せておきなよ」

 

 物間はA組の方に行って、轟と爆豪の肩に煽りながら触る。その際、爆豪には殴られていた。

 

「どうだい。これでカレーを作れるぞ!」

 

 たんこぶを作りながら物間が戻って来ると、B組生徒から歓声が上がる。彼らは火を熾し、カレーを作って食べる。

 

 その後、入浴して遊んで大半の生徒は就寝する。ただし、期末試験に落ちた生徒には補習がある。

 

 他の生徒が寝た後、物間と古瀬はA組の補習組と合流して、相澤から補習を受ける。

 

 補習はおよそ四時間、他の生徒の睡眠時間が九時間なのに対して、補習組は五時間であった。

 

 古瀬はこの事を全く想定していなかった。記憶だと他の生徒が遊んでいる時間帯だから、夕方七時くらいだろうと甘く見ていた。

 

 睡眠時間が削られたことで、古瀬は普通に疲弊する。暇な時間があれば眠ることになった。

 

「起きろ、訓練の時間だぞ!」

 

「起きてますよ。起きてる起きてる」

 

 古瀬は目を瞑ったまま、精神統一をしているかのように、完全に眠っていた。虎に呼びかけられて目を覚ます。

 

 相澤が何かいい感じの事を言っていたが、全く聞いていなかった。その後、周りから何度も起こされながら時間を過ごす。

 

 古瀬はヴィランの襲撃が今夜であることを知らない。今夜肝試しがあるという話も、完全に聞き逃していた。

 

「おい、起きろ。夕食を作るぞ!」

 

「んあ、ああ」

 

「今夜は肉じゃがですぞ!」

 

「材料が昨日とほぼ同じだな」

 

 三日目、彼らは夕食を作る。古瀬は半分寝たような状態で野菜を切った。

 

 古瀬程ではないが、他の補習組も訓練に身が入っていなかった。A組は訓練が疎かになっていたという理由で、補習授業を受けることになる。

 

 古瀬と物間は夕食後、補習授業へと連れていかれる。古瀬は半分眠ったような状態でそれを受ける。

 

 すぐに、A組補習組が同じ部屋へとやって来る。物間は昨日と全く同じ煽りを行った。

 

「おい、そいつ大丈夫か?」

 

「半分寝てない?」

 

 古瀬はその声には答えず、半分目を閉じたまま問題を解いている。

 

 そうしていると、マンダレイからテレパスが届く。

 

『皆! ヴィラン二名襲来! 他にも複数いる可能性アリ! 動ける者は直ちに施設へ! 会敵しても決して交戦せず撤退を!』

 

 それを聞いた瞬間、古瀬は俯せになって眠り始める。

 

「ブラド、ここ頼んだ。俺は生徒の保護に出る!」

 

「おい、待て!」

 

 相澤はそう言って部屋から出ていく。その場には補習組と、ブラドキングが残っている。

 

「何寝てんのさ。今のを聞いていなかったのかい?」

 

「ヴィランだろ? 林間合宿は終わりだ。僕は寝る」

 

「この状況で眠るのかよ」

 

「睡眠時間を削ったから冷静な判断ができていないんだな」

 

 そうこう話していると、古瀬はブラドキングに話しかけられる。

 

「周辺の状況は分かるか?」

 

「えぇ? 周辺の状況は、おや?」

 

 古瀬はこの近くにある気を探知する。そうした所、かなりの負傷者がいることが判明する。

 

「十人以上が動いていない。死んではいない。意識を失っているのか?」

 

 古瀬の言葉に周りがざわつく。そもそもほとんどの生徒は、古瀬がこのようなことができるとは知らなかった。

 

 当初古瀬は、林間合宿で出る被害は負傷者が数名くらいだろうと考えていた。そのため想像していた以上に被害が出ていることに驚く。

 

 マスキュラーがいない影響? それとも記憶にある物語の通りなのか? 

 

「何でそんな事が分かんだ?」

 

「はっきりとは分かりませんが、今この辺りには五十数個の気があります」

 

 みんな動くから数えにくい。瀬呂の質問を無視して、古瀬はブラドキングにそう言う。

 

「いや、何だこれ?」

 

「どうした」

 

「数が増えた? 人じゃない。なのに気を持っている。こっちに向かっています」

 

 その言葉に補習組はざわつく。ブラドキングへと視線が集まる。

 

「俺達も戦います!」

 

「駄目だ! お前たちはここにいろ!」

 

「でも!」

 

「ブラド先生はどうするんですか?」

 

「さっきのテレパスを聞いて、他の生徒がここに戻って来ているかもしれん。その前に、俺は外の敵を片付ける! 古瀬、敵の場所は?」

 

 ちなみに、古瀬が感知したのはトゥワイスが作った荼毘の複製である。

 

 部屋の中を見回すが、古瀬の姿が無かった。直ぐに部屋の外から古瀬が入ってくる。

 

「僕ならここですよ」

 

「何をしていた! 勝手に動くな!」

 

「ちょっとこれを取りに」

 

 古瀬は手に持ったダンボール、その中に入った防災グッズを床に置く。

 

「何これ?」

 

「こういった施設には、この手の事態に備えて、色々と常設されているんだよ」

 

 古瀬は中からガスマスクを取り出して身に付ける。現在マスタードによって散布されているガスについては知らない。単にあるなら欲しい装備というだけである。

 

「スゲー、色々あるぞ!」

 

「私これが欲しい!」

 

「場所はこの先をまっすぐ。何かを生み出して、こちらに送り付けているみたいです」

 

「戻って来ている生徒はいるか?」

 

「四人、知った気配が戻って来ています」

 

 古瀬が指をさしてそう言うと、ブラドキングは外に出ていく。その場には補習組のみが残る。

 

「なあ、やっぱり俺達も戦った方が……」

 

「切島やめとけって。先生もここにいろって言ってただろ?」

 

「そうそう。施設を守るのだって重要な役目だよ。ここが無くなったら、みんなどこに行けばいいのか分からなくなるからね」

 

 古瀬は椅子に座り、その背に凭れ掛かる。状況は当初の想定と異なっているが、予定通りこの場所から動かないつもりだった。

 

 補習組が施設の中にいると、マンダレイから再度テレパスが送られてくる。

 

『A組B組総員、戦闘を許可する!!』

 

「ん?」

 

「え?」

 

 指示内容が撤退から交戦へと変わっている。それによって、その場に混乱が生じる。

 

「どういうことだ?」

 

「交戦許可?」

 

「これって誰かが戦ってるってことじゃないのか?」

 

 外を見れば森が燃えている。状況が悪い事は言われずとも察せられる。

 

「ちょっと俺、行ってくる」

 

「切島!?」

 

「ダチが戦ってるかもしれないのに、俺だけ安全な所にいられるかよ!」

 

「落ち着けって。無暗に行ったって二次遭難するだけだぞ」

 

「それにヴィランだっているんだよ」

 

「なあ、古瀬はみんながどこにいるか分かるんだよな!」

 

 話を振られて、古瀬は瀬呂、切島、芦戸の方へと顔を上げる。

 

「まあ分かるけど……」

 

「ならみんなの居場所を教えてくれ!」

 

「えぇ……」

 

 正直、あまり気乗りはしなかった。瀬呂と芦戸の方へと視線を向ける。二人はどちらとも言えない表情だった。

 

 少し考えて、まあ確かに、ここでみんなを助けに行かないのは、ヒーローを目指す人間の行動としては不自然かなと思った。

 

 また、安全な場所を捨てて出ていくのはどうかと思うが、切島ならインターン編を見据えて恩を売っておくのも悪くはないか無いかとも思った。

 

「……現状動きが全くない、負傷または気絶していると思われる生徒がかなりいる。彼らの回収を目的とする事。ヴィランとの遭遇は極力避ける事。この二つの条件を呑むなら、君に協力するよ」

 

 切島の表情が明るくなる。古瀬は立ち上がって、外に出る準備を始める。

 

「おいおいおい、勝手に行く気かい!?」

 

「誰かが困っているのを助けるのがヒーローらしいからね。ここで動かないのも、何か違う気がするからね」

 

 古瀬はあまり乗り気ではない、仕方がないといった様子でそう言う。

 

「砂藤くんと芦戸さんも付いて来てくれないかな」

 

「俺もか?」

 

「負傷者を運べる人手が必要だし、手数は多い方がいい」

 

「俺は?」

 

 瀬呂が自身を指さして尋ねる。

 

「いらない。三人くらいなら何かあっても僕が抱えて撤退できる。それと、一人だけ機動力があると突出して危ないから」

 

 傷付いた瀬呂を上鳴が慰める。

 

「ドンマイ!」

 

「もちろん行きたくないなら断ってくれても構わない。無理強いするつもりは無いよ」

 

「いや、行かせてくれ。頼ってくれて正直嬉しい。俺にできることがあるなら、手伝わせてくれ」

 

「私も行く! 私達でみんなを助けよう!」

 

「ありがとう。それじゃあ、ここから先は死地だよ。行くメンバーは、死ぬ覚悟をするように」

 

 その言葉を聞いて、全員の表情が強張る。

 

「それと、おや? 全員ここから出た方がいい。敵が、全員外に出ろ!!」

 

 古瀬の叫びと同時に廊下側の壁が爆発する。間一髪、補習組は全員脱出に成功する。振り返ると、施設が炎上している。

 

 安全だと思っていた場所が燃えたことによって、古瀬は何かがズレたかと考える。ここから先は、記憶は当てにならないと思った。

 

 現時点でのズレとして、マスキュラーがいないため、ヒーロー側は爆豪が狙われているという情報を得られていない。他のヴィランからの情報で、生徒の誰かが狙われていることは分かっている。

 

 つまり結果論ではあるが、マスキュラーがいない事でヒーロー側の難易度はむしろ上がっている。

 

「ブラド先生が施設の入り口で戦っているから、三人はそちらと合流してほしい。纏め役は、瀬呂くんに頼めるかな?」

 

「どうして同じB組の僕じゃないのかな?」

 

 物間が奇妙な笑いと共に不満を口にするが、古瀬は無視して先に進む。

 

「それじゃあ、僕が先導するから三人は付いて来て。最短距離を突っ切るから、遅れないようにね」

 

 古瀬たちは森の中を突っ切って進む。一番近い場所にいた生徒は、蛙吹と麗日ペアだった。そしてその近くにはヴィラン、トガヒミコがいた。

 

 戦闘の経緯は、トガが麗日の腕を切りつける。蛙吹の舌を切りつける。蛙吹の髪をチューブ付き注射針で刺して拘束する。麗日がG・M・Aでトガを拘束する。トガが注射針で麗日の太ももを刺して血を吸う。今ここ。

 

 到着した古瀬から見ると、この状況は麗日がトガを拘束しているように見える。実際しているのだが、血を吸っていることを踏まえても、麗日側が有利に見えた。

 

 もうあまり記憶を当てにはできないが、おそらくトガはここで捕まってはいなかったはず。となると、ヴィラン連合側の戦力低下を避けるために、古瀬としてはトガには逃げて欲しかった。

 

 古瀬は、緑谷が無双する話なんて見たくなかった。どうせ無駄だろうが、それならせめてできるだけ苦労して欲しかった。

 

 第一優先目標はヒーローになる事なので、それを表に出すことも、悪事を働くつもりも無い。しかし誰にも知られず、犯罪でもない細やかな悪意ならばその限りではない。

 

 この行為の結果、多くの人が傷付き、あるいは死ぬかもしれない。しかし古瀬は誰が死のうとどうでもよかった。

 

 彼はこの世界に現実感が無かった。漫画の技も、願った道具も、全てが手に入る。ならこの世界は夢でしかない、そんな風に感じていた。

 

 古瀬はトガを逃がすために、麗日を引き剥がす。胴に手を回して、持ち上げて引っ張る。同時に、太ももに刺さった針を引き抜く。

 

「はい、そこまで」

 

 古瀬は持ち上げた麗日を後ろの砂藤に渡す。三人もすぐに追いついて来る。

 

「麗日、梅雨ちゃん、助けに来たよ!」

 

 ガスマスクを着けたまま、古瀬はトガと対峙する。

 

 刃物や衝撃に対して極めて高い耐性を持つ古瀬がトガに負けることは無い。ただしそれはあくまで個性を使われなかった場合の話である。現状でも、攪乱に徹されるとかなり厄介な相手である。

 

「見逃してあげるから行きなよ」

 

 警戒を解くために、構えを解いて古瀬はそう言う。追うつもりは無い事を示すために、両手を上げてひらひらと振る。

 

「おい!?」

 

 トガは少し驚いた様子で、警戒しつつも相手の顔を見る。

 

「あなた名前は?」

 

「今はスケアクロウって名乗っているよ」

 

 トガは後ろに跳んで距離を取る。そのまま林の中へと消えていった。

 

「おい、逃がしていいのかよ!」

 

「いいや? でも、今回はヴィランとは極力戦わない方針だから」

 

「それに、どんな個性を持っているか分からないから危ないわ」

 

 蛙吹の言葉もあり、切島はぐっと堪える。

 

「二人とも動ける? 正直、初手でヴィランに遭遇するとは思っていなかったな」

 

「探知で気付かなかったの?」

 

「A組の何人かの判別ができないんだ。それにプッシーキャッツと相澤先生も」

 

 A組で誰の気か分からないのは、緑谷、爆豪、上鳴、耳郎、青山の五人。

 

 一番近くにいる生徒の所へと来たが、そのせいでどういう状況かが分からなかった。

 

「負傷者がいるとなると、戻るべきかな?」

 

「仕方ないか。運ぶのは俺に任せろ」

 

「大丈夫、一人で歩けるわ」

 

 古瀬は泡瀬と八百万が近くまで来ていることに気付く。二人がこっちに来ているな、と思った。

 

「おい、あれ!」

 

 方向から、泡瀬と八百万の事だろうと古瀬は思った。それにしては切島がやけに慌てているな、と思いつつ振り返る。

 

「ネホヒャン!!」

 

 泡瀬と八百万の後ろに何かいた。無数のチェンソーやドリルや金槌を、背中から伸びる触手から突き出して振り回している。

 

「あれは、脳無?」

 

 その姿を見るまで、古瀬はその存在を感知できなかった。死体故か、脳無に気は無く彼には探知できない事が判明する。

 

 八百万は負傷しており、泡瀬が腕を掴んで引っ張っている。古瀬はその横を通り過ぎて、脳無を蹴り飛ばす。

 

 古瀬は脳無が死体だと知っているが、他の人は知らない。そのため確実に破壊するのが安全だが、周りの目があるこの場で殺すわけにはいかない。

 

 取り敢えず、木々を傷つけないように百メートルほど蹴り飛ばしておいた。

 

「八百万、大丈夫!?」

 

 古瀬が脳無に遭遇したのはこれが初めて。そもそも雄英に入ってからの襲撃が初めてである。

 

 探知できないのも、いるのも完全に想定外であった。あれ以外の脳無がいないとも限らないため、現状は極めて危険な状態である。

 

 そもそも今回は、ヴィランチームによる襲撃だと思っていた。なぜこの場に脳無がいるのかと古瀬は首を傾げる。

 

 ちなみにその理由は、荼毘が連れて来たから。死柄木が荼毘に貸し与えた個体で、原作でも林間合宿編に登場する。

 

 負傷者が増えたこと、脳無の存在と、これ以上の救出活動が難しい。古瀬が撤退するべきかどうするか悩んでいると、再度悲鳴が上がる。

 

「次は何だい?」

 

 呆れた様子で見ると、道の先に何かいた。それは黒く巨大な何かで、腕を振り回して木々を薙ぎ倒している。

 

「何あれ?」

 

 全員がぽかんとした様子でそれを見る。それは道なりに進むように、こちらへと近づいて来る。

 

「やばい、やばいって!」

 

 現状、負傷者四名、戦闘可能人数四人。その存在は彼に襲い掛かる。

 

 古瀬は布を使って木の枝に飛び移り、真上からその存在に布を振り下ろす。鉄でも切り裂く斬撃だが、まるで手応えが無かった。

 

 その存在は下にいる生徒へと襲い掛かる。切島が盾となるが、簡単には弾き飛ばされる。

 

「切島!!」

 

「古瀬!」

 

 呼ばれて下を見ると、その黒い影の中に誰かがいる。

 

「光だ、光で照らせ!」

 

 暴走したダークシャドウの中にいる常闇がそう叫ぶ。古瀬は視線を八百万へと向ける。

 

「八百万、は無理か。となると、現状光を生み出せるのは僕だけか」

 

 古瀬は指先に気を集める。

 

「雷雷雷雷雷、サンダラ×5。一点撃ち!」

 

「ぐああああああああああああ!!!!」

 

 十メートル近い巨大な雷がダークシャドウへと降り注ぐ。それは直撃し、ダークシャドウは大人しくなるが、中にいた常闇も気絶する。

 

 大人しくさせるだけならサンダーでよかったが、光の程度が分からなかったため古瀬は全力で撃った。その結果、常闇は完全に戦闘不能となる。

 

「常闇くん!!」

 

「完全な焼き鳥ね」

 

「梅雨ちゃん!」

 

「ごめんなさい」

 

 古瀬は息を切らしながら地面へと降りる。肉体的には疲れていないが、幾度もの襲撃で精神的に疲れた。

 

 どうせこれで終わりじゃないんだろう、と周りを探ると、気が一つ消える。

 

「あれ?」

 

「どうした?」

 

「気が一つ消えた」

 

 どういうことかと聞かれる。記憶通りなら、ヴィラン連合が爆豪を連れ去ったのではないかと古瀬は思った。

 

「誰かがいなくなった。死んだか、何らかの原因で探知できなくなったか」

 

 古瀬はコンプレスの存在を知っているが、周りはそうではない。楽観的な考えよりも、最悪を想像する。

 

「どういうことだよ! 誰かが死んだのか!」

 

 肩を揺さぶられて、古瀬は切島の腕を押しのける。

 

「落ち着いて。まだそうと決まったわけじゃない。脳無みたいに何らかの原因で気を感じられなくなったのか、あるいはヴィランが撤退したのかもしれない」

 

「あなたはどちらだと思うの?」

 

「分からない。ただ決めつけるのは早計だと思う」

 

 そう話していると、泡瀬が叫ぶ。

 

「おい、またあいつが!」

 

 先程蹴り飛ばした脳無が戻ってくる。しかしその途中で足を止めて、引き返そうとする。

 

「何だ?」

 

「……っしんきを」

 

 負傷した八百万が泡瀬に発信機を渡す。

 

「泡瀬さん、個性でこれを奴に埋め込んでください!」

 

「何これ? ボタン?」

 

 泡瀬は発信機を脳無へと埋め込む。古瀬はこの行動の意味を、この時はよく理解していなかった。発信機の存在については知っていたが、それがこれだとは思わなかった。

 

 狙いは爆豪という情報は共有されていない。八百万が、気が消えたことから誘拐の可能性に思い至ったことまでは分からなかった。

 

 その作業が終わったのち、古瀬は近くにいる全員を見る。

 

「それじゃあ、これ以上進むのは難しいから、全員警戒しろ、誰か来る!」

 

 全員が周囲を警戒する。しかし辺りは静かで、人の気配を感じない。

 

 しばらく待つと、草むらから誰かが出てくる。それは怪我を負った障子だった。全員が、ほっと力を抜きかける。

 

「違う、そいつじゃない!」

 

「アシッドベール!」

 

 襲撃と芦戸の防壁展開はほぼ同時だった。酸の壁に、刳り貫かれたような穴が空く。

 

「雷雷雷雷雷、サンダー×5、拡散撃ち!」

 

 その場に雷撃が広がる。それから逃れるように出てきたのはコンプレスだった。

 

「やるねぇ! 少し欲が出たかな?」

 

 コンプレスの個性は圧縮。自分や対象の周囲の空間を球形に切り取り、ビー玉サイズに縮小する。

 

 古瀬はこの手の、触れるだけで無条件に発動するタイプの個性との相性が悪い。近接戦は極力避けなければならない。

 

「逃げんなぁ!」

 

「馬鹿、近付くな!」

 

 コンプレスに近付こうとした切島にビー玉が投げられる。その場に大量の酸が現れ、切島の体を溶かす。

 

「砂藤、使え!」

 

「おう!」

 

 砂藤がシュガードープを発動させる。五倍に上がった身体能力で、ダークシャドウが薙ぎ倒した木を掴んで振り回す。

 

 コンプレスは迫ってくる木を圧縮するが、完全には消しきれず、いくつかの枝に当たって打ち飛ばされる。

 

「全員撤退、砂藤は負傷者の搬送、芦戸は周囲の警戒、殿は俺が務める!」

 

 古瀬は倒れている切島と常闇を掴んで砂藤へと投げる。

 

 その場にいる全員が施設の方へと移動を開始する。動けない常闇、切島、八百万の三名は砂藤と障子が運んだ。

 

 コンプレスが追ってくることはなかった。脱出のために回収地点へと五分以内に移動する必要があるため、彼らは知らないがこれは必然である。

 

 彼らは何事もなく、炎上する施設へと到着する。

 

「まだ消えてないのか」

 

 古瀬はブラドキングに救助者の報告を行う。

 

「お前、勝手に!」

 

「申し訳ありません。軽率な行動でした」

 

 実際、軽率な行動だったと古瀬は思っている。まさか一番近い場所に行っただけで、四から五連戦することになるとは思わなかった。

 

 その後、古瀬は周りの気を探って、いなくなった生徒が誰なのかの特定を行う。

 

「円場」「います」「鉄哲」「います」「取蔭」「います」

 

 B組の生徒は全員いる。その後、A組の確認を行い、居なくなった生徒がいるなら、緑谷、爆豪、上鳴、耳郎、青山の誰かであると分かった。

 

 生徒の殺害が目的であれば、ガスで意識不明となった生徒を狙えばいい。荼毘の分身の発言もあり、ヴィランの目的は特定の誰かの誘拐ではないかという結論になる。

 

 しばらくして、救急や消防が到着し、消火と負傷した生徒の搬送が行われる。そして、爆豪が誘拐されたことが確定する。

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