古瀬はお見舞いの品を持って、陽気な歌を歌いながら病院へと向かう。彼には怪我らしい怪我が無く、即日退院することができた。
「お見舞いに来たよ」
B組の生徒の病室を回る。全員ではなく、中にはヴィランが散布したガスの影響で、まだ意識を取り戻していない生徒もいる。
ガスによる意識不明者十名以上、重軽傷者も十名以上。かなりの被害だが、死者は一人も出ず、結果としてみれば記憶の通りになったわけか。
そんな事を考えながら、古瀬はA組の病室へと向かう。ノックして入ろうとするが、その前に中から話し声が聞こえてくる。
「……りその受信デバイスを八百万くんに創ってもらうと? プロに任せるべき案件だ! 俺達の出ていい舞台ではないんだ馬鹿者!」
どうも、八百万がヴィランに発信機を取り付けたという話のようだった。そういえばそんなのあったなあ、と古瀬は記憶から思い出す。
しかし発信機はそれほど重要なアイテムだっただろうか、と古瀬は首を傾げる。その存在は確かに記憶の中にあるが、前世の記憶はそれを重要とは認識していなかった。
その理由は、発信機はヴィランの居場所を見つける一因に過ぎないためである。発信機が指し示すのは脳無の保管場所であり、爆豪の居場所は警察の捜査によって特定される。
最も重要なのは爆豪の居場所であるため、記憶の持ち主は発信機をあまり重要とは捉えていなかった。
ただし、そこまでの事は古瀬には分からない。そういった物があるのだなと思った。
古瀬はその事をヴィラン連合側に伝えることはできないかと考える。その行為は極めて危険だし、そんな伝手も持っていない。
しかし古瀬にはヴィラン側へと送られる、情報源に一つ心当たりがあった。内通者、青山優雅、彼を通して情報を送れないかと考える。
病室内の話は、爆豪を助けに行こうという方向へと進んでいく。何人かは反対するが、何人かは行く気のようだった。
古瀬は勢いよく病室の引き戸を開ける。
「話は聞かせてもらったよ」
中にいる全員の視線が古瀬へと集まる。
古瀬は病室に入って、ベッドに横になっている八百万や、他の何人かにお見舞いの品を渡す。
ここは八百万の病室である。緑谷はマスキュラー戦が無かったためか、両腕を怪我しているが、それほど重症ではない。
「ごめん。お見舞いに来ただけなんだ。話が聞こえたからつい」
変な勘違いをさせてすまない、と古瀬は視線を逸らす。
全員その言葉をそのまま真には受けず、飯田が尋ねる。
「君も、行くつもりなのか?」
「まさか。僕は遠慮させてもらうよ。危なそうだし」
そう言って、古瀬は青山の方へと近づく。
「青山くん、青山くん。ちょっといいかな?」
「え、何かな?」
「まあまあ。ほら、あれだよ。今度家で甲冑見せてくれるって言ってただろ?」
古瀬は青山を引きずって病室から出ていく。残ったメンバーはその光景を唖然とした表情で見つめる。
「何だったんだ?」
「さあ?」
古瀬はネタバレサイトを見た時の記憶から、青山が内通者であるという事は知っている。ただし具体的な背景や、どのような流れでそれが露見したのかについては知らない。
元は無個性であったこと、オール・フォー・ワンに個性を与えられたことも知っている。ただしそれ以外の情報は知らなかった。
そのため、古瀬は青山家を見て思った以上の豪邸にびっくりする。もっと異なる背景を何か勝手に想像していた。
古瀬はそのまま、青山の部屋へと案内してもらう。室内の鏡や本人の肖像画を見ながら、いいセンスだと褒める。
「でもまさか、八百万さんが発信機を取り付けているだなんて驚いたね」
「そ、そうだね」
青山はその話題に触れたくないのか冷や汗を流す。
「話は変わるけど、最近パワーローダー先生に怒られたんだ。発目さんが工房を爆発させてね、その事を黙っていたんだけど、知っている情報を教えないのは裏切り行為だって言われてね。やっぱり知っている情報は、しっかりと伝えなきゃ駄目だよね」
青山は相変わらず、下を向いたまま冷や汗を流しており、その心の内は分からない。
そもそも、なぜ記憶の青山は発信機の存在をAFOに教えなかったのだろう、と古瀬は考える。その話を知らなかったのか、それとも伝える時間が無かったのか。
原作だと、青山は発信機の事を知っていたし、時間の余裕もあった。伝えなかったのは、周りが傷付く姿を見て罪悪感に苛まれたか、あるいは青山家が従うのはAFOに対する恐怖からであり、指示が無い限り積極的に動くつもりが無かったからか。
「君はどう思う?」
古瀬は青山がこの情報をAFOに伝えるように唆す。しかし実際の所、これが成功する可能性は低いだろうなと彼は見ていた。
値踏みするような目で、AFOの監視役であるかのように古瀬は振舞う。曖昧な表現ではなく、断定するような言葉を使う。
この行動によって、AFOたちは襲撃する前に逃走するかもしれない。そうなった場合、捕まった生徒はどうなるか。置いて行かれるならまだいいが、もし連れて行かれるなら、非常に危険かもしれない。
でも爆豪なら別にいいかと古瀬は思った。爆発する個性なんて、あっても無くても大して変わらない。この先の物語において、絶対に彼でなければならない場面なんて無いと思った。
「ぼ、僕は……」
「前に見た映画の話だけど、悪役が主人公側に寝返るシーンがあったんだ。物語は悪の親玉を倒してめでたしめでたしだったけど、悪役は結局許されなかった。裏切り者が生き残るためには、裏切り続けるしかないんだ」
青山は顔を真下に向けて黙っていたが、やがて口を開く。
「用事があるのを思い出した。悪いけど、今日は帰ってくれないか……」
「そう。それじゃあ仕方がないね」
古瀬はひらひらと手を振りながら、顔に笑顔を張り付けてその場から立ち去る。そのまま青山家から帰った。
ヒーローチームがヴィラン連合を襲撃する時間、古瀬は学校の工房にいた。アンドロイドを作りながら、時折ニュースを確認する。
しかしどれだけ待っても、それらしいニュースは始まらない。神野で、オールマイトとAFOの戦いは行われなかった。
その数日後、古瀬は爆豪が奪還されたという話を聞く。薄々そうなるのではないかと思っていた。
結局、何をやったって、主人公の活躍で解決する。自分がやる事に意味なんて無いんだ。
そう思いながら古瀬が工房に籠っていると、声を掛けられる。
「ちょっといいかな?」
顔を上げると、部屋の入り口に青山がいた。
「もちろん。どうかした?」
青山は少しおどおどしているというか、目が泳いでいる。
「実は、おじさんに君のことを話したら、興味を持ったみたいで」
「おじさんって、青山くんの叔父さんって事?」
「そう。それで、会ってみたいって言ってて、ちょっと会ってくれないかな?」
古瀬は少し考える。青山のおじさんと聞いても、それが何を意味しているのかは分からなかった。普通に血縁上の叔父だろうと思った。
「もちろんいいよ。ここに来てるの?」
「ここにはいない。僕の家に、来てくれないかな」
青山は顔からかなりの冷や汗を流している。古瀬はそれに気付いてはいたが、それが何を意味するのかは分からなかった。
二人は青山家へと向かう。家に入ると、案内された部屋に青山の両親と、温和そうな中年男性がいた。
この人が青山の叔父さんだろうか。古瀬は特に警戒することなく、おじさんの正面に座る。
「君が古瀬くんかな?」
「はい。あなたが青山くんの叔父さんですか?」
古瀬はその人物を見て、変わった気を持っているなと思った。まるでいくつもの人の気が混じり合っているかのようだった。しかし、この個性社会、こういった人もいるだろうと思い、特に気にはしなかった。
しばらくは他愛もない会話が続く。その後に、おじさんは本題を切り出す。
「君は無個性だそうだね」
「はい。残念ながら個性に恵まれませんでした」
「それで雄英のヒーロー科に入ったのだから大したものだ」
「ただ幸運だっただけです」
この会話中、青山家の人間は全員が冷や汗を流している。二者間の温和な会話とは裏腹に、何が起きるか気が気ではなかった。
「君は、個性が欲しくはないかね?」
古瀬が初めて警戒心を抱いたはこの時だった。個性を与える個性を持つのは、彼が知る限りAFOしかいない。こいつはAFOの関係者かと思った。
まさか本人がこんな所にのこのこ出てくることはないだろうと、この人物がAFOであるとは思わなかった。おそらくその関係者か幹部か、そんな所だろうと思った。
「個性ですか?」
「私の知り合いに、個性を自由に与えてくれる人物がいてね。もし頼めば、君も個性を手に入れられるかもしれない」
この発言で、古瀬は完全にAFO関係者だと断定する。それに伴い、半ば敵として相手を認識する。
青山家は、この発言を聞いて顔を強張らせる。彼らはこれが悪魔の契約であることを知っている。彼らは反社会的な行動を取るように要求され、その要求を断った人間を処分する光景を見せつけられ、従わされている。
古瀬は少しだけ考えるような仕草をする。
「いりませんね。僕にとって重要なのは、無個性のままヒーローになる事ですから」
笑顔でそう答える。おじさんは、なるほど、といって頷くが、その内面は分からない。あるいは拒んだ人間の処分に動くかもしれない。
いつ戦端が開かれてもいいように、古瀬は警戒する。一戦も辞さない覚悟で、気を手に集めて臨戦態勢を取る。
互いにしばしの沈黙が流れる。
その状況に水を差すように、青山が古瀬の手を掴む。
「そうだ、甲冑を見に行こう! 前に見たいって言っていただろう!」
強引に古瀬の腕を引っ張って、青山は古瀬を部屋から連れ出す。
「さあ、こっちだ!」
二人は青山の部屋へと移動する。青山が顔を青くしているのに対して、古瀬は少し呆れたように息を吐く。
「青山くんの叔父さんって変わった人だね」
「本気で言っているのかい?」
何が? と古瀬は首を傾げる。
この時、青山と古瀬には認識に大きな隔たりがあった。古瀬はおじさんの事をAFOの手の者、その辺のヴィランだろうと考えていた。
これはAFOがどれだけ多くの個性を持っていようと、その大本はただの人間でしかないという点に起因している。
古瀬はAFOのことを圧倒的に隔絶した力を持つ、魔王のような存在だと認識していた。魔王と言われるということは、おそらくは人とは違うのだろう。ということは、この叔父さんはAFOではない、と変換されていた。
なまじ気が分かる分、特徴的であっても、古瀬は叔父さんのことをただの人としか見ていなかった。
そのため青山との関係も、当人がヴィランというだけで、もしかしたら本当に血縁上の叔父なのかもしれないとも考えていた。
青山が連れ出したのは、あの場所で戦いが始まると家が壊れると思ったから。それと、自分の命を守るための行動だったことは分かる。
ただし青山が本当に命懸けだったのに対して、古瀬からするとちょっと話を遮ったくらいの認識しかなかった。
自分が死にかねない状況にあるとは理解していなかった。
「君はおじさんの、仲間じゃないのか?」
「仲間? まさか。僕はおじさんとも、叔父さんの友人にも会ったことはないよ」
「ならどうしてあんなことを……」
「あんなこと?」
「数日前、僕に言っただろう。裏切り者には、死しかないって……」
「ああ。あれはただの世間話だよ?」
青山は古瀬に対して、自分と同じ無個性でありながら、雄英に合格した彼の事を称賛していた。まるで自分のIFを見せられているようで、その光景は眩しかった。
しかし数日前の会話が、明確に自分を唆すものであったことを青山は察している。彼は光の中をただ歩むだけの住人ではない。明確な悪意を持った、自分と同じ闇の中を歩む人間だと感じ取った。
しかし古瀬と自分には明確に違う点が存在する。彼は光の中の住人ではないのと同時に、闇にも屈さなかった。
彼は自分とは違う。そう思いはするものの、青山は古瀬に、どこか近しいものを感じていた。
「そう、なんだね……」
「そういえばさっきは助けてくれたみたいだね。ありがとう」
「大したことじゃ、いや、やっぱりもっと感謝していいんだよ」
その言葉を聞いて古瀬は笑う。おじさんがAFOであろうとその手下であろうと、逆らうという意思表示として取られかねない行動だったことに変わりはない。
青山は視線を逸らしながら、やや躊躇いがちに手を差し出す。
「その、僕たちは、友人になれるんじゃないかな?」
「そうだね。僕としても、君とはこれからも仲良くしていきたいと思っているよ」
古瀬と青山は握手を交わす。
その後、青山が一階の様子を確認する。下にはもうおじさんの姿は無く、青山夫妻が憔悴した顔で座っている。
彼らの様子をじっと観察する。疲れているようだからと、古瀬は青山家から出ることにした。
青山家は、好き好んでヴィランに協力しているわけではないように見える。どちらかといえば、脅されて無理矢理従わされている感じだろうか、と古瀬は思った。
何かすごく死にそうだし、あの状態を放置するのは個人的にだけではなく、ヒーロー志望として振舞う上でもどうなのだろう。
そもそもAFO案件に接触してしまった以上、この件を放置しておくわけにはいかない。自分の身を守るためにも、対処は必要だと思った。
古瀬にはAFOに関わる気など微塵も無い。協力者としての素質を見出してやってきたのかもしれないが、知った事か、勝手に争えというのが本音であった。
そもそも今回の誤解は、青山家がAFOに積極的に協力していなかった点にある。
古瀬は青山に情報を流せば、それがそのままヴィラン側に伝わると思っていた。しかし青山家は命令されたことを実行するのみで、それ以上の協力をするつもりが無かった。
また、AFO側からしても、古瀬がここまで過敏に反応することは想定外であった。まさか相手がAFOについて詳しく、個性を与えるから即背景を把握するとは思わなかった。
AFO案件となると、相談する相手はオールマイトが一番だろうと古瀬は考える。寧ろ警察や学校では事の重大さが伝わらず、投入能力が足りず、下手に手を出した結果、青山家の人間が全員死ぬ、何て事態になりかねない。
青山家の安全を確保するためには、慎重に動く必要がある。見せしめに処刑、なんてことにならないように、全員の確保が必須である。
脅されているという事は、たぶん何らかの罪を犯しているのだろう。保護する上で、あちらが必ずしも協力的とは限らない。
とはいえ、それは自分が考える事ではないか。実行に関しては、警察辺りに任せようと思った。
古瀬は学校へと向かう。入り口には爆豪の誘拐と救出の影響で、多数の報道関係者がいたため押しのけて入る。
職員室へと向かい、オールマイトはいるかと13号に尋ねる。
「オールマイトなら今、家庭訪問に行っていますよ」
「家庭訪問?」
「聞いていませんか、全寮制の話?」
そういえば、どこかの時期で全寮制になるんだったな、と古瀬は思い出す。これでようやく家具が買えるなと思った。
「少し相談したいことがあるので、できればどこかでお時間を取って頂きたいと、伝えてもらうことはできますか?」
「相談なら俺が乗ってやろうか」
ハウンドドッグに後ろから声を掛けられる。
「いえ、できればオールマイトに相談したい事なので」
「今は少々立て込んでいるので、緊急でないなら控えた方がいいかもしれません」
「それなら校長はいますか?」
「校長も家庭訪問だ」
こういう事があるんだから、トップが行くなよ。古瀬は面倒そうな顔で息を吐く。
二人に相談内容を伝えようかとも思ったが、どこにAFOの目があるか分からないため、簡単に話すわけにもいかない。
仕方がないので、一旦帰ることにする。
「失礼しました」
職員室から出ると、芦戸からカラオケの誘いが来る。古瀬はどうするか迷ったが、用事も無いので行ってみる。
カラオケに来ているのは、芦戸、砂藤、切島、上鳴、瀬呂、古瀬の六人。つまり林間合宿の補修組である。物間はいない。
「みんなの退院と爆豪の救出を祝して、カンパイ!」
芦戸が元気よく音頭を取る。
「そういえば、あの後結局、爆豪くんを助けには行ったの?」
「ああ。俺と緑谷、飯田、八百万の四人でな」
「そうなんだ。どうやって救出したの?」
古瀬はなぜオールマイトとAFOの戦いが起きなかったのか、その理由が知りたかった。自分が情報を流したのが原因かな、とは思うものの、具体的な経緯を知りたかった。
切島が言うには、向かった先には脳無の保管施設があったらしい。ヒーローチームがその施設を襲撃するが、そこに凶悪なヴィラン、おそらくはAFOが現れ、ヒーローチームを壊滅させたとのことだった。
「ヒーローチームって誰がいたの?」
「Mt.レディとかベストジーニストとかがいたな。それでその後、ヴィラン連合と爆豪が転送されて来たんだ」
その後、ヴィラン連合対爆豪、オールマイト対AFOの戦いが始まったらしい。
「それで俺と飯田と緑谷が飛び出して爆豪を助け出したんだ」
爆豪は圧倒的に不利な状況だった。AFOはオールマイトに抑えられていた。そこで緑谷が作戦を立て、空から爆豪を救出したとのことだった。
「なるほど。それでその後は?」
「爆豪を救出したあとは、ヴィランたちがワープで逃げ出して終わりだ」
AFOもヴィラン連合と一緒に逃げたとのことだった。自分の世間話がその原因だとして、その因果関係が古瀬には分からなかった。
事前に襲撃を知っていたため、逃走の準備ができていたのだろうか。切島一人の話だけでは、考察のための情報としては不十分だった。
「まあまあ、爆豪が助かってよかったじゃん」
「そうだね。彼が助かって本当に良かったよ」
芦戸の言葉に古瀬は同調する。嘘は言っていない。死んでも別にいいとは思っていたが、どうせ緑谷が助けるだろうと確信に近い感情を持っていたし、死なないならそちらの方がいいというのも本心である。
AFOが逃げたことに対しては、終盤で再度オールマイトとAFOが戦うらしいと知っているため、誤差みたいなものだと思っている。
「それじゃあ今日は歌おう!」
「そういえば補習ってどうなったの?」
「また別の日にやるとかじゃないよな」
「この騒動で有耶無耶にならねぇかな」
「歌おう!」
しばらくして、瀬呂と上鳴に林間合宿でヴィランに遭遇した時の話を聞かれる。
「ヴィランと戦ったんだろ? どうだったんだ?」
「ヴィランの攻撃を防いだよ!」
「ヴィランをぶっ飛ばした!」
芦戸と砂藤が得意げな顔をするのに対して、切島は下を向く。
「俺は何も活躍できなかった!」
「マジか」
「酸の解放だったからよかったけど、もし触れられていたら、切島くんも捕らわれていたか、下手をすれば死んでいたからね」
その言葉を聞いて、周りの人間はぞっとする。
「そんなに危険な相手だったのか!?」
「もしあの個性が硬度を無視するなら、上半身だけを圧縮する、なんてこともあったかもしれないからね」
もちろんそうじゃない可能性もある、と付け加えるが、周りの顔色は変わらなかった。
しばらく歌っていると、13号からメールが来る。オールマイトが相談を聞いてくれるとのことだった。
「ごめん、用事ができたから帰るね」
「おつかれ」
「おう、またな!」
古瀬は再び学校へと向かう。オールマイトの居場所を聞くと、今ちょっと出かけているとのことだった。
少し待っているようにと、相談室へと案内される。しばらくして、部屋にマッスルフォームのオールマイトが入ってくる。
古瀬は何も悪い事をしていない、ヒーロー志望の仮面を着ける。情報の漏洩など行っていない、青山が暴露しようとも、あれは鎌掛けだったと言い張ることにした。
「待たせたね、古瀬少年」
「いえ。大変だったそうですね。切島くんから聞きました」
「HAHAHA、不甲斐ないばかりだよ」
オールマイトは古瀬の正面に座る。
「それで相談というのは?」
「それなんですが……」
古瀬は部屋の中を見回す。監視カメラが無いか、盗聴器が無いか警戒する。
「ここでの話は外部には洩れませんか?」
「ああ、安心するといい。ここでの話が外部に漏れることはない。私も誰にも話ことはないと約束しよう。だから安心して相談してくれ!」
「分かりました。実は、ある人物から個性を手に入れないかという提案を受けたんです」
AFOの姿を思い浮かべて、オールマイトの顔が強張る。
「何と答えたんだい?」
「その提案自体は断りました。ただ、その提案を行った人物が、知り合いの叔父なんです」
「知り合いというと?」
「林間合宿に行っていた生徒の叔父です」
内通者がいるのではないかという話題は、会議で何度か取り上げられている。もしかしたらそれと関りがあるのかもしれないと思い、オールマイトは唸り声を上げる。
「その生徒とは!?」
「どうもその知り合いと家族は脅されているようで、もしかするとすでに何度か手を汚しているのかもしれません」
「あいつがやりそうなことだ」
「僕としては、この件をできるだけ穏便に処理して欲しいんです。完全無罪は無理だとしても、せめて情状を酌んであげてください」
「分かった。知り合いに掛け合ってみよう」
「それと保護もお願いできますか。裏切り者とみなされて、見せしめのために処分される、なんてこともあるかもしれないので」
「分かった。家族の身の安全が保障されるよう、できるだけの事をしよう」
「ありがとうございます。その生徒は、青山優雅くんです」
午後八時、古瀬は警備のバイトの際に、まだ明かりがついている指導室の中を覗き込む。
「こんばんは、見回りです」
「邪魔だ、出ていけ」
相澤の言葉を無視しして、古瀬は椅子に座る。
警備員の服を着ている古瀬を見て、青山はかなり驚いている。
「どんな調子ですか?」
「素直なもんだ。洗いざらい話しているよ」
オールマイトに話した時点では、古瀬の証言以外に証拠が無かった。完全に黙秘されると解放せざるを得なかったため、古瀬は少しホッとする。
「両親の方は?」
「今は警察で取り調べ中だ」
古瀬は青山と向き合う。青山は、視線を下へと向けている。
「ごめんね。こうするのが一番だと思ったんだ」
青山は視線を合わそうとしない。どこかばつの悪そうな顔をしている。
「怒っていいよ。どのような理由であれ、僕は君を裏切った」
「僕の方こそ、みんなを裏切った」
「それでも今日、君は僕を助けようとした。それならまだ、間に合うんじゃないかな」
なお、古瀬は助けられたとは思っていない。AFOだったとは知らないため、助けようとしたという認識である。
「どのような処遇になりそうですか?」
相澤は舌打ちをする。まだ何も決まっていない事をスナイプが教える。
「何せ今日判明したばかりだ。本格的な話し合いは明日以降になるだろう」
「できるだけ穏便にお願いします。彼らはたぶん、脅されていただけですから。それじゃあね、青山くん」
古瀬は相澤とスナイプに頭を下げて、部屋から出ていく。青山が返事をすることはなかった。