無個性のヒーローアカデミア   作:明灯月陽

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ドクター

 死穢八斎會との戦いの後、負傷者は病院へと送られる。救助を終えたメンバーも、検査と治療のために同じ病院へと向かった。

 

「あれ、古瀬も怪我してたのか?」

 

「火傷がちょっとね」

 

 古瀬は軽度の火傷、切島はいくつかの咬傷を負っていた。治療を受けた後、二人は他の負傷者の病室へと向かう。

 

 ファットガムは体の半分近くを失った。脳へのダメージもあり、極めて危険な状態であるとのことだった。

 

 天喰もファットガムより軽度ではあるものの、体のいくつかの機能を失った。かなり危険な状態であり、容態は未だ安定していない。

 

 通形は、個性破壊弾によって個性を失った。体の負傷は完治可能だが、今後の活動については学校側と相談することになる。

 

 サー・ナイトアイは、明日を迎えることは叶わないとのことであった。病室にオールマイト、通形、その他多数の関係者が入っていく。

 

 これについては、古瀬は記憶の通りだと冷たく捉えていた。病室には入らず、切島と少し離れた所からその光景を見ている。

 

 ロックロックの事務所は全員が負傷、イレイザーヘッドは捕まったものの軽傷。エンデヴァーも待ち伏せていた組員と戦い怪我を負った。本拠地捜査での死者はサー・ナイトアイ一人のみであった。

 

 緑谷は、右腕の肘から先を喪失、トゲに右脇腹を貫かれたことで臓器に傷を負い、両足には後遺症が残るとの事であった。

 

「くそっ!」

 

 切島が横で悪態をつく。古瀬はぼうっと、天井を見ている。被害者を救出し、首謀者を逮捕できたと、この状況で喜べる人間はいなかった。

 

 今回の事に関して、古瀬は完全にやらかしたと感じていた。

 

 これまでは自分が何をしようと、何やかんやご都合主義の力で主人公が勝つものと思っていた。でも裏を返せば、ご都合主義が無ければ主人公は誰にも勝てないとも言える。

 

 だってまさか少女一人いないだけで負けるだなんて思わなかったし。そんな言い訳じみた言葉を思い浮かべながら、古瀬はこれからどうしようかと考える。

 

 古瀬は緑谷に死んでほしかったわけではない。ただ嫌いだっただけである。

 

 そもそも古瀬が緑谷のことを嫌いな原因として、相手の事をよく知らないというのがある。戦闘時の頑張りとか、長所や良い部分を見れていればまだよかったのだが、クラスが違う事もあってこれまであまり関わらなかった。

 

 接点が少なく、会話もあまりなく、前世からの悪印象を覆すほどの印象を受けなかった。そのためこれまでずっと、選ばれた、特別な、周りから無限に称賛され、全員から好かれ、無条件に肯定される存在として嫌っていた。

 

 今だって別に好印象を持ってるわけではない。ただラスボスを倒すための存在として、居てもらわなくては困るというだけである。

 

 ヒーロー側に所属しているから、できればそちら側に勝ってほしいと思っている。

 

 そして現状なわけだが、戦えるような体じゃない。それでも最高のヒーローになる、と言って頑張るのか、それとも誰かにOFAを渡すのか。

 

 後者の方が、古瀬としては割と困る。古瀬はOFAが無個性にしか渡せない事を知っている。厳密に言えば、無個性以外だと寿命が縮む。

 

 ここに渡せる奴いるじゃん、と自分が選ばれるのが一番困る。古瀬の目的は、無個性のままヒーローになる事なので。

 

 一応、個性を失った通形がいるのだが、無個性判定を受けるかが不明。しかし現状、それが一番の最適解な気がしないでもない。

 

 しかし古瀬からすれば、緑谷以外が個性を受け継いで最終決戦に行った場合どうなるのかが不明すぎて怖かった。どのような戦いが繰り広げられるのかは不明だが、それで勝てるのか、緑谷でなければ勝てない場面が存在するのではないか。

 

 そんな受け継ぐのは誰でもよくて、緑谷以外が受け継いで戦っても普通に勝てるだなんて、まさかそんな事は無いだろうと古瀬は思っていた。

 

 何かしら緑谷でなければならない理由が存在するはず。だからはっきり言って、ここで緑谷が離脱するのは困る。

 

「二人とも検査終わったんや。どうやった?」

 

 緑谷の病室の前へと、麗日と蛙吹がやって来る。

 

「俺は一日入院、古瀬はこのまま帰れるって」

 

「そっちはどうだった?」

 

「私たちも今日は念のために入院やって」

 

「腕の骨にひびが入っていたわ」

 

「そんな状態だったの?」

 

 切島は医者に呼ばれて歩いて行く。蛙吹は事務所への連絡のためにその場から離れる。

 

「リューキュウと波動先輩の怪我の具合は?」

 

「どっちも命に別状は無いって。波動先輩はすぐに退院できるみたい」

 

 リューキュウもそれほどの重症ではない。

 

 そうなんだ、と言いつつ、古瀬は目の前の病室を見つめる。

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫だよ。……うん、大丈夫。それじゃあ僕は行くね」

 

「あ、うん」

 

 古瀬はその場から移動して切島の姿を探す。受付で、切島も古瀬の姿を見つける。

 

「見ろよあれ」

 

 切島は病院のテレビを指さす。そこにはヴィラン連合が護送車を襲撃し、証拠品の強奪、プロヒーロー一名を殺害したというニュースが流れている。

 

「治崎の腕も奴らに破壊されたらしい」

 

「穏やかじゃないね」

 

 知っていたため驚きはさほどない。古瀬は用事を済ませる事にした。

 

「ファットガム事務所への報告をお願いしてもいいかな」

 

「俺がか?」

 

「こっちはちょっとやる事があって。インターンはもう終わりだろうから、後の事は任せるよ」

 

「あっ、おい!」

 

 切島が呼び止めるのを無視して、それじゃあと言って古瀬は立ち去る。

 

 瞬間移動で学校へと移動して、時間を確保するために、警備のバイトを止めることを伝える。それからサポート科の工房へと向かう。

 

 古瀬は緑谷の傷を治すために、仙豆のような物を作れないかと思った。

 

 仙豆、ドラゴンボールに出てくる伝説の食べ物。空腹が満たされ、傷を治し、疲労も回復する。

 

 空腹はどうでもいいが、傷を治し、疲労を回復させる食べ物を作れないかと考える。丁度都合がいい事に、手元にはオーバーホールと巻き戻しに関する研究資料がある。

 

 できなくはない。しかしできれば、もう一押しが欲しかった。

 

 この時、古瀬は仙豆を作っていたと言っていい。緑谷の傷を治す物ではなく、どのような傷だろうと完全に治す、仙豆を作ろうとしていた。

 

 ちなみに本来の仙豆は、古傷、病気、睡眠不足などには効かない。ただし古傷に関しては定義が不明なため、今回は全て治るものとする。

 

 完全な修復のためにはもう一押しが欲しい。そこで古瀬は、超再生の存在を思い出す。

 

 超再生、脳無に搭載されていることがある個性。ヴィラン連合の、いや、AFO、いや、持っているのはドクターだろうか? 

 

 古瀬はドクターについて殆ど知らない。何かそういう人がいて、AFOの協力者か何からしいという事だけ知っている。

 

 記憶では、名前が炎上した記事を見て知ったらしく、見た目以外についてはほぼ知らない。

 

 記憶の持ち主は、名前をはっきりとは憶えておらず、これかなという名前で検索してみるが、それらしい医師はいなかった。

 

 どうしたものかと思った所で、別の情報を思い出す。緑谷に、君は無個性だと伝えた医師はドクターだった。

 

 正直、この情報も定かではないが、何の当てもないよりはましと思い、古瀬は調べてみることにした。

 

 病院に戻って緑谷の病室に入るが、まだ目を覚ましていなかった。

 

 本人に聞けないとなれば、知っているのは母親か爆豪。この状況下で母親から話を聞くのは難しいと思い、爆豪の方を先に当たる。

 

 A組の寮へと向かい、爆豪はいるかと尋ねる。

 

「爆豪、呼んどるぞ」

 

「聞こえとるわ! 何だ!」

 

 キレてるのか、平常なのか分からない顔で爆豪は尋ねる。

 

「昔、緑谷くんのことを無個性だって診断した病院がどこか分かる?」

 

「ツバサ医院だ! んなことでいちいち聞いてくんじゃねえ!」

 

「ありがとう」

 

 古瀬は過去を含めて、ツバサ医院の医師を調べる。その関係者から、この人かなという人物を何人か見つける。

 

 その中にいるかどうかは分からないが、軽く探ってみることにした。

 

 古瀬は工房で作ったマスクを被る。服装を変えて、FGOのモリアーティを模した初老の男性へと変装する。

 

「まずは、蛇腔総合病院の殻木球大から調べてみるか」

 

 古瀬は蛇腔総合病院へと向かい、殻木球大への面会を求める。サポートアイテムの販売員で、殻木理事長に話があるので会いたいと伝える。

 

 いきなり行って会うのは難しいかと思ったが、思いのほかあっさりと会うことができた。古瀬は理事長室へと通される。

 

「突然の来訪にも関わらず、お会いくださり感謝申し上げます」

 

「構わんよ。それでどのような用件かな?」

 

 人当たりの良さそうな、普通の老人に見える。この人がドクターなのだろうかと、古瀬はさほど疑ってはいなかった。

 

「実は理事長が面白い個性を持っていると聞きましてね」

 

「ほっほっほ、残念ながらワシは個性を持っておらんよ」

 

「あなた個人の話ではなく、あなたがそのような個性を手に入れたという話です」

 

「ほう?」

 

 殻木の目付きが少しだけ変わる。

 

「何でもどのような傷でも治す個性だとか」

 

「そのような個性があるなら、ワシも欲しいもんじゃのう」

 

「もし理事長がそのように優れた再生系の個性を持っているのであれば、どのような傷でも治すアイテムを作成することも可能だと思うのですがね」

 

 目が合ったまま、二人はしばし沈黙する。

 

「さて、ワシには心当たりがないのう」

 

「そうですか。どうやら私の勘違いだったようです」

 

 そう言って、古瀬はその場から立ち去る。

 

 一人残った殻木は、病院の奥深くにある場所に向けて命令を飛ばす。

 

「今の男を殺せ。奴の話が事実であったとしても、近寄る時はいつ何時もワシからじゃ」

 

 殻木は古瀬が意図して演じていた通り、初老の男性を裏社会の人間だと思った。知った上で自分の正体を探りに来たのだと確信する。

 

 病院を出て、人気が無い方へと古瀬は歩く。気の探知の精度を上げることによって、周りの地形や物も正確に認識できるようになった。例え脳無であっても、今は探知することができる。

 

 病院を出てから、あるいはその前から付けられている。十を超える脳無が、身元を特定するためか、あるいは囲むために追ってくる。

 

 まさか探りを入れただけで、こうも簡単に釣れるとは。堪え性が無いのか、あるいは案外釣りの才能があるのかもしれないと思った。

 

 古瀬は何も言わずに、脳無たちを見ながら瞬間移動でその場から離脱する。

 

 脳無たちは古瀬の姿を見失って右往左往する。取り逃がしたと知り、殻木は自らが判断を間違えたことに気付く。

 

 学校へと戻り、知り合いのサポート科の生徒へと連絡を送る。

 

『頭が良くて、暇な奴集合!』

 

 三人が工房へと集まる。古瀬は彼らに仙豆の作成を手伝ってもらうことにした。

 

 

 

 その翌日、古瀬はアンドロイドを昨日の自分の姿へと変装させて蛇腔総合病院へと向かわせる。生身で行くのは危険と判断しての対応であった。

 

 遠隔操作しつつ、古瀬は再度殻木と面会する。

 

「昨日はずいぶんと手酷い歓迎だったね。しかしおかげで、あなたであるという確信が持てたよ」

 

 殻木は顔から汗を流しながら、まずいと言いたそうな表情をしている。

 

「さて、昨日の返答を聞きましょうか。私たちと、いかなる傷をも治すアイテムの共同開発を行いませんか?」

 

 殻木は差し出された手をすぐに握ることはなかった。寧ろ本性を露わにしたような歪んだ目で、値踏みするようにアンドロイドを見る。

 

「ふん。共同開発とは都合のいいことを言ってくれる。貴様に何が差し出せる。ワシが集めた個性たちが欲しいだけじゃろう」

 

「否定はしませんとも。自分たちだけで作れるのであれば、このような提案は致しませんのでね。しかしあなたの協力があれば可能だと思うのですがね」

 

 同じように、値踏みするような目で殻木を見る。

 

 その時、殻木の手元にある電話が鳴る。殻木はすぐに取って耳に当てる。

 

『いいじゃないか。協力してあげたまえ』

 

「はっ、しかし……」

 

 AFOか? 古瀬はスピーカーの音声を大きくしてその会話内容を聞く。

 

『もし本当にどのような傷でも治るのなら、僕のこの体を直せるかもしれないわけだ。ドクター、君が治せないこの体をね』

 

「はっ、それは……」

 

 殻木は顔から大粒の汗を流す。抑揚の無い声が、無能の烙印を押すように、殻木の体に圧力として加わる。

 

 古瀬はこの会話が聞こえていない振りをする。AFOに存在を感じ取ったと思われれば、どんな行動に出るか分かったものではないと思った。

 

 殻木は電話を切って、アンドロイドの方を見る。深く息を吐いて、口を開く。

 

「よかろう。お主らの開発に協力してやろう」

 

「随分と早い変わり身ですな。ひょっとして今の電話はあなたの上司か何かですかな?」

 

「余計な詮索はするな。ついて来い」

 

 殻木は病院の奥にある区間へと歩いて行く。アンドロイドもその後に続く。

 

 そこには多数の研究設備があった。普通の機械で、そこに脳無の姿は無い。

 

「ほう、大したものだ。流石は総合病院、いい設備が揃っていらっしゃる」

 

「お主の研究は全てこの場で行ってもらう」

 

「私はただのしがない販売員に過ぎないのですがね」

 

「ならばお主たちの研究者を呼べ。勝手な持ち出しは許さん」

 

 古瀬は少し考え込むような素振りをさせた後に、それを了承する。

 

「お主もここにいてもらうぞ。許可無くこの病院を出るな」

 

「私は他にも仕事があるのですがね」

 

「それが出来ぬのであれば、この話はここで終わりじゃ」

 

「分かりました。しかし私の『個性』であれば、簡単に出入りできると思うのですがね」

 

「では脳無に見張らせよう。不信な行動があれば、すぐに研究者を殺す」

 

 爆弾付きの首輪でも渡してくるかと思ったため、少し予想が外れた。そんな物よりも脳無を信用しているか、単に詳しくないだけだろうかと古瀬は思った。

 

「分かりました。ですが、プライベートは守らせてもらいますよ」

 

 古瀬はヴィランとヒーロー、両方の技術を使って仙豆の開発を行う。ドクターと雄英の、ある意味では共同開発の始まりである。

 

 それはそれとして、古瀬はドクターの研究資料を盗もうと考えていた。何も馬鹿正直に、本当に共同研究だけをしに来たわけではない。

 

 向こうも、大人しく研究資料を渡すつもりなんて無いだろう。相手が虚偽の情報を出していないとも限らない。

 

 ここからは騙し合い化かし合い、技術を得るためには、確実に殻木の研究資料を手に入れる必要があると古瀬は考えていた。

 

 アンドロイドを送ったのはその情報収集のため。内部の情報を得るという目的もあった。

 

 信用を得るために、そして殻木の知恵と経験を得るために、現在考えている仙豆の作成計画を見せる必要はあるだろう。

 

 しかしその場合、AFOがパワーアップする可能性があるのではないか、と古瀬は懸念していた。しかし傷が治ったからと言って、その強さはそこまで変わらないのではないかとも思った。

 

 根拠があるわけではないが、あくまでイメージとして、その強さはさほど変わらない気がした。

 

 本音を言えば、古瀬としてはヴィラン側の強化に繋がるため、仙豆の情報は渡したくなかった。しかし他に緑谷を治療する方法がないのであれば、望ましくは無いが致し方ないとも考えていた。

 

 アンドロイドの遠隔操作をしながら、サポート科の協力者に作業を任せて古瀬は移動する。ちなみに、今日は通常授業があるがサボっている。

 

 資料の場所は内部から探ればいいとして、問題はいかにして持ち出すかであった。監視されているアンドロイドには難しい。

 

 それにコピーしようとした瞬間に、警報などが鳴っても困る。殻木が用意した、おそらくは相当強固なセキュリティを突破する必要があった。

 

 古瀬には丁度、そのセキュリティを突破できそうな人間に心当たりがあった。文化祭に襲撃してくる軽犯罪者? のラブラバである。

 

 古瀬は文化祭編がどのような内容なのかは知らない。ただ辞典サイトの情報が記憶にあり、ジェントルとラブラバの存在は知っている。

 

 ただ知っていると言っても、ジェントルはヒーローを目指していたがなれず、悪名でも名を残すことを目指すようになった、くらいである。

 

 ラブラバに至っては、ジェントルのファン? くらいの認識である。一応、終盤でも活躍するらしいことは知っている。

 

 古瀬は協力を得られないかと思い接触してみる。動画投稿者だったため、そこから連絡を送ってみる。

 

『ラブラバさんにお願いしたい案件があります。もしよろしければご連絡ください』

 

 数日後に返信が帰ってくる。何度かやり取りをして、直接会うことになった。

 

 古瀬は変装をして、指定された場所へと向かう。本来、雄英生がヴィランに会うのはまずいのだが、ジェントル・クリミナルは扱いが何というか微妙で、ヴィラン扱いなのか、迷惑系配信者なのかがよく分からない。

 

 ノックすると、中からラブラバが出てくる。家の中に入ると、ジェントルもいた。

 

「それで私たちに頼みたい案件とは何かね?」

 

「わあ、ジェントルさんにラブラバさんですね。お会いできて光栄です」

 

 ジェントルはその言葉に気をよくしたのか、得意げな顔をしている。

 

「実は、絶対に気付かれずに相手から情報を抜き取るプログラムが欲しいんです」

 

「それで何をするつもりなのかね?」

 

 思ったよりもやばそうな要望に、ジェントルは思わず聞き返す。

 

「どうしてもその人が持つデータが欲しいんです。それが無いとすごく困るんです」

 

「恋人か何かのパソコンとかスマホとかかしら?」

 

「でも俺馬鹿だから、できるだけ簡単にできるやつでお願いします。差し込んだらそのまま中身を全部コピーするような奴を」

 

「確かにあまり頭はよくなさそうだね」

 

 ジェントルは紅茶を飲みながら軽く笑う。

 

「俺ラブラバさんは凄いハッカーだって聞いて、ラブラバさんにしか頼めない仕事だって思ってやってきたんです。どうかよろしくお願いします!」

 

 古瀬は上半身を傾けて、軽く頭を下げる。

 

 ラブラバはそう言われて悪い気はしないものの、どうするか決めかねている様子だった。

 

「どうしたらいいのかしら、ジェントル?」

 

「ラブラバ、君に来た案件だ。君が決めたまえ。しかし迷える少年の手助けをするというのも、悪い気はしないものだ」

 

 ジェントルにそう言われて、ラブラバは二つ返事で引き受ける。

 

「ありがとうございやす」

 

「それでどんなものが欲しいの?」

 

「できるだけ凄い、この国最高レベルのセキュリティでも突破できるようなのをお願いしやす。容量もいっぱい、何かよく分からないけど、とにかくいっぱい入るのでお願いしやす」

 

「夢が大きくていいな」

 

 ジェントルは朗らかに笑う。

 

「あ、俺金持ってきたんですよ。依頼料百万! もうちょっとだけ出せるんで、これで何とかお願いしやす!」

 

 ビニール袋から札束を取り出す。それが零れ落ちて、机に落ちる。

 

「これ本物?」

 

「いやいや少年、そういったものは、はっはっは。中々に大きな案件のようだね」

 

「何かいっぱい入るやつは高いって聞いたんで、使ってください!」

 

 古瀬は頭を下げる。ラブラバは中身が全部本物であることを確認していた。

 

 その後、作るのに少し時間が掛かるとラブラバに言われる。できたらまた連絡すると言われて、古瀬は一旦帰ることにした。

 

 連絡が来たのは八日後、古瀬は依頼した物を受け取るためにラブラバの所へと向かう。

 

「これを差し込めば自動的に中のデータをコピーするから」

 

「中の物を見るにはどうしたらいいんすか?」

 

 古瀬はラブラバから使い方の説明を受ける。その場にはジェントルもいる。

 

 一通り説明を受けた後、古瀬は残りの金を払う。

 

「いくら掛かりやしたか。その分は払いやす」

 

「別にいいわよ。結構かかったし」

 

「金の支払はしっかりやっておくべきだって教わったっす。だから払いやす」

 

 その後、古瀬はお礼を言ってその場から立ち去る。

 

「変な事に使わなきゃいいけど」

 

「こういう事もあるものなんだねえ」

 

 ストレージを受け取った古瀬は、蛇腔総合病院へと向かった。

 

 

 

 死穢八斎會との戦い以降、古瀬は学校を休み続けている。サー・ナイトアイの葬儀、本来はインターンの際に授業を休んでいた分の補講があるが、それらにも出ていない。

 

 職員室では、そんな様子を心配する声もあったが、ヒーロー科の生徒の心が折れてしまう事は珍しくない。よくあることとして受け止められていた。

 

「古瀬くんはまだ休んでいるんですか?」

 

「学校には来ているようですが、サポート科の工房にずっと籠っているみたいです」

 

 古瀬は瞬間移動を入試以降使っていない。こういった時に自由に行動できて便利なため、その存在を秘匿していた。

 

 そのため周りは、古瀬が勝手に学校の外に行ってることを知らない。基本的に常に学校内にいると思っている。

 

「授業に出るようには言ってんだが、これを作ったら出る、の一点張りでな」

 

「まあ、あの激戦じゃねえ。再起不能になったヒーローや先輩、人の死に触れたとなれば、こうなるのも仕方ないのかしら」

 

「他の子は大丈夫なんですよね」

 

「重傷を負った生徒たち以外はな。通形は休学、天喰は未だ意識不明、緑谷は……」

 

「緑谷くんもどうするんですかねえ……」

 

「意識は取り戻したのよね」

 

「今はリハビリに励んでいるそうだ。だがこれ以上ヒーローを目指すことに親御さんは反対のようだ」

 

「でも本人に止めるつもりは無いんでしょう?」

 

「現在は学校側と協議中だが、どうするつもりなのか」

 

 俺はOFAを絶対に渡さねえ、くらい言ってくれればいいのだが、現状は次の継承者が決まるまでは頑張る状態である。

 

 力が無いとヒーロー活動なんてできないのに、力を保持する意思が低すぎる。

 

「波動の様子はどうなんです?」

 

「見た限りだと以前と変わりませんね」

 

「でも内面は傷付いているかもしれないので、様子は見ていた方がいいかもしれません」

 

 そうかもね、と言って周りは頷く。

 

「そういえば、もうすぐ文化祭の準備が始まりますが、ヴィランが活性化している昨今、今年はどうなるんですかねえ」

 

「例年通り行われるみたいですよ」

 

 オールマイトがまだ正式に引退していないため、自粛しろとまでは言われないない。警報が鳴ったからといって、即座に中止になることはない。

 

 そのような会話を行いながら、時間は過ぎて行った。

 

 

 

 蛇腔総合病院へと向かった古瀬は、殻木の研究資料を盗むための計画を確認する。

 

 脳無が警戒している中を真っ直ぐ行って盗むのは流石に危険すぎる。どのような個性を持っているか分からない以上、絶対の安全は保障されない。

 

 そこで古瀬は、脳無を使ってデータを盗めないか考えた。脳無は命令に従って行動する。それなら偽の命令を出して盗ませることはできないだろうかと。コネクタを差し込むだけで盗めるようにラブラバに頼んだのもこれが理由である。

 

 問題は、どの程度複雑な命令まで聞けるのか、そもそも偽の命令で動かすことができるのかという点であった。

 

 脳無は意思が無く、予めプログラムされた行動しかとれない。問題はそのプログラムされた行動が何なのか、それが分かればある程度操ることができるかもしれないと思った。

 

 命令は声によって行われる。機械を通した声でも可能な以上、偽装はそれほど難しくないのではないかと考えた。

 

 病院内の脳無を釣り出していくつかのテストを行った結果、殻木がいない日中であれば盗むことは可能だという結論に至る。

 

 AFOはおそらくここにはいない。希望的観測に過ぎないが、殻木が定期的に出かけることから、おそらくそちらではないかと古瀬は思った。

 

 そして脳無に資料を盗ませるには、逐一指示を出す必要がある。でも脳無に何かしらの機械とか付けたら監視カメラでバレる可能性があるので、袋とかに入って担がれて一緒に入る必要があるわけです。

 

「アホかな」

 

 何でこんなことやってるのかと、古瀬は一瞬冷静になる。何でこんな一人で命の危険を冒さなければならないのか。自分が余計な事をしたからである。

 

 段々真面目にやるのもアホらしくなってきて、さっさと終わらせようと、古瀬は袋に入って、脳無に担がれて中へと入る。

 

 殻木ボイスで指示を出しながら、殻木が使っている端末前まで移動する。脳無にコネクトを差し込ませて、コピーが終わるのを待った。

 

 それが終わった後は、同じように担がれて病院から出る。十回以上他の脳無とすれ違いはしたが何事もなく、というより何事かあったら死んでいた。

 

 脳無を帰還させたり、袋を処理したりと諸々の作業を終えた後、古瀬は雄英へと戻る。

 

 上手くコピーできているか確認ししたところ、特に問題は無さそうだった。その資料も参考にしながら仙豆の作成を行う。

 

 雄英とドクターの知識と技術と設備を上手く使いながら、何とかそれらしいものを作ることに成功する。それを完成と決めたのはドクターだった。

 

 ある日、アンドロイドは殻木に呼ばれる。暗い廊下で、殻木と向かい合って立っている。

 

「大したものじゃよ。お主の協力が無ければ、これを作ることは叶わなかったじゃろう」

 

「いえいえ、こちらこそ大層勉強になりましたとも」

 

 この会話で、古瀬は殻木がアンドロイドをここに呼んだ理由を何となく察する。

 

「お主、ワシの研究に協力するつもりは無いか?」

 

「ありがたい申し出ですが、私は今の生業が気に入っていましてね」

 

 アンドロイドの首が飛ぶ。天井に潜んでいた脳無が、長い尾のような腕を使ってアンドロイドの頭部を殴り飛ばした。

 

「残念じゃのう」

 

 アンドロイドの頭部が軽い音を立てて転がる。首からは金属と配線が伸びている。殻木は相手がロボットだと気付いて驚く。

 

「お主いつから!」

 

 古瀬はアンドロイドを自爆させる。証拠隠滅のためであり、殻木は脳無に守られていたこともあり致命傷にはならなかった。

 

 自爆させたことで、病院側の状況が分からなくなった。古瀬は操作端末を横に置いて、開発作業を続ける。

 

 殻木は完成とみなしたが、古瀬はもう少しだけ手を加えることにした。その数日後に、仙豆の栽培に成功する。

 

 しかし育てるのが非常に難しく、現状では三粒作るのが限界であった。

 

 古瀬は仙豆を持って大学病院へと向かう。

 

 緑谷の姿を探した所、本人の病室にいた。古瀬はノックして個室に入る。

 

「古瀬くん!? どうしたの?」

 

 緑谷は挙動不審な様子で狼狽える。今日は学校の授業があるはずであった。

 

 古瀬は無言で緑谷の様子を見る。患者衣を着ており、ベッドに横になっている。右手は無く、未だ怪我は治っていない様子だった。

 

 無言で仙豆を緑谷へと放り投げる。

 

「それを食べれば怪我が治るよ。それと、この事は誰にも言わないでね」

 

 それだけ言って部屋から出ていく。話さないというのは無理があるので、口止めに関してはあまり期待していない。

 

 古瀬はそのまま瞬間移動で学校へと戻る。残る二つをどうしようかと考えながら学校内を散歩して、噴水に腰かける。

 

 どうしたものか。古瀬は初め、天喰とファットガムに使うつもりだった。しかしAFOが回復した可能性が高い以上、若干ではあるがヴィラン側の戦力は上がっている。それに緑谷も負傷したことで、その期間分弱体化している。

 

 天喰とファットガムに、今後役割はあるのだろうか。居ても居なくても変わらないなら、仙豆は取っておいた方がいいのではないか。

 

 でも今見ているものが夢でも妄想でもないなら、今ここにいる人間は生きているんだよなあ。

 

 今まで古瀬は、周りの人間の事をゲームのNPCや妄想の存在のようなものと認識していた。だから周りがどうなってもよかったし、自分が何をするのもどうでもよかった。

 

 これが都合のいい物語であれば、もっと相応しい仙豆を使うための場面があるのかもしれない。天喰とファットガムだって、サポートアイテムとか誰かの個性で復活するのかもしれない。

 

 でもこれが現実なら、あの二人を見捨てていいのだろうか。

 

 取っておけば後で、もっと多くの人を助けられるという確信がある。でもそんなの、物語の都合だけで、今この世界を見ていない。

 

 どうしたものかと悩んでいると、声を掛けられる。古瀬が顔を上げると麗日がいた。

 

「古瀬くん、久しぶり」

 

「うん? うん、そうだね……」

 

 久しぶりだっけ? 古瀬は憶えていないが、二人がまともに話すのは病院以来なので、二十日ぶりくらいである。

 

「ずっと休んでるって聞いたから心配で。その、インターンであんなことがあって、不安や後悔とかもあるけど、また学校で会えるのを待ってるから」

 

「そうだね」

 

 ここも学校の敷地内である。どこか関心が無さそうに、古瀬は遠くの方を見る。

 

「悩み事?」

 

「うーん。まあ、ちょっと」

 

「相談に乗ろか?」

 

「……そうだね。ちょっと意見を聞いてみてもいいかな。今ここに人を治す薬があるんだ。今ここで人を治すこともできる。でももっと後まで取っておけば、もっと多くの人を助けられるかもしれない。今いる人を治すか、もっと後まで取っておくべきか、どうするべきだと思う?」

 

 思考実験のような質問に、麗日は腕を組んで考え込む。

 

「両方を助けることはできんの?」

 

「できるかもしれないし、できないかもしれない。ただ今使ってしまえば、後の人間を確実に助けられるとは言えなくなる」

 

「それなら両方を助ければいいんじゃないかな。全員助かる可能性があるなら、私はそっちを目指したい」

 

「理想的な回答だね。でも結局、失敗すれば大勢が死ぬんだ」

 

 古瀬は否定的というわけではないが、その考えは発生する犠牲から目を逸らしているように感じた。

 

「古瀬くんは後の、大勢の人を助けた方がいいって考えてるの?」

 

「そうとも言えるけど、僕は今死にそうな人に恩があって、だからどうしようかって困ってる」

 

 天喰とファットガムには一応、インターンで拾ってもらった恩がある。

 

「それは話が違わん!? それなら絶対助けるべきだって!」

 

「そうかな?」

 

「見捨てたら後で絶対後悔すると思う!」

 

 古瀬は勢いに押されて、確かにそうなのかもしれないと思った。

 

「そうだね。じゃあ治すか」

 

 古瀬は立ち上がって、最後に踵を返そうとして立ち止まる。

 

「ちょっと抱きしめてもいい?」

 

「え、う、うん……」

 

 麗日は少し顔を隠しながら頷く。古瀬は数秒間、麗日を抱きしめる。

 

「ありがとう。ちょっと元気出た」

 

 そう言って揶揄うように笑い、別れの言葉を言ってその場から立ち去る。

 

 その後、古瀬は再び病院へと戻り、意識が無い天喰とファットガムに仙豆を無理やり呑み込ませる。誰にも気付かれない内に立ち去った。

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