無個性のヒーローアカデミア   作:明灯月陽

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補習

 病院、緑谷の傷が治った事はすぐに発覚する。医師に理由を聞かれて、彼は目が覚めたらこうなっていたと、ふわっとした説明を行った。

 

 この世界は技術が進んでいるが、失った体の部位を再生する技術は無い。治癒系の個性を使ってもなおそれは難しく、他に原因も見当たらないため、医師は緑谷の個性による影響と判断せざるを得なかった。

 

 傷が治った翌日、緑谷の母親である引子がやって来て、緑谷の姿を見て泣く。喜びなどではなく、不安から来る涙であった。

 

 同日、オールマイトが緑谷の病室へとやって来る。

 

「緑谷少年!!」

 

「オールマイト!」

 

 突然の体の異変に対して、心配の感情が一番強かった。

 

「腕が治ったと聞いたが」

 

「はい。これまでに負った傷も、全部! これでまだ、僕は、ヒーローを目指せます!」

 

「君ってやつは……」

 

 オールマイトは呆れと共に安堵する。近くにあった椅子へと座る。

 

 今朝の検査で、改めて体の状態が判明する。腕の再生だけではなく、腹部の傷、左手や両足など、これまでに負った傷全てが、そんなもの始めから存在しなかったかのように消えていた。

 

「傷全てが? ……一体何が」

 

「それなんですけどオールマイト、実は……」

 

 緑谷は古瀬の事について話す。病室に来たこと、何か薬のような物を渡された事、この事は誰にも言わないように言われた事。

 

「言わないようにって言われたのに、言っちゃうんだ……」

 

「だ、だってオールマイトに黙っていることなんてできませんよ」

 

 尊敬しているオールマイトに嘘は付けない、という意味である。

 

「話してくれるのは素直にありがたいが……」

 

「それに、もしかしたらオールマイトの体だって!」

 

「緑谷少年……私の事はいい。どうせあとひと月で引退する身だ」

 

 その言葉に緑谷は驚く。いつかはそうなると思ってはいたが、実際にそれを聞いてショックを受ける。

 

「そんな……」

 

「私の残り火は、もう何時消えてもおかしくない。文化祭の警備が、おそらく私の、ヒーローとしての最後の仕事になるだろう」

 

「それでも、それでもあの薬があればオールマイトの体だって治せるかもしれません!!」

 

「……そうだな。古瀬少年とは折を見て話してみよう」

 

 ちなみに、古瀬はこれまでずっと学校を休んでいたが、今日から出席している。この事をオールマイトは知らない。

 

「しかしだとすると、もう二人の件も納得できるな」

 

「もう二人の件、ですか?」

 

「聞いていないか? 昨日、天喰くんとファットガムが目を覚ましたんだ」

 

 緑谷は昨日、病院が慌ただしかったことは知っているが、その理由までは知らなかった。

 

「天喰先輩とファットガムが!!」

 

「それも君と同じ、全ての傷が治った状態で、だ。失った部位も含めてね」

 

「それってつまり……」

 

「古瀬少年、切島少年、天喰少年のインターン先はファットガムの事務所だった。おそらく彼が治したのだろう」

 

 ファットガムと天喰はこの二十日間のことを憶えていない。体があることに対しても、特に違和感などは無い。

 

「オーバーホール」

 

「何?」

 

「体が完全に治るなんて、治崎のオーバーホールみたいだなって」

 

「しかし彼が君に渡したのは薬なのだろう?」

 

「それはそうなんですけど……」

 

 緑谷はぶつぶつと、自分の推察や考えを呟き始める。その状況を変えるために、オールマイトは話題を変える。

 

「そういえば、通形少年のことだが」

 

「はい、たまにお見舞いに来てくれています」

 

「その、様子の方は……」

 

 サー・ナイトアイは死の間際に通形の未来を見た。その結果は、ヒーローになる前に通形は死ぬ、というものであった。

 

『抗え、ミリオ。オールマイトの未来は変わった。お前も、未来を変えることができるはずだ』

 

 それがサー・ナイトアイの最後の言葉であった。

 

「気持ちを切り替えて頑張るって言っていました。今は個性が元通りになるよう、色々やってみるって」

 

 ちなみに壊理ちゃんは轟家に帰った。個性の訓練はエンデヴァーが行っている。

 

「あの、オールマイト。例の薬で通形先輩を治すことはできないんでしょうか?」

 

「その辺りについても、彼に話を聞いてみるしかないな。ただ聞いた感じ、普通の薬ではないから期待しすぎない方がいいだろう」

 

 緑谷は考え込むような顔で小さく頷く。

 

「それではあまり長いしても悪いから、私はこれで失礼しようか」

 

「あ、待ってくださいオールマイト。学校に戻るなら、僕も一緒に行かせてください!」

 

 その言葉にオールマイトは驚く。体はもう大丈夫なのかと、もう少ししっかりと検査をした方がいいのではと提案する。

 

「長く休んでいたから、その分の遅れを取り戻さないと」

 

「医者は何と?」

 

「退院しても全く問題無いそうです」

 

「親御さんには話した?」

 

「はい。さっき話しました!」

 

 理解が得られたかはまあ、止められはした。

 

「分かった。それでは少し待つから着替えなさい」

 

 制服へと着替えた後、緑谷はオールマイトと共に学校へと戻る。

 

 戻って来たのだという実感と共に、教室のドアを開く。

 

「みんな、おは……」

 

 A組の生徒たちの視線は、緑谷が入って来た前のドアではなく、後ろへと向けられている。

 

「麗日さん、今度の文化祭一緒に回りませんか?」

 

 周りの視線が向けられる中、古瀬が麗日にそう言って誘う。緑谷の顔が硬直する。

 

 麗日は狼狽えながら目を丸くして周りを見回したのち、顔を赤くして小さく頷く。

 

「い、いいよ……」

 

 周りが賑やかすように声を上げる。緑谷の顔がさらに硬直する。

 

 飯田が緑谷の存在に気付くが、再起動するまでにしばらくかかった。

 

 

 

 早朝、古瀬はまるで何事もなかったかのように登校する。

 

「おはよう」

 

「あ、やっと登校してきた」

 

「遅いぞ」

 

 苦笑しながら返事をしつつ、古瀬は席に着く。

 

「お前がいない間に文化祭の出し物が決まったぞ」

 

「そうなんだ。何に決まったの?」

 

「演劇。ロミオとジュリエットとアズカバンの囚人~王の帰還~」

 

「楽しそうな演目だね」

 

「お前は裏方な」

 

 そうこう話していると、ブラドキングが教室にやって来る。

 

「古瀬、授業に出る気になったのか。今まで休んでいた分の補習を行うから、あとで職員室まで来るように」

 

「あはははは、これから君はしばらく補習続きだね!」

 

「やってくれるだけ、ありがたいですよ」

 

「それが分かっているなら、今度は真面目に受けろよ」

 

「ご迷惑をおかけします」

 

 休み時間に、古瀬は職員室に行って補習の予定表を貰う。これから先、しばらくは補習が続きそうだった。

 

 古瀬が教室に戻るとA組の前に上鳴がいた。

 

「上鳴くん、久しぶり。A組って文化祭何するの?」

 

「生演奏とダンスでパリピ空間の提供!」

 

 上鳴はぐっと親指を立てて、決め顔で言う。

 

「……楽しそうだね」

 

「何だよ、いいだろパリピ空間! うちの耳郎は音楽に関しちゃすっげーんだぜ。カッケー演奏するから見に来いよな!」

 

「楽しみにしているよ」

 

 そんな会話をしていると、峰田が凄い表情で睨みつけてくる。

 

「おうテメェ、昨日はお楽しみだったみてぇじゃねえか」

 

「昨日?」

 

「白を切るんじゃねぇ! 昨日麗日に抱き付いてただろうが!」

 

 峰田は教室の中にいる、麗日を指さす。

 

「ちくしょう、オイラは女子更衣室すら覗けないってのに、おめぇとオイラの、何が違うっていうんだよ!!」

 

 何だろうね、と古瀬は少し困ったような表情で峰田を見る。上鳴は峰田の肩を叩いてる。

 

 そんな話をしていると芦戸が寄ってくる。

 

「二人って付き合ってるの!」

 

「そうだったのか!?」

 

「初耳だ」

 

 周りに質問されて古瀬はたじろぎ、少し困った様子で否定する。

 

「そんなんじゃないよ。ねえ?」

 

 麗日の方を見ると、顔を真っ赤にして視線を逸らしている。

 

「う、うん……」

 

 麗日は満更でもなさそうな反応だった。あまりにも分かりやすくて、逆に周りの多数は何も聞けなくなる。

 

 古瀬は『えっ、何で?』という反応だった。

 

 

 

「どういうことなの……」

 

 次の休み時間、古瀬は青山に尋ねる。青山は鏡を見ながら、めんどくさい話だなあ、と思っている。

 

「麗日さんは緑谷くんの事が好きなのかと思ってたんだけど」

 

「じゃあ何で抱き付いたりしたのさ?」

 

「一般男子高生だから、そういう機会があればやりたかったんです!」

 

 青山はかなり呆れている。

 

「確かに彼女は彼に好意を持っていたと思うよ。でも人の心は移ろいやすいものさ。好きな人が変わる事だってあるものだよ」

 

「そうかなあ?」

 

 そう言われても、古瀬にはあまり理解できなかった。普通ならそりゃそうだろうが、記憶の中の物語では主人公とメインヒロインであった。

 

 メインヒロインが主人公とくっつかない事なんてあるだろうか。割とあるか。

 

 ただ、メインヒロインと主人公の関係が希薄だと、この先まずいのではないかと古瀬は思った。

 

 主人公とメインヒロインだから、この先何かしらのイベントが用意されているはず。愛によるパワーアップイベントとか、ラスボス戦前の告白、メンタルケアとか、そういった物があるのではないかと予想する。

 

 その程度なら別にいいのだが、ここがセカイ系とかなら世界が滅ぶ。そういった物語ではなかったとは思うのだが、その可能性もゼロではない。

 

 それとも途中で死亡して、メインヒロインが変わるのだろうか。確かにそういった物語もあるにはあるが。

 

「でもそこまで好印象を持たれる理由が分からないんだけど」

 

「親しくなった切っ掛けに、何か心当たりはないのかい?」

 

「心当たり……」

 

 一緒に遊んだり、浴衣姿を可愛いと言ったり、同じ職場体験に行ったり、したことを思い出す。

 

「無くはないけど。でも大体、他の人と一緒だったよ。二人で行動したのなんて、職場体験の時くらいじゃないかな」

 

 主人公より好感度が高くなるか? クラスが違うため古瀬は知らないが、緑谷は恋愛イベントを全く行っていない。

 

 恋の鞘当てになるかな、と思ったら、こいつ何もやってねえ。プレゼントがクリスマスイベントのランダム品ってお前。

 

 ヒーローになるのを頑張って、相手が勝手に好きになってくれるタイプ。

 

「彼女の事は好きじゃないのかい?」

 

「そんなことはないけど。彼女だってできるなら欲しいし」

 

 ただ後々、やっぱりデクくんが好き、とか言って寝取られそう。そう思うとあまり乗り気にはなれなかった。

 

 うだうだ悩んでいると、青山があっさりとした口調で言う。

 

「別に彼女が、君の事を好きと決まったわけじゃないと思うよ」

 

「……それもそうか」

 

 悩みを振り切った様子で、古瀬は立ち上がる。

 

「ちょっと行ってくる」

 

「アデュー☆」

 

 古瀬はA組の教室へと向かう。

 

「失礼します。麗日さんいますか」

 

 さっきの今度でA組の生徒の注目が集まる。古瀬は麗日の姿を見つけてそちらに近づく。

 

「麗日さん、今度の文化祭一緒に回りませんか?」

 

 要するにデートのお誘いである。周りの生徒はどう反応するのか、固唾を呑んで見守る。

 

「い、いいよ……」

 

 周りから喚声が上がる。何となくその時に、告白するのだろうと想像する。

 

 古瀬は面倒だから、告白してさっさと振られてしまおうと思った。中途半端でいるよりも、関係性をすっぱり決めてしまいたかった。

 

 大勢の前で言ったのは、緑谷の危機感を煽るため。文化祭まで二十日以上あるし、好きならその間に何とかするだろう。

 

 そんな事を思いながら、古瀬はしばらく補習漬けの日々を送った。

 

 

 

 古瀬は補習のせいで文化祭に実質不参加のため、空いている時間に少しだけ作業を手伝っていた。その際に、少しだけ違う被り物を作る。

 

「何だそれ?」

 

「チェンソーマン」

 

 古瀬はチェンソーマンのマスクを被る。

 

「家の仲が悪くて結婚できない? だったら登場人物全員を殺せば二人は結ばれるってことだよなあ! ハッピーエンドへの道筋が完成しちまったぜエエ~!!」

 

「無茶苦茶だ」

 

 なお、それを聞いて取蔭は爆笑している。

 

 そんな事がありながら、古瀬は補習漬けの日々を送っていた。他の事をする余裕が無く、麗日と会うことも殆どなかった。

 

 補習は古瀬と緑谷の二人が受けており、互いに少し離れた場所に座っている。この二人の間に会話はほぼ無く、古瀬と教師が話す事が多かった。

 

 そんな中、古瀬はオールマイトに呼ばれて相談室へと向かう。少し聞きたいことがあるとの事だった。

 

「時間を取らせてしまって申し訳ない」

 

「この後も補習がありますからね。それで、聞きたい事とは何でしょう?」

 

 何となく察しつつも、古瀬はオールマイトにそう尋ねる。

 

「君が緑谷少年に渡した薬についてだ」

 

 古瀬は少し考えて、周りに視線を巡らせる。

 

「その、緑谷少年がこの事を私に話したのは、不安があったからなんだ。話してしまった彼の事を、どうか責めないであげてほしい」

 

「別に気にしていませんよ。本当に話さないなんて思っていませんでしたから」

 

 しかし誰かに話している時点で、信頼を裏切っているとは言える。

 

「彼にも悪気があったわけではないんだ」

 

「……渡した物についてですが、ここでの話に守秘義務はありますか? 誰にも言わないというのであれば、オールマイトには教えておきましょう」

 

 オールマイトは誰にも漏らさないと明言する。信じましょう、と古瀬は本当はどう思っているのか分からない様子で笑う。

 

「オールマイトはドクターを知っていますか?」

 

「ドクター?」

 

「僕も詳しくは知りませんが、AFOの部下か協力者か、そんな感じの人物だと思います」

 

 その言葉を聞いて、オールマイトは驚く。

 

「君はAFOについて知っているのか! いや、青山少年の時からか?」

 

「詳しい事はほとんど知りません。ただドクターという人物がいて、その人なら彼らの傷を治せるのではないかと思い接触を試みました」

 

「馬鹿な、危険すぎる!」

 

「そうですね。実際、どれくらい危険なことだったのか、あの時の僕は分かっていませんでした。軽く探っただけで脳無を差し向けられましたよ」

 

 オールマイトは呆れつつも、話の続きを促す。

 

「その後、協力、交渉、まあ色々な経緯を得て、僕は彼らが持つ資料を手に入れました」

 

「その色々、の部分を是非とも聞かせてほしいものだが」

 

「色々は色々ですよ。それで、本当はその資料を渡したかったんですけど、内容が思った以上にやばくて、他の人の手に渡ると悪用されかねないのでこちらで破棄することにしました。役立ちそうな研究も殆どありませんでしたしね」

 

 オールマイトはもっとこちらを信用するように言ったが、この点に関して古瀬は譲らなかった。

 

「そして僕はその資料を使って、あの食べ物の作成を行いました」

 

 ちなみに、サポートアイテムとしての手続きも、病院の審査も、製造承認も、使用に必要な手続きは全て行っている。

 

「つまりその食べ物は、AFOの作った技術から生まれたという事か」

 

「そしてこの話をオールマイトにした理由ですが、この食べ物と似たような物をドクターも作れます」

 

「まさか……」

 

「AFOは全快している可能性があります」

 

 Shit! とオールマイトは吐き捨てる。

 

「確かなのか?」

 

「実際の所は分かりません。ただその可能性はあると考えておいてください」

 

 オールマイトは唸り声を上げる。

 

「しかし、君の行動は危険すぎる! 無茶のしすぎだ!」

 

「そうですね。自分でもそう思います。この短期間で最低でも三度以上死にかけました。二度とやりたくはありません」

 

「古瀬少年、確かに君の力は素晴らしいものだ。君がいなければ、彼らはヒーローとしての道を閉ざされていただろう。だがそのために、君自身を犠牲にするような真似をしてはいけない」

 

 オールマイトは力強く、諭すように語りかける。

 

「確かにAFOの技術を使うなど全員が反対するだろう。それしか手がないのであれば、それを手に入れようとする気持ちも分かる。しかしその行動は周りの信頼を大きく損ねることに繋がりかねない。焦って行動しないでほしいんだ。もう少し周りを頼って、信頼できる人に相談してから行動してほしい」

 

「はい」

 

 古瀬は小さく頷く。

 

「この事は私の胸に仕舞っておこう! 貴重な情報提供に感謝するよ! それでは!」

 

 そう言って、体から煙を出しながらオールマイトはその場から立ち去る。

 

 ちなみにこの会話、情報共有という点で言えばカスである。

 

 古瀬は警察がドクターを探していることや、その重要性について何も知らない。そのため聞けば話すのに、隠す形になっている。

 

 そして瞬間移動の存在を知らないから、どうやって接触したのかも分かっていない。

 

 その後、古瀬も部屋から出て補習へと向かった。

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