古瀬は町から少し離れた山中へと足を運ぶ。その場所は割れた岩が多数散乱しており、人があまり来ない場所であった。
施設の建物が倒壊した後、古瀬は別の施設へと移ることになった。そこに元居た施設の子供はおらず、幸いなことに彼が常に恨みを押し込める必要は無かった。
その施設は元居た土地から離れた場所にあった。山間の小さな町にあり、その辺り一帯はどことなく寂れているように見える。
かつて栄えた町が、人口の減少に伴って、いくつもの廃墟を生み出した。そんな跡地がこの町にはいくつも存在する。
周りを山に囲まれており、少し歩くとすぐに人の居ない、訓練に適した場所へと辿り着く。ただし全く人が来ないわけではなく、たまにハイキングが趣味の人間と遭遇する。
古瀬は足で押して、岩の状態を確かめる。その大きさを見て問題無いと判断した後、呼吸を整えて、岩に拳を放つ。
刹那の衝撃によって、岩は粉々に砕ける。古瀬は拳にバンテージを巻いていたが、その下からじんわりと血が滲む。
「二重の極み、か」
この世界は、現実なのだろうか。自分が見ている夢ではないだろうか。
事故の後から、古瀬は二重の極みを使えるようになった。まるで切っ掛けを掴んだから使えるようになったかのように、漫画の技を使うことができるようになった。
古瀬がそれを喜んだかと言えばそうではない。自分が二重の極みを使えるのは、ここが現実ではない、妄想の中だからではないかと思った。
自分は既に死んでいて、その続きを夢のように見ているだけ。あるいは、自分はまだあの空洞の中に居て、死ぬまでに見ている走馬灯か。
死の間際に見ている泡沫の夢か、死の後に見ているエンドロールか。いずれにせよ古瀬は、自分はあそこで死んだのだと思った。
古瀬はこの世界に、どこか現実感が無かった。現に、自分はあの時に死んだのだと思うと、それは正しいのだろうと感じる。
だとすれば、もしここが夢の中なら、自分は何だってできるはず。空想に過ぎない漫画の技も、妄想に過ぎない未来の技術も、願えばなんだってできるのだ。
どのような恥を晒そうと、馬鹿みたいな行動をしようと、現実には何ら傷跡を残さないのだから、怖いものなど何もない。
そう思った古瀬は、まずは漫画の技の再現を目指すことにした。無個性の人間を集めて、彼らにも力を与えられないかと思った。
これが誰にでも使える技術なら、彼らにも使えるかもしれない。自分一人だけが力を手に入れても、意味が無いと古瀬は思った。
今の所、成果は一向に上がっていない。しかし、二重の極みを習得した経験から、できるという確信が彼にはあった。
二重の極みができるという事を、他のメンバーには教えていない。理由はこの技がものすごく腕に負担の掛かる反動技で、今はまだひと月に数発しか打てないためである。
教えてくれと頼まれても、その危険性もあって、絶対に教えることができない。もし使えてしまえば、当人と周囲の両方が危なくなると古瀬は思った。
だからこうして、偶に人が居ない所で試し打ちをしている。最も反動だけは、今の所どうしようも無かった。
ある日、黒瀬が道場に行くと、中に見た事の無い大型の機械がいくつかあった。それらを使って古瀬たちが何かをしている。
おそらくは何かを調べるための物と思われる機械の横で、古瀬が培養液のような液体の中で何かを作っている。
周りの人間は興味深そうに、少し遠巻きにその様子を見ている。直接その作成に関わっているわけではなさそうだった。
「えっ、何これ?」
「古瀬が何か作ってんだよ。何を作ってるのかは俺もよく分かんないけどさ」
その少年は一応、古瀬から何を作っているのかは聞いている。しかし説明するとなると、それを上手く正確に伝える自信が無かった。
「何作ってるの?」
「うん?」
丁度、古瀬の作業が終わる。大きな容器の中から取り出した物は、手袋であった。
「何これ。手袋?」
古瀬は水で、その手袋に付いたぬめりを洗い流す。手袋は毛糸ではなく、ゴムに近い黒色の素材であった。
この建物には水道も電気も通っていないため、外付けの雨水タンクと発電機が増設されている。捨てられたゴミから古瀬が作った。
「ちょっと待ってて」
古瀬は手袋を洗ってから軽く乾かす。そして手袋の前に作って乾かしていた靴を、流し台の方から持ってくる。
「着けてみて」
古瀬は手袋と靴を身に着けるように黒瀬に言う。彼女は一瞬躊躇ったが、不承不承といった様子でその言葉に従う。
「それとこれを巻くから、ちょっと手を上げて」
古瀬は腰袋の付いたベルトを黒瀬に身に着けさせる。その中にはバッテリーが入っており、それなりに重量があった。そしてベルトから伸びるコードを靴と手袋に差し込む。
動けはするが、コードのせいで少し動きにくい。自身の後ろ姿を見ていると、古瀬が準備を終えて後ろに下がる。
「これでよしと。それじゃあそこの壁に、手をついて登ってみて」
その言葉を聞いて、周りに少し動揺が走った。そんな事できるのかと、まさかそんな事がと、懐疑的な雰囲気だった。
黒瀬はそう言われて、迷わずに両手と片足を壁につける。壁は完全な垂直で、普通ならそのまま登ることはできない。
黒瀬は最後の足を持ち上げる。手足が完全に床から離れ、その時、彼女は完全に垂直な壁に張り付いていた。
周りから歓声が上がる。ただ一人、古瀬のみが憮然とした表情だった。
「どうなってんだ、これ」
「何をやったんだ!?」
やって来る他のメンバーに、落ち着くように押し返しながら古瀬は言う。
「部分的に個性を再現しただけだよ。個性を持った人の協力を得られたから、調べさせてもらったんだ」
個性が使えるようになったのかと周りが沸く。そんな彼らに対して、古瀬の言葉は冷めたものだった。
「違う。部分的にと言っただろう。その人の個性は『滑走』、本来は移動するための個性だ。その中に接地する特徴もあったから、その部分のみを再現したんだ」
違いが分かっていない周りはそれでも沸き立つ。古瀬は流石に、少し呆れた様子だった。
「つまり個性を完全に再現したわけじゃないってこと?」
壁を登っていた黒瀬が、降りてきて古瀬にそう尋ねる。
「そう。あくまで個性の一部分を技術的に再現しただけに過ぎない。喜ぶようなことじゃないよ」
「でも一部分でも再現できたなら凄いんじゃない?」
「そんなわけがない。使用するためには外部電力が必要だし、持続時間にも問題がある。ただの個性の劣化品に過ぎないよ」
黒瀬は跳躍して天井に張り付く。そのまま両手だけを付けて、天井を移動していく。
「というか、個性って再現できるものなんだな……」
「別におかしなことじゃないだろう。電気も、炎も、爆発も再現できるんだから。違うのは出力だけだ」
そういうものかなあ、と楽田は首を傾げる。確かに再現として考えると、そういう事なのかもしれないと思った。
「これって、完全に再現できないのには何か理由があるのか?」
「予算の問題。まあ、完全に同じものは作れるかもしれないけど、結局個性の劣化にしかならない気がするな」
「これを身に着けて、俺達も個性が使えるぜ、とはならないわけか」
「そういう事だな」
古瀬は黒瀬を呼んで、手袋と靴を回収する。勝手に使わないように、バッテリーと分けて保管することにした。
「ところで、よくこんなものを作る金があったな」
「金なんて無いよ」
「じゃあどうやって作ったんだ?」
「ゴミ捨て場とかから部品を取ってきて作った」
「冗談だろう?」
「この世界はやろうと思えば、何だってできるものだよ」
作ったのは手袋と靴だけではない。個性を調べるための装置から、手袋と靴を作るための装置まで、それら全てを捨てられているゴミから作ったと言っている。
流石に冗談だろうと思ったが、古瀬は真顔だった。聞いていた少年は、何が何だか分からず困惑する。
それが彼らにとっておかしい事だとは理解しているので、古瀬は冗談っぽく揶揄うように笑った。それを見て、少年は何だ嘘か、と納得して信じた。
武闘家の協力を取り付けた古瀬たちは、その人物が住む家へと向かう。そこは古風な木造の日本屋敷だった。
屋敷の中には小さめの訓練場、道場がある。古瀬たちはそこへと通され、初老の男性、道医の個性を見せてもらうことになった。
「私の個性は放出、体の中にあるエネルギーを体の外に放つことができる」
「そのエネルギーは気と呼ばれるもので、元来人の中にあるもの。そうですね?」
その通りだ、と道医は頷く。ありがとうございます、と古瀬は顔を強張らせて頷く。
「気を扱うには流れと体の基礎を作ることが肝要。まずは初歩的な事から教えよう」
いや、と言って古瀬は帯を締め直す。戦うつもりで道医の正面に立った。
「実際に受けてみて覚える。手合わせを願いたい」
道医は難色という程ではないが、少し躊躇いはある様子だった。本当にやるつもりなのかと、再度確認をする。
「よろしいのかね?」
「構わない。本気でやってくれ。そのくらいでなければ、きっと覚えられない」
HUNTER×HUNTERでもそんな感じの事を言っていた。記憶の中から古瀬はそんな事を思い出す。ちなみにそのシーンはラモットがコルトを殴るシーンで、台詞は『かまわん。おそらくそのぐらいでないと意味がない』である。
道医は並々ならぬ妄執を感じたのか、古瀬の正面に立って構えを取る。周りにいたメンバーは、その場から少し距離を取った。
道医の気を纏った拳が古瀬へと迫るが、古瀬は体を回転させてそれをそれを逸らす。直接気というものに触れるが、特に何か特別な物を感じはしなかった。
しかし次の瞬間、古瀬の体が横に弾かれる。拳は完全に外れていた。だからそれが気によって行われたと気付くのに、さほど時間は掛からなかった。
「……なるほど。放出、か」
傍から見ると、その戦いは一方的な物であった。道医が繰り出す攻撃に、古瀬は手も足も出ていない。
ただそれには、古瀬に攻撃するつもりが無いというのもある。彼の目的はできるだけ気を受けて体感する事であり、万が一にも相手を倒してしまうことは避けたかった。
実力は道医が上である。反撃する余裕も実際乏しい。だから古瀬は、完全に回避と受けに専念していた。
長く体感するためには倒れてはならない。そのかいもあって、古瀬は少しずつ道医の攻撃を見切り始めていた。
道医は気を体のどこからでも放つことができるが、その技術そのものは大したことが無い。放つ範囲が広すぎて威力が分散しており、また放つ気の量も大雑把であった。
そのせいで有効射程が短く、その距離が分かればある程度は避けられる。また、自らの意志で放出を行っているため、どうしても攻撃が一テンポ遅れている。
このまま続けば自分が削られ切るだろうが、それは放出の余波によってであり、それくらい道医の攻撃を回避できている、というのが古瀬の見立てであった。
あまりに回避が続くため、道医は苛立った様子で距離を取る。
「小癪な。よかろう。我が最大の技を持って相手をしてやろう」
道医はおそらく力を溜めているのだろう。外見的な変化はほぼ無いが、威圧感が増している。
「古瀬、チャンスだぞ!」
古瀬はその言葉には反応せず、相手の攻撃を待った。どのようなものか識るために、完全に受けるつもりだった。
「天翔波!」
道医の全身から光が放たれる。両腕を前に突き出すと、光は巨大な衝撃となって古瀬へと突き進む。
古瀬は顔の前で腕を交差させ、仰け反らないように重心を前に倒す。一瞬耐えたかに見えたが、すぐに体が浮いて後ろへと吹き飛ばされる。
衝撃は道場の壁を破壊して、壁ごと古瀬を外へと吹き飛ばす。それを見て大丈夫かと心配になった仲間たちは、外に出て古瀬の様子を見に行く。流石にやり過ぎたと思った道医も、彼らと一緒に後を追う。
古瀬は壁の破片と共に地面に転がっていた。大丈夫かという呼びかけに対して、腕を上げて大丈夫という意思を示す。
体を動かすが、特に痛みは無い。自分で見た限りにおいて、傷は無さそうだった。
周りから安静にするように言われるが、まだ戦れるといって古瀬は立ち上がろうとする。しかしその振る舞いを道医に叱責される。
「馬鹿者が。無茶をするでないわ」
道医は古瀬に、外的な怪我が無いことを確認する。痛みが無い事を申告するが、周りの不安の声は消えなかった。
「念のために病院に行くぞ」
「いや、いいよ。金が無いし」
「バカモン。それくらい私が出してやるわ!」
道医は車に乗せて、古瀬を病院へと連れていく。他のメンバーには基礎的な訓練の仕方を教えて、それを行うように伝えた。
病院で検査を受けるとが、古瀬の体に特に問題は無かった。病院を出た後、古瀬は帰宅し、道医は道場に戻って、他のメンバーに改めて稽古をつけた。
古瀬たちは、自分たちの拠点に集まって訓練を積んでいた。時刻は夕刻、その場にいるのは七人、その多くが組み手をしている。
古瀬は木の棒の上に板を立てて、自身の手に気を集中させる。それはやがて青白い光として掌に現れる。
「波掌撃!」
古瀬は掌を木の板へと放つ。木の板は真っ二つになり、支えていた棒ごと数メートル程後ろに吹き飛んだ。
周りの人間が手を止めてそちらを見る。跳んできて危ないなあ、という事ではなく、古瀬が手に入れた異能に見惚れていた。
自分たちもあれを手に入れられる。そんな可能性を示す光景に、そのために行うべき行動がそれではないと分かりつつも、目を奪われずにはいられなかった。
「大したもんだ」
「この程度はできて当然だよ。それでも、だいぶ使えるようになってきたかな。まだ放つって程には使えないが」
「えっ、すごい。何それ?」
数日ぶりに来た黒瀬が、初めて見る光景に驚愕する。もう一回やってと古瀬にせがみ、古瀬は空中に向けて波掌撃をもう一度放つ。
「これどうやってるの?」
「掌に気を集めて、放ってるだけ」
もう一回やってと黒瀬がせがむがと、古瀬は掌に気を集めて見せる。
「それって私にもできるの?」
「できると思うよ」
たぶんね、と冗談ぽく笑う。黒瀬はやる気を出した様子だった。やり方を教えてほしいと、勢い良く頼む。
この気という技術は道医から学んだもの、ではない。彼だけではなく、他の似たような個性を持った複数の人から教わったり学んだり、指導や協力を得ることによって習得に至った技である。
古瀬の習得に激発されてか、この場の人間にいる士気は高かった。実際に気の存在を知覚させ、使い方を教えられる古瀬の指導もあって、彼らも次第に気の使い方を学んでいった。
「波動拳!」
気の塊が的へと命中する。その光景を見て、古瀬は頷く。
「うん。この技、室内で使うのは危ないな。外で使えたらいいんだけどな……」
「外で使ったら警察に捕まるからな。無個性だって言っても信じてもらえないし……」
古瀬たちは気の使い方を覚えたものの、次第に抑圧を感じるようになっていった。
「これが個性持ちの気持ちってことかね」
「力があっても使えない。そりゃあ、ヴィランがいっぱい現れもするよねえ」
現状、彼らは意気消沈しており士気も低い。訓練も止めており、今は座り込んで横に並んで、外の雨を見ている。
古瀬はそいつらを無視して、やる気のある面子と話し合っていた。その内容は、これから先どのような訓練を行うかについてである。
現状使えるのは、気による身体能力の上昇と、近距離への放出技。今使える技を伸ばすこともできるし、別の技を模索することもできる。
今使える技を伸ばすのは、訓練すればいいだけである。しかし別の技の習得に関しては、それが可能なのか、全ての技量が中途半端になるのではないか、その技を習得したとして役に立つのかなど、様々な不安要素があった。
古瀬としては、今はまだ技の模索をするべきだと考えていた。使う技の選択肢を絞るのは、その後でいいと。
「今は様々な事を模索していこう。実は前々から、やってみたいと思っていたことがあるんだ」
古瀬は掌に気を集める。それは青白い光となって掌に現れる。
「萬國驚天掌みたいに、気を別の物へと変換することはできないかと思うんだ」
萬國驚天掌はドラゴンボールで使用される技である。亀仙人の技の一つで、体内の電気を増幅して両手から放電する。
「今の所は全くできていないけどね」
古瀬は掌の気を霧散させる。聞いていた少年は、なるほど、と言って少し考え込む。
「いいんじゃない? やってみようよ」
横にいた黒瀬が同意する。少なくとも彼女は乗り気な様子だった。
「後は、舞空術も覚えたい」
「舞空術? 何だそれ?」
「空を飛ぶための技だよ。漫画でそういう術があるんだ」
「へえ、どんな術なんだ?」
「さあ?」
鶴仙流の技である事、気を使った技であることは知っているが、具体的に何をどうやっているのかについて古瀬は知らなかった。
「何かオーラを纏って飛んでいたから、気と一緒に自分も飛ばすんじゃないか?」
「危なそうな技だな……」
あるいは気を放出してその反動で飛ぶのかもしれないとも考えるが、その方法だと気の消費が激しそうだと古瀬は思った。そんな脳筋飛行法ではなく、もっと夢のある方法で飛びたかった。
「はい、全員集合。訓練を始めるよ!」
古瀬はその場に居る面子を呼び集める。彼らはノロノロと、気怠そうな様子で集まってくる。
習得したい技は決まったが、今はそのやり方が全く分かっていない。もしかすると、自分だけでは習得できない事もあるかもしれない。
しかし自分にはできなくても、この中の誰かは習得できるかもしれない。自分には無い視点をもって、自分には無い発想で成功させるかもしれない。
必ずしも自分が編み出す必要はなく、誰かができたら、その人に教えてもらえばいいと古瀬は考えていた。
そのために人を集めたと言ってもいい。古瀬にとって彼らは道具に近く、仲間意識はあるが大事という程ではない、そんな感じの存在だった。
こうして彼らは、気を他の物へと変換する技と、舞空術の習得を目指すことになった。