八百万たちが泊まっているホテルの扉がノックされる。警戒しつつドアスコープから外を窺うと、根津の姿がそこにあった。
「根津校長!」
「無事だったんですね!」
「君たちには苦労をかけたね。話がしたいから来てほしいのさ」
四人は根津校長が本物か、一度相談する。現状、調査に進展は無いし、仮に罠だとしても乗ってみる事にした。
向かった先は飲食店の個室、そこには髭を生やした黒髪の男がいた。初め四人はそれが誰か分からなかったが、よく見た結果、オールマイトだと気付く。根津もいつの間にか、誰か分からないように変装をしている。
「オ……」
「しー、私が今ここに居る事は秘密にしてくれ」
「生きてらっしゃったのですね」
八百万は小声でそう尋ねる。
「ってことは、あのヴィランを倒したのはやっぱりオールマイトだったってことか!」
「うむ。まあ、概ねそんな所だ」
根津と相談した結果、オールマイトがAFOを倒した、とすることにした。
「これまでお二方はどちらに?」
「他の生徒たちを救助したり、レジスタンス組織の結成を行っていたりしたのさ」
「レジスタンス組織! そうだ、デクくんが病院にいるんです!」
「安心するといい。今、リカバリーガールに見てもらっている所さ」
四人はそれを聞いて安堵する。
「君たちの方は、これまで何があったのかな?」
四人はこれまでの経緯について話す。避難所での生活、雄英が破壊されていた事、一度分かれて実家に戻った結果、家が破壊され家族が誘拐されていた事などを。
「やはり君たちもか。我々も誘拐された人を探しているが、見つかっていないのが現状だ」
「他にもそういった人が何人かいるのさ」
それを聞いて三人は消沈する。八百万は彼らを励ます。
「取り敢えず今日はゆっくり休んで、と言いたい所だけど、君たちにその必要は無さそうなのさ」
「君たちはずっとホテルで暮らしているのかい?」
「はい。私たちを支援してくれる方がいて、その方のご厚意に甘える形でここに泊まっています。大吾という方なのですが、ご存じでしょうか?」
聞き覚えが無い、と根津とオールマイトは首を横に振る。
「それはどういう人なんだい?」
「バイクに乗った、ヒーローのような見た目をした方です。私と峰田さんも捕まっている所を助けていただきました。本人曰く、ヒーローになれなかった人間だそうです」
「ヒーローではないのかい?」
「本人が言うにはそうです」
そのような人がいるのだと、二人は頭の片隅にとどめておく。
「君たちは、仮免の更新に行ったかい?」
「いや、行ってないよね?」
「うん、行ってない」
「それならいいのさ。それよりこれからだけど、僕たちに協力して欲しいのさ」
根津は四人に頭を下げる。それに続いて、オールマイトも同じように下げる。
「全面決戦では、僕たちの見通しの甘さから君たちに辛い思いをさせてしまったのさ。本来守るべき君たちを守れず、雄英高校の殆どの生徒を死なせてしまった」
その話を聞いて、四人は顔を強張らせる。どうなったか不明だったのが、大勢の死へと確定する。
「僕たちにはもう、君たちに戦えと命じる事はできない。君たちの意志に縋るしかないのさ。敵は国を乗っ取った巨大ヴィラン、これは学校の授業ではなく、ただのレジスタンス活動に過ぎない」
「君たちを守れなかったことを謝罪させて欲しい。その上でどうか、我々と一緒に戦ってはくれないだろうか」
「繰り返しになるけど、これは授業じゃない。ヒーロー活動ですらない。本来は君たちを巻き込むべきではない事は分かっている。その上でお願いしたい。僕たちに力を貸してはくれないだろうか」
その言葉に、すぐに反応したのは峰田と芦戸だった。二人はすぐに了承する。
「この峰田さまの力が必要ってことか。もちろん力を貸してやるぜ。なあ?」
「私たちにできる事があるならやるよ!」
対して、麗日はあまり乗り気ではなさそうだった。
「私は、少し考えさせてもらってもいいですか」
「私の回答は、麗日さんが決めるまで保留とさせてください」
「分かったのさ。ただ僕らは、何人かが捕まっている施設への、救出作戦を行うつもりなのさ。参加する意思があるなら、それまでの決めて欲しいのさ」
その日はそれで解散となる。それから八百万は、休憩エリアにいる麗日に話しかける。
「隣、宜しいでしょうか。何か悩んでいることがおありなようでしたので。困っていることがあるようでしたら、相談してください!」
八百万は頼りにされるのが好きなタイプだった。
「ありがとう、百ちゃん。でもそんなに大した事やないから」
「そうですか。ですが、一人で思い悩まないでくださいね」
大丈夫、と言って麗日は歩いて行く。それから彼女は、緑谷のお見舞いに向かう。
緑谷はリカバリーガールによって、かなり動けるまでに回復する。手足にはオールマイトによって用意された義手と義足を取り付けて歩いている。
「もう動いていいの? その腕カッコいいね」
「麗日さん! 実はオールマイトに用意してくれたものなんだけど、性能はそんなに良くないって言うんだけど全然そんなことなくて、軽いし物を掴めるし、すごく使いやすくて」
そうなんだね、と麗日はそれを見て笑う。
その表情がどことなくぎこちないと緑谷は感じる。
「デクくんも、救出作戦に参加するの?」
「オールマイトに聞いたんだ。救出作戦を行う施設には、かっちゃんたちが捕らわれているんだって。僕はかっちゃんを救けたい! 僕はこうなっても行きたいんだ!」
麗日はどうなのかと緑谷は尋ねる。行くか保留にしていることは知らないが、どことなく迷っているような気がした。
「死柄木弔を倒したとして、何か変わるのかな? またどこかでヒーローが人を殺して、そうやって平和を保っていくことになるんやないかな」
ヴィランとヒーローが入れ替わるだけで、何も変わらない。自分たちが人質を取られて強要されているように、今度は別の誰かにそれが行われる。
「勝った先に、みんなが笑える社会はあるんかな?」
「僕も、同じこと考えてる。それは茨の道だって。それでも、余計なお世話でも手を差し伸ばしていけば、きっと、必ず!」
その言葉を聞いて、麗日は笑う。
「デクくんらしいね」
麗日は歩き出す。緑谷から離れて、遠ざかっていく。別れの挨拶を言って、彼女は部屋から出ていった。
それから少しして、緑谷の病室に別の人物が入ってくる。
「やあ、緑谷くん」
「青山くん! 君もオールマイトたちと一緒に?」
「……ああ、そうだよ。緑谷くん、一緒に来てくれないかな」
オールマイトは何人かの生徒を助けた、と言っていた。青山もその一人だろうと思い、緑谷は彼の後に付いて行く。
二人は病院から出て、少し離れた場所へと向かう。病室に誰も居ない事に気付いた看護師が、オールマイトに連絡する。
「何、緑谷少年が居なくなった?」
「緑谷? 緑谷ならさっき、青山と一緒にいる所を見かけたよ?」
「何!? いかん! 全員手分けして緑谷少年を探すんだ!」
どういう事かと困惑しつつも、芦戸と峰田は緑谷を探す。
一方で、緑谷と青山は病院から離れた住宅地を歩いていた。未だ復興が進んでおらず、倒壊した家の前で青山は足を止める。
「ここは?」
「僕の家だよ。もっとも住んでいたのは寮に入る前までだけど。ヒーローに守ってもらえば大丈夫だと思った。バレてしまったけど、これでよかったんだってあの時はそう思えた」
「青山くん?」
緑谷は青山の様子がおかしい事に気付いていた。それでもなお、ここまで付いてきた。
「大災害の後、死柄木が家に来たんだ。もう一度、僕の役に立ってほしいって。僕は抗うことができなくて……」
「青山くん!」
緑谷の叫びと同時に、ネビルレーザーが緑谷へと撃たれる。
「君を連れてくれば、裏切りは不問にするって。だから緑谷くん、僕は君の敵だ」
「青山くん、何を……」
「優雅、連れて来たのか!」
「よくやったわ、優雅! これで私たちはきっと助かる!」
家の敷地から、青山の両親と思われる人物が出てくる。二人は親しげな様子で、青山に寄りそう。
二人から離れてネビルレーザーを撃とうとする青山と、残り火で戦おうとする緑谷の所に、芦戸がやって来る。
「二人共、何してるの? ねえ、ちょっと止めてよ!」
この状況に芦戸は困惑している。緑谷は芦戸の方を見るが構えは解かず、青山も警戒はするが動かないとみると、緑谷に集中する。
芦戸は動けなかった。どうしていいか分からず、その場に立ちすくむ。
ネビルレーザーが緑谷へと直撃して吹き飛ばす。すぐに追撃が飛んでくるが、緑谷は体を捻ってそれを躱す。
「君たちは知らなかったんだね。USJの襲撃も、林間合宿も、僕が情報を漏らしたんだ。僕が、内通者だったんだよ……」
青山は涙を流しながらそう語る。芦戸は茫然とするが、緑谷は青山へと殴りかかる。
「どうしてそんな事をした!」
「僕が、クズのヴィランだからだよ」
「じゃあ、何で合宿でかっちゃんと常闇くんを助けようとしたんだよ!」
「あの日、助けたことになんて、何の意味も無かったんだ!」
ネビルレーザーが緑谷を弾き飛ばす。緑谷は転がって、瓦礫にぶつかる。
「常闇くんは、死んだよ。ホークスと一緒に、潰されて、切り刻まれて。僕は、ママンとパパンを、守らなくちゃいけないんだ!」
緑谷は青山を取り押さえようとするが、ばら撒かれたレーザーに当たって転がる。
「それでも、君が泣いているのは、AFOに喜んで従っているからじゃないだろ!」
緑谷はネビルレーザーに吹き飛ばされて転がる。
「じゃあ他にどんな道があったって言うんだ! この先に、どんな道があるって言うんだ!」
OFAは奪われた。現状で、死柄木に勝つ方法は無い。
「もう止めてよ。私たち、同じクラスの仲間でしょ!」
「僕は、自分が殺していたかもしれない人たちと、仲間の顔をして笑い合った。笑いあえてしまったんだよ。性根が腐ってたんだよ」
「脅されてたんでしょ! だったら、戻って来てよ……」
俯く青山を、両親が腕を掴んで引き止める。
「駄目よ、優雅。そんな事をしたらAFOに殺されてしまうわ」
「父さんと母さんを助けてくれ」
「親だったら、青山が本当にしたい事を応援してあげてよ……」
青山は何も言えなかった。地面をじっと見つめている。
「あの夜のチーズは、僕が気付けなかったSOSのサインだったんだ。罪を犯したら一生ヴィランなんてことは無いんだ。この手を握ってくれ、青山くん! 君はまだ、ヒーローになれるんだから!」
青山は手を取らずに、緑谷に向けてネビルレーザーを撃つ。それを見て緑谷は、残り火の力を大幅に使って、青山にスマッシュを撃とうとする。
青山の両親が、青山を庇おうと緑谷の前に出てくる。完全には止める事ができず、拳が青山の両親に当たる。
青山の両親は、黒い泥となって崩れ落ちる。二人が複製であったことに、緑谷と芦戸は気付く。
「もう、遅いんだ」
青山の口から、黒い泥が溢れ出る。緑谷が手を伸ばそうとするが、何も掴むことは無く、青山の体は転移して消える。
その後、二人はオールマイトたちに発見されて、病院へと連れて行かれる。そこで二人は、何があったのかを話した。
「青山が内通者ってマジかよ」
「黙っていてすまない。脅されていただけだったので、連絡を取らせなければ安全だと思っていた。全面決戦以降に、再び捕らわれたのだろう」
オールマイトはその場の人間に、青山についての詳しい説明を行う。緑谷は憮然とした表情で俯いている。
「どうして言ってくれなかったんですか」
「すまない。できるだけ彼が隔たりなく学生生活を送れるようにしたかったんだ」
「隔たりなくって、何も知らないまま笑って過ごせってことですか!」
「できるだけ穏便に済ませたかったんだ」
周りも完全に納得したわけではない様子だった。一度冷静になるために、その場は解散になる。
芦戸はまだ泣いている。麗日と八百万が付き添っている。
「私、何もできなかった。止めなきゃいけなかったのに、やめてって思うことしか」
芦戸は、コミュニケーション能力は高いが、他人との対立はできるだけ避けようとする傾向にある。元クラスメイトと戦う事に抵抗を感じていた。
「他にも、裏切った人とかいるのかな。私、嫌だよみんなと戦うの」
信じた道が必ず正しいとは限らない。このまま進むことに、彼らは不安を感じていた。
一方でオールマイトは、生徒たちの家族をどうにかして助けられないかと悩んでいた。
その方法に一つだけ心当たりがあった。古瀬への電話、これを使えば彼らの家族を助けることができるかもしれない。
しかし使えるのは一度だけ、この先もっと重要な場面があるかもしれない。ここで使ってしまっていいものかとオールマイトは悩んだ。
悩んだ末に、オールマイトは電話を掛ける。数度のコール音の後に古瀬が電話に出る。
『はい、どうかしましたか?』
「実は……」
オールマイトは生徒たちの家族が捕まっていることを説明する。どうにかして逃がすことはできないかと相談する。
『もう逃がしました。安全のために場所は教えません。他に何かありますか?』
「え、いえ、何でもないです」
『それでは』
通話が切れる。オールマイトはこの状況に困惑する。自分たちと古瀬との間で、情報共有が全くできていないことを痛感した。
なお、古瀬のことを話せないため、この情報はオールマイトと根津の間でのみ共有されることとなった。
五月末、古瀬が八百万たちの所へと向かうと、数十人のヒーローたちが集まっていた。何事かと思い、生徒たちの姿を探す。
八百万たちはベストジーニストと話をしていた。
「ヒーロービルボードチャート三位のベストジーニスト! ベストジーニストもこの作戦に参加するんですね!」
「ああ。だが、個性を奪われたため戦う事はできない。何ができるか分からないが、自分にできる事をするつもりだ」
ベストジーニストは全面決戦でAFOに個性を奪われた。同様の多くのヒーローが死柄木に降る中、彼は戦う事を選んだ。
ベストジーニストが去った後に、古瀬は八百万たちに話しかける。
「少しいいだろうか? これはなんの集まりなのかね?」
「久しぶり、という程でもありませんね。これですか?」
古瀬は施設へと、捕まった人の救出に向かうのだと教えられる。あくまで部外者としての立場をとっていたため、これまで古瀬には教えられなかった。
「正気か!?」
襲撃する施設の場所を聞いて古瀬は驚く。その施設は緑谷が襲撃して以降、警備が大幅に強化された施設であった。
決行日が今日であると聞いて、計画を止めるのは難しいと判断する。何とか八百万たちだけでも逃げられるようにできないかと計画を立てる。
古瀬は怪しまれないように、外部からの支援を担当すると申し出て、簡単な仕事を請け負う。それが終わった後に、変装を解いて施設に戻ることにした。
「相澤先生!」
ヒーローの中にいる、相澤の所へと五人は駆け寄る。相澤はどこか虚ろな目で、彼らの方を見る。
「先生も無事だったんだね!」
「芦戸、口の利き方に……いや、何でもない」
もはや雄英高校は無い。自分はもう教師ではないと、相澤は叱るのを止める。
「先生もこの作戦に参加するんですか?」
「ああ、そうだ。俺がやらなくちゃならないんだ」
ぶつぶつと呟きながら、相澤その場から歩いてく。どうにも様子がおかしく、普通の精神状態ではなさそうだった。
相澤は友人、先輩、同僚、生徒の多くを一度に失った事で、自分が何とかしなければならないという強迫観念にかられていた。あまり眠れておらず、冷静な判断ができる状態ではない。
八百万たちは、相澤の様子が少しおかしい事には気付いていたが、その原因までは分からなかった。作戦前という事もあり、できる事は少なかった。
その後、各ヒーローの役割確認が行われ、救出作戦が行われる運びとなった。
上鳴と耳郎は全面決戦以降、逃走を続けていた。超常解放戦線の追手が来る前に、群訝山荘から離れる事に成功した。
二人は救助活動を行おうとするが、まるで人手が足りなかった。初めは救助を行っていたヒーローたちも、時間と共に姿を消していった。
雄英高校との連絡が取れず、二人は指針を見失っていた。救助活動を行うが、返ってくるのは罵声ばかり。感謝なんて、不安の中でする余裕はなく、誰かを助けても、失った手足と増えた傷にのみ目を向けていた。
誰かを笑顔にしようとすれば、別の誰かはその興行を不快に思った。その試みは、行き場を失った人たちの間に諍いを発生させる結果となった。
二人は気が付くと、倒壊した街並みから離れていた。まだ困っている人がいる場所から、自然と足が離れていた。
同じように考えたヒーローはそれなりにいたようで、まだ助けがいる場所よりも、平和な場所の方にヒーローたちは集まっていた。
ある程度、街が復興した後に二人は雄英へと戻る。自分たちの行動はヒーローとして失格だ。相澤に除籍を言い渡されるのではないかと二人は恐れた。
しかし静岡へと戻ると、雄英高校が無くなっていた。どうしていいか分からず、取り敢えず耳郎の実家へと向かうことになった。
耳郎の実家へと向かうと、家が半壊していた。二人で中の様子を確認すると、耳郎の両親の姿が無かった。
そこに公安からメールが送られてくる。そこには、『両親を返してほしければ、上鳴を引き渡せ』と書かれていた。
耳郎はその事を、隠さず上鳴に打ち明ける。自分は誰かを引き渡すなんて、そんな事をするつもりは無いと伝える。
その翌日から、綺麗にラッピングされたプレゼントが届くようになる。蓋を開けると、中に人の指が入っていた。
その指を見て、耳郎は顔を青ざめる。その指が両親のものであると分かった。
毎日、配達によって、指は不規則に送られてくる。一本の時もあれば、四本送られてくることもある。
箱には指の他に、メッセージが入っていることもあった。『次はどこかな、次はどこかな?』『最後は首だ、最後は首だ』。
耳郎は日に日に憔悴していく。上鳴は何とか元気を出してもらおうと色々するが、どうすることもできなかった。
警察に相談しても、この状況では当てにならない。それどころか、ヒーロー科の生徒だと知ると鼻白むことすらあった。
居場所が分からないため、助けに行くこともできない。公安の人間を捕まえて居場所を吐かせるかあるいは、助けるためには、上鳴を差し出すしかない。
「こうしててもあれだしさ。なんか美味いもんでも食おうぜ。俺作るわ」
「ごめん、上鳴」
追い詰められて、耳郎は後ろを見せた上鳴にイヤホンジャックを刺して、気絶させる。それから彼女は公安に連絡する。
これは国の指示に従うだけだから自分は悪くない。両親が解放された後に、上鳴を助ければいい、そんなことを耳郎は思った。
家の前に一台の車が止まり、五人の人間が降りてくる。罠を警戒して姿を見せていないが、近くにはその五倍の人間がいる。
彼らは二人を超常解放戦線の施設へと連れて行く。上鳴は個性を奪われた上で牢に入れられ、耳郎は保管室へと向かう。
「耳郎響徳に耳郎美香? 耳郎、耳郎、ああ、こりゃ駄目だな。結構前に死んでる」
「ふっ、ふざ、ふざけんな!」
実際は古瀬が海外に逃がしているが、記録上は死亡したことになっている。
上鳴を裏切って気絶させて、ヴィランに差し出しまでしたのに親はもう死んでいる。こんな結果に、自分の馬鹿な選択に、耳郎はふざけるなとしか言えなかった。
耳郎は暴れて、施設内を破壊する。その後、施設内の人間に取り押さえられて、上鳴と同じ牢へと入れられる。
牢の中で、耳郎はずっと体育座りをして蹲っていた。
「ごめん、上鳴。ごめん」
ずっと謝り続ける耳郎に気を使って、仕方がなかった、気にするなと上鳴は励ます。塞ぎ込む彼女の事を責めようとはしなかった。
二人の向かいの牢には爆豪が入れられている。扉超しではあるが、近くの牢と話す事が可能だった。
「それじゃあ、轟や梅雨ちゃんもここに捕まってたのか!?」
「ああ。あと尻尾野郎もいたが、全員別の場所に連れて行かれた」
「爆豪も、個性を奪われたのか?」
「ああ!? なんか文句あんのか!」
「いや、文句はないけどよ。でも、俺らこれからどうなんだろ。やっぱり、殺されるのかな?」
爆豪は舌打ちをする。彼は不意打ちすれば、個性持ちでもなんとかなると考えていた。
「頼む耳郎、お前だけが頼りなんだ!」
三人の中で、耳郎だけが個性をまだ奪われていない。しかし彼女は蹲ったままぶつぶつと呟いていて、動きそうにない。
彼らは何とか脱出を試みようとするが、逃げられそうになかった。どうにもならないまま、時間だけが過ぎていく。
十日以上が過ぎたある日、施設内が騒がしくなる。上の方、地上から地響きのような音が聞こえてくる。
「何だ? おい、爆豪!」
「聞こえとるわ! ありゃあ、誰かが戦ってる音だ!」
しばらくして、天井の一部が落ちて誰かが降りてくる。その顔を見て、爆豪は苛立った。
「かっちゃん!」
「何でテメェが外にいんだよ!」
「緑谷、それに相澤先生!」
「お前たち、無事か!」
緑谷が残り火を使って、牢の扉を破壊する。爆豪はすぐに外に出るが、耳郎は扉が開いても蹲ったまま動かない。
「耳郎、立てって! 行くぞ!」
「一人で行って。うちは、ここに残る」
「そんな事、言うなって! あれは仕方なかったんだ。お前が悪いんじゃないって!」
「おい、何をしている!」
相澤は牢の中に入り、耳郎を担ぎ上げて外に出ようとする。しかし出口を塞ぐように、青い炎が通路を燃やす。
「おいおい、勝手に出るなよ」
「うわっ、こんな所で遭遇した!」
荼毘と古瀬が、前後からは挟み込むように彼らの前に現れる。爆豪が荼毘に殴りかかろうとするが、燃やされそうになって緑谷に助けられる。
「邪魔すんじゃねえ!」
「かっちゃん、今の君に勝てるわけないだろ! 今の君は、無個性なんだから!」
「あいつら……。上鳴、耳郎を頼む!」
相澤が緑谷と爆豪の所に向かおうとするが、古瀬に布を掴まれて引き戻される。古瀬としても、怪しまれないために戦わないわけにはいかなかった。
「何やってんだよ。本当に裏切っちまったのかよ!」
古瀬の服装は私服に白衣と、どう見ても戦うための格好ではない。しかしそれでも、相澤に負けることは無かった。布を逆利用して地面に叩き付ける。
古瀬はどうやって逃がしたものかと考えながら、緑谷たちの方を見る。
緑谷は、残り火の力を惜しみなく使っていた。現状で死柄木に対抗できる力は少ない。もし死柄木と戦うつもりがあるのなら、残り火の力はできるだけ残しておかなければならない。
まるでその事を考慮していないかのような使い方に、緑谷はもしや、死柄木と戦うつもりがもはや無いのではないかと古瀬は思った。
残り火の力によって周りの牢が吹き飛ぶ。
「テメェ、半分野郎をどうした!」
「焦凍なら、今頃エンデヴァーと一緒さ。流石はナンバーワンヒーロー。思った以上にしぶとくてなあ。殺すつもりが殺り損ねた!」
緑谷は炎を風圧で吹き飛ばす。しかし接近した荼毘に殴り飛ばされて転がる。近くにいる爆豪に、逃げるように呼び掛ける。
「駄目だ、かっちゃん」
「うるせぇ、黙ってろ!」
爆豪は荼毘と戦おうとする。その前に耳郎が隙を突いて、イヤホンジャックを荼毘に刺して衝撃波を放つ。
「これは、どうしたものかな……」
相澤を拘束して周囲の気を探っていた古瀬は、超常解放戦線の構成員が、どこでもドアを使ってこの施設に援軍に来ていることに気付く。
スケアクロウ社は超常解放戦線にどこでもドアを提供している。しかし提供したどこでもドアには仕掛けがしてあり、特定の信号を送ると全て壊れるようになっている。
最も、どこでもドアは便利なため盗難が相次ぎ、そのうちスケアクロウ社が全て管理するようになる。
それはそれとして、現状は外部からの援軍によって、ただでさえ不利なヒーロー側が更に劣勢になっている。ヒーロー側が数十人に対して、超常解放戦線側はこの施設だけで数百人、それに外部からの援軍や警察が来ている。
「放せよ!」
殴りかかって来た上鳴を、古瀬は相澤を振り回して殴り飛ばす。そのまま相澤を放り投げて、上鳴の上に落とす。
そんな事をしていると、上からタンクローリーが落ちてくる。ベストジーニストがその中から飛び出して着地する。
「全員、逃げろ!」
その混乱に乗じて全員が逃走する。荼毘と古瀬がその後を追うと、ベストジーニストが足止めのためか立ち塞がる。
「そういや、お前には一杯食わされたことがあったなあ」
ホークスがベストジーニストを殺したよ、と言って死体を持ってきたが、実際は仮死状態だった。
「僕は先に行きますね」
古瀬は別のルートから、逃げていったメンバーを追う、ように見せかけて別の場所へと向かう。
荼毘はそれを咎めることなく、目の前の相手を見据える。
「ナンバー3ヒーロー、ヒーローってのは随分と自信過剰だな。個性が無くても経験があれば戦えるとでも思っているのか?」
「未来を紡ぐために、足止めくらいはして見せる」
それほど間を置かずに、ベストジーニストは荼毘によって殺害される。今度は間違いなく。荼毘はそれをつまらなそうに見ていた。
監視カメラの映像が、ベストジーニストの死が施設内の画面に映し出される。それによってヒーロー側の士気は大幅に下がる。
「ふざけんじゃねぇ!」
爆豪はその映像を見て叫ぶが、相澤に拘束されて連れて行かれる。もはやここに留まっても捕まるだけでしかない。そう合理的に判断して逃走を始める。
ヒーローは別のヒーローを逃がすために足止めを行う。自分の犠牲には意味があったのだと思うには、逃がせた数があまりにも少なすぎた。
続々とヒーローたちが捕まっていく。何の意味も無かったと笑われる中で、それでも虚勢を張りながら彼らは人生の終わりを迎えた。
緑谷は残り火を使い、全力で風圧を放って包囲を突破する。その反動によって腕が変色する。相澤が控えさせようとするが、まだやれるとそれを続ける。
彼らは何とか地下を通って外に出るが、超常解放戦線の追撃は続く。自分が囮になると言って、緑谷は飛び出して行く。
しかしすぐに残り火の効果が切れて使えなくなる。追手がすぐそこまで迫る中、緑谷は逃げようとするが義足を上手く使えず転倒する。
そんな緑谷の目の前に尾白が現れる。
「緑谷くん!?」
尾白は出てきた家の女性と協力して、緑谷を家の中へと運ぶ。追って来た構成員たちに対して、あっちに行ったと別の方向を指さした。
外が静かになった頃に、緑谷は尾白になぜここに居るのかと尋ねる。
尾白はOFAが奪われた後、しばらくは超常解放戦線に捕まっていた。しかし彼は個性を使い、何とか脱出することに成功した。
尾白は他の生徒と異なり、尻尾が生えているだけの個性とか役に立たないと思われて、個性を奪われなかった。
命からがら脱出した尾白は、超常解放戦線のことを良く思っていなかった、この家の女性に助けられる。以後、この家でお世話になっていた。
超常解放戦線は、尾白が逃げ出したことに全く気が付いていなかった。そんな奴もいたなあ、程度の認識で、尻尾が生えているだけの奴とか脅威でも何でもないと、まあどっか行ったんだろう程度の認識で忘れられていた。そのため脱走しているが、彼は追っ手に追われていない。
緑谷と尾白は、ほとぼりが冷めるまで、しばらくその家に匿ってもらうことにした。
一方で八百万、麗日、芦戸、峰田の四人もまた、超常解放戦線から逃走していた。何とか足止めを行いつつ、施設の外に出る事に成功する。
もう周りに他のヒーローはいない。振り返ると数百人が追ってきている。前からも、横道からも敵が現れる。
「チクショー、こんなのどうすりゃいいんだ!」
「ウラビティ、浮かせてください!」
浮いて逃げようとするが、撃墜される。幾人もの飛行可能な個性持ちが、建物の上から見下ろしている。
八百万が咄嗟にマットを作り、地面に叩きつけられることは防いだ。しかし完全に包囲されており、すぐにどこかを突破する必要があった。
そんな中、バイクが跳躍して四人の前へと着地する。
「掴まれ!」
バイクに四人全員は乗れない。麗日が四人を浮かせて、八百万が古瀬に掴まり、八百万の体または古瀬に全員が掴まる。
古瀬はバイクを走らせて、車を台にして人混みを飛び越える。そのまま後方へと着地して走り去る。
「どこかで下ろしてください。私が車を創ります」
途中で、八百万が車を創り、四人はそちらへと移る。車を走らせるが特に行き先は決めておらず、施設から離れるように移動する。
「どこか身を隠せる場所に心当たりはあるか?」
「それなら、私のご実家はどうでしょう?」
八百万がそう言う。古瀬が他三人にそれでいいかと確認すると、疲れもあってよく考えることなく同意する。
彼らは車とバイクで、八百万の実家へと向かった。