無個性のヒーローアカデミア   作:明灯月陽

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八百万家

 六月、超常解放戦線の施設、古瀬は自分の研究室で、砂藤とトガと話をしている。

 

「トガさんはザクロが好きなんですね。……ザクロって別に血に近い味じゃなかったですよね?」

 

「血だけが好きってわけじゃありません」

 

「人肉の味がするとも言われるが、そういった伝説があるってだけで、実際は別にそんなことは無いぞ」

 

「そうなんだ。ザクロを使ったケーキとかってあるの?」

 

「作ろうと思えば作れるぞ」

 

「食べたい。力道くん作ってください」

 

「このシュガーマンに任せなさい!」

 

 砂藤は本日のおやつを持って来る。トガは食べるが、古瀬はあまりこの場所の人間を信用していないので、理由を付けて断った。

 

「しかしこの場所に来て思ったんだが、ヴィランにも色々と事情があるんだな」

 

「そりゃそうだろう」

 

「いや、そうなんだが、話を聞いてみると、トガもそうだが、みんなに辛い過去があるんだなと」

 

「誰からどんな話を聞いたの?」

 

 砂藤がこの施設の人間に料理を作った所、みんな美味しそうに食べた。それを見て、彼らもあまり変わらないのではないかと彼は思った。

 

「そうですよ。私たちだって人なんです!」

 

「あまり同情しない方がいいよ。誰にでも良い所もあれば、悪い所もある。その一側面を見ただけくらいに考えた方がいいんじゃないかな」

 

「そうかもしれないが、今までこういった事をあまり考えたことが無かったからな」

 

「今までとは違うものの見方を持ったってこと?」

 

「同情というわけじゃないが、もっとこう料理を作って、ああなる前にどうにかできたんじゃないかって思っただけだ」

 

「深く考えすぎです。もっと自由に生きればいいんですよ」

 

「トガさんは自由に生きすぎ。もうちょっと社会的規範に囚われて」

 

「ヤ!」

 

 そのような会話をした後、古瀬は呼ばれて死柄木の所へと向かう。

 

「火星のテラフォーミングをしてもらいたい」

 

「はい?」

 

 古瀬は死柄木に、火星のテラフォーミングをするように命じられる。

 

「そりゃやれと言われればやりますが、唐突ですね」

 

「人類は次のステージに立つ時が来たのだよ」

 

 絶対そんな理由じゃないだろうな、と思いながら古瀬は了承する。他メンバーと離れて好きに行動できるため、都合がいいかと思った。

 

「でも、頂くものは頂きますよ」

 

「もちろん分かっているとも」

 

 予算は必要だと、古瀬は指でお金のサインを作る。死柄木はリ・デストロに国家予算から出すように伝える。

 

 どこでもドアを使うことで、地球から火星まで一瞬で移動することができる。テラフォーミングは可能だろうと死柄木は考えた。

 

 その帰り道、古瀬はスピナーに遭遇する。スピナーは謁見の間から出てきたのを見て顔を顰めている。

 

「どうかしましたか?」

 

「あいつに会って来たのか」

 

「死柄木弔ですか?」

 

「あいつは死柄木じゃない」

 

 聞くと、死柄木は以前の彼とは別人とのことだった。個性に付着したAFOによって精神を乗っ取られた。

 

「以前の死柄木ですか。僕は会ったことが無いので知りませんが、そんなに違うんですか?」

 

「ゲームが、好きだったんだ」

 

「テレビゲームですか? 僕はあまりやらないなあ」

 

 以前の死柄木はスピナーと話が合う友人だった。しかし今の死柄木は、もはや別人との事であった。

 

「それなら、どうして今も付き従っているんですか?」

 

 元の死柄木を殺した張本人ともいえる。それなのになぜ従っているのかと古瀬は尋ねる。

 

 スピナーが答えることは無かった。以前の死柄木を懐かしんでいるわけでも、いつか元に戻ると信じているわけでもない。ただ熱にあてられ、流されているだけ。ただ思考を停止させて、前に進めていないだけ。

 

 何も言わないスピナーを見て、古瀬は軽く息を吐く。

 

「何かオススメのゲームはありますか? 今度、暇な時に遊びましょう」

 

「……今度時間があったらな」

 

 そう言って、スピナーは去っていく。

 

 その後、古瀬は研究室へと戻り、どこでもドアを使ってスケアクロウ社へと向かった。

 

 

 

 八百万邸、峰田、麗日、芦戸の三人は、しばらくここでお世話になっている。

 

「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」

 

 メイド服と執事服を着て三人は八百万を出迎える。ここでお世話になっている間、三人はこの屋敷の手伝いをする事にした。

 

「皆さんとっても似合ってますわ。私もメイド服を着て一緒に働きますわ!」

 

「お止めください、お嬢様!」

 

 八百万邸に到着した後、彼らはオールマイトと根津に連絡するが、しばらくはそこで身を隠すように言われた。

 

 ニュースを見ると、根津とオールマイト、それとあの場にいた数名のヒーローがはテロ容疑で指名手配されている。

 

 八百万たちは顔と名前こそ公表されていないが、元ヒーロー科の学生もそのテロに加わっていたと報道されている。

 

「私たちがテロリストか」

 

 分かってはいたが、実際にこれを目の当たりにして四人は衝撃を受ける。

 

 とはいえ、このニュースをそのまま信じている人はいない。というよりは、治安の悪化によってそんな事を気にしていられる状況ではなくなっていた。

 

 ヴィランの天下と言って暴れまわる人間、それに対抗する市民にヴィジランテ、それらの戦闘が激化して街は荒廃しつつあった。

 

 この邸宅は都市から離れた、地方の町に存在する。都市部の争いから逃れるために、八百万の両親はここへと避難した。

 

 ここに到着した後、お世話になるんだからやらかすなよ、と峰田に釘を刺して古瀬は走り去った。しかしあまり効果は無く、峰田が色々やらかす度に芦戸と麗日は気まずくなった。

 

 そんな感じで日々を過ごしていると、色々と情報が入ってくる。

 

 荼毘の正体がエンデヴァーの息子、轟燈矢である事が放送される。

 

 荼毘は轟焦凍を使って、エンデヴァーを誘き出して交戦する。エンデヴァーはかなりの深手を負ったものの、焦凍を連れて逃走することに成功した。

 

 根津から、轟焦凍は一応は無事である事が伝えられる。ただし、片手と個性を失ったためもう戦う事はできないとの事であった。

 

「轟が……」

 

 この知らせを聞いて、四人は暗くなる。生きていることを喜びたかったが、今どこにいて、どのような容態なのかは教えられなかった。

 

 この放送を見て、世間は強い衝撃を受ける。ナンバーワンヒーローのスキャンダル、そしてその敗北シーン。これまで誰かが何とかしてくれると思っていた市民たちに、ヒーローはもう当てにはならないと思わせるのに十分だった。

 

 自分たちで身を守るか、ヴィランに屈するか。後者を選ぶ人間は少なく、それによって町の荒廃と治安の悪化は加速する。

 

 八百万邸に来て一月が過ぎたある日、八百万は父親に呼ばれて書斎に向かう。彼女はノックして中に入る。

 

「入りなさい」

 

「お呼びでしょうか、お父さま」

 

 中には父親一人だけがいた。彼は百に椅子に座るように言う。

 

「百は、まだヒーローを続けるつもりなのか? 既にこの社会はヴィランが台頭しつつある。以前のようなヒーローというものは、おそらく存在しなくなるだろう」

 

「お言葉ですが、ヴィランがこの政権を乗っ取った結果、この国は無法地帯と化しています。このような状態を変えるためにこそ、ヒーローが必要ではないでしょうか」

 

 その言葉を聞いて、父親は深くため息を吐く。

 

「百が政府の施設を襲撃したことには何も言うまい。お前の言うとおり、あそこには人質が捕まっていたのだろう。しかしもはや、ヴィランこそが政府なのだ。逆らった所で、情勢をかき乱すだけだ」

 

「お父さま?」

 

 父親は下を向いている。百は父の様子が何かおかしい事に気付く。

 

「百、私は超常解放戦線に降ることにした」

 

 それを聞いて八百万は驚く。父親は、自分たちがヴィランに屈することは無いと言っていた。だから心配する必要はないと言って百を送り出した。

 

「ですが、ヴィランに屈することは無いと……」

 

「状況が変わったのだ。死柄木の力は強く、この国を完全に掌握しつつある。このまま奴らに逆らった所で、もはやヒーロー側に勝ち目は無い。生き残るためには、奴らに従うしかない」

 

「自分が生き残るために、ヴィランに従うという事ですか」

 

「私の選択には、何百万という人間の生活が懸かっている。彼らを路頭に迷わせるわけにはいかない」

 

 超常解放戦線は逆らう組織の工場や商店を物理的に破壊している。今はまだ軽い嫌がらせに過ぎないが、このまま逆らい続ければ、完全に破壊されるのは時間の問題だった。

 

 言っていることは分かる。それが仕方の無い事だという事も。しかしそれで、百はこのままでいいとは思わなかった。

 

「百、ヒーロー活動を止めなさい」

 

「それはできません。お父さまはこの惨状をご覧になりましたか? これだけの人が苦しんでいる中で、身を引く事などできません」

 

 百が立ち上がろうとするが、腕が椅子から離れない。現れた枷によって百の手足は拘束されて、身動きが取れなくなる。

 

「分かるんだ、百。お前がこのまま活動を続ければ、何百万という人間が路頭に迷う。お前が活動を続ければ、超常解放戦線は私たちに反意ありと見做すだろう」

 

「それは……」

 

 無いとは言い切れない。これから降ろうとするのに、娘がダークヒーローやってます。自分たちは知りません、は通らないだろう。

 

 ただでさえこれまで恭順の意を示していなかった。やめさせたい理由は分かる。

 

「その場合、芦戸さんたちはどうなさるおつもりですか」

 

「百が素直に従うのであれば、彼らに危害を加えるつもりは無い。しかしそうではないのであれば、超常解放戦線に突き出すしかあるまい」

 

「そんな……」

 

 百はどうすればいいのか分からず黙り込む。

 

「百、しばらく部屋で大人しくしていなさい」

 

「私は……それでも皆さんと一緒に行きます。私と知られるとまずいなら変装します。私だと分からないようにします。だからお願いです。行かせてください!」

 

「その個性でバレないわけないだろう。聞き分けなさい、百!」

 

「ヴィランに従ってどうなるのです。この先また、皆が笑える日が来るのですか!」

 

「初めから皆が笑える世界など無かったさ。そんなものは所詮、公安が見せていたまやかしの平和にすぎん」

 

 それを聞いて八百万は大きく口を開けて驚く。

 

「知っていらしたのですか」

 

「この社会は、所詮ハリボテだ。都合の悪い真実を隠し、見せたいものを誇張して伝えている。今は確かに不安定な情勢かもしれないが、時間と共に落ち着くだろう。この体制が百年も維持されれば、オールマイトは悪で、死柄木は英雄として称えられるだろう」

 

「そんなものは、まやかしです!」

 

「それが歴史というものだ。正義と悪など、見方によっていくらでも変わる。今は納得できないかもしれないが、いずれそれを理解できる日が来る」

 

「ですが……」

 

「連れて行け」

 

 椅子に拘束されたまま、百は部屋に入って来た数名に椅子ごと運ばれていく。個性を使えないように拘束具を着せられて、地下室に軟禁されることになった。

 

 

 

 それから数日後、麗日は外で気の扱い方の訓練をしていた。気を内に留めて、身体能力を強化する。

 

「麗日、八百万知らない?」

 

「百ちゃん? 見てないけど、どうかした?」

 

「ここ数日姿を見てない気がするんだけど、どこにいるんだろう?」

 

 そんな話をしていると、麗日の携帯に古瀬から連絡が来る。

 

『少し構わないだろうか。今そちらの屋敷にヒーローチームが向かっているのだが、何か知っているだろうか?』

 

「ヒーローチーム?」

 

 芦戸も耳を近づけて、その会話を聞いている。

 

『超常解放戦線の、元プロヒーローを集めて編成した組織だ。いや、現ヒーローと呼ぶべきか』

 

「元プロヒーロー? それってつまり」

 

『君たちが知っている顔もあるだろう。それはいい。それよりも今、そのチームがそちらへと向かっているのだが何か知らないだろうか?』

 

 麗日と芦戸は顔を見合わせる。何となく、不自然な状態であることは認識する。

 

「関係あるかは分かりませんけど……」

 

 八百万の姿が見えない事を麗日は説明する。

 

『なるほど。実は先に八百万くんに連絡したんだが、繋がらなかったんだ』

 

 古瀬の連絡の優先順位は、纏め役の八百万、話が通じる麗日、峰田と芦戸の順である。

 

「それって、八百万に何かあったってこと!?」

 

『まだそうと決まったわけではないが、確認した方がいいだろうな。こちらも今そちらに向かっているから、それまで注意してくれ』

 

 通話が切れる。芦戸は周りを見回して行動する。

 

「八百万を探そう!」

 

「うん」

 

 ここに八百万がいれば慎重に動くように提案しただろうが、二人は慌てた様子で八百万を探し始める。聞き込みを行い、何かに気付いたのが丸わかりな様子だった。

 

「いない!」

 

 二人は八百万を見つける事ができなかった。峰田も捜索に加わるが、結果は同様だった。

 

「おかしい。誰も八百万を見ていないのに、誰も焦ってない。きっと屋敷ぐるみの犯行だよ!」

 

「でも、お父さんも焦っとらんかったよね。何か知っとるんかな?」

 

「サプライズパーティーとかじゃねえのか?」

 

 三人が探せる場所は少ない。仕事の邪魔になるから入らないようにと言われたら、それ以上調べる事はできなかった。

 

「全員がグルなら、全員から怪しい場所を聞いて、誰も答えなかった場所が怪しいんじゃねえか?」

 

「峰田、頭いい!」

 

「これでも、この中じゃ一番頭がいいもんでね」

 

 一学期期末学力成績、峰田九位、麗日十三位、芦戸十九位。

 

 それから、屋敷の全員に話を聞いた所、地下が怪しいのではないかという話になる。しかし調べてみても、誰もいなかった。

 

「うーん、どういう事なんやろ?」

 

「別の地下室があるのかな?」

 

 そうして悩んでいる所に、古瀬が到着する。ちなみに現在の三人の服装はメイド服と執事服である。コスチュームは度重なる戦闘で修復できなくなったため破棄した。

 

 八百万にコスチュームの作成ができるのかは不明だが、かなり高い技術が使われているものもあるので、できないものとする。

 

「まだ逃げていなかったのか」

 

「逃げるって、どういうことですか?」

 

「君たちは、自分が指名手配されていることを忘れてはいないか?」

 

 そうなのかと三人は驚く。表向きは指名手配されていないが、テロに加わったという情報は共有されている。

 

「でもまだ八百万が……」

 

「見つかっていないのか……」

 

 どうしたものかと彼らは相談する。屋敷の外を見ると、何人かのヒーローが集まってきている。

 

「あまり時間は無さそうだな。となれば、強引に連れて行くしかないな」

 

 三人はフィアット500に乗って、花嫁姿の八百万を連れて逃走する光景を想像する。

 

「地下にいる事は判明しているのだね?」

 

「判明っていうか、そうかなってくらいですけど」

 

 古瀬は地面に耳を当てて音を聞く。気の探知で、八百万の位置を特定する。

 

「私の個性は単純な筋力強化だ。だがその分、視覚と聴覚も強化できる」

 

 しばらく地下の音を聞いて、おそらくここだろうという場所に、地図に印をつける。

 

「じゃあここに八百万が!」

 

「おそらく正面から行っても会うのは難しいだろう。あとは、分かるね?」

 

 芦戸はその意味を理解する。上から酸で溶かしてまっすぐ降りればいい。聞かれているかもしれないため、直接方法を言うのは避けた。

 

「それでは八百万くんとの話し合いは芦戸くんと……麗日くんに頼めるだろうか」

 

「峰田くんはこちらの協力を頼む」

 

「おう。何すればいいんだ?」

 

「足止めのために、八百万くんの父親と話してくる」

 

「それなら峰田はやめた方がいいよ」

 

 峰田は色々とやらかしているため、八百万の父親からの印象が悪い。連れて行くなら麗日の方がいいと芦戸が提案する。

 

「なるほど。それならば麗日くん、こちらの協力を頼めるだろうか。峰田くんは芦戸くんの補佐を頼む」

 

 古瀬と麗日は八百万の父親がいる書斎へと向かう。芦戸と峰田はこっそりと、地下への通路を作ることにした。

 

 ヒーローたちは屋敷を包囲してはいるが、敷地内に入ってきてはいない。現状では、屋敷の主の許可無しに入ることはできない。

 

「つまり百ちゃんのお父さんが許可しない限り、この屋敷は安全ってことですね」

 

 古瀬と麗日が書斎に入ろうとすると、警備の人間に止められる。黒服二人を無力化して、ノックをした後、二人は部屋に入る。

 

「失礼させてもらう」

 

「許可した覚えはないのだがね。警備の人間はどうした」

 

「怪我はさせていない。しばらくすれば目を覚ますだろう。単刀直入に言わせてもらう。八百万百くんに会わせてはもらえないだろうか」

 

「好きに会えばいいだろう」

 

 八百万の父親は椅子に凭れ掛かり、話を聞く姿勢を見せる。

 

「なるほど。では彼女を解放してもらえないだろうか」

 

「何の事か分からないな」

 

 恍ける父親に対して、麗日が口を開く。

 

「あの、私たちは百ちゃんと会って話がしたいだけなんです。少しだけでいいんです。話をさせてください」

 

 頭を下げる麗日を見ても、父親の態度はさして変わらなかった。

 

「あなたは、超常解放戦線に降るつもりか?」

 

「なぜそう思う」

 

「外にいるヒーローたちは超常解放戦線が編制した治安維持組織だ。彼らと通じているという事は、その意思表示なのではありませんか?」

 

「仮にそうだとしてどうする。私を人質に取る気ならやめておきたまえ。君たちはこの電話一本で、彼らヒーローに捕まるのだ」

 

 父親はすぐに電話を掛けられる状態の、手に持った端末を見せる。

 

「どうして、ヴィランに従うんですか?」

 

「どうしてヴィランに、か。面白い事を聞くね。ヴィランは、君たちではないかね? 彼らは国に認められた、立派なヒーローだよ」

 

「でも……」

 

「言いたいことは分かるとも。納得できないのだろう。ヴィランと呼ばれていた人間たちが、正しいと言われていることが。市民のために戦った自分たちが間違いで、法を犯した犯罪者が正義であることに」

 

「私たちは納得できないから戦ったわけやないです。ただ家族を取り戻したかっただけです」

 

「法に従うなら、その沙汰を受け入れるべきだった。それが正しいというものだ。君たちが今までしてきたことと何も変わらない」

 

「何の理由も無く家族が攫われるのが正しいことやって言うんですか!」

 

「今までもそうだった。これまでは君たちに関わりの無い所でそれが行われていただけに過ぎない。今回は偶々、君たちの家族だったというだけだ。以前と、何も変わっていない」

 

「以前っていうのは、心求党が国を乗っ取る前からですか?」

 

 父親は椅子に深く座って鼻を鳴らす。

 

「君たちは正義が倒され、悪い奴が国の玉座に収まった。そんな風に考えているのではないかね? 私からすれば、どちらも大して変わらない」

 

「変わらないって……」

 

「以前は公安の密室が国の方針を決めていたのが、死柄木に変わっただけに過ぎない。公安が合議で決めるか、死柄木が個人で決めるか、その程度の差しかない。その本質は以前から何も変わってはいないさ」

 

「でもそのせいで、これだけ治安が悪くなってます」

 

「治安の悪化の原因は、死柄木ではなく心求党の問題だ。個性を無制限に解除すればこうもなる。理想を語るばかりで、現実で纏める術を持たぬ奴らの失政だ」

 

 でも、と言って麗日は口を紡ぐ。もしかしたら相手の言葉は正しいのかもしれない。それでも、どうすればいいのか分からなかった。

 

「彼女を隔離するのは、超常解放戦線に降るためですか?」

 

「答える必要はない。だが一つ言えるとすれば、娘がヴィランとなっては私は悲しい」

 

「ヴィランって……」

 

「国の施設を襲撃するのは立派な犯罪行為だ。たとえどのような理由があったとしても、まずは情報を公開して国民に是非を問うべきだった」

 

 古瀬はそれを聞いて、頷くような動作をする。

 

「なるほど。しかし、それがあなたの本心ではないでしょう。これまであなたは超常解放戦線に抵抗する姿勢を見せてきた。それ以外に方法が無かったとしても、好んで降りたいわけではないでしょう」

 

 それを聞いて、父親は笑う。

 

「本心か。そんなもの、他のものを守るためなら、私の心などいくらでも捻じ曲げられる」

 

「望まざると、ですか」

 

「そうだ。善悪の問題ではない。何が正義かも関係が無い。私は私が守りたいもののために行動するだけだ」

 

「説得は難しそうですね」

 

 そういった所で、屋敷内の警報が鳴り響く。その音を聞いて、父親は古瀬の方へと視線を向ける。

 

「どうやら時間のようだ。この辺で、お暇させていただきます」

 

「失礼します」

 

 古瀬は部屋から出ていき、麗日も頭を下げてその後に続く。

 

 父親が窓の外を見ると、警報を聞いたヒーローたちが屋敷の中へと入って来ていた。

 

 

 

 少し時は遡り、芦戸と峰田は地面を溶かして地下へと向かっていた。コスチュームが無いため、出した部位の服が酸で溶ける。

 

「峰田、こっち見ないでよ!」

 

「おいおい、警戒してんだから全方位見なきゃいけねえだろ?」

 

 峰田は目を細めてにやついた顔をする。しかし進むにつれて暗闇が濃くなり、その姿は見えなくなっていった。

 

「ちくしょう、懐中電灯を持ってくりゃよかった!」

 

「こいつ……」

 

 二人は順調に進んでいくが、進むにつれて壁が頑丈になっていく。溶かすことはできるが、時間が掛かりそうだった。できるだけ早く溶かすために、芦戸は全身から酸を出す。

 

 八百万は地下に軟禁されていた。特殊な拘束服を着せられていて、個性を使うことができなかった。

 

 部屋は豪華ではあるが、自由に出入りできない。拘束服に何かしようとすれば、感知されて外にいる人に取り押さえられる。しかし実際に、それが行われることは無かった。

 

 八百万は自分が脱出するべきかどうか迷っていた。自分がレジスタンスに協力すれば、父親やその他多くの人に迷惑が掛かる。もしかしたら他の人のように、家族や、数百万の人間を見せしめに殺されるかもしれない。

 

 自らの勝手な行動によってそうなることを想像して、八百万は恐れた。どうすればいいか考えるが、何も思いつかなかった。

 

 そうしていると、壁に異変が生じる。壁から煙が出るとともに、警報が鳴り響く。壁が崩れてその奥から、芦戸の顔が現れる。

 

「八百万、助けに来たよ!」

 

「芦戸さん!?」

 

 開いた穴から見える範囲、芦戸の上半身は裸だった。八百万は服を着るように促すが、芦戸は穴を開ける事を優先する。

 

 外から見張りが部屋に入って来て、彼らを取り押さえようとする。峰田はもぎもぎを投げつけて、彼らを足止めする。

 

「芦戸さん、この服を溶かしてください!」

 

 八百万は拘束服を脱いで、大砲を創って、見張りに当てて気絶させる。

 

「ここが理想郷か」

 

 芦戸も八百万も服を酸で溶かされて完全に裸だった。それを見て、峰田はぐっと親指を立てる。峰田を簀巻きにして、二人は八百万が作った服に着替える。

 

「八百万、逃げよう!」

 

「いえ、私は……」

 

 八百万は差し出された手を掴むことができなかった。かといってこの場に留まることもできない。どちらを選ぼうと、後悔が残る選択であった。

 

 芦戸は困惑した様子で八百万を見る。迷っているのを見て、その手を掴む。

 

「一緒に行こうよ!」

 

「私は……申し訳ありません、芦戸さん。私はもう一度、お父さまとお話をしてきます」

 

「それが終わったら、一緒に行くんだよね!」

 

「……はい、必ず」

 

 八百万と芦戸は峰田を連れて来た道、溶かして作った道を通って地上に出る。それから分かれて、八百万は父親を探しに屋敷へと向かう。

 

 八百万の父親は書斎にいた。窓の外では戦闘が行われている。そちらを見ていたが、百が来たのに気付いて振り返る。

 

「お父さま」

 

「百、何をしに来た」

 

「私は、彼らと共に行こうと思います」

 

「それがどういう意味か分かっているのか。多くの人間を路頭に迷わせると分かっているのか?」

 

「分かっています。それでも私は、友人を見捨てることはできません」

 

 父親は上手くいかない事への苛立ちのため息を吐く。

 

「百年後には私たちが悪で、死柄木が正義として称えられているだろうと、お父さまは仰いました。ですが今は百年後ではありません。まだ未来は変えられると思うのです。まだその方法も、自分が正しいのかも分かりませんが、私は百年後は、今よりいい未来にしたいと思っています」

 

「その結果、多くの人に犠牲を強いるとしてもか?」

 

「……はい」

 

 父親は深くため息を吐く。そして立ち上がって、窓の外を見る。

 

「百、お前とは今日限りで縁を切る。あとの事は、好きにしなさい」

 

「お父さま!」

 

「縁を切った人間が何をしようと、私には関係の無い事だ。超常解放戦線の人間には、そう答えるさ」

 

 父親は振り返り、苦笑しながらそう言う。百は頭を下げるように、静かに目を伏せる。

 

「お元気で」

 

「お前も、自分の為すべき事をやりなさい」

 

 再び振り返って、窓の外を見る。八百万は部屋から飛び出し、屋敷の外へと駆けていった。

 

 

 

 一方、古瀬と麗日は屋敷に入ってきたプロヒーローたちと交戦していた。彼らはヴィランには劣るものの、一線を画した戦闘能力を持つ。

 

 普段の主な任務は商業区域の防衛で、実質的な古瀬の部下に当たる。命令の優先順位は、死柄木、心求党、スケアクロウ社の順であり、こうして古瀬が知らない任務で動くこともある。

 

 古瀬の方はともかく、麗日はプロヒーロー相手に苦戦していた。そこに峰田と芦戸が援軍に来る。

 

「八百万くんは?」

 

「八百万は後から来る! だからそれまで時間を稼いで!」

 

 幸い、一度個性を奪われたプロヒーローたちは弱体化している。個性の育成がリセットされており、初期状態の力しか出せない。

 

 古瀬は十人くらいを相手取っているが、筋力強化縛りで戦っているため、圧倒はできていない。他メンバーも個性が弱体化したとはいえプロヒーローを相手に苦戦する。

 

 そんな中、麗日はある人物と対峙する。

 

「ガンヘッドさん……」

 

「久しぶりだね、お茶子ちゃん」

 

 ガンヘッドも個性は弱体化しており、以前ほど上手く扱うことはできない。しかし彼の主体となる戦い方は格闘戦である。

 

 また、ガンヘッドはコスチュームを着ているが、麗日はコスチュームを長期間の戦闘で破損させて失っている。戦闘力が下がっているのはどちらも同じである。

 

 お互い気まずいがガンヘッドはプロ、すぐに切り替えて麗日の拘束に動く。

 

 麗日の個性は手の肉球で相手に触れることで発動する。ガンヘッドは触れないように相手を拘束しようとする。

 

 ガンヘッドは腕を掴んで、麗日を地面に押さえつけて拘束する。しかし麗日は気の操作で身体能力を一時的に強化して、強引に振り解く。

 

 体を反転させて、驚くガンヘッドの腕を掴んでG・M・Aで押さえつける。入れ替わるように、今度は麗日が相手を拘束する。

 

「強くなったね、お茶子ちゃん」

 

「ガンヘッドさん……」

 

 麗日はこの勝利を喜ぶことはできなかった。敵対していること自体、複雑な心境だった。

 

 ガンヘッドは麗日が気を抜いた一瞬の隙を突いて、強引に腕を動かして拘束を解く。そして再び、相手と対峙する。

 

「僕たちの体には爆弾が仕掛けられている。裏切ることはできないんだ」

 

「そんな……」

 

「そしてこれには古瀬くんも関わっている。彼もまた、超常解放戦線に協力している」

 

 それを聞いて麗日は驚く。相手が嘘を付いてるとは見えなかった。

 

 そうして話していると、屋敷から車に乗った八百万が出てくる。乗ってください、という言葉を聞いて、峰田と芦戸が座席に飛び込む。

 

「掴まれ!」

 

 バイクに乗った古瀬が、麗日を掴んで引っ張る。バイクの後ろに乗せて、車まで連れて行って後部座席に移動させる。

 

 芦戸が酸で塀を溶かして、彼らは屋敷の外へと脱出する。近くにいたヒーローたちを振り切って、彼らは夜道を疾走する。

 

「遅いよ、八百万!」

 

「お待たせして申し訳ありません」

 

 芦戸が運転中の八百万の肩に抱き付く。彼女は八百万が戻って来たことに安心する。

 

「気を抜くな! まだ終わっていない!」

 

 振り返ると、後ろから誰かが追ってきている。それは巨大化したMt.レディだった。

 

「速い速い速い。八百万、もっとスピード上げて!」

 

「うおおおおおお! これでもくらえ!」

 

 峰田はもぎもぎを後ろに投げる。それを踏んでか、Mt.レディは転倒する。

 

「転んだ」

 

「そのようだな」

 

 峰田は職場体験の怨み、と叫んでいる。Mt.レディは立ち上がって、街灯を掴む。

 

「やばい、やばい、やばい」

 

「全員伏せろ!」

 

 引き抜いた街灯が飛んでくる。以前であれば絶対にしないであろう戦い方だが、現在は多くの場所が荒廃している。多少破壊した所で誤差であり、彼女の担当は商業地区でありそれ以外を保障する必要はなく、また壊してもスケアクロウ社がその費用を負担することになっている。

 

 飛んできた街灯の一つは古瀬が跳躍して横に蹴り飛ばし、もう一つは芦戸が酸で溶かす。

 

「芦戸さん、服が!」

 

 慌てて全力で溶かそうとしたため、芦戸の上半身の服が溶ける。麗日が峰田の目を手で覆う。

 

 Mt.レディはアスファルトごと、足を地面から引き剥がす。そして再び、鬼の形相で彼らを追う。

 

「まずいな。彼女を倒す方法も、振り切る方法も無いぞ」

 

 方法が無いわけではないが、どれも確実とは言えない。巨大化は体が大きくなるだけだが、相手が鍛えた人間であれば十分に脅威であった。

 

 彼らは相談して、作戦を考える。八百万が閃光弾を創り、Mt.レディに向けて投げつける。

 

 Mt.レディの目が眩んだ隙に、麗日が全員を浮かせて、彼らは橋の下に隠れる。車はハンドルを固定して、身替わりの人形を四つの創って乗せた。

 

 古瀬はしばらく並走していたが、分かれ道で車と別れる。Mt.レディは少し迷うが、車の方を追う事に決める。

 

 その先にあるカーブを車は曲がらず、ガードレールを突き抜けて転落する。Mt.レディが慌てて降りて確認すると、車に乗っていたのは全て人形だった。彼女は巨大化したまま地団駄を踏んで悔しがる。

 

 一方で橋の下に降りた四人は、橋の裏から地面に降りて移動する。

 

「大吾さんの方は大丈夫でしょうか?」

 

「大丈夫だろ。いざとなれば街に逃げ込むって言ってたし。いくらあの女でも、街の人間を踏み潰したりはしないだろ」

 

 八百万たちはオールマイトと連絡を取る。彼らと合流することにした。

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