無個性のヒーローアカデミア   作:明灯月陽

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百人切り

 春が訪れ、古瀬は中学二年生になった。それに伴う大きな変化はなく、変わらぬ日々を過ごしていた。

 

 その二か月後の六月、古瀬は道場で気を扱う訓練をしていた。布に気を通して、立てた廃材に向かって振るう。

 

 廃材は横に切断され、音を立てて倒れる。一呼吸置いて、古瀬はその様子を確認する。

 

 布を使った切断は、Gガンダムに出てくるマスター・アジアというキャラの戦い方を真似たものである。

 

 一見武器に見えないものを使うのは相手の油断を誘えるというもっともらしい理由付けもできるが、一番の理由はマスター・アジアのキャラや技が好きだったからである。

 

 現状古瀬は、一応布に気を通すことはできるものの切れ味は悪い。数度鉄材を切ると、すぐに布がボロボロになった。

 

 古瀬は雄英入学試験までに、どの技術を鍛えるかを考える。戦いに必要な物、それはやはり索敵能力と機動力だろうというのが彼の考え方だった。

 

 入試まで既に二年を切っている。新たな技を習得するなら一つか二つが限度、万全を期すなら一つに絞るべきだろうと思った。

 

 欲しいのは機動力。舞空術は使えるし、気で身体能力を強化しての移動も速い。しかしそれで個性持ち相手に確実に勝てるのかと聞かれると微妙な所であり、確実に相手を上回れる速度が欲しい所であった。

 

 入学試験での仮想的はロボットなため、気の探知は使えない。試験場が広い事を考えても、やはり機動力の確保は必須であった。

 

 一番欲しいのはドラゴンボールの瞬間移動だが、使うことができるのかが不明だった。仕組みが全く分からない上に、やり方についてもほとんど知らない。

 

 ドラゴンボール超でヤードラット星人が出てきたが、正直に言ってよく分からなかった。スピリットがどうこう言っていたのは記憶にあるが、それ以外をほとんど憶えていない。

 

 できない可能性が高いが、所詮ここは夢の中だ。妄想は全て現実のものになりうると思い、やってみることにした。

 

 気の探知はできているから、あとはやり方だけ。古瀬は悪用される可能性を考えて、周りには何も言わず、秘かに瞬間移動の訓練を始めた。

 

 

 

 中学校での事、古瀬が椅子に座って瞬間移動のやり方を模索していると、廊下の方が騒がしくなる。

 

 顔を覗かせて廊下を見ると、ガラの悪い生徒が練り歩いている。その人物は石九字で、制服を着崩して、数人で別の生徒に絡んでいる。

 

 肩を組んでその生徒の腹を数度つつき、最後に強く突くとその生徒は地面に倒れる。その姿を指さして笑っていた。

 

「何見てんだよ!」

 

 周りにいる生徒の方を向いて威圧する。彼らはその光景から顔を背け、古瀬も教室へと引っ込んだ。

 

「今日も石九字どのは騒がしいですな」

 

「あいつあんなに柄悪かったっけ?」

 

 間指がやって来て、古瀬に話しかける。椅子に座る古瀬の側に立った。

 

「古瀬どのは違うクラスでしたか。彼もまた色々とあったのです」

 

 ほーん、と相槌を打ちつつ、興味は無かったがその理由を聞いてみる。

 

「彼の叔父が亡くなった事件を覚えていますかな」

 

「レッドクリスタルだろ?」

 

「そうです。彼が無くなった際に、少々不穏な噂がありましてな」

 

「不穏な噂?」

 

 間指が言うには、レッドクリスタルがヴィランたちを手引きしたのではないかという疑惑があったらしい。

 

「ああ、警察が言っていたな。でも疑惑だろ? 警察もその件では動かなかったはずだ」

 

「はい。そのようなことは無かったという事になっています。ただそういった噂が流れた当時、石九字どのは周りから孤立してしまいましてな」

 

「やさぐれてしまったと」

 

「いきなりそこまで飛んだわけではありませんが、まあ少々、腫れ物を扱うような状態でしたぞ。それで授業をサボるようになり、遊び歩くようになり」

 

「今に至ったと」

 

 期待されていた分、反動が大きかったのだろうか。まあどの道、原作にはいないからお前は雄英には受からなかったよ、と古瀬は内心で思った。

 

「いや、本当に生きた心地がしませんぞ。強個性だから抗えませんし、実家に力があるから多少の事では問題になりませんし」

 

「実家が太いんだったね、そういえば」

 

 実際は、石九字の家にそこまで力があるわけではない。この町では、それなりに力があるといった程度である。

 

「関わらない方がよさそうだな」

 

「それが賢明ですぞ」

 

 といった所で、石九字から呼び出しが来る。隣のクラスの女子生徒が来て、渡すよう頼まれたと言って手紙を置いていく。

 

 手紙といってもノートの切れ端で、そこには『昼休みに体育館裏に来い』という内容が書かれていた。

 

「はわわわわわわわわ」

 

「ええええええええええええええ」

 

 この手紙に古瀬は困惑する。彼と石九字に関りは殆ど無く、せいぜい合同授業で顔を合わせたことがあるくらいだった。

 

「何で?」

 

「そういえば前に、無個性のくせに生意気な奴がいる、とか言っている奴がいましたぞ。そやつの影響を受けたのかもしれません」

 

「無個性は俺だけじゃないだろ」

 

「ええ。ですので他の無個性もカツアゲされています」

 

 単に無個性というだけで目を付けられたというわけか。やってくれるじゃねえか、と古瀬は怒りを燃やす。

 

 対して、間指は慎重だった。カツアゲと決まったわけではないが、どう考えても陸な呼び出しではない事は明白だった。

 

「これ、行かない方がよろしいですぞ」

 

「まあ、それでもいいんだが。逃げても、どこかで待ち伏せでもしてきそうだしなあ」

 

 古瀬は割と乗り気だったが、間指に言われて冷静に考え直す。争ったからといって何かが得られるわけでもない。先生に言うという選択肢もあるかと思った。

 

 とはいえそれも、実際にカツアゲ被害にあってから。まずは何の用事なのか、確かめに行くことにした。

 

 校舎裏に行って少し待っていると、石九字と三人の生徒がやって来る。にやついた顔で、古瀬の方へと近づいて来る。

 

 石九字は古瀬の首に腕を回す。そして自らの力を誇示するようにぐっと力を込める。

 

「お前、最近羽振りがいいらしいじゃねぇか」

 

「別にそんなことないけど」

 

 古瀬は不快そうに石九字を見る。古瀬の方が背が高いため見下ろす形であった。

 

 石九字は掌を古瀬の腹部へと押し当てる。個性を発動させれば、即座に鉱石によって内臓がズタズタになるだろう。

 

「あるだろう? 無かったら盗んででも持って来い!」

 

 それを見て、取り囲んでいる三人の生徒は爆笑している。

 

 古瀬はただ冷めた目で石九字を見下ろしていた。

 

「つまりカツアゲってこと?」

 

「言われなきゃ分かんねぇのか!」

 

「あっそ」

 

 古瀬は石九字の手首を捻り、頭を掴んで近くの木に押し付ける。そのまま摩り下ろすように、下へと引きずった。

 

 倒れた相手の頭を蹴り飛ばす。反撃される前に、何度も体を蹴りつける。

 

「おい!」

 

 向かって来た取り巻きの一人の顔を殴る。数発殴った所で、他の取り巻きも古瀬へと襲い掛かって来る。

 

 取り巻きが止めるように古瀬へと殴りかかって来たのは、石九字に友情や忠誠心があったからではない。ただ古瀬を弱い者としか見ていなかったからである。

 

 それから少しして、石九字と取り巻きの三人は地面に倒れ伏す。立ち上がることができないのか、横になって呻いている。

 

 骨などは折れていないが、殴られていない場所など殆ど無いくらいに全身を手酷く痛めつけられている。服にはその跡が残っている。

 

 古瀬は倒れている石九字の腹を蹴る。五度六度と、自分が行おうとしていた事を刻み付けるように、その音を周りに聞かせるように蹴りつける。

 

 その後、関心無さそうに四人を一瞥した後、古瀬はその場から立ち去った。この一件によって、彼が学校側から呼び出しを受けることはなかった。

 

 

 

 その三日後、石九字は校舎を練り歩いていた。それらの姿を見て、他の生徒たちは端に寄って道を開ける。

 

 カツン、カツンと金属バットの音が鳴る。周りの異様な、何かから逃げるような様子を見て古瀬は振り返る。

 

 後ろには二十人近い人間がいた。正確には十八人、全員がこの学校の生徒で、一から三まで様々な学年が混ざっている。

 

 石九字は報復のために、この学校から集められるだけの人間を集めた。強引に呼ばれた生徒もおり、全員が諾々と従っているわけではない。

 

 石九字とその他数名、三日前に痛め付けられた四名はまだ傷が治っていない。ガーゼや包帯などを顔や手、頭などに付けている。

 

「よお、仕返しに来てやったぜ!」

 

 石九字は殺さんばかりの目で睨んでいる。金属バットを内部から破裂させ、その下から水晶でできた刺々しい棍棒が露わになる。

 

「俺は弱い者いじめが好きなんだ。だからお前よりちょっとばかし人数が多いがよ、文句は無いよなあ!」

 

 石九字には明確に古瀬を殺そうという意思があったわけではない。ただ、手足が動かなくなるように痛め付けてやろうという気概はあった。

 

 後のことなど知った事ではない。殺したって家が揉み消してくれる。親がいない無個性のガキ一人、死んだ所で誰も騒ぎ立てない。

 

 実際、石九字の実家がこの事実を揉み消す可能性は高い。普通ならばそのような事は困難だが、古瀬の場合はそれが容易なのは事実である。

 

 とはいっても、このような騒動を起こす石九字の事を、彼の実家は全くよく思っていない。家を守るために行う可能性はあるが、その結果向けられる視線は、彼が望むような慈愛や期待ではないだろう。

 

 この学校には、石九字が起こす不祥事を揉み消してきた実績がある。そして学校側は現在、この騒動を見て見ぬふりをしている。

 

 石九字が率いている集団の一人が職員室を見ると、窓際の教員と目が合うが、直ぐに奥へと引っ込んでいく。教員の助けは望めそうにない。

 

 多くの人数を集めたことで、石九字はどこか慢心していた。そして余裕ができたことで冷静になってしまう。

 

 人を殺すなど、冷静に考えてみるとただ事ではない。どれだけ悪ぶった所で、石九字は悪行歴一年目のボンボンでしかない。

 

 この状況を作った事で、石九字は今回の落としどころを考え始める。そうしなければ本当に、行き着くところまで行くしかない。

 

「今這いつくばって謝るなら許してやらないこともないぜ!」

 

 数発、憂さ晴らしも兼ねて殴れればそれで十分。周りが石九字に従っているのは力があるためであり、それを示す必要があった。

 

 前回の敗北によって、石九字は求心力をわずかに落とした。無個性に負けたとは誰にも言っていないが、今回の報復で誰に負けたかは明白である。

 

 何も無しに手打ちにはできない。石九字は心の中で条件を呑めと祈った。

 

 古瀬は十数人の人間を見て眉を顰めた後、今いる場所を確認する。ここは階段のすぐ隣にある、行き止まりの通路である。

 

 目の前の通路を塞がれると、教室側にしか逃げ道は無い。古瀬が教室を見ると、中にいる生徒たちに顔を逸らされる。

 

 武器を持っているのは石九字だけ、あとは全員素手だった。ぞろぞろと石九字の後ろから、道を塞ぐように出てくる。

 

 古瀬は拳を握りしめて構えを取る。

 

「いいからさっさと来なよ」

 

「お前、今なら謝るだけで許してやるって言ってんだぞ!」

 

「そうだね。じゃあ戦ろうか」

 

 狂人が。無個性が、十八対一で勝てると思う方がおかしい。せっかくの譲歩を無碍にしやがって、と石九字は怒りに燃える。

 

「そんなに死にたいなら、お前ら、行け!」

 

 ぞろぞろと顔を隠した生徒たちが近づいて来る。古瀬はその先頭の頭を殴り飛ばした。

 

 その戦いは一分弱で終わった。古瀬以外の生徒は全員廊下に倒れ伏している。唯一石九字のみが膝を突くに留まっている。

 

「前回はそんなに優しかった?」

 

「やめっ……」

 

 廊下に石九字の絶叫が響く。床で呻くが、痛みを押さえる事すらできない状態だった。

 

 その場には十七人が倒れている。一人は逃げ出した。途中で逃げ出したため、追うことはできなかった。

 

 周りからは、同様の物を見る目で見られる。その内先生がやってきて片付けるだろうと、古瀬は放置して教室に戻った。

 

 

 

 石九字たちが襲撃してきた後、学校側から古瀬に対して特にお咎めのようなものは無かった。特に何事も無く、今も普通に登校している。

 

 それは石九字たちの方も同様であり、その多くは何事も無かったかのように学校に来ている。彼らと古瀬が関わることはなく、あれ以降、特に何の衝突も起きていない。

 

 三週間の時が流れ、あれらの記憶も過去のものとなりつつあった。ただあれ以降、古瀬は周りから少し敬遠されるようになった。

 

 そんなある日、外からバイク音が聞こえてくる。その音に反応して教室内が騒がしくなり、外を見た生徒たちが騒ぎ始める。

 

 何かと思い古瀬も外を見ると、門の外に何台かのバイクと、百人以上の人間がいた。その人たちは、門の外で騒ぎ立てる。

 

「古瀬って奴を出せ!」

 

「おら早くしろ。このまま突撃してもいいんだぞ!」

 

 この時、古瀬は心当たり多くて、どれが原因か分からなかった。何が原因かによって、対応が変わってくる。

 

 誰かが、外の一団の中に石九字の姿があるのを見つける。古瀬は石九字が率いて来た集団かと思った。

 

「ここにいる古瀬って奴を倒せばいいんだな?」

 

「へっへっへ、何卒よろしくお願いします」

 

 明らかに、集団のボスらしき人物にへり下っていた。石九字が連れてきた集団のようだが、彼がこの集団のトップというわけではなさそうだった。

 

 古瀬はこの状況に驚愕する。まさか自分一人のために、百人以上の集団が襲撃をかけて来るとは思わなかった。

 

 今はお行儀良くしているが、いつ学校内に入ってくるか分かったものではない。それに音を立てて威嚇する姿は、それだけで不安を煽った。

 

 校舎内に古瀬を差し出せ、という声が無かったのは、ヒーロー志望の生徒が多かったためである。人を見捨てるなんてヒーローらしくない、という正義感が強かったわけではなく、この問題を解決すれば知名度が上がる、ヒーローになれるかもしれないという妄想、願望が強かったためである。

 

 古瀬は三階の窓から、下に飛び降りる。その内ヒーローか警察が来るだろうから、それまで時間を稼げばいいと思った。

 

 そのまま落下したわけではなく、パルクールのような動きで壁伝いに、舞空術を使わずに下まで降りた。

 

 その理由は、そういった力を持っていると相手に悟らせないため。石九字が自分の事をしっかり伝達しているとは考えづらいが、もしあの集団が自分を無個性だと思っているなら油断を誘える。

 

 心理、情報、その他さまざまな要因によって勝敗は決定する。力を軽視するわけではないが、それ以外を軽視するつもりも古瀬には無かった。

 

 下に降りた時、流石に誰か通報したよな、と古瀬は振り返って見上げる。普通は学校側がしそうなものだが、これまでの隠蔽を考えると信用しきれない。

 

 どの道、今更戻るわけにもいかない。近隣住人が通報しているだろうから、誤差みたいなものだろうと思うことにした。

 

「お前が古瀬か!」

 

「そうだよ」

 

 のこのこ出てきた相手をその集団は笑う。なぜ笑っているのか本人たちにも分かっていない。ほぼその場のノリである。

 

「こいつによお、お前を倒して欲しいって言われちまってよお」

 

「そっか。お前たち全員が敵ってことでいいのか?」

 

 馬鹿にするように周りがゲラゲラと笑う。

 

「お前一人で俺たち全員を相手にするつもりか!」

 

「そうだよ。そのためにそっちも来たんだろう?」

 

 周りが何か言おうとするが、リーダーらしき男は笑って受け流す。まさか本気で百人以上を相手に、一人で戦うつもりでいるとは思わなかった。

 

「そう言うな。全員でお前の相手をしてやってもいいが、それじゃつまんねえ。まずは四天王のこの天王寺を相手に……」

 

 リーダーはがたいがいい男を前に出そうとする。古瀬はその男を殴り飛ばして、リーダーの前に立つ。

 

「で、次は?」

 

 挑発するように周りを見回す。今、古瀬は囲まれており、周りは完全にやる気だった。

 

「正気とは思えねぇな」

 

「丁度いい腕試しだよ。お前たち百人より、ヴィラン一人の方が脅威だ」

 

「そんな生き方じゃ、長生きできねえぞ」

 

「もう死んでるよ。また死んだ所で、夢が終わるだけだ」

 

「そうかい。なら望み通り、ぶっ殺してやれオメェら!!」

 

 その声と同時に、周りの不良どもが一斉に古瀬へと襲い掛かる。

 

 古瀬はその場から移動しながら、襲い掛かって来る不良どもを相手取った。

 

 古瀬は結局、その場に居た百十一人の不良全てを倒すことはできなかった。八十人ほど倒した所で、警察が来てお開きになった。

 

 多くの不良がその場で捕まり、古瀬も事情聴取のために警察署へと連れていかれることになった。

 

 特に捕まることは無く、古瀬はすぐに解放される。この一件で捕まったのはリーダーと、他に余罪のあった数名のみであった。

 

 この事態の大本の原因ともいえる石九字には、特に何のお咎めも無かった。しかしこの一件で信用を完全に失い、以後卒業まで、彼が騒ぎを起こすことは無かった。

 

 この一件で、古瀬の名前は広く知られるようになった。名前は知らなくても、百人と戦った、百人切りを行った人間として知られるようになった。

 

 ただし古瀬自身は、ヒーローになれる可能性が上がるわけでも、強くなったわけでもないため、知名度が上がることにさほど関心は無かった。

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