古瀬は中学校三年生になった。
この頃、古瀬はバイトに勤しみつつ、金になりそうなヴィランの動向を探っていた。
木造の古い建物のドアをノックして、中の人に呼びかける。
「お届け物です。ハスハスハスハス様でよろしいでしょうか?」
ドアが僅かに開き、奥から人の姿が現れる。顔を少しだけ覗かせて、品定めするように古瀬を見る。顔は半分が隠れており、体の全体像は見えない。
「サインをお願いします」
相手は紙をひったくると、乱雑な音と共にサインを行う。紙を古瀬へと渡して、ドアを閉める。
「ありがとうございました」
このバイトは、偶に乱暴な人がいるのが困りものであった。錯乱して問答無用で襲い掛かってくる人もいれば、金に困って無理矢理配達物を奪おうとする人、気紛れで襲い掛かって来る人などがいる。
荷物を破損、紛失すれば金は貰えない。届けられなかった場合も同じである。なので、運び人としては無理にでも受け取ってもらい、サインをもらう必要があった。
まともにやろうとすれば、犯罪者と戦うより、よほど戦闘力が必要な仕事である。
強個性持ちが多数いる事務所へと品物を届けて、「サイン? 知るかボケェ!」と言われることも多い。そのため必要なのは戦闘力ではなく、機転の利く頭か、信用か、交渉力などであった。
ヒーローに見つかって追い回されることも多い。その度に相手から逃げて、服装を変える必要があるため、トータルで見ると、余程上手くやらない限りは、あまり割のいいバイトとは言えないのが実情であった。
慣れてきた人間は、安全な配達先が分かるようになる。面倒な配達先は避けて、簡単なものを数多くこなして金を稼ぐことが多かった。
古瀬は危険と安全の中間帯、凄く危険というわけではないが、他の人が少し手を出しにくい運び先を選ぶことが多かった。
この辺りであれば、襲ってきても一人の事が多く、戦うことになっても戦いの経験を積めると思っているためである。それに、他の人と取り合いになりにくいという理由もある。
そんな仕事をこなしながら、古瀬はこの時、あるヴィランを追っていた。配達を終えてスマホを見た時に、そのヴィランを見かけたという情報を得る。
追っているのは二年前に町を襲った、フーモファミリーの元幹部とその手下、残党である。金になるヴィランの中から、いくつか狙いはあったが、過去の因縁もあり、古瀬は彼らを狙っていた。
配達を全て終えてから、古瀬は目撃された場所へと向かう。
時刻は夜、月明かりが照らす港町の倉庫へと古瀬は到着する。高い場所からその周辺を探すと、辺りを見回っている人の姿があった。
古瀬はガスマスクを装着する。煙を吸わないため、そして顔を隠すためであった。
フーモファミリー残党との戦いを、古瀬は頭の中で何度もシミュレートしてきた。それは再戦のためではなく、実際に戦ったため、自分が知っている中で最も強いヴィランという認識が強かったためである。
あれに勝てる実力が無いのであれば、ヴィランとの戦いなんて無謀でしかない。最低限あれを倒せる実力は必要だと、頭の中で仮想敵として何度も戦いを想像していた。
その結論として、転移する敵を初手で潰さなければどうにもならない。あの個性持ちがいるだけで、どれだけ追い詰めても逃げられる。
そのため、転移の個性持ちの男が一人になるか、確実に倒せる位置に来るまで古瀬はひたすら待った。夏に近いため寒くはないが、虫が煩わしかった。
機会は、一時間半後に訪れる。男が一人他の仲間から離れて、倉庫の外に出る。
煙草を一服、というつもりだったのだろう。倉庫から出て直ぐの場所で足を止める。
古瀬は屋根から飛び降りて、男の背後へと着地する。そのまま男に一撃を加え、腕を回して首を締めあげて気絶させる。
その行動は、他の仲間たちが見ている目の前で行われた。彼らは驚きつつも、ゆっくりと突然現れた敵に対して敵意を見せる。
煙が倉庫内に広がる。その中から、両腕がハンマーの男が飛び出してくる。
「ツインハンマー!」
両腕が振り下ろされる前に、古瀬は接近して腹部を殴る。そのまま顎を蹴り上げて、マスクを男から引き剥がした。
残るは三人、個性は煙、砲撃、収納。古瀬は煙の向こうから、男が砲撃を放とうとしていることを察知する。
古瀬は射線から逃れるが、男は構わず撃ち放つ。高威力の砲撃によって、倉庫の壁が吹き飛ぶ。
「おい馬鹿、派手にやりすぎだ!」
派手に倉庫を破壊すれば、誰かが通報しかねない。警察とヒーローの介入をどちらも望んではいなかった。
古瀬は砲撃の個性を持った男へと近づき、蹴りでその片腕を破壊する。男はそれによって恐慌状態になり、古瀬の波掌撃によって倒される。
古瀬はマスクを奪って投げ捨てる。残るは二人、見張りにもう一人男がいたが逃げ出している。そちらに賞金は懸っていないためどうでもよかった。
収納の個性持ちは荷物の陰に隠れていた。古瀬はその上から近付き、気絶させた。
「テメェ、どこの差し金だ!」
古瀬は答えない。体格では煙の個性持ちが勝るが、相手視点からだと、古瀬は増強系の個性持ちに見える。一対一で戦うには分が悪い。
考えていると、古瀬が接近して組みつこうとしてくる。男にとって分が悪いながら、両者の戦いは互角だった。
思った以上に粘られていることに古瀬は驚く。できればこの辺りで、大技で決めたいところだった。
古瀬の片足が稲妻を放つ。両手を地面に付けて、四肢で跳ねるように一気に距離を詰め、男に向けて蹴りを放つ。
本当は竜巻旋風脚を使いたかった。しかし実際に使うには厳しかったため、妥協の末に生まれたのがこの技だった。
稲妻が走る脚で蹴ると見せかけて、もう片方の足で胴、顎と蹴って相手の体勢を崩し、本命の一撃を蹴り上げるか、斬りつけるように上から振り下ろす技。
「雷光波動脚!」
振り下ろされた稲妻は男のスーツを切り裂いて溶かす。男は視線を古瀬へと向けた後、その場に倒れる。
古瀬はすぐに義爛に連絡を取って、ヴィランを捕まえた事を伝える。どうすればいいか聞いた所、車を送るとのことであった。
回収人が来るまでの間、古瀬は倒したヴィランたちが逃げないように見張る。転移持ちが目覚めると、全員に逃げられる可能性があるため、割と気が気ではなかった。
全員を一カ所に集めて、横に並べる。煙は拡散したのか、気絶したことで消えたのか、既にその場には無い。
間もなく車が到着し、気絶したヴィランたちは連れていかれた。
古瀬はそのまま義爛の所へと向かい、金を受け取る。多少の前置きはあったが、鬱陶しかったので、早く金を渡すように彼は伝えた。
「元フーモファミリーの構成員が各二百万、幹部が五百万で合計千三百万。手数料が三割で三百九十万。残り九百十万がお前の取り分だ」
古瀬は札束を服の中に突っ込む。確定申告にどう書こうかと思った。
「欲しい物があったら言いな。できる限り用意してやる」
認められたからか、それとも金があるから搾り取ろうと思っているのか、義爛は笑いながらそんな事を言う。
「その時は頼むことにするよ」
そう言って、古瀬はその場から立ち去る。建物を出てから、ガスマスクを脱いだ。
一先ず、学費を稼ぐことはできた。後は入学試験に向けて、訓練を積むのみである。
ただ古瀬は、自分が雄英高校には受かるかは微妙な所だと思っていた。落ちるのではないかと、どこか冷めた目で世界を見ていた。
どれだけ力を付けた所で、結局自分は無個性でしかない。凄い力がある、でもその力は無個性じゃなくても使える。だったらその力は個性持ちに覚えさせた方が、きっとその方が合理的だ。そんな風に考えるんじゃないかと思った。
だからどれだけ試験で結果を残そうと、自分が選ばれることは無いのではないか。無個性を合格させる理由が無いから。
訓練に全力は尽くすし、手を抜くつもりも無い。それでも、どうしようもない事はある。選ばれるかどうかは、他人にしか決められないのだ。
あるいは、無個性には無理だと証明するために、試験を受けようとしているのかもしれない。頑張って頑張って、全ての時間を使って、100%の実力を出し切っても無理なら、どう足掻いたってヒーローになるなんて無理なんだ。
その時は、ヴィランになろうかと古瀬は思っていた。彼の目的は無個性が無力ではないと知らしめること。
ヒーロー資格を取れれば無個性でもそれができるという権力によって保障された実力の証明になるし、それが無理なら、ヴィランになってヒーローを殺して回ることで力を証明するのでもよかった。
どちらでも無力ではない事の証明にはなる。古瀬としてはどちらでもよかった。
ヴィランになる場合ははヴィラン連合に入りたいが、入れてくれるかどうか。無個性なんて、チンピラとして使い捨てられるだけかもしれない。
もしヴィランになる場合は、道場の人間に迷惑をかけることになるだろうから、古瀬はそれ以前の縁を全て切るつもりであった。
雄英の入学試験に落ちたらどうするのか。古瀬は何度か聞かれたことがあるが、誰にもはっきりとは言っていない。
結局、自分の十年は、一年間頑張ったお主人公様に敵わないのだ。この世界は原作主人公、緑谷出久のためにできていて、彼がヒーローになるための物語なのだ。自分はただの、その辺にいるモブでしかない。
世界は主人公に都合よくできていて、彼が活躍するために事件は起きるし、彼が栄光を手に入れるために世界は回るのだ。
それが世界の理ならば、仕方がないのだろう。それが世界の運命で、収束する未来ならば、それはそうなるものなのだろう。
でもそれじゃあ詰まらないから、もっと面白くしてやろうと思った。世界の全てが緑谷に微笑むなら、自らの悪意を持って、ささやかな嫌がらせをしてやろう。
おそらく結末は変わらない。ご都合主義というものがあるならば、どのように道筋を変えようと、物語の結末は収束する。
古瀬は物語の結末を知らないが、ハッピーエンドだろうという確信はあった。大方主人公の活躍によって世界か日本は救われて、主人公が最高のヒーローになって終わりじゃないかなあ、と予想する。
どうせ主人公が褒め称えられるだけの物語なら、せいぜいその過程で苦しんでほしい。敵が五人死んだら、味方も五人死んでほしい。
具体的な過程は不明だが、味方が誰一人死なず、敵は全員が死ぬような、何の犠牲も無く敵を全滅させるような、ご都合主義はごめんだった。
敵が百人死ぬなら、味方も百人死んでほしい。それでこそフェアというものだろう。敵にだけ犠牲を強いるような、味方側にだけ都合のいい法則が働くような、そんな一方的な虐殺はつまらない。
だからそのために、古瀬がまず思いついたのは、マスキュラーというヴィランを捕まえる事だった。
マスキュラー、個性は筋肉増強。筋繊維を増幅し、体の内外に纏う事で筋力を強化する増強系の個性。
記憶によると、このキャラは林間学校編において緑谷と戦うらしい。それなら、その前に捕まえて、原作主人公が得る戦いの経験値を削いでやろうと思った。
なお、古瀬は知らないが、ヒロアカは敵との闘いより学校での訓練やプロからの指導の方が能力値上昇は高いため、マスキュラーがいない事で緑谷が弱体化することはほぼ無い。
寧ろ居ない事で難易度が下がり、爆豪が捕まらない、または原作では逃走したヴィランが捕まる可能性が生まれる。
古瀬の記憶はかなり朧気だが、マスキュラーは林間合宿編に登場し、そこに登場する子供の両親を殺害したという事は憶えている。最後は原作主人公に倒された。
その後は、緑谷は確か子供を助けにその場所に向かったため、普通はそのまま安全な場所に向かったのではないかと古瀬は思った。
まさか自分がボロボロの状態なのに避難せずに、どう考えても自分より戦闘力が高い先生に子供を押し付けて自分は戦いに向かうなんて、そんな事あるはずないだろうと。そんな状態で来られても迷惑だし、足を引っ張りかねない。
倒すにあたり、問題は二つ。マスキュラーの居場所が分からない。ヴィランは基本隠れているため、オールマイトが健在の現状、簡単に姿は現さない。
もう一つは単純に、今の古瀬の実力で勝てるのかということ。お互い近接戦が主体で、マスキュラーは筋繊維が増えるため時間と共に強くなるのに対して、古瀬は気の消耗があるため時間と共に弱くなる。
はっきり言って、相性が悪い相手であった。戦うならば短期戦、相手が全力を出す前に、一気に決める必要がある。
マスキュラーは戦闘狂タイプだったため、戦いを求めて定期的に表に出てくるのではないかと古瀬は予想する。となれば、どこかで被害を出してニュースになるか、地下闘技場辺りに出没するかもしれないと思った。
現状できることは無いため、ニュースと地下闘技場に目を光らせつつ、訓練を継続することにした。
マスキュラーの出現を聞いたのは、八月下旬の事であった。住宅地に出現し、被害を出しているとニュースで報じられる。
古瀬は習得した瞬間移動で、出没した町へと向かうことにした。知っている気が偶々あったためそこまで移動し、後は主に徒歩で移動した。
到着した時、マスキュラーはまだ暴れている最中だった。警察やプロヒーロー、一般市民の目があるため、古瀬はしばらくその様子を見守る。
戦いの勝敗は定かではないが、マスキュラーが捕まることは無かった。古瀬は移動するマスキュラーの跡をつける。
周囲の目が無くなった所で、古瀬はマスキュラーの前に姿を現す。尾行には気付いていなかったようで、初めて見るような反応だった。
「何だお前。誰かの、敵討ちか!」
今の古瀬はガスマスクを着けているため、顔は見えない。また、だぶついた服のせいで細身に見えることもあり、脅威とは見做されなかった。
撃てるのは数発、失敗は許されない。集中しており、睨むような目付きだったことがマスキュラーに復讐者だと誤認させた。
古瀬は事前に決めていた通りの動きで、決めていた経路を辿るように距離を詰める。これまでにマスキュラーの戦闘を映像で見て研究していた。
ある地点で速度を落として相手の攻撃を誘い、それを躱してマスキュラーの腕側面に二重の極みを叩き込む。
筋繊維に覆われたマスキュラーの腕の骨が砕けるが、古瀬もその反動によって腕が軋み、表情を歪める。
気によって腕の強度は上がったが、腕力も上がったため、二重の極みの反動はそれに比例して大きくなった。その分、威力も上がったが、全力で打てる数は結局変わっていない。
「テメェ、やる気か!」
次に相手の左腕に、二重の極みを打つ。筋繊維に覆われていた腕の骨が砕け、マスキュラーは体勢を大きく崩す。
しかし同時に、古瀬の腕も反動によって限界が近かった。おそらく、二重の極みを撃てるのは次が最後。
古瀬は跳躍して、マスキュラーの顔に近づく。筋繊維が彼の顔を完全に覆う前に、互いの顔が接近する。
「無駄だ!」
筋繊維がマスキュラーの砕けた骨を固めて、腕を形成しようとする。巨大な腕が、再度古瀬に振るわれようとしていた。
「いいや、この距離が欲しかった」
古瀬は素早く、マスキュラーの顔に二重の極みを叩き込む。腕が限界間近だったため全力は出せなかったが、それでも相手の意識を刈り取るには十分だった。
マスキュラーの体が地面に沈む。筋繊維が消えて、体は最初の状態に戻った。
意識を失っていることを確認してから、古瀬はマスキュラーの体を担ぎ上げる。そのまま瞬間移動を使って、義爛の所へと持っていった。
「こいつを売れる奴を探してくれ」
古瀬は義爛を介して、マスキュラーをヒーローに売ることにした。金が欲しかったというのもあるが、それが一番不自然の無い行動だと思った。
急な頼みだったが、義爛はそれを引き受ける。購入者する人間はすぐに見つかった。
その間、古瀬はマスキュラーが逃げないか見張っていた。暇だったし、ここで逃げ出されてはせっかく捕まえたのが無駄になる。
マスキュラーには睡眠薬が投与され、しばらくは目を覚ましそうになかった。念のため、手足は拘束されている。
購入者は程なくして現れた。中年の男で、青いヒーロースーツを着ている。
「こいつがマスキュラーか。ふむ、間違いなさそうだな」
よく確認もせず男はそう言った。見張りをしている古瀬のことは気にも留めていない。
「即金で八百万、それがこいつの出した条件だ。お互いの条件に異論は無いか?」
「ああ、かまわない」
「うむ、よかろう」
古瀬もその男も、どちらも態度が不遜でそれ以上の会話は無かった。
男はマスキュラーを外へと運んでいった。古瀬は義爛から金を受け取る。札束を紙袋に放り込んで持って帰った。
その翌日、朝食を食べているとマスキュラーが捕まったというニュースが流れる。捕まえたのはサワーマジシャンとのことだった。
テレビを見ると、昨日の男が映っている。いかにして自分がマスキュラーを捕まえたのか、その詳細を刻々と語っている。
そうしていると、古瀬の隣に同じ養護施設の少女が座る。
「あー、マスキュラー捕まったんだ」
「知っているのか?」
「結構有名だよ。昨日も住宅地で暴れてたし」
ふーん、と古瀬は極力反応を示さないように朝食を食べる。露見しても損しかないため、できるだけ無関心を装った。
「あのサワーマジシャンってヒーローは有名なのか?」
「さあ。でも何回かニュースで見た事あるよ。結構、活躍もしているらしいし」
「そうなんだ」
古瀬は素っ気なく答える。思ったよりも実力があるのか、あるいはそれらも買った活躍か。どちらでもいいし、無用な詮索だなと彼は思った。