古瀬は記憶の中の、原作主人公の活躍を思い出す。授業でヴィランに会って、体育祭をして、ステインと戦って、林間合宿でマスキュラーと戦って、後はカラスマスクの男とも戦っていただろうか。
何とか原作主人公の経験値を削ってやりたいと考えていた古瀬は、何かできることは無いかと考える。
学校の襲撃に関しては、首謀者はオール・フォー・ワンのため関与はほぼ無理。体育祭も妨害は無理だし、ステインでも狙おうか。
ステインと戦う際に、問題になるのはその強さである。本来は三対一で戦うような相手だが、気によって刃物が通らない古瀬との相性はかなりいい。
マスキュラーは既に捕縛済み。となると後はカラスマスクの男、治崎である。
治崎は指定敵団体、死穢八斎會の若頭である。個性はオーバーホール、触れたものを分解し、瞬時に修復することができる。
古瀬との相性は非常に悪い。触れることが個性発動のトリガーのため、近接戦が主体の彼からすると、非常に厄介な相手だった。
そうでなくとも、死穢八斎會は非常に危険な組織である。古瀬としては、好き好んで手を出したいとは思わなかった。
古瀬は、原作での治崎の動向を思い出す。組長を意識不明にして組の実権を握り、変わった個性を持った少女を材料にして、個性を消す弾丸を作っていた。
またアンチスレにて、緑谷がその少女を戦いで道具として使っていた、というスレがあったという記憶がある。
しかし実際の所はどうなのかが、古瀬には分からなかった。前世の記憶の持ち主はヒロアカに完全に興味が無く、大まかなストーリー以外の殆どを忘却している。
アニメで実際にそんなシーンがあったのかどうか、それともアンチの難癖なのか、古瀬には判断が付かなかった。
まあおそらく、その少女がいないと緑谷は困るのだろう。どれくらい困るのかは不明だが、それを前提にして動くことにした。
少女の名前は壊理、個性は巻き戻し。ただし古瀬はそこまで知らない。個性破壊弾は巻き戻して個性を消す、という事は知っているが、壊理の個性の、その詳細についてまでは知らない。
とにかくインターン編のキーパーソンであり、この少女がいなければ、そもそもイベントそのものが起こらないのではないかと古瀬は思った。
ヒーローと警察が死穢八斎會に突入した理由は不明だが、個性破壊弾が原因なら、少女を連れ出すことで製造が止まり、衝突が無くなるかもしれない。
そう上手くは行かないかもしれないが、突入が送れることで、インターン編中にこのイベントが発生しなくなるかもしれない。
仮に発生しても、その少女がいなければ緑谷は苦戦するはず。とはいえ流石に主人公だし、少女一人がいないからといって、負けることは無いだろうと古瀬は思った。
自分に少女を連れ出すことはできるのか。真正面から行って、少女を確保して逃げるのは無理だろう。それが可能かどうかはともかく、それを行ったのが古瀬であると知られれば、報復される危険性がある。
自分一人ならばともかく、道場や孤児院の人に危害が及ぶ可能性がある行為は避けたかった。やるならこっそり、誰が行ったのか分からないように。
丁度、古瀬はそれを行うのに都合のいい技を覚えている。瞬間移動を使って少女の所へと飛び、即座に連れて帰れば痕跡はほとんど残らない。
問題は、その少女の気が分からないという点である。古瀬の気の感知は、人のおおよその場所は分かるが、その人物がどのような人間かまでは分からなかった。
もし間違って別の人間の目の前に飛んだら大事である。チャンスは一度、そして確実を期さねばならない。
そのために、古瀬は死穢八斎會の周囲を探ることにした。危険なため本拠地には近づかず、組員にも直接接触は行わない。
数多くある気の中から、少女の姿を一つずつ探していく。そう簡単に出てくることは無いだろうと思っていたし、実際少女の姿を見つけることは無かった。
だからその気が少女ではないと確認したら、この気は違うと弾いていき、最後に残ったまだ調べていない気が少女だろうと古瀬は思った。
その結果、古瀬は少女の気を二択にまで絞れた。彼は一人に絞れると思っていたため、二択じゃ困るんだよ、と膝を突く。
確率五割、命を賭けるには低い数字である。古瀬は冷静になって、もう一度二つの気の動きを確認する。
どちらも屋敷の中から、一歩も外に出てきていない。しかし片方は僅かに動きがあるが、もう片方は全く動いていない。
「……ああ、まさか組長か?」
死穢八斎會の組長、治崎と仲違いした結果、治崎に何かされて意識不明になった人物。その人が屋敷の中にいるなら、全く出てこない理由にも納得がいく。
とはいえ、絶対の自信はない。外したら計画は中止、即座に撤退に移らねばならない。
また連れ出した後、壊理をどこに保護してもらうかも問題だった。実力が足りず、周りを危険に晒しかねないため、古瀬が保護する事はできない。
かといって、普通の児童養護施設では、治崎に連れ戻されかねない。
あれでも一応、実の祖父である組長の部下なのだ。正当な理由と権利を主張されたら、警察だって引き渡しかねない。
虐待を見抜き、法律なんか知った事かと言いそうな、ヒーロー精神を持った人物。強引に奪い返そうとしてくるかもしれないため、高い戦闘力があればなお良い。
「……エンデヴァーとか?」
古瀬は、地獄の轟家とか、エンデヴァーの家庭事情などを全く知らない。体育祭の時に、母親がヤカンか何かで火傷を負わせていたことは知っているが、まあやったのは母親だし、その人は入院していた気がするし別にいいかなと思った。
守れるだけの力があって、預けても大丈夫そうとなると、そもそもの選択肢が少ない。
古瀬としては、子供がいるという事は子供を育てたことがあるわけで、なら子供を任せても安心だよね、という認識だった。
轟家の場所を確認して、どのようにして渡すか考える。あまりうろうろしていては怪しまれかねないため、下見をするにとどめた。
瞬間移動を使って壊理を連れ出す場合、移動先の状態を確認できないのが怖い。監視カメラやセンサーなどがあり、移動した瞬間に警報が鳴り響く可能性もある。
特に、身元の特定だけは絶対に避けなくてはならない。そのために古瀬は、変装のための各種道具を揃えることにした。
購入者から身元が割れないように、できれば変装用の服を買うのは避けたかった。おそらく服は最も目に入りやすく、真っ先に調べられるであろう。使った後は焼却するのが望ましい。
義爛から仕入れてもいいが、あちらからは別の物を買う予定である。怪しまれないように、調達はできるだけ別々の場所から行いたかった。
今は十二月、クリスマス用の飾り付けや商品が並び始めている。となれば、赤い服が最も怪しまれずに入手しやすいかと思った。
その他にも、変装用のマスクにボイスチェンジャー、匂いを変えるための香水や手袋などを揃える。見た目も、声も、匂いも、指紋も、一切残すつもりは無かった。
壊理に対しても、自身の情報は一切与えない。露見する可能性は、可能な限り減らすつもりであった。
計画としては、壊理を屋敷から連れ出して、義爛から仕入れた睡眠薬を料理に入れて食べさせる。早朝まで待ってから、壊理を轟家へと連れていき、玄関前にこっそりと置いて帰る。
計画に問題は無いか、古瀬は再度確認する。問題が起きた場合のサブプランなんて存在しない。勢いと気合で乗り切れ。
杜撰な計画だな、と思いつつ、細かい部分について考える。服はどこで着替えるのか、どこに連れていくのか、暖かい服は必要かなど。
衣装がサンタなら、決行はクリスマス前夜が望ましいかと考える。ついでにプレゼントと、ケーキでも用意しておこうかと思った。
「ほっほっほ、飾り付けを変えねばならんのう。違う」
訓練の合間に喋り方を練習しながら、古瀬は決行日が来るのを待った。
クリスマス前日、古瀬はサンタの衣装へと着替える。町にはイベントや宣伝などで、サンタ服の人間が溢れている。
白い髪と髭の付いたマスクを被り、細身ながらその見た目はサンタであった。ボイスチェンジャーを喉に着け、香水を付けて、手袋をはめる。
「さて、行くか」
夜も更け、空は暗く、明るい通りからは離れている。もしかすると壊理は既に眠っているかもしれない。それならそれで都合がいい。
余分な荷物はその場に置いて、身軽な格好で向かう。またその場には、瞬間移動の目印として連れてきた、その辺のハトが籠の中に入っている。
古瀬は死穢八斎會の中の気を探る。確率は二分の一、いや、自分の推理は当たっているのかどうか。違えば計画はここでおしまい。さて、天運を持っているのは果たして誰か。
壊理だと予想される気の場所へと瞬間移動する。その場所にいたのは、暗い部屋の中でじっと古瀬の方を見つめる少女だった。
この時、時刻は十一時を回っている。もしかしたら眠っているかもと思っていた古瀬は、移動した瞬間に壊理と目が合ったことに驚愕する。
声を出すことなく、古瀬は壊理の肩に触れる。そしてそのまま、ビルの屋上へと瞬間移動する。
「メリークリスマス」
「めりー、くりすます?」
警戒、困惑、どちらかと言えば状況がよく分かっていない、と言った方が正しいだろうか。壊理は古瀬の姿を見上げている。
「儂はいい子にしていた子供たちにプレゼントを配っておるものじゃよ。君が壊理ちゃんかな?」
いい子と言う言葉に一瞬躊躇うが、壊理は名前に対して小さく頷く。
壊理は過去に、自らの個性の偶発によって、父親を巻き戻して消滅させている。
また、治崎の洗脳によって、自分のせいで誰かが死ぬ、自分が我慢すれば誰も傷つかずに済む、という精神状態にあった。そのためその質問に肯定することも否定する事も躊躇われた。
古瀬はそのような事情を知らないため、このような言い方になった。彼は相手の反応には気付いていたが、その内面までは分からなかった。
鳥かごを手に取り、ケージを開けてハトを逃がす。中から突然何かが羽ばたいて飛び立つ姿に、壊理は少しびっくりしていた。
「これが君へのプレゼントじゃよ」
用意したのは普通のテディベアである。自分の色を出さないもの且つ、プレゼントとしてありきたりな物を選んだ。
箱からテディベアを取り出して、よく分かっていなさそうに、物珍しそうに見ている。はっきりとその全容を確認して、気に入った様子だった。
「ケーキもあるが食べるかね?」
差し出したケーキワンホールを切り分けて皿に乗せる。壊理は少し躊躇っていたが、最初の一口を食べた後は一気に平らげた。
クリスマス前日だし、もしかしたら夕食は御馳走で、お腹がいっぱいかもしれない。だとしたらケーキは入らないかもな、と懸念していたが杞憂だった。
まあ、食べなかったら食べなかったで、睡眠ガスを使うつもりであった。穏当に済んで良かったと、古瀬は胸を撫で下ろす。
ケーキを半分食べた後、壊理はうとうとし始める。椅子から倒れそうだったため、古瀬は彼女を横に寝かせて、用意していた寝袋に入れる。
後は早朝に轟家に連れていけばミッションコンプリートである。取り敢えず、壊理を暖かい所へと連れていった。
日が昇る少し前に、古瀬は壊理を轟家へと連れていく。門を飛び越えて中に入るが、幸いまだ誰も起きていなかった。
指紋を残さないように、定規を使って『コノコヲタノミマス』と書いた紙を、安全ピンで寝袋に付ける。
壊理を玄関前に置いて、無責任に古瀬は帰った。朝になれば家の人間が発見して、その後はなるようになるだろうと思った。
少しも疑われないように、古瀬は今後この場所に近付かないつもりだった。壊理がどうなっているのかについても、今後確認するつもりは無かった。
できるだけ証拠を残さないように、その日に使った物は全て燃やすか廃棄した。それによって、古瀬とサンタを結びつける物証は全て無くなった。
できるだけ痕跡は消したつもりだが、それでも個性持ち相手だと見つかる時は見つかる。その時は、逃げるしかないかなと考えていた。
しばらく警戒していたが、その後、古瀬の周りに死穢八斎會が現れることは無かった。
一月下旬、古瀬が道場で参考書を読んでいると、黒瀬が絡んでくる。
「ちょっとそこに立ってみて」
「何で?」
「いいから」
言われた場所に立つと、黒瀬は腕を伸ばして古瀬に掌を向ける。何かしようとしていることは分かったが、それが何かは分からなかった。
「『ベタン』!」
古瀬の体に負荷がかかる。動けないほどではないが、体にずっしりとした重みを感じる。
効果が切れたのか、黒瀬が解除したのか、体への負荷が消える。黒瀬は、どうだ、と笑みを浮かべていた。
「今のは?」
「私が見つけた、新しい性質変換。重力を増やす力だよ」
ドラゴンボールの修行法と言えば重力である。それを聞いた古瀬は、おお、と感嘆の声を上げる。
「いいじゃないか。実にいい。でも流石に、今から覚えている暇は無いかな」
現在は入学試験一カ月前、今からこの技を覚えている暇はない。誠に遺憾ながら、仮に覚えられても中途半端な力しか発揮できないだろう。
使い物にならない技を覚えるよりも、既存の技を鍛えた方がいいと古瀬は判断する。
「後で覚えるから、やり方だけ教えて」
特に嫌な顔はせず、黒瀬はやり方を教えてくれる。変換はできたものの、微弱な出力しか出なかった。
習得には長い時間が必要そうだった。今は時間が無いので、本格的な習得は入試の後に行うことにした。