プログラマー舐めんじゃねぇぞ   作:紅乃 晴@小説アカ

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・旅の始まり

 

 

闇は、光と同じように、いつも人間と寄り添っている。忘れたい記憶の底で、息を潜めて。

 

怒り。妬み。憎悪。

 

押し殺した涙と、言えなかった後悔。

 

それらはやがて、澱み、沈み、膿のように世界へ滲み出す。

 

その名を、この世界では呪力という。

 

見たこともない異形の影が夜道に立ち、誰かの胸の痛みが膨れ上がり災害へ変じるたび、呪術師は祓い、呪詛師はときにそれを利用し、呪霊は負のエネルギーから生まれる。

 

呪霊も呪術師も呪詛師も、その力が特級ともなれば、国家すらも転覆できる悪夢の権化だ。

 

この流れは、今に始まったものではない。

 

人が生まれ、争い、憎しみ合った古代より続く長い業の道。呪術師は祓い手として王侯や宗派に仕え、

呪詛師は営みの陰で怨念を集め、時には呪霊とすら手を組み、己が利益や自尊心、欲、大義を満たすために動き続けてきた。

 

歴史は繰り返し、幾度も血で濡れた。

 

時に国家が呪力で傾き、時に一族が呪詛で滅んだ。

祓う者と呪う者は常に隣り合い、互いの影となり続けた。

 

そして現代。

 

負の感情はかつてない速度で膨張している。ネットワークという人の感情が容易に拡散できる世界が生まれたと同時、個人の中で揺蕩っていた負の感情もまた世界中へと拡散できるようになってしまったのだ。

 

情報が溢れ、怒りが連鎖し、絶望は拡散する。

 

人々が抱える闇の総量は、史上最大の濃度に達し、その容量は日々更新されつづけている。

 

結果として、呪霊による災害被害も激増した。

数も、質も、規模も。

 

集団ヒステリックによって生まれる特級。

戦争の記憶が凝り固まり形になった老いた怨霊。

祈りと信仰が裏返り怪物と化した大地の影。

 

呪霊災害は日常へと侵食していた。

 

 

 

 

 

 

呪力というのは、解釈をすればエネルギー源であると俺は思う。

 

日々、呪霊や負の感情が蔓延るこのクソッタレオワタ式の世界に生まれ落ちてから、その考えが変わったことはない。

 

いや、わかるよ?呪力ってその個人の力量を測ったり、こうなんというか、オーラ的な感じで強キャラだったり、とてもすごい!(語彙力不足)術式を生み出して、呪霊やらを圧倒するとか、そう言ったファクターとして必要不可欠であるということくらい。

 

伊達に俺も転生したわけじゃない。いや転生というか……生まれ直しか?

 

仕事終わりに「仮面ライダー555」のネット配信を眺めていて、小腹が空いて外へ出た所までは覚えているが……気がついたらこの世界で両親の元に生まれ落ちていた。

 

俺の名前は 乾 琢己(いぬい たくみ)。

 

乾家に生まれた、たった一人息子だ。

 

乾家は、一応……呪術師の家系らしい。

「遡れば室町の応仁の乱で名を挙げたのだぞ!」と父は胸を張るが、そこから今日までの功績は、見事なまでにゼロ更新。

 

戦国でも江戸でも明治でも、存在感は霧散。

 

家系図の後半なんて、ほぼモブ。

 

RPGで言えば序盤だけ強かった古武士みたいな立ち位置。膝に矢を受けてしまってなというキャラだわ。

 

だが、なぜか歴史だけは続いていた。

細く長く、だらだらと。

 

俺が物心ついた頃、すでに食卓には不穏な単語が並んでいた。

 

「今日は二級呪霊が出てな……」

「隣の家の子が呪詛返しに遭ったらしいぞ」

「味噌汁取って」

 

いや待て、食卓で飯と呪霊案件を並列に言うな。

 

その瞬間、俺は悟った。

 

あ、これはアレだな。

もしかして異世界転生的なサムシングでは???

 

転生者的センサーがビリっと反応した。

なんせ前世では普通の社会人、仮面ライダー555見て、気づいたら赤ん坊になってたわけだ。

 

人生のアップデート通知なし。パッチファイルもありません。なんてこった、転生特典なんて受けとらんぞ。

 

で、そんな家で俺が習う呪術教育はどうだったかと言うと、父の方針はやけに現実的だった。

 

「うちは御三家じゃねぇからな。呪力は護身用。術式?そんなカッコいいもん無い!」

 

言い切り方が逆に気持ちいい。呪術師の家のくせに、やる気の方向性が妙に庶民寄りだ。

 

教わったのは呪力の流し方、回し方、ため方。

そして家伝の 乾流体術。

 

動きは堅実であり、華は全くない。

だが粘り強く、攻防共に優れ、実戦にはもってこいである。

 

家の空気も殺伐とは無縁。

父は呪術師がほぼ副業扱いで、本業は地方総合商社の課長である。休日にゴルフと呪霊退治をいい感じに両立させている。

 

母は呪力が使えるが、スーパーの特売で息子を借り出し、一人一つの卵とトイレットペーパーにテンション上がる普通の主婦だ。

 

呪術師というより、呪術を知る一般家庭といった風情だ。

 

朝は普通にトースト焼いて「いただきます」。

夜は普通に風呂入って「おやすみなさい」。

そして家族団欒の会話。

 

「今日の呪霊、そこそこ強かったな」

「お父さん、呪符は足りてる?今度買い足そうか?」

 

……うん、やっぱ普通じゃねぇわ。

 

周囲から浮くこともなく、小学校、中学と順当に進み、友達もできたし、誰も俺を異端扱いなんてしない。乾家は呪術師なのに、生活感が庶民すぎて逆に馴染む。

 

気付けば俺は、呪術と日常が綺麗にブレンドされた生活の中で育っていた。

 

 

閑話休題。

 

 

話は冒頭に戻るが、俺は呪力=エネルギーだと確信している。

 

負の感情が燃料となり、怒りや後悔の澱が圧縮され、その熱量が術式へと変換される。呪力の濃い人間ほどトラブルを引き寄せるのは、言わばバッテリー容量が大きい証拠だ。

 

つまるところ呪力とは、人体にも、そして人体外でも特に抵抗を受けることなく流せる超汎用エネルギー!

 

そしてその制御こそが呪術師の腕の見せ所だ。

 

御三家である五条家、禪院家、加茂家は、歴史と血統と才能が揃ったレジェンド職の皆さまだ。

 

六眼!無下限!十種影法術!赤血操術!

 

名前だけで「強い」ってわかる厨二ワードが飛び交う世界。父は尊敬とロマンを混ぜた口調で語った。

 

「御三家の術式は選ばれし者の特権だ」

「特級術式は神話クラスだ」

 

うん、わかる。すげぇしカッコいい。

 

でも、俺の視点はそこではない。

 

前世、俺はプログラマーだった。

 

コードを組み、条件を積み、挙動を設計する生き物だった。人類は、自然現象も数学で語り、機械はそれに基づいたロジックで動く。複雑さの正体は、分解すれば全て単純な処理の集積だ。

 

そして俺はこう考えた。

 

御三家の術式は先祖が書いた最強のプログラム。なら俺は、新規プログラムで勝負すればいい。

 

歴史ある家系の術式は尊い。

でも所詮は完成済みのレガシーコード。

最適化済みで強いが、仕様変更には弱い。

 

じゃあ作ればいい。

誰も持ってない術式を、自分の手で。

 

その考えが芽生えたのは、中学一年の冬の夕暮れ。

 

部活帰りの校門前、陽の落ちかけた夕焼けの赤がアスファルトに延び、湿った影がひとつ……いや、ひとつでは足りないほど黒く濃かった。

 

同級生の悲鳴。反射で振り向くと、そこには人間とは呼べぬ歪な影。

 

皮膚は青白くただれていて、口だけがやたら大きく開いていた。低級呪霊……同級生は知らず、見ることもできない災害。

 

だが俺には見えた。

 

足が勝手に動いた。

 

助けようとか、勇気とか、そんな綺麗な理由じゃない。ただ、ここで逃げたら一生後悔すると身体が叫んだ。

 

潜在呪力も低く、実践経験なんてものも数える数しかない。しかも父に連れられたの見学程度。

 

でも、関係ない。

 

「うおおおおおッ!!」

 

喉が裂けるような声が出た。恐怖で震えたまま飛び込んだ。拳に呪力を乗せる余裕など無い。ただ全重量を前へ叩きつけた。

 

一撃。

 

骨が軋む感触と共に呪霊の肉のようなものがぐしゃりと凹んだ。

 

蹴り、膝、肘、頭突き。

技でも術でもない。ただの必死の殴打連打。

 

呪霊が呻き、腕のような影を振り回し俺の肩を裂いた。

 

痛い、怖い、死ぬ。

 

その文字が脳の中で点滅する。

 

それでも、足は止まらなかった。

 

「逃げろ゛ッ!早゛く゛!!」

 

同級生が涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら走り去る。

 

呪霊が再び突っ込んでくる。俺は反射で重心を落とし、父に教わった体捌きで攻撃を躱し、拳を叩き込む。

 

低い姿勢で潜り込み、渾身の正拳を顎へ。

衝撃で拳の皮が裂けた。

それでも殴った。

殴って、殴って、殴り続けた。

 

骸のような呪霊はふらつき、最後の一撃。脳天へ叩き込んだ踵落としが決め手となり、影は霧のように掻き消えた。

 

息が乱れ、喉が焼けつくほど叫んだ後。

血まみれの手を見つめて、俺は震えた。

 

呪霊を殴って殺した。

そして同級生を助けた。

 

その瞬間、確信が芽を出した。

 

呪力が弱いなら、増幅すればいい。

術式がないなら、作ればいい。

 

御三家じゃない?そんなこと知るか。

俺は俺のロジックで戦う。

 

だって、前世で見ていたヒーローは。いつだって普通の青年が、自分の手で変身していた。

 

だったら俺も。

 

この世界で、そうなればいい。

 

目標は前世で画面越しに見た憧れの象徴。

 

スマートで、黒くて、加速と疾走の仮面のヒーロー。

 

そう、「仮面ライダー555」だ。

 

どうせやるならカッコよく。

どうせ作るなら光り、鳴り、変身したい。

 

安直?

上等だ。

ロマンに理由なんて必要ない。

 

プログラミングは得意。ハードは苦手。

 

だが呪力は未知の素材で、制限はない。電子基板を呪力回路とみなし、市販アンプを魔改造して増幅ユニットに変える。

 

失敗してショートして煙が出た日も、呪力が逆流して指が痺れた夜も、全部進歩の過程。

 

俺の部屋は数年で研究所になった。

深夜には青い火花が散り、机の上にはハンダの匂いが漂い、ただ自分の中にある解釈を呪力に落とし込む。

 

呪力への解釈を深めるんじゃない。逆だ。純粋にエネルギーを伝導出来る呪力を自分の得意とするシステムへと落とし込んで、嵌め込んでいく。

 

そして……ついに術式(システム)は完成した。

 

「できた」

 

一つのベルトが机に鎮座する。

 

指定のコードを押せば、呪力が回路を走り、装甲生成の命令が実行されれば可視化される。

 

それが俺の、呪術師としての始まりだった。

 

 

 

 

 

 

東京高専の資料室に呼び出されたのは、七月下旬。

湿気が肌にまとわりつく、生温い午後だった。

 

蛍光灯の白はどこか剥げた月のように青く、机に積まれた資料は湿気を吸って紙の端がわずかに波打っている。

 

「呪霊発生件数、ここ三ヶ月で 約68%減少 ……」

 

白髪の上層術師が低く呟き、分厚い報告書を指で叩いた。

ページをめくるたび、紙が擦り合い、乾いた音を響かせる。

 

私と悟は黙ってグラフを覗き込んだ。

 

場所は東北の片隅にある小さな地方都市。

 

歴史を辿れば戦国期には怨霊の溜まり場、明治には集団怪死、昭和では祟りの風評。湿った地脈に呪いが凝り固まる、典型的な呪霊ホットスポット。

 

なのに、今は異常なほどに静かすぎる。

被害報告ゼロ。行方不明もゼロ。

 

呪力濃度はまるで清水のような推移を描き、

まるで誰かが根こそぎ祓ったかのような統計。

 

だが、その報告には決定的な穴があった。

 

祓った術師の名前が、どこにも存在しない。

 

術師不在のまま呪霊が減るなど、本来あり得ない。

 

上層の口調は慎重だが、その奥には明確な恐怖が滲んでいた。

 

呪詛師の大規模作戦か。未知の術式を持つ呪霊か。特級クラスが低級呪霊を「捕食し、吸収している」可能性すらある。

 

静けさは平和ではなく、嵐の手前の沈黙だった。

 

すると、座っていた椅子がギシリと軋む。

 

俺たちの担任であり、この場の監督役でもある男、夜蛾正道が立ち上がった。

 

義眼の奥に常と変わらぬ落ち着きを宿しつつ、

重い資料を一枚、机へ滑らせる。

 

「五条、夏油。お前たちを派遣する。」

 

悟は菓子袋を弄りながら片眉を上げた。

 

「えー?減ってんなら良いことじゃん?わざわざ俺と夏油セットで?豪華すぎない?」

 

夜蛾はため息ひとつ。

だがその声は低く、重みを帯びていた。

 

「問題は祓われているのか、喰われて消えているのかだ。」

 

悟の表情が微かに真面目になる。

 

俺は資料から目を離さず、問いかけた。

 

「調査に当たった先遣隊は?」

 

白髪の術師が短く答える。

 

「消息不明。記録はある地点でぷつりと途切れている。」

 

会議室の空気が一段階、深く沈んだ。

エアコンの音すら遠くなる。

 

夜蛾が腕を組み、俺達を真っ直ぐ見据える。

 

「五条悟。夏油傑。調査、および状況次第では討伐に当たれ。」

 

短い命令だが、そこに込められた意図は痛いほど鮮明だった。

 

未知の術式かもしれない。

未知の呪霊かもしれない。

 

そして、そのどちらかが進化している可能性がある。

 

悟はあくび混じりに立ち上がり、

菓子袋を丸めてゴミ箱へ放り込む。

 

「面倒そうだけど……まぁ、なんか面白ぇもん見られると良いな。」

 

俺は肩を竦めた。

 

「良くも悪くも、期待してしまうね。嵐の前の静けさほど厄介なものは無いよ」

 

夜蛾が最後に一言だけ告げる。

 

「油断するな。未知はいつだって、呪いより危険だ。」

 

俺たちは黙って頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

五条悟と共に、地方都市へと降り立ったのは午後三時過ぎ。

 

蝉の声が無駄に張り切り、舗装の甘い道路には照り返しの熱が滲んでいる。

 

呪いの濃度は薄い。普段ならこの土地はじめじめとした怨嗟が溜まるはずなのに。

 

なのに、妙に静かすぎる。

 

「穏やかだね、悟」

 

「なぁ、傑ぅ、マジでこれ任務か?完全に無駄足だろ〜?」

 

五条はサングラスを額に上げ、退屈そうに返す。

だが高専がわざわざ俺達を派遣した以上、何かある。それだけの経験は積んできたつもりだ。

 

その違和感を裏付けるように、突如、空気が濁った。風の流れが逆巻き、目に見えぬ呪力の波が地面を這う。

 

鳥が一斉に逃げ、沈んだ気配だけが残る。

 

現れたのは、変質した土地神由来の大呪霊。

 

古くから信仰された神祀りが反転し、怨嗟の樹液のように凝縮された存在。

 

一級相当……いや、場合によっては特級近い。

 

俺は呪霊を呼び出す準備を整え、悟は無下限の展開準備に姿勢を変えた。

 

その時だ。

 

「おーおー、またでっけぇのが出てきたなぁ」

 

呑気で、場違いで、それでいて耳に引っかかる声。

木の影から、肩にベルトを担いだ少年が現れた。

 

片手には携帯電話。

 

年齢は俺達より少し下……高校生程度か。

 

呪術師には見えるが、呪力の揺らぎが妙だ。

 

五条が目を細める。

少年は肩を竦め、笑った。

 

「二人とも、肝試しか度胸試しで来た口かぁ?やめとけやめとけ、命は大事にしないと」

 

呪霊が咆哮し、空気が張り裂けそうになる。

普通なら逃げる。身体が竦み膝が折れる。

だが少年は一歩も退かず、むしろ楽しげに呟く。

 

「はん、雑魚扱いして余裕ってか。気に入らねぇ」

 

その言葉と同時に、腰へベルトを巻き付ける。

 

(あれはなんだ?呪具……?それにしても形が奇怪だ……)

 

そして、携帯電話のキーを押した。

 

ピッ ピッ ピッ。

 

電子音……呪術とは縁遠いはずの人工的な響き。

次いで合成音声が告げた。

 

「Standing by」

 

隣にいる悟は無意識に息を呑んだ。

 

生得術式、呪力を視覚情報として詳細に認識できる六眼を有する悟には、彼が呪力で何をしようとしているのかが見えたのだろう。いつもは低級術者、大したことない呪霊、術式はザコと言い切っている悟が明確に息を呑んでいるのは初めてのことだった。

 

「だが、今の俺はかーなーりー……強い!!プログラマー、舐めんじゃねぇぞ?」

 

携帯を高く掲げる。

 

「変身!」

 

腰のバックルに差し込む。瞬間、赤光が爆ぜた。呪力が回路を走り、変換され、【フォトンストリーム】となり、ベルトを起点に装着者の肉体を包み込んでいく。

 

装甲。

甲冑。

外骨格。

 

呪力が「可視の鎧」へと変換されていく。

 

祈りでも系譜でもない。

 

構築された術式の形態。

 

そこに立っていたのは、呪術師でも、呪霊でもない。

 

新しい何かだった。

 

 

 




気が向いたら続けます
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