プログラマー舐めんじゃねぇぞ   作:紅乃 晴@小説アカ

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夜蛾先生との問答とかやろうかと思ったけど、さきにこっちやることにした。


・加速する魂

 

 

「さて、じゃ、やるとしますか。準備運動くらいにはなるだろ」

 

五条 悟は、まるで散歩に行く前の伸びでもするかのような気軽さで言った。

 

そんな五条の隣で、横で夏油が白い目を向ける。

 

「悟、弱いからっていじめちゃダメだよ?」

 

「わかってるって。軽く痛めつけるくらいでいくっての」

 

軽く……と言っているが、それは呪術に関わる者が持っている辞書では信用してはいけない言葉だ。

 

呪力というのは身近ではあるが、それを扱えるものは限られ、そして一般人と呪力を認識している人間の間には途方もない壁がある。月とスッポン、ネズミとライオン、軽自動車と重戦車。それくらいの差がある。

 

五条家はそんな呪術師界隈で知らぬ者は居ないほどの名家であり、そして圧倒的な呪力を有している。

 

そんな相手の軽くなんて、何をどう信用すればいいのか。

 

最悪、手足が捩じ切られる可能性もあるし、命はあっても後遺症が残ることをやられるかもしれない。父や母、乾家が関わる術師は一般人的な理性があるのはわかっているが、会って数時間の五条という奴にそんな理性があるとは到底思えない。

 

隣にいる前髪ちょろんな夏油くんは、ほのかに一般人の匂いがするが、あれは悪ノリするタイプだ。そこそこ能力があって、五条家の人間についていけるくらいの力を持っているから、あんな余裕そうな顔ができているのだ。

 

(ああーー〜……帰りてぇ)

 

恐怖というよりめんどくささが勝っていた。いや、帰りたいと思ってはいるけど、帰ってもアイツらがいる呪術高専にぶち込まれるんだよなぁ……。なに?俺は試されるの?大いなる試練なの?責任が伴うの?

 

逃走ルートないかなぁ。木の陰とか、地面の裂け目とか、異世界転移とか。

 

……あぁ、どうしてこうなった!

 

頭を抱えたくなる。

 

ちょっと「ライダーギア作りました」って言っただけなのに、なぜ呪術界最強と殴り合う羽目になっているのか。

 

それは呪術高専にぶち込まれることが確定した少し後のことだった。

 

 

 

「ライダーギアの性能を調べる?」

 

とりあえず準備をしろと言われて替えの服や生活必需品を鞄に仕舞ってリビングに降りてくると、唐突にそんなことを言われた。

 

俺が聞き返すと、夏油が穏やかな声で説明する。

 

「呪術高専は呪術師として学びながら、呪霊と戦うことも任務のひとつとなってるんだ」

 

この人は本当に優しい。ただ声だけ優しいのだ。隣でリビングテーブルに足を乗せてプラプラさせている行儀のぎょの文字もない五条 悟と一緒に行動している時点で信用値は半減する。

 

「だーかーらー、お前の力がどれくらいか知っとかないと、後々面倒なことになるんだよ」

 

そんな俺に、五条はあくびをしながら、虫でも払うかのように手を振った。

 

「どうやって性能調査するのさ。スペック表でも出す?」

 

一応、スペック表や仕様に関してはエクセル資料でまとめているけど、と言おうとすると五条は「はぁ?」と気に入らないような顔をしてこう言った。

 

「そんな紙切れじゃなんも信用ならんでしょ」

 

スペック表という、自身の開発品に対する技術者魂を……紙切れ扱いされた。俺の心に3ダメージ。

 

「確かに、呪術師ならその力で示さないと」

 

プラス、夏油まで味方ではなかった。

 

というか、父に対しても思ったけど呪術師は何かと実戦に頼りすぎ。この世界、どう考えても蛮族寄りの文化だ。

 

「え、何オタクら、蛮族すぎん?グロンギか何か?ゲゲルでも始める気?」

 

「なに言ってんだおめー」

 

冗談で言ったんだが、五条の素で返される感じが逆につらい。

 

そんなやりとりに対して、父である勇治が横で腕を組んでこう言った。

 

「ではどうやって力を示すと?」

 

「そんなの簡単じゃん。俺が相手になってやんよ」

 

「……え?」

 

脳内で「ピーッ」という謎のアラート音が鳴る。

何を言っているのかわからない。

夏油があちゃーという顔をしつつも、止める素振りもなく、ただ苦笑する。

 

……本気かこの人たち。

 

呪術師って、初対面の呪術師に対して戦いを申し込む文化でもあるの?

 

 

 

 

というわけで、模擬戦をすることになった。

 

乾家が管理する山の奥へ移動する。鳥の鳴き声すら遠慮して消えていくほど静かな場所だ。

 

木々が並び、大地には苔が広がり、風が吹くと草木がざわめく。ここだけなら和の癒しスポットだが、臨戦態勢の呪術師が目の前にいるせいで完全に戦場の匂いしかしない。

 

「ここは乾家が管理している山だ。ある程度なら問題はないだろう」

 

父が言うと、夏油がにこやかに景色を眺める。

 

「これだけ広いんだ。思いっきりやれるってわけだね」

 

(えーもう、本気でやんのか?)

 

俺の片手には一応準備した「ファイズギア」が握られている。そんな俺に対して、五条はポケットに手を突っ込んだまま答える。

 

「さて、じゃ、やるとしますか。いい準備運動くらいにはなるだろ」

 

その顔には、戦いに臨む緊張感も覚悟も存在しない。ただ面白そうだからやるという子どものような無邪気さだけがあった。ガキ大将かなにかですかコノヤロー。

 

「悟、弱いからっていじめちゃダメだよ?ほら、まだ高専に入ってもいない子なんだから」

 

言葉自体は優しい。

だが、その前提がすでに煽りである。

俺は慌てて手を振った。

 

「いやいやいや!俺戦うつもりないからね!?性能調査なら簡単な測定とか、数字とか、資料を……」

 

五条があくびして遮る。

 

「いや、それ信用ならんじゃん」

 

「数字より実戦。ね? せっかくだし、ちょっと動いてみようよ。若いうちは身体動かしたほうがいいし」

 

いや、それ若手社員をジムに誘うノリじゃん。

 

「だから殴り合い前提やめろって!俺、プロの呪術師でもねぇし!何で戦う必要があるんだよ!?」

 

五条が肩をすくめる。

 

「じゃあ弱いってことか」

 

「いや違うでしょ!?今の会話どっからそうなる!?」

 

夏油はあくまで優しげに首をかしげる。

 

「うーん……でも自分の力に自信があれば『戦わない』って選択にはならないと思うんだけどね」

 

「いや屁理屈か!?詐欺師かお前は!!」

 

夏油は苦笑したまま、言葉を重ねる。

 

「大丈夫。私たち、本気じゃないし。君が死ぬほど弱かったとしても……悟がうまく手加減してくれるよ」

 

そんな夏油の言葉に、五条はさらに追い打ちをかける。

 

「つかさ。戦いたくないってことは……まぁ、雑魚って認めてるようなもんじゃね?」

 

「いや、雑魚とかそういう問題じゃなくて……」

 

「安心しろよ。雑魚でも、《そのトンチキなダセーベルト》だけはちゃんと回収してやるから」

 

……は?

 

その言葉が俺の中で何かを大きく揺さぶり、刺激した。

 

「うん。せっかくのトンチキ術式をこのまま埋もれさせるのは惜しいしね。術式が優秀で、術者が弱いなんて例も珍しくないから……うん、気にしないで」

 

「おい、誰が弱いって言った」

 

夏油は悪意なく相手を煽ることができるタイプだ。だからこそタチが悪い。五条はニヤリと笑う。

 

「ほら、やっぱ弱いと思われると怒るんじゃん。だったら見せてみ? 自分が雑魚じゃねぇって。そのトンチキ術式を使ってさ」

 

「……」

 

喉の奥が熱くなる。完全に分かっていてやっている言葉選びだ。

 

だめだ、落ち着け、クールになれ。ライダーは簡単にキレない。素数を数えるんだ。

 

夏油が追い討ちをかけるように、優しい声で。

 

「乾くん、ね?大丈夫だよ。君がどれだけ弱くても、私たちが責任もって……うん、優しく負けさせてあげるから」

 

五条がクスクス笑う。

 

「やっぱやろーぜ。逃げるの?どーする?雑魚ですって言うなら別にいいけど。そのトンチキ術式しか取り柄のない雑魚でーすって……」

 

――ブチ。

確実に何かが切れた。

 

「あーもう……いいわ。そこまで言うなら……お前ら後悔すんなよ?」

 

五条が嬉しそうに手を叩き、隣にいる夏油に小声で言う。

 

「ほらほら、言ったじゃん傑。チョロいって」

 

夏油はにこり。

 

「悟、言い方が悪いよ。でも……君がやる気を出したなら、私は嬉しいよ?」

 

怒りが全身を満たすと、恐怖とか何でこんなことになんて言うアレコレが全部どーでも良くなって、薄れていく。

 

心臓が早鐘を打ち、視界がギュッと狭くなり、目の前でポケットに手を入れて落ち着いている五条しか見えなくなり、思考が研ぎ澄まされる。

 

ゆっくりと、ポケットから黒と赤の……SB-555P ファイズフォンを取り出した。

 

五条が興味深そうに覗き込む。

 

「へぇ、パッと見マジでケータイじゃねーか。それってほんとに呪具?」

 

その言葉に夏油も頷く。

 

「乾くんが持つと、機械なのに“術式の核”みたいな存在感が出てくる。不思議なものだ」

 

「黙れ。そしてよく見とけ、お前らがトンチキって言った術式……俺の変身を」

 

風が止まった。

山の音が消えた。

世界が変身の儀式を見守るように沈黙する。

 

腰へベルトを巻きつける。ファイズフォンのボタンを押し、無機質な電子音が3回鳴り響く。

 

《standing by》

 

スイッチが入る。胸の奥が熱くなり、呪力が回路のように身体中を走るのが分かる。

 

ただの機械だったはずのギアが、呪力の流れを媒体として術式へと昇華する。

 

「五条家だとか御三家だとかどうでもいい。……プログラマー、舐めんじゃねぇぞ」

 

電子音を奏でるファイズギアを見た五条の六眼が反応する。

 

「おお、呪力出力が跳ねた。なんかキラキラしてる。これまでの術式とは根本的にちげーな」

 

夏油は少し驚いていた。

 

「そんなにかい?悟」

 

「これはちょっと面白くなりそうだ」

 

それを聞き、俺は口の端を吊り上げた。

 

怒り、侮辱されて、馬鹿にされて、その分だけ……俺に戦う理由が生まれた。

 

フォンをベルトに差し込み、声を張る。

 

「変身!」

 

《complete》

 

瞬間、増幅器(アンプ)を通じ、俺の呪力が増幅され、赤い光……フォトンストリームが爆ぜる。昼間だというのに赤い光のラインがベルトから伸び、高速で全身を覆う。

 

脚に、腕に、胸に、腰に、呪導回路を通じて、システム化された術式が走り、装甲化された簡易領域が広がり、地面が震えるほどの圧が山全体に広がった。

 

赤いフォトンストリームが極光に達し、光が収まった先には、強化スーツが実体化した姿があった。

 

黒いベーススーツ、ソルフォーム。

 

全身を走るエネルギー流動経路フォトンストリームには、赤く光るフォトンブラッドが流れた。

 

 

 

 

「改めて見ると、やっぱりトンチキ術式だわ……」

 

五条の嘲りを含んだ声が鼓膜を震わせる。

その余裕……遊びの延長にしか見ていない態度が、胸の奥で何かを焼きつけた。

 

「そう言ってられるのは今のうちだ」

 

言葉と同時。

地面が沈み込むように、瓦礫が一点に向かって圧縮され始めた。

 

(重力……いや、仮想的な引力場!)

 

判断は一瞬。危険だと認識すると同時に、身体が勝手に動いていた。

 

乾流体術。幼少期から父に叩き込まれた体術は、重心移動と衝撃分散に重きを置いている。それが呪力とライダーギアによってさらに洗練された戦闘法へ昇華されている。

 

重力の縁を滑るように抜け出し、一直線に五条へ飛び込む。

 

「へぇ、これを避けるのかよ」

 

余裕のまま、白髪の男が微笑む。

その笑みが更なる怒りに変わる。

 

「一発ぶん殴る!!」

 

「殴ってみろよ、近づけるならさぁ!!」

 

だが、一歩踏み込んだ瞬間、琢己の拳が空間そのものに引き延ばされていく感覚に襲われ、次の瞬間には見えない壁に弾かれたように吹き飛ばされる。

 

背中から地面へ叩きつけられ、土が舞い上がる。その痛みに顔をしかめながらも、琢己はすぐに上体を起こし、前方を見据えた。

 

五条はまるで当然の結果であるかのように、余裕たっぷりの笑みを浮かべていた。

 

それは慢心ではなかった。

彼にとって、これはただの事実。

 

無下限は破られない。

触れられない。

届かない。

 

過去の全ての戦闘、全ての死線、全ての敵が……その結論を積み上げてきた。

 

「……んだよ、それ……!」

 

無下限術式。

 

父である勇治から、琢己はその名前だけは聞いたことがあった。

 

たしか、術者の周囲に呪力で「無限」を具現化させる事であらゆる干渉を遮断し、時空間そのものを支配する術式……自身が危険と認識するものほど減速し、最終的には接触できなくなる絶対防御。

 

夏油もまた、五条 悟の力を横で見続けてきた者として、その絶対性を深く知っている。

 

(悟に触れられる術師など存在しない。物理も、呪力も、呪具も……何一つ通じない)

 

呪霊操術で数百の戦闘を経験した夏油ですら、無下限を突破しようなどと考えたことはただの一度もなかった。

 

五条は軽く笑い、半ばあきれたように言った。

 

「そのトンチキ術式じゃ俺に触れることもできねーよ」

 

それは挑発ではなく、説明に近かった。

 

「届くわけがない」という認識は、悟にとって世界の基準そのもの。

 

だからこそ、基本的にあらゆる攻撃は五条に届かない。

 

不可侵。この世の理に近い現実として成立している。

 

琢己は舌打ちをした。

 

「チッ、レガシーコードのくせにチートぶりやがって」

 

対象物と術者の概念上の相対距離を、ニュートラルな状態へと無限に拡張することで干渉を完全に拒む。

 

それが無下限術式。

 

夏油は心の中で静かに肯定する。

 

(どれだけ優秀な術師であっても……悟には触れられない。この術式は、もはや完成されたものなんだ)

 

五条悟の術式は、生得、才能、六眼の制御精度

呪力量という複合要素で成り立つ到達不可能点。

 

突破されたことなど一度もない。通常であれば、何人たりとも術者を害することはできない。

 

まさに絶対無敵と言える術式だった。

 

(だが、それはあくまで術式で構成された無限……。術式は、事象の積み上げ……その本質は変わらない)

 

琢己の脳裏には、父から聞いた理論。

そして自身の経験から育った発想が浮かぶ。

 

術式とは概念の固定化だ。

 

ならば、別の概念を上書きすることで揺らがせることは可能。

 

領域展開が術式を上書きするように、術式同士は押し合い、競り合う。

 

土を払って立ち上がると、琢己は五条をまっすぐに睨みつける。

 

「正攻法で攻めるか」

 

その声には、恐れでも無謀でもない。

 

明確な論理と闘志が宿っていた。

 

琢己はすぐに行動に移す。ファイズフォンをベルトから引き抜き、親指で素早くキーを叩く。

 

「103」「ENTER」

 

入力と同時に、端末が内部機構を展開し、中央部がカチャリと60度折れて光線銃形態へ変形。

 

トリガーのロックが外れ、起動音が山の静寂に響いた。

 

《Single mode》

 

五条の表情は変わらない。

いや、むしろ楽しげだった。

 

「何をするつもりかわかんないけど、無駄な真似は……」

 

届くはずがないという絶対的な自信から来る余裕……無下限の術者だからこその態度。

 

だが、その瞬間。

 

轟、と空気が震えた。

 

マズルアンテナから迸ったエネルギー弾。フォトンバレットが赤い光跡を引きながら一直線に五条を襲う。

 

無下限の無限に触れた瞬間、弾丸は遅滞し、見えない壁に吸い込まれるように停止する。

 

だが、琢己は焦らない。

 

「106」「ENTER」

 

《burst mode》

 

指が迷いなくキーを叩く。

その所作に五条が眉を上げた。

 

「それ、飛び道具にもなるのかよ!」

 

次の瞬間、バーストモードが解放される。

 

一度の射撃で三発。しかも撃つたびに呪力が圧縮、増幅され、怒涛の連射が五条を包み込むように襲いかかる。

 

五条はそれを無下限で受け止めながら、吹き飛ばされはしないものの、六眼が異常を捉えていた。

 

(しかも込められる呪力が異常だ。呪力の塊を受けたわけじゃない……無下限が揺らいだ?何だよ、あれは)

 

揺らぎ。微細だが、確かに感じ取れる干渉、

五条悟がはじめて受けた種類の攻撃だった。

 

しかし、それを見ていた夏油は……呪術師としてあるまじき第一印象を抱く。

 

(か、かっこいい……)

 

生得術式でも呪具でもない。理論外の変換機構を持つギアとか、呪力の解釈を根底から覆すとかじゃない。

 

純粋なかっこよさが、夏油の呪術師としての興味より、子供心をくすぐったのだ。

 

「なるほどね、そういうことか」

 

そう言いながら、何かを確認した琢己はファイズフォンをベルトに戻し、ファイズポインターを取り出す。

ミッションメモリーをファイズフォンから引き抜き、迷いなくポインターへ装填。

 

《Ready》

 

その音声と共に、そのままファイズフォンのEnterキーを押し込んだ。

 

《Exceed charge》

 

充填音が山の空気を震わせ、フォトンストリームが脚部へ集中する。赤い粒子が、まるで血流のように装甲を走り、足先へと溜まり続ける。

 

五条の六眼がその変化を観測し、僅かに目を細めた。

 

(特級を仕留めた技か……やっぱり呪力はとんでもないな。どうやって制御してんだ?)

 

「ライダーギア」は言うなれば存在そのものが簡易領域みたいなものだ。

 

その意味を、琢己自身も理解している。

 

無下限がいくら強力であろうが、術式同士の押し合いの世界では、概念の圧力が強い方が一瞬の優位を取れる。

 

レガシーコードであろうが、天与呪縛であろうが、

術式はどこまで行っても事象の積み重ね。

 

術式を開示し、術式の概念を押し付ける。

 

複雑であろうが古かろうが……上書きできれば関係ない。五条も夏油も、無下限は絶対だと信じて疑わない。だが琢己は、それを正面から覆そうとしていた。

 

空気が震え、地面が軋む。

 

「どっちの押し付けが強いか、我慢比べだ!」

 

勢いよく飛び上がり、琢己はポインターを五条へ向ける。赤い円錐状のポインティングマーカーが空間に固定され、まるで五条を狙い撃つ運命の座標として規定するように収束する。

 

「これは特級を倒した……」

 

夏油が息を呑むように声を上げる。それは呪術師としての本能が危険を察知した瞬間だった。

 

「はぁあああ!やぁあああーーっ!!」

 

雄叫びと共に、琢己はクリムゾンスマッシュを繰り出す。

 

五条の六眼が異常を捉えた。

 

無下限が押され――かけた?

その一瞬、五条の余裕が揺らぐ。

 

「舐めるなよ……!」

 

五条は無意識に無下限術式の出力を最大まで引き上げる。その場で生じたのは、まさに「領域の押し合い」。

 

無下限が展開する概念としての無限。

ライダーギアが発現する事象の上書き。

 

その二つが衝突し、空間が軋む音が聞こえた気がした。

 

それは、古くから呪術界を支配してきた絶対不可侵の概念と、「ライダー」という存在を魂から肯定する乾 琢己の意志が正面から衝突した瞬間だった。

 

(こいつ……ぶっちぎりでイカれてるな!!)

 

五条の胸に湧いたのは怒りでも警戒でもない。

 

未知への興奮だった。

 

次の瞬間、無下限が弾けるように膨張し、琢己の身体を吹き飛ばす。琢己は遥か空へと打ち上げられ、空気が悲鳴をあげるほどの速度で上昇した。

 

だが、その思考に焦りは一切なかった。

 

(もっと力を!一点集中でぶち抜く!)

 

空中で体勢を整えながら、琢己は素早くポインターのミッションメモリーを回収し、次にSB-555C ファイズショット……デジタルカメラ型パンチングユニットへと差し込む。

 

《Ready》

 

展開したブラストナックルが琢己の拳を包み込み、

ストロボ部フォトンフラッシャーが光子を高速変換し、フォトンブラッドへと圧縮していく。

 

《Exceed charge》

 

「うおおおおりゃあああああー!!」

 

琢己の身体が隕石のように落下する。拳に纏うフォトンブラッドが空気を焼き切り、頭上から五条めがけて振り下ろされた。

 

「マジかよ……!」

 

五条が目を丸くした。六眼が捉える呪力の波形は、これまでの呪術師とは根本から違っていた。

 

次の瞬間、衝撃。

地面が爆ぜ、土煙が巻き上がり、五条を中心に地面がめくれ上がり、巨大なクレーターが形成される。

 

大地が悲鳴をあげるほどの衝撃だった。

 

……だが。

 

五条 悟は無傷だった。

無下限は、破られていない。

 

対して着地した琢己のファイズスーツからは激しい火花が散る。悲鳴をあげるように骨が軋み、体中に鋭い痛みが走った。

 

圧倒的なダメージを受けているのは間違いなく琢己の方だった。それでも琢己は、地面に片膝をつきながら笑っていた。

 

五条は土煙の中から歩み出て、まるで散歩帰りのように肩をすくめる。

 

「……本当にイカれてんだろ、お前」

 

その声音には、もはや呆れよりも楽しさが滲んでいた。琢己は息を荒らげ、しかし迷いなく言い返す。

 

「すげぇーな、無下限術式……とんでもねえーや」

 

五条は鼻で笑う。

 

「お前の方がやばいけどな……いかれてんのか?」

 

「どうだろうな。でも、これもダメなら……もうこれしかないな」

 

心底低い琢己の声に、五条と夏油の背筋がゾクリと、わずかに震えた。

 

そして琢己は、左腕に備わるリストウォッチ型コントロールデバイス、SB-555W ファイズアクセル を堂々と構えた。

 

明らかにろくでもない物を出してきたという顔で、五条は眉をひそめる。

 

「はぁ?なんだよそれ」

 

その瞬間、父である勇治の絶叫が飛ぶ。

 

「琢己!それはだめだ!」

 

しかし、琢己は完全に無視した。

左腕からアクセルメモリーを引き抜き、迷いなくファイズドライバーへと装填。

 

《Complete》

 

低く、重い電子音が空気を震わせる。

 

胸部装甲フルメタルラングが左右に開き、中心のブラッディコアが脈動を始めた。

 

フォトンブラッドが暴走寸前の出力まで上昇し、

安定の赤色は白銀へと変色。

 

フォトンストリームはシルバーストリームとなり、まるで光が悲鳴をあげているような強烈な輝きが漏れ出した。

 

夏油が思わず息を呑む。

 

「さらに変身した……!?」

 

五条は笑みを消し、六眼の情報を総動員する。

 

(呪力の流れが……加速してる?いや違う、世界の処理速度から外れようとしてる……!こいつ……マジもんのイカれだ!!)

 

視覚器官アルティメットファインダーが黄色から赤へ。

 

完全なるアクセルフォームが成立する。

 

琢己は静かに息を吸い、宣言する。

 

「これから5秒でカタをつける!」

 

《Start up》

 

ファイズアクセルのスタータースイッチが押された瞬間……音を置き去りにした。

 

電子音が鋭く響き、次の瞬間、琢己はもうそこにはいなかった。

 

超加速状態、ファイズ・アクセルモード。

 

視界は線となり、時間はもはや意味を失う。

装着者の意識とスーツが完全リンクし、全ての動作が通常の1000倍の速度で実行される。

 

五条の六眼が初めて追いきれない情報を受け取り、

警告のように脳に痛みを発した。

 

(速くて視覚情報が追い付かない……!?こんなの、呪術師ですら概念外だっての!)

 

超加速する琢己の拳は五条には届かない。

無下限が自動で絶対防御を展開している。

 

だが琢己の狙いはそこではない。

 

その瞬間、四つの多重ポインティングマーカーが五条を取り囲むように出現した。

 

アクセルフォームが生み出す、多重概念指定。

 

五条の心臓が跳ねる。

 

(やっっっっば!!!!)

 

クリムゾンスマッシュという術式開示、その事象の押し付けを多重化することで、無下限への突破口をこじ開けようとする暴挙。

 

それが、琢己の考えついた常識外れの突破法。

 

「はぁああああ゛あ゛ああああああーー!?!?!?」

 

……しかし。

 

ポインティングマーカーに飛び込もうとした刹那、

アクセルフォーム特有の超加速が琢己の身体制御を上回った。

 

(完っっっっ全に速すぎた!!)

 

制御不能。

 

琢己は五条を通り過ぎ、そのまま森へ突っ込み、木々をまるで紙のように弾き飛ばしながら消えていった。

 

直後。

 

《Time up、Reformation》

 

電子音とともに、アクセルフォームは強制解除。

 

木々を文字通り薙ぎ倒したまま気絶した琢己の身体に蓄積したダメージと過負荷により、ファイズギアも変身もまとめて解除されてしまう。

 

五条と夏油は呆然としたまま、森の方向を見つめた。

 

「だからダメって言ったのに……」

 

父であり勇治の呆れた声が静かに響く。

 

成功した試しのないアクセルフォームを、懲りずにぶっ放して自滅する息子。

 

そして……五条と夏油は、土煙の向こうでやや困ったように笑った。

 

「……マジであいつ、嫌いじゃねぇな」

 

「うん……私もちょっと好きかもしれない……」

 

こうして琢己……そして、彼の生み出した「ライダーギア」の模擬戦は幕を下ろすのだった。

 

 

 

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