始まりは中国の地方で発光する赤子が生まれたというニュースだった。
今では、報告事例が最初というだけであって、これより前から、個性の発現者自体はいたと言われている。
以降、各地で超常は発見され、今でも原因は判然としない。
いつしか超常は日常に、架空は現実に、
世界の総人口の八割が特異体質者となった超人社会、ある職業が脚光を浴びていた。
それはヒーロー活動だ。
ある世界において轟家という家族が存在する。
その家族はあらゆる面で失敗した。
父が家族を蔑ろにしなければ…。
母が心を強く持ち続ければ…。
長男がもう少し家族を見ていれば…。
長女が家族崩壊を恐れずに強い言葉を発していれば…。
次男が家族から目を背けていなければ…。
三男が生まれていなければ…。
今から見るのは、数多ある並行世界の一つだ。
もしも、轟家にもう一人、家族がいれば…。
これはその多くの分岐の物語だ。
「悪いが……そろそろ終わりにしようかね」
俺はゆっくりと氷の塊から手を離した。氷が地面に落ちる鈍い音が響く。
「なんだあ……?こいつ……氷なんか使ってどうするつもりだ?」
ヴィランが不気味な笑みを浮かべたまま俺に近づいてくる。炎系個性を持つ敵か。なるほど、さっきまでの燃え広がった火災はコイツの仕業だったのか。
「お前さんの"個性"は『引火』か?見たところ直接接触しないと発火できないようだが」
「ハッ!よくわかったなオッサン!そうだよ、触れたものを爆発的に発火させるんだ!」
得意げに腕を振るうと、彼の袖口から火花が散った。確かに厄介な能力だ。
「ふむ……」
俺は親指で額を軽く撫でる。懐かしいな、こういう相手は昔も何人か相手にしたもんだ。
「じゃあ……こいつはどうだい?」
瞬間───
周囲の温度が急降下する。
ビルの残骸、街路樹、そして未だ燻る炎がすべて凍りついた。
地面から巨大な氷柱が伸び上がり、敵を取り囲む檻となる。
「なっ……!?なんだこれはァ!!?」
ヴィランの叫び声が空しく反響する。奴は慌てて氷の壁を叩き壊そうとするが───
その掌が触れるたび、氷が黒く焼け焦げるだけだった。
「無駄だぜ」
俺は悠然と歩み寄る。「俺の氷は特別製でな。ただ凍らせるんじゃない……触れた物質の分子運動そのものを停止させるんだ。つまり───」
冷たい風が頬を撫でた。
「発火以前の問題さ。熱エネルギーが生まれる隙間もないくらい凍結させれば、そもそもお前の力は役に立たねぇってわけ」
「くそっ!こんなもん破壊して──」
ヴィランが拳を振り上げるより早く。
指先一つ弾いただけで。
氷の牢獄は収縮し───ギチッという悲鳴と共に彼を封じ込めた。
「お疲れさん。しばらくそこで反省しな」
俺は踵を返しながら肩をすくめる。「さて……と」
視界の端に、避難所へ向かう市民たちの列が見えた。彼らは俺を見上げてほっと胸を撫で下ろしている。悪党を捕まえるのも大事だが……守るべきものが後ろにある時ほど、背筋が伸びるもんだよな。
通信機が小さく震える。
『隊長!被害者の搬送完了しました!』
若手の声だ。息切れしてるところを見ると必死に働いたんだろう。
「ご苦労さん。残りの消火作業も任せたぜ」
マイクを切って──俺はポケットを探る。折り畳まれた地図が入っていた。今日の現場に向かう前に家族から渡されたものだ。
〈兄ちゃん宛〉の殴り書きと……〈母ちゃん心配〉の小さい文字。そして末っ子の下手くそな象形文字まで添えてある。
「……まったく」
苦笑が漏れた。ヴィラン退治も立派な仕事だけどよ。
アイツらが待ってる温かい飯の匂いを想像したら……
急に腹が減ってきたじゃないの。
「さぁて」
俺は瓦礫の山に軽く目を向けた。
まだ燻っているいくつかの炎。
氷で鎮圧するべきか一瞬考えたが───
いや、ここは部下に任せて帰るとしますかね。
「冷蔵庫には何かあったかな~」
呟きながら煙草を取り出す。
青い空を見上げると、溶けかけた氷粒がキラリと光っていた。
まるで誰かの祝福みたいに。
「燈矢の好物でも買って帰ってやるか」
吐息とともに煙が立ち昇り──冬の空に薄れていく。
家族の顔を思い浮かべると……
少しだけ、頬が緩んだ気がしたよ。
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「おいおい……今度の敵は随分元気だなぁ」
俺は頭を掻きながら溜息をついた。目の前には轟々と燃え盛る倉庫と……炎の中を軽々飛び回る影がある。例の連続放火犯だ。公安からの通報で足取りを掴んだはいいが……正直面倒臭ぇ。俺は氷を操るタイプなんで炎とは相性最悪なんだよな。
「おぉ!また来たぞ英雄さん!今日こそは僕の炎が勝つかなァ!?」
若い声が高揚している。二十歳そこそこか……危険な遊具を手に入れた子供みたいな面構えだ。炎を全身に纏って跳躍しやがる。
「はいはい。そんな元気なら就職先の保証はできるぜ。刑務所とかな」
俺は呆れつつも一歩踏み出した。
途端───周りの空気がピンッと張り詰める。
水滴が凍る速度よりも速く。
コンクリートの亀裂が白く染まり始めた。
「フローズン・スモール・ワールド」
囁くように呟いた次の瞬間。
半径十メートル以内の空間全てが一気に静止した。
「なっ……!?」
炎の男が空中で静止する。正確には身体の一部──衣服や髪の毛が霜を帯びて動かなくなったのだ。
俺の"個性"……その本領は「触れた対象ではなく空間自体を凍らせる」こと。要するに──
「動きたいなら体温上げてみな」
俺は悠然と近づく。「ただし皮膚が凍傷になるけどな」
「うぐっ……!」
彼は歯を食い縛るが……すでに筋肉組織すら冷却が始まっている。熱で無理やり解こうにも俺の氷は特殊な結晶構造で……簡単に溶けない。
「悪いな少年。遊んでる場合じゃないんだわ」
俺は指先を軽く振るった。氷の鎖が宙から現れ、敵を拘束する。彼の足元から頭頂まで完全に覆い尽くすには数秒もかからなかった。
「くそっ……!こんな……氷なんて!」
「氷なめんなよ」
俺は鎖を握りしめながらニヤリと笑う。「この世で一番固くて脆くて……だからこそ綺麗なもんなんだぜ?」
パキン───
小さな音と共に炎男の抵抗が止まった。意識はまだあるが……もう抗う力はないだろう。
「さて……と」
俺は鎖を引きながら背後を振り返る。
逃げ遅れた女性が座り込んでいた。煙に巻かれ咳き込んでいる。
「大丈夫ですか?」
「は……はい!ありがとうございます……!」
彼女の言葉に微かに安堵の色が混じっている。
これもまた……ヒーローとしての醍醐味ってやつかね。
「じゃあ行きましょう。安全な場所へ案内しますよ」
差し伸べた手に触れた瞬間──ふと思い出す。
数時間前、家で燈矢が言った台詞だ。
〈兄ちゃん。今日も遅くなるの?〉
「ああ……そうだな」
苦笑が漏れた。ヴィラン確保も大切だけどよ。
あの寂しそうな顔を想像したら……
妙に急いで帰りたくなってくるじゃねぇか。
「すみません、ちょっと急ぎます」
女性を助け起こしつつ、俺は心の中で呟く。
(今日の晩御飯……唐揚げだったっけな)
青い空が割れそうな勢いで叫ぶサイレンの音。
遠くではまだ消防車の笛が鳴り響いている。
それでも──
凍てつく風の中に微かな優しさを感じるのは……
きっと気のせいじゃねぇと思うぜ。
「兄ちゃんだって……ちゃんと守ってるってことさ」
彼が長男として生まれたことにより、エンデヴァーの弱点克服が可能となり、家族と一緒のヒーローとして、オールマイトと肩を並べることが出来るようになった。
炎司は心の余裕ができ、他の家族を見ることができるようになり、燈矢が燃え盛ることもなかった。
家族が全員幸せになった。
長男―――轟クザン
家族の元ネタ「ワンピース」「海軍大将クザン」