キヴォトス・マジック・オーケストラ   作:小奈ほまれ

4 / 7
テクノポリス

 彼女には明らかに問題がありました

 1年の頃同じクラスでしたが、非凡な学業成績とは裏腹に、もやし弁当、図書館籠り、学校や公園で寝泊まりと奇行を繰り返していました

 よく喋るから友達は多かったけど(私もその一人)、各種奇行はもはやおなじみのギャグみたいになって、結局なんとかされることはありませんでした

 

 詳しく事情を知ることになったのは2年からで、ティーパーティーの仕事をいろいろと受け持つようになりました

 その中には奨学金の継続書類があり、彼女のものもあったんです

 そもそも、トリニティの奨学金制度は一応形だけ存在していますが、これを受ける人はほとんどいません。お金に困っている人はここに来ないから

 多分、生まれがこことか、離れたくない事情があるんでしょう

 

 彼女の書類のおかしいのは、住所欄の「特例32」という文字

 

「ああ、それは住所不定とかの人が使うやつね。特例申請通ってるからその書類はほっといていいよ、ナギサちゃん」

 

 住所不定……?なんですかそれ

 甚大なカルチャーショックです!

 

「え、つまりアキさんはたまにではなく、毎日公園とかで寝泊まりしていると……?」

「うん。よくシャワー室使ってるでしょ 家ないから」

「それって大丈夫なんですか?」

「まあ治安的には良くないけど、本人が気にしてないならいんじゃない?」

 

 本人が気にしないなら、幸せと思っているならそれは幸福なのでしょう

 しかし、不便と苦難の中に幸福があろうか?あるのかな……ないとは言い切れない……

 いや、なんにしてもお金がないのはよくない

 

 

「アキさん、ちょっと隣いいですか?」

「え うん」

 

 食堂で彼女を見つける。

 彼女のもやし弁当には慣れたものです。あんまりにも悲惨なのでクラスメイトから弁当を分けて貰っていることもありますが、もう持ちネタみたいになっていて本気で心配する人はいません

 

「前々から言ってはいますが……クラスメイトとして、困ったことがあったら何でも頼ってくださいね、ロールケーキいりますか?」

「突然どうしたの ロールケーキありがとう!」

「アキさんに、もっといいものを食べたり、遊技場に寄ったり、色んなものを買ったり、そういう願いがあったら私に協力させてほしいんです、もう一個いりますか?」

「それはいいね もう一個もらうね!」

「はい、何でもおっしゃってください!」

「じゃあ、ちょっと来てほしいんだけど」

「はい!」

 

 

「それでは、これから2種の音声を流します。あとに流した方の音声に関して、前の音声と比べてどう感じたか、調査用紙の指示に従って各質問に回答を記入してください」

「はい?」

 

 ミレニアムに来ています。なぜ?

 しっかりしたスピーカーの揃った室で、私は音声に関するアンケート調査を受けていた

 知らなかった、彼女がこんな研究をしていたとは……

 

「それでは、実験を終了します。ご協力ありがとうございました!」

「後学のために聞いてもいいでしょうか?その、これは、どういった研究で……?」

「えっと、分野としては調音音声学的な観点によるもので、調音音声学というのは……」

 

 親切にも、色々と自分の研究に関して語ってくれた

 専門的すぎる!

 

「手法には、一対比較法により集計したデータをFriedman検定ならびに各種ノンパラメトリック検定にかけて、有意差の見られた音声刺激を……」

 

 私が理解できたのはごく一部のみであることはここに宣言しておきましょう

 

「すみません!説明が下手で」

「すごいですね……」

 

 もしや、いらぬ気遣いをしているのでは?

 というか、交通費は?

 

「あの、電車賃とかは……?」

「指導教員の人に払ってもらってるの」

「ミレニアムの人に!?」

 

 前々から思っていましたが、図太すぎでは?

 これって経費?借金?

 

「ああ、返済不要だし、いい論文を見させてもらってるからね。それに比べたら安いですよ」

 

 指導教員、ロボット。

 

「准教授、今何してるんですか?」

「この前出た本を読んでるんだよ 僕の同期が書いてるからね」

「その方が指導教員の……」

 

 研究室に馴染みすぎてて気付かなかった……

 

「音響技術とか、音楽文化論とか、そういうのが専攻の人だよ あとピアノが上手い」

「どうも、アキさんの友達かな?」

「ど、どうも」

 

「じゃあ、今日はこれで」

「ええ、失礼しました」

 

 

 どうやら彼女は1年の頃からミレニアムで研究をしていたらしいのです

 ミレニアム方面から登校する彼女が何度も目撃されていました。

 まあ、楽しそうだったし、いらぬ世話だったんでしょう

 そう思って、彼女のことは見守っていました

 

 

「アキさん、こんにちは」

「……うん」

 

 あるとき、明らかに暗い彼女を見かけました。見かけたというか、会ったんですが

 2年の真ん中ぐらいでしたか……

 間が悪くて、その時は次期ティーパーティーの選抜とか引き継ぎとかで忙しかったんです

 だから、ごく簡単なやり取りしかしませんでした

 

「大丈夫ですか?」

「うーん まあ……」

 

 要領を得ない答えですが、笑っていたし、とりあえず気にせずに流してしまいました

 

 

 これ以降は、ずっとこうです。満足いただけましたか、先生?

 


 

"うん、参考になったよ"

「そうですか……

私は、補習授業部やエデン条約にばかり構って、彼女の問題を何とかすることができませんでした」

 

「……先生、押し付けるような形になってしまい申し訳ありません」

"いいんだよ 私は、生徒の味方だから"

 

 多分、金銭の不足を苦にしてた訳ではない。

 ウタハたちと特別不仲になったような様子もなかった(少なくともウタハの話している口ぶりでは)

 それでは、一体何なんだろう……?

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。