マブラブオルタネイティヴ 日出ずる処の鬼神   作:ユウ・ベルフ

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齢11の幼子が戦場に飛び込むお話。




マブラヴ オルタネイティヴ:日出ずる処の鬼神

 

序章:鬼神の揺籃

 

1. 産声と鉄の鼓動(1982年)

1982年12月。

日本帝国、五摂家に次ぐ武門の名家・山城家に、一人の男児が産声を上げた。名は悠(ゆう)。

奇しくも同日同時刻。帝国軍工廠の奥深くで、一機の「鉄の巨人」に火が入った。

既存の戦術機とは異なる設計思想、トールギスの加速性能と鉄血のフレームを持つ異端児――試製00式戦術歩行戦闘機**『建御名方(タケミナカタ)』**である。

悠は、特段身体能力に優れているわけではない、感受性の強い少年として育った。

彼にとっての世界は、二人の優しい「姉」だった。

五摂家筆頭・煌武院家の悠陽(ゆうひ)。そして彼女に仕える月詠真那(つくよみ まな)。

「真那姉様、悠陽姉様! 待ってよ!」

「こら悠、走って転んだら怪我するぞ」

「そうですよ、悠。私たちは貴方を置いては行きませんから」

温かい日々。だが、海の向こうからはBETAの足音が近づいていた。

 

2. 九歳の決断(1991年)

悠が9歳になった年。『建御名方』の開発は難航していた。

あまりに高すぎる機動性に、テストパイロットが次々と廃人になっていたのだ。

解決策はただ一つ。禁断の技術**『阿頼耶識(アラヤシキ)システム』**。脊髄にナノマシンを埋め込み、人と機械を直結させる外法。

「……僕が乗るよ」

大人たちが躊躇する中、幼い悠は言った。

「僕がこれに乗って強くなれば、真那姉様たちが死ななくて済むんでしょう? ……なら、痛いのは怖くない」

手術の日。悠の脊髄には「楔」が打ち込まれた。

それは彼が「人」としての幸せを捨て、「兵器」としての生を選んだ瞬間だった。

 

第二章:修羅への道程

1. 光州の盟約(1998年 初夏)

1998年。BETAの侵攻により危機的状況に陥った大韓民国・光州。

そこに取り残された民間人を救出するため、日本帝国は軍の派遣を決定した。派遣軍総司令官には、人望厚き綾峰萩閣(あやみね しゅうかく)中将が任命される。

日本海を渡る輸送艦の甲板。潮風の中に、二人の若き衛士の姿があった。

「あなたが、綾峰中将が仰っていた沙霧尚哉中尉か?」

声をかけたのは、まだあどけなさの残る顔立ちながら、歴戦の雰囲気を纏う少年将校――山城悠中尉(当時16歳)だった。

対する男、沙霧尚哉中尉は、実直さを絵に描いたような表情で振り返る。

「君は?」

「初めまして。私は帝国斯衛軍、山城悠だ。綾峰中将には幼い頃より、軍人としての在り方を学ばさせていただいている」

その名を聞いた瞬間、沙霧の表情が驚愕に染まった。

「……あなたがあの『鬼の山城』か! 本土防衛軍にもあなたの名前は轟いているよ! 斯衛にはとんでもない機体と、それを手足のように操る少年衛士がいるとな!」

「ハハハ、そう面と向かって言われると、なんだかむず痒いな……」

苦笑する悠に対し、沙霧は真剣な眼差しを向ける。

「そう言うな! 凄腕の、しかも名門・山城家の方と共に戦えるなんて光栄だ。この光州での戦い、私の初陣となるが、背中を預けるにこれほど心強いことはない」

「やめてくれ、家は関係ないよ」

悠はかぶりを振り、穏やかに、しかし力強く言った。

「戦場に身分なんぞ何の役にも立たん。それに、同じ若手だ。俺、貴様でいいだろう?」

「……いいのか?」

「ああ。尚哉となら、本音を言い合える間柄になれる気がする」

悠が右手を差し出す。沙霧は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに破顔し、その手を力強く握り返した。

「そう言ってくれるなら遠慮なく。よろしく頼む、悠!」

「おう、任せておけ!」

ガシッと固く結ばれた手と手。身分も所属も超えた友情が、ここに結ばれた。

そこへ、綾峰中将がやってくる。

「……む。悠、尚哉。もうそんなに仲良くなったのか」

「ええ、ようやく盟友が出来ました!」

「右に同じくです、閣下」

「ははは! それは喜ばしいな!」

三人の笑い声が、甲板に高く響き渡る。

これから行く先が、修羅と絶望が支配する地獄であることなど、今は忘れたかのように。

2. 理想と現実の狭間で

光州での戦いは、凄惨を極めた。

綾峰中将の「民間人優先」の指揮により、数十万の命が救われたが、その代償として戦線は崩壊しつつあった。

「逃げ遅れた少女がいる! くそっ、キリがない!」

尚哉の『94式不知火』が突撃砲を乱射するが、戦車級の群れは止まらない。

瓦礫につまずく少女。迫る赤い顎。

「やめろォォォッ!!」

尚哉が叫ぶが、射線が通らない。

次の瞬間、少女の体は戦車級に踏み潰され、赤い染みへと変わった。

「あ……ああ……ッ!!」

「泣くな沙霧尚哉!!」

悠の『建御名方』が横合いから飛び込み、戦車級を粉砕する。

悠は通信機越しに、呆然とする尚哉を叱咤した。

「涙で照準を曇らせるな! 貴様が泣いている間に、また一人守れなくなる! その怒りを引き金に乗せろ! それが、俺たち軍人の『業』だ!!」

「……ッ! 了解……!」

悠と尚哉は、血反吐を吐くような撤退戦を最後まで支え続けた。

だが、帰国後に待っていたのは、英雄への称賛ではなかった。

「……綾峰中将が、更迭?」

首相官邸。悠は榊首相に詰め寄った。

国連軍司令部を危険に晒した責任を問われ、綾峰は軍を追われたのだ。米国と国連の顔色を窺う政治判断によって。

「納得がいきません! 閣下は民を救った! 誰よりも『王道』を貫いたのです!」

「……山城殿。これは政治決定だ」

悠は唇を噛み締め、拳を震わせた。

正義とは何か。国とは何か。

この時抱いた「政府への不信」と「米国への嫌悪」が、後の悲劇の種となった。

 

1998年8月、BETAが九州に上陸。悠は長崎、天草方面から上陸するBETA迎撃のため、鹿児島方面隊を指揮し、最前線でその力を存分に奮っていた。悠達は八代海岸線でBETAを迎撃。しかしBETAの数が多く弾薬や推進剤は消費し、部隊の数も減りつつあった。

悠「怯むなッ!!我らが1歩下がれば国民が1000人死ぬと思え!!」

「うぉぉぉぉ!!!」

「来るなら来い!!BETA共!!」

悠の檄に呼応し帝国本土防衛軍や斯衛軍が雄叫びを上げてBETAに攻撃をする。

悠(…とはいえ、これではジリ貧。)

悠「こちら鹿児島方面隊、避難民の状況はどうか!」

CP「こちらコマンドポスト、脱出艦隊は現在避難民のうち6割の収容した。だが、まだ4割残っている。」

悠「了解した、こちらの推進剤も弾薬も心ともない。防衛戦を下げ、補給を受けたいがどうか?」

CP「了解した、高千穂町まで後退せよ。高千穂町からのラインを第3防衛ラインとする。防衛ライン構築まで第3艦隊による艦砲射撃でBETA侵攻を食い止める。」

悠「了解、高千穂町まで後退する。鹿児島方面隊、全機聞け!総員高千穂町まで後退。武器弾薬、推進剤を補給する。全機全速後退!!」

悠の命令を聞き、防衛軍、斯衛軍が連携し後退を続ける。悠はそれを横目に殿を務め、後退の脅威になる光線級を優先的に潰しながら悠も後退する。

悠達が高千穂町に到着したとき、高千穂町には人っ子一人おらず、補給ポイントがあるだけだった。悠達は順次補給を行ない、武器弾薬、推進剤の補給は十分になった矢先、CPから悲鳴のような声で通信が入る。

「こちらCP!現在BETAは博多、久留米、熊本、鹿児島方面から侵攻中!!全部隊は大分まで後退、すぐに防衛戦を!!」

悠「チッ!全機聞いたな!全速力で大分まで飛ぶ!高度に気をつけろ!」

「了解!!」

悠達は高千穂町から大分市まで急ぎ後退、防衛戦を張る。しかし、大分港にはまだ多くの避難民が取り残されていた。

 

帝都防衛戦編 第1章:大分、絶望の波止場

1998年8月、大分市。

高千穂から全速力で後退してきた悠たちが目にしたのは、この世の終わりのような光景だった。

大分港は、逃げ場を失った避難民で埋め尽くされていた。

我先にと岸壁に押し寄せる人の波。海には、定員を超過して喫水線が沈みきった輸送船や漁船が、悲鳴のような汽笛を上げて出港しようとしている。

だが、それでもまだ数万、いや十数万の市民が陸に取り残されていた。

「こ、これは……」

部下の神代巽が絶句する。

「間に合っていない……! 船が足りていません!」

その時、CP(司令部)からの非情な通信が入る。

『CPより鹿児島方面隊へ! 敵前衛、由布・別府ラインを突破! 大分市街地への到達まであと10分!』

『貴隊は直ちに港湾施設を放棄し、関門海峡防衛ラインへ転進せよ! 繰り返す、港を放棄せよ!』

「馬鹿なッ!!」

悠は通信機に向かって怒鳴った。

「見えていないのか! ここにはまだ十数万の同胞がいるんだぞ! 彼らを見捨てて、我々だけおめおめと逃げろと言うのか!」

『……命令だ、山城大尉。これ以上の損耗は許されない。本土決戦のために戦力を温存せよ』

冷徹な命令。軍事的には正しい判断かもしれない。

だが、眼下の広場では、母親が子供を抱いて泣き叫び、老人たちが力尽きて座り込んでいる。

悠の脳裏に、家訓がよぎる。

『民草の思いと願いを知り、常に民と主の傍に在るべし』

「……断る」

悠は低い声で告げた。

『なっ、大尉!? 命令違反だぞ!』

「聞こえなかったか! 断ると言ったんだ!!」

悠の咆哮が、CPのオペレーターを黙らせる。

「我々は斯衛だ! 民を見捨てて生き延びるくらいなら、ここで散る道を選ぶ! ……CP、貴様らは好きにしろ。我々はここに残り、最後の一船が出るまで時間を稼ぐ!」

悠は回線を切り、部隊全員へ通信を繋いだ。

「聞いたな、者ども! …状況は最悪だ。敵は数万、味方は我々のみ。相手にとって不足なし!そして、背後には守るべき民がいる」

悠は『建御名方』の長刀を抜き放ち、西の山並み――BETAが押し寄せてくる方向を指した。

「これより、大分市街地において遅滞戦闘を行う! 一歩も下がるな! 建物一つ、道路一本を盾にしてでも奴らの足を止めろ!」

「我らが死ぬ1秒が、民が生きる1秒になると思え! ……天照、掛かれぇぇぇッ!!」

「「「応ッ!!」」」

 

第2章:血染めの港湾都市

ズガァァァンッ!!

山間部から雪崩れ込んできた戦車級の群れに対し、天照部隊の火器が一斉に火を噴く。

市街地戦。ビルや家屋が立ち並ぶ狭い空間は、大軍のBETAにとっては進みにくいが、戦術機にとっても動きにくい死地だ。

「撃て 撃て! 弾幕を絶やすな!」

真那の『武御雷』が、交差点を埋め尽くすBETAに向けて突撃砲を乱射する。

「数が多い……! まるで赤い絨毯!」

戎美凪が悲鳴を上げる。

倒しても倒しても、その後ろから次々と湧いてくる。

要撃級の硬い腕がビルを粉砕し、瓦礫と共に戦術機へ襲い掛かる。

「くそっ、キリがない!」

悠の『建御名方』は、弾切れになった突撃砲を投げ捨て、長刀と滑空砲による近接格闘へ切り替えた。

(……阿頼耶識、同調率上昇!)

悠の脳に、戦場の立体図が焼き付く。

右の路地から要撃級2体。左のビル屋上に戦車級多数。正面、突撃級の加速予兆。

「そこだァッ!!」

悠はスラスターを噴射し、ビルの壁面を蹴って跳躍。

突撃級の背中へ長刀を突き立て、そのまま滑るように着地して要撃級の腕を斬り飛ばす。

「大尉! 港の方角、光線級の反応!」

神代の報告。

見れば、山の中腹に光線級が現れ、港の避難船を狙ってレーザー照射体勢に入っていた。

「させんッ!!」

悠は建御名方の滑空砲を構える。

照準補正、コンマ1秒。

ズドンッ!!

極超音速の弾丸が、光線級を岩盤ごと吹き飛ばす。

だが、その隙を突いて、戦車級の一団が悠の防衛ラインを抜け、避難民のいる広場へと漏れてしまった。

「しまっ……!」

悠が振り返る。

そこには、逃げ遅れたバスと、それに群がる赤い悪魔たちの姿があった。

「いやぁぁぁ! 来ないでぇぇ!」

窓ガラスが割られ、中から引きずり出される人々。

「やめろォォォォォッ!!」

悠は絶叫し、ブースト全開で戻ろうとする。

だが、間に合わない。

バスは一瞬にして赤い肉塊の山へと変わり、咀嚼音だけが響いた。

「あ……あぁ……」

コクピットの中で、悠の目から涙が溢れる。

たった数秒。判断が遅れた数秒で、数十の命が消えた。

自分の無力さが、内臓を雑巾絞りにするように痛めつける。

「……殺す。……一匹残らず、殺してやる!!」

悠の瞳から光が消え、修羅の色が濃くなる。

大分防衛戦は、悠の心を削り取りながら、日没まで続いた。

第3章:さらば九州

夕闇が迫る頃、ようやく最後の輸送船が岸壁を離れた。

まだ積み残された人々はいたが、これ以上は船が出せない限界だった。

「悠! もう限界だ! これ以上は全滅するぞ!」

真那の悲痛な声。

天照部隊の弾薬は尽き、エネルギーも底をつきかけている。

市街地の半分はBETAに制圧され、火の海となっていた。

「……撤退だ」

悠は血の味がする唇を噛み締め、命令を下した。

「全機、関門海峡へ向けて離脱! 私は殿を務める、先に行け!」

「悠! お前も一緒だ!」

「光線級がまだ残っている! 誰かが囮にならなきゃ撃ち落とされるぞ!」

悠は建御名方のスラスターを全開にし、BETAの群れの中へ単機で突っ込んだ。

「こっちだ化け物ども! 俺の首が欲しいなら追ってこい!」

派手な機動で敵の注意を引きつけ、その隙に部下たちを離脱させる。

悠自身も、ギリギリのところで離脱、海面スレスレを飛行し、九州の大地を後にした。

背後で燃え上がる大分の街。

そこには、助けられなかった数万の命と、故郷を追われた人々の無念が渦巻いていた。

(……許してくれ。……守れなかった俺を、許してくれ……)

悠は嗚咽しながら、本州――次の激戦地、中国・四国地方へと機首を向けた。

だが、地獄はまだ始まったばかりだった。

翌日には関門トンネルが突破され、BETAの侵攻は加速していくことになる。

 

帝都防衛戦編 第4章:傷だらけの転進、舞鶴へ

1998年8月下旬。

九州を脱出した悠たちを待っていたのは、息つく暇もない撤退命令だった。

『大本営より鹿児島方面隊指揮官、山城大尉へ厳命!』

『貴隊および天照部隊の損耗率は規定値を超過している。これ以上の戦闘継続は部隊の全滅を意味すると判断する』

『よって、中国・四国地方での防衛戦闘は許可しない。直ちに戦域を離脱し、京都府・舞鶴基地へ転進せよ!』

「…なっ、まだ戦えます! ここで我々が引けば、中国地方と…四国地方の民はどうなるのですか!」

悠は食い下がった。建御名方の装甲は汚れ、弾薬も底をつきかけているが、闘志だけは衰えていない。

『却下だ! 貴官らは貴重な「BETA戦経験者」である! 帝都・京都防衛戦において、その経験が必要なのだ!』

『死ぬな、山城大尉。……生きて舞鶴へたどり着け。これは厳命である』

通信が切れる。

「……くそっ!!」

悠はコンソールを殴りつけた。

軍人としては正しい。壊滅寸前の部隊を無駄にすり潰すより、再編成して首都防衛の要にするべきだ。

だが、山城家の当主としては、民を見捨てて自分たちだけが安全な後方(舞鶴)へ下がることに、内臓が千切れるほどの拒絶を感じていた。

「……悠、行くぞ。」

真那が、静かに声をかける。彼女の『武御雷』もまた、装甲の至る所が破損していた。

「今ここで全滅すれば、誰が帝都を守る。……生き恥を晒してでも、主の元へ馳せ参じるのが我らの務めだ。」

「……分かっている。分かっているよ、姉様……」

悠は血の味がする唇を拭い、全回線を開いた。

「……総員に通達。これより本隊は戦闘を回避し、日本海側ルートを経由して舞鶴基地へ撤退する」

「ただし! 遅れている友軍や避難民がいれば、可能な限りこれを収容する。……一人も見捨てるな。ボロボロでもいい、這ってでも舞鶴へ行くぞ!」

 

第5章:舞鶴への帰還、そして

撤退は、戦闘以上に過酷だった。

九州から山口、島根、鳥取を経由し、日本海沿いを北上するルート。背後からは、中国地方を蹂躙しながら進むBETAの震動が常に伝わってくる。

整備不良で動けなくなった鹿児島方面隊の機体を、天照部隊が牽引し、時には損傷の激しい機体を泣く泣く放棄し、パイロットだけを回収して進んだ。数日後。

京都府、舞鶴基地。

夕闇の中、滑走路に降り立った部隊の姿は、あまりにも痛々しかった。『建御名方』は白と紫の塗装の大半が剥げ落ち、黒い下地とBETAの返り血でどす黒く染まっていた。付き従う鹿児島方面隊の『撃震』や『陽炎』も、手足をもがれ、満身創痍の状態で、ようやくたどり着いたのだ。

「……到着、したか」

悠はコクピットハッチを開け、舞鶴の湿った空気を吸った。

そこには、まだBETAの臭いはなかった。

だが、基地の雰囲気は重苦しい。すでにBETAの前衛が兵庫・大阪ラインに迫っており、この舞鶴もまた、最前線になるのは時間の問題だったからだ。

「山城大尉! ご無事で!」

基地の整備兵たちが駆け寄ってくる。

「よくぞ……よくぞ生きて戻られました!」

彼らの目には涙が浮かんでいた。

九州で全滅したと思われていた部隊が、悠の指揮のもと、驚異的な生還率で戻ってきたのだ。それは絶望的な戦況における、数少ない希望のニュースだった。

だが、悠の顔に笑顔はなかった。

「……すぐに補給と修理を頼む。使えるパーツは予備機からかき集めろ」

「は、はい! ですが、大尉も休息を……」

「休んでいる暇はない、頼むぞ。」

悠は整備兵の言葉を遮り、東の空――京都・帝都の方角を見据えた。

「奴らは止まらない。……すぐにまた、地獄が始まるぞ」

その予言通り。

舞鶴到着からわずか数日後。

BETA主力が中国地方を突破し、ついに**京都防衛ライン(絶対防衛線)**への侵攻を開始する。

悠陽殿下が待つ帝都を守るため、悠は癒えぬ傷を抱えたまま、運命の「京都防衛戦」へと身を投じることになる。

 

帝都防衛戦編 第5章:愛媛・鳥取防衛ライン、若き盾たち

1998年9月。

九州を突破したBETA軍団の進撃を阻止すべく、防衛省は最後の賭けに出た。

四国の愛媛県と、中国地方の鳥取県を直線で結び、その間に十重二十重(とえはたえ)の陣地を敷く「愛媛・鳥取絶対防衛ライン」の構築である。

山城悠率いる『天照』部隊と、鹿児島方面隊の生き残り部隊は、最も激戦が予想される第2防衛ラインの守備を命じられた。

だが、正規兵の数は圧倒的に足りない。補充された戦力は、本来ならまだ学校にいるはずの「子供たち」だった。

 

駐屯地の仮設テント。

悠の前に、緊張した面持ちの少女たちが整列していた。

斯衛軍衛士訓練学校から緊急徴用された学徒兵たちである。

「……第105訓練小隊、隊長候補生、篁唯衣(たかむら ゆい)です! 以下、山城上総、能登和泉、石見安芸、甲斐志摩子、着任いたしました!」

黒髪の少女、篁唯衣が声を張り上げて敬礼する。

その隣には、悠と同じ「山城」の姓を持つ分家の娘、山城上総(かずさ)の姿もあった。

悠は、眼帯をした右目で彼女たちを見渡した。

若い。あまりにも若い。

自分と同い年か、あるいは下か。

まだ人を殺したことも、仲間が喰われる音を聞いたこともない、無垢な瞳。

(……この子たちを、俺は地獄へ連れて行くのか)

悠の胸に、鉛のような罪悪感が広がる。

第2防衛ラインは、敵の主力を受け止め、第3ライン以降が整うまでの「捨て石」になる可能性が高い場所だ。

本来なら守られるべき彼女たちが、盾にならざるを得ない現実。

「……部隊長の山城悠大尉だ」

悠は、あえて厳格な口調で返した。優しさを見せれば、戦場で迷いが生じるからだ。

「貴様らが名家出身だろうが、成績優秀だろうが関係ない。ここは教室ではない。BETAの餌場だ。……死にたくなければ、私の指示に従え」

「は、はいッ!」

少女たちの肩が震える。

だが、悠は心の奥底で血の涙を流していた。

(すまない……。俺がもっと強ければ、お前たちを戦わせずに済んだのに……)

 

第6章:修羅の個人授業

出撃までのわずかな時間、悠は彼女たちを徹底的に鍛え上げた。

それは教官としての訓練ではなく、兄が妹に「生き方」を教えるような時間だった。

Scene 1:篁唯衣への教え

「篁! 動きが硬い! 譜代武家としての誇りは立派だが、それでは死ぬぞ!」

シミュレーター訓練。悠は唯衣の機体(訓練用の94式)の背後を取り、容赦なくペイント弾を撃ち込む。

唯衣は唇を噛み締め、涙目で食らいついてくる。

「くっ……! 山城大尉、速すぎます……!」

「敵はもっと速い! 突撃級は待ってくれない!」

悠は通信機越しに叫ぶ。

「いいか、篁。斯衛の誇りとは『綺麗に散ること』ではない! 泥にまみれても、無様でも、最後まで『民を守り抜くこと』だ! 生きろ! 生きてこその守護者だ!」

「……ッ! はいッ!!」

 

Scene 2:山城上総への言葉

休憩中、悠は分家の上総に水を渡した。

「……大丈夫か、上総」

「は、はい、御当主様……」

「ここでは階級で呼べ。……だが、山城の血を引くお前ならやれる」

悠は、上総の震える手を取った。

「怖いのは当たり前だ。俺だって怖い。……だが、その恐怖を『足』に使うな。『剣』に乗せろ。……山城家は逃げない。そうだろ?」

「……はい! 大尉殿!」

Scene 3:諦めるな

能登和泉、石見安芸、甲斐志摩子。彼女たちにも、悠は個別に声をかけ、機体の調整を手伝い、その特性を見抜いてアドバイスを送った。

「能登、君は視野が広い。前衛の唯衣が突出したらカバーしろ」

「石見、君は砲撃のセンスがいい。落ち着いて狙えば必ず当たる」

「甲斐、君が最後の砦だ。仲間が崩れそうになったら、君が支えろ」

短時間だった。わずか数日。

だが、悠の鬼気迫る指導と、その裏にある「絶対に死なせない」という深い愛情は、少女たちに伝わっていた。

彼女たちの目は、怯えから、戦士のそれへと変わっていった。

第7章:開戦前夜の誓い

BETA群到達、1時間前。

第2防衛ラインの塹壕。

悠は学徒兵たちを集め、最後の訓示を行った。

夜空の下、少女たちの顔は青ざめているが、瞳だけは悠を真っ直ぐに見つめている。

「……間もなく、奴らが来る」

悠は静かに語りかけた。

「正直に言おう。このラインは地獄になる。……多くの仲間が死ぬだろう」

ゴクリ、と誰かが喉を鳴らす。

「だが、約束してくれ。……何があっても、決して諦めるな」

悠は一人一人の目を見て、強く言った。

「弾が尽きても、機体が動かなくなっても、最後の一瞬まで生きることを諦めるな。……お前たちの後ろには、家族がいる。友がいる。守るべき国がある」

悠は、自身の『建御名方』を見上げた。

「俺が必ず、お前たちの前に立つ。一番危険な敵は俺が引き受ける。……だから、お前たちは俺の背中を見て、ただ生き残ることだけを考えろ」

「「「はいッ!!」」」

少女たちの声が揃う。

そこに迷いはなかった。

彼女たちは、山城悠という若き英雄と出会い、その魂に触れ、斯衛としての覚悟を決めたのだ。

「……行くぞ。天照、そして防衛軍、学徒兵諸君。……我らの意地、野蛮な塵共に見せてやれ!」

警報が鳴り響く。

地平線が赤く染まる。

愛媛・鳥取防衛ラインの戦い。

後に「血の二週間」と呼ばれる激戦の火蓋が、今切って落とされた。

 

帝都防衛戦編 第8章:愛媛・鳥取防衛ライン、血の盾

「来るぞ…!! 総員、射撃開始ッ!!」

悠の絶叫と共に、愛媛の山間部に築かれた防衛ラインが一斉に火を噴いた。

地平線を埋め尽くす赤と黒の奔流。BETAの進撃速度は、シミュレーターの比ではなかった。

「う、撃て! 撃てぇぇぇっ!」

「当たりません! 速すぎます!」

学徒兵たちの悲鳴が交錯する。

36mm突撃砲の弾幕を張り巡らせるが、先頭をひた走る突撃級(デストロイヤー)の甲殻にはじき返される。

恐怖で照準がブレ、パニックに陥りかける第105小隊。

「落ち着け! 奴らの動きを点で見るな、面で見ろ!」

悠の『建御名方』が戦場を疾駆する。阿頼耶識システムで突撃級の進路を予測し、滑空砲で足元を撃ち抜く。転倒した個体が後続を巻き込み、巨大な団子状態になったところへ、一斉射撃を叩き込ませる。

「今だ! 転倒した奴を狙え! 殻の隙間だ!」

「は、はいッ!」

篁唯衣が、山城上総が、必死にトリガーを引く。

どうにか第一波を凌いだ。だが、息つく暇もなく第二波、第三波が押し寄せる。

「ひっ……!? き、来ないで!」

能登和泉の機体が、恐怖で足を止めてしまった。

その隙を見逃すBETAではない。

一匹の突撃級が、他の個体を踏み台にして跳躍。和泉の頭上から襲い掛かる。

「和泉ッ!!」

唯衣が叫ぶが、射角が取れない。

(死ぬ――!)

和泉が目を閉じた、その瞬間。

ズドォォォォォンッ!!

白と紫の影が、横合いから突撃級に激突した。

『建御名方』だ。

悠はスラスターを全開にして体当たり(ショルダータックル)を敢行し、数十トンの巨体を無理やり弾き飛ばしたのだ。

「隊長殿!?」

だが、弾き飛ばした代償に、建御名方は勢いを殺せず、後続の突撃級の正面に晒される形となった。

硬質な甲殻が、建御名方の横腹に激突する。

ガシャァァンッ!!

「ぐ、ぅぅぅッ!!」

コクピットの中で、悠は血を吐いた。

衝撃吸収の限界を超えたGが、全身の骨を軋ませる。

阿頼耶識システムが、機体のダメージを「痛み」として脳に直接フィードバックする。

左脇腹が焼けるように熱い。機体の装甲が割れ、フレームが歪んだ感覚が、我が身のことのように伝わってくる。

「た、隊長殿!!」

「山城大尉!!」

学徒兵たちが絶叫する。

悠は、口から溢れる血を無視して、建御名方を踏ん張らせた。

倒れない。ここで俺が倒れれば、後ろの子供たちが死ぬ。

「……狼狽えるなァッ!!」

悠の咆哮が、無線を通じて少女たちの鼓膜を叩いた。

「前を見ろ! 篁、上総! 俺が防いでいる間に撃て! 奴らの側面はがら空きだ!」

「で、ですが大尉が!」

「撃てと言っているんだ!! 俺ごと撃つ気概で狙え!!」

悠の鬼気迫る声に、唯衣は涙を拭い、照準を定めた。

大尉は命を懸けて、敵の動きを止めてくれている。

その覚悟に応えなければ、斯衛の名折れだ。

「うぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

唯衣の『94式』が火を噴く。上総たちも続く。

集中砲火を浴びた突撃級が、建御名方の目の前で崩れ落ちる。

「……よくやった」

悠は荒い息を吐きながら、建御名方を立て直した。

モニターの端には『左腕部駆動系・損傷』の文字。

そして悠自身の左目から、ツーっと赤い筋が流れ落ち、視界の半分が赤く染まり始めていた。

「か、各機、弾薬確認! ……次が来るぞ、休むな!」

「は、はいッ!」

少女たちの声が変わった。

恐怖は消えていない。だが、目の前でボロボロになりながら自分たちを守る「背中」を見て、彼女たちの魂に火が点いたのだ。

(……まだだ。まだ倒れるわけにはいかない)

悠は麻痺し始めた左手で、無理やり操縦桿を握り直した。

第2防衛ラインの崩壊まで、あと数時間。

地獄の釜の底で、悠と少女たちの戦いは続いていく。

帝都防衛戦編 第9章:壊れた人形のように

第2防衛ラインの崩壊は、唐突に、そして無慈悲に訪れた。

BETAの増援規模が、想定の3倍に膨れ上がったのだ。

『建御名方』のコクピット内。

警告音が鳴り止まない中、悠は震える手でコンソール横の救急キットを開いた。

中にあるのは、軍事用の強力な鎮痛剤と、高濃度の葡萄糖・興奮剤のカクテル注射器。本来なら軍医の管理下で使用すべき劇薬だ。

「……動け。動けよ、俺の体……!」

悠は躊躇なく、パイロットスーツの上から太腿に注射針を突き立てた。

プシュッ。

薬液が体内へ押し込まれる。

脳を焼くような覚醒感。悲鳴を上げていた筋肉と神経が、化学物質によって無理やり黙らされる。

「が、ぁぁぁ……ッ!! よし……まだ、戦える……!」

悠は血走った目でモニターを睨みつけた。

痛みは消えた。だが、それは体が治ったわけではない。壊れた機械に油を注して無理やり回しているだけだ。

それでも、彼は立たねばならなかった。

第10章:散りゆく桜花

「右翼、突破されました! 支えきれません!」

甲斐志摩子の悲鳴が響く。

「甲斐! 下がれ! そこはもう射線が通らない!」

悠が叫ぶが、遅かった。

要撃級の群れが、塹壕を乗り越えて雪崩れ込んでくる。

「いや……来ないで! 嫌ぁぁぁッ!!」

甲斐の『94式』が、要撃級の剛腕に捕まる。

コクピットブロックが無造作に握りつぶされる音。

グシャッ。

通信がノイズに変わる。

「志摩子ぉぉぉッ!!」

石見安芸が絶叫し、半狂乱で突撃砲を乱射する。

「殺す! よくも志摩子を! 死ね! 死ねぇッ!」

「やめろ石見! 足を止めるな!」

悠が割って入ろうとするが、BETAの奔流が二機の間を分断する。

怒りに我を忘れた石見の背後から、突撃級が音もなく迫る。

ドォン!!

背後からの激突。石見機が前のめりに倒れる。

そこへ群がる戦車級の群れ。

「あ、が……熱い……! 痛い、痛い痛い痛い!!」

「石見! 脱出しろ! 早く!!」

「ママ……助け……」

無数の赤い顎が、金属と肉を食い破っていく。

石見安芸の信号、消失。

「嘘……嘘よ……!」

能登和泉が震えている。

唯衣と上総も、あまりの惨劇に足がすくみ、動けない。

「…動けッ!! 立ち止まれば全員死ぬぞ!!」

悠は建御名方の滑空砲を乱射し、道を切り開く。

だが、BETAの触手は、逃げ遅れた能登和泉へと伸びていた。

「くっ……!」

和泉は、隣にいた唯衣を突き飛ばした。

「行って! 唯衣ちゃん!」

「和泉!?」

和泉の機体が盾となり、要撃級の腕を受け止める。

「山城大尉! 唯衣ちゃんをお願いします……! 私の分まで……!」

バキンッ。

和泉の機体が両断される。

空中に放り出されたコクピットブロックを、光線級のレーザーが正確に射抜いた。

空中で蒸発する命。

「和泉ぃぃぃぃぃッ!!」

唯衣の慟哭。

5人いた学徒兵は、瞬く間に2人になってしまった。

 

第11章:帝都放棄の決断

守れなかった。

また、守れなかった。

悠は薬物で麻痺した頭で、それでも冷静に戦況を分析した。

第2防衛ラインは消滅。このままでは、BETAは抵抗を受けることなく京都へ雪崩れ込む。

(……間に合わない)

悠は、歯が砕けるほど噛み締めながら、将軍家直通回線を開いた。

「……悠陽姉様。聞こえますか」

ノイズの向こうから、悠陽の緊迫した声が届く。

『悠!? 無事なのですか! 愛媛・鳥取ラインの反応が……』

「……潰滅しました。私の指揮不足です」

悠は、視界の隅で燃え上がる学徒兵たちの機体の残骸を見ながら、冷徹に告げた。

「姉様。……直ちに帝都・京都を放棄してください」

『なっ……!?』

「この防衛線が抜かれた以上、もはやBETAを止める術はありません。奴らは数日中に京都へ達します。……今の戦力では、御所を守り切ることは不可能です」

それは、山城家当主として、軍人として、最大の敗北宣言だった。

だが、主を生かすためには、プライドなどドブに捨てる必要があった。

「東京へ……東へ逃げてください。帝都を東京へ移すのです。……私が、この命に代えても時間を稼ぎます」

『悠……貴方は……』

「お願いです! 生きてください! ……これ以上、私の前で大切な人が死ぬのを、見たくないんです……!」

薬の効果が切れかけ、激痛が戻ってきた悠の声が震える。

悠陽は息を呑み、そして静かに答えた。

『……分かりました。直ちに遷都の準備に入ります。……悠、貴方も必ず生きて』

「……御意」

通信を切る。

悠は、残された唯衣と上総の方を向いた。

「……立て、唯衣、上総」

「うぅ……和泉が……みんなが……」

「泣くな!!」

悠の怒号が飛ぶ。

彼は建御名方で二機の前に立ち、背中で語った。

「泣く暇があるなら走れ! 彼女たちの死を無駄にするな! 生きて、この地獄を記憶しろ! ……それが生き残った者の義務だ!」

「……っ、はい……! ぐすっ……はいぃぃッ!!」

唯衣と上総は、涙を流しながら立ち上がった。

悠は二機を先導し、地獄と化した防衛ラインからの撤退を開始する。

行き着く先は、最後の砦・京都。

そこで悠は、悠陽を逃がすために文字通り「捨て石」となり、伝説の鬼神となって散る(意識を失う)ことになる。

 

帝都防衛戦編 第12章:血と泥の1ヶ月(遅滞戦闘)

第2防衛ライン崩壊から数時間後。

悠は、生き残った全戦力を再編していた。

天照部隊、鹿児島方面隊残存戦力、そして学徒兵の唯衣と上総。

「……聞け。我々の任務は変更された」

悠の声は、鎮痛剤の影響で少し掠れていたが、異様な迫力を帯びていた。

「ただ撤退するのではない。奴らの足を喰いちぎり、泥沼に引きずり込み、1秒でも長く帝都への到達を遅らせる。……目標は1ヶ月だ」

「い、1ヶ月!? この戦力でですか!?」

上総が悲鳴のような声を上げる。

弾薬は残りわずか、機体はボロボロ。正規軍が数日で壊滅した相手に、1ヶ月も抗うなど狂気の沙汰だ。

「可能だ。俺が指揮する限り、不可能はない」

悠は断言した。

それは虚勢ではない。阿頼耶識システムによる未来予知に近い索敵能力と、地形を極限まで利用したゲリラ戦術があれば、大軍を翻弄できるという確信があった。幸い、帝都防衛の為の補給地点が撤退の道でいくつも設置されている。

「死ぬな。無理に倒そうとするな。撃っては下がり、誘い込んで叩く。……我々は『生きた障害物』となるのだ」

そこから、地獄の日々が始まった。

Day 3:山間部の亡霊

「篁、右だ! 誘い込め!」

「は、はいッ!」

唯衣の『94式』が囮となり、突撃級の群れを狭い谷間へ誘導する。

そこへ、崖上から悠の『建御名方』が岩盤を崩落させる。

生き埋めになり、混乱するBETAの群れ。

「今だ、総員斉射! 撃ったら即座に離脱せよ!」

一撃離脱。

悠は地形の全てを味方につけた。橋を落とし、トンネルを崩し、森林を焼き払い、BETAの進軍ルートを限定させ、そこをピンポイントで叩く。

眠る時間は一日数十分。

悠はカクテル注射を打ち続け、不眠不休で指揮を執り続けた。

Day 14:極限の中の教導

雨の降る夜。泥濘の中で泥のように眠る唯衣と上総。天照部隊の真那達も流石に疲労困憊で眠りについていた。

だが、悠は一人、見張りに立っていた。

その体は限界を超えていた。左手の麻痺は広がり、時折激しい痙攣を起こす。

「……大尉殿」

目を覚ました唯衣が、泥だらけの顔で近寄ってくる。

「代わります。大尉殿こそ休んでください。……顔色が、土気色です」

「気にするな。……それより篁、今日の動きは良かったぞ」

悠は薄く笑い、右手で唯衣の顔についた泥を拭う。

「和泉たちの死を、無駄にしなかったな。……お前は強くなった」

「ッ……! 大尉殿のおかげです……!」

唯衣は涙をこらえた。

この二週間、悠はどんなに苦しくても、常に先頭に立ち、誰よりも危険な場所を引き受けてきた。

その背中が、少女たちを一人前の「衛士」へと変えていた。

Day 28:鬼神の行軍

戦い始めてから4週間。

悠たちの部隊は、ボロボロになりながらも、驚異的な粘りでBETA主力の進軍を食い止めていた。

本来なら数日で突破される距離を、1ヶ月かけてジリジリと後退させたのだ。

「……あと少しだ。あの山を越えれば、京都防衛圏だ」

悠の視界は、すでに右目も霞み始めていた。

薬の副作用で内臓が悲鳴を上げ、吐血は日常茶飯事となっていた。

それでも、彼の指揮は冴え渡っていた。

「上総、左翼の光線級を潰せ! 真那姉様は殿の回収を!」

「了解!」

「お任せを!」

唯衣も上総も、もう悲鳴を上げない。ただ黙々と、悠の手足となって任務を遂行する「精鋭」の顔になっていた。

第13章:約束の地、そして最後の別れ

そして、30日目。

悠たちはついに、京都盆地の入り口までたどり着いた。

1ヶ月。

絶望的な撤退戦の中で、悠は宣言通り時間を稼ぎきったのだ。

その間に、帝都では悠陽殿下の脱出準備と、遷都の準備が完了しつつあった。

「……着いたな」

悠は『建御名方』を停止させ、荒い息を吐いた。

達成感よりも先に、体が鉛のように重くなる。

そこへ、京都防衛司令部からの通信が入る。

『こちら司令部! 山城隊、応答せよ! ……信じられん、本当にあの戦力で1ヶ月持たせたのか!?』

「……ああ。約束通りだ」

悠は掠れた声で返答し、そして唯衣たちの方を向いた。

「……篁唯衣、山城上総。及び防衛軍鹿児島方面隊各機」

「はっ!」

「貴官らの任務はここまでだ。……これより全部隊は京都防衛ラインを通過し、そのまま後方の東京方面へ撤退せよ。今まで、良く戦い生き残ってくれた。私は貴官らと共に戦えたこと、生涯の誇りである。」

「え……?」

唯衣が目を見開く。

「大尉殿は……山城大尉はどうされるのですか?」

「俺は残る」

悠は静かに告げた。

「殿下が発たれるまで、まだ少し時間が必要だ。……ここが最後の防衛線になる。俺が時間を稼ぐ」

「嫌です! ならば私も残ります!」

「私もです! ここまで一緒に戦ってきたのに!」

唯衣と上総が叫ぶ。それに呼応して鹿児島方面隊の防衛軍衛士達も口々に嘆く。

だが、悠は今までで一番厳しい声で一喝した。

「ならんッ!!」

「お前たちは生きろ! 生きて、この1ヶ月で学んだことを次の世代へ伝えろ! ……それが、和泉たちへの、散っていったもの達への、そして俺への最大の忠義だ!」

「……っ……!!」

悠は建御名方の手を、優しく唯衣機に向けた。

「行け、唯衣。……立派な衛士になれ」

「…う、うぅ…了解……いたしました……!」

唯衣は泣き崩れそうになるのを堪え、敬礼した。

「山城大尉殿のご武運を……お祈り申し上げます!!」

唯衣たちが去っていく。

真那だけが、その場に残ろうとした。

「悠。私は……」

「姉様は、唯衣たちを頼む。あの子たちを死なせないでくれ」

「……馬鹿者」

真那は悠の機体に一度だけ触れ、そして振り返らずに去っていった。

彼女もまた、悠の覚悟を無駄にはできなかった。

残されたのは、ボロボロの『建御名方』ただ一機。

そして、眼下には地平線を埋め尽くすBETAの大軍。

「……さて。もう薬も切れかけだ」

悠は最後の興奮剤を首筋に打ち込んだ。

視界が赤く染まり、痛みが遠のく。

「……悠陽姉様が逃げるまで。……一匹たりとも、通さんぞ」

1998年、京都防衛戦・最終局面。

伝説の「鬼神」が、その命を燃やし尽くす瞬間が迫っていた。

 

帝都防衛戦編 第13章:舞鶴、嵐の前の静寂

1998年9月下旬。京都府、舞鶴基地。

鉛色の空の下、異様な集団が滑走路に降り立った。

それは「部隊」と呼ぶにはあまりにも無惨な姿だった。

装甲の半分を失い、内部フレームが露出した『94式不知火』や『撃震』。

そして、その先頭を歩く、白と紫の塗装が剥げ落ち、ドス黒い血糊と煤でコーティングされた異形の巨体――『建御名方』。

「……到着、したぞ」

悠の声は、通信機を通しても分かるほど掠れていた。

機体がハンガーに入ると同時に、整備班長が駆け寄ってくる。

だが、彼は建御名方の惨状を見て、言葉を失い、その場に崩れ落ちそうになった。

「な……なんだこれは……!」

装甲は穴だらけ、駆動系からは異音が鳴り止まない。

長刀は刃こぼれして鋸のようになり、滑空砲の砲身は赤熱して歪んでいる。

何より、コクピットハッチの隙間から、パイロットの血が滲み出していた。

「……整備班長。文句は後だ」

ハッチが開き、悠がふらりと姿を現す。

その顔色は死人のように蒼白く、左腕は力なく垂れ下がっている。

「弾薬と推進剤を満載にしてくれ。……あと、鎮痛剤と栄養剤のストックもだ」

「大尉! 貴方の体はもう限界です! 即刻入院を……!」

「断る」

悠は整備兵の手を振り払い、地べたに座り込んだ。

「俺が入院しても、BETAは待ってくれない。…直してくれ。動けばいい。3日もてばいいんだ」

 

第14章:最後の晩餐、隠した震え

基地の食堂の隅。

悠、真那、そして生き残った唯衣と上総がテーブルを囲んでいた。

出されたのは、温かい白米と味噌汁、そして缶詰の肉。

1ヶ月ぶりの「まともな食事」だった。

「……おいしい……」

唯衣が、一口食べて涙をこぼす。

「温かい……ご飯……」

上総も泣きながら箸を進める。

地獄を見てきた少女たちにとって、この日常の味はあまりにも尊かった。

だが、悠は箸を持たない左腕が微かに震えているのを、テーブルの下で必死に隠していた。

神経障害が進んでいる。震えが全く止まらない。

「……悠」

隣の真那が、それに気づかないはずがない。

彼女は無言で悠の箸を取り上げると、スプーンで粥をすくい、悠の口元へ運んだ。

「……あーん、しなさい」

「真那姉様、みんなが見てる……」

「手が動かないのだろう? ……無理をするな。今は甘えろ」

真那の声は厳しかったが、その瞳は潤んでいた。

悠は観念して口を開く。

温かい粥が胃に落ちる。生きている実感が、逆に辛い。

「……篁、上総」

悠が口元の汚れを拭いながら声をかける。

「お前たちはここで降りろ。……ここから先は、大人の喧嘩だ」

「嫌です!」

唯衣が即答する。

「ここまで連れてきておいて、今さらですか! 私たちも戦います! 和泉たちの分まで!」

「……ダメだ」

悠は首を横に振った。

「舞鶴から帝都・京都までは目と鼻の先だ。……だが、そこは本当の地獄になる」

「大尉殿が死ぬ気なのは分かっています! だからこそ、お供させてください!」

唯衣が食い下がる。

その時、基地内にけたたましい警報音が鳴り響いた。

『総員、第一種戦闘配置! BETA主力、福知山ラインを突破! 京都盆地へ侵入!!』

ついに来た。

最後の時が。

悠は立ち上がろうとして、よろめいた。

真那が支える。

「……行くぞ。これが最後の出撃だ」

第15章:訣別の出撃

格納庫前。

整備を終えた(というより、応急処置で動けるようにしただけの)建御名方が、蒸気を上げて待っている。

悠はコクピットに乗り込む直前、唯衣と上総に向き直った。

「……命令だ。篁少尉候補生、山城少尉候補生」

悠は、胸ポケットから二つのデータチップを取り出し、二人に渡した。

「これは、この1ヶ月の戦闘データと、俺が構築した『対BETA戦術マニュアル(草案)』だ。……これを、東京へ届けろ」

「え……?」

「これは人類の財産になる。お前たちが生きて持ち帰らなければ、俺たちの戦いは無駄になるんだ」

それは嘘ではない。だが、彼女たちを戦場から遠ざけるための方便でもあった。

悠は二人の肩を強く抱きしめた。

「……頼んだぞ。俺の自慢の部下たち」

「た、大尉殿……! うっ、うぅ……!」

「……了解……しました……! 必ず、届けます……!」

二人は泣きじゃくりながら、敬礼した。

悠は優しく微笑み、踵を返した。

「……真那姉様。天照部隊。……行くぞ!」

「「「応ッ!!」」」

建御名方のエンジンが咆哮する。

舞鶴の空へ飛び立つ悠たちの背中を、唯衣たちは涙で見えなくなるまで見送っていた。

それが、彼女たちが最後に見た「山城悠」の姿となった。

 

 

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