マブラブオルタネイティヴ 日出ずる処の鬼神   作:ユウ・ベルフ

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幕間

憂国の烈士と護国の鬼①:雪解けの謁見

帝都・東京。皇居。

雪の残る中庭を、悠を先頭に、真那、そして駒木たち6名の女性衛士が歩いていた。

彼女たちの手には手錠はない。着ているのは、誇り高き帝国本土防衛軍の制服。

すれ違う近衛兵たちが、驚きと警戒の目を向けるが、悠が一瞥するだけで誰も道を塞ごうとはしなかった。

「……山城少佐」

背後から、駒木咲代子が小さな声で問う。

「貴方は……恨んでいないのですか? 私たちは、貴方の主君に弓引いた逆賊です。沙霧大尉を死なせた元凶でもある」

「…………」

悠は足を止めず、前を向いたまま答えた中佐。

「恨む? ……誰をだ? お前たちをか?」

悠の声には、不思議と怒りは含まれていなかった。

「尚哉が命を賭けて守ろうとしたお前たちを恨めば、あいつに顔向けができん。……それに、私は知っている。お前たちがどれほどこの国を愛していたか。どれほど純粋な思いで、あの雪の中に立ったか」

悠の足音が、砂利を踏みしめる。

「罪があるとすれば、それは若者をそこまで追い詰めた時代と、救えなかった私自身の弱さにある。……お前たちにはない」

駒木は言葉を失った。

この男は、どこまで背負うつもりなのか。

親友殺しの業だけでなく、自分たちの罪まで、その細い肩に乗せようというのか。

「……着いたぞ」

悠が立ち止まる。

目の前には、煌武院悠陽が待つ「謁見の間」の扉があった。

「背筋を伸ばせ。顔を上げろ。……お前たちは、沙霧尚哉が誇った精鋭だ。恥じることは何一つない」

悠が扉を開く。

その瞬間、凛とした空気が流れ出した。

「……入りなさい」

御簾の奥から、透き通るような声が響く。

駒木たちは震える足を踏み出し、部屋の中へと進んだ。

そこには、十二単を纏った政威大将軍・煌武院悠陽が、慈愛に満ちた瞳で彼女たちを待っていた。

「……駒木咲代子以下6名。面を上げなさい」

悠陽の言葉に、駒木たちが恐る恐る顔を上げる。

彼女たちの目に映ったのは、怒れる権力者ではなく、傷ついた民を憂う「母」のような眼差しだった。

「……辛かったですね」

悠陽の一言で、張り詰めていた糸が切れた。

華原や芳田が、堪えきれずに嗚咽を漏らす。

「そなたたちの想い……沙霧大尉の遺志、しかと受け取りました。……国を憂うその心、決して無駄にはしません」

悠陽は立ち上がり、御簾の外へと歩み出た。

近衛兵が動揺するが、彼女は構わず、平伏する駒木たちの前に立った。

「生きて、償いなさい。……死ぬことで楽になるのは許しません。この国の行く末を、その目で見届けるのです。……それが、そなたたちに課す罰であり、私の願いです」

「は……はいっ……! ありがたき、幸せ……!」

駒木は涙で床を濡らしながら、深く頭を垂れた。

この瞬間、彼女たちの忠誠心は、「沙霧尚哉」という個人から、「煌武院悠陽」という国家そのものへと昇華された。

そして同時に、その橋渡しをした山城悠への、複雑だが強固な信頼が芽生えたのである。

「……山城悠」

悠陽が悠を呼ぶ。

「はっ」

「彼女たちを……頼みますよ」

「御意。……この命に代えても」

悠は深く一礼した。

その横顔を見て、駒木は心の中で誓った。

(……この人は、一人で背負いすぎている。ならば、私たちが支えよう。それが、大尉への、そしてこの人への恩返しだ)

こうして、かつての逆賊たちは、最強の「守護者」として生まれ変わった。

新生・天照部隊の誕生である。

 

憂国の烈士と護国の鬼②:山城家の流儀

12.5事件から数日後。帝都・東京、山城家本邸。

歴史ある武家屋敷の門をくぐった時、駒木咲代子たちは緊張でガチガチになっていた。

「反逆者を匿う」のだから、地下牢か離れの倉庫に押し込められると思っていたからだ。

だが、通されたのは手入れの行き届いた客間であり、用意されていたのは温かい食事と、ふかふかの布団だった。

「……どういうつもりだ、山城少佐」

「言ったはずだ。殿下の沙汰が下るまで、私の客人だと」

悠は真那と共に、彼女たちの生活環境を整えていた。

だが、この待遇を実現するためには、家の主である両親を説得する必要があった。

父と母の涙

本邸の奥の間。

悠は、父・**山城勝俊(かつとし)**と、母・**桔梗(ききょう)**の前に正座していた。

「……悠。正気か」

厳格な軍人であり、政界にも顔が利く勝俊が、低い声で問う。

「彼女たちはクーデターの実行犯だ。五摂家に次ぐ我が山城家が、逆賊を客として迎えるなど……家の存亡に関わるぞ」

「存じております、父上」

悠は一歩も引かずに頭を下げた。

「ですが、彼女たちは私欲で立ったのではありません。……今の腐敗した政府、そして米国の傀儡となり果てた日本の現状を憂い、死を覚悟で声を上げたのです」

悠は、亡き親友・沙霧尚哉の顔を思い浮かべながら、言葉を紡いだ。

「彼女たちの行動は、本来なら我々大人が、政治家が、将軍家を支える者が成すべきことでした。……それを怠った我々の代わりに、彼女たちは血を流したのです」

「……っ」

勝俊の表情が揺らぐ。

「父上。母上。……私は尚哉を斬りました。ですが、彼の魂まで斬ったつもりはありません。彼女たちは、尚哉が遺した『日本の良心』です。……どうか、お守りください」

悠が畳に頭を擦り付けると、沈黙が落ちた。

やがて、母・桔梗が袖で目元を押さえた。

「……情けないことです」

桔梗の声は震えていた。

「まだ二十歳にもならぬ娘たちが、そこまで追い詰められていたとは……。国政の一端を担う者として、申し訳が立ちませぬ」

「桔梗……」

「あなた。……この子たちを守りましょう。それが、生き残った大人のせめてもの償いです」

勝俊は深く嘆息し、そして力強く頷いた。

「……相分かった。悠、お前の覚悟、しかと受け取った」

勝俊はすぐに受話器を取り、各方面への根回しを始めた。

「……ああ、私だ。防衛省の次官に繋げ。……例の件だが、山城家が身元を引き受ける。異論は言わせん」

その背中は、頼れる父親そのものだった。

癒やしの時

それからの数週間、山城家での生活は、駒木たちにとって夢のような時間だった。

「咲代子さん、顔色が悪いですね。よく眠れていますか?」

「あ、いえ……その、山城様……」

母・桔梗は、暇を見つけては離れを訪れ、彼女たちとお茶を飲んだ。

最初は警戒していた駒木たちも、桔梗の聖母のような優しさに、次第に心を開いていった。

「……怖かったです」

華原弥里が、ポツリと漏らす。

「正しいと信じていましたが……本当は、怖くて……」

「ええ。分かりますよ」

桔梗は優しく華原の手を握った。

「貴女たちはよく戦いました。……もう、肩の荷を降ろしていいのですよ。ここは戦場ではありませんから」

彼女たちは、沙霧大尉の話、故郷の話、そしてこれからの不安を、涙ながらに語った。

桔梗はそれをただ静かに受け止め、時には共に涙し、彼女たちの傷ついた心を丁寧に縫い合わせていった。

一方、悠と真那は、そんな彼女たちを遠巻きに見守っていた。

「……良いご両親だな、悠」

「ああ。……俺にはもったいないくらいだ」

悠は、庭先で談笑する母と駒木たちを見て、目を細めた。

彼女たちの顔から、「決死隊」の悲壮感が消え、年相応の女性の表情が戻りつつある。

「……これでいい。彼女たちが人としての心を取り戻せば、きっといい衛士になる」

数週間後。

正式に斯衛軍への編入が決まり、山城家を発つ日。

駒木たちは、勝俊と桔梗の前で深々と土下座をした。

「……この御恩、生涯忘れません。山城家のために、この命を使わせてください」

それは強制された忠誠ではなく、心からの感謝による誓いだった。

勝俊は鷹揚に頷き、桔梗は「行ってらっしゃい」と送り出した。

 

憂国の烈士と護国の鬼③:帰るべき場所

山城家の門前。

手入れされた黒塗りの公用車が、エンジンの音を響かせて待っている。

「行ってまいります」

先に乗り込んだ駒木咲代子たちの言葉には、強い決意が宿っていた。

桔梗の「行ってらっしゃい(無事に帰って来なさい)」という祈りに、「行ってきます(必ず生きて帰ります)」と答える。それは武士の妻と、戦場へ赴く娘たちの、魂の契約のような挨拶だった。

彼女たちが車内へ姿を消すと、勝俊と桔梗は、最後に残った悠を呼び止めた。

「悠」

「……はい、お母様」

桔梗は、悠の前に歩み寄ると、そっとその体を抱き寄せた。

19歳になり、背も伸びた息子。だが、その体はあまりにも細く、傷だらけだった。

「気負い過ぎてはなりませんよ。無理をしすぎてもなりません。周りを頼り、信頼し、共に歩むのですよ」

幼子に言い聞かせるような、柔らかく、温かい声。

悠は、喉の奥が熱くなるのを感じながら、努めて明るく振る舞おうとした。

「……はい、お母様。大丈夫です、私は……」

気丈な声色。辛い感情を悟られまいとする、子供特有の強がり。

だが、母の目は欺けなかった。

「悠。……無理をしているのは、母には分かります」

桔梗の手が、悠の頭を優しく撫でる。

「私はあなたの傍にいてあげられない。けれど、あなたは独りじゃないのよ。……近くには真那ちゃんがいる。あなたの後ろには悠陽様がいる」

桔梗は、悠の瞳を覗き込み、微笑んだ。

「そして、家に帰ってくれば……私たちがいます。1人で抱え込んではなりませんよ」

その言葉は、悠が一番欲しくて、一番恐れていた言葉だった。

帰ってもいいのか。

人殺しの自分が、この温かい場所に。

「……はい……お母様……」

悠の目から、大粒の涙が溢れた。

強がりはもう、維持できなかった。

そこへ、父・勝俊が歩み寄る。

厳格な軍人であり、日本の重鎮。その大きな手が、悠の震える肩を掴んだ。

「悠。……お前は私の息子だ」

勝俊の声は低く、そして悔しさに震えていた。

「まだ年端もいかないお前を、戦場に送らねばならないのは……私も桔梗も、悔しい」

親として、子を守れない無力さ。

国を守るために、我が子を修羅の道へ突き落とさなければならない矛盾。

勝俊は、その苦しみを隠さずに吐露した。

「だが、お前はもっと辛い。だから弱音は吐かぬのだろう」

勝俊は、悠の肩を強く、強く抱きしめた。

「いいか、悠。私達は、お前がいつでも帰って来れるようにいつも待っている。お前とどれだけ距離が離れていようと、私達はお前のそばに居る」

父の匂い。頼もしい腕の力。

それは、どんな強化装備よりも強固な「守り」だった。

「……体には、気をつけろよ」

「……はいッ……お父様……!」

悠は、両親の腕の中で、声を上げて泣いた。

鬼神でも、英雄でも、当主でもない。

ただの「山城悠」として。

両親の愛を全身で受け止め、空っぽになりかけていた心に、温かい燃料を注ぎ込んだ。

数分後。

悠は涙を拭い、車へと乗り込んだ。

その目は赤く腫れていたが、そこには揺るぎない光が宿っていた。

(帰ってくる。……必ず、この家へ)

車が走り出す。

遠ざかる両親の姿が見えなくなるまで、悠は振り返り続けていた。

この温もりがある限り、彼は何度でも地獄から這い上がれる。

最強の「天照部隊」は、こうして本当の意味で完成したのだった。

 

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