マブラブオルタネイティヴ 日出ずる処の鬼神 作:ユウ・ベルフ
凍りついた2日間
神宮司まりもの死から数時間後。
白銀武の姿が基地から消えた。
脱走。あるいは精神錯乱による徘徊。
基地内は厳戒態勢が敷かれたが、悠は捜索隊を出さなかった。
「……放っておけ」
悠は、まりもの遺品整理をしながら、部下に命じた。
「戻る気があれば戻る。なければ野垂れ死ぬだけだ。……今は、生きている人間のケアが先だ」
悠は、主を失った207B分隊の臨時指揮官として、機械的に動いた。
泣き崩れる壬姫を医務室へ送り、呆然とする冥夜たちには食事と睡眠を強制した。
慰めの言葉は一切かけなかった。
今の自分から出る言葉は、全て呪いになりそうだったからだ。
(……まりも先輩。貴女の生徒たちは、俺が預かります。……優しくはできませんが)
悠は、誰もいない教官室で、まりものデスクに突っ伏して、数分だけ眠った。
夢は見なかった。
第44章:帰還、そして冷たい問答
2日後の早朝。
横浜基地のゲートに、一人の影が現れた。
白銀武である。
泥だらけの制服。やつれた顔。だが、その目には以前のような怯えではなく、悲痛なまでの「覚悟」が宿っていた。
彼は真っ直ぐに、地下の機体格納庫へと向かった。
そこには、整備中の『建御名方・烈鬼』を見上げる山城悠の姿があった。
「……山城中佐」
武が声をかける。
悠はゆっくりと振り返った。驚きはない。
「……生きていたか。脱走兵」
悠の声は、氷点下の冷たさだった。
「軍法会議ものだぞ。……銃殺刑がお望みか?」
「……いえ。俺にはまだ、やるべきことがあります」
武は悠の隻眼を真っ直ぐに見つめ返した。
以前なら、悠の殺気に飲まれていただろう。だが、今の武は引かない。
彼もまた、向こうの世界で地獄(精神的な)を見て、それでも戻ることを選んだのだから。
「00ユニット……鑑純夏を、完成させます。そのために戻りました」
「……フン」
悠は鼻を鳴らし、歩み寄った。
そして、武の胸ぐらではなく、肩を乱暴に掴んだ。
「勝手な奴だ。……自分が世界の中心だとでも思っているのか」
「……そうかもしれません」
「……チッ」
悠は武を突き放した。
「いいだろう。香月博士も、お前の帰りを待っていたようだ。……さっさと行け」
悠は背を向けた。
「おかえり」とも「よかった」とも言わない。
「ただし、白銀。……勘違いするなよ」
悠は背中越しに、ドスの利いた声で告げた。
「俺はもう、お前を仲間だとは思っていない。……お前は『00ユニットの起動キー』だ。ただの部品だ」
「…………」
「部品なら、感情はいらない。迷いもいらない。……ただ機能しろ。まりも先輩の分までな」
「……はい。肝に銘じます」
武は深く頭を下げ、地下の研究施設へと走っていった。
その背中を見送った後、悠は小さく吐き捨てた。
「……馬鹿野郎が。……戻ってきやがって」
その言葉に安堵が含まれていたのか、それとも再び彼を死地に送る罪悪感だったのか。
今の悠には、自分でも判別がつかなかった。
:歪な歯車、再始動
武の帰還により、凍結しかけていた『オルタネイティヴIV』計画が再始動した。
00ユニット(鑑純夏)の調整と、武による精神安定化プロセス。
そして、対ハイヴ攻略用決戦兵器『凄乃皇(スサノオ)・弐型』の調整。
それらが完了するまでの数週間、悠と天照部隊は、防衛戦力として酷使され続けていた。
「第3防衛ライン、BETA出現!」
「天照、出るぞ! 叩き潰せ!」
悠は『烈鬼』を駆り、戦場を駆け回る。
武には会わない。会えば、また情が湧くかもしれない。
今の悠に必要なのは、BETAを殺す機能だけだ。
そして、ついに時は満ちた。
00ユニット完成。
甲21号作戦、発動。
ブリーフィング・ルーム。
久しぶりに顔を合わせた悠と武。
武は、以前とは別人のような、冷たく澄んだ瞳をしていた。
「今回の作戦の要は、00ユニットと凄乃皇・弐型だ。……白銀、貴様が主役だ」
悠が淡々と説明する。
「我々天照と伊隅ヴァルキリーズは、貴様の露払いを行う。……失敗は許されんぞ」
「分かっています」
武は短く答えた。
「必ず成功させます。……そのために、戻ってきたんですから」
二人の間に、かつてのような温かい会話はない。
あるのは、目的のためだけに結びついた、冷たく強固な共犯関係だけだった。
:第46章 鬼哭の檄、佐渡への誓い
甲21号作戦、発動直前。
薄暗いブリーフィング・ルーム、および各艦の待機室にあるモニターが一斉に切り替わる。
映し出されたのは、右目に眼帯をし、純白の衛士強化装備を身に纏った男――山城悠中佐だった。
その表情は能面のように動かず、残された左目だけが深淵のような光を湛えている。
『……諸君、おはよう』
抑揚のない、しかし不思議と耳に残る声だった。
『私は日本帝国斯衛軍の山城中佐だ。……諸君、作戦に参加する全兵諸君』
悠は一呼吸置き、カメラの向こうにいる数万の兵士を見渡すように語りかけた。
『我々は1998年に、佐渡を失った。……当時、私の隊も出撃し戦った。だが結果は皆も知っての通り、佐渡は陥落、奴らの手に落ちた』
基地の片隅で、かつての佐渡守備隊の生き残りが拳を握りしめる。
あの日、悠の『建御名方』に救われ、そして多くの仲間を置いてきた者たちだ。
『本作戦に参加している者の中には、佐渡からの生き残りもいるであろう。……家族を、友を、故郷を奪われた悔しさを、片時も忘れたことはないはずだ』
悠の言葉が、古傷を抉り、同時にその痛みを戦意へと変えていく。
『……佐渡を取り返すぞ』
静かな、しかしマグマのような熱を帯びた命令。
『我が国の領土を。……散っていった者たちが、安心して眠れるように』
悠の脳裏に、あの日守れなかった避難民の顔、そして先日失った神宮司まりもの顔が過る。
これ以上、日本の土をBETAになど踏ませない。
奪われたものは、何倍にもして取り返す。
それが、生き残った者の義務であり、死者への手向けだ。
悠は、画面越しに全軍を射抜いた。
『……総員生きて、佐渡奪還を果たせ』
『以上だ』
通信が切れる。
歓声はなかった。雄叫びもなかった。
ただ、重く、鋭い**「殺気」**だけが全軍に充満した。
「……行きますか、中佐」
白銀武が、『吹雪』のコクピットで低く呟く。
「ええ、取り返しましょう。俺たちの場所を」
「天照、抜刀」
月詠真那が、静かに命じる。
「隊長の悲願だ。……佐渡をBETAの血で染め上げるぞ」
それぞれの想いを乗せて、甲21号作戦が始まる。
希望のためではない。
ただ、奪われたものを奪い返すための、復讐と鎮魂の戦いが。
第47章 異形の守護者、凄乃皇
佐渡島、真野湾。
1998年にBETAが上陸し、地獄と化したその場所に、再び人類の足音が響く。
『全機、突撃(チャージ)!』
『露払いは我々が務める! 道を開けろ!!』
山城悠の『建御名方・烈鬼』が先陣を切る。
右腰の赤き文字が閃くと同時に、要撃級の首が飛び、突撃級が粉砕される。
阿頼耶識システムに接続された悠は、感情のない殺戮機械として、ただひたすらにBETAを排除していく。
『第1小隊、左翼展開。第2小隊、右翼掃討』
『了解』
真那や駒木たちも、悠の手足となって完璧な布陣を敷く。
その中央。
悠たちが切り開いた血の道を、巨大な影が静かに進んでくる。
全長100メートルを超える超巨大戦術機、『凄乃皇・弐型』。
その中枢には、00ユニット――鑑純夏が収まっている。
「……来たか」
悠は要撃級を蹴り倒しながら、その巨体を見上げた。
美しい流線型ではない。無骨で、禍々しく、そして圧倒的な質量。
人類が作ったとは思えない「怪物」の威容。
『こちら白銀。……射線確保。これより、ハイヴ表層部への砲撃を開始します』
護衛機として随伴する白銀武の声。
冷たく、澄んでいる。彼もまた、この怪物の手綱を握るために心を凍らせているのだ。
:神の雷、人の無力
『荷電粒子砲、発射準備』
凄乃皇の背部キャノンが展開する。
空間が歪むほどのエネルギー収束。
悠の阿頼耶識が、強烈な「死」の予感を感知して警鐘を鳴らす。
(……まずい。近くにいたら巻き込まれる)
『総員、衝撃に備えろ! 凄乃皇から離れろ!!』
悠の叫びと同時だった。
カッ!!!!
音が消えた。
視界が真っ白に染まる。
凄乃皇から放たれた粒子ビームは、一直線に佐渡島ハイヴのモニュメント(構造物)へと突き刺さった。
ズゴォォォォォォォォォォォォ…………!!!!
遅れて届く、大気を引き裂く轟音。
ラザフォードフィールドを展開していたはずの光線級たちが、蒸発する。
ハイヴの硬質な外殻が、飴細工のように溶け、崩れ落ちていく。
たった一撃。
数万の兵士が命を賭けても傷一つ付かなかった要塞が、地図から消滅した。
「……なんだ、これは」
悠は呆然と呟いた。
『建御名方』の手が止まる。
周囲のBETAたちさえも、その圧倒的な破壊のエネルギーに畏怖したかのように動きを止めていた。
「これが……00ユニットの力か……」
それは「強さ」ではない。「理不尽」だ。
悠が血反吐を吐いて身につけた剣技も、尚哉と磨き上げた連携も、この暴力の前では児戯に等しい。
(……あぁ。これなら勝てる)
悠の心に、安堵と共に、強烈な虚無感が広がる。
(だが、これは「人の戦い」なのか? 俺たちは、もっと恐ろしい化け物を呼び覚ましてしまったのではないか?)
『山城中佐! ハイヴへの突入路が開きました!』
武の声が響く。
『……あ、ああ。確認した』
悠は頭を振り、雑念を追い払った。
化け物でも構わない。悪魔でも構わない。
佐渡を取り戻せるなら、俺はその悪魔の盾になろう。
『……全機、凄乃皇に続け! 残敵を掃討し、佐渡を制圧せよ!!』
第49章:奪還、そして静寂
数時間後。
佐渡島ハイヴ・反応炉の停止を確認。
凄乃皇・弐型の圧倒的な火力と、天照部隊の完璧な護衛により、作戦は成功した。
1998年の雪辱は果たされたのだ。
夕暮れの両津港。
かつて悠が単機で守り抜いたその場所に、今は日章旗が翻っていた。
「……終わったな」
悠はコクピットを開け、潮風を吸った。
勝利の美酒に酔う兵士たちの歓声が聞こえる。
だが、悠の心は晴れなかった。
港の片隅に、白銀武が立っていた。
彼は海を見つめ、誰かと話しているようだった。
00ユニットのカプセルに向かって。
「……純夏。やったよ。佐渡を取り戻したよ」
その背中は、あまりにも孤独で、痛々しかった。
悠は声をかけようとして、やめた。
自分と同じ「修羅」の領域に踏み込んだ人間に、かける言葉などない。
「……帰ろう、尚哉」
悠は、誰もいない隣の席(幻影)に話しかける。
「佐渡は取り返した。……だが、まだ終わりじゃない。本番はこれからだ」
次の標的は、オリジナルハイヴ・カシュガル。
00ユニットという「劇薬」を手に入れた人類は、ついに最終決戦へと舵を切る。
悠は、その毒に侵されながら進む未来を予感し、静かに眼帯の位置を直した。
その瞳の奥にある深い闇は、勝利の光をもってしても、照らされることはなかった。