マブラブオルタネイティヴ 日出ずる処の鬼神   作:ユウ・ベルフ

8 / 10


鬼の崩落

佐渡奪還から数日後。横浜基地。

事後処理と次期作戦の準備に追われる中、悠はいつものように格納庫で『建御名方・烈鬼』の整備状況を確認していた。

「……反応速度の微調整、完了。……右腰の塗装、剥げかけているな。塗り直せ」

「はっ、了解しました」

整備兵に指示を出す悠の声は、以前にも増して平坦で、生気がなかった。

不眠不休。食事はゼリー飲料のみ。

阿頼耶識の接続痕は黒ずみ、炎症を起こしているが、悠はそれを隠していた。

「(……まだだ。まだ動ける。カシュガルまで、保たせろ……)」

悠がタラップを降りようとした、その時。

ドクン。

心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。

視界が急速に暗転する。

足元の感覚が消える。

「……あ、れ……?」

悠の体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

整備兵の悲鳴。

「中佐!? 山城中佐ァッ!!」

薄れゆく意識の中で、悠はどこか他人事のように思った。

(……ああ。やっと、眠れるのか)

第51章:檻の中の温もり

目が覚めると、そこは白一色の個室病棟だった。

鼻をつく消毒液の臭い。体中に繋がれた点滴のチューブ。

悠が身じろぎすると、ベッドの脇に座っていた人物が弾かれたように顔を上げた。

「……気がついたか、悠」

月詠真那だった。

彼女の目は充血し、隈ができていた。悠が倒れてから、片時も離れずに看病していたのだろう。

「……月詠、少佐」

悠は乾いた唇で、他人行儀な名を呼んだ。

「ご迷惑をおかけしました。すぐに任務に……」

悠が起き上がろうとすると、真那が強い力でその肩を押さえつけた。

「寝ていろ」

「離してください。体が鈍ります」

「寝ていろと言っているッ!!」

真那の悲鳴のような怒号。

悠は驚いて動きを止めた。真那がポロポロと涙をこぼし始めたからだ。

「……いい加減にしろ、馬鹿者……! お前は、いつまで自分を痛めつければ気が済むのだ!」

「……私は、罪人です。安らぐ資格など……」

「資格など知るか! 私は……私はただ、お前に生きていて欲しいだけだ! 笑って欲しいだけなのだ!」

真那は悠の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。

かつて「鬼教官」と恐れられた女性の、あまりにも無防備な姿。

悠の凍りついていた心に、熱い涙の温度が染み込んでいく。

「……姉様」

無意識に、昔の呼び名が出た。

悠の手が、迷いながらも真那の背中に触れる。

拒絶されなかったことに、真那はさらに強く抱きついた。

そこへ、病室の扉が静かに開いた。

:氷解する呪い

「……入りますよ」

現れたのは、お忍び姿の煌武院悠陽だった。

彼女は護衛を外に待たせ、一人で入室してきた。

「殿下……!」

悠が慌てて姿勢を正そうとするが、悠陽は静かに首を振って制した。

「そのままで。……悠、貴方の体はもうボロボロです」

悠陽はベッドの反対側に座り、悠の動かない左手を、両手で包み込んだ。

「軍医から聞きました。……栄養失調、過労、そして阿頼耶識による神経汚染。これ以上無理をすれば、廃人になると」

「……本望です。最後にカシュガルで散れるなら」

悠が目を伏せると、悠陽は悲しげに、しかし毅然と言った。

「尚哉は、それを望むでしょうか?」

「ッ……!」

禁句だった。悠の体が強張る。

「貴方が尚哉を斬った時、彼は何と言いましたか? ……『後は頼んだ』と。そう言ったのではありませんか?」

悠陽の瞳が、悠の心の奥底を見透かす。

「頼まれたのは『死ぬこと』ですか? ……違いますね。『生きること』です。彼が愛したこの国を、民を、貴方が生きて守ることです」

「ですが……! 私はあいつを……親友を手にかけて……!」

「ならば尚更、貴方は幸せにならなくてはいけません」

悠陽の言葉に、悠は目を見開いた。

「罪を背負い、泥を被り、それでもなお生きて、笑って、明日を迎える。……それが、残された者の『責任』です。自分だけ不幸に浸って、許されようなどと思わないことです」

厳しい言葉。だが、それは悠陽なりの精一杯の愛情だった。

悠の目から、涙がこぼれ落ちた。

枯れたと思っていた涙が、止めどなく溢れてくる。

「……辛かったね、悠」

悠陽が、悠の頭を優しく抱き寄せた。

右からは真那が、左からは悠陽が。

二人の姉の体温が、冷え切っていた「烈鬼」の心を溶かしていく。

「……う、ぅぅ……あぁぁぁぁ……ッ!」

悠は声を上げて泣いた。

子供のように。ただの19歳の少年に戻って。

「ごめんなさい」「辛かった」「会いたかった」

心の澱をすべて吐き出すように、泣き続けた。

第53章:再起の朝

数日後。

悠はまだ入院していたが、その顔色は劇的に改善していた。

憑き物が落ちたような、穏やかな表情。

「……これ、美味いな」

「そうだろう。横浜中華街の特製粥だ」

真那がスプーンで食事を運ぶのを、悠は素直に受け入れている。

以前のような「拒絶」はない。

まだ心の傷が完全に癒えたわけではない。尚哉を殺した事実は消えない。

だが、悠はそれを「罰」としてではなく、「共に歩むための絆」として受け入れ始めていた。

「……真那姉様」

「なんだ?」

「ありがとう。……それと、ごめん」

悠は、動く右手で真那の手を握った。

「俺はもう、元には戻れないかもしれない。……それでも、傍にいてくれるか?」

「愚問だ」

真那は、悠の手を強く握り返し、優しく微笑んだ。

「地獄の底まで、お供する。……それが私の、愛だ」

窓の外。

横浜の空は、抜けるように青かった。

悠の心には、まだ「烈鬼」としての業火が燻っている。

だが、その炎はもう彼自身を焼くものではなく、来るべき最終決戦で敵を焼き尽くすための、正しき力へと変わろうとしていた。

「……待っていろ、BETA。そしてオリジナルハイヴ」

悠は、隻眼に静かな闘志を宿した。

「俺は生きる。……生きて、尚哉との約束を果たす」

第54章 傷だらけの英雄、集結する星々

2002年5月。桜花作戦1ヶ月前。

甲21号作戦の成功を受け、天照部隊には将軍家より異例の恩賞が下された。

悠は中佐へ、真那は少佐へ。他の隊員たちも昇進を果たしたが、その階級章の重みは以前とは違っていた。

『責任から逃げず、必ず生きて無事に帰ってきなさい』

煌武院悠陽からの、悲痛なまでの祈りが込められていたからだ。

そして、横浜基地はかつてない熱気に包まれていた。

人類の未来を懸けた決戦に向け、世界中から精鋭部隊が集結し始めたのである。

1. 牡丹の嵐、変わらぬ温もり

最初に到着したのは、統一中華戦線・暴風(バオフェン)連隊所属、『牡丹(ムーダン)機甲大隊』。

その指揮官、李淑芬(リ・シュウフェン)少佐は、出迎えに立った悠の姿を見つけるなり、弾丸のように駆け出した。

「悠ーーーッ!! 会いたかったわ!!」

シュウフェンは悠に飛びつき、勢いそのままに抱きついた。

悠は慣れた様子でそれを右手一本で受け止める。

だが、シュウフェンはすぐに気づいた。悠の左手が力なく垂れ下がっていることに。そして、左目を覆う眼帯に。

「……悠。その体……」

「お久しぶりです、シュウフェン少佐。……少々、ガタが来ましてね」

悠は自嘲気味に笑ったが、シュウフェンは涙ぐみながら、悠の頭を優しく撫でた。

「……馬鹿ね。相変わらず無茶ばかりして」

「はは、面目ない」

かつて9-6作戦で、11歳の悠が単機で殿を務め、彼女の命を救ったあの日から。

シュウフェンにとって悠は、永遠の恩人であり、淡い恋心の対象だった。

ボロボロになっても、その魂の輝きは変わらない。

「……ちょっと。そこまでにしていただけますか」

背後から、氷のような声が響く。

額に青筋を浮かべた月詠真那少佐が、笑顔(のようなもの)を張り付けて立っていた。

「シュウフェン少佐。少々、悠との距離が近すぎます。公衆の面前ですよ」

「あら、嫉妬? それとも独占欲? 月詠少佐ともあろうお方が、意外と重いのねぇ」

シュウフェンは悠の腕にしがみついたまま、真那を挑発する。

一触即発の空気。

悠は「やれやれ」とため息をつき、スルリと腕を抜いた。

「……お二人は積もる話もあるでしょうから、ごゆっくり。私は部下の方々に挨拶してきます」

「あ、ちょっと悠!?」

悠が牡丹大隊の衛士たちの方へ歩み寄ると、歓声が上がった。

「山城中佐だ!」「我らの恩人だ!」

シュウフェンだけでなく、部下の多くも悠に命を救われた者たちだった。悠は彼ら一人一人と握手を交わし、そのカリスマ性で瞬く間に場を支配していった。

2. 大東亜のアイドル

その2時間後。

大東亜連合軍の艦隊が入港し、多数の戦術機と兵員が上陸を開始した。

「山城中佐殿ーーッ!!」

「生き神様だ! 拝んでおけ!」

悠が姿を見せるだけで、兵士たちが雪崩を打って駆け寄ってくる。悠がたじろぐほどの熱狂ぶりだ。

だが、悠は嫌な顔一つせず、駆け寄ってきた一兵卒の手を取った。

「久しぶりだな、マレーシア方面軍のハリム曹長。足の怪我はもういいのか?」

「へっ……!? お、覚えていてくださったのですか!?」

「当たり前だ。……そっちの君は、フィリピン戦線で一緒だったカルロス少尉だな? 階級が上がったじゃないか!」

悠は、かつて共闘した兵士たちの顔と名前を、驚くべきことに全員記憶していた。

阿頼耶識システムによる記憶処理能力の恩恵か、あるいは彼自身の資質か。

「中佐殿……!!」「一生ついて行きます!!」

兵士たちは感涙し、横浜基地の士気は爆発的に跳ね上がった。

3. 北の女帝との雪解け

そして最後に堂々と到着したのは極東ソ連軍『ジャール大隊』。

指揮官は、歴戦の勇士フィカーツィア・ラトロワ中佐。

本来、日本とソ連は仮想敵国の関係にあり、現場にはピリピリとした緊張感が漂っていた。

だが、今回は悠陽殿下の直々の要請により実現した共闘である。

悠は自ら出迎えの先頭に立った。

「……貴官が山城中佐か」

ラトロワは、悠の眼帯と麻痺した左手を値踏みするように見下ろした。

冷徹な「氷の女」と噂される彼女に対し、悠は人懐っこい笑顔で敬礼した。

「初めまして、ラトロワ中佐。遠路はるばる感謝します。……貴女のような勇士と肩を並べられること、光栄に思います」

「……ふん」

ラトロワは少しだけ表情を緩めた。

目の前の青年からは、政治的な駆け引きの匂いがしなかった。あるのは、純粋な敬意と、戦場を知る者特有の空気だけ。

「貴様は思ったより人懐っこい男だな。『鬼神』と聞いていたが」

「そうですか? ラトロワ中佐も、風の噂で聞くより優しい女性で安心してますよ」

「……口が減らない男だ」

ラトロワが小さく笑うと、背後のソ連兵たちの警戒心も解けていった。

悠の周りには、国境もイデオロギーも関係ない。

ただ「BETAを倒す」という一点において、強固な信頼関係が築かれつつあった。

四大鬼神の狂宴

桜花作戦まで残り30日。

横浜基地・第1総合演習場。

そこに集められた日米中ソの全衛士たちは、目の前の光景に戦慄していた。

フィールド中央に並び立つ、4機の異様な威圧感を放つ戦術機。

**中衛(指揮):**山城悠『建御名方・烈鬼』(白/紫)

**右翼前衛:**李淑芬『殲撃10型(J-10)』(深紅のライン)

**左翼前衛:**フィカーツィア・ラトロワ『Su-37UB チェルミナートル』(迷彩)

**後衛(遊撃):**月詠真那『武御雷 Type-00R』(真紅)

「……おいおい、冗談だろ?」

米軍のエースパイロットが冷や汗を流す。

「『天照』のトップペアに加えて、『中華の暴風』と『北の女帝』までセットかよ? 殺す気か?」

通信機から、悠の氷のような声が響く。

『総員に通達。……これより、実戦形式の合同演習を行う』

『相手は我々4機。……貴官ら全員で掛かってこい』

4対48。

常識的に考えれば無謀なのは4機の方だ。だが、この場にいる誰もが、獲物が自分たちであることを本能で理解していた。

『演習開始!!』

:世界最高峰の蹂躙

ブザーが鳴ると同時に、シュウフェンの『殲撃10型』とラトロワの『チェルミナートル』が弾丸のように飛び出した。

『遅いわよ! そんな動き、止まって見えるわ!』

シュウフェンの機体が踊る。

近接格闘戦に特化したJ-10が、米軍のF-15E部隊の中へ単機で突入。長刀の二刀流が閃くたびに、米軍機のアームやセンサーが次々と吹き飛ぶ。

その動きは、かつての沙霧尚哉の鋭さを彷彿とさせた。

『ソビエトの凍土に比べれば、貴様らの包囲網などぬるま湯だ!』

ラトロワのSu-37が吼える。

三次元ベクターノズルによる変態的な機動制御。正面から撃ったはずなのに、いつの間にか背後を取られている。チェーンソー・モーターブレードが国連軍機の装甲を紙のように切り裂く。

「くそっ、化け物どもめ! ならば指揮官機を!」

白銀武たち207B分隊と、帝国軍の精鋭たちが悠の『建御名方』へ殺到する。

だが、そこには真那の『武御雷』が鉄壁のガードで立ち塞がる。

『悠には指一本触れさせん!』

『……いいや真那、通せ。稽古をつけてやる』

悠が前に出る。

阿頼耶識システム、フル稼働。

悠の脳内には、シュウフェン、ラトロワ、真那の視界情報も全てリンクされており、戦場神(オーディン)の如き俯瞰視点を持っていた。

『白銀、右ががら空きだ!』

「ぐわぁっ!?」

悠の裏拳が武の『吹雪』を吹き飛ばす。

『シュウフェン、3時方向。ラトロワ、上空制圧。真那、散った敵を狩れ』

『『『了解!!』』』

悠の指先一つで、世界最強の3人が手足のように動く。

シュウフェンが追い込み、ラトロワが退路を断ち、真那が追い討ちをかけ、悠がトドメを刺す。

それは戦闘ではない。芸術的なまでの「解体作業」だった。

『全機撃墜』

タイム、3分ジャスト。

48機の残骸(判定)が転がる荒野に、傷一つない4機が悠然と立っていた。

:地獄の先の信頼

「……吐きそうだ」

「あれが……人類の到達点か……」

シミュレーターから出てきた各国の衛士たちは、床に倒れ込んで呻いていた。

プライドも自信も粉々に砕かれた。

だが、悠は容赦しなかった。

「立て。休憩時間は終わりだ」

悠は、シュウフェンとラトロワを伴って、倒れている兵士たちの間を歩いた。

「シュウフェン少佐、中華軍への指導を」

「ええ。……貴方たち、動きが直線的すぎるわ。私の剣舞、スロー再生で見せてあげるから目に焼き付けなさい」

「ラトロワ中佐、F-15部隊への指導を」

「承知した。……パワーに頼るな。慣性を制御しろ。死にたくなければ私の背中を見て盗め」

悠自身も、武や冥夜たちの前に立つ。

「……悔しいか、白銀」

「……ッ! はい……! 手も足も出ませんでした……!」

「なら上等だ。その悔しさをバネにしろ。……今の動き、BETAなら死んでいたぞ」

悠は武の肩を叩き、そして全員に向かって告げた。

「我々4機が強いのではない。…連携しているから強いのだ」

悠は、背後の3人の女性エースたちを示した。

「国も、言葉も、戦術思想も違う。だが、我々は『勝つ』という目的のために呼吸を合わせている。…お前たちにもできるはずだ」

悠の言葉に、兵士たちの目に光が戻る。

シュウフェンやラトロワといった、雲の上の存在だと思っていた英雄たちが、自分たちのために汗を流し、技術を授けてくれている。その事実は、各国の兵士たちの間に強烈な連帯感を生んだ。

「やってやる……! 次こそは一撃入れてやる!」

「アメリカもソ連もない! 俺たちはチームだ!」

:最強の布陣、完成

そして1ヶ月後。

地獄のシゴきを耐え抜いた人類連合軍は、見違えるような精強な軍団へと変貌していた。

「……仕上がったな」

ラトロワが、整列した戦術機群を見て満足げに頷く。

「ああ。これなら、私の背中を預けてもいいわね」

シュウフェンも妖艶に笑う。

悠は、真那と共にその光景を見渡し、静かに言った。

「……行こう、みんな。カシュガルが待っている」

最強の教官たち(悠、真那、シュウフェン、ラトロワ)と、彼らに鍛え上げられた鋼鉄の弟子たち。

信頼関係と実力、その両方が頂点に達した状態で、いよいよ「桜花作戦」が発動される。

 

桜花前夜、鬼たちの宴

桜花作戦決行の前夜。

横浜基地の巨大なメイン・カフェテリアは、かつてない熱気と、美味しそうな匂いに包まれていた。

『……明日は人類の命運を懸けた決戦である。だが今宵は、一人の人間として英気を養え! 乾杯ッ!!』

基地司令の音頭と共に、数千のグラスが掲げられる。

「乾杯!」「Cheers!」「干杯(ガンベイ)!」「Za zdorov'e(ザ・ズダローヴィエ)!」

言語の壁を超えた歓声が、基地を揺るがした。

そこには国籍によるテーブル分けなどなかった。

米軍のパイロットが中華料理を頬張り、ソ連兵が日本酒に挑戦し、日本の衛士がハンバーガーにかぶりつく。

規律はあるが、今日だけは無礼講だ。

「ほら、どんどんお食べ! 餃子はまだ山ほどあるわよ!」

「熱っ! うめぇ!」

中華鍋を振るうのは、エプロン姿のシュウフェン少佐だ。

彼女は部下たちと共に大量の点心を作り、各国の兵士たちに振る舞っている。その笑顔は「中華の暴風」ではなく、頼れるお姉さんそのものだ。

「ぬるいぞ! ウォッカを持ってこい!」

「ウラーッ!!」

一方、ラトロワ中佐率いるソ連組は、瓶ごとウォッカをラッパ飲みしていた。

氷も水もいらない。ストレート、あるいはロックで喉を焼く。その豪快な飲みっぷりに、周囲の米軍兵士たちが目を白黒させながらも、負けじとビールで対抗する。

そして、駒木咲代子たち『烈士組』もまた、その輪の中にいた。

かつては孤立していた彼女たちが、今は他国の兵士と肩を組み、本当に楽しそうに笑っている。

その光景を見るだけで、ここまでの苦労が報われる気がした。

英雄の席、鬼ころしの味

宴の喧騒から少し離れた壁際の席。

山城悠は、パイプ椅子に座り、紙パックの日本酒**『鬼ころし』**をちびちびと啜っていた。

「……ふぅ」

安酒特有の甘さと辛さが、疲弊した体に染み渡る。

高級酒ではない。だが、今の自分にはこの名前の酒が一番似合いだと、悠は感じていた。

「……楽しそうだな、みんな」

悠は、眼帯のない左目を細め、騒ぐ仲間たちを眺めて顔をほころばせた。

明日、この中の何人が生き残れるだろうか。

そんな感傷を振り払うように、また一口、酒を含む。

「……山城中佐殿」

不意に声をかけられた。

見れば、統一中華戦線の年配の兵士が立っていた。

「……覚えていますか? 93年の大陸、9-6作戦で……」

「ああ。第4戦車師団の曹長だな。あの時の撤退戦、見事なハンドル捌きだった」

「ッ……! 覚えていて、くださいましたか……!」

男は感極まったように敬礼し、悠のグラスに自分の酒を注いだ。

それを皮切りに、悠の席はさながら「巡礼地」のようになった。

「中佐! マレーシアでは世話になりました!」

大東亜連合の若者たちが、屈託のない笑顔でやってくる。

「山城中佐。……再び貴方と共に戦えること、海軍の誉れであります」

白い制服の帝国海軍将校、南雲忠一中将が、深々と頭を下げる。

「頭をあげてください、南雲司令。先の光州作戦と、帝都防衛戦ではお世話になりました。」

「…こちらこそ、貴方と貴方の隊のおかげで、当初予想していた人数より多くの民間人を助けることが出来た。本当にありがとう。」

南雲中将が去った後、米軍衛士がやってくる。

「よぉ、中佐。あのクソ野郎(マクミラン)を黙らせたって? あんた最高にクールだぜ!ありがとうな!」

米軍の衛士が、こっそりとウイスキーを差し入れてウィンクする。

本土防衛軍、斯衛軍、国連軍。

かつて悠が助けた命、悠に憧れた者、悠の背中を追ってきた者。

彼らが次々と訪れ、言葉を交わし、握手を求め、そして笑顔で戻っていく。

悠は、麻痺した左手を膝に置き、右手だけで彼らの手を取り続けた。

「……ありがとう。明日も頼むぞ」

「……いい顔になったな」

「……死ぬなよ」

一人一人に声をかけるたび、悠の心に温かいものが積もっていく。

孤独だと思っていた。

罪人だと思っていた。

だが、ここには確かに「絆」があった。

(……ああ。幸せだ)

悠は『鬼ころし』のパックを傾け、最後の一滴を飲み干した。

尚哉を殺し、多くの業を背負った自分だが、この景色を見ることだけは許されたのだ。

「……見てるか、尚哉。まりも先輩」

悠は天井を見上げた。

「俺たちの蒔いた種は、こんなに立派に育ったよ」

宴は夜更けまで続いた。

その笑い声は、BETAという絶望に対する、人類の最も力強い「勝鬨(かちどき)」のようだった。

万願成就の暁、鬼哭の誓い

2002年5月某日、午前0430時。

打ち上げまで残り数時間。

横浜基地は、死地へ向かう前の独特な緊張感と、慌ただしい準備の喧騒に包まれていた。

その時、基地内の全スピーカーがノイズを吐き、一人の男の声が響き渡った。

『……諸君、おはよう』

静かな、しかしマグマのような熱を秘めた声。

整備の手が止まる。走り回っていた衛士たちが足を止める。

モニターには、左目に眼帯をし、白い儀礼服を纏った山城悠中佐の姿があった。

『朝が来たぞ。万願成就の朝だ。……まだ日は登らぬが、今日も一日がはじまる』

悠は、カメラの向こうにいる数万の兵士たちを見渡すように語りかけた。

『……我々は戦ってきた。日本で、中国で、ソ連で、アジアで。……皆、多くの物を失いここにいる』

シュウフェンが、9-6作戦で失った部下を思う。

ラトロワが、ソ連の大地で散った友を思う。

そして武が、首を失ったまりもの姿を思う。

『だが我々は、かけがえのないものを得た。それは……「ここにいる皆」である』

悠の声に、力がこもる。

『ここにいる諸君は国籍は違えど、皆志同じくする同志であり、戦友である』

『我々の足元には志半ばで散った友の無念、民草の無念が積み上がっている』

悠の脳裏に、沙霧尚哉の最期の笑顔がよぎる。

『後は頼んだ』という言葉が、今も心臓を掴んで離さない。

『しかし、我々は下を向き続けてはならない。上を向き、明日の為、未来のため、家族や、友や、これから産まれてくる子供たちの為に生きなくてはならない』

悠は一度言葉を切り、深く息を吸い込んだ。

ここからが、指揮官としての命令ではない。

「山城悠」という一人の人間としての、魂の叫びだ。

『今作戦がとても危険だということは、諸君らも知っての通りである。…だが、それでも私は諸君ら全員に、二つ厳命する』

悠の隻眼が、カッと見開かれる。

『どんな状況でも諦めず、最後まで足掻け!……そして、必ず生きて作戦を成功させろ!』

基地内がどよめく。

死を覚悟していた者たちにとって、それは予想外の言葉だった。

『諸君らの1人でも欠けた場合、作戦は失敗とみなす!』

無茶苦茶だ。そんなことは不可能だ。だが、悠は叫ぶ。

『「犠牲なくして勝利なし」と誰かは言った! ……だが! これ以上犠牲を出してなるものか!!』

悠の拳が、演台を叩き割らんばかりに振り下ろされる。

『我々は数多くの命を犠牲にしてきた! ……だがこれ以上、神にも悪魔にもBETAにも! くれてやる犠牲はひとつも無い!!』

その絶叫は、慟哭にも似ていた。

これ以上、失いたくない。

尚哉も、まりもも、和泉たちも。

誰も彼も、俺の前からいなくなるな。

『諸君らの命は、私が預る!』

悠は右手を突き出し、全軍の魂を鷲掴みにした。

『……人類の興廃この一戦にあり! 各員一層奮励努力せよ!!』

静寂。

その直後。

「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」」」

爆発。

歓声ではない。それは、死神を追い払うための、生命の咆哮だった。

「死んでたまるか!」「生きて帰るぞ!」

兵士たちは涙を流し、互いに肩を叩き合い、拳を突き上げた。

「……あーあ。無茶苦茶な命令ね」

シュウフェンが、涙を拭いながら笑う。

「全員生還が勝利条件か。……ハードルが高いな、同志山城」

ラトロワも、震える手でウォッカの小瓶を煽った。

「……行きますか。あの人の、命令ですから」

白銀武は、憑き物が落ちたような澄んだ瞳で立ち上がった。

悠の演説は、恐怖に凍りついていた軍隊を、熱き血の通った「家族」へと変えた。

全員で生きて帰る。

その不可能な願いを叶えるために、人類連合軍はカシュガルの空へと飛び立つ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。