【完結】天才美少女とリオ先生   作:小鶴

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本編:星が遺したもの
天才美少女 / I am obsessed with you. 


 

 

 

 

 向けられている銃口から放たれるであろう銃弾は、間違いなく私に当たる軌道であった。

 

 不良に囲まれた私の奮戦むなしく、銃を取り落としてしまったことで抵抗の手段は残されてはいない。

 

 私の生まれはこのキヴォトスで、ちょっとだけ特別な意味を持つ。襲撃を受ける機会は何回かあったのだが、今日までは問題なく撃退できていたのだ。

 

 今日のは人数が多かった。

 コンディションも最悪だ。

 

 せめて痛みをこらえようと思って、腕を前にして目を瞑る。

 

 

 

 

 

 

 しかし、いくら待てども弾は私に当たらない。引き金を引く音に、銃弾が発射された音は何度も響いているのにだ。

 何かが起きている。

 私は恐る恐る目を開く。

 

 

 そうして私の視界に映ったのは、割って入ってきていたらしいよく見知った人だった。

 

 

 慌てて来てくれたからだろう、息を少し切らしている彼女は女性にしては長身で、その手には少しばかり古めの『液晶が割れたタブレット』を持っている。

 

 撃たれたはずの銃弾は何故か逸れていて、私にも彼女にも当たることなく周りの景観を台無しにするだけにとどまっていた。

 

 不良たちの怒号。

 撃ち尽くした弾を慌てて装填し始めた。

 

 その隙を見逃さず彼女は手元のタブレットを操作すると、白いロボット⋯⋯確か『AMAS』たちが地下から、壁から、空から次々と現れる。

 

 ロボットたちが蹂躙を始めるのを横目に、彼女は振り返ってこちらを向く。

 

 

 深い、深い赤色の目が私を見た。

 

 

 

 

 

「⋯⋯大丈夫かしら?」

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 私には母親がいない。

 そのことに気が付いたのはいつだったか、あたかも知っているかのように切り出したものの、実のところそれほど明確に覚えているわけではない。

 

 穏やかな笑顔の似合う父が、幼稚園の参観日に周りの母親ばかりに混ざってこちらに手を振ったときに、なんとなくそのことに気が付いたのではなかったか。

 

 いや、それは流石に話を盛りすぎた。きっと、それよりは後だったことだろう。

 

 私の家には二人いるはずの片割れしかいないのだと、そう気が付いたのは。

 

 

 元からないものをないと気が付くことは難しい。そう考えると、どちらにせよなかなかに早い気付きであったと言えるかもしれない。

 思い返せば、小さい頃の記憶にあるのは少し硬く、ごつごつとした角ばった手だけである。

 

 私は自分の手を見た。細く、父とは似ても似つかぬ女の手だった。

 

 

  

 私としては、会ったこともない人に対して思うところは特になかった。

 知らない母親に対して何ら感じ入るところはなく、またいない母親について尋ねたこともなかった。

 

 

  

 父は母親のいない私が寂しさを感じないようにだろう、色々な手を尽くしてくれた。

 父の仕事は忙しいのだと聞いているが、家にきちんと帰ってきてくれるのはうれしかった。

 

 姉さんたちも家によく来てくれて、思えば私のゲーム趣味も彼女たちから始まったことのように思う。

 

 こういう事情もあって、私は別にさみしい幼少期を過ごしたわけではなかった。

 

 

 父が、「母親のこと、気にならないのかい?」と一度だけ訪ねてきたことがあった。

 私は、知らなくていいとだけ返した。

 それも、ずいぶん前の話だ。

 

 

 父は、困ったように笑った。

 

 

 今になって思うとかなり強い猜疑心を伴った言葉であった。あの頃は思い出すだけで恥ずかしい。

 

 それはともかくとして、あの時に聞くことを選ばなかったせいで、私は私の母親のことを知る機会を失い続けている。

 それでも、母親の影は私の人生の要所でチラついていた。

 

 

 結構な頻度二人で墓参りに行くのだが、その度に新しい花が供えられている。

 

 墓参りは必ず私と父の二人で来ているので、どうやらまた別の人も(複数人かもしれないが)しょっちゅう訪れているらしい。

 

 供えられていたのは綺麗な花だった。

 

 家族でない人からもたくさん墓参りされるぐらいには悼まれている、そんな程度のことしか私は知らないのだ。

 

 

 きっといい人だったのだろう。

 父をつかまえたのだから、きっと素敵な人だったのだろう。

 

 

 人は私のことを薄情だと言うだろうか。

 冷たい娘だと非難するだろうか。

 

 

 

 家に飾られている写真。

 私のいない、二人きりの写真。

 それは完成されていて、美しく、神聖なもののように私の目には映った。

 

 家に飾られている写真。

 私と父の、二人での写真。

 それはなんだかバランスが悪く、不完全で、欠けたもののように私の目には映った。

 

 並んで撮られた私と父。

 少し空いている空間が、なんだか寂しくて。

 

 

 

 

 ドアの向こうから聞こえてきた、悲しい音。

 写真に映る、長いウェーブのかかった白い髪。

 

 私にそっくりな女の人。

 

 

 

 

 三人で写真を撮りたかったと、零す父の声。

 

 情景は鮮明に思い出せるのだが、本当にいつのものだったか。

 

 これだけは私の頭脳をもってしても、とんと見当もつかないのであった。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 私は花も恥じらう高校一年生である。

 まったくもって意識していなかったが、母と同じミレニアムサイエンススクールに進学した。

 

 天才と言って差し支えない頭脳を持つ私の進学先として、ここキヴォトスの中でも最先端を行くミレニアムに進学するのは確定事項だった。

 

 父にそのことを伝えた時の、やっぱりという顔は今でも覚えている。

 

『"血は争えないのかな"』

 

 別に争おうとした訳ではないのだが。

 そうした後に母も同じ学校に通っていたのだと伝えられ、なんだかなぁという気分になった。

 よく考えなくとも、私は母のことを知らなすぎた。

 

 

 人の群れに紛れ込みながら、歩く。

 三大校らしい、結構な人数。

 周りの人数だけそれぞれの人生があるのだろうなという益体もないことを考える。

 

 ミレニアムは最近でも翳りのない発展を続けている。最新の機器に、最先端の技術。新しいものはミレニアムで生まれると豪語されてきて何十年。

 

 三大校の中でも歴史の浅い学校であったが、向こう百年の繁栄を約束するかのような発展ぶり。それは名前の通り千年の栄光にも手が届かんと思わせるほどであった。

 

 バックについたキーホルダーがちゃりんと鳴りながら、私はするりと校舎に入り込む。

 

 

 通知でも来ているかとなんとなしにスマホを開く。今日の予定は部活動のつもりであった。すると、件の部活の部長からなにやら連絡が来ていた。

 

『今日の活動は全員中止! ごめん!』

 

 今日の活動が中止になったことを知らせる連絡。

 確認してみると、どうやら現拠点がセミナーにしょっぴかれたようで、拠点を別の場所に移すらしい。

 

 装置やら何やらは先輩たちが運び出せたらしく、次の拠点は以前に決めておいたものの内の一つらしい。

 

 私の部活はセミナー非公認(非公認なのに部活動とはこれいかに)なため、定期的に邪魔をされる。

 それでも最近は特に活発らしく、新しいセミナー会長がそういったことに力を入れているのだという話を先輩から聞いた。

 

 残りの連絡は秘匿回線で行われているそうで、今この場では確認できない。

 確認した旨を伝えるリアクションを他の人にならって送る。

 

 

 そうした後に、今日の予定がなくなってしまったことに気が付いた。

 

 

 ミレニアムでは成績優秀者に対する授業を免除する制度が存在する。

 当然私はその権利を行使できる立場であるため、今更授業に出て大真面目にBDを見る必要性はない。

 高等教育相当のBDを見ても学ぶことはもう無いのでありがたい限りであった。

 

 違う部活の友達には今日予定があると伝えてしまっているため、なんだか今から合流するのは気が引けるような気がしないでもない。

 

 さて、今日は何をしたものか。

 

 少し考え、私は移動を再開する。

 

 

 

 

 

 

 ミレニアムの学区内でも少し外れたところにある建物を目指して歩く。

 

 ミレニアムは交通事情がらくらくで、結構な広さのミレニアムでも学区内であればどこでも簡単に行くことができる。

 

 少し外れると人はやはり少なくなり、寂しさを感じさせた。

 ミレニアムで開発が遅れているというところは殆どなく、場所によって景観が大きく変わるといったようなこともない。

 

 

 しかしこのあたりは、有事の際の避難シェルターであった。当時のセミナー会長が作った要塞都市たる『エリドゥ』。それはこの避難シェルターの名前であり、独立して生活することができる一つの都市だ。

 

  

 改修が再三行われ、より最先端の技術が組み込まれ続けている地区であり、そのせいであろうか、ミレニアム学区内でも異彩を放つエリアだった。

 

 使用用途のせいもあるのだろう、人を殆ど寄せ付ないこのエリアは、なんだかあの人の人柄を表しているようで少し苦笑する。

 

 あの仏頂面と、赤い目は不思議と私に安心感を覚えさせる。決して伝えようとは思わないが。

 あの言動は直すべきだと、私は思うのだけど。

 好かれるに越したことはないと考える。

 

 

 

 建物の中に入り、エレベーターを使って上の階へ。

 ようやくたどり着いた部屋の前に立ち、ノックせずにドアを開ける。

 どうせ私が来ていることはもう知っているだろうから。

 

 部屋の中にはたくさんのモニターと機械に紙の束。ホワイトボードには最近張り付けられたであろうデータと、計算結果が殴り書きされていた。

 

 

「今日は、来ないと思っていたのだけど」

「来ちゃいけませんか? リオ」

「⋯⋯先生と呼びなさい」

 

 

 

 

 

 

 この部屋の主は、調月リオという女だ。

 

 長い黒髪に、鋭い印象を与える赤い目。

 癪だがスタイルも良く、黒いスーツがどうにも似合っていて、私よりも一回りは年上のはずなのに未だ二十歳前半の容姿を保っていた。女の敵である。

 

 

 一応先生ではあるらしいのだが、そういう活動をしている様子は見られなかった。

 

 

 そもそも『先生』というのはシャーレに所属しているものであり、それ専用の建物だって与えられている。勿論その建物というのはミレニアムにはない。

 

「⋯⋯体調は大丈夫かしら」

「生まれてこの方元気ですよ。風邪も引きません」

 

 こんなところで一人建物に籠もっている彼女のことを、私は先生としてあまり認識していないのだった。

 

「私の健康を気にするぐらいなら、こんな部屋に引きこもっていないで外に出たらどうですか?」

「私の生活はこの建物で完結しているわ。出る必要性を感じないわね」

 

 リオを外で見たことは殆どなかった。

 買い物も通販か、ロボットに行かせている。

 

「シャーレの先生っていうのは学校間を飛び回る人の事を言うそうですが」

「それは一つを見て全体がそうであると決めつける愚かな行為の一つよ」

「貴女は二人しかいない先生の二人目なんですから、偉大な前例を踏襲するべきじゃないですか?」

「前例を守る事が目的になるのも愚かな行為よ」

 

 

 シャーレの『先生』は二人しかいない。私の父と、目の前のリオがそうだ。

 

「リオが外に出たくないっていうのはよーく分かりました」

 

 正直リオは先生という柄ではないと思うのだが、実際にこうして世間から距離を取って生きているのだから私の認識は大きく間違っていないのだろう。

 

「それで、今日は何をするつもりなの?」

「臨時当番として手伝ってあげますよ」

「⋯⋯別に平気よ」

 

 

 勝手に書類を整理しだす。

 この部屋の当番表に、私以外の名前が書かれた形跡はない。

 

 

「もう一人の先生とはえらい違いですね、リオ先生?」

「⋯⋯助かるわ」

 

 シャーレには当番という制度がある。

 各学校の生徒が先生の業務を手伝うために作られた制度。

 

 リオも一応採用しているらしい。が、その制度が有効活用されたことはないようだ。

 

 何せ生徒の知り合いがほとんどいないのだろうから。

 

 荷物を置いてラックに並べられているファイルを取る。中身を見て、以前の続きであることを確認する。

 

「⋯⋯貴女、また背が伸びたかしら」

「そりゃあ高校生ですから伸びますよ」

 

 お互いに何かしながら、軽いお喋りをする。

 いつものことであり、リオとは妙に会話のテンポが合う。そのことは少しだけ不思議だった。

 

「そう、貴方ももう高校生なのね」

 

 何だかしみじみと語るリオ。

 私を優しげな目で見つめる。

 

 

 その目は私を通して違う誰かを見ていた。

 

 

 

「その目、やめてくださいって毎回言ってますよね」

「⋯⋯悪かったわ」

 

 リオは昔からたまに私の家に来ていた。たまに、という表現の通りあまり家に寄り付かなかったが。

 

 姉さんたち二人に引き摺られるようにして訪れることが殆どだった。

 

 何故か複雑そうな表情で私のことを見つめてきたことが、子供心ながらに気に入らなかったことを今でも覚えている。

 

 それでも昔から私は彼女に懐いていたようで、随分困ったリオを見られたと父から聞いた。

 

「ヴェリタスの部室がしょっぴかれまして、今日の活動がなくなったんです」

「セミナーがやったのかしら? ずいぶん過激ね」

「リオってセミナー会長でしたよね。そういう事をしていたんですか?」

「先生と呼びなさい⋯⋯私はしなかったわ。割に合わないし、何より居てもらったほうがありがたいもの」

 

 別に何でもないことのように語るリオ。

 ふむ、為政者としての知見だろうか。

 

「へぇ、どうして?」

「ヴェリタスはもともと反セミナー組織よ。彼女たちを躍起になって潰そうとすれば、やましいことがあると公言するようなもの」

「なるほど。残しておけば懐の深さを見せることにもなるし、セミナーは公明正大だと周りから受け止められるようになるということですか」

 

 よくできました、とリオはこちらを見もせずに言った。

 

「じゃあリオは公明正大な会長だったという訳ですね」

「⋯⋯」

「横領会長?」

「⋯⋯知ってるのね」

「弱みがないかと思って調べたので」

 

 この地区の基になった要塞都市『エリドゥ』。

 都市を一つ作れるほどの額を横領したのが目の前の女なのだ。

 

 正直言ってとんでもない会長である。そんな奴いてたまるかという気持ちだが、それでもリオならやりかねないとも思ってしまう。

 

「昔の過ちを責められるのは気分が悪いわ」

「過ちだと認めるんですか?」

「勝手に造ったのは良くなかったかもしれない」

「殊勝なことですね」

「過去を認めるのも大人として大切なことよ⋯⋯散々怒られた後だし」

「ふーん⋯⋯」

 

 過去を思い返すような瞳。

 思えば、この人にも学生だった時期があるのだということに気がついた。

 

「それにしても、ヴェリタスに入るとはね」

「悪いですか?」

「いや⋯⋯」

 

 

 

「なんでもないわ」

 

 

 

 この部屋に人は二人しか居ない。

 私は、この時間が嫌いではなかった。

 

 

 ただ、リオのこういうところは、少しだけ嫌だ。

 

 

「気に食わないですね⋯⋯」

 

 

 私は立ち上がってリオの側に立ち、顔を近づける。

 

 彼女の赤い目が揺れた。

 

 

「私の名前、言えますか?」

「⋯⋯ユイ」

「そうです。よくできました」

 

 本当に、分かっていてくれているのだろうか。

 私の事を。

 

 

  

 今の私は、リオしか見えていないのに。

 私の瞳に映るのは、リオだけなのに。

 

 この部屋には、私と貴女の二人しかいないのに。

 

  

「私を、見ていてくださいね、リオ?」

 

 

 私を通して、違う女なんか見ないで。

 

 

 

 







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