【完結】天才美少女とリオ先生   作:小鶴

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悪くない毎日 / Our dream

 

 

 

 

 

 リオの部屋には伏せられた写真がある。

 

 その写真が伏せられているのは、私がいる時だけだということに気がついたのは全くの偶然だった。

 

 

 

 一度だけ、過去に一度だけリオの部屋を訪れて、彼女がうたた寝をしていたことがあった。

 

 珍しくデスクに突っ伏して寝ていたリオ。

 どうせ、あと少しだけと言いながら寝るタイミングを逃したのだろう。

 

 いつも通りノックもせずに入った私は寝ているリオに驚き、そしてその後に見覚えのない写真に気がついた。

 彼女がいつも座っている席に置かれた写真立て。

 

 

 いつも伏せられていたせいでそれを私は写真だと気づいていなかった。

 

 その時初めてリオが私と会う時のみ写真を伏せていたという可能性に気が付いたのだ。

 

 

 そんなリオが私に隠している写真は何なのだろうと思いそれを手に取った。

 

 

 

 その写真には、二人の女子高生が写っていた。

 かたや黒髪、もう一方は白髪。

 コントラストで映えている二人は、私によく似た人とリオのツーショットだった。

 

 

 

『ん⋯⋯』

 

 そうしていると、リオが起きそうになっていたので私は慌てて写真を伏せて置いた。

 

 そうして起きたリオは未だ眠そうな目でこちらを見て、その顔は驚愕に変わった。

 

『は⋯⋯? 』

 

 私はそんなリオの顔を見たことがなかった。

 

『どうして立っ⋯⋯! 』

 

 リオは冴えてきたであろう目で私のことを見て、その後に私の足を見た。

 

 ようやく脳も起きてきたようで、頭を振りながら、

 

『⋯⋯ごめんなさい、寝ぼけていたみたいね』

 

 とだけ言った。

 人違いだったと弁解された。

 

 

 

 

 

 少し前の話だ。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 キヴォトスには『特異現象』と呼ばれる特殊な事象が存在する。

 

 父に言わせればキヴォトスは外の世界と比べれば正しく『異世界』らしいのだが、そんなキヴォトス基準で考えても明確な異常。

 

 古くからあったものの、それはそれは長い間理解できないものとして放置されてきた。

 

 それらを『特異現象』と定め、研究が破竹の勢いで進められるようになったのは近年のことである。

 

 

 

 

 

 その先駆けになったのは私の母だそうで。

 まったく、私の人生の要所要所で現れる。

 

 

 

 

 

「ん⋯⋯どうしたの?」

「ああいや、大丈夫です」

 

 目の前の、長く美しい銀髪で狼の耳を持つ女性は砂狼さん。

 

 砂狼さんは父が新任の時からの付き合いなんだそうで、アビドス高等学校の学長でもあるらしい。

 

 

 何でも、生徒会長でないところがミソなんだそうで。生徒会長はやっぱり今を生きる学生がやるべきなんだと。

 

 

 

「⋯⋯リオと貴女が私のワープの研究を始めてから、随分経つね」

「未だに限定的な空間跳躍しかできませんから、まだ研究に付き合わせて申し訳ないです」

「そういうことじゃなくて⋯⋯ありがとうって言いたいの」

 

 

 砂狼さんはそう言うと、目を伏せた。

 

 

「そもそも中学生の貴女が来るまで限定的なワープも実現できなかったし、何よりそのお陰で目処が立ったから」

「⋯⋯?」

「アビドス砂祭りって知ってる?」

 

 

 アビドス砂祭り。名前の通り受け取っていいのなら、アビドスの祭りなのだろうとは思う。

 しかし、アビドスでのお祭りというのは聞いたことがなかった。

 

 

「いや、初めて聞きました」

「だよね。私が入学したときには、もうとっくにやってなかった祭りだから」

 

 

 砂狼さんが学生というと、もう十年以上前の話になる。

 

 

 しかし、彼女の身体は成長が止まっていた。

 

 

 リオのように自前で若々しさを保っているのではなく、文字通り身体の老化が止まっている。

 外の世界に行ったりするのではなく、アビドスに残り続けているのはそういった理由もあるのだそうだ。

 

 

 

「私の⋯⋯大切な先輩がさ、アビドス砂祭りをいつかまたやりたいって言ってたの」

「その、随分前にやらなくなったお祭りを?」

「そう。本当は私たちが学生の頃に実現したかったんだけどね。流石に難しかった」

 

 

 過去を懐かしむような表情で、私が採血などをしている中彼女は語る。

 

 

 アビドスが借金を返済し、自治区を少しずつ買い戻していっているという話は有名だ。

 そうして学生数が再び増加しているという話も、また。

 

 

 人が少ない場所では、祭りをする意味が薄い。

 

 お祭りというのは、人が居るから行われる。

 

 

「でも、貴女たちのおかげでお金が沢山入って、ワープ技術の使用料も私に入れてくれた。物流も盛んになった。砂漠の『大蛇』もちゃんと倒せて、砂嵐も止んだ」

「⋯⋯」

「街も復興してね、インフラも動かせる。やっと、やっとね。また人が集まってきた」

 

 

 砂狼さんは、積み重ねてきた年月を噛みしめているようだった。

 

 

 

 

「だから、また始められそうな今が、たまらなく嬉しい。アビドスも、まだやれるんだって」

 

 

 

 

 

 彼女は、詳しい経緯は知らないのだが――別世界の住人だったらしい。

 

 どうしようもなく滅びゆくその世界の中で、色彩と呼ばれる特異現象に遭遇した。

 彼女の持つワープのような異能もそれが由来だと聞いている。

 

 こっちの世界に来訪し、紆余曲折ありながらも受け入れられた砂狼さん。

 

 

 だから、きっと彼女の言う先輩は、あっちの先輩なのだろうと私は思う。

 

 それでも、アビドスの再興の為にあちこちを駆けずり回った彼女の努力が報われる日は近づいている。

 

 

「⋯⋯ごめんね、変な話をしちゃって」

「いや、いい話でした」

「そうかな?」

「はい。本当に」

 

 

 お世辞ではなく、私は本心からそう言った。

 

 

「今日の検査は終わりです。ありがとうございました」

「ん、どういたしまして」

 

 

 

 検査のときは毎回態々ミレニアムに来てもらっているのだが、砂狼さんは毎回ワープを使って来る。

 

 検査する理由を使って来るものだから何とも言えない気持ちになるのだが、気にしないことにしている。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「リオ、プラナ貸してください。解析を手伝って欲しいんです」

「構わないけれど⋯⋯ケイに頼めばいいんじゃないかしら」

 

 いつも通りリオの部屋に訪れた私は、彼女の持つ『シッテムの箱』のメインOSを借りるお願いをした。

 

「ケイ姉さんは忙しそうなので。重そうな解析を本体以外に頼むわけにもいかないですし」

「まぁ、本人がいいなら」

 

 リオはそういいながら、液晶の割れた古いタブレットを手渡してくれた。

 

 

 

  

 タブレットに手をかざし、「教室」に入る。

 昔から、この教室は私の秘密基地だった。

 

 

 

 

 資格保持者しか使用できない『シッテムの箱』。

 私の父も当時の連邦生徒会長から託されたものだからとよく分からないまま使っていたそうだが、その処理能力と権限は絶大だ。

 

 リオの持つ箱は砂狼さんと共にこちらの世界に来た二台目。ほとんど壊れかけで、直るかどうか分からないような状態のものを発掘、修復したのだそうだ。

 

 

 さて、資格保持者はこのギヴォトスにおいては『先生』として定義されている。

 

 リオもまた『先生』になることで初めて、シッテムの箱の資格保持者になったのだ。

 

 

 しかし私は何故か生まれながらに資格を保持していた。

 資格保持者たる『先生』を父に持つためだと初めは考えたが――真相は不明。

 

 子供の頃うっかり入り込み、私はプラナと友達になった。

 突然いなくなった私の捜索が行われたのは、余談として。

 

 その時に私も教室に入れることが発覚し、色々な検証の結果私もまた資格を保有していることが分かったのだ。

 

 

 それだけならば、まぁそういうこともあるかもしれない、というだけで済む話だ。

 

 

 

 不可解なのが父の持つ、この世界に初めからあった『シッテムの箱』の教室に私は入れないという点だ。

 

 

 

 二つの箱は同位体。

 違う世界線の、同一存在だ。

 

 

 『OSには違いがある』が、基本構造は全く一緒。

 父のシッテムの箱のメインOSであるアロナは、たいそう愉快な性格をしているのでそんな区別を態々するのは考えにくい。

 

 リオのシッテム箱に遊びに来るアロナはいつも楽しげで、空気が明るくなるのだ。

 

 

 

 

 それはともかくとして。

 

 私は何故リオのシッテムの箱には入れるのか。

 何故父のシッテムの箱には入れないのか。

 

 二つの箱の違いは何か。

 それは、アロナとプラナの違いではない。

 

 言い換えれば、一台目には関与せず、しかし二台目には関わっている人物が居る。

 

 

 それは、一度壊れたこの箱の『修復者』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「プラナ。話、聞いてましたか?」

「肯定。解析の件、問題ありません」

「いつもありがとうございます」

 

 プラナはすぐに了承してくれて、私が渡した砂狼さんの検査で得られたデータを解析し始めた。

 

「シロコさんは元気そうでしたか?」

「元気そうでしたよ。最近は色々うまくいっているみたいです」

 

 プラナが解析を進める。

 

「⋯⋯この教室での会話は、外にいる人に聞こえませんよね?」

「肯定。資格保持者でも教室内に居ないと聞こえません」

 

 

 ここは、私の秘密基地だ。

 満天の夜空。

 今にも落ちてきそうな空が頭上にあった。

 

 

「今から内緒の話をするんですが」

 

 一度言葉を切った。

 

 

「タイムトラベルって、できると思いますか?」

 

 

 そうすると、プラナは訝しむような表情を見せた。

 

「⋯⋯疑問。質問の意図が分かりません」

「ああいや、思考実験的な趣です。本気でなくて構いませんから」

 

 そう言うとプラナは、一応は納得を見せたようだった。

 

「私たちが行ったのは、時間移動というよりも世界線移動に近いものです」

「ふむ」

「そのため、同じ時間軸の過去に行くという事例は過去にありません。ですが限りなく近い、ほとんど同一の並行世界への移動は可能だったと考えます」

「そこです」

 

 私が聞きたかったのはそこの部分からだ。

 

「つまり、世界線移動ができるという前提なら、その移動は同じ時間帯に縛られるわけではないということで合っていますか?」

「肯定。シロコさんや私も、私たちから見れば過去であるこの世界線へ移動しました」

 

 ふむ、ふむ。

 限りなく近い並行世界の発見方法に難があるか?

 

「その時に使用したものは?」

「⋯⋯アトラ・ハシースの方舟、及びシロコさんの空間移動能力です」

「なるほど。因みにこの世界線の発見はどうやってですか?」

「色彩の影響が大きいです。そもそも、色彩からのバックアップありきでの世界線移動だったので、今のシロコさんがそこまでの出力を持つかは疑問です」

 

 出力の問題は私も考えないではなかった。

 しかし、方式は合っている。

 

「もっと言うと、殆どの並行世界はシャーレの先生が初めて赴任してきてからおおよそ一年以内に崩壊に向かっています」

「⋯⋯!」

「この世界線は、それを乗り越えた稀有な事例です。望ましい世界線が存在するかは疑問が残ります」

 

 私の父は随分と頑張ったらしい。

 父の赴任時、リオはまだ高校三年生。

 

 

 

 

 十分間に合う。

 

 

 

 

 多分、世界線移動は出来る。

 問題は、どうやってこの世界と殆ど近似できるレベルの並行世界を見つけるかだ。

 

 出来れば、崩壊の一年を越えた世界線が望ましいが⋯⋯。

 

 

 

 

 

「⋯⋯ユイさん?」

 

 

 

 

 

 あぶない、あぶない。

 

 私の悪い癖だ。

 

 できそうだと思ったことを試さずにはいられない。

 私ももう高校生。

 自制を覚えなくては。

 

「ごめんなさい、プラナ」

 

 別に過去に行きたいわけでもないのだ。

 

 別に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「リオは、過去に戻りたいと思ったことはありますか?」

「⋯⋯過去に戻るのは不可能よ。思考実験としても不合理だわ」

 

 相も変わらずつまらない返答をされてしまった。私からすれば慣れたものだが、初対面の人にそういう対応をしていたのでは冷たい人判定を食らうだろう。

 

 まったく、もう少し愛想があってもいいと思うのだが。

 

「戻れるとしたら、の話ですよ」

「⋯⋯戻りたいとは、思わないわ」

 

 私が会話を続行する意思を見せると、リオは渋々といったように返答した。

 

「確かにもっと上手くやれた事は多かったかもしれないけど、やり直したいことがあるわけではないもの」

「⋯⋯へえ」

 

 意外だった。やり直せるならば、やり直してよりよくしていくのが合理的だとか言いそうなものだと考えていたからだ。

 

 そういう顔をしていたのだろう。リオがその思考を読み取ったように、

 

「意外かしら」

 

 と言った。勿論意外だったので、

 

「意外です」

 

 と返した。

 

 

「⋯⋯私が卒業してから、もう18年が経った。人生の殆どの時間をミレニアムで過ごしたわ」

 

 確かに、リオは人生の殆どをミレニアムで過ごしたことになる。

 

「思っているよりも、世界は変わらなかった」

 

 ⋯⋯?

 

「気軽に宇宙には行けない。人は単独で空は飛べない。総量が減り続けるエネルギー資源を使い潰しながら、私たちはいまだに手探りの日々を過ごしている⋯⋯子供の頃の、想像とは違って」

 

 

 リオにしては、随分と詩的な表現だった。

 

 

「子供の頃の妄想を、私は未だに超えられないままでいる」

「⋯⋯そうですか? 自分で言うのもなんですが、ワープ技術の確立がなれば十分革新的な出来事になると思いますけど」

「それは、貴女が来たからよ」

 

 リオは、変わらないトーンで続ける。

 

「私は一人だと、大したことができなかった。精々今までの技術の延長だけ」

 

 それならば、尚のことやり直したくなるものではないだろうか。

 よりよく、より良い未来を自分の手で作りたいと思うのではないだろうか。

 

 

「そうね。二十歳の私はやり直したかったかもしれない」

 

 

 今日のリオは変に察しが良く、また先回りされた。いつもよりも饒舌で、その察しの良さを普段から発揮してほしいと思った。

 

「今は違うと?」

「ええ」

 

 リオは一度言葉を切った。私が続きを促すと、何でもないように言った。

 

 

「貴女と会えたのは、良いことだったもの」

 

 

 

 本当に、何でもないことのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

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