神童。
才人。
万能の人。
逸材。
『天才』。
個性的で、特徴的な人。
その才能と病弱さは、きっと色々な人の心に残ったことだろう。
もしかしたら、そのあり方は他人に覚えていてほしかったからなのかもしれない。
私は漠然と、そんな事を思った。
☆☆☆
話は聞けましたか?
面白かった、ですか?
それはよかったです!
多分、アリスよりもずっとヒマリ先輩のことを分かってたと思いますが⋯⋯こういうのは、色々な人から話を聞いた方が、きっといいですよね。
ヒマリ先輩は、不思議な人でしたから。
⋯⋯同じことを言われた、ですか?
そうですね。本当に、不思議な人でした。
アリスから見た、ヒマリ先輩の話もしたいと思います。
アリスは昔、ミレニアムの廃墟で見つかったのだという話を以前しましたよね。
アリスは身元不明の謎のアンドロイドだったので、モモイたちの部活⋯⋯ゲーム開発部の部員としてカウントするには、学生証が必要でした。
当時のゲーム開発部は、部員の数も足りないような弱小部活だったんです。
アリスが入る前はたったの三人で回していたんですよ?
今では考えられないかもしれないですね。
後輩に恵まれて嬉しいです!
学生証の偽造。そのために、モモイが当時のヴェリタスを頼ったのが始まりですね。
ミレニアムの学長が実は裏口入学していた、という特大スキャンダルは黙っておいて下さい⋯⋯。
まだ辞任したくはありません!
もちろん学生証の偽造がそう簡単に全員を騙せるわけもなく、リオ先輩にバレてしまっていたようです。
その時に様子を見ようと時間をくれたのがヒマリ先輩だったらしいです。
ゲーム開発部の命の恩人ですね。
その後ヒマリ先輩の作ったツールを争ってセミナーとバトルしたり、捕まったアリスを助けるために色々手を回してくれたり一緒に世界を救ったり⋯⋯え、アリスを捕まえた相手ですか?
リオ先輩です。
あ――待ってください!
アリスももう気にしてませんし、リオ先輩も仕方がなかったんです!
というか世界を救ったほうは気にならないんですか!? うわーん! ケイも一回いなくなるぐらいの、すごい大変な戦いだったんですよ!!!
やっと落ち着いてくれたようで良かったです!
⋯⋯昔々、アリスは世界を滅ぼすために作られた兵器でした。
ケイはそのためのトリガーAIでした。
今でこそケイとアリスは仲良くできていますが、会った当時はケイのことが怖くってですね⋯⋯。
そうですね、今ではもうそんな事はありません。
仲良くなれて、本当に良かったです。
ただの兵器をアリスにしてくれたのはゲーム開発部のみんなです。
そして、いち早くアリスの本来の姿が兵器だと知りながら、それでも存在を肯定してくれたのがヒマリ先輩でした。
⋯⋯リオ先輩とヒマリ先輩はスタンスの違いでよく対立していたようです。アリスの扱いを巡って諍いも起きたと聞きました。
あんまりリオ先輩の事を責めないであげてください。アリスの事は知れば知るだけ怪しいし、怖いものでしたから。
アリスも学長になって初めてわかりました。
アリスでも、アリスのことはあまり手元に置いておきたくありません。
リオ先輩は、ミレニアムを守る義務がありました。
そういう意味では、間違いなくヒマリ先輩の方が危険な綱渡りでした。アリスが兵器ではなく、皆の隣人になれるという保証なんて誰も持っていなかったので。
⋯⋯信じてくれている人がいるというのは、本当に嬉しいものです。
ヒマリ先輩がいなかったら、アリスはここにいなかったかもしれません。
本当に、感謝しています。
ヒマリ先輩の研究を手伝う過程で、リオ先輩の助けもあってケイが復活できました。
その時の写真、見ますか?
⋯⋯リオ先輩のセンスは昔から独特でしたから⋯⋯。
その中でも比較的可愛いボディで良かったです。
え、すごくかわいい?
めちゃめちゃかわいい?
センスの塊?
⋯⋯そうですか。
ヒマリ先輩が天国で泣いてそうです。
直接ほめてあげてください。
多分喜ぶと思います!
それは嫌だ? そ、そうなんですね⋯⋯。
今のボディはその後色々あって手に入ったものです。
あっちの方が過ごしやすいのでよかったとアリスは思います。
色々あって、研究が一段落して、問題も解決できて。確かその後ぐらいですね。
ヒマリ先輩が卒業したら先生と付き合うって話がキヴォトス中を駆け巡ったのは。
先生は人気者だったんですよ? ⋯⋯いや、それは今もですね。だから、ヒマリ先輩が先生へのプロポーズに成功したって聞いた時は本当にびっくりしました。
それはもう、右から左へ大騒ぎで!
本当に、本当に大変なお祭りになりました。
いやぁ、嬉しかったですね! その時のヒマリ先輩は本当に幸せそうだったので。
お世話になった先輩の幸せそうな顔は嬉しいものです。
そうして当時の三年生が卒業して、ヒマリ先輩は先生と同棲を始めました。
リオ先輩もちゃんと卒業して⋯⋯それからも、割と頻繁にヒマリ先輩と連絡は取っていたそうです。
研究の進捗を共有したり、最近あったことを話したり。
最近あったことは、ヒマリ先輩ばっかり話していたみたいですけど。
それから数年たって、先生とヒマリ先輩が結婚して。
それから少しして、子供ができたと聞きました。ユイのことですね。
少し、驚きました。
⋯⋯写真を見れば、というかもう知ってるかもしれませんが、ヒマリ先輩は体が弱かったんです。
車椅子がないと移動もままなりませんでした。
本人は、『超天才清楚系病弱美少女ハッカー』なんて言って冗談めかしていましたが、今になって思えば皆に気を使わせないための振る舞いだったのだと思います。
本当に、強い人でした。
だから、アリスは勝手に子供はつくらないんじゃないかって思っていたんです。妊娠と出産は、身体に負担がかかってしまいますから。
それでも二人は子供をつくることを選びました。
ヒマリ先輩の妊娠がわかったあとに、リオ先輩が教育実習生としてキヴォトスに戻ってきました。
異例のことでした。
キヴォトスに、卒業生の居場所は基本的にありませんから。
これは特にリオ先輩の研究でわかったのですが――キヴォトスに残るのには、相当の説得力がいります。
アリスとシロコさんは学長として。
ケイは情報統括官として。
ヒマリ先輩は先生の奥さんとして。
ケイなんかはちょっと特殊ですが、適切な『役割』がないとキヴォトスに卒業生は居られないんです。
勿論もう生徒じゃないアリスたちが『外の世界』に行けば卒業した皆に会えますが、その逆は難しいのです。
それと同じで、生徒が卒業生に会うのも難しいんです。エイミと話せたのも、お互いに名乗らないで電話という形をとったからですね。
話がそれました。
一度きちんと卒業したリオ先輩がキヴォトスに戻ってくるというのは、中々とんでもないことでした。
あまり遠出ができなくなっていたヒマリ先輩に会うためだったのだと思います。
リオ先輩も色々手伝って、何とか十ヶ月間を乗り越えて。
そうして、アリスはユイと会えたんです。
☆☆☆
「本気、なの?」
「⋯⋯あなたのそんな顔を拝める日が来るとは思いませんでした」
ヒマリの少しバツが悪そうな顔。
ヒマリはそう言ったが、私もヒマリのそういう顔は見たことがなかった。
学生時代からお互いに多少歳をとったはずなのに、久々に直接対面した彼女は何も変わらずそこにいた。
それは、私もそうなのかもしれないが。
「何を、考えているの?」
自分の声が震えているのを自覚する。
「あんまり何度も言わせないで下さい。私だって何度も言うのは気恥ずかしいんですから⋯⋯お腹の中に、先生とのあかちゃんがいます。この子を、私は産みたいと思っています」
「だから!」
もどかしかった。
「それが何を意味するのか、わかっているの⋯⋯!?」
「⋯⋯ええ、勿論」
ヒマリの身体は弱かった。
生まれつきの、生来のもの。
ヒマリと私で長年研究し続けて、それでも原因が分からなかったもの。
それは理由もなく彼女の身体を蝕み、侵し続けた。
断言できるのは、ヒマリの身体は間違いなく妊娠と出産に耐えられないということ。
結婚すると聞いて、子供は望むべくもないと思っていた。
それでも、先生とヒマリなら幸せに生きられるだろうと私は思っていたのだ。
ヒマリも、先生も。
幸せの形を作れる人なのだから。
勝手な憶測であったことに違いはない。しかし子供をつくるということは、彼女にとって他の人とはまた違った意味を持つ。
「一体先生も何を⋯⋯」
「あの人を責めないでください。私が、そうしたいと無理を言ったのです」
「だからって⋯⋯! 」
どうしてそんな事をしたのか、私には理解できなかった。
彼女にとっての出産は、最大限うまくいって自分の命と子供の命の交換に等しいはずだ。
「私が言いたいことは、わかってるはずよ」
「⋯⋯できれば、言わないでほしいのですが」
ヒマリと目が合う。
その後、ヒマリは目を逸らした。怒られたくない子供のような仕草だった。
誰も言わないだろう。誰も言えないだろう。
私だって、言いたくはないのだ。
だからこそ、私が言わなくてはならないのだ。
私の役回りはいつもそうだ。誰かがやらなくてはならないことを、私はやってきた。
子を望む母親に言ってはいけない言葉を、私は。
「堕ろしなさい、ヒマリ。今ならまだ――」
「私は、もう長くありません」
「⋯⋯⋯⋯え」
その言葉は唐突だった。
いつものように、話しかけるみたいに。
昔みたいに、気安く。
「そうですね⋯⋯何もしなければ多分、あと五年といったところでしょうか? 自分の身体のことは自分が一番わかっています」
聞きたくなかった、そんな言葉は。
知りたくなかったのと同じぐらい、そのことに気がつけなかった私に腹が立った。
「だから私は――」
「私が!!」
私は自分でも信じられないほど声を荒げて、言った。ヒマリのか細い腕を掴んだ。
それは、もう少し力を入れたら折れてしまいそうで。
「私が、五年後までに何とかするわ。五年あれば、きっと貴女と――」
もっと生きていられる、と続けようとして、言葉が出なかった。
私は自分に嘘をつけなかった。
ヒマリを相手に、安心させるためだとしても、ひどい私は気休めの言葉すら口から出なかった。
「わかってますよね、リオ」
ヒマリはいやに優しい声色で、子供を諭すように話した。
彼女がこんな風に私に話しかけてくることは数えるほどしかなかった。
それも随分昔の、古い記憶のものばかりのことに気が付いた。
「私とあなたで、ずっと研究してきました。たった五年じゃあ、多分、難しいでしょう」
そんなことは、わかっていたのだ。
「じゃあ五年生きればいいでしょう⁉ 先生と五年間、毎日を積み上げていけばいい! 延命は、難しいかもしれないけれど、毎日を比較的楽に過ごせるようになるかもしれない! 私は――」
そのために私は戻ってきたのだと、伝えた。
本当は、わかっていたのだ。
電話でのヒマリの告白が、本心であったことも。
もうとっくに、選択を済ませた後なのも。
もう、止めようがないことなんて、とっくにわかっていたのだ。
だから、私はキヴォトスに戻ってきた。
最後の確認と、ヒマリの賭けを成功させるために。
少しでも健やかに、毎日を幸せに過ごせるように。
穏やかな時間を、好きな人と共有できるように。
彼女の子供が、生まれてこられるように。
「リオ。あなたが、自分の進路を歪めてまで会いに来てくれて⋯⋯本当はよくないのかもしれませんが、うれしかったです」
キヴォトスに帰ってくるのは難しい。
卒業した生徒が戻ってくるには、相当な説得力が必要だった。
「もう、会えないかもしれないと思っていたんです」
「⋯⋯」
私も、そうかもしれないと思ったから、こうしたのだ。
先生になるにしろならないにしろ、教育実習生という立場は今の私にとって、キヴォトスに戻ってくる肩書として最適だったというだけなのだ。
キヴォトスに残っているヒマリと先生に、直接会うためには。
「今のあなたなら、素敵な先生にもなれますよ」
「⋯⋯私にはなれないわ」
ヒマリのほうが、よっぽど向いているはずだ。
私よりも、教え導く先達として。
「先生は、全部わかってるのよね」
「たくさん話して、決めました。全部わかってくれたと思います」
「そう、なのね」
かつての戦いで、私はアリスに犠牲を強いた。
ケイが身代わりになったお陰で、アリスは失われなかった。
私は何もできずに、ケイの犠牲と献身が、アリスの勇気が世界を救った。
私は何も変わっていない。
アリスの判断に甘え、全てを託したあの時。
アリス自身の判断を尊重したようで、アリス自身のことをないがしろにし、私は全てを押し付けたのだ。
同じ様に、ヒマリのしたいことを尊重しようとすることで、私は逃げようとしている。
あの時から何一つ変わることなく、ヒマリの前に立ってしまった。
「ありがとうございます。リオ。本当に、ほんっとうに色々ありましたが⋯⋯」
言わないで。
「言わないと、タイミングを逃してしまいそうで」
言わないで。
「一度しか言いませんよ?」
いわないで。
「あなたと会えたのは、私の人生でよいことでした」
そんな、最後みたいなことを言わないで。
まだ、まだ何も返せてないのに。