【完結】天才美少女とリオ先生   作:小鶴

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新任先生 / I wanna be with you.

 

 

 

 

 

「花を、貰えるかしら」

「君か。少し待ってくれるかな」

 

 いつも通り、花を買う。

 

「いつも通りで、いいのかな」

「ええ。私には違いが分からないもの。専門家に選んでもらうのが一番だと判断しているわ」

「そうかな」

 

 私に花は分からない。

 

「供える花に、決まりなんてないんだ。もちろん、生けるものだから、バランスや本数、色味なんかは考えた方がいいだろうけど⋯⋯」

 

 花屋の主人は、そう言いながら、淀みない手つきで花を切り揃えていった。

 

「本質的に、駄目な花なんかはないんだ」

「⋯⋯そうなのね」

 

 ハサミで、花を切る音が鳴る。

 思っているよりも、ばちんという音が鳴る。花の茎は、私の思っているよりも太い。

 このことは、花を買いに来るまで気が付かないことであった。

 

「だから、君のように私に任せる人も多いし、セットになっているものを買っていく人も多いけれど⋯⋯案外自分で選んで買っていく人も多いんだ。故人が、好きだった花を買うとかね」

「⋯⋯彼女が、どんな花が好きだったかなんてわからないわ」

 

 私よりも多趣味で、色々なことに興味があったから、きっと好きな花ぐらいあったのだろう。

 私は、それを知らない。

 知ろうともしなかった。

 

 もっとも、聞いたところで私には分からなかっただろう。

 

「君の言う彼女がどんな人か、私には分からないけれども、君に想われているんだ。きっと、素敵な人だったんだろうね」

「私は、そんな大層な人間ではないわ」

「そんなことはないさ」

 

 花屋の主人は、少し皺のある手で花を揃えた。

 

「君は、毎月欠かさずに来るね。月初めの土曜日。雨が降っていても、君は欠かさずに来ている。それがもうしばらくの間続いている。私と君がこうして話すのも少なくないね。これは、すごいことだ」

「⋯⋯」

「続けるのは難しい。墓参りなんて、最たるものだ。いなくなってしまった人を考え続けるのは悲しくて、つらい。周期的に行くのも負担になる。だからみんな、本当は墓参りがあまり好きではないんだ」

 

 瞼が重そうな目を向けられる。それでも、その鋭さは失われていないようだった。

 私の底まで見透かされているような、そんな気がした。

 

「君は、ずっと向き合おうとしているね。何かに、悩んでいる顔をしている」

「⋯⋯そんなに分かりやすいものかしら」

「最近分かったことだよ。君が、何度もここに来てくれるから」

 

 ここに来るのも、大した意味はないのだ。

 最初に来たのが、ここだったからというだけ。

 

 大したきっかけもなく、手ぶらで向かうわけにもいかなかったから。

 

「今日は私が選んだけれど、いつか君が選んでみてもいいかもしれないね」

「私が選んでも意味がないわ」

「故人を想って、花を選ぶ。これも、向き合う方法の1つなんじゃないかな」

「⋯⋯そうかしら」

「きっと、そうさ。選んでくれるなら、もちろん私も手伝おう⋯⋯偉そうに、話してしまったね。老人の長話は堪えただろう。出来たよ」

 

 

 

 墓参り。

 

 実際に自分が行くまで、どれほどの意味がある行為なのかを私は正しく理解できていなかった。

 大した意味はないのだろうと、私は思っていたのだ。

 

 今でもその考えは変わらない。

 しかし、何故か、足を止められなかった。

 

 

 綺麗な墓石。

 先生がユイを連れてよく行っているのは知っていた。

 

 だから、私がすることと言えば水をかけてやることと、持ってきた花を供えるぐらいのことだ。

 やってもやらなくとも変わらないような行為。

 ただの自己満足。

 

 なぜ、なぜ、なぜ。

 最近は、悩むことが多いように思う。

 

 汲んできた水を柄杓で墓石にかけながら、ぼんやりと考える。

 

 買ってきた花を、供える。

 切り分けてもらっているから、少しいじるだけで私でも生けることができた。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「渡したいものって、何かしら」

「"⋯⋯そうだね、まずはおめでとう。調月先生?"」

 

 先生はそう言うと、私の就任を祝った。

 

「あまりからかわないで欲しいわ」

「"ふふ、ごめんね。でも本心だよ"」

「⋯⋯ありがとう」

 

 素直にお礼を言った。

 

「"そうそう、渡したいものなんだけど"」

 

 先生は机の引き出しを開けると、何やら取り出した。

 

「それ、は」

「"シッテムの箱だよ。君のね"」

 

 シッテムの箱。先生が持つ超抜級のオーパーツ。

 

 目線を動かし、先生の手元にもう1台あるのを確認する。渡された方は液晶が割れていることもあり、これはどうやら2台目らしい。

 

「どこで、いや⋯⋯まさか⋯⋯! 」

「"うん。アトラ・ハシースの箱舟に残ったものだよ"」

 

 あの爆発から残ったというのが驚きだが、何より動作する状態であることが不可思議だった。

 私はずっと計測していたのだ。

 

「あり得ない。あの時すでに反応は小さくなっていたわ。あの高度から落下して、原型を保っていたとしても、とてもじゃないけれど動くはずがない」

「"壊れたものは、直せば良い"」

「簡単に言うわね。誰が――」

 

 そこまで言って、想像がついた。

 

「――ヒマリの、仕事ね」

「"そうだよ。ヒマリが、君のために直したんだ"」

 

 君が先生になるまで私が預かっていたんだけどね、と続けた。

 時期的に、これがヒマリの最後の仕事になったのだろう。私もいたのに、コソコソと。

 

「"アトラ・ハシースの残骸は各地で、少しだけだけど見つかっていてね。もしかしたら、って思ってダメ元で探していたんだ。それは私にとって大切なものだから"」

「⋯⋯なぜ、それを私に?」

「"新しい先生に対しての、プレゼント。ヒマリと私からのね"」

「⋯⋯」

 

 ヒマリが、私に。

 無駄になるかもしれないとは、思わなかったのだろうか。

 結局、私は先生になったのだが。

 

「"アロナとプラナは自由に行き来できるみたいだけど、そっちにはプラナが居てくれることになったから"」

『よろしくお願いします、調月先生』

「⋯⋯よろしく頼むわ」

 

 

 

「"いつか、ユイに会いに来てね"」

 

 

 

「⋯⋯会うことは、ないと思うわ」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「"調月先生、引きこもらないで欲しいな"」

『肯定。外に出てください。最近は私とユイさん、アリスさんとケイさんとしか話していません』

 

 私にとっては、それだけでも十分人と会っている方なのだが。

 

「適材適所よ、先生」

「"そうかなあ"」

 

 先生はうーんと腕を組み、分かりやすく悩んでみせた。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「うわーん! ユイが居なくなりました!!」

「おっちおちおつつつ」

「ケイが落ち着いてください!」

 

 子供の行動力を見誤っていた。

 まさか、三人ともそろっている状況でいなくなってしまうなんて。

 

 このままユイの身に何かあったら、ヒマリにも先生にも申し訳が立たない。

 

 シッテムの箱を起動する。

 

「プラナ、この家から出てしまったか確認を――」

『ぷらな! あそんで!』

 

 なぜか、シッテムの箱の中からユイの声がした。

 

『た、助けてください⋯⋯どうしてシッテムの箱に入ってこられたんですか⋯⋯? 』

「⋯⋯⋯⋯ヒマリの仕業ね」

 

 確かに、やりそうなことだ。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「リオ、これって――なんですかその顔」

「先生をつけなさい⋯⋯また、背が伸びたかしら」

「そのセリフは聞き飽きました。その顔も目も見飽きたのでやめてください⋯⋯誰を見てるかなんて知りませんが」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「リオ、今日の宿題は?」

「⋯⋯じゃあ、これを」

 

 今回は私が学生時代に書いたレポートを、適当に課題として出すことにした。

 

「げ、なんですかこれ⋯⋯」

「多次元解釈についてのレポートよ。数値は私の方でとってあるものを使っていいわ」

「⋯⋯これ、アトラ・ハシースとかいう舟の記録ですよね?」

「そうよ」

「⋯⋯ふーん。いいですね」

 

 かつての戦いの記録を保持して、私が失踪している間に書き上げたレポートだ。

 

 難解な内容になるため今のユイには些か不適当な気もするが、少し意外なぐらい乗り気なようだ。

 

「気分もいいので当番手伝ってあげますよ」

「中学生に手伝ってもらうほど仕事を溜め込んでないわ」

「ダウト。仕事隠してるの知ってますよ?」

「⋯⋯はぁ」

 

 ハッキングなんて教えた覚えがないのだが、勝手に上達していったのは何故なのだろうか。

 思い返せば、ヒマリもハッキングが好きだった。あまりいい趣味とは言えないが⋯⋯。

 

 ヒマリのハッキングを上回らんと、競い合うようにファイアウォールの構築に心血を注いだ日々を思い出す。もう少しセキュリティの強度を上げてもいいかもしれない。

 

「そういえば⋯⋯高校はどうするのかしら」

「もちろんミレニアムですよ」

「そうなのね」

「聞いてきた割には反応が薄いですね」

 

 やはり、血は争えないのかなと思う。

 

「他の進路は考えたのかしら」

「一応考えないではなかったですが、まぁ一択かなと」

 

 自分で決めたのなら、今更私が言うことは何もないだろう。

 

「首席狙ってるんですよ。リオの代は、やっぱリオが首席でしたか?」

「私の代は二人いたわ」

「は? ⋯⋯⋯⋯あぁ、そういうことですか」

 

 私の代はヒマリと私が新入生代表のスピーチを行った。

 二人でというのは中々ない、異例の出来事であったらしい。

 

 もう一人が誰だったかをユイは察したようだが、何故か機嫌を悪くしたようだった。

 

「⋯⋯まあ、ユイなら取れると思うわ」

「当然です」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「最近、幻聴はどうですか? リオ」

「あまり聞こえなくなったわ」

「違う所も多いですが⋯⋯所作とかが、少し似てきましたね」

 

 普段は、見間違えることなどない。

 だが、夢で見てしまっていたから、現実を夢と地続きだと思ってしまった。

 

「本人の前で、ヒマリと見間違えてしまったの。ひどいことをしてしまったわ」

「⋯⋯そろそろ、ヒマリのことをちゃんと話せると良いですね」

 

 ケイと話す。

 

「幻聴が聞こえないのは、どうですか。もしかしたら私は、ずっと聞こえてほしいと思うかもしれません」

「いつまでも、覚えていられるから?」

「はい」

 

 ケイがそういう事を言うのは、意外だった。

 ケイも、過去に置いてきたものがあるのだろうか。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

『その角を曲がった先です』

 

 走る、走る、走る。

 人生で、こんな風に走ったのは何時だったか思い出せない。

 

 非合理だ。

 私自身が向かう理由はほとんどない。

 

 血の味がする。学生のころから、走ったことなど殆どなかったのに。

 

 どうせ私に戦闘能力なんてないのだから、AMASを送り込んだほうが役立ったのだろう。というか、結局のところそうするのだ。

 

 それでも、プラナからの連絡を受けて、私は走り出した。

 今から走り出せば、間に合うかもしれないと思った。

 

 理由は分からない。

 何となく、何となくそうすべきだと思った。

 

 ユイが視界に入った。

 

 

 ユイと不良の間に滑り込み、シッテムの箱のバリアを起動する。

 

 間に合った。

 

 AMASを展開し、出来るだけ余裕がありそうな顔を作りながら、振り向いた。

 

 先生も、こんな気分だったのだろうか。

 あの強がりの、理由がわかったような気がした。

 

 体が勝手に動いていたのだ。

 

 

  

 ユイの目が、私を見た。

 

 

 

「⋯⋯大丈夫かしら?」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「リオは、過去に戻りたいと思ったことはありますか?」

「⋯⋯過去に戻るのは不可能よ。思考実験としても不合理だわ」

 

 不思議な問いだと思った。

 タイムトラベル。人類が到達できない夢の一つだ。

 

 ユイがそう言った事を言い出すのは珍しく、また雑談のようにこんな話題を出すのは滅多になかった。

 いつも資料を片手に討論の様相を呈するものだから、技術的な話は雑談では終わらないのだ。

 

「戻れるとしたら、の話ですよ」

「⋯⋯戻りたいとは、思わないわ」

 

 今日はどうしてもこの話題を続けたいようだったので、私は変だと思いながらも素直な気持ちを話した。

 

「確かにもっと上手くやれた事は多かったかもしれないけど、やり直したいことがあるわけではないもの」

 

 もっと上手くやれたことは、たくさんあっただろう。判断を間違えた事も多かった。

 それでも今から戻って、私が今よりよい結果を生み出せるかは分からなかった。

 

「⋯⋯へえ」

 

 そう言うと、ユイは明らかに納得していない様子だった。

 

「意外かしら」

 

 と問うと、

 

「意外です」

 

 と返された。

 なぜだか、今日は不思議と口が回る日だった。

 だから、柄にもなく自分語りをしようという気分だった。

 

 初めてだった。

 自分のことを知ってもらおうと、こんな風に話すことは。

 

「⋯⋯私が卒業してから、もう18年が経った。人生の殆どの時間をミレニアムで過ごしたわ」

 

 ここに入学してから、余所見のない日々だった。

 

「思っているよりも、世界は変わらなかった」

 

 そう、大して変わらなかったのだ。

 過去の日々の延長線上にしか今はなかった。

 

「気軽に宇宙には行けない。人は単独で空は飛べない。総量が減り続けるエネルギー資源を使い潰しながら、私たちはいまだに手探りの日々を過ごしている⋯⋯子供の頃の、想像とは違って」

 

 ヒマリと語った夢物語に、まるで近づけていなかった。ヒマリとの夢は、殆どが叶っていない。

 

「子供の頃の妄想を、私は未だに超えられないままでいる」

「⋯⋯そうですか? 自分で言うのもなんですが、ワープ技術の確立がなれば十分革新的な出来事になると思いますけど」

「それは、貴女が来たからよ」

 

 ユイの研究の成果は素晴らしかった。

 高校一年生でこれなのだから、きっと三年になる頃には私とヒマリの積み重ねの先まで行けるだろう。

 

「私は一人だと、大したことができなかった。精々今までの技術の延長だけ」

 

 私がそう認めると、ユイはどうにも納得がいかないような顔をしたので、仕方なく補足した。

 そうだろう、やり直して、より良くしていくのが合理的と言えるだろうから。

 

 そうしたくないと思ったのは、やり直せるとしても、やり直したくない理由と会ってしまったからだ。

 

 

「そうね。二十歳の私はやり直したかったかもしれない」

「今は違うと?」

「ええ」

 

 

 

 

 

「貴女と会えたのは、良いことだったもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

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